第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋。第29話。メビウスの限界と、あさひの覚醒。
ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋
第29話。メビウスの限界と、アサヒの覚醒
「――お母様。私のために、ずっとこの部屋を遺して待っていてくれたんだね……」
私の目からあふれ出た大粒の涙が、ルミナス公爵邸の私の部屋と全く同じ形をした床の大理石へと、ポロポロと落ちていく。
お母様――ユウコが、私が地球で死んで魂が迷子になってしまっても、もう一度この世界で出会って救うために、神々と過酷な契約を交わして遺してくれた『始まりの私室』。
この部屋の引き出しも、鏡も、太陽の神様の絵も、白い扉も、すべては私を未来へと歩ませるための、世界で一番優しい時計の部品だったのだ。
『感動の再会はそこまでにせよ、異界の魂アサヒよ。お前が真実を知ろうとも、二つの世界の破滅の秒針は止まらない』
クリスタルの鏡の表面に浮かび上がる【時空の至高神】の闇の目が、冷酷に光を放った。
それと完全に連動するように、部屋の四角い窓の向こう側に、すさまじい【二つの世界の崩壊の景色】が重なり合って映し出される。
バリバリバリ、ドゴォォォン!!!
異世界の【朝日の国】と【夕日の国】の地平線が激しく引きちぎれ、大地がサラサラと砂になって崩れていく。
それだけではない。
視界の右半分には、超大型の竜巻と激しい豪雨によって、空を突き刺す四角い鉄とガラスの巨塔が次々と粉砕され、完全に水没していく地球の終末の景色が、凄まじい音を立てて激しくフラッシュバックしていた。
「あ……地球が……私の大好きだったあの世界が、粉々に砕け散っちゃう……!」
『世界の正面衝突まで、残された時間はあとわずか。世界を無へ還さぬため、今度こそお前の魂を時空の塵へと消去する』
至高神の冷徹な声と共に、天空の星空の奥から、山ほども巨大な『神の光の秒針の槍』が、空間そのものをドロドロに溶かしながら、私を目がけて真っ直ぐに突き降ろされてきた。
受け流すことも、避けることも絶対にできない、絶対的な世界の理の一撃。
「アサヒの後ろには、指一本触れさせない!!」
その絶望の光の前に、ソルが猛烈な叫び声を上げて飛び込んできた。
彼の黄金色の瞳は、神々への恐怖を完全に源(凌駕)し、「アサヒを守り抜く」という、初めて手に入れた熱い魂のぬくもりで燃え上がっていた。
ソルは黄金の魔導剣を両手で強く握りしめ、自分の命のすべてを燃やすように、黄金の魔力を限界突破させて突き出す!
「ハァァァァァッ!!」
アレン様も血を吐きながら、最後の時空魔法を展開してソルの背中を支える。
「時空反転――『刻の最果て(クロノ・エンド)』!!」
ズガガガガガガガガァァァン!!!
二人の放った渾身の魔法と、神の秒針の槍が正面から大激突した。
神殿の床が激しく弾け飛び、凄まじい光の粒子と爆風が部屋の中を吹き荒れる。
あまりの衝撃にソルの黄金の剣にはピキピキとひび割れが入り、二人の身体が血を流して床へと激しくはじき飛ばされた。
「くっ……、あああぁぁぁっ!」
「ソル! アレン様!!」
私が駆け寄ろうとした瞬間、過去の神クロノスと未来の神カイロスが、さらに冷酷に手を下した。
二本目、三本目の神の槍が、容赦なく私を押しつぶすために天から振り下ろされる。
(いやだ……! 誰も死なせない! 過去を呪って立ち止まるのは、もう終わりなんだ!)
私は恐怖を完全にかなぐり捨て、胸のポケットの懐中時計を強く握りしめながら、天の神々に向かって両手を真っ直ぐに突き出した。
私の魂の奥底からあふれ出したのは、あの生まれたての未来の熱――『朝焼けのオレンジ色』の魔力のすべてだった。
その瞬間、至高神の文字盤の顔が、初めて驚愕に激しく点滅した。
『な、に……!? この魔力……お前はただの人間ではない。【過去】でも【未来】でもない、世界にただ一つしか存在しない【現在】の時間を司る概念そのものか……!』
「神様……。あなたたちが決めた過去なんて、私は絶対に認めない!」
私の声が、崩壊していく神の領域に、凛と響き渡る。
「運命(昨日)に流されるだけの令嬢ではなく――私自身の『いま』で、すべての未来を綺麗に塗り替えてみせる!!」
ドカァァァン!!!
私の放ったオレンジ色の炎の波動が、ソルの黄金の光、アレン様の魔力、配置されたすべての家具の力と完璧に融合した。
それは、過去と未来のレールをガチリと繋ぎ合わせる、世界で一番温かい『現在』のエネルギー。
私のオレンジ色の熱が世界全体へと波打って広がると、地球を水没させていた時空の嵐が、ジジジ……と音を立てて、一瞬にしてアメジスト色の美しい結晶へと次々に浄化されていった。
地球のビル群の崩壊がピタリと止まり、異世界のクリスタルの街並みも、本来の輝きを取り戻していく。
アサヒの『いま』の覚醒によって、衝突しかけていた二つの世界線が、崩壊することなく完璧に一本の「メビウスの輪」へと繋ぎ直されたのだ。
「すごい……! 世界の時間のネジが、新しく巻き直されていく……!」
ソルが、その黄金色の瞳に熱い感動の涙を浮かべながら、私を見つめた。
「私は絶対に、ソルも、クレピュスクも、地球も、この世界も、全部諦めない! さあ、私たちの新しい明日を始めよう!」
時計の秒針が、二つの世界の未来を救うための「本当のやり直し」へ向けて、凄まじい速度で逆回転を始めた。
まばゆい朝焼けのオレンジ色の光が私たちの視界のすべてを優しく包み込み、物語は、いよいよ最高に感動的なグランドフィナーレへと向かって、一気に走り出そうとしていた。
(第29話・おわり)




