第58話:神々が戦っていた間
西国連合の有象無象どもは、己の視界の圏外において、さらに冷徹で不気味な『第二の戦争』が水面下で同時発動していたことなど、ただの一ミリも知る由がなかった。
世界の最高峰たるバケモノどもが頭上の別次元で空間を引き裂いて殺し合っているその隙を縫い、シミズ帝国の残党軍は、完璧に同期された三つの同時急襲作戦――アシュフォード、ティアムーン、ミラスの諸王国への一斉侵略を執行していた。敵の真の狙いは至極単純。この大戦の絶対的な主力が別の座標で足止めを食らっている今こそ、手薄になった西の諸王国を根こそぎ蹂躙できる、という冷徹な計算だ。
アシュフォード王国の国境線には、約五千の帝国兵が殺到した。驚くべきことに、奴らの手には、あのホライズンクレストの残骸から根こそぎ略奪してきた、カイ直製の魔導兵器群が握られていた――魔導銃、出力増幅魔剣、そして対魔術専用装備。かつてカイが自らの日常(我が家)を守るために創り上げた至高のインフラが、今度は全く別の国を永久消滅させるための最悪の凶器として上書きされていたのだ。
敵軍は、アシュフォードの防衛網など一瞬でハメ殺せる(壊滅できる)と確信していた。
だが、そこには三千のアシュフォード正規兵と、その後方を固める五百の精鋭聖騎士、そして陣形の中央を死守する五人の最高指揮官が、完璧な段取りで直立して待ち構えていた。その最前線には、聖騎士長ソフィアが、自らの魔剣【預言の刃】の柄をガッチリと握り締めて佇んでいる。
「――来るわよ」彼女は低く、厳かに告げた。
「敵軍は、五千……」指揮官の一頭が、恐怖に生唾を飲み込む。
「数において、圧倒的にこちらが不利です!」別の者がそこに言葉を重ねる。
「いいえ、違うわ」ソフィアの瞳から、一切の迷いの数値がデリートされた。
「私たちはね、あのカイ様の元で、ありとあらゆる不条理な怪物相手に生き残るための処刑特訓(実務)を徹底的に叩き込まれてきた『五百の聖騎士』よ。――あの方の施してくれたインフラが、ただの無駄な不手際じゃなかったってことを、今ここで完璧に言語化(証明)してあげるわ!」
咆哮と共に敵軍が突撃を開始し、略奪された魔導兵器の不条理な絶対出力が、アシュフォードの第一防衛線をただの紙切れのように一瞬で引き裂いて(蹂躙して)いく。ソフィアはその銃弾が解き放たれるコンマ数秒前の刹那、すでに肉体を消失させていた。【預言の刃】が、敵の攻撃の着弾座標(未来)を完璧に脳内スクリーンへと投影していたからだ。
彼女の一閃が奔るたび、敵の指揮官のデータが次々とシステムから強制消滅(死亡)していく。彼女が率いる五人の幹部、そして五百の聖騎士たちがその進軍ラインに続き、数時間にも及ぶ血の滲むような、泥臭い超高速の総力戦が繰り広げられた。
前線は二度、限界を超えて完全に決壊(全滅)しかけた。だが、ソフィアはその防衛ラインを力任せに繋ぎ止め、一歩の退却すら許さなかった。
「――前へ(奔りなさい)!」彼女は何度も、何度もその絶対コマンドを上書きし続け、ついに敵の陣形を中央の座標からバキバキに粉砕。生き残った敵兵どもは、これ以上の実務継続は不可能(全滅)だと判断し、恐怖に怯えながら四方へと敗走していった。
「……私たちの、勝ちよ」ソフィアは、ようやくその魔剣を収めて静かに呟いた。
「貴女のおかげです、聖騎士長!」指揮官が歓喜の声を上げる。
だが彼女は、静かに首を振った。
「違うわ。――ここにいる全員が、自らの日常のために命がけで戦い抜いたからよ」
一方、ティアムーン王国。
クイーン・ミラベルは、自らの居城の白壁の頭上から、押し寄せる数万の敵国の質量を冷ややかに見下ろしていた。その隣には、ホライズンクレストから派遣された絶対の護衛部隊を率いるユキが、魔剣を構えて直立している。
