エピソード6:三人分の足跡
俺たちがその集落を出発したのは、日の出をほんの少し過ぎた頃だった。
ぶっちゃけ、それは100%親父の一方的な嗜好によるものでね、他の誰の希望でもなかったさ。現にフェンリックのやつ、出発して二十分足らずの時点で、まだ足元が完全にスリープモード(半分眠った状態)のまま歩いてやがって、危うく柵の支柱に正面衝突(正面から激突)しかけてたからな。
「てめえ、俺より朝のスペック壊滅的じゃねえか」俺は自分の優位性をこれっぽっちも隠そうとせずに言ってやった。
「……俺はね、この世界のいかなる有象無象よりも朝に弱いんだよ」フェンリックは不満そうにボソリと呟いた。「それが、俺の絶対の誇り(アイデンティティ)だからな」
いいじゃん、あいつ。最高。
その不器用さがね、これからの旅のタイムラインを圧倒的に付き合いやすくて助かるわ。
◇
この旅路における、最初のリアルな『不協和音』が勃発したのは、ちょうど正午を回る頃だった。
だがな。それは未知の魔物の襲撃でもなければ、凶暴な盗賊団の奇襲でもない、ぶっちゃけ実家(本国)に報告する価値もないような些細なものだった。
――そう、ただの『携帯食料( rations )』の取り分についてだ。
「おい。てめえ、俺の干し肉の袋から勝手につまみ食いしただろ」ドランがいつも通りの平然としたジト目で、今朝に比べて明らかに容積が引き算(軽量化)されている袋を掲げてみせた。
「お腹が空いたんだよ」フェンリックは完全に開き直って、至って unbothered (平然と)に応じた。「お前がいつまでも使わずにハイド(保管)したままにしてるのが悪いんだろ」
「これは後々のタイムライン(非常食)のために残しておいたものだ」
「今がまさにその『後々(タイムライン)』だろ。もう出発してから三時間も経ってるんだぞ」
俺は、その不毛な攻防を、全霊のエンタメとして特等席でウォッチしていた。
何故なら、俺の手持ちの演算領域にはね、この不毛な諍いに加担するメリットなんて最初から一文字も登録されていなかったし、ハナから介入するつもりも毛頭なかったからだ。
「……おい、こっちを見るなよ」
ドランの視線(援軍要請の目)がスッとこちらに向けられた瞬間、俺は即座に両手を挙げて自衛システムを展開した。
「俺さ、八歳のガキの頃から自分の飯の配分くらい一人で完璧にこなしてきたんだわ。前世の知識を詰め込んだガキの皮を被った大人としての八歳じゃなくて、正真正銘の本物のリアルな八歳(初期スペック)の時にな。だから、今回の件に関しては完璧に完全スルー(不干渉)の権利を行使させてもらうわ」
「それは、まともな言い訳(言い訳)になってねえぞ」
「俺の手持ちにある唯一のカード(言い訳)だからな、有効活用させてもらうわ」
ドランは、自分が当初の想定を遥かに超えてめんどくさいパーティー(託児所)をインポートしちまったのだと、全霊を込めてはぁぁ、と盛大にため息をついた。そしてこれ以上の音声ログ(文句)を発することもなく、残りの干し肉を綺麗に三等分にシステム配分しやがった。
フェンリックのやつ、その結果(クリア画面)に対して、最高に満足げな不敵な笑みを浮かべていやがったさ。
(……あー、なるほど。他人の有象無象が自分のテリトリーに居座るっていう現実は、ぶっちゃけこういうシステム(日常)のことなんだろうな。大層なドラマなんてものはそこには無い。ただ、誰かが自分の干し肉をちょろまかし、こっちも『まぁ、戦うほどのコストじゃねえな』とあっさり許容する、ただそれだけのありふれた仕様だ)
◇
最初の一夜、俺たちは少し早めのタイムラインでキャンプ(野営)を設営することにした。
