第3章東の地平線と、四つの歯車。第19話。茜色のゲートと、夕日の国の残影。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第3章。東の地平線と、四つの歯車
第19話。茜色のゲートと、夕日の国の残影
「さあ、時空のネジが完全に狂ってしまう前に、次の国へ行こう。僕たちの目的地は、世界の世界線を司るもう一つの極――【夕日の国】さ」
アレン様がそう言って、白金の太陽神殿の白い床に、新たな時空魔法の陣を展開した。
彼が掲げた白い手のひらから放たれる黄金色の魔力は、先ほどまでの青白い炎のような未来の光とは違い、どこか物悲しく、胸の奥を締め付けるような深い『茜色』の光となって床の幾何学模様の溝をなぞり、ゆっくりと巨大な光のゲートを形作っていく。
「ソル、あなたも一緒に来てくれる?」
私が隣に立つ少年の顔を見つめて尋ねると、ソルは自分の黄金色の魔導剣の柄にそっと触れ、力強くうなずいた。
「もちろん行くよ、アサヒ。明日になれば、僕の頭の記憶はまた全部消えちゃうかもしれない。……でも、この手の温もりと、君を絶対に守るっていう魂の約束だけは、世界のどこへ行ったって消えたりしないからね」
「ソル……ありがとう」
私は胸のポケットにある、黄金の歯車を吸収したばかりの懐中時計をそっと上から押さえた。
時計はドクンドクンと、まるで生き物のように温かい鼓動を私の手のひらに返してくる。
「ゲートが完全に安定したよ。さあ、しっかりと手を繋いで。時空の波に振り落されないようにね」
アレン様に促され、私、ソル、アレン様の3人は互いの手をきつく繋ぎ合い、目の前で激しく渦巻く茜色の光のゲートの中へと同時に飛び込んだ。
(……チクタク、チクタク、チクタク……)
耳の奥で、ひどくゆっくりとした、引き延ばされたような不気味な秒針の音が響いていた。
一瞬、激しい突風が全身をすり抜けたかと思うと、足元に少し古びて擦り切れた絨毯のような、あるいは長い年月をかけて乾いた土のような、不思議な柔らかい感触が戻ってきた。
「……ここが、夕日の国……?」
私がゆっくりと目を開けると、そこには、先ほどまでいた眩しい【朝日の国】とは180度違う、息をのむほどに厳かで、どこか寂しげな世界が広がっていた。
空は、一日の終わりを告げるかのような、燃えるようなオレンジ色と深い夜の青が溶け合う、濃厚な『紫色の夕焼け』にどこまでも染まっている。
地平線の先に見えるのは、古代の神話に出てくるような大理石の神殿や、古びた真鍮でできた巨大な時計塔が建ち並ぶ、美しい街並みだった。
世界中の「過ぎ去ったすべての歴史」と「人々の美しい思い出」が、この街の空気そのものを作っているのだと、なぜか肌で感じ取ることができた。
「綺麗……だけど、なんだか、すごく静かすぎるわね……」
私が街の静寂に身震いしていると、アレン様が厳しい表情で、神殿の立ち並ぶ通りを見つめた。
「静かなんじゃない。世界のネジが緩んで、この国の時間が『止まりかけている』んだ。見てごらん、アサヒ様。あそこの噴水を」
アレン様が指さした広場の中央には、美しい彫刻が施された噴水があった。
驚いたことに、噴水から激しく湧き上がっているはずの水が、空中でまるでガラス細工のように『ピタリと静止して』固まっていたのだ。
水滴が一つひとつ、空間に浮いたまま、まったく動かない。
世界を支える時間の歯車が錆びついたことで、この【夕日の国】の時間は、まさに今、完全な停止へと向かって軋んでいた。
「大変、クリスタルが黒く濁り始めてる……!」
ソルの鋭い声にハッとして周囲を見渡すと、大理石の神殿の柱に埋め込まれていた無数の美しい記憶のクリスタルたちが、どす黒い闇のモヤのようなものに覆われ、今にもその光を失おうとしていた。
世界中の人々の「過去への後悔」が、この国を内側から腐らせようとしているのだ。
その時だった。
ザザッ、ザザザザッ――!
まただ。私の視界の半分に、あの強烈な『灰色の異界』のノイズが激しく割り込んできた。
異世界の夕日の街並みの向こう側に、激しい大雨に打たれて水没していく、あの空を突き刺すガラスの巨塔の群れが重なって視える。
そして、その壊れていく灰色の景色の真ん中に――ルミナス公爵邸にある【私の部屋の壁に掛けられた、古い神様の絵】のビジュアルが、一瞬だけ、鮮烈にフラッシュバックしたのだ。
(え……っ!? あの、お部屋の神様の絵が……どうしてこの夕日の国と重なるの!?)
ドクン!
と、私の胸の懐中時計が、壊れるほどの熱を持って激しく脈打った。
アサヒが二つ目の国へ辿り着いた瞬間、私のあの「始まりの私室」の伏線が、不気味なまでの神秘性を帯びて、二つの世界の崩壊をさらに加速させていく。
「アサヒ、危ない! 上から来るよ!」
ソルの叫り(叫び)声と同時に、止まっていた紫色の空がバリバリと音を立てて引きちぎれ、その裂け目から、神々が遣わした新たな『時間の守護精霊』たちが、光の槍を構えて私たちの頭上へと猛スピードで舞い降りてきた。
異世界の過去を司る夕日の国の壊滅、そして、ノイズとして重なり合う地球規模の終末の予兆。
二つの世界の運命をかけた、ハラハラドキドキの壮絶な神話の戦いが、この茜色の国で、さらに激しく幕を開けようとしていた。
(第19話・おわり)