「……敵の数はどれくらい?」ユキが尋ねる。
「こちらの防衛数値を、遥かに右ランク上でオーバーフロー(圧倒)しています!」兵士がアラートを響かせた。
「だったら、俺たちの速度をさらに右肩上がりに加速させるだけよ」
ユキがそう言い放った瞬間、彼女の肉体は幾何学的な雷撃の光となってその座標から消失。次の刹那には敵陣のド真ん中へとリブート(出現)し、放たれた絶対の一撃が敵兵の肉体を遥か彼方へと吹き飛ばした。彼女の宿す、疾風と、迅雷と、絶対零度の氷結が【完全融合】したその超高速の魔導剣技は、 ordinary (凡俗)な人間のシステム知覚ではただの一フレームすら追跡不可能な、正真正銘の蹂躙だった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
その時、戦場全体の全域をハメ殺すほどの、常軌を逸した獰猛な咆哮が空間を激しく震わせた。
エースの肉体が、最上位固有種【混沌の災厄狼】としての真の絶対形態へと完全解放(究極覚醒)。あいつの巨体から放たれる暗黒の大罪特性が、幾重もの大津波となって敵軍を丸ごと貪り喰うようにして這い出てくる。
「――そこを、退きなさい」
混沌の災厄狼がその巨大な顎を開いた。
――【常闇の支配】。
漆黒の地獄の業火が、戦場の荒野を一瞬にして丸ごと貪り喰い、更地へと変貌させた。
あいつが一歩足を進めるたびに、足元の岩盤がメキメキと陥没して分子レベルで木っ端微塵に爆散していく。ユキがその破壊の慣性と完璧に同期して突撃を繰り返し、ホライズンクレストの精鋭部隊が敵の包囲網を次々とクローズしていく。クイーン・ミラベルもまた、自らの魔剣を天空へと突き上げた。
「――ティアムーンの栄光を(全軍突撃)ァァッ!!!」
「――女王陛下のために(おおおっ)!」
連合軍の圧倒的な大質量の前に、侵略してきた帝国兵どもはただの一ミクロンの勝率も見出せないまま、完全に精神崩壊して全滅を迎えた。
「……貴方たちが、我が国を完璧に救ってくれたわ」すべての爆煙がフェードアウト(霧散)した後、ミラベルが心からの誠実な言葉を口にした。
ユキは激しい息を吐きながら、不敵にニカッと笑ってみせた。
「これで終わり(クローズ)なんかじゃないわよ」彼女は自らの【時空間知覚】の視線を、国境の圏外で繰り広げられているあの五つの隔離空間の決戦へと向けた。
「……だけど、まぁ、こっちの戦場の実務(お仕事)に関しては――私たちの完全勝利ね」
そして、ミラス王国。
かつて真真竜エンゾの放った【星辰大崩壊】の前に、お世辞にも防衛インフラが残されているとは言えないほどに更地化されていたその国には、現在、兵士のデータなどただの一件も実存在していなかった。
……だが。あの有能な実務家エレーンは、自らの永久消滅の段取りが訪れるよりも前の時間軸において、この復興途上の王国に対し、誰も予想だにしていなかった『最高の防衛インフラ(魔導要塞)』を、完全にゼロから構築(栽培)し終えていたのだ。
《――警告。国境線の防衛圏内に、未知の敵対個体の侵入を検知しました――》
敵国の兵士どもが国境のラインを一歩跨いだ、まさにその刹那。
ミラス王国の全土が、自律型自動防衛システム(プログラム)に従い、無条件で世界に牙を剥いた。――周囲の空間に何重もの【創生結界】が爆発的に起動し、ほんの数秒前までただののどかな農地( farmland )に見えていた地面のあちこちから、超巨大な【自動精錬魔導タワー】の幾何学構造が、メキメキと音を立てて地上へと物質化したのだ。数千、数万という禍々しい召喚魔法陣が一斉にスロットへと解放される。
「……な、何だこれは!? 一体何が起きて――」
