第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場。第27話。氷の古城と、最後のひかりの歯車。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場
第27話。氷の古城と、最後のひかりの歯車
「アサヒ、大丈夫? ここが神々の仕掛けた、最後の試練の場所だよ」
ソルが私の手をきゅっと握り直し、その黄金色の瞳で私を安心させるように見つめた。
先ほどの激しい空中戦で、私の放ったオレンジ色の魔力によって氷の守護精霊たちを退けた私たちは、ついに永久凍土の果てにそそり立つ『氷の古城』の重厚な大門をくぐり抜けていた。
城の中は、息をのむほどに美しく、そして冷徹な静寂に満ちていた 。
壁も、床も、頭上の巨大なシャンデリアも、すべてが透明なクリスタルガラスを削り出したかのように凍りついており、私たちの足音が「コン、コン……」と寂しく響いては、冷たい壁に吸い込まれて消えていく。
「アサヒ様、足元に気をつけて。この城の中は、時間の流れそのものがカチコチに凍結しているんだ」
アレン様が白銀の魔導衣の裾を揺らしながら、油断のない足取りで先頭を歩く。
彼の言う通り、城内のあちこちには、過去にこの凍土へ迷い込んだであろう哀れな冒険者や魔獣たちが、生きたまま完全に静止して氷の彫刻のようになって佇んでいた。
彼らの時間そのものが、ここで何百年も止められているのだ。
私たちは螺旋の氷の階段を上り、ついに最上階にある『玉座の間』へと辿り着いた。
「――待っていたぞ、時空の迷子たちよ」
部屋の中央に足を踏み入れた瞬間、天井の凍りついたクリスタルから、バリバリと空間が裂ける音が響き渡った。
空間の裂け目から現れたのは、これまでの守護精霊たちとは放つ威圧感がまるで違う、
白銀の鎧をまとった三体の巨躯の兵――
『神々の最高位の守護者』
だった。
彼らの顔にある時計の文字盤は、冷酷な光を放ちながら「チクタク、チクタク」と凶悪な秒針の音を鳴り響かせている。
そして、
その三体の守護者の真ん中に、
ふわりと浮かび上がっていたのは――
大人の手のひらほどもある、眩しい
【純白に輝く四つ目の歯車】
だった。
世界の東(黄金)、西、南(深緑)に続いて、ついに北の最果てに眠っていた、最後のひかりの歯車。
「その純白の歯車が世界のネジの『最後のパーツ』だ。アサヒ、あれを手に入れれば、世界の破滅は止められる!」
ソルの叫びと同時に、最高位の守護者たちが一斉に光の槍を構え、私たちの魂を消滅させるために音速で突撃してきた!
「させるかよ! 『時空固定』!!」
アレン様が杖を強く床に突きたて、私たちの前方に巨大な黄金の魔方陣を展開する。
守護者たちの光の槍がアレン様の障壁に激突し、激しい火花と凄まじい衝撃波が城内を震わせた。
「ハァァァァァッ!!」
ソルが黄金色の魔導剣を引き抜き、純白の光の矢を何千と放ちながら、守護者たちの隙を突いて天空へと舞い上がった。
炎のようなオレンジ色の熱をまとったソルの剣が、守護者たちの氷の鎧を次々と叩き割っていく。
しかし、神の最高位の力は圧倒的だった。
傷を負っても瞬時に再生する守護者たちの猛攻の前に、アレン様の結界がピキピキと音を立てて砕け散り、ソルも空中からはじき飛ばされて床へと激しく打ち付けられた。
「くっ……! さすがに神の直属の最高位は、重すぎる……!」
アレン様が血を吐きながら膝をつく。
ソルも剣を支えに必死に立ち上がろうとするが、その身体からは黄金の魔力が消えかけていた。
「終わりの時だ、異界の魂よ。世界の衝突を防ぐため、塵に還れ」
三体の守護者が同時に光の槍を天へと掲げ、私を確実に抹殺するための、巨大な時空を消滅させる光の刃を形成していく。(
いや……! ソルも、アレン様も、誰も死なせない! 私は絶対に諦めない!)
私は恐怖をかなぐり捨て、胸のポケットの懐中時計を強く強く握りしめながら、前に向かって両手を突き出した。
私の魂の底からあふれ出したのは、あの生まれたての未来の熱――『朝焼けのオレンジ色』の魔力のすべてだった。
ドカァァァァァン!!!
私の放ったオレンジ色の炎の波動が、ソルの黄金の光、アレン様の魔力と完全に融合し、玉座の間全体を包み込むほどの巨大な「朝焼けの無敵の防壁」へと膨れ上がった。
守護者たちの放った消滅の光の刃は、私のオレンジ色の熱に触れた瞬間、ジジジ……と音を立てて、跡形もなく水蒸気となって掻き消されていったのだ。
「な、んだと……!? 私たちの神の光が、溶かされていく……!?」
最高位の守護者たちが、世界そのものが温かい朝焼けの窓へと作り替えられていく異常事態に、初めて驚愕してその動きを止めた。
「ソル、今よ!!」
「うおおおぉぉぉッ!!」
私の叫びに応え、ソルが最後の力を振り絞って跳躍し、オレンジの炎をまとった剣で三体の守護者の文字盤を真っ直ぐに一刀両断にした。
凄まじい光の爆発と共に、守護者たちは光の粒子となって消滅し、城内を覆っていた冷たい氷の呪縛がサラサラと音を立てて溶け落ちていった。
静けさを取り戻した空間の中、
天井から、あの
【純白に輝く四つ目の歯車】
が、ふわりと私の手の中へと舞い落ちてきた。
私がその純白の歯車を掴んだ、その瞬間。
私の胸のポケットの懐中時計が、これまでにないほど激しく熱を持ち、ガチリ、ガチリ、ガチリ、ガチリ……!! と、集まった四つの歯車のすべてが、完璧に噛み合って猛烈に回転を始めたのだ。
時計から放たれたまばゆい光が部屋全体を包み込み、足元の床がぐにゃりと歪む。
「アサヒ、光のネジが全部巻かれたよ!」
ソルの驚きに満ちた声を聞きながら、
私たちは世界の最上階――神々の住む領域
【時計仕掛けの神域】
へと、凄まじい速度で引き上げられていくのを感じていた。
(第27話・おわり)




