第55話:仕返し
技名の宣言も、予兆のアナウンスすらもなかった。彼女はただ、肉体を消失させたのだ。
ジロー(ケンジ)の生存本能が、刃が肉体に接触するコンマ数秒前に狂ったように悲鳴を上げた。あいつは間一髪、力技で首を横に傾ける。
――シャズッ!
あいつの頬に、一本の赤い線が綺麗に抉じ開けられた。切り落とされた髪の毛が数房、はらりと空間を舞う。
ジローの顔から、完全に余裕の色彩がデリートされた。さっきまでの速度とは、明らかに次元が違っている。
(こいつ、完全にリミッターを引きちぎりやがったな……!)
そこから先に展開されたのは、あいつが略奪してきたすべての絶対優位性を徹底的にすり潰す、絶望的な処刑実務(戦闘)だった。
展開した結界障壁は、構築した端からアイヴィーの魔剣によって紙切れのように一刀両断にクローズされる。空間転移魔法を乱射して座標をズラしても、稼げるのは数秒の猶予だけであり、絶対的な安全圏など世界のどこにも実在しない。あの伝説の勇者の超回復、さらにはテオレマの旧王から強奪した固有の肉体スキルをフル稼働させて自動修復を試みるも、傷口が塞がる速度を、アイヴィーの刃が肉体を切り刻む速度が右肩上がりに圧倒していく。あいつは脳細胞を尖らせ、リアルタイムで敵の行動パターンを必死に演算し続けた。
だが、そんな日常の努力のすべてを足しても、戦況のベクトルを自らの側へと引き戻すには、到底、数値が足りなかった。辛うじて、息を繋ぎ止めるのが精一杯(限界)なのだ。
(……クソ! さっきまでの戦い方と、本質的な殺気の格付けが違いすぎるだろ!)
ジローの胸の内に、転生以来初めて、本物の焦燥の数値が弾き出されていた。
だが、あいつはまだ、隠し持っている『本当の絶対兵器』をスロットに残したまま、耐えていた。この致命的な連続ダメージに耐えながら、チェス盤をひっくり返すための唯一の『決定的な綻び(隙)』を、虎視眈々と狙い続けていたのだ。
アイヴィーの猛攻はさらにその密度を増し、交錯のたびにあいつの退路を完璧にクローズしていく。そしてついに、ジローを独自の防壁の隅へと完全にハメ込んだその刹那、あいつがその牙を剥いた。
「――【神罰】」
ジローが、低く呟いた。
その絶対的な消滅の波動が空間に満ちた瞬間、アイヴィーの感覚が極限の危険アラートを鳴らした。それは単なる大質量の魔導なんかではない。――触れたものすべてを、世界の常識から根こそぎ消し去る永久抹消の概念特性。仮にこれが直撃すれば、彼女の持つ最上位の超回復をもってしても、ステータスを元通りに巻き戻せるかどうかの保証はなかった。
だが、黄金の消滅光線が空間を完全に焼き尽くすよりも一瞬早く、アイヴィーの姿はその座標から完全に消失していた。光線は、ほんの数百万分の一秒前まで彼女がいた空間を木っ端微塵に抉り取り、背後にあった世界の境界線をまるごと更地へと変貌させる。
彼女は、ジローの完全な頭上の座標へとリブート(出現)していた。あいつが慌てて幾何学障壁を強制展開したが、彼女はその防壁ごと、何のステップ(減速)もなしに肉体を奔らせて一瞬で肉薄。あいつが再び空間転移を試みたが、彼女はあいつの肉体が次の座標へ完全物質化(出現)しきる前に、その背後へと当然のように先回りして直立していた。あいつが狂ったように大罪魔法を乱射するも、彼女はそのすべてを魔剣の一閃で無条件で叩き潰していく。
ジローは恐怖に顔を歪ませ、自らの宿す最大の大罪特性【支配】の精神侵食パスを、彼女の魂に向けて直接、最大出力で解き放った。
――だが、それはただの石に水をぶちまけるがごとく、完璧に『無効化』されて虚しく滑り落ちた。
(……支配の術式が、一ミリも通らない!? コントロールが……効かないだと!?)