帝国兵がそのエラーログを言語化し終えるよりも早く、世界の天空が絶対の火炎によって丸ごと貪り喰われ、大気が狂ったような暴風へと変貌し、大地からは大津波のごとき激流が噴出し、迅雷が軌道上のすべてを一瞬にして木っ端微塵に解体した。――四大元素のすべてが完璧に【完全融合】した、不条理極まる一斉一斉掃滅の実務。
侵略してきた哀れな兵士どもには、自分たちを一体どんなデタラメなインフラが殺害しているのか、その全容を理解するための日常の時間(猶予)すらただの一秒も与えられなかった。
最後のトドメとして放たれた、マスター生産コア直属の【第八位階・極大消滅魔導】の乱射の前に、敵の軍勢は肉片の一片すらシステムに残さず完全に永久消滅した。
ミラス王国は、ただの一人、人間の兵士が魔剣を抜くことすらなしに、一国の軍勢を無条件でハメ殺して(全滅させて)みせたのだ。いや、本当に。
この歴史的な大勝利のデータは、他ならぬ、この結果を二度と目にする(ログを回収する)ことの叶わない、あの最高の実務家の遺した至高の遺産に他ならなかった。
同じ頃、北方のフロント。
アイヴィーが『霧のゲート』を跨いで現地へと到着した時、彼女の脳内データでは、未だに魔王セナが敵の聖騎士どもを相手に絶賛死闘(実務)の真っ最中であるはずだった。――だが、彼女の視界に飛び込んできたのは、とっくの昔に完全終了を迎え、何事もなかったかのように静まり返った更地(戦場)と、その背後に整然たる幾何学のフォーメーションを成して直立する、八百六十七頭の【原罪悪魔軍】の圧倒的な格付け(プレッシャー)だった。
「……どうやら私、随分と遅いリロード(大遅刻)だったみたいね」アイヴィーがパチクリと目を叩く。
「ええ、その通りよ」セナは至極平然と肩をすくめてみせた。「もうすべての実務は片付いちゃったわ」
東方戦線も、全く同じ物語を展開していた。――ひまりが地下施設の防衛から戻ってきた時、そこには【至高の血鮮君主】クロエの手によって、シミズ帝国の東方軍が文字通り塵一つ残さず根こそぎオールデリートされた後の、絶対的な死の静寂だけが広がっていたのだ。
――だが。
まさにその、すべての戦線が完璧な大勝利の数値を弾き出した、まさにその刹那。
世界のすべての因果関係が、突如として、完璧に『停止』した。
世界が凍りついたのだ。――ひまりも、セナも、アイヴィーも、クロエも。生き残った連合軍の兵士どもも、激しく燃え盛っていた火炎のデータも、空間を奔っていた暴風の粒子の一つひとつに至るまでが、彼らの宿すいかなる固有能力を以てしても一ミリとして解除不可能な、悠久なる絶対の檻の中にハメ殺された。
凡俗なる人間の認識を遥かに超越した、世界の常識の彼方の深層において。
――『時』という概念そのものが、この世界から、完全に永久消滅していた。
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世界の時間軸が完全にハメ殺され、完全なる停止の檻に囚われた最悪のエラー空間。
だが、そのデタラメな時空停止のシステム範囲から、不気味に滑落した一つの実務(惨劇)が、現実世界の荒野で音もなく発動していた。
ナオ・シミズは、ゆっくりとその瞳を開いた。
肉体のデータは常軌を逸した次元で重く、あの魔王ニュクサーラとの超弩級決戦の果てに、彼女の宿していた莫大な魔力貯蔵は、ほぼスロットの底を突いて空っぽ(枯渇)の状態だった。
「……みんな、どこへ消えたの?」
彼女は低く、掠れた声で呟いた。周囲を見渡しても、そこにあるのはただの一頭の生命体の気配すら実在しない、完全なる沈滅(死の更地)のみ。
彼女はよろめきながらも起立し、自らの帝国の首都に向けて、一歩、二歩、三歩と足を奔らせようとした。
――グシャッ!!!
