第2章。錆びゆく歯車と、四つの鍵。~第12話。引き裂かれる結界とアレンの正体~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第2章。錆びゆく歯車と、四つの鍵
第12話。引き裂かれる結界と、アレンの正体
ギギギギギギギ、ガガァァァン!!!
耳を劈くような金属の絶叫と共に、時計塔の壁を埋め尽くしていた数百の真鍮の歯車が、一斉に噛み合わなくなって停止した。
巨大なアメジストの振り子は、まるで透明な目に見えない壁に衝突したかのように、空中でピタリと斜めに静止している。
塔の大きなガラス窓の外を見上げると、さっきまで眩しかったはずの太陽の光は消え去り、そこにはおぞましい、どす黒い紫色の嵐が渦巻いていた。
「な、に……これ……。学園の結界が、破られたの……!?」
私は激しい地鳴りに足元をすくわれそうになりながら、塔の白大理石の階段の手すりに必死にしがみついた。
「破られたんじゃない。最初から、神様たちの秒針には逆らえないのさ」
アレンは焦る様子もなく、むしろ楽しそうに不敵な笑みを浮かべていた。
彼は白い手のひらを空間にかざしたままだ。
彼の手元に展開された黄金色の魔方陣からは、
カチ、カチ、カチ……
と、この塔の時計とは全く違う、神聖で、でもどこか聞き覚えのある正確な秒針の音が響いていた。
その瞬間、
紫色の嵐が吹き荒れる窓ガラスの外から、バリバリと空間を引きちぎって、あの白銀の鎧をまとった巨躯の兵――
『時間の守護精霊』が三体、光の槍を構えて突っ込んできた。
ガラスが派手に粉砕され、鋭い破片が私たちの元へと降り注ぐ。
「アサヒ様、危ない!」
アレンが私の前に一歩踏み出し、掲げた魔方陣を前方に突き出した。
「時空結界――『刻限の盾』!」
ドゴォォォン!!!
守護精霊が放った光の槍の一撃が、アレンの創り出した黄金色の障壁に激突し、凄まじい火花を散らして弾き返された。
衝撃の風圧で、私のドレスの裾が激しくなびく。
「アレン様、あなた……どうして守護精霊の攻撃を防げるの……!? 時空魔術なんて、普通の人間には使えないはずなのに……!」
私が驚愕に目を見開いて叫ぶと、アレンは守護精霊の槍を片手で押し返しながら、振り返って私に黄金色の瞳を向けた。
「普通の人間にはね。……でも、言っただろう? 僕はアレン・クロノス。【過去の神・クロノス】の血を引く、この世界の『時間の番人』の一族の末裔さ。君がその懐中時計を持ってここへ現れるのを、僕の一族はずっと、数百年前から待っていたんだよ」
「数百年前から、私を……?」
アレンの言葉に、私の頭の奥がパリンと激しい音を立てて熱くなった。
まただ。あの強烈な『灰色のノイズ』が、私の視界に重なり合って映し出される。
ザザザザザザザッ!!!
壊れていく時計塔の壁の向こう側に、激しい豪雨が降りしきる地球の景色が重なる。
雷が落ち、水没していくビルの群れ。
そして、その崩壊していく世界線の中に、ルミナス公爵邸にある【私の部屋の大きな鏡】のビジュアルが一瞬だけ、鮮烈にフラッシュバックした。
(あ、あの部屋……私の部屋にある鏡と、引き出しは……!)
その瞬間、私の胸の奥に隠された古い懐中時計が、壊れるほどに熱く脈打った。
アサヒが「始まりの部屋」の違和感に近づき、アレンという過去の鍵に出会ったことで、世界のネジがさらに狂い始めたのだ。
「無駄な抵抗を、神の血を引く若人よ。その異界の魂を差し出せ」
守護精霊たちの顔にある文字盤が冷酷に光り、二の槍、三の槍が、アレンの結界を叩き割らんと容赦なく振り下ろされる。
ピキピキピキ……!
「くっ……! さすがに神々の直属の兵は、重たいね……!」
アレンの黄金の結界に、無数のひび割れが走り始めた。
彼の端正な顔に、初めて焦りの汗がにじむ。
(いや……! アレン様を死なせない! 私は、誰も死なせたくない!)
私は恐怖をかなぐり捨て、アレンの背中の後ろから、前に向かって両手を突き出した。
ルミナス公爵令嬢としてのプライドではない。
ソルと交わした
「私が覚えていてあげる」
という約束、そして前世の母から貰った愛のすべてを魔力に変えて、魂の底から叫んだ。
「神様たちの決めた昨日なんて――私たちは、絶対に認めない!!」
私の叫びと同時に、私の手の中から、まばゆい、燃えるような『朝焼けのオレンジ色』の光の波動が爆発した。
ドカァァァァァン!!!
私の放ったオレンジ色の魔力が、アレンの黄金の結界と完全に融合し、時計塔全体を包み込むほどの巨大な「朝焼けの防壁」へと膨れ上がった。
守護精霊たちの光の槍は、その圧倒的なオレンジ色の輝きに触れた瞬間、跡形もなく掻き消され、三体の巨躯は悲鳴を上げるように天へと弾き飛ばされていった。
「な、んだ……この、生まれたての未来のような、温かい魔力は……」
アレンは魔法を解き、驚愕にその黄金色の目を見開いて、私の両手を見つめた。
時計塔の外を見ると、ひび割れていた紫色の空が、私たちの魔力が合わさったことで、一瞬だけ、息をのむほどに綺麗なオレンジ色の朝焼けの空へと塗り替えられていた。
「アサヒ様……君は本当に、何者なんだい……?」
アレンの問いかけに、私は肩を激しく上下させながら、胸の懐中時計を強く抱きしめた。
守護精霊を退けた緊迫感のなか、時計塔の秒針が、再び不気味に、でも新しい運命を刻むようにチクタクと回り始める。
ソルに似た少年アレンとの出会い、そして世界を救うための『四つのひかりの歯車』をめぐる、壮絶な神話の戦いが、この学園の塔から、さらに深みへと進んでいこうとしていた。(第12話・おわり)




