第93話: 最高位の将軍たち(パート2)
クロエの手はリンの肩に置かれたままだった。
そこから淡い真紅の輝きが溢れ出し、リンの身体の傷を瞬く間に塞いでいく。
引き裂かれた皮膚、打ち付けられた筋肉、そして内臓の損傷までもが瞬時に修復されていく。
ソラはその隣に立ち、リンの身体から痛みが消え去るのを静かに見守っていた。
「もう動けますよ」
クロエが優しく告げる。
リンが五本の指を握り締めると、不快な痛みは綺麗に消え去っていた。彼女はクロエを見つめる。
「……ありがとう」
クロエは小さく微笑んだ。
「どういたしまして」
その時――
ーーーズドン!!
さらなる爆発が戦場を大きく揺るがした。
リンが弾かれたように振り返る。
生き残っていた六人のオーク将軍たちが、陣形を立て直していた。
破壊の跡の中に、彼らの巨大な体躯がそびえ立つ。
オークキングはそのすべてを冷徹に見つめていた。彼の将軍のうち、二人はすでにセナによって屠られた。アステリアで戦っている二人はまだ生きているが、ここに残るは六人。
彼らは目の前に立ちはだかる三つの影を、憎悪の籠もった目で見据えていた。
セナ。ネロ。エルヴァ。
戦場の空気が一変する。
オーク将軍の一人が、巨大な武器を強く握り締めた。
「奴ら、他の奴らを殺しやがった」
もう一人の将軍がネロを凝視する。
「あの三人……ただの者ではないぞ」
オークキングが自らの武器を掲げた。
「殺せ」
彼の地響きのような声が戦場に轟く。
「六人全員で、叩き潰せ」
将軍たちが地を蹴った。六つの巨大な影が猛然と突撃してくる。
セナが一歩前へ踏み出し、ネロは不敵な笑みを浮かべ、エルヴァは冷静に自らの髪をそっと整えた。
次の瞬間、三人は二手に分かれる。
三人の将軍がネロへと殺到し、二人がエルヴァへと向かい、最後のひとりがセナへと突き進む。
戦場は三つの局面に分断された。
そして、最高幹部の三人は、誰一人として動じる気配すらなかった。
***
――ネロ――
三人のオーク将軍がネロを完全に包囲していた。
一人は巨大な斧を構え、もう一人は魔力を帯びた重鎧を纏い、三人目は異様なまでの速度を誇る。
彼らは同時に攻撃を仕掛けた。
頭上から斧が振り下ろされ、死角から魔術の槍が突き出される。そして速度型の将軍がその場から姿を消した。
ネロは退屈そうに首を傾げた。
首皮一枚のところを斧が通過し、彼が半歩下がると魔術の槍が虚空を突く。そこへ、背後に消えた三人目の将軍が出現した。
ネロは振り返りさえしなかった。ただ、その手だけを動かす。
ーーカンッ!
オークの放った凶刃が、完全に静止した。
ネロはそれを、たった二本の指で挟んで受け止めていたのだ。将軍の動きが凍りつく。
ネロは挟んだ武器を一瞥し、それからオークを見据えた。
「両手を使った方がいいですよ?」
オーク将軍の顔が怒りで引きつる。彼は力任せに武器を引き抜こうとしたが、ピクリとも動かない。ネロの身体は微動だにしなかった。
残りの二人が再び襲いかかる。
ネロが指を離すと、二人の攻撃の隙間を縫うようにしてステップを踏んだ。
一撃、二撃、三撃。すべての攻撃が、彼の衣服を数ミリ掠めることもなく虚空を切り裂く。
もはや侮辱的とも言えるほどの、圧倒的な余裕を持った身のこなしだった。
斧が地面を爆砕し、槍が空気を引き裂く。速度型の将軍があらゆる方角から超高速の連撃を繰り出すが、ネロはその中を散歩でもするかのように歩いて避けていた。
オークたちは次第に激昂していく。
「ちょこまかと逃げ回るな!!」
ネロは彼を冷ややかに見据えた。
「逃げてなどいませんよ」
彼は薄く笑みを浮かべる。
「私はずっと、ここにいます」
将軍が激昂して武器を振るった瞬間、ネロの姿が掻き消えた。
オークの目が驚愕に見開かれる。その背後から、静かな声が鼓膜を揺らした。
「遅いですね」
ーーーズドォォォン!!
