第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場。第24話。神の秒針と、三つ目の歯車の輝き。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場
第24話。神の秒針と、三つ目の歯車の輝き
「無駄な抗いを。時空の歪みはもう止まらない」
天の底から響き渡る神々の冷徹な声が、狂った重力の谷底にビリビリと木霊した。
次の瞬間、上下が逆さまになった赤黒い夜空の向こうから、さっきまでの魔獣とは次元の違う、巨大な『光の秒針の槍』が、空間そのものをバリバリと引きちぎりながら、私を目がけて真っ直ぐに突き降ろされてきた。
「アサヒ様、僕の背中の後ろに!!」
アレン様が叫び、大理石の足場を踏みしめて両手を掲げた。
「時空反転――『刻の逆流』!!」
ズガァァァン!!!
アレン様が放った黄金色の時空魔法の波が、迫り来る神の槍の軌道をグニャリとねじ曲げ、槍は私たちのすぐ横を通り抜けて、頭上の逆さまの岩山へと激突した。
凄まじい爆音と共に、巨大な岩塊が雨のように私たちの元へと降り注いでくる。
「くっ……! さすがに神の直属の一撃は重たいね……!」
アレン様が端正な顔を歪め、激しく膝をついた。
魔力を使い果たし、彼の展開していた黄金の重力結界がピキピキと音を立てて消えかけていく。
重力のルールが再び消え、私の身体が、足元の底なしの夜空へ向かってフワリと浮き上がり、真っ逆さまに落ちそうになった。
「きゃあぁぁっ!?」
「アサヒ――!!」
その絶望の虚空へ向かって、ソルが猛スピードで手を伸ばして飛び込んできた。
ソルは私の右手をその細い手でギュッと強く掴み取ると、自分の身体を引き絞るようにして、私を自分の胸の中へと強く抱き寄せた。
「掴んでて、アサヒ! 昨日のことは覚えていなくても、君を離さないことだけは、僕の身体が知っているんだ!」
ソルの黄金色の瞳が、私を失いたくないという野生的なまでの熱い『情動』で燃え上がっている。
胸の奥からドクドクと伝わってくる彼の激しい心臓の鼓動。
毎日記憶を消される冷たい道具だった少年が、今、確かに私のために心を燃やして戦っている。
(怖い……。世界が壊れていくのが怖い。でも……ソルのこの温かさを、絶対に神様なんかに消させない!)
「私も離さない! ソル、あの大きな魔獣たちの群れが、後ろから来てるわ!」
私の叫び声に、ソルは私の腰を左腕で強く抱きしめたまま、不敵にニッコリと笑ってみせた。
「オッケー、アサヒ! 君が僕の目になってくれるなら、僕はどんな未来の敵にだって勝てる!」
ソルは空中で身を翻すと、右手の魔導剣を天空の逆さまの岩山へと向かって力強く突き出した。
「未来の光よ、僕たちの『いま』に集まれ――!!」
ソルの身体から、これまでの何倍にも膨れ上がった黄金色の魔力が爆発した。
彼の剣の先から放たれたのは、まるで生き物のように空中を高速でうねる、無数の『黄金の光のレーザーの嵐』だった。
光のレーザーは上下反転した谷の空間を縦横無尽に駆け巡り、浮遊する岩を足場にしながら、迫り来る神々の魔獣たちを次々と自動追尾して、大爆発の炎で包み込んでいく!
ドゴォォォン! ズガガガガァァァン!!!
飛び散る黄金の粒子と、粉砕された岩の破片が、赤黒い夜空をイルミネーションのように美しく、圧倒的なスケールで染め上げていく。
アニメの最高潮のクライマックスシーンを観ているかのような、息をのむほどにカッコいい空中大戦闘。
「アサヒ、今だよ! 君のあの温かい光を、僕の剣に預けて!」
「ええ……! いって、ソル!!」
私は胸のポケットの懐中時計を強く握りしめ、ソルの魔導剣に向かって、自分の右の手のひらを強く突き出した。
私の魂の奥底からあふれ出した、あの燃えるような『朝焼けのオレンジ色』の魔力のすべてが、ソルの黄金の剣へと吸い込まれるようにして一つに融合していく。
黄金とオレンジ色のふたつの光が混ざり合い、ソルの剣の輝きが世界のすべてを照らし出すほどの圧倒的な光量へと限界突破した。
「ハァァァァァッ!!!」
ソルがその巨大な光の刃を、天空の神々の割れ目に向かって一閃した。
ズガァァァァァァァン!!!!
凄まじい光の斬撃が、神々が遣わしたすべての守護精霊と魔獣を、そして上下の狂った磁場の嵐を、一瞬にして跡形もなく吹き飛ばし、浄化していった。
割れていた空の黒い亀裂がゆっくりと修復され、世界に静けさが戻ってくる。
狂っていた重力のルールも元の姿を取り戻し、私たちはゆっくりと、大理石の床の上へと着地した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ソルが剣を消し、肩を激しく上下させながら、私を見てにっこりと微笑んだ。
その瞬間、修復された空の真ん中から、キィィィン……と、神聖で高い鐘の音のような響きと共に、ひとつの眩しい光の塊がゆっくりと降りてきた。
光の膜がハラハラと剥がれ落ち、中に浮かび上がったのは――大人の手のひらほどもある、透き通った【深緑色に輝く大きな歯車】だった。
世界の東(朝日)、西(夕日)に続いて、ついに南の果てに眠っていた『三つ目のひかりの歯車』が、まばゆい輝きを放って姿を現したのだ。
手に入れた三つ目の鍵。
そして、私の部屋の白い扉へと繋がる、お母様からの時空を超えた壮大な伏線。
二つの世界の崩壊を止め、すべての真実にたどり着くための、ハラハラドキドキの壮絶な神話の戦いは、いよいよ最後の四つ目の歯車が眠る【北の始まりの凍土】への大冒険へと、激しくその運命のネジを巻き直していこうとしていた。
(第24話・おわり)