理由は単純でね、フェンリックのあの朝のスペック不足(極度の疲労)は、単なる朝だけのバグではなく、あいつの肉体全般のスタミナ上限がとっくに限界を迎えている証拠(前兆)だったからだ。ドランもね、足元が完全にスリープモードの奴を連れて、わざわざ日没の境界線を越えてまで過酷な行軍を強行するメリットは無いとジャッジした、んだ。
焚き火を点火し、夕食の自炊ミッションを終わらせ、三人は一日中ひたすら未開のフィールドを歩き続けた後の、あの独特の静かな時間へと収束していった。
俺はいつもの日常のルーティン(習性)のまま、自らの【反魔力】の制御特訓を開始した。――手のひらの上にボウッと淡く浮遊する、極小の、完全に制御された魔力の炎。その外縁部には、不気味に淀んだ紫色のグラデーションが微かにサージ(明滅)している。
フェンリックはしばらくの間、何も言わずにそのグラフィックを凝視していたが、やがて、ボソリと静かに問いかけてきた。
「……それ、あのよろず屋の店主が見てたオーラ(気配)と同じだな。あいつ、それを見た瞬間、一発で恐怖に顔を引きつらせて引き下がって(ハイドして)ただろ」
「ああ、そうらしいね」
「……それ、一体何の属性なんだ?」
(――よし、きた。まぁ、パーティーの面接としては、至って真っ当な重要質問だな)
「ぶっちゃけ?」俺は言った。「俺自身のプロセッサでも、まだ全貌を完全に解明しきれてないんだわ。ただ、これが二つの本来なら交わるはずのない絶対法則(マナと反魔力)がシステム的に混ざり合っちまった異常個体だってことだけは分かっている。これまでに俺の姿を見た世界中の強者(化物)どものログを解析してみてもね、誰もが例外なく『こんなのあり得ん、不気味すぎるバグだ』って顔をしてたからな。おまけに……世界の天上にいるいくつかの最高位の化物(真竜)どもはね、俺がこの色を保有しているというただそれだけの理由で、俺の両親の命を丸ごと消去しに来るほどに、この混色を激しくヘイト(マーク)してたんだ」
俺はスッと手のひらを閉じ、反魔力の炎をフッと煙のように完全消去した。
「そこから先の真実(クリア報酬)についてはさ、俺もこれから自分の足で解き明かしていく最中なんだよ」
フェンリックは、それ以上の過剰な詮索を仕掛けてこなかった。俺の自衛システム的にもね、そのムーブは最高にありがたかったさ。
あいつはただ、ゆっくりと深くうなずき、その機密データを自らの脳内データベースへと、焦る様子もなく静かにインポート(セーブ)しやがった。
「……なるほどな。どうやら俺たち、自分が『何者であるか(スペック)』を自分で決定する権利を与えられる前から、勝手に周りの有象無象にバグ(怪物)だと決めつけられてきた、っていうシステム(境遇)だけは、完璧に完全一致してるみたいだな」
(――ああん? なるほど。そうやってマッピング(解釈)してくるわけか)
「かもな」俺はにやりと不敵に笑ってやった。「理由は全然違えど、そのシステム(形)の歪さは、確かに同じ仕様かもしれないな」
◇
一方、ドランの親父のほうはね、最初から何一つとして尋ねてこなかったさ。――ただ、すでに完璧にお手入れが終わっているはずの自らの刃を、いつも通りの古い習性のままに、パチパチと鳴る焚き火の明かりで静かに研ぎ続けているだけだった。
だがな。俺の索敵レーダー(魔力知覚)はね、あいつが俺たちの会話ログを完璧にバックグラウンドで盗み聞きし、自らの中にだけ存在する、あの静かな最高機密の『査定台帳』へと、大切にデータを書き込み(アップデート)しているのを、的確に検知していたからな。
「……てめえ、そのロングバージョン(全貌)の物語、いずれ俺たちにも公式に開示してくれる気はあるのか?」あいつは研ぎ石から視線を上げずに、ボソリと問いかけてきた。