オーク将軍の身体が戦場を派手に吹き飛ばされた。
何重もの石造りの建造物を粉砕しながら転がり、ようやくその巨体が停止する。
***
残された二人が、息を合わせて同時に襲いかかった。
上空に無数の魔法陣が展開され、数百もの巨大な魔力の刃が降り注ぐ。その豪雨の下を、斧を構えた将軍が突撃してきた。
ネロは頭上を見上げた。
「やれやれ、面倒ですね」
彼が片手を軽く掲げると、降り注ぐ刃が完全に静止した。ただの一本も漏らすことなく、上空のすべてが凍りついたかのように止まる。
オーク将軍たちが目を見張る中、ネロは退屈そうに指を振った。
すると、静止していた刃が一斉に反転し、主へと牙を剥いたのだ。
オークたちは慌てて跳躍して退避する。凄まじい大爆発が彼らの背後で巻き起こり、戦場は濃密な土煙に包まれた。
土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、最初とまったく同じ場所に佇むネロの姿があった。
掠り傷一つなく、それどころか衣服に埃一つついていない。
彼は三人のオーク将軍たちを見やった。
「……それが、あなた方の全力ですか?」
静寂が戦場を支配する。
ネロは小さくため息をついた。
「期待外れですね」
その言葉に激昂した魔術使いの将軍が咆哮し、自らの全魔力を解放した。
火炎、雷撃、烈風、重力、そして空間魔術。
数千もの凶悪な呪文が、空を埋め尽くさんばかりに展開されていく。
ネロの口元が、ようやく楽しげに歪んだ。
「――それでこそです」
彼の姿が消えた。最初の将軍は、その接近を視認することすらできなかった。
ーーーズドン!!
重い拳が将軍の腹部へと突き刺さる。その巨体がくの字に折れ曲がった。
ネロは彼が崩れ落ちる前にその頭を掴み取る。
「そこにいなさい」
そのまま力任せに地面へと叩きつけた。
二人目の将軍が背後から斬りかかる。ネロは翻り、互いの武器が正面から激突した。
ーーーガキィィィン!!
オークはありったけの力を込めて押し込んできた。
ネロは彼を冷ややかに見つめる。
「……弱いですね?」
将軍の目が驚愕に見開かれた瞬間、ネロが手首を軽く捻った。
それだけで凶悪な武器が木っ端微塵に砕け散る。オークが反応する時間すら与えず、ネロの手のひらが彼の胸へと触れた。
漆黒の魔力が将軍の全身へと広がり、オークの動きが完全に凍りつく。
ネロが静かに囁いた。
「眠りなさい」
次の瞬間、将軍の巨体が力なく崩れ落ちた。
***
最後の一人となったオーク将軍が、猛り狂って突撃してきた。
ネロはその場で静かに待つ。巨大な斧が振り下ろされたが、ネロは一歩横にステップを踏んでそれをかわした。斧が空しく地面を爆砕する。
オークが体勢を立て直すよりも早く、ネロは彼の背中にそっと片手を添えた。
「これで、あなたで最後ですね」
将軍が戦慄して振り返る。ネロは酷薄に微笑んだ。
「残念ながら」
一瞬、微かな魔力の波動が弾けた。
それだけで、オーク将軍の身体は文字通り跡形もなく消滅した。
静寂が戻る。
ネロは周囲を見渡した。三人の将軍。三つの敗北。
彼は衣服についた埃を軽く払った。
「期待外れにも程がありますね」
――エルヴァ――
二人のオーク将軍がエルヴァへと襲いかかった。
ネロとは対照的に、彼女はその場から一歩も動かない。ただ静かに佇んでいた。
一人の将軍が正面から、もう一人が背後から同時に死角を突く。
エルヴァは彼らの動きを冷静に観察していた。その瞳が二人を捉える。
左。右。上。下。
彼女は彼らの連携の意図を瞬時に見抜いていた。最初の将軍が圧力をかけ、二人目が仕留める。単独での攻撃ではない。相手をあらかじめ決めた位置へと追い詰めるためのコンビネーションだ。
エルヴァは口元を綻ばせた。
「それが、あなたたちの戦略というわけね」
最初の将軍が武器を振るう。エルヴァが左へとステップを踏むと、予測通り二人目の将軍がそこへ出現した。
凶刃が振り下ろされる。だが、エルヴァの姿が掻き消えた。刃は虚空を切り裂く。
彼女は数メートル離れた場所に平然と再出現した。
二人の将軍が振り返る。エルヴァは微笑んだ。
「お見通しよ」
彼らは咆哮し、再び同時に襲いかかった。
今度はエルヴァはかわさなかった。片手を軽く掲げると、魔力の障壁が展開される。
最初の将軍の攻撃が障壁に激突し、間髪入れずに二人目が追撃を叩き込んだ。障壁にピキリとひびが入る。
エルヴァはそれをただ見つめ、それから可笑しそうに笑った。
「面白いわね」
障壁が派手に砕け散った。
二人の将軍は、ようやく彼女を追い詰めたと確信した。彼らは呼吸を合わせ、同時にトドメの一撃を放つ。
だが、エルヴァはその瞬間に消え失せた。残された二つの武器が激しく衝突する。
ーーーガキィィィン!!
