第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場。第25話。四つ目の座標と、凍りつく地平線。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場
第25話。四つ目の座標と、凍りつく地平線。
「アサヒ、大丈夫かい? 次のゲートを開くよ。しっかり僕の服を掴んでいて」
ソルが私の手を引き、その黄金色の瞳を優しく細めて微笑みかけた。
上下が逆さまになった【南の終わりの谷】での激しい大バトルの末、手に入れた『深緑色に輝く三つ目の歯車』。
それは、私の胸のポケットにある金色の懐中時計の中へと吸い込まれ、朝日(黄金)と夕日の歯車と完璧に噛み合って「チクタク、チクタク」と力強い鼓動を刻み続けていた。
アレン様が、床の大理石に杖を突きたて、次なる座標の魔方陣を展開する。
彼の手のひらから放たれる時空魔法の輝きは、今度は茜色でも黄金でもなく、触れるだけで指先が凍りつきそうなほどに冷たい『白銀の光』となって床を這い、新しい時空のゲートを形作っていった。
「座標は世界の最北端。すべてが凍りついた未知の領域――【北の始まりの凍土】さ。アサヒ様、そこへ跳ぶよ!」
アレン様の叫び声と同時に、私たちはまばゆい白銀の閃光に飲み込まれ、時空の裂け目へと全力で身を投げ出した。
(……ヒュゥゥゥゥ、ゴォォォォ……)
次に目を開けた瞬間、私の肌を襲ったのは、これまで経験したことのないような、皮膚を刃物で切り裂かれるような猛烈な『極寒の突風』だった。
「うっ……つめた、い……!」
あまりの寒さに私は激しく身震いし、白銀の魔導衣を胸元で強くかき寄せた。
目の前に広がっていたのは、見渡す限り地平線の果てまで真っ白な氷と雪に覆われた、美しくも残酷な永久凍土の世界だった。
空は、生命の通わない不気味な薄青色に凍りつき、太陽の光すらも氷の膜に遮られて届かない。
何よりも異常だったのは、この世界に吹き荒れる『吹雪』そのものだった。
激しく宙を舞っている雪の結晶が、突如として空中でピタリと『静止して』固まり、カチコチと音を立てて透明な氷の彫刻のように空間に浮いているのだ。
風の音だけが響く中、すべての物質が、時間の流れを奪われて完全に停止していた。
「……ここが、四つ目の国。時間が完全に凍りついた、北の凍土だよ」
アレン様が吐く息を白く染めながら、氷の地平線を見つめた。
「世界のネジが緩みきったことで、この国は時間の流れそのものが完全に凍結してしまっている。アサヒ様、四つ目の最後のひかりの歯車は、あの遠くに見える氷の城の最深部に眠っているはずだ」
アレン様が指さした遥か彼方には、クリスタルガラスを削り出したかのような、透明に透き通った巨大な『氷の古城』が、不気味な威圧感を放ってそびえ立っていた。
その城を見つめた、まさにその瞬間だった。
ザザッ、ザザザザッ――!
私の視界のすべてを真っ二つに引きちぎるように、あの強烈な『灰色の異界(地球)』のノイズが、過去最高の激しさで割り込んできた。
視界の向こう側に重なり合って映し出されるのは、激しい超大型の竜巻によって、空を突き刺す四角い鉄とガラスの巨塔が次々と粉砕され、巻き上げられていく地球の終末の景色。
そして、その壊れていく灰色の世界の真ん中に――ルミナス公爵邸にある【私の部屋の入り口の、あの重厚な木製の白い扉】のビジュアルが、完全に重なり合って鮮烈にフラッシュバックしたのだ。
(あ、あの部屋の白いドア……私の部屋の扉は……ただの扉じゃない……!)
脳髄を突き刺すような、激しい頭痛が私を襲う。
(あの扉は、この凍りついた世界を溶かし、私のいた世界へ還るための、最後のゲートを開ける『神聖な鍵』だったんだ……!)
凄まじい鳥肌が全身に立ち、頭のパズルが悲鳴を上げて繋がっていく。
私たちが四つ目の鍵に近づくほどに、地球の崩壊への秒針が恐ろしい速度で回っていくという、逃げ場のない残酷な連動。
「異界の魂、アサヒよ。これ以上の前進は許さぬ」
凍りついた薄青色の天空から、世界の理を司る神々の冷徹な声が、吹雪を割って響き渡った。
次の瞬間、静止していた氷の空間をバリバリと叩き割りながら、これまでの守護精霊たちとは次元の違う、全身が氷の結晶でできた『巨大な時間の守護精霊』たちが、一斉に光の槍を構えて私たちの頭上へと舞い降りてきた。
「みんなの明日を……そして、僕の魂に温度をくれたアサヒを、絶対に消させない!」
ソルが黄金色の魔導剣を引き抜き、私の前に全力で飛び出した。
異世界の時間が凍りついた極寒の地、そして、ノイズとして重なり合う地球の滅亡の足音。
二つの世界の運命をかけた、ハラハラドキドキの壮絶な神話の決戦が、この純白の凍土を舞台に、今、最高潮の迫力を伴って幕を上げようとしていた。
(第25話・おわり)