何の予兆のアラートもなしに、一振りの剥き出しの手のひらが、彼女の完全な死角(背後)から胸元のド真ん中を綺麗に貫通した。
ナオは自らの胸を突き破って突き出たその血濡れの手を見つめ、口元からドボボボと鮮血を溢れさせながら、首をメキメキと捻って後ろを振り返った。そこにあったのは、冷徹に口元を吊り上げた一人の男のデータ。
「……ジロー(ケンジ)……」
「なんでそんなことをするのか、って? あんたがそれを脳内データで質問し終える前に、こっちの解答をインポートしてあげるよ」
ジローは、彼女の衣服をガッチリと掴んだまま、至極平然と言い放った。
「……だったら、なぜ……!?」
「ただ単にさ、あんたの持っているあの【完全模倣】のシステムが、狂おしいほど欲しかった(テイクアウトしたかった)だけだよ」あいつの下劣な笑みが深く歪む。
「あんたがこれまでの果てなき統治の歴史で略奪し、ストックしてきた数万の究極能力の全容。――それをこの俺のソウルに直接強制インポートするためにはさぁ、あんたというオリジナルのデータを、ここで完璧に完全消滅させる必要があるんだよ。ただ、それだけの至極単純な実務さ」
その瞬間、ナオ・シミズは完璧に言語化した。肉体が崩壊していくだけじゃない。――自らの宿す魂そのものが、単なる物理的な傷口なんかよりも、遥かに、絶望的なまでに精密な略奪の術式によって、内側からバキバキに解体され始めている。彼女の膝が、メキメキと音を立てて崩れ落ちた。
そして、世界全体の視界のスクリーンが完全にシャットダウン(暗転)していくまさにその刹那。
悠久の年月の彼方に埋もれていた、前世におけるあの愛おしい日常の記憶が、弾かれたように彼女の脳裏へと強制リブート(復元)を果たしたのだ。
――日本。北海道。
彼女はまだほんの幼い少女だった頃、不条理な飛行機事故によって実の両親を同時に永久消滅(死亡)で失った。母親の親しい親友であった女性のインフラ(我が家)へと引き取られ、やがて日常の進捗に伴って東京へと移り住み、のちに自らの叔母となるその女性と同居することとなった。
そこで出会ったのが――カズヒコ(小野一彦)だった。
彼女の義理のきょうだい(ステップブラザー)となったその男は、最初は極めて冷淡で、自分の殻(世界)に引きこもり、それ以外の他所の事象にはただの一ミクロンも興味を示さない、そんな油断のない目をしている奴だった。
ナオは、あえてあいつの防衛ラインに強引に踏み込むような真似はしなかった。ただ淡々と、ごく当たり前のように同じ日常を隣で消費し、同じ学校のインフラへと通い、あいつが母親の夜勤実務の隙を突いては、自分の彼女を我が家へと連れ込んで睦み合っている姿を、死んだ魚の目で注意深く観察し続けた。そして、その光景を目にするたびに自らの胸の奥底が狂ったように激しく疼くその拒絶反応に対し、「こんな感情なんて、私にとっては一ミリも意味のないただのバグ(気のせい)よ」と、必死に自分に言い聞かせて上書きし続けていたのだ。
だが、あの最悪のイベントが訪れた。あいつの信じていた彼女が、あいつの当時の親友という最悪の手下と水面下で繋がり、裏切り(バグ)を執行したのだ。
直後に巻き起こった修羅場の実務の果てに、カズヒコは徹底的に打ちのめされ(全滅させられ)、雨の降り頻る冷たい橋の下へと、無残な残骸として置き去りにされた。
ナオはその日の夕方から、ずっと我が家の玄関で時計の針の進捗をじっと凝視して待っていた。
――【六時】。【七時】。【八時】。【九時】。【十時】。【十一時】。
