闇の魔力
それから、数日が過ぎた。
ライラの訓練は完全に中止されていた。
魔物の魔力を吸収することもないように、戦地へ赴くこともない。
ライラ自身も、以前のように魔法を使おうとはしなかった。
それでも。
ライラの魔力量は、少しずつ増え続けていた。
「……また、増えています」
カイルが測定用の魔術具を見つめて呟いた。
その隣で、ルシアンは険しい表情を浮かべる。
「どのくらい?」
「前回より一割ほど」
「一割……」
たった数日で。
しかも今回、ライラは魔法を使おうとしていないのに、だ。
カイルは魔術具を置くと、ライラへ視線を向けた。
「ライラ殿下、体調はいかがですか?」
「大丈夫です」
ライラはいつものように微笑んだ。
「少し身体が重い気はしますけれど……眠れば良くなりますから」
「以前より眠る時間が増えているとか?」
「……そう、ですね」
ライラは困ったように笑った。
「最近は、昼間でも眠くなることが増えました」
ルシアンの眉が寄る。
「眠いなら、我慢しなくていいよ」
「でも……」
「いいんだ」
ルシアンは優しく言う。
「君は十分、頑張っているんだから」
ライラは小さく頷いた。
けれど、その表情には、どこか申し訳なさが残っている。
「……私が何もしないばかりに、魔物の数が増えてしまったらと思うと」
「それは君のせいじゃない」
「でも……」
「ライラ、大丈夫だ。国のことは俺に任せて。国も君も俺が守るから。君には、まず自分の身体を大事にして欲しい」
「……はい」
ライラが微かに笑う。
その笑顔を見て、ルシアンは少しだけ安心した。
――けれど
その日の夜、ライラは再び深い眠りについたのだった。
――――
翌朝、目覚めないライラを見舞うためにルシアンは部屋に入った。
「……ライラ」
ルシアンはベッドの側まで行くと、眠るライラの手を取る。
左手の薬指。その隣の指。さらにその隣。
黒く硬質化した爪が、少しずつ増え広がっていた。
「昨日より……広がっています……」
セレーヌが口元へ手を当て、震える声でルシアンに告げた。
ルシアンは頷くと、ライラの手をそっと包み込む。
その指先は、以前より明らかに硬く、黒く染まっている。
「カイルを呼んでくれ」
「はい」
セレーヌが部屋を出ていき、しばらくしてカイルが現れた。
「お呼びですか、陛下」
「ああ」
ルシアンはライラの手を見せた。
「昨日より変化している」
「……そのようですね」
カイルは魔力を探る。そして、僅かに目を細めた。
「……魔力が、まだライラ殿下の身体へと流れています」
「……やはり、魔物から?」
「……おそらくは」
ルシアンの顔が強張る。
「訓練を止めても無駄だったと?」
「……そのようです。今やライラ殿下の魔法は、御意志なくして動いているようです」
カイルは静かに答えた。その言葉に、ルシアンは黙り込んだ。
ライラが魔物から吸収しようとしているのではない。
ただ存在しているだけで、彼女の身体が、周囲の闇を吸い寄せている。
「どうすれば、いい……」
悲痛なルシアンの言葉に、カイルは何も答えられなかった。
しばらく沈黙が続いた。
やがてルシアンが口を開く。
「結界で、遮断できないか?」
「試す価値はあります」
ルシアンが、すぐに動いた。
ライラの周囲へ光属性の結界を張る。
ノクティス王国の国境に張られている結界を小さくしたものだ。
けれど。
「……陛下」
カイルの硬い声に、それさえも無力だったと直ぐに分かった。
「結界の外から闇魔力が……流れています。ライラ殿下の力が、結界を越えて吸収しているようです」
ルシアンは言葉を失った。彼の目にも闇魔力の流れが見えていた。
結界の中にいるライラは、ただ眠っているだけで、何もしていない。
それなのに。
外にある闇魔力は光の結界すら、すり抜けて、少しずつライラに吸収されていく。
「……止められないのか」
ルシアンの呟きに、カイルは答えられなかった。
――――
その日の夜、ルシアンは王家の書庫へ戻った。
一冊、また一冊。
闇属性について書かれた本を開いていく。
古い魔術書。
失われた魔法。
禁忌とされた術。
何か一つでも、ライラを救う方法がないか、縋るように頁を捲る。
「……ない」
何冊目か分からない本を閉じる。
「これも違う……」
王家の書庫にある知識を、ルシアンは次々と紐解いていく。
それでも、答えがない。
闇の聖女は死んだ。
その原因も分かっている。
けれど――。
どうすれば助けられるのか。
それが見つからない。
「……ライラ」
ルシアンは目を閉じた。
ライラの笑顔を思い出す。
祭りの日。
巻き菓子を食べて、嬉しそうに笑っていた。
あの時のように、ただ笑っていてほしい。
それだけなのに。
「……どうすればいい」
王としてではない、一人の男として。
愛する人を失いたくない。
その願いだけが、何度も胸の中を巡っていた。
――ソレイユ光国からの書簡が届いたのは、翌朝のことだった。