両者が驚愕で動きを止めた。
彼らの背後に、エルヴァが静かに姿を現す。
「あなたたち、あまりにも弱すぎるわ」
彼女はそっと手を掲げた。その瞳から温度が消え失せる。
「不運だったわね。……この私を相手に選んでしまうなんて」
***
次の瞬間、深紅の魔力の波動が爆発的に解き放たれた。
二人の将軍の巨体が、左右へと派手に吹き飛ばされる。
一人が必死に体勢を立て直そうとしたが、エルヴァはすでにその真横に出現していた。彼女の指先が、将軍の重鎧へとそっと触れる。
「燃えなさい」
黒紅の炎が彼の全身へと燃え広がり、凄まじい絶叫が響き渡った。
もう一人の将軍が、怒りに狂って突撃してくる。
エルヴァはそちらを振り返り、ただ一度、手を小さく振るった。
それだけで周囲の空気そのものが異常なまでに圧縮される。凄まじい重圧に耐えかね、将軍の身体は地面へと圧着されるように叩きつけられた。
エルヴァは這いつくばる彼へと歩み寄る。
将軍は必死に顔を上げようとしたが、彼女は冷徹に彼を見下ろした。
「これで私の仕事も終わりのようね」
彼女が静かに手を掲げる。
戦いは幕を閉じた。二人の将軍。二つの敗北。
エルヴァは物静かにその場を後にした。彼女の身体には、掠り傷一つすら存在していなかった。
――セナ――
最後の一人となった将軍が、ぽつんと立ち尽くしていた。
彼は他の仲間たちが消え去るのをすべて目撃していた。何が起きたのか、痛いほどに理解していた。
彼はセナを睨みつける。彼女は両手を後ろに組み、静かに佇んでいた。その表情は平穏そのものだった。
将軍が咆哮を上げた。彼の巨体がさらに膨れ上がり、筋肉がはち切れんばかりに肥大化する。
漆黒の闘気が鎧を覆い尽くし、手にする武器がさらに巨大へと変貌を遂げていく。
次の瞬間――
ーーーズドン!!
彼は地を蹴り、猛然と突撃した。
セナは片手をそっと掲げた。
それだけで凶悪な武器の軌道が完全に停止する。オーク将軍の目が驚愕に見開かれた。セナはその巨大な刃を、ただ片手でガッシリと受け止めていたのだ。
将軍はありったけの力で押し込もうとした。だが、微動だにしない。セナは彼を見つめ、小さく吐息をもらした。
「……はぁ」
オーク将軍の顔が屈辱と怒りで歪む。
彼は自身が持つすべての強化スキルを発動させた。筋力が何倍にも跳ね上がり、速度が増し、オーラが爆発的に吹き荒れる。戦場全体が激しく揺れ動いた。
それでも、セナは一歩も退かない。
オークが絶叫した。
「『クエイク(震動)』!!」
大地が真っ二つに裂け、武器は文字通り山をも凌ぐ質量を纏って振り下ろされる。
セナはそれを再び、何事もなかったかのように受け止めた。全く効いていない。
彼女は刃を一瞥し、それから将軍へと視線を向けた。
「不運だったわね」
彼女が指先に力を込める。
ーーバリィィィン!