あいつの傲慢な絶対の自信が、ここにきて本気で粉々に砕け散った。
彼女は再び、あいつの死角(背後)へと出現していた。ジローが振り返る――だが、遅すぎる。
アイヴィーの手のひらが、あいつの右腕をガッチリと、鉄の万力のような力技で鷲掴みにした。
ジローは狂気に目を血走らせ、そのゼロ距離の至近空間において、自爆覚醒を辞さない覚悟で【神罰】の最大出力を完全解放した。最後の、絶望的な大勝負。
アイヴィーは、そのエネルギーが完全に臨界点を突破して炸裂するコンマ数秒の刹那、あいつの腕を離して音もなく後方へと消失。
直後、次元を丸ごと崩壊させるほどの超弩級の消滅爆発が、白銀の隔離空間のいたるところの境界線を引き裂いて爆発した。
激しく肩を上下させ、荒い息を吐きながら、ジローは瓦礫の残骸の向こう側に佇む彼女の姿を凝視した。あいつの瞳にある恐怖の色は、今や、何やら不気味な『本当の答えの理解』へと上書きされていた。
「……ハハッ、なるほどね。そういう段取り(関係)だったわけだ」
ジローは血を吐きながら笑う。
「あんた、あの男を……あのカイの野郎を、心底狂信(お奉り)してるんだな?」
「あの方は、私の唯一無二の主です」
アイヴィーは淡々と、至極当然の事実を告げるように言い放った。
「それ以外のレッテルなど、この世に実在しませんよ」
彼女の肉体が、再び侵撃を開始した。
戦いは、さらに熾烈を極めた。
双方ともに自らの宿す極限のステータスを削り合う、凄まじい次元の殺し合い。
――だが、その果てに。アイヴィーは、ずっと脳内データの中で検索し続けていた『決定的なシステム上の綻び(バグ)』を、ついに完璧にロックオンした。
あの不条理な永久消滅特性【神罰】が発動し、その光線が空間に完全に解き放たれる直前の、ほんの数百万分の一秒という『絶対的な無防備の刹那』。
彼女は、あいつに「今度こそ隙を捉えた」という完璧な錯覚を与えてやった。
ジローが、最高のドヤ顔で【神罰】を解き放つ。
アイヴィーは、自らの肉体を消滅させるはずだったその絶対の死線から、生存確率がコンマ数パーセントという、神業のような極小のフレームで紙一重で身をかわした。そして、その回避モーションの慣性をそのまま突撃のエネルギーへとコンバートし、残されたゼロ距離の間合いを一瞬にして踏み潰す。
彼女の放った最大奥義のトドメの一閃が、あいつの肉体のド真ん中へと完璧にクリーンヒットした。
ジローの肉体のデータが、その境界線の端からメキメキとエラーを起こして崩壊し始める。
今回刻まれた次元の断裂はあまりにも致命的すぎて、あいつがどれほど強欲に勇者の超回復をフル稼働させようとも、システム的な修復(再生)の数値は一ミリも立ち上がってこない。
あいつは、みっともなく命乞い(バグ)を叫ぶことはしなかった。
ただ、消滅していく自らの成れの果てを見つめ、どこか楽しげな、懐かしさすら覚える歪んだ笑みをその顔に浮かべた。
「……そうかよ。あいつ、本当に……本当にこの世界に舞い戻ってきてやがったんだな……」
「――これは、カイ様のための『実務(処刑)』です」
アイヴィーは冷淡に言い捨て、そのまま魔剣を引き抜いてあいつの存在を根こそぎ完全消滅させた。
白銀の隔離空間に、正真正銘の、絶対的な死の静寂が戻った。
――だが、その頃。
アイヴィーの持つ高次元の知覚を以てしても、到底たどり着くことすら不可能な『光すら届かぬ暗黒の絶対領域』。
そこには、正真正銘の『本物のジロー(ケンジ)』が、静かに目を閉じたまま、微動だにせず直立していた。あいつは、今しがた隔離空間の中で繰り広げられたあの絶望的な殺し合いのすべてを、自らにとって最も合理的なインフラ(視点)を通じて、完璧に『目撃(ログを回収)』していたのだ。
あいつの目が、ゆっくりと開いた。
今しがた消滅させられたあの『人形』が経験したすべての実戦データが、一瞬にしてあいつの魂の脳内インフラへと一斉に強制転送されていく。――すべての斬撃の軌道、窮地のギャンブルの変数、そして、アイヴィーの魔剣が自らの肉体を切断した瞬間の、あの生々しい絶対的な死の感触のすべてが。
あいつは自らの首筋へと、そっとその手のひらを当てた。――人形の身体においては、まさにその座標に、完全消滅を確定させる致命的なトドメの一撃が着弾していた。だが、最初から自分の肉体をチェス盤の戦場に晒していなかったあいつにとって、そんな人形の死亡ログなど、痛くも痒くもないどうでもいい出来事に過ぎない。