母親の夜勤の実務時間は右肩上がりに伸びていき、あいつからの生存データ(連絡)はただの一件もスマートフォンに届かない。やがて、胸の奥底にある絶対的なアラートの過熱(過熱)に耐えかねた彼女は、自らのリミッターを引きちぎるようにして、激しい嵐の夜の街へとあいつを探し出すために猛然と奔り出したのだ。
彼女はついに見つけた。あの無機質な橋の下、冷たい雨水と己の鮮血が泥臭く混ざり合う最悪の惨状のド真ん中で、辛うじて意識を繋ぎ止めているあいつの成れの果てを。
「――カズヒコ(一彦)……ッ!!」
彼女は必死になってあいつを病院のインフラへとエスコートし、母親への緊急連絡の任務をこなし、翌朝、母親が再び実務へと戻っていった後も、ずっとあいつの病室のベッドの傍らで直立して付き添い続けた。
カズヒコは、実の母親にだけはその最悪の裏切りの真実を白状することができなかった。だから、あいつはその代わりに、隣にいるナオに対して、すべての物語の全容を初めて剥き出しにして言語化したのだ。――あの彼女のこと、親友の裏切りの段取り、自らの内に溜まりに溜まった絶対的な絶望の数値のすべてを。
その日を境に、二人の間の距離の数値は、目に見えて右肩上がりに急速に縮小していった。防衛ラインが、完璧に消失したのだ。ナオはここでようやく、自分が長年「こんなの関係ない」とレッテルを貼って脳内アーカイブの奥底へと完全封印し続けていた、あの本当の感情のアイデンティティを完璧に言語化した。
ある日の夜、彼女はあいつの部屋のスロットへとごく自然に潜入し、その顔を至近距離へと近づけた。
「……お前、一体何をするつもりだ?」カズヒコが眉をひそめる。
「あんたのその傷ついたインフラを、完璧に『お世話(慰め)』してあげるのよ」
彼女はそう言い放つと、何の躊躇もなく、あいつの唇へと自らの絶対のキック(キス)を上書きした。
そこから始まった二頭の関係は、その後の過酷な年月の経過と共に、さらに深く、さらにデタラメな次元へと右肩上がりに強大化していった。すでに人生の多くのリソースを失って擦り切れていた実の母親に対してだけは、この禁忌の日常を完璧にカモフラージュして隠蔽し続けながら、二人の間の絶対的な信頼パスは、もはや互いが世界の誰よりも必要不可欠な唯一無二の相棒(家族)であると、そう承認せざるを得ないレベルにまで達していた。
――だが、母親がCollapsed(倒れた)。
長年にわたる過酷な労働実務のツケが、彼女の精神核心(心臓)を完全に強制終了させたのだ。
無機質な葬儀のインフラのド真ん中で、二人は溢れ出る絶望の涙の前に完璧に精神崩壊を起こしていた。――自らを世界に繋ぎ止めてくれていた、唯一の温かい日常のソース(母親)が、一瞬にして完璧に消滅したのだから。
……まさにその、すべての住人が喪に服し、泣き叫んでいた葬儀の座標において、二人の足元の床板に、不気味な幾何学の【強制召喚魔法陣】が爆発的に咲き乱れた。何の予兆のアラートも宣戦布告もない、世界の不条理なる強制バグ。
まばゆい光の奔流が、一瞬にして二人の存在を丸ごと一網打尽に呑み込んだ。
遺された前世の世界の住人たちのデータから見れば、その瞬間、二人の肉体はただの空空中へと煙のように煙のように煙のように【完全消失(神隠し)】したように映ったことだろう。
そして二人が再び現実の意識をリブート(覚醒)させた場所――それは、【中間世界】と定義された、世界の常識の彼方にある独自の絶対領域。
そこには、あの『アルバート(Albert)』と名乗る一頭のマスター(統治者)が直立しており、あいつは二人の脳内インフラに向けて、この世界のすべての不条理なルールを理路整然と言語化して聞かせたのだ。――悪魔、魔王の爵位、魔導法則、全く異なるこの異世界のシステム。