「いずれな」俺は答えた。「別にお前らのことを信用してないから隠蔽してるわけじゃないぞ。ただ……そのデータ(中身)のいくつかが、未だに俺の肉体にとって、あまりにも凄まじいデバフ(重負荷)を伴うからさ。出会ってまだ一週間半のパーティー(二人)に対して、いきなりその地獄の総量(全容量)を一括ダウンロードしてブチまけるよりは、少しずつ小出しに分割解凍していきたいだけなんだよ」
「……ふむ、一理あるな」ドランはそれ以上追及することなく、至って平然と言い放ち、事象を「処理済」にした。
これだからね、自分の足で死線を潜り抜けて信頼を勝ち得てきた強者との付き合いは、圧倒的に付き合いやすくて助かるんだわ。
あいつらはさ、今日この一日の段階で「お前の全貌をすべて吐き出せ」なんて理不尽なマニュアルを要求してきたりしない。ただ目の前の俺を見て、「こいつは共にフィールドを歩むに値するスペックか否か」、それだけを静かにジャッジしてくれるんだからな。
あの夜、俺は自分のリュック(初期装備)に背中を預け、徐々に火力が引き算(減衰)していく暖炉の火をぼんやりと眺めていた。
すぐ隣からは、睡眠モードに入ったフェンリックののんきな寝息がすでに規則正しくログ(響き)を刻み始め、焚き火の向こう側では、ドランが一切の油断なく、絶対の静寂をまとって世界を監視し続けている。
明日からの街道に残される足跡はね、これまでの二つのペアから、三つの『パーティー(トリオ)』へと仕様変更されるんだ。
文字にするとね、至って小さな、些細な変化に見えるだろ?
だけどな。
俺の魂のプロセッサが弾き出したその瞬間の重量はね、天地がひっくり返っても、決してちっぽけな無なんかじゃなかったんだ。
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出発して三日目のこと、俺たちは一本の商人隊商と街道ですれ違った。
あいつらね、町と町の間でただ普通に物資を運搬している商人のタイムラインにしては、いささかマッハすぎる速度で猛烈に馬車を走らせていやがったんだ。
俺の索敵レーダーよりも早く、ドランの親父がそのバグ(異変)を的確にキャッチした。
「……おい。あの商人のやつ、完璧に何かに怯えてやがる(マークされてる)ぞ」
「単に、到着予定のデッドライン(時間)に遅れそうなんじゃないの?」フェンリックがのんきな予想を提示した。
「馬車をあそこまで過負荷で走らせるほどの遅れなんて、この世には存在しねえよ」
ドランのジャッジによって、俺たちはその馬車を呼び止める(フラグをたてる)ことにした。いつも通りの、あの戦況の主導権を一発で握る奴特有の絶対のオーダー(リーダーシップ)だ。
馬車から降りてきたのは、ガタイのデカい小太りの商人だった。積まれている商品はね、何処かで売却(処理)してきたのか、すでに半分ほど空っぽの状態。あいつ、見ず知らずの他人の二人組(俺たち)が相手であっても、とにかく「誰でもいいからこの現状(恐怖)を聞いてくれ」と言わんばかりの、ひどく胸を撫で下ろした表情を浮かべやがった。
「もし俺がてめえらの立場なら、絶対にこの先の街道には足を踏み入れねえよ」商人は、自分がたった今潜り抜けてきたタイムライン(進行方向)をパッと親指で指し示してみせた。
「あの分岐点の先にあるルートが、完全に bad (地獄)と化してやがる。俺もな、わずか三日前、あそこで優秀な護衛の騎士を二人ほどロスト(死亡)させられたんだわ。あそこに潜んでるナニカはな、猛烈なマッハの速度で奇襲を仕掛けてくる上に、戦闘が終わった後には、お役所仕事の調査員が詮索するような生々しい痕跡(死体)すらろくに残さねえんだよ!」
「盗賊の類か?」ドランが尋ねた。