「……おもしろいじゃないか」
ジローは低く呟き、その口元に最高の、兇悪極まる笑みを浮かべた。
「――なるほどね。それが、本物の【覚醒真魔王】の本当の最大出力ってわけか」
あいつは、遥か彼方で展開されている大戦の座標――今まさに、五つの異なる現実の空間で同時に巻き起こっている、あの最高峰のバケモノたちの最終決戦のチェス盤を見つめた。
その戦場に直立するどこの誰一人として、まだ微塵も気づいてはいない。自らの『死』という最高の人形インフラを使い、ジローがこの世界大戦の戦闘データや手の内を、水面下でどれほど完璧に根こそぎ略奪し終えたのかを、だ。
「……そしてあの女、未だに自分がただの『偽物の残骸』を殴り倒しただけだってことに、一ミリも気づいてないわけだ」
ジローはそう呟くと、暗闇の奥底で、下劣に、不敵にニカッと笑うのだった。
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東方戦線は、北方戦線とは対照的に、完璧にその絶対防衛ラインを死守していた。いや、死守どころか、圧倒的に敵の軍勢を蹂躙し、押し戻していたのだ。
その理由は、西の連合軍の数によるものではなかった。彼らも十分な大質量(軍勢)ではあったが、戦場を支配していたのは――ひまり、その人だった。
彼女が戦場を奔るその一挙手一投足は、あまりにも滑らかで、敵のいかなる奇襲もただの無駄なモーション(不手際)へと変貌し、いかなる撤退の段取りも、敵がそれを脳内で決定するより先に、システム的にクローズされていた。
数百年――いや、本質的なログ(時間軸)を辿るならば、あの時空竜との死闘を含めた数百万年にも及ぶ圧倒的な実戦経験。それが、現在の彼女の肉体という一つの器の中に、過去・現在・未来のすべてのデータとして同期され、完璧な調子で機能していたのだ。
その隣では、クロエが最上位の血鮮君主としての絶対的な獰猛さを解放し、冷徹に敵の首を獲り(手揉みし)続けている。連合軍の兵士どもに遺された実務といえば、その二頭が切り刻んで消滅させ損ねた、ほんのわずかな残骸にトドメを刺して回るだけのことだった。
(……いける。これなら、今度こそ完璧に――)
ひまりは、まるで自室の床を掃除でもするかのような、何の急ぎもない、極限まで研ぎ澄まされた精密さで敵の進軍ラインを両断しながら、内心でそう確信しかけていた。
――だがその瞬間、彼女の肉体が、ピタリと、完全に凍りついた(フリーズした)。
彼女の持つ究極能力【無限未来視】が、自らの意志を無視して強制起動し、脳内スクリーンに映し出された最悪のバグ(映像)が、戦場のすべての雑音を一瞬にして完全にデリートした。
ホライズンクレスト。地下特設施設。――あの絶対の創生結界。
(……誰か、いる……!?)
あの陰陽術師団の使者、フレデリカ――【ナンバースリー】が、カプセルの防壁の目の前に直立し、極めて緻密に、かつ辛抱強く、結界のレイヤーを一枚ずつ解体している。
「……誰かが、地下施設に侵入しようとしてるわ!」ひまりが、鋭くアラートを響かせた。
クロエの瞳が、一瞬にして彼女のほうを向く。
「あいつら……ハルトのお袋さんを、カプセルごと強奪しようとしてるのよ!」
その事実を耳にした瞬間、クロエの美貌からすべての温度が完全に消滅した。
「――行きなさい(奔れ)、ひまり」
「……いいの?」
「こっちの戦場(実務)は、この私が責任を持ってすべて手揉み(処理)してあげるわ」
彼女の署名(合意)を確認するよりも早く、ひまりのデータはその座標から一瞬にして消失していた。
彼女が地下施設の最深部へとリブート(出現)した時、フレデリカはすでに三層ある絶対結界のうち、二層目までの解体を完璧にクローズし、残された最後のレイヤーに対し、まるで『失敗という確率』など最初からこの世界に実在しないと信じ込んでいる者の、特有の傲慢な絶対的自信の笑みを浮かべて手をかざしていた。
――だが。次の瞬間、世界のすべての因果関係が、強制終了された。
【絶対時間停止】。
フレデリカを取り囲むすべての時間軸が完全に凍結し、あいつは自らの精錬モーションを起こしかけた姿勢のまま、指一本、細胞一つとしてピクリとも動かせない昏睡状態にハメられた。
そこへ、ひまりが音もなく直立する。
ドガァァォン!!!