そして――二人がこの世界に最高峰のバッチとして強制召喚されることとなった、真の『実務要件(クリア条件)』の全容を。
『――あんたたち二頭の絶対出力を使って、あの【魔王デミグラ】の息の根を、正面から力づくで完全に完全消滅させなさい』、と。
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カズヒコ・オノ(小野一彦)の成長速度は、常軌を逸した次元で右肩上がりに加速していった。そしてナオ・シミズ自身も、自らの内に目覚めた【完全模倣】のシステムが、単なる模倣の枠を遥かに上書きしていく不気味な大進化に気づいていた。触れた相手の【究極能力】、最大奥義、そして存在の絶対権限のすべてを自らの魂へと直接インポートし、強奪するチート特性。――ただ一頭、実の実兄であるカズヒコ・オノだけは、その絶対的な概念抵抗の前に、どこまでいっても彼女の略奪パスが届かない不可侵の領域だったが。
やがて魔王デミグラとの本格的な大戦(実務)が幕を開けた際、カズヒコが敵の魔皇どもを正面から捩じ伏せる間に、ナオは魔王デミグラとタイマンで対峙した。――そしてデミグラは、彼女の宿す能力の本質を最後まで一ミリも言語化(理解)できぬまま、自らの絶技をスロットへ解放し続けるという致命的なシステムエラー(慢心)を犯した。攻撃を繰り出すたびに、そのすべてのデータが、彼女のコレクション(所有物)の新規データとして上書きされていく。
彼女はデミグラを冷酷に斬り伏せ、その宿していた能力、権能、インフラのすべてを根こそぎ略奪した。
その大戦の最中、カズヒコは原初の悪魔【ナンバースリー】および【ナンバーセブン】と遭遇。二頭はカズヒコと殺し合うどころか、あいつの宿す圧倒的な格付けの前に「この御方こそ、我が主にふさわしい」とシステム承認。カズヒコから直々に『フレデリカ』『フィン』という名を授かり(命名)、その絶対の忠誠のパスを上書き完了させたのだ。
……だが、消えゆく記憶のログが、最期の瞬間に彼女に本当の真実を告げていた。
のちに魔王ひまりの前に直立し、手揉み(戦闘)を繰り広げたあのフレデリカとフィンは、最初からただの『偽物の人形』に過ぎなかったということを。本物の二頭は未だ世界のどこか別の座標に潜伏し、ただ静かに、本物のカズヒコ・オノをあの絶対の檻から救い出すための極秘実務(段取り)を進め続けていたのだ。
魔王デミグラを完全消滅させた報酬として、中間世界の統治者アルバート(Albert)は、ナオに向けて「望む限りの対価(報酬)を支払おう」と告げた。
「――『北』と『東』の帝国領を」ナオ・シミズは冷淡に言い放った。周囲の貴族どもが「そんな不条理な割り当て(エラー)を認めるわけにはいかない!」とアラートを鳴らし散らしたが、カズヒコが傍らに直立するフレデリカとフィンの二頭へ向けてごく軽く顎をしゃくると、その圧倒的な原初のプレッシャーの前に、すべての雑音は一瞬にして強制終了させられた。
アルバートはその条件を承認。
その、たった一回のシステム承認(権利)から、あの超巨大な『シミズ帝国』の基礎インフラが世界に物質化(建国)した。ナオの魂にストック(コレクション)されていく略奪能力の数値は、数千、数万、数百万という規模へ右肩上がりに爆発増殖していき、もはや彼女自身、次に自らのスロットから何の不条理を引っ張り出す(リーチする)のか予測不可能なそのデタラメさそのものが、敵をハメ殺すための最高の絶対兵器と化していた。
だが、数年の日常が流れた後、カズヒコはあの真竜スコルンと正面から殺し合い(実務)を演じ――。そしてあいつは敗北し、触れた瞬間に魂、肉体、環境エネルギーのすべてをカチカチに強制停止させる、あの絶対零度の不条理な檻の奥底へと完全封印された。
