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第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場。第23話。上下反転のデッドライン。

『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』


第4章。南の終わりの谷と、狂い出す磁場


第23話。上下反転のデッドライン


「時空転移、展開――! 三つ目の座標へ、跳ぶよ!」


アレン様の鋭い叫び声と共に、【ひかりの交差点】の透明な床に描かれた巨大な魔方陣が、かつてないほどに激しい黄金の閃光を放った。


私の胸のポケットにある懐中時計の中で、朝日と夕日のふたつの歯車が「キィィィン!」と高い共鳴音を響かせ、私たちの身体を包み込むようにして強固なオレンジ色の光のバリアを張り巡らせる。


次の瞬間、視界のすべてが眩しいオレンジと黄金の光で爆発し、私たちは凄まじい時空の濁流の中へと吸い込まれていった。



「う、わあぁぁっ!?」


次に私の足の裏に感覚が戻ってきた瞬間、あまりの異常事態に、私はみっともない悲鳴を上げてその場に激しく転がった。


「アサヒ、危ない! 上に落ちるよ!!」


着地したはずのソルが、私の腕を強引に掴んで引っ張り上げた。


信じられないことに、私たちが辿り着いたその場所は、重力(上下のルール)が完全に狂い切った暗黒の巨大な渓谷――【南の終わりの谷】だった。


空を見上げると、そこにあるはずの雲や太陽はなく、なんと『巨大な岩山や激しい谷底』が、頭の上に逆さまになって広がっていた。


そして足元を見下ろすと、そこには本来上にあるはずの『赤黒く光る不気味な星空』が、底なしの奈落となって広がっている。


一歩足を踏み外せば、空へと向かって「真っ逆さまに落ちていく」という、目眩めまいのするような狂った世界。


「何これ……。上と下が、逆さまになっているわ……!」


私がドレスの裾を必死に押さえ、岩肌に爪を立ててしがみついていると、アレン様が不敵な笑みを浮かべ、白銀の魔導衣を翻して空間をふわりと浮遊した。


「ここ一帯は、神々が仕掛けた過酷な『時空の乱れ(バグ)』のせいで、磁場も重力もすべて秒単位で反転し続けているんだ。一瞬でも気を抜いたら、足元の夜空へ吸い込まれて消滅するよ」


アレン様がその白い手を空間にかざし、私たちの足元に黄金色の時空魔法の陣を展開して重力を固定してくれた。


しかし、私たちの侵入を拒むように、頭上の逆さまの谷底から、チクタク、チクタク、と世界の終わりを告げる警告の秒針の音が激しく鳴り響いた。


バリバリバリ、ドゴォォォン!!!


空間が派手に引きちぎれ、逆さまの岩山の影から姿を現したのは、これまでの何倍も巨大な、全身を鎖で繋がれた『時計仕掛けの巨獣』たちだった。


彼らが吠えるたびに、重力が再び狂い、周囲の巨大な岩が、上へ下へと不規則に飛び交う。


彼らは四枚の光の翼を羽ばたかせ、異界の魂である私を圧殺するために、一斉に突撃してきた。


「アサヒは、僕が絶対に守る!!」


ソルが地を蹴った。


彼は上下が反転した狂った重力の空間を、まるで一本の黄金の流星となったかのように、縦横無尽に超高速で飛び回った。


ソルが黄金色の魔導剣を大きく振りかざすと、彼の剣の先から、生まれたての太陽のような眩しい光のホーミングレーザーが何千と一斉に放たれた!


光の矢は、空中を生き物のように複雑な軌道を描いてうねりながら、迫り来る巨獣たちを自動追尾し、大理石の岩肌を巻き込んで大爆発を起こしていく!


ドゴォォォン! ズガァァァン!!


浮遊する巨大な岩を足場にしながら、ソルは重力を無視して逆さまに走り、飛び回り、凄まじいカメラワークが見えるような大空中戦を一人で繰り広げていく。


飛び散るきらきらとした黄金の魔力と、粉砕される岩の破片が、赤黒い夜空にまばゆく美しく舞い散る。


その戦闘シーンは、アニメのクライマックスさながらの迫力だった。


「僕だって、ただ見ているだけじゃないよ!


時間停止クロノ・スタシス』――!!」


アレン様が叫び、魔方陣を前方に突き出した。


彼が放った黄金の光の波動が空間を駆け抜けると、ソルの背後を狙って突撃してきた二体の巨獣の動きが、空間ごと完全に『ピタリと静止して』固まった。


「今だ、ソル!」


「ハァァァァァッ!!」


動きを止められた巨獣の群れに向かって、ソルが空中から急降下し、魔導剣の全火力を込めた一撃を叩き込む。


まばゆい光の爆辞(爆発)と共に、巨獣たちはアメジスト色の光の粉となって、跡形もなく消滅していった。


「やった……!」


私が安堵の声をあげようとした、その瞬間だった。


私のポケットの中の懐中時計が、これまでで一番、壊れるほどに激しく熱を持ち始め、文字盤が異常な点滅を繰り返した。


同時に、私の視界のすべてを覆い尽くすように、あの強烈な【灰色の異界(地球)】の終末のノイズが、すさまじい轟音と共にフラッシュバックしたのだ。


ザザザザザザザッ!!!


目の前で戦うソルやアレン様の姿の向こう側に、激しい大雨に打たれ、信じられないほどの巨大な竜巻によって、次々と引きちぎられていく地球のビル群の姿が、完全に重なり合って映し出される。


そして、その崩壊していく世界線の中に――ルミナス公爵邸にある【私の部屋の入り口の、あの重厚な木製の白い扉】のビジュアルが、一瞬だけ、鮮烈にフラッシュバックした。


(あ、あの部屋の扉……私の部屋のドアは……ただの扉じゃない……!)


脳裏に走る、激しい頭痛。


(あの扉は……この過酷な異世界と、私のいた世界を繋ぐ、最後のゲートを開けるための『神聖な鍵』だったんだ……!)


凄まじい鳥肌が全身に立ち、頭のパズルが大きな音を立てて繋がっていく。


私たちが異世界で戦い、大切な人を守ろうとして絆を深めれば深めるほど、私のいた地球の空が引きちぎれ、滅亡のカウントダウンを早めていくという残酷な連動。


「無駄な抗いを。時空の歪みはもう止まらない」


天の底(本来の空の方向)から、世界の理を司る神々の冷徹な声が響き渡る。


手に入れたふたつの歯車の共鳴、そして新たに牙を剥く上下反転の過酷な谷。


アサヒとソル、アレン様の3人は、この地球規模の終末の秒針をどう止めるのか。


二つの世界の運命をかけた、ハラハラドキドキの壮絶な神話の戦いは、さらに予測不能な深淵へと、激しく加速していこうとしていた。


(第23話・おわり)

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