第3章。東の地平線と、四つの歯車。第15話。再会の黄金光。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋く時計仕掛けの神話〜』
第3章。東の地平線と、四つの歯車
~第15話。再会の黄金光~
アカデミーの夜が明け、エルドラドの空に生まれたての眩しい光が差し込む頃、私とアレン・クロノス様は、学園の地下深くにある秘密の『転移魔導陣』の前に立っていた。
ルミナス公爵令嬢としてのきらびやかなドレスは脱ぎ捨て、動きやすい上質な旅用の白銀の魔導衣に身を包んでいる。
胸のポケットには、あの時計塔で拾った真っ黒に錆びついた小さな歯車と、お母様が遺してくれた金色の懐中時計が、静かに、でも確かに熱を持って寄り添っていた。
「準備はいいかい、アサヒ様。ここから先は公爵令嬢としての守られた日常じゃない。世界の時間を狂わせようとする神々の秒針との戦いだ」
アレン様が黄金色の瞳を厳かに光らせ、大理石の床に刻まれた巨大な歯車の魔方陣にその手をかざした。
彼の手元から放たれる黄金の時空魔法の輝きが、床の溝をなぞるようにして次々と青白い炎となって燃え上がっていく。
「ええ、分かっているわ。……行きましょう、アレン様」
私が力強くうなずいた瞬間、足元の魔方陣が眩い閃光を放ち、私たちの視界をすべて白い光で塗りつぶした。
強い浮遊感と共に、身体が時空の波にさらわれていく。
(……チリ、チリ……)
肌を刺すような、どこか冷たくて、でも目が眩むほどに神聖な魔力の気配で、私はハッと目を開けた。
「ここは……?」
気がつくと、私とアレン様は、一面がクリスタルガラスでできた高い塔の展望台のような場所に立っていた。
正面に広がる大きな窓の向こう。そこには、ルミナス公爵領のどの街とも違う、圧倒的な輝きに満ちた大都市が広がっていた。
空は一日中、澄み切った黄金色の光に満ちている。
地平線に向かってそびえ立つのは、透明に透き通った巨大な尖塔の群れ。
それらの建物の表面を、生まれたての眩しい光の魔力が、まるで生き物の血流のように絶え間なく脈打って流れていた。
「ようこそ、世界の東の果て――【朝日の国】の王都・オーロルへ」
アレン様が窓の外を見つめながら、静かに言った。
「初代聖女ユウコ様が遺したとされる、世界を支える『四つのひかりの歯車』。その最初のひとつが、この光の国の最深部に眠っているはずさ」
私がその美しい黄金色の街並みに目を奪われていた、
その時だった。
「だれ……? 君たち、どうして僕の神殿にいるの?」
背後から、鈴が転がるような、でもどこか冷たくて浮世離れした、聞き覚えのある不思議な少年の声が響いた。
驚いて振り返った私は、息をのんでその場に硬直した。
神殿の白い大理石の階段の上に立っていたのは、一人の少年だった。
風にサラサラとなびく、まばゆい黄金色の髪。
そして、私のすべてを見透かすかのように深く、透き通った黄金色の瞳。
あの『ひかりの交差点』で、私の前に立ちはだかり、命をかけて神々の兵から私を守って戦ってくれた、あの少年――ソルだった。
「ソル……っ!」
私は思わず、彼の名前を叫びながら駆け寄ろうとした。
けれど、私の叫び声を聞いた少年は、嬉しそうな顔をするどころか、不審そうに綺麗な眉をひそめ、黄金色の瞳で私を冷たく見つめ返したのだ。
「ソル? ……僕の名前はソルだけど、君はだれ? 僕は、君みたいな人間(ルミナス公爵家の令嬢)に会った記憶はないよ」
ソルのその冷たい言葉が、私の胸にぐさりと突き刺さった。
(あ……そっか。ソルは……)
頭の芯が、切ない痛みと共に熱くなる。
ソルのあの過酷な生い立ち。
彼は時間の神々によって『朝日の魔力を生み出し続けるためだけ』に、寝て起きたら『すべての過去の記憶』を世界の歯車に吸い取られて消されてしまう、時計仕掛けの申し子なのだ。
あの交差点で私と出会い、「僕の初めての家族だ」と笑ってくれたあの温かい記憶も、今のソルの中には、影も形も残っていない。
彼は私の顔を、今日初めて会った「ただの見知らぬ令嬢」として見つめている。
私はぎゅっと胸のポケットの懐中時計を握りしめた。
(寂しい。……胸が張り裂けそうに、寂しい。でも、立ち止まってはいられない。あなたが忘れてしまうなら、私が何度だって、あなたに『私たちは家族なんだよ』って教えてあげる!)
「初めまして、ソル」私は涙をこらえ、最高の笑顔を浮かべて、ソルの前に右手を差し出した。
「私はアサヒ。アサヒ・ルミナスよ。――あなたに、新しい『今日』を届けにきたわ」
私のその言葉が響いた瞬間、ソルの黄金色の瞳が、ハッとしたように微かに大きく見開かれた。
彼の時計仕掛けの心の奥で、神々のかけた強固な封印のネジが、私の言葉の温もりに触れて、カチリ……と微かに揺れるような音が、静かな神殿の中に確かに響き渡った。
けれど、私たちの再会を拒むように、突如として神殿の天井にバリバリと巨大な黒い亀裂が走り、黄金色だった空が不気味などす黒い紫色へと変色し始めた。
「時間の乱れを感知したね。最初の歯車を手に入れるためには、どうやらこの光の国を襲う神々の試練を、もう一度突破しなければならないようだ」
アレン様が不敵に笑い、その白い手を空間にかざして魔方陣を展開する。
記憶を無くした少年ソルとの切ない再会、そして、世界を救うための四つの歯車をめぐる、壮絶なバトルの幕が、この東の地平線で、再び激しく上がろうとしていた。
(第15話・おわり)