ナオは即座にスコルンを逆探知してボコボコに捩じ伏せ(勝利し)、今すぐその封印の段取り(術式)を強制解除しろと要求した。
『……無理だ、それはシステム的に不可能なエラー(バグ)だ』スコルンは血を吐きながら冷淡に首を振った。『一度世界に物質化されたあの檻は、構築者の俺を以てしても、二度とデリート(解除)することは叶わない仕様になっているのさ』
彼女はその解答が気に入らないというその一 facts (事実)だけで、スコルンの息の根を直接止め(殺害し)、自らのインフラで即座に完全再生させて再び実務を強要した。
「……何年かかろうが知ったこっちゃないわよ」彼女は死んだ魚の目で言い放った。
「あんたの全脳内リソースをフル稼働させて、意地でもあの封印をバキバキに叩き潰しなさい(ハッキングせよ)」
彼女がその現場を後にする直前、もう一人の『カズヒコ・オノ』が空間から姿を現し――彼女に向けて、世界の本当の裏の段取り(真実)を白状した。
自分は本物のカズヒコではなく、万が一のこの状況(完全封印)を想定して本物が事前に構築しておいた、ただのバックアップデータ(クローン人形)に過ぎない、と。本物の肉体と魂は、未だにどこのどいつも侵入不可能なあの冷たい絶対零度の檻の内部に、完全監禁されたままである、と。
それから間もなく、真竜ヴォラスがスコルンの生存データ(身柄)を回収すべくこの座標へと這い寄ってきた。その激突の規模は世界を更地にするほどの大波ではあったが、あいつは何一つリソースを失うことなく――むしろ、ナオ・シミズという怪物の中に、自らのクランを拡大するための『最高の利害の一致(同盟契約)』を見出した。
彼女はその提案を受諾。
これによってシミズ帝国は、世界のどこのバケモノ陣営もその全容を完璧には言語化(理解)できない、最悪の『不条理な絶対防壁(帝国インフラ)』へと右肩上がりに肥大化を遂げたのだ。――カズヒコのクロン、フレデリカとフィンのクローン人形、ナオ・シミズ自身、真竜ヴォラス、そして真竜スコルン。
……それでありながら、これほどのデタラメを積み上げてなお、彼女の【完全模倣】のシステムが、これまでの生涯においてただの一度だってコピー(略奪)を完了できなかった存在が、ただの一つだけ実在していた。
――本物の、カズヒコ・オノ。いつも、あいつのデータだけは、彼女の手の届かない絶対のセーフ圏(彼方)に直立していた。
ナオ・シミズの視界のスクリーンが、最期の、たったの一フレームだけ完璧にクリアにリブート(復元)された。
雨の音声ログはない。あるのはただ、瓦礫の残骸となった戦場の更地。ジロー(ケンジ)の血塗られた手のひらが、すでに自らの胸元から無造作に引き抜かれ( withdrawn )、ボタボタと溢れる鮮血の数値が右肩上がりに拡大し、彼女の魂の証明が、今まさにシステムから完全に永久消滅しようとしているその刹那。
前世と現世のすべての日常の記憶が一瞬にして一枚のレイヤーへと融合し、彼女の内へと還ってきた。――実の両親、叔母の優しさ、あの雨の橋の下、病院の病室、母親の葬儀の絶望、あの不条理な強制召喚、中間世界ミッドウェイ、魔王デミグラ、フレデリカ、フィン、スコルン、ヴォラス、……そして、自分がただの『最悪の悲しみ』と略奪した力だけでゼロから積み上げてきた、あのシミズ帝国の日常の全容が。
彼女は、その口元に弱々しく、かすかな笑みを浮かべ、その瞳から大粒の涙を流した。
彼女の視線は、もう目の前に直立するジローなんかには向いていなかった。