ただの一撃。時間の停止した世界の中で放たれた彼女の絶対のキックが、フレデリカの肉体を地下施設ごと力任せにぶち抜き、地上の更地(戦場)へと派手に吹き飛ばした。あいつの身体が激しく地面をバウンドし、土煙が上がったその刹那、世界の時間は何事もなかったかのように再び正常な流通へと戻った。
フレデリカはメキメキと音を立てて肉体を起こし、自らの衣服の汚れを払いながら、目の前に直立する女のステータスを、今度は最大級の警戒マークを以て見つめた。「……なるほどね。あんたがあの【混沌竜】のインフラ(守護者)を気取ってる、あのクソ女(お姉ちゃん)ってわけね」
「……私の家族(お袋)の領域に、その汚い手を二度と近づけんじゃねえよ」
ひまりの瞳から、冷徹な深紅の光が奔る。
ここに、二頭のバケモノの、正真正銘の殺し合い(実務)が幕を開けた。
本来なら、それは世界の格付け( tier )から見れば、極めて互角に近い熾烈な死闘になるはずだった。何しろ、相手は名前を上書き(命名)され、種族的な限界を完全に超越したあの原初の悪魔。本物の魔王を正面から捩じ伏せるだけのデタラメな出力をその身に宿しているのだ。
――だが。悲しいかな、フレデリカには最初から、爪の先ほどの勝率すら実在してはいなかった。
ひまりは、あいつの攻撃に対して『反応』などしていなかった。彼女の持つ【無限未来視】は、フレデリカが自らの脳内で戦闘モーションを決定し、筋肉を収縮させるよりも遥か数瞬前の段階において、すでにその攻撃の着弾座標(未来)を完璧にログに記録していたのだ。――あらゆる突撃は、発生する前に完璧なカウンターで迎え撃たれ、あらゆる戦術の微調整は、技術的に言えば世界にまだ発生していないはずの角度から、無条件で叩き潰された。
(……おかしい。私は今、一人の個体を相手に戦っているんじゃないわね。……これじゃあ、まるで……!?)
フレデリカの傲慢な絶対の自信に、本物の焦燥の亀裂がメキメキと走り始める。
そこへ、空間を割って漆黒の大罪の魔力が咲き乱れ、二人目の人影がこの戦場へと乱入してきた。
「……随分と手こずっているみたいだから、私も実務(お手伝い)に加わってあげるわ」
「……なるほど、あんたもカズヒコのお抱えの手下ってわけね」ひまりが冷淡に言い放つ。
「その通りよ」フィン――【ナンバーセブン】と呼ばれたその魔皇が、不敵に口元を吊り上げた。
原初の二頭。常識外れの最上位バケモノが二頭同時に包囲網を敷いた。――だが、そんな日常の努力も、彼女の持つ【因果収束】という時間のチート(不条理)の前には、ただの出来損ないのバグに過ぎなかった。数百万年のループを経て最適化された彼女の筋組織の記憶は、二頭による同時波状攻撃の連携すら、ただの静止画のように見切って蹂躙していく。
そして。ついに、空間の因果関係を力づくで捻じ曲げながら、カズヒコ・オノ(小野一彦)その人がこの戦場へと這い寄ってきた。
「原初の二頭を同時に投入して、一介の女相手にここまで進捗(実務)が遅れるなんてねぇ」
カズヒコは、自らの不甲斐ない手下どもを値踏みするように見つめ、少しだけため息を漏らした。それから、ひまりのほうを真っ直ぐに向き直る。
「……もっとも、時間を司る【時空之女王】が相手となれば、このエラーログ(結果)も妥当と言わざるを得ないのかな」
ひまりの顔に、不敵な、最高の兇悪な笑みが浮かんだ。
「……ようやくお出ましね、カズヒコ。わざわざあんたの本拠地を探し回る手間が省けて助かったわ」
カズヒコは、腰に佩いた魔剣を静かに引き抜いた。
「ならば、俺もこれ以上の出し惜しみ(リミッター)はなしだ」
「上等よ」ひまりもまた、自らの神話級魔剣『アイオン』を物質化させた。
「――こっちだって、あんたを肉片の一片すらシステムに残さず消滅してやるつもりだからね」
そこから先に展開されたのは、肉眼ではただの一フレームすら知覚不可能な、超高速の幾何学断裂(戦闘)だった。
ひまりはあいつの『過去・現在・未来』のすべてのタイムラインを、魔剣の一閃によって同時に根こそぎ切断しにかかる。だが、あいつはその都度、刻まれた致命的な断裂のエラーを、恐ろしい速度で自動再生させて平然と立ち上がってくるのだ。
(……クソ。何だこれ? こいつ、私と魔剣を交えるたびに、一秒ごとに右肩上がりにステータスが強大化していやがる……!)