「盗賊のザコどもがな、わざわざ地面に『焦げ跡( scorch marks )』なんて大層なエフェクトを残すわけねえだろ」商人は、まるで周囲の生い茂る木々の隙間に盗聴器でも仕込まれているのを警戒するかのように、声を一段と潜めて言い放った。
「俺の護衛の肉体をシステムから一発で消去したあのナニカはな、決して剣なんていう物理攻撃をぶん回すような、そんな可愛い種族じゃなかったんだよ……!」
へぇ、なるほど。
これまた随分と、新しい種類の不穏なバグ(イベント)が転がり込んできたな。
ドランの表情に大層な変化は無かったが、これまでの短い付き合いでね、俺はあいつの肉体のピクリとした微動(仕様)を的確に見抜けるスペックを習得していたからな。――その顎のラインが微かにキッと引き締められ、その眼光はすでに戦術の再計算を開始しているかのように、生い茂る木々の境界線をじっと凝視していたんだ。
「……有益な機密ログ(警告)に感謝する」ドランは言った。「俺たちも、細心の注意を払って進むわ」
「注意してるだけでクリアできるほど、甘いステージじゃねえけどな」商人はそう言い残すや否や、すでに馬車をマッハで前進させ始めていた。
「まぁ、何もしないよりはマシな始まり、とは思うがね。せいぜい生き延びる(ロストを免れる)こった」
◇
あいつらの馬車が完全に消え去った後も、俺たちはそのバグについて大層な議論は交わさなかった。――ただひたすらに、未開のフィールドを進む。
だがな。三人の間の空気はね、今朝ののんきなタイムラインに比べれば、明らかに一段階、冷酷に静まり返っていたさ。
「……ねえ、さっきの話、本当に事実だと思う?」やがて、フェンリックがボソリと問いかけてきた。「剣の物理攻撃じゃなくてさ、あの『焦げ跡』ってやつ」
「さあな、分からん」ドランは言った。「パニックを起こした人間の脳内プロセッサってのはね、最悪な修羅場から脱出した後、その武勇伝にいくらでも盛り気味のエフェクト(捏造)を付け足すシステムだからな。――だがな、裏を返せば、現実は奴の口から吐き出されたマニュアル以上に、さらに数万倍は最悪な地獄と化しているケースだって、同じくらいザラにあるがね」
「それは最高に安心できるナビゲーション(仕様)ね、全く」フェンリックは不満そうにボソリと呟いた。
「てめえの精神を安らげる(ポジティブにする)ために喋ってるんじゃねえんだよ。てめえの肉体をシステムからロストさせないため(生存活動)に言ってんだ。意味合いがまるで違うだろ」
いや、マジで完璧な正論だな。
俺の倫理システム的にもね、そんなその場しのぎの甘いセリフなんてものは、これっぽっちも必要としてないんだ。ただ、実用的なライフハック(生存戦略)だけがあればそれでいい。
「一応、俺の仕様として伝えておくとさ」俺は二人の会話に通信してやった。
「もしその焦げ跡の正体が、本物の【反魔力】の出力系統を持った化物なんだとしたら、俺一人でも十分に無力化できるぞ。だからって、お前ら二人が手加減(油断)していい理由にはならんけどな。ただ一つ確かなのは、いざ戦闘が始まった時、この俺がパーティーの足を引っ張るようなお荷物(弱者)にだけは、天地がひっくり返ってもならないってことさ」
ドランが俺の横顔をチラリと見た。――それは疑いの目なんかじゃ決してなかった。
一度は高位に書き換えた(アップデートした)はずの俺の評価数値を、目の前の新しい変数によって、さらにその上限(上限)を更新しようとしている、そんな戦士の目。
「……てめえがそんなヤワなザコだなんて、最初から端から思っちゃいねえよ」あいつは言った。「だがな。だからといって、この俺がてめえを心配しない理由にはならねえんだよ、マジで」
ああん?
なるほど、そうくるわけか。
ぶっちゃけ、あのドランの口からそんな身内を気遣うような音声ログ(セリフ)が吐き出されるなんて、俺の脳内シミュレーターでも完全に想定外のバグだったわ。
◇
その日の夜、俺たちは過去二日間のキャンプに比べて、目に見えて火力を引き算(減衰)させた、極小の焚き火を囲んでいた。――もちろん、ドランの絶対のオーダー(自衛システム)だ。
あいつはね、理由の全貌を一切口にしなかったが、俺の索敵レーダーは、あいつがいつもより圧倒的に周囲の戦術的死角(sightlines)が少ない、防衛に適したグリッドをキャンプ地にジャッジしたのを、的確にログとして記録していたからな。
そんな琥珀色の小さな炎の前で、フェンリックが、あの商人と出会って以来ずっと脳のメモリを占有していたであろう重要質問を、ついに切り出してきたんだ。
「……なぁ、ドラン。お前、今までに人間の息の根を止めた(殺した)ことってあるのか?」
その質問の持つ重量はね、あいつが口にしたのんきなトーン以上に、重苦しくキャンプの空気を直撃した。
ドランはすぐには答えなかった。
彼は手元にある小さな薪の切れ端を、まるでその構造を隅々まで解読しなければならない任務であるかのように、ただ執拗に指先で弄び続けた。
「――ああ」やがて、ドランは重く口を開いた。「あるな。俺個人のポリシーとしてはね、二度と更新したくないほどの莫大な数値だ。だがな、俺が過去に見てきた本物の化物どもの狂暴なログに比べれば、まだ可愛い部類のスペックに過ぎんがね」
「それは、ただの盗賊の類か? それとも、もっと――」
「その先をクリア開示してほしいならな、今度俺のグラスに、もっとアルコール度数の高い特級の酒が満ち満ちているタイムライン(夜)に、もう一度俺に尋ねるこった」
ドランの声はね、決して悪意があるわけじゃなかった。
だが、その一言には「この会話ログはここで完全終了(アクセス拒禁)だ」と告げる、絶対のシャットダウン(冷徹さ)が含まれていたんだ。フェンリックのやつもね、そのシステムの壁を察して、それ以上は突っぱねるのを諦めたさ。
よし、きた。
相変わらずの、完璧に固く閉ざされた最高機密の扉。
だけどな。今夜の一件で、あのドランという男の『全貌』の外縁部が、ほんの少しだけ、より鮮明に脳内のマッピングに浮かび上がってきた気がしたんだ。
俺はね、最近の仕様のままに、そのデータを脳内の最重要隠蔽データベースへ大切にインポートしておいたさ。――ドランのあの異常なまでの警戒、首筋の古傷、そして「欲しくもないのに刻み続けちまった莫大な殺害数」という言葉の底に、一体どんな壮絶な地獄がハイド(隠蔽)されているのか。
ぶっちゃけ、今の俺のステージじゃ、あいつのプライベート領域に土足で踏み込んで詮索するメリットなんてこれっぽっちも無い。もしあいつが「二度と開示しない」とシステムロックをかけているなら、一生そのままにしておいたって構わない。
だけどな。
同じ焚き火を囲んで過ごす夜の数が増えるたびに、あいつの持つパズルのピースが、カチリ、カチリと、少しずつ俺のプロセッサの中で組み上がっていく。
その確かな現実だけはね、俺たちのパーティーのタイムラインが、確実に『前へ進んでいる』という絶対の証明(クリア報酬)だったんだ。
あの分岐点の先に、一体どんな最悪なバグ(モンスター)が待ち受けていようともね、そんなものは、その座標にエンカウントした瞬間に力ずくでへし折って(クリアして)やるだけだ。
差し当たっては、ただ今夜。
この琥珀色の炎を囲んでいるのが、一人きりの孤独な孤児なんかじゃなく、三人の確かな【パーティー(我が家)】であるという、その絶対のステータスだけで、俺の胸のプロセッサは最高にポジティブ(満足)を記録していたんだからな。