それだけで、巨大な武器がガラス細工のように砕け散った。
***
将軍の動きが完全に凍りつく。セナが一歩前へと踏み込んだ。
ただの一拳。
ーーーズドォォォォォォン!!
オーク将軍の巨体が、大砲の弾のごとく数百メートル先へと吹き飛ばされた。
セナはその遥か頭上に出現する。将軍が絶望の表情で見上げる中、彼女の足が容赦なく振り下ろされた。
ーーーズドン!!
彼の身体は地面へと叩きつけられ、激しい衝撃が走る。
セナは彼の真横に軽やかに着地した。将軍は必死に身体を動かそうとしたが、セナはその胸元に容赦なく片足を乗せ、踏みつける。
「……本当に、勝てると思っていたの?」
オーク将軍はただ、戦慄して彼女を見上げるしかなかった。セナの瞳には、冷酷な光だけが宿っている。
「滑稽ね」
彼女が手を掲げると、漆黒の炎が将軍を包み込んだ。
次の瞬間には、そこには塵一つ残されていなかった。
セナは静かに振り返った。
かつてオーク軍の精鋭として恐れられた十人のオーク将軍たちは、すでに全滅していた。
この戦場に残っていた六人の将軍は、文字通り、何の手応えもなく一瞬にして排除されたのだ。
アステリア。
遥か彼方の地では、全く異なる状況が展開されていた。
アステリア王国は猛烈な襲撃に晒されていた。
二人のオーク将軍が外周の防衛線を突破し、彼らが武器を振るうたびに防衛塔が次々と瓦解していく。兵士たちはジリジリと後退を余儀なくされていた。
本陣の防衛線の中で、国王が怒号を上げる。
「増援はまだか!?」
一人の兵士が叫び返した。
「分かりません!」
さらなる爆発が都市を揺るがす。国王が戦場へ視線を向けた、その時だった。
天空から一人の影が舞い降りてくる。
淡い色の髪をした男だ。彼は音もなく着地した。
兵士たちがすぐさま武器を構える。
「何者だ!?」
ヴァドスは周囲を見回し、それから淡々と問いかけた。
「……王はどなたですか?」
国王がゆっくりと前に進み出た。
「私だ」
ヴァドスが彼を見つめる。
「素晴らしい」
国王はごくりと唾を飲み込んだ。
「オークの味方か?」
ヴァドスは微笑んだ。
「いいえ」
国王の身体からわずかに緊張が抜ける。だが、ヴァドスは言葉を続けた。
「私は魔王カイ様の配下です」
国王の表情が凍りついた。
「では――」
彼はゆっくりと武器を下げた。
「お前は、彼の者の手の者か?」
ヴァドスが頷く。
「いかにも」
***
二人のオーク将軍が彼へと視線を向け、一人が嘲笑った。
「また羽虫が沸いたか」
ヴァドスは彼らを見やった。その表情は余裕に満ちたままだ。
「羽虫?」
彼は薄く笑みを浮かべる。
「面白い評価ですね」
その時、国王の傍らに立っていた一人の老人が、突如としてガタガタと震え始めた。
彼の目は驚愕に見開かれ、全身が激しく痙攣している。彼は一歩、また一歩と後退した。
「私、私たちは――」
彼の声が恐怖で震える。
「私たちは全員、死ぬんだ」
国王が彼を睨みつけた。
「何だと?」
老研究者はヴァドスを凝視したまま、さらに激しく震え出す。
「だめだ……私たちは全員死ぬ」
国王が彼の肩を掴んだ。
「一体どうしたというのだ?」
老人はヴァドスを指さした。その声は今にも消え入りそうだった。
「あの男は――人間などではない」
国王が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
研究者はヴァドスを見つめたまま呟く。
「奴は……奴らの一人だ」
国王は困惑を隠せない。
「奴らとは誰のことだ?」
研究者は首を激しく横に振った。
「奴らの一人だ。奴は、奴らの一人なんだ」
国王の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にその『奴ら』が誰なのか言ったらどうだ!?」
老研究者は、消え入るような声で囁いた。
「――原初の悪魔」
***
静寂が訪れた。戦場の喧騒さえも、一瞬だけ止まったかのようだった。
オーク将軍たちが怪訝そうに振り返り、兵士たちはただ凝視する。国王の顔から血の気が完全に引いていった。