あいつの速度、あいつの絶対出力、肉体の硬度、事象への適応速度、デバフ耐性、戦闘技術の効率、そして反応速度のすべてが――天井(限界値)を完全にデリートしたかのように、戦いが長引けば長引くほど、爆発的にマルチプリケーション(増殖)していく。
「――究極能力【果てなき旅路】」
カズヒコは、彼女の焦燥を前にしても全く動じることなく、淡々と自らのシステムを言語化した。
「……戦いの実務(時間)が長引けば長引くほど、その因果のすべての恩恵が、俺単体のステータスへと右肩上がりに強制上書き(インポート)される。これが、俺の宿す絶対の黄金律さ」
「つまり、あんたとダラダラおままごと(長期戦)を続ければ続けるほど」ひまりの声が低くなる。
「……あんたがシステム的に『絶対に倒せない怪物』へ進化していく、ってわけね」
「その通りだ」
(だったら、この実務を長引かせるわけにはいかない。――次の、たったの一太刀の段取りで、コンマ数秒の刹那にすべての因果を圧縮して、あいつの存在を根こそぎ完全消滅させる。それ以外に、このゲームのクリア条件(解答)はないわ!)
――だが次の瞬間、カズヒコは二つ目の牙を、何の予兆もなしに最大解放した。
「――究極能力【法を拒む者】」
ひまりの自動時空防衛システムが、あいつの肉体を【時空監獄】の檻の中へと完璧にハメ込み、一瞬の完全封印を確定させた。勝った、と彼女がその勝利の数値を脳内で弾き出した、まさにその刹那。
パリィィィィン!!!
不気味なエラーの爆音と共に、時空の檻が空間ごと木っ端微塵に粉砕された。カズヒコの魔剣は、自分を縛り付けていた『世界の絶対法則』そのものの概念を、力任せに一刀両断に切り裂いて(ネゲートして)みせたのだ。
ひまりの目が、驚愕に大きく見開かれた。
あいつの放ったトドメの一撃(神殺し)の切っ先が、彼女の喉元へと肉薄する。生存確率、ゼロ――。
……だがその瞬間。空間の隙間から『未来の自分自身』が突如として物質化し、彼女の衣服を掴むと、力任せに時間を逆行させてその身体を後方へと強引に引きずり戻した。カズヒコの刃は、ほんの数ミクロンの差で虚空を切り裂き、助けてくれた未来のデータは、そのまま自らのタイムラインの彼方へとフェードアウトして消滅した。
カズヒコは、そのデタラメな時間編集のチートを目の当たりにして、本気で楽しそうに目を細めてみせた。
「……へえ。おもしろいじゃない。時間の支配をそんな風に戦闘のバックアップに応用するなんてねぇ」彼は一度言葉を切り、値踏みするように呟いた。
「――あんたのあの『弟』もさ、あんたと同じくらい、お世辞にも退屈しない最高のおもちゃ(バケモノ)だったよ」
ひまりの肉体が、完全に氷結した。
「……何だと?」
地を誇るような、 absolute (絶対的)な殺気が彼女の髪を激しく逆立てる。
「……あんた、なんでハルトの……俺の弟の正体(前世)を、そんな風に知っているわけ?」
カズヒコ・オノは、ただ不敵に、最高に兇悪にニカッと笑うだけだった。
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これ以上の戦闘実務(時間稼ぎ)は無意味と判断したカズヒコ・オノは、ごく軽い手つきでフレデリカとフィンの二頭に対し、地下施設への直接突入を冷徹に命令した。
だが、ひまりの防衛知覚が即座にそれに牙を剥いた。――幾何学的な光の術式と共に、時間軸の異なる『二人の自分自身』が敵の進路の座標に音もなく物質化。原初の二頭が次の一歩を踏み出すよりも早く、絶対の【時空監獄】の檻があいつらの存在を完璧にハメ込み、完全封印した。
しかし、カズヒコは再び、あの不条理な権能【法を拒む者】を発動させた。
パリン、と。最初の檻と何ら変わらぬ手軽さで、時空の絶対法則を織り込んだ檻が、ただの硝子細工のように一瞬で木っ端微塵に粉砕された。
(……単なる攻撃無効化じゃない。世界の法則そのものを、システムから完全に強制破棄している……!)
