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第3章東の地平線と、四つの歯車。第17話。アメジストの残響と、交わした温度。

『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』


第3章。東の地平線と、四つの歯車第


17話。アメジストの残響と、交わした温度


「アサヒ……。君を、僕の光(明日)を、絶対に誰にも渡さない!」


ソルの魂の底からの叫びが、凍りついた白金の太陽神殿に激しく響き渡った。


その瞬間、彼の細い身体から放たれたまばゆい未来の魔力は、私が必死に掲げていた両手から溢れ出すオレンジ色の光と、空中で完璧に一つに溶け合った。


バチバチバチッ!


と、ふたつの異なる光が混ざり合い、凄まじい衝撃波となって神殿の空間を震わせる。


次の瞬間、驚くべき奇跡が周囲の世界を包み込んだ。


それまで白く無機質だった【朝日の国】の王都・オーロルの空が、まるで誰かが巨大なキャンバスに極彩色の絵の具を勢いよくぶちまけたかのように、息をのむほどに美しい『朝焼けのオレンジ色』へと一気に塗り替えられていったのだ。


さらに、周囲にそびえ立つクリスタルタワーの壁が、まるでルミナス公爵邸にある私の部屋の、あの大きな窓ガラスのように変化していく。


内側から燃えるような鮮やかなオレンジ色の光を透き通す、巨大な美しいスクリーンへと、街の景色そのものが姿を変えていく。


「な、んだ、この光は……!? 僕たちの槍が、街のガラスに吸い込まれて消えていく……!?」


襲いかかってきていた時計の魔獣たちが、世界そのものが「朝焼けの窓」へと作り替えられていく異常事態に、恐怖したように一斉にその動きを止めた。


彼らが掲げていた光の槍のエネルギーが、オレンジ色のガラス壁に触れた瞬間、ジジジ……と音を立てて、跡形もなく光の粒子へと掻き消されていく。


私とソル、お互いを「守りたい」と心から願った二人の強い想いが、この光の国を丸ごと『無敵の朝焼けの防壁』へと変貌させてしまったのだ。


「行くよ、アサヒ! 僕たちの『今』を見せてあげる!」


ソルは最高に眩しい、初めて見る「人間の温かみ」を持った笑顔で私の手を握り直すと、黄金の魔導剣を大きく天空へと突き上げた。


彼の剣の先から、生まれたての太陽のような巨大な黄金の光の渦が巻き起こり、立ち尽くす魔獣の群れを、圧倒的な光の津波となって一気に飲み込んでいく。


ズガガガガガガガガァァァン!!!


耳を劈くような凄まじい爆音と共に、何百、何千と空を埋め尽くしていた魔獣たちが、朝焼けの光の中に溶けるようにして、次々と消滅していった。


役目を終えた光の防壁がゆっくりと解け、粉砕された魔獣の身体から、キラキラとしたアメジスト色の光の粒子が、まるで静かな雪のようにハラハラと私たちの周りに舞い降りてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


すべての敵を退け、ソルはゆっくりと私の目の前の石畳へと着地した。


彼の持つ魔導剣が、光の霧となってサラサラと消えていく。


私はソルの体を支えるように、思わず彼の手をぎゅっと強く握りしめた。


「ソル……大丈夫? 怪我はない?」


私が心配そうに顔を覗き込んで尋ねると、ソルは自分の白く細い手のひらを見つめ、それから愛おしそうに私の顔を見て、ぽつりと呟いた。


「不思議だね……。僕の頭のネジは、やっぱり今も、昨日のことを何一つ思い出せないままなんだ。君とどこで出会って、どんな場所でどんな話をしたのか、僕の頭の記憶には、何も残っていない……」 



ソルは少し寂しそうに黄金色の目を伏せた。


毎日、朝が来れば頭の記憶は消えてしまう。


それは神々が彼に課した、あまりにも冷酷な『道具』としての呪縛。


けれど、ソルはすぐに顔を上げ、私の手を今度は彼の方から、痛いほどに強く握り返してくれたのだ。


「でもね、アサヒ。この手の温かさだけは、僕の魂がちゃんと覚えているんだ。君が『一人じゃない、私が覚えていてあげる』って言ってくれたとき、胸の奥の冷たい歯車が、一気に熱くなった。明日になって、また僕の記憶が全部消えてしまっても……僕の魂は、何度だって君を家族だと、友達だと思い出すよ。この交わした温度だけは、神様たちにも絶対に消せないんだ」


「ソル……っ」


胸の奥が、熱い涙の塊でいっぱいになる。


頭の記憶は神々に消されても、心と魂に刻まれた【ぬくもり】だけは、絶対に消せない絆として、ソルの胸の奥に深く、深く蓄積されていたのだ。


「やれやれ。神々の人形が『心』を手に入れるなんて、時間の番人である僕の一族の歴史書にも、一度だって載っていない大バグ(奇跡)だね。まったく、君たちには驚かされてばかりだよ」


階段の下から、アレン様がパチパチと小さく拍手をしながら歩み寄ってきた。


彼の黄金色の瞳には、驚きと、そして私たちへの深い興味が妖しく光っている。


「アサヒ様。君たちの強い想いが、この光の国の時間を一時的に『同期』させたんだ。……ほら、見てごらん。二人の絆に応えるように、お目当てのものがお出ましだ」


アレン様が神殿の天井の真ん中を指さした。


見上げると、修復された白い天井の奥から、キィィィン……と、神聖な高い音を立てて、ひとつの眩しい光の塊がゆっくりと降りてくるところだった。


世界のネジを巻き直すための、最初の鍵。


光の中に浮かび上がったのは、大人の手のひらほどもある、透き通ったクリスタルで作られた【黄金色に輝く大きな歯車】だった。


(第17話・おわり)

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