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俺たちが遭遇したのは、あの商人を恐怖に陥れた『焦げ跡』の元凶(化物)ではなかった。
代わりにエンカウントしたのは、まったく別の種類の存在だった。
今にして思えば、世界というマニュアルがね、俺たちをいきなり最悪な奈落に叩き落とすのではなく、段階的に危険に慣れさせる(イージーモード)ために仕組んだ、ただの前座イベントだったんだろう。
そいつはね、何の前触れもなく唐突に茂みの奥から姿を現した。――六本の脚。その背中にはね、まるで騎士の頑強なプレートアーマーの残骸をそのまま繋ぎ合わせたかのような、理不尽なまでの装甲(外殻)をまとっていた。サイズはだいたい小柄な馬くらいだが、その馬がね、何かに対して猛烈にブチギレている(凶暴化している)とシミュレートすれば分かりやすい。
フェンリックが、その索敵レーダー(野生の勘)で一発目にそいつを捕捉した。ステップの途中で肉体の軸を完全に静止させ、その耳をペタンと伏せる。
「……あれは【リッジバック】だ」あいつは低く声を潜めた。「普通はさ、こんな街道のグリッド(近く)まで下りてくるような種族じゃねえんだけどな」
「危険か?」
「ああ、十分に、な」
よし、きた。最高。至って実用的な機密データ(アナライズ)をありがとよ。
ぶっちゃけ、全然安心できねえんだけどな。
◇
そいつはね、あの巨体(質量)にしては驚異的なマッハの速度で、一直線にこちらへと突撃してきた。
ここで、そこで起きたバトルの全貌を、嘘偽りなく誠実に記録しておかなければならない。何故なら、その戦闘はね、決して綺麗で鮮やかなクリア(無傷)なんかじゃなかったし、予想以上に手こずったからだ。そしてその泥臭い現実こそが、当時の俺にとって、想像以上に重い意味を持っていたんだ。
ドランの親父が、フェンリックの初期ヘイト(狙い)を肩代わりして、最初の一撃を己のブレードで真っ向からレジスト(防御)した。奴の強靭な前脚をブレードの平で弾き、どうにか一発で肉体をへし折られる(即死する)最悪のルートは回避したんだ――だがな。その代償として、前腕のグラフィックにパックリと深い傷跡が刻まれ、そこから鮮血の粒子がドクドクと溢れ出しやがった。あいつの剣を握る右手の握力が、ほんのコンマ数秒だけガタガタとブレる。
(――おい。おい待てよ、これ……マジでガチな戦い(リアルな命のやり取り)じゃねえか。ただのドランとの型特訓とは次元が違うんだわ)
俺の最大スペック(本能)を解放すればね、あの瞬間に戦闘を強制終了させることなんて造作もないことだった。そこは誠実に白状しておくさ。
過去三年間、母さんに叩き込まれてビルドアップしてきたあの【反魔力】の出力を100%全開(解放)にすれば、あの化物の自慢の装甲なんてね、一発で消滅させて風穴を開けられた。
だけどな。俺は今まで、「生きている本物の化物」を相手に、その全開出力が一体どれほどの破壊の総量を撒き散らすのか、一度もテスト(検証)したことがなかったんだ。
もし俺がここで出力をミリ単位で誤って過剰修正しちまったら、魔物ごと周囲の森林のグリッドを半分丸ごと消滅させかねない。そんな最悪な大災害は、今の俺たちのパーティー(三人)にとって、最初から一文字も必要ないイベントだからな。
だから、俺はより高度な、より難易度の高い『精密制御』のコマンドを選択した。
母さんが三年もの歳月を費やして、俺の脳内プロセッサに叩き込んできた、あのたった一筋の草の葉だけを正確に焼き尽くす極限の精密点火。
