第3章東の地平線と、四つの歯車。第16話。光の国の防衛戦と、魂の記憶。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第3章。東の地平線と、四つの歯車
第16話。光の国の防衛戦と、魂の記憶
「ソル? ……僕の名前はソルだけど、君はだれ? 僕は、君みたいな人間に会った記憶はないよ」
ソルのその冷たい言葉が、私の胸の奥に、冷たい氷の棘のように深く突き刺さった。
風にサラサラとなびく、まばゆい黄金色の髪。
私のすべてを見透かすかのように深く、透き通った黄金色の瞳。
あの『ひかりの交差点』で、私の前に立ちはだかり、命をかけて神々の兵から私を守って戦ってくれた、あの少年――ソル。
けれど、今の彼の瞳には、私のことを知っている様子は全くなかった。
今日初めて会った、ただの「見知らぬ令嬢」として、不審そうに私を見つめ返している。
(あ……そっか。ソルは……)
頭の芯が、切ない痛みと共に熱くなる。
ソルは普通の人間ではない。
時間の神々によって『朝日の魔力を生み出し続けるためだけ』に、寝て起きたら『すべての過去の記憶』を世界の歯車に吸い取られて消されてしまう、時計仕掛けの申し子なのだ。
あの交差点で私と出会い、「僕の初めての家族だ」と笑ってくれたあの温かい記憶も、今のソルの中には、影も形も残っていない。
「君たち、僕の後ろへ! ここは僕の神殿だ、僕が守る!」
私が胸の痛みに耐えながら差し出した手を握る間もなく、ソルが鋭い声で叫んだ。
彼が右手を天空へと掲げると、まばゆい黄金色の魔導剣が空間から現れ、その身体から『未来(明日)』を司る圧倒的な魔力が爆発するようにあふれ出した。
ソルは地面を強く蹴り上げると、浮遊の魔法で空中へと舞い上がり、神殿の天井の亀裂から這い出てくる『時計仕掛けの魔獣』たちの群れに向かって、迷いなく突っ込んでいった。
光の刃が空中を激しく一閃し、魔獣の不気味な歯車の身体を次々と一刀両断にしていく、凄まじい空中戦。
「相変わらず、人形のくせに規格外の戦闘力だね」
アレン様が不敵に笑い、私の前に立ちはだかって黄金色の『時空結界』を展開する。
「でも、アサヒ様。君の目は、あの少年だけを映している。……やっぱり、君たちは出会っていたんだね」
「ええ……。でも、今のソルには、私の記憶が何一つ残っていないの」
空中を自在に飛び回り、一人で戦うソルの背中を見つめながら、私の胸がぎゅっと締め付けられた。
今の彼は、私を守るために戦っているのではない。
ただ、神々に与えられた「この国の防衛」というプログラムに従って、孤独に剣を振るっているだけなのだ。
(怖い……。私はただの公爵令嬢のはずなのに。どうしてこんな戦いを見つめているの? ……でも、違う。私の頭の奥が、今、激しく叫んでる。目の前にいるあの少年を、もう二度と一人にしちゃダメだって!)
その時、三体の巨大な魔獣が、ソルの死角である背後から、時空を切り裂く光の槍を構えて猛スピードで突撃した。
「ソル、後ろ!!」
私の叫び声に、空中を飛ぶソルがハッと振り返る。けれど、避けるのはもう間に合わない。
「しまっ――」
「ソルに、触るなぁぁぁ!!」
私は恐怖をかなぐり捨て、アレン様の結界を飛び出して、ソルの背中に向かって両手を強く突き出した。
その瞬間、私の手の中から、カッと激しい『朝焼けのオレンジ色』の光の障壁が解き放たれた。
ドゴォォォン!!!魔獣たちの激しい一撃が、私の放ったオレンジ色の結界にスレスレで激突し、凄まじい火花を散らして弾き返された。
「え……っ?」
空中から着地したソルが、驚愕にその黄金色の目を大きく見開いた。
彼は、私の放ったオレンジ色の防壁と、私の顔を、交互に何度も見つめた。
「君……今、僕を、助けて……? どうして……?」
「言ったでしょう?」
私は息を激しく切らしながら、ソルの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「私はアサヒ。あなたに、新しい『今日』を届けに来たの。あなたが昨日を忘れてしまうなら、私が毎日、あなたの隣で『私たちは友達だよ』って教えてあげる。だから……一人で傷つこうとしないで!」
私のその言葉が、ソルの耳に届いた、まさにその瞬間だった。
ソルの胸の奥から、カチリ……と、神々がかけた強固な封印のネジが、完全に壊れて外れるような音が、静かな神殿に響き渡った。
「あ……頭の中には、何も無いのに……」
ソルが自分の胸元を強く押さえ、信じられないというように呟いた。
それまで白く無機質だった光の国の空が、私の魔力とソルの魔力が混ざり合ったことで、息をのむほどに綺麗な、燃えるような『朝焼けのオレンジ色』へと一気に染め上げられていった。
さらに、街中のクリスタルタワーの壁が、まるで私の部屋にあった大きな窓ガラスのように、内側から光を透き通す美しいスクリーンへと姿を変えていく。
「君のそのオレンジ色の光を見た瞬間、胸の奥が、すごく熱くなって……痛いほどに、あったかいんだ。……僕の魂が、君を知っているって、叫んでいるんだ……!」
毎日、朝が来れば頭の記憶は消えてしまう。けれど、アサヒから貰った「一人じゃない」というあの【魂の温もり】だけは、神々の魔法をもってしても消せない傷跡のように、ソルの胸の奥に深く、深く蓄積されていたのだ。
世界そのものが「朝焼けの窓」へと姿を変えていく異常事態に、魔獣たちが恐怖して動きを止める。
「アサヒ……君を、僕の光(明日)を、絶対に誰にも渡さない!
」ソルの魔力が、これまでの何倍にも膨れ上がり、王都の空全体を黄金色とオレンジ色の光で満たした。
彼が、頭の記憶を超えて、本当の『魂の絆』を取り戻した瞬間だった。
しかし、二人の魔力が限界突破したことと完全に連動するように、私のポケットの中の懐中時計が、壊れるほどに熱く脈打ち始めた。
同時に、私の視界に、あの強烈な『灰色の異界』のノイズが重なり合って映し出される。
ザザザザザザッ!!!
美しい朝焼けの空の向こう側に、激しい豪雨に打たれ、落雷によって次々と崩壊していく、空を突き刺す四角い鉄とガラスの巨塔の群れが、ホログラムのように重なって視える。
「あ……やっぱり、私のいたあの世界が、壊れていく……!」
異世界で絆が深まるほどに、あの見知らぬ世界の時空も激しく歪み、崩壊への秒針を進めていく。
異世界での感動的な覚醒が引き起こしてしまう、二つの世界の過酷な連動。
アサヒは、この過酷な運命の歯車をどう止めるのか――。
(第16話・おわり)




