日記
ルミナリアが去った後も、ルシアンはライラの側を離れなかった。
久しぶりに目を覚ましたライラは、疲れたのか再び眠りについている。
けれど、先ほどまで黒く硬質化していた爪は、ほんの少しだけ元の色を取り戻していた。
「……光魔力で、少しずつだが治療できる、か」
退室前にルミナリアが告げた言葉を思い出す。
確かに、ライラは目覚めたし、変質していた手は元に戻った。
それならば、このまま光魔力を与え続ければ元に戻るというルミナリアの言葉は、真実なのかもしれない。
けれど。
(それならば闇の聖女も、光魔力によって救えたのでは?)
だが闇の聖女は、魔物化した。
(……何かがおかしい)
ルシアンは静かに眠るライラを見つめた。それから後をセレーヌに任せて部屋を出る。
向かう先は、王家の書庫だった。
すでに何度も目を通した書物と、新しい書物を何冊も取り出して目を通す。
特に闇の聖女の記述があった書は、余すことなく読み込んだ。
闇属性。
魔物。
聖女。
光属性。
それらを繋ぐ何かが、きっとある。
「……これだけでは足りない」
闇の聖女は、なぜ魔物になったのか。
どうして、当時の光魔法で救えなかったのか。
他にも気になることがあった。
ノクティス王国が建国された頃の魔法研究の資料だ。
魔法を研究し組み合わせることを発見した初代国王が、魔術の祖と呼ばれたことはルシアンも知っていた。
けれど王家の書庫に残された研究結果は、光属性に対する研究が多い。
ルシアンは一冊の古い魔法書を開いた。
どうやら初代国王が残した本らしい。
そこには、現在では一般的になった魔術の基礎理論が記されている。
属性魔力の組み合わせ方。
属性間の干渉。
そして、属性の吸収。
「……吸収?」
その言葉に、ルシアンの指が止まった。
頁をめくる。
けれど属性の吸収については、その単語が出てくるだけで詳しいことが書いていない。
「初代国王……」
ルシアンは眉を寄せた。
ノクティス王国を建国した、初代国王ルシス。
ルシアンと同じ火、水、風、土の4属性と光属性を持つ人物だったらしいとは聞いたことがある。
その時、部屋の片隅で何かが光った気がした。
ルシアンは吸い寄せられるように、そこに視線を送り……タイトルのない古びた冊子を見つけた。何気なく、その冊子を手に取る。
それは、どうやら誰かの日記のようだった。
水と風の属性を持つ彼は、ソレイユ国の辺境を治める伯爵だったらしい。彼は、辺境に湧き出た魔物達を討伐しに来たノクティラ王女に恋をした。
(ノクティラ王女……闇の、聖女か?)
ノクティラ王女もまた、彼を愛したらしい。彼女は秘技である吸収の力を、彼に分け与えた。彼は火と土の属性を得て、ノクティラと結ばれた。
けれど。
幸せな日々は長くは続かなかった。辺境の魔物は数を増やし、ノクティラは吸収の力を使い、やがて最後は魔物となった。
(……俺は、これを、知っている)
優しく微笑むノクティラ。魔物となり、自らを死を選んだ彼女。最愛の人を失った絶望。甘い言葉ですり寄ってきたノクティラの妹——ルミア。
——その全てが、まるで昨日のことのように蘇る
『可哀想なルシス様。あのような地を治めるのは大変でしょう? 光都にいらっしゃってはどうですか?』
『辺境に残られるのですね……それでは、せめてもの祝福に、光属性をお分けしますわ。その吸収の力があれば、簡単ですもの』
ルミアから光属性を分け与えられた彼は、辺境の地に戻り、新たな結界を築いた。すると、元のように魔物が出なくなった。
(彼女から分け与えられた光魔力で作った結界で、この効力なのか? ……なら、なぜ、ノクティラのいる時は、彼女の結界が効かず魔物が現れた?)
疑問に思ったルシスは様々な実験をした。光属性が闇属性を消せること。吸収の力を持つ光属性の者ならば、結界の力を吸収できること。それらを知ったルシスは確信した。
——ノクティラの魔物化を画策したのはルミアだということを
そして、それは今の状況と同じだということを
「……ライラ。君がノクティラなのか?」
震えるようなルシアンの声が書庫に響いた。と、同時にこうしている場合ではないとライラの部屋へ急ぐ。
忘れていた。
ずっと。
——けれど、本当は忘れたわけではなかった
魂の奥底に、ずっと残っていたのだ。
あの日。
救えなかった愛しい人のことが。
そして。
「……ライラ」
ルシアンの脳裏に、眠る少女の姿が浮かぶ。
黒い髪。
小さな身体。
闇の力を吸収する能力。
黒く変わっていく爪。
何もかもが、繋がっていく。
「今度こそ、君を守る」
記憶がなくとも、ルシアンはライラを愛した。
そのライラは、前世で奪われたノクティラだった。
ルシアンは二重の愛しさを抱きながら、王城を駆ける。
(俺と君は、また出会った。出会えた。愛しあえた)
前世では、間に合わなかった。
光属性を手に入れた時には、もう遅かった。
けれど今は違う。
自分には、すでに光属性がある。
そして。
ノクティラから分け与えられた吸収の力が、今もこの身体に残っている。
「なら……」
ルシアンの瞳に、強い光が宿る。
「今度は、俺が助けられる」
ライラが周囲の闇魔力を吸収してしまうのなら。
(吸収した闇魔力を、俺の光魔力で消せば良い)
今度こそ自分が、ライラを救うのだ。
そう決意してライラの部屋を目指した。