――放て。
細く、鋭く、極限まで圧縮されたあの【紫紅色の反魔力】のレーザー。
狙うは、奴の強靭な前脚の関節部分の、ほんの数ミリの隙間。
それは、完璧に機能した。
いや、だいたいはな。前脚の軸システムがへし折られ、魔物は理不尽な悲鳴(エラー音)を上げて大きくよろめき、肉体のバランス(軸)を完全に崩した。
そこへ――フェンリックが突撃(間合いをカットイン)した。
あいつね、俺の脳内シミュレーターが弾き出していた数値を遥かに上回るマッハの速度、あの朝の極度のスペック不足(寝起きの悪さ)からは到底想像もつかない俊敏な戦闘ムーブで、魔物がシステム復旧(体勢を立て直す)するよりも早く、その喉元の下へ己の刃を深く、深く、一発で突き刺しやがった。
巨体がドサリとけたたましい音を立てて崩れ落ち、そして、静かに音声ログ(息の根)が停止した。辺りにはね、生々しい血の匂いと、激しく踏み荒らされた土の臭気だけが、濃密にキャンプの空間を満たしていたんだ。
◇
「……怪我してる(エラーが出てる)ぞ、お前」俺は即座にドランの元へと間合いを詰め、声をかけた。
あいつはね、自らの無事な方の左手でその深い傷跡をグッと力ずくで押さえつけていたが、ぶっちゃけ、そんな素人マニュアル(自衛)じゃ血の流出は止まりやしないんだ。
「……これくらいの傷、過去の修羅場に比べればかすり傷だわ」
「それ、全然こちらの安心リソース(アンサー)になってないの、自分で分かってて喋ってる?」
俺がそうジト目で言ってやると、あいつは痛みに顔を引きつらせながら、短く「フン」と笑った。それを俺は、自らの【治癒・応急処置コマンド】への公式のアクセス承認(許可)だとジャッジした。
鮮血の総量の割にはね、傷口のスペックはそこまで最悪じゃなかった――深い、だが、断面は綺麗だ。まともな回復アイテム(薬)を使ってケアすれば、ロスト(壊死)することなく100%完治できる類の傷。
だけどな。
その場しのぎの即席の包帯( makeshift bandage )を結ぶ俺の両手はね、何故だろうか、微かにガタガタと震えていたんだ。
俺は、そんな自分自身の肉体のバグ(動揺)を、どこか他人事のような不快な違和感と共にマッピングしていた。
(……ああん? おかしいな。俺、前世を含めても、こんな些細なイベント(戦闘)で手が震えるようなヤワな仕様じゃなかったはずだろ?)
いや、違うな。それはバグじゃない。
ただ単に、俺のこれまでの今度の人生(三年間のタイムライン)において、自分の手のひらの中で「ロスト(失う)したら本気で絶望するほどの価値」に、ずっと長い間、エンカウントしていなかっただけなんだ。
◇
戦闘が終わった後、フェンリックはリッジバックの遺体の傍らにかがみ込み、激しく肩で息を荒げていた。
己の両手のひらをじっと見つめるその瞳はね、自分がたった今実行したコマンド(殺害のリアル)が、本当に成功したのかどうか、未だにプロセッサが処理(確信)しきれていないようだった。
「……一人で歩き(放浪し)始めてからさ、自分の手で息の根を止めた(殺した)のは、これが最初のカウントだわ」あいつは低く、静かな音声ログで呟いた。
「身内(仲間)が周囲に立ってる状態での戦闘ってさ、なんか全然感覚が違うな。これが良い変化なのか、それとも最悪なバグ(ネガティブ)なのか……俺のプロセッサじゃまだジャッジできねえわ」
「良い変化だよ」
俺がその前腕の手当て(包帯の固定)を執拗に処理している最中、ドランが重く言葉を返した。