ひまりの脳内インフラが、カズヒコの宿す本当のデタラメさを完璧に言語化した。
カズヒコが、正真正銘のトドメ(神殺し)の一撃を繰り出そうと魔剣を振り上げた――まさにその刹那。
空間を真っ二つに割って最高位魔王ディーヴォ・アジェラが出現。その左右をゲメラとレゲラの二頭の魔皇が固め、カズヒコの刃の軌道を力任せに完全遮断した。
「……何の用だ、カズヒコ」ディーヴォの瞳から、絶対零度の冷徹な殺気が奔る。
「それは、こっちのセリフだよ」カズヒコは至極平然と言い放った。
ディーヴォは、何の余計な前置き(おままごと)もなしに、自らの立ち位置(防衛ライン)を明確に突きつけた。――カズヒコがこの先どんな企みを進めようとも、この領域に手を出すことは、全魔王のインフラを陰陽術師団に対する『絶対の敵』へと一斉に書き換える致命的なバグになる、と。彼はその動かぬ証拠として、あの魔王ミレラとの間に締結されている絶対契約のログを突きつけた。カズヒコの支配のパスが、一体どれほど深く魔王たちのインフラを侵食しているのか、その全容を白日の下に晒したのだ。
カズヒコは、白々しい笑みを浮かべてそれをあっさりと認めた。――そんな大昔の契約のディテール(詳細)など、自分の脳内データからはとっくの昔に擦り切れて記憶にないが、確かにミレラが魔王の爵位(称号)を手に入れるよりも遥か昔に完了した段取りだ、と。
「……なるほど。だからあいつは、あんたの絶対コマンドに逆らう確率を最初からデリートされてたわけか」ディーヴォの目が細まる。
「その通りさ」
「あんたがその【混沌竜】を使ってどんな最悪の実務を目論んでいようが」ディーヴォの声音が、これ以上ないほど絶対的な格付けの数値を弾き出した。「……あの子の領域に、その汚い手を一ミクロンでも近づけさせるつもりはないぞ」
「……へえ。俺を力づくでストップ(デリート)できると、本気で思っているのかな?」カズヒコが不敵に口元を吊り上げる。
「必要とあらば、あんたの魂を今ここで根こそぎ消滅(殺害)してやるさ」
カズヒコはケラケラと軽薄に笑った。「おもしろいじゃない。やれるものなら、やってみなよ」
――次の瞬間。
その場にいたすべての化け物たちの肉体が、同時に、ピタリと、完全に停止した。
ひまりの【無限未来視】が、何の予兆のアラートもなしに強制起動。――だが、その脳内スクリーンに映し出された未来のビジョンは、物質化するよりも早く、まるで砕け散る硝子のようにバキバキに粉砕した。
培養カプセルが――内側からバキバキに引き裂かれ――。次の瞬間、知覚できるすべての未来のタイムラインが、そのあまりにもデタラメすぎる大質量のプレッシャーの前にオーバーフローを起こし、完全な空白(データ消失)へと強制シャットダウン(崩壊)されたのだ。
ドグン……!!!
この世界のいかなる歴史にも実在しない、あまりにも悠久で、あまりにも強大すぎる神話級の絶対波動が、大陸全土を丸ごと貪り喰うようにして大爆発した。
(……何かが、目覚めた……!?)