「冗談はやめろ、老師」
ヴァドスは眉をひそめ、それから可笑しそうに口元を歪めた。
「感心しましたね」
全員の視線が彼に集まる。
「まだ私たちの正体を見抜ける者が残っていたとは」
彼の笑みがさらに深くなる。
「面白い」
次の瞬間、老研究者は恐怖のあまりその場に失神した。国王が彼を一瞥し、それからヴァドスへと視線を戻す。
ヴァドスが一歩前へと踏み出した。
「私の名はヴァドス」
その声はどこまでも平穏だった。
「かつては『原初の九号』と呼ばれていた者です」
彼は二人のオーク将軍を見据えた。
「そして私は、魔王カイ様が率いる最高幹部の一人」
ヴァドスが自らのオーラの、ほんの、ほんの僅かな断片を解放した。
それだけで周囲の空気が窒息しそうなほどに重くなる。兵士たちが次々と膝を屈し、オーク将軍たちの顔から余裕の笑みが消え失せた。
ヴァドスが彼らを見下ろす。
「あなた方には二つの選択肢があります」
彼は言葉を区切った。
「私の手によって死ぬか――」
オーク将軍たちが戦慄して凝視する。
「――あるいは、私に殺されるかです」
短い沈黙が流れた。ヴァドスは優雅に微笑む。
「賢明な選択を期待しますよ」
国王が呆然と彼を見つめた。
「……どちらも同じ選択肢ではないか」
ヴァドスが彼を見た。
「その通りですが?」
国王はそっと目を閉じた。
「なぜ私はわざわざ突っ込んでしまったのだろうな……」
***
ヴァドスがオーク将軍たちへと向き直った。
彼らが猛然と襲いかかる。だが、ヴァドスの姿が一瞬で掻き消えた。
最初の将軍が武器を振るったが、手応えは皆無だった。彼が周囲を見回した瞬間、頭上にヴァドスが出現する。
「遅いですね」
ただの一蹴り。それだけで将軍の巨体は複数の建造物をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。
二人目の将軍が、渾身の魔術攻撃を放った。
だが、ヴァドスが人差し指を一本掲げただけで、その凶悪な魔術は完全に静止し、次の瞬間には霧のように消滅した。将軍が愕然とする。
ヴァドスは彼の目の前に出現していた。
「それで終わりですか?」
オーク将軍は慌てて後退しようとしたが、ヴァドスはその顔面をガッシリと掴み取った。
そのまま力任せに地面へと叩きつける。
ーーーズドン!!
大地が蜘蛛の巣状に砕け散った。
将軍は必死に立ち上がろうとしたが、ヴァドスはその胸元を踏みつける。
「そこにいなさい」
将軍が激しく咆哮した。ヴァドスは小さくため息をつく。
「あなた方は本当に、他人の話を聞かない生き物ですね」
微かな魔力の波動が弾けた。それだけで、オーク将軍の身体は消滅した。
ヴァドスはもう一人の方へと振り返った。
最初の将軍はすでに立ち上がり、再び突撃してくるところだった。ヴァドスは微笑む。
「しぶといですね」
将軍が武器を大きく振るった。ヴァドスはそれを素手で受け止め、真っ二つに叩き折る。
そのままオークの胸へと強烈な拳を叩き込んだ。
将軍の身体が宙を舞う。ヴァドスはその移動先へ先回りするように出現し、二撃目を叩き込んだ。
将軍の巨体が地面へと崩れ落ちる。
***
ヴァドスは軽やかに着地した。戦闘は終わった。
アステリアの兵士たちはただ呆然と立ち尽くし、国王は言葉を失っていた。
ヴァドスは彼へと視線を向けた。
「……あなた方の王国は安全です」
国王は、ようやく声を絞り出した。
「……感謝する」
ヴァドスは小さく頷いた。
「どういたしまして」
彼は戦場を見渡す。
「さて……負傷者はどこにいますか?」
兵士たちが咄嗟に救護テントの方を指さした。
ヴァドスはため息をついた。
「人間という生き物は……」
彼はそちらへと歩き出す。
「いつも余計な仕事を増やしてくれますね」
エリュシオン教団の戦場。
エリュシオン教団の塔の前では、オークの軍勢が未だに戦い続けていた。
すべての将軍を失ったにもかかわらず、彼らは即座に崩壊することはなかった。
その規律は未だ健在であり、数千のオーク兵が進軍を続けている。