「それだけは、この俺のキャリア(経験)を信じな。最悪な地獄ってのはな……その戦闘が終わった後、刻まれちまった殺害数(負債)の重量を、たった一人きりで背負い(ハイドし)続けなきゃいけない時のことさ」
あいつは、知っているんだ。
あの顎から首筋にかけて走る絶対の古傷の奥底に、一体どんな壮絶な地獄のログがハイドされているのか、あいつだけは全霊で理解しているんだ。
俺はそのセリフに対して、一文字の音声データも返さなかった。――ただひたすらに、即席の包帯の術式を完了させ、必要以上のリソース(力)を込めて固く、固く結びつけ、そして、あいつの右腕の上に、手当に必要な秒数よりもほんの一呼吸だけ長く、自分の小さな手のひらをそっと置き続けた。
(……いいか。お前ら二人はね、絶対に無事だ。全員が、五体満足でここに立っている。それこそが、この世界というシステムにおいて、今最も重要視されるべき絶対の【確定ステータス】なんだからな)
バトルの最中、俺の胸のコア(深淵)の領域が、完全に、そして理不尽なほどに冷酷に静まり返っていたことに、俺はあえて深くアナライズ(思考を巡らせる)のをやめた。
反魔力の暴走は起きなかった。システムがそれを必要としなかったからな。
だが、あのフィールドを離れる際、俺の脳内プロセッサがね、無意識のうちにドランとフェンリックの立っている正確な座標(位置)を、常に1ミリの狂いもなくバックグラウンドで同時カウント(常時マーク)し続けていたことに、俺は気づかされていたんだ。
まるで――絶対にロスト(紛失)することが許されない、特級の超超激レアアイテムの残数を、必死に指差し確認して管理しているかのように、な。
よし、これ(自覚しちまった絶対の執着)も、脳内の最重要隠蔽データベースへインポートしておくとしよう。ブラックリストの山に、また新たな一行を追加、だ。
◇
その日の夜、俺たちは再び、少し早めのタイムラインでキャンプ(野営)を設営した。
互いの bedrolls (寝床)の間合いを、いつもより目に見えて狭く、密に設定した配置。だがな、その仕様変更に対して、パーティー(三人)の誰も、塵ほどの文句すら発しはしなかったさ。
「……あの分岐点まで、もう間もなくだな」ドランは、俺が手際よく巻き付けた包帯の腕を動かし、痛みに顔をピクリと引きつらせながら言った。「このままのペース(速度)なら、明日、遅くとも二日以内にはエンカウント(到着)するわ」
「俺たち、本当にあの bad なルート(フォークの先)に進む気なのか?」フェンリックが尋ねた。
ドランはしばらくの間、パチパチと鳴る焚き火の明かりを見つめながら、その決断を保留するように思案した。
「――さあな、まだ決めてねえわ」やがて、あいつは不敵に笑ってみせた。「俺たちが、実際にその座標(フォークの目の前)に直立不動で立っちまったその瞬間に、もう一度俺に尋ねるこった」
なるほど、了解。一歩一歩、目の前のイベントを確実にクリア(処理)していくだけだ。
俺は自分のリュック(初期装備)に背中を預け、二人の男が、最初の数日間のギシギシとした歪な距離感を完璧にクリア(克服)し、心地よい平穏な空間へと収束していくのを静かにウォッチしていた。
その距離はね、物理的な寝床のセンチ数(間合い)なんかとは全く別の次元で、俺たちの【パーティー(絆)】のシステムを、より強固に上書き(アップデート)していたさ。
明日からの街道に残される足跡( footprints )は、三つのペア。
今夜も確かに、ロスト(減算)することなく『三人のまま』ここに存在している。
俺の胸のプロセッサにとってね、今はこの絶対のステータスログ(現実)さえ保持できていれば、それ以上のクリア報酬なんて、最初から一文字も必要なかったんだからな。