カズヒコがハッと我に返った時、彼の肉体は、さっきまで直立していた座標から数マイルも離れた更地へと、一瞬にして強制転送(滑落)させられていた。
彼らの目の前に直立していたのは――あの【混沌竜】その人。
完全にリブート(覚醒)を果たし、まっすぐに直立し、カイが世界中の至高の資材をかき集めて構築したあの最高峰の絶対防壁を、ただの薄い紙切れでも破るかのような手軽さで粉砕して、そこに君臨していた。
彼女が、ごく軽い手つきで、パチンと片手を上げた。
ドゴォォォォォン!!!
ただの一動作。
カズヒコ・オノの肉体は、音速を遥かに超越して背後の大地を、巨木を、山脈を、すべての岩盤の構造を分子レベルで木っ端微塵に爆散させながら遥か彼方へと吹き飛ばされ、巨大な岩壁のド真ん中へと深々と突き刺さった。肉体の約半分が、岩盤の中に完全に埋没(ハメ込まれた)状態となる。
あいつはメキメキと音を立てて肉体を這い出させ、ゆっくりと立ち上がった。――あいつが略奪してきた、あの絶対に崩れないはずの勇者の超回復が、生涯で初めて、明確なエラーを起こしてその再生数値を立ち上げあぐねている。
「……なんだ、これ……!?」
カズヒコは、自分の衣服の残骸を見つめ、本気で戦慄していた。あいつの目が狂気に染まる。
「……カイの野郎、あのカプセルのインフレ(精錬)の最中に、一体どんなデタラメな強化特性をあのコアに融合させやがったわけ?」あいつの顔に、引きつった苦笑が浮かぶ。「……目覚めて早々に、この俺をただのテスト(小テスト)の実験材料代わりに使ってくれるじゃないか……!」
フレデリカとフィンの二頭が、全身をガタガタと激しく震わせながらあいつの隣へと転移してきた。その表情には、これ以上の実務の継続を拒絶する絶対的な恐怖の数値が刻まれている。
「……マスター」フィンの声が、不気味に震える。
「無理よ。……あんな化け物、逆立ちしたって私たちのシステムじゃ処理(手揉み)しきれないわ」
「ただの魔力波形の端に触れただけで、魂のインフラが完全消滅しかけてるわよ……!」フレデリカが叫んだ。
カズヒコ・オノは、ここでようやく、完璧に世界の本当の格付け(答え)を理解した。
「……なるほどね。あのヴォラスとスコルンのクソトカゲどもが、何が何でも彼女を最初の段階で血祭り(惨殺)にあげたがっていた本当の理由が、今になって完璧に分かったよ」
彼は一度言葉を切り、迷いなく絶対コマンドを選択した。
「――撤退だ。今すぐこの座標から消えるぞ」
三頭の化け物たちは、何の余計な言い訳のノイズも残さず、一瞬にしてその場から完全に消失(消滅)した。勝率がゼロであるとシステムが弾き出した以上、その場に留まることほど非合理的なエラーはない。ただ、それだけだ。
最高位魔王ディーヴォは、ゆっくりとそのお袋さんの姿に向き直り、その兇悪な瞳に、悠久の年月を経た本物の敬意を湛えて低く呟いた。
「……随分と長い長い、睡眠の実務(お留守番)だったねぇ、お姉さん」
ひまりもまた、慎重に、壊れ物でも扱うかのような足取りで彼女の至近距離へと歩み寄った。
「……あの、どうも。こんにちは」彼女は、自分の宿す【時空之女王】の威厳などどこへやら、我ながら完全に引き気味の、最高に不器用な( awkward )日常のトーンで声をかけた。
「……貴女が、ハルトの――カイの、本当のお袋さん……よね?」
混沌竜は、すぐにはシステム応答を返さなかった。
新しく創り出されたばかりのこの至高の生体インフラ(肉体)の感覚を、そして自分が世界から完全消滅させられていたあの数万年の間に、この世界のチェス盤がどれほど完璧に書き換えられてしまったのか、そのすべてのログを脳内でじっと同期(処理)しているかのようだった。
「……カイ」ひまりが、ぽつりとその名を口にした。
その瞬間、お袋さんの瞳が、一瞬にして鋭く見開かれた。
「――私の、息子は……どこにいるの?」