彼らの陣形は組織立っており、強力な武器も依然として保持したままだった。その個々の戦闘力は、通常の兵士を遥かに凌駕している。
冒険者たちは、オークの戦士たち一人一人を相手に大苦戦を強いられていた。
防衛部隊の何人かが負傷していく。クロエは戦場を絶え間なく動き回り、一人、また一人と迅速に治療を施していった。
リンとソラも戦線へと復帰していた。
リンの剣がオークの鎧を切り裂き、ソラが雷撃魔法を解き放つ。オークの巨体が後方へと吹き飛んだ。
「まだいける?」
ソラが問いかける。
リンは不敵に微笑んだ。
「私たちは、ここからだよ」
二人は再び、猛然と突撃していった。
***
彼女たちの遙か頭上では、ネロ、エルヴァ、セナが並び立っていた。
三人の最高幹部は、眼下に広がる戦場を見つめている。
ネロが可笑しそうに笑った。
「ずいぶんと往生際が悪いですね」
エルヴァが頷く。
「規律だけは、一端のようだけれど」
セナがオークキングの方へと視線を向けた。
「……彼らの指揮官が、撤退の命令を出していないわ」
ネロが彼を一瞥する。
「興味深いですね」
エルヴァの目が鋭く細められた。
「まだ、勝てると思っているのね」
セナは沈黙を守った。彼女にはその理由が分かっていた。
オークキングは、未だに現実を受け入れていないのだ。
すべての将軍が討ち取られ、自軍がジリジリと後退させられ、遭遇した中で最も強大な怪物たちが無傷で立ちはだかっているというのに。彼はまだ、自らの軍勢が勝利を収められると信じ込んでいた。
彼はまだ、エリュシオン教団を征服できると盲信している。
その自信は、もはや勇気などではなかった。ただの醜い強欲だ。
そしてオークキングは、一つだけ破滅的な過ちを犯していた。
彼は、攻め込む領土を完全に間違えたのだ。
――カイ――
カイは戦場の上空に浮遊していた。六枚の漆黒の竜の翼が、空を覆わんばかりに広がっている。
彼の右側にはネロが、左側にはエルヴァが控え、クロエはその少し後ろに滞空していた。
カイは眼下を見下ろした。
戦場は膨大な規模にまで拡大していた。数千のオークが未だに戦い続けているが、冒険者たちがそれを押し戻しつつある。
三人の最高幹部は、ここに残っていた六人のオーク将軍をすべて排除した。そしてアステリアにいた二人の将軍も、ヴァドスが片付け終えている。
カイはオークキングへと視線を向けた。オークキングもまた、彼を見返す。
二人の間に言葉はなかった。
やがて、オークキングが一歩前へと踏み出した。
その巨大な体躯から圧倒的な闘気が放たれ、足元の地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。
生き残っているオークの兵士たちが一斉に咆哮した。
「戦争はまだ終わっていないぞ!!」
オークキングが武器を高く掲げると、オークの軍勢がそれに呼応する。
「オークキングのために!!」
カイは彼をじっと見つめていた。数秒の間、彼は何も言わなかった。
それから――彼は深くため息をついた。
「おいおい……」
ネロが彼の方へと視線を向ける。
カイは翼をわずかに広げた。
「お前が俺の領土に足を踏み入れると決めたその瞬間に、この戦争の敗北は決定していたんだよ」
彼の瞳が鋭く細められる。
「だからさ――」
カイの口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「こんな戦争、始まる前からすでに終わってたんだよ」
オークキングのオーラが爆発的に吹き荒れた。大地が激しく揺れ動く。
生き残ったオーク兵たちの咆哮が、さらに大きく戦場に響き渡った。
それでも、カイは完全に静止したままだった。
六枚の翼が完全に解き放たれる。その瞬間、戦場は水を打ったように静まり返った。
オークキングが武器を構える。カイは彼を真っ直ぐに見据えた。
「――来いよ」
次なる戦いが、今まさに始まろうとしていた。
そして今度は、二人の間に遮る軍勢はもう存在しない。
カイ、対、オークキング。