「……お兄ちゃん……」
彼女は、バキバキに壊れ、決壊した声で、静かに虚空へと囁いた。
「……お願い。私、まだ死にたくないわ……」彼女の指先が、ガタガタと激しく震え、最後のシステムエラーを拒絶しようと足掻く。
「お兄ちゃん、助けて……私を、お世話して……」
そして彼女は、最後にもう一つの、全く異なる決定的な言葉を極小の声で囁き――その音声ログを耳にした瞬間、ジロー(ケンジ)の顔から、これまでのすべての傲慢な笑みが一瞬にして木っ端微塵に砕け散り、本物の驚愕の数値が弾き出された。
「……な、何だと!? お前、今何て言っ――」
ナオ・シミズは、その口元に最後にもう一振り、小さく、どこまでも穏やかな日常の笑みを浮かべ。
そして、完全消滅(死亡)した。
静寂。
直後、常軌を逸した膨大すぎる『略奪データの濁流』が、固有能力【支配】のパスを経由して、ジローの脳内インフラへと一斉に強制インポート(逆流)を開始した――。数千、数万の戦闘技術、 Ultimate Skills 、世界の頂点たる最大奥義、存在の絶対権限、そして、ナオ・シミズがこれまでの生涯において蓄積し、コレクションし終えていた、あの数百万という【完全模倣】のストックデータの全容が、そっくりそのままあいつのソウルへと完全上書き(融合)されたのだ。
ジローはゆっくりと、本当にゆっくりとその瞳を開いた。
手に入れた。すべてを、この手の中に完璧にクローズ(略奪完了)してやったのだ。
あいつが、今しがた強奪したそのデタラメすぎる圧倒的な力のスケール(容量)を脳内データで正当に処理(同期)し始めるよりも、ほんの一瞬早く、世界のすべての因果関係が、無条件で完璧に『停止』した。
すべての戦場。すべての兵士。環境大気を奔っていた暴風の粒子も、住宅を焼き尽くしていた火炎のデータも、降り頻る雨の一滴に至るまでが、世界の全全域において完全停止の檻の中へとハメ殺された。アシュフォード、ティアムーン、ミラス王国。魔王セナ、アイヴィー、魔王ひまり、クロエ、ソフィア、ミラベル女王。――そして、新たな神のチートを手に入れて最高のドヤ顔を浮かべていたジロー自身をも含むすべての存在が、思考加速の真っ最中の姿勢のまま、一瞬にして完璧に氷結させられた。
――『時』という概念そのものが、この世界から、完全に永久消滅していた。
はるか彼方の深層、【無限星雲虚無世界】の内部において。
カイは、自らと全く同じ顔をした一頭の『男』と、真正面から完璧にゼロ距離で対峙していた。――その男の宿す絶対的な格付けの全容が、単なる他の時間軸の並行世界の残骸なんかよりも、遥かに、絶望的なまでに超越した『正真正銘の化け物』であるという事実に、カイの脳内インフラはようやく追いつき始めていた。
これまでに構築されてきた数千、数万の並行世界、何百という独自の宇宙。前世の地球、東京、そしてカイがこれまでの生涯において知覚し、常識として片付けてきたすべての並行世界の映し鏡のすべてが――最初から、目の前のこの男がただの退屈しのぎ(実務)としてゼロから成形した、ただのおもちゃ(所有物)に過ぎなかったのだから。
「――あんたの歩んできたその旅路(日常のデータ)、お世辞にも退屈しない、最高におもしろい進捗(進捗)だったよ」
世界の頂点に君臨する【創造神】は、静かにそう告げた。
カイの肉体は、ただの一ミクロンも動かすことができない。
「だけどね」
見知らぬ自分自身(絶対神)は、ごく軽い手つきで、パチンと片手を掲げてみせた。
「……ここから先はさぁ、あんたと俺との間で、きっちりと『まともな実務の対話(殺し合い)』を締結させなきゃならないからね」