ひまりは、一切の包み隠し(バグ)を省き、現在進行系で巻き起こっているすべての戦況ログを理路整然と開示した。――カイが今まさに、あの宿敵ヴォラス&スコルンの二頭を相手に命がけの最終決戦(実務)を繰り広げていること。シミズ帝国によるホライズンクレストの理不尽な侵略 events 。そこで失われた大切な仲間たちのデータ。そして、二つの戦線から押し寄せる八十万の大質量と、そのすべての裏で完璧に糸を引いている、あのナオ・シミズという怪物の全容を。
『――ヴォラスとスコルンが、今、カイと殺し合っている』
その一事実のログがお袋さんの脳内インフラへと強制インポート(認識)された、まさにその刹那。
彼女の全身から放たれた【混沌竜】の真のオーラが爆発的に大爆発し、大陸全土、いや、この世界に実在するすべての境界線を丸ごと貪り喰うほどの絶対波動となって、一瞬にして世界中へと駆け抜けた。
世界に実在する、すべての戦場が、同時にその絶対的な胎動を肌で感じ取った。
前線で血を流し合っていた連合軍と帝国軍の八十万の軍勢は、完全にその動きを凍結。双方の兵士どもは、ほんの数百万分の一秒前まで自分たちが一体何のために殺し合い(実務)をしていたのか、その因果関係すら完璧に見失って呆然と天を見上げた。教会の最高戦力たる聖騎士長どもも動きを止め、魔王セナもその足を止めた。クロエも、その魂の芯を巨大な津波が通り抜けていくのをただじっと感じ入っていた。
ネロ、ヴァドス、エンゾ、アイヴィー――この世界の頂点へと究極進化した小林家の化け物たちも、自らが実在するそれぞれの座標において、世界全体にのしかかってきたそのあまりにも巨大すぎる絶対的な気配を、ただ静かに、深く感じ入っていた。
そして――あの固有結界『テアティラ(Thyatire)』の内部において。
カイもまた、自らの内に流れる真竜の血がその絶対的な鼓動を完璧に照合したのを察知し、その口元に最高の、不敵な笑みを浮かべた。
「……起きたか、お袋」カイが低く呟く。
対面する真竜スコルンが天空を見上げ、その兇悪な顔をこれまでにないほど激しく歪ませた。
「……目覚めたか。あの不条理(姉上)が、ついに世界に完全リブート(復活)を果たしたか……!」
真竜ヴォラスの絶対的な composure (冷静さ)が、一瞬にして完璧に強張る。ほんの数瞬前までの余裕など、あいつのステータスから完全に消滅していた。
「……ああ。間違いない」あいつの声が、恐怖に震える。「――あのバケモノが、帰ってきたぞ」
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その空間は、完全な死の静寂に支配されていた。
一端には魔神デミグラが直立し、その対面の座標にはヴァドスとエンゾの二頭が構える。長い間、誰も動かない――。
――だが次の瞬間、エンゾの姿は、最初からそこに存在していなかったかのように消失した。
デミグラは、自らの脳内アラートが悲鳴を上げたコンマ数秒の刹那、辛うじて片腕を上げて追撃の魔剣を受け止めた。だがその真逆の死角から、瞬きをする間もなくヴァドスが出現。一発目の斬撃モーションが完了するよりも早く、二発目の致命的な因果関係がデミグラの肉体へとクリーンヒットした。超高速の交錯が繰り返されるたびに空間の境界線が激しく悲鳴を上げ、デミグラはまともなカウンターを返す暇すら与えられず、一歩、また一歩と後方へと強制退却(後退)させられていく。
エンゾが、あいつの完全な真上の座標へとリブート(出現)した。「――【天嵐大破砕】」
すべてを更地にする絶対破壊の質量が天空から降り注ぎ、デミグラは両腕をクロスさせてそれを正面からガードした――。次元全体を激しく震わせる超弩級の爆発。発生した爆煙の波が、四方へと激しくロールしていく。
……煙が晴れた。
そこには、未だに平然と直立している化け物の姿があった。随分と深い座標まで押し戻されてはいたが、確かに、傷一つなくそこに立っている。
「……フッ、俺たちの速度についてくるのが、随分と不甲斐ない様子じゃないか」ヴァドスが不敵に口元を吊り上げる。
エンゾは、答えない。ただ再びその肉体を完全に消失させた。
ここに、日常の戦闘知覚ではただの一フレームすら知覚不可能な、超高速の幾何学断裂(死闘)が幕を開けた。三つの人影はただの