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冷遇された闇王女は、隣国の王に溺愛される  作者: 永月るか
本編

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16/26

何度でも

 ルシアンがライラの部屋へ戻ると、そこにはカイルとセレーヌがいた。

 二人ともライラの側を離れず、その寝顔を見守っている。


「お戻りですか、陛下。お疲れのご様子ですが、休まれた方がよろしいのでは?」

「お前たちも、休んでないんだろう? お前たちが休む方が先だと思わないかい?」


 セレーヌの目の下の隈を見ながらルシアンが苦笑する。2人も彼の下した命を、きちんと遂行したのだろう。ほぼ丸一日、書庫に籠ったルシアンの代わりに、ずっとライラの側にいてくれたのだ。


「俺の命を、よく守ってくれた。感謝するよ、セレーヌ、カイル」


 直ぐにでも彼らを休ませたいが、そうもいかない。彼らには情報を共有すべきだと判断したルシアンは感謝を口にして、ライラの眠るベッドへ歩み寄った。


 眠っているライラの顔は穏やかで、そのことに少し安堵する。


 けれど、左手の薬指には、やはり黒曜石のような爪あった。


 それを見た瞬間、先ほど書庫で読んだ記録がルシアンの脳裏へ蘇る。


 黒く変色した爪。

 増え続ける魔力量。

 眠る時間の増えた身体。


 ――そして、最後には魔物となった闇の聖女


「……陛下?」


 セレーヌの声に、ルシアンは顔を上げた。


「カイル。これからライラの訓練を全て中止する」

「……承知しました」


 カイルは驚く様子もなく頷いた。

 けれど、セレーヌは少しだけ目を見開いた。


「何か、分かったのですか?」

「王家の書庫で記録を見つけた」


 ルシアンは一度言葉を切った。


「数百年前、同じ力を持った女性がいたそうだ」

「同じ……?」

「ああ。魔物から闇の魔力を吸収する力だ。王家の書庫に記録が残っていたよ」


 ルシアンは静かに答えた。


「彼女も魔物から力を吸収し続けた。魔物が減るほど、人々は彼女を讃え、闇の聖女と呼ばれたそうだ。けれど、その身体には異変が現れた」


 ルシアンは眠るライラを見る。


「黒く硬質化する爪。増え続ける魔力量。そして、長く眠るようになった身体」


 セレーヌが息を呑んだ。


「……まさか」

「最後には、人の姿を失ったそうだ」


 部屋に沈黙が落ちる。

 セレーヌは眠るライラを見つめた。


 その小さな手。

 そこにある黒い爪。


 今まで気づかないふりをしていた不安が、形を持ってしまったようだった。


「……ライラ様も、同じように?」

「まだ分からない」


 ルシアンは答える。


「けれど、同じ力を持ち、同じ症状が出ている」

「では……」


 カイルが低く呟く。


「魔力の吸収そのものが、魔物化の原因である可能性が高い、ということですか?」

「そうだろうね」


 ルシアンは静かに頷いた。


「だから、もう吸収はさせない」

「ですが陛下」


 カイルが顔を上げる。


「魔物の数が減っているのは、ライラ殿下の力による可能性が高い。吸収を止めれば、再び魔物が――」

「構わない」


 即答だった。カイルが僅かに目を見開く。ルシアンらしくない判断だと思った。


「……よろしいのですか?」

「良くはないだろうね」


 ルシアンは苦笑した。


「王として考えるなら、ライラの力を利用するべきなんだろう。彼女一人が魔力を吸収することで、何百、何千という民を守れる可能性がある」


 けれど。


 ルシアンはライラの手を取った。


「俺は、それを選ばない」


 その声には迷いがなかった。


「彼女一人を犠牲にして国を守るくらいなら、別の方法を探す」


 カイルはしばらくルシアンを驚いた目で見つめた。ルシアンに対して変わったなと思う。けれど、それが嫌ではなかった。

 やがてカイルは静かに頭を下げた。


「……承知しました」

「カイル」

「はい」

「魔物が増えたとしても、別の方法で対処する。魔法師団には、また苦労をかけるだろう。すまない」

「いいえ。元はノクティス王国(われわれ)で対処してきた事態です。ライラ殿下、お一人に負担をかけるよりは、よっぽど良いかと。私は魔物対策の指揮をしてきたいと思います」

「頼む」


 ルシアンが頷くとカイルは、すうっと闇に溶けるように消えた。


 それを見送って、ルシアンは再びライラへ視線を戻した。


「セレーヌ」

「はい」

「ライラが目を覚ましたら、俺から話す」

「承知しました」


 それからしばらく、二人とも口を開かなかった。

 静かな寝息だけが部屋に響いていた。


「……ん」


 ライラの睫毛が僅かに震えた。


「ライラ?」


 すぐ側にいたルシアンが顔を上げる。ゆっくりと瞼が開く。


「……ルシアン、様……?」

「ああ。おはよう、ライラ」


 ルシアンは安心させるように微笑んだ。


「気分はどうだい?」

「……少し、身体が重いです」

「そうか」


 ルシアンはライラの額へ手を当てる。


 熱はない。

 呼吸も落ち着いている。


 けれど、以前よりも顔色が悪いように見えた。


「……あの」

「何だい?」

「魔物は……?」


 目覚めて最初に尋ねるのは、やはり自分のことではなかったかと、ルシアンは苦笑した。


「倒したよ。街の被害も大きくはない。君のおかげだ」

「良かった……」


 ライラがほっと息を吐く。

 その表情を見て、ルシアンは胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。


「ライラ、君に大切な話がある」


 いつもより少し低いルシアンの声に、ライラは不思議そうに彼を見上げた。


「……何でしょう?」

「訓練を止めようと思っている」

「……え?」


 ライラの瞳が大きくなる。


「どうしてですか?」

「君の身体に異変が起きている」


 ルシアンは言葉を選びながら説明する。


 数百年前に存在した闇の聖女。

 彼女が持っていた吸収の力。

 その力によって魔物化していったこと。


 ライラは黙って聞いていた。


「……私も、魔物になるのですか?」

「分からない」


 ルシアンは誤魔化さなかった。


「ただ、可能性はある」


 ライラの顔から血の気が引く。


「そんな……」

「だから、もう魔物の魔力を吸収をしないで欲しいんだ」

「でも……」


 ライラは俯いた。魔物になってしまうかもしれないという恐怖と。……やっと役立つことが出来たのに、また役立たずに戻るのかという恐怖と。


「魔物が減ったのは、私の力の影響なのでしょう?」

「そうだと思う」

「だったら……」


 ライラの小さな手がシーツを握った。


「私がやめたら、また皆さんが危険になるのでは……?」

「それでもいい」

「……え?」


 ルシアンはライラの手を包み込むように握った。


「俺は、君が魔物になるかもしれないと分かっていて、君を戦場へ送り出すようなことはしたくない」

「でも……私は……」

「ライラ、俺は君を失いたくない。幸い、君の力がなくても我が国は、やってこれた。これからも俺が守っていく。けれど、そこには、君がいて欲しい」


 目を見開いたライラにルシアンが微笑む。ライラの瞳が揺れた。


「……私が、何もできなくても?」

「もちろん」

「……迷惑をかけても?」

「迷惑なんて思ったことはないよ。でも、君が、かけてくれる迷惑なら、いつでも大歓迎だよ」


 ライラを見るルシアンの目は甘く優しい。それに釣られるようにライラは口を開く。

 

「……どんな私でも、好きでいてくださいますか?」


 問いかけたライラ自身が、言ってしまったことに驚いたように口元を押さえる。


「もちろん」


 ルシアンは嬉しそうに笑って頷く。迷いなく素早い返事だった。


「俺は、ずっと伝えてきたつもりだけれど。君を愛してるよ、ライラ。君に伝わるまで、何度だって繰り返しそう」


 ライラは頬を赤くして俯いた。彼女の小さな声がルシアンの耳に届く。

 

「……ルシアン様……ずるいです」

「俺はただ、好きな人に好きだと言っているだけだよ」


 ライラは頬を赤くしながら、俯いてしまった。

 けれど、その瞳には、ほんの少しだけ安堵が浮かんでいた。


 その日の午後から、ライラの訓練は正式に中止された。

 魔物から魔力を吸収することも禁止された。


 ――それでも


 魔の森に漂う闇の魔力は、少しずつ薄くなり続けていた。


 ライラ自身は何もしていないというのに。


 まるで、高いところから低いところへと水が流れるように。

 緩やかに、けれど着実にライラの体へと闇の魔力は流れていく。


 ――ライラの左手薬指だけだった黒い爪は。


 少しずつ、その隣の指へと広がっていた。

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