第3章。東の地平線と、四つの歯車。第20話。夕日の国の激戦と、クレピュスクの涙。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第3章。東の地平線と、四つの歯車
第20話。夕日の国の激戦と、クレピュスクの涙
バリバリバリ、ガガァァァン!!!
静止していたはずの紫色の空が、まるで巨大なガラスの天井が叩き割られたかのように、凄まじい轟音を立てて引きちぎれた。
その空間の裂け目から、白銀の鎧をまとった巨躯の兵――
『時間の守護精霊』たちが、
四枚の光の翼を激しく羽ばたかせながら、猛スピードで舞い降りてくる。
彼らの持つ光の槍の先からは、時空を切り裂くための紫色の電撃がパチパチと狂ったように放たれていた。
「やっぱり、僕たちが最初の歯車を手に入れたことで、神様たちの秒針がさらに加速したみたいだね!」
アレン様が、旅用の白銀の魔導衣を翻しながら、不敵に笑った。
彼は瞬時にその白い手を空間にかざし、黄金色に輝く巨大な『時空魔方陣』を展開する。
「時空結界――『刻限の盾』!!」
ドゴォォォォン!!!
守護精霊たちが放った一斉の光の槍が、アレン様の創り出した黄金色の障壁に激突し、夕暮れの街全体を揺るがすほどの激しい衝撃波が走った。
あまりの風圧に、大理石の床に浮いていた静止した噴水の水滴たちが、パリンと音を立てて砕け散る。
「アサヒ、危ない! 上だけじゃない、足元からも来るよ!」
ソルの鋭い叫び声が響いた。
見ると、大理石の石畳の隙間から、半透明の不気味な歯車を噛み合わせた
『時計仕掛けの魔獣』たちが、
ドロドロと黒いモヤを吹き出しながら次々と這い出てきていた。
彼らは、世界中の人々が「過去」に対して抱いた、どす黒い後悔の記憶を燃料にして動く、神々の尖兵だった。
「ハァァァッ!!」
ソルが黄金色の魔導剣を強く握りしめ、地面を思い切り蹴り上げた。
浮遊の魔法で空中へと舞い上がったソルは、生まれたての太陽のような眩しい『未来(明日)』の魔力を刃に宿し、迫り来る魔獣たちを一刀両断にしていく。
クリスタルのように綺麗な光の破片が飛び散る、息を呑むような空中迎撃戦。
けれど、この【夕日の国】は時間が止まりかけているせいで、ソルの未来の魔力が本来の半分も発揮できていないようだった。
「くっ……! 空気が重たい……! 剣が、思うように振れないんだ……!」
空中でソルが息を切らし、魔獣たちの猛攻に少しずつ押し込まれ始める。
(ソル……! 誰も死なせたくない、私が、二人の盾になる!)
私は恐怖をかなぐり捨て、胸のポケットの懐中時計を強く抱きしめながら、前に向かって両手を強く突き出した。
「ソル、下がって!!」
魂の底から叫んだ瞬間、私の手の中から、カッと視界を白く染めるほどの『朝焼けのオレンジ色』の光の波動が爆発した。
ドカァァァァァン!!!
私の放ったオレンジ色の魔力が、ソルの黄金の光、そしてアレン様の結界と完全に融合し、神殿の通り全体を包み込むほどの巨大な「朝焼けの防壁」へと膨れ上がった。
守護精霊たちの槍も、魔獣たちの黒いモヤも、その圧倒的なオレンジ色の輝きに触れた瞬間、跡形もなく掻き消され、敵の群れは狼狽したように天へと弾き飛ばされていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
激しい魔力の解放に、私はその場に激しく膝をついた。
すると、私たちの魔力が世界に干渉したことで、周囲の景色に劇的な変化が起き始めた。
それまで黒いモヤに覆われて濁っていた大理石の柱のクリスタルたちが、私のオレンジ色の光を浴びた瞬間、シュワシュワと音を立てて浄化され、本来の美しい茜色の輝きを取り戻していったのだ。
さらには、静止していた噴水の水たちが、カラン、と涼やかな音を立てて、再び滑らかに流れ落ち始めた。
「すごい……アサヒ様の魔力が、この国の止まった時間を、内側から動かしている……」
アレン様が、驚愕にその黄金色の目を見開いて呟いた。
「二人とも……無事だったのね……っ」
広場の奥の、崩れかけた神殿の柱の影から、か細い、でも聞き馴染みのある声が聞こえた。
ハッとして振り返ると、そこには、茜色のドレスを満身創痍で引きちぎり、息も絶え絶えに壁に寄りかかっている一人の少女がいた。
この世界の【過去】の記憶を司る精霊――
クレピュスク(夕日ちゃん)だった。
彼女の小さな身体からは、まだ神々の攻撃によって受けた黒い呪いのモヤが、ボタボタと床に向かって滴り落ちている。
「クレピュスク……!!」
私は叫び、彼女の元へと駆け寄って、その泥に汚れた小さな身体を強く抱きしめた。
クレピュスクの茜色の瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ、私の白銀の魔導衣を濡らしていく。
「ごめんなさい、アサヒ、ソル……。私が、この国の一番奥にある『二つ目のひかりの歯車』を命がけで守っていたのだけれど……神様たちの力が強すぎて、もう、結界が保たないの……。このままだと、この国も、あなたのいたあの灰色の異界(地球)も、全部粉々に砕け散っちゃう……!」
クレピュスクが私の胸の中で激しく泣きじゃくると同時に、彼女の涙が床に落ち、私の手の中の懐中時計が、壊れるほどの熱を持って脈打ち始めた。
そして、私の視界の半分に、あの強烈な【灰色の異界(地球)】の終末のノイズが、これまでで一番激しくフラッシュバックしたのだ。
ザザザザザザザッ!!!
夕日の街並みの向こう側に、激しい落雷と大雨によって、次々と崩壊し、水没していく地球の都市の姿が重なり合う。
私たちが異世界で戦い、誰かを守ろうとして絆を深めるほどに、地球の時空も激しく歪み、崩壊への秒針を進めていくという残酷な連動。
「私は諦めない。絶対に、両方の世界を救ってみせる!」
私はクレピュスクを優しく抱き起こし、天の割れ目の向こう側にいる見えない神々を、真っ直ぐに睨みつけた。
お母様が遺してくれたあの「朝日と夕日のお話」の真実にたどり着くまで、私の『いま』を生きる戦いは、この茜色の国で、さらにハラハラドキドキの嵐を伴って激しさを増していこうとしていた。
(第20話・おわり)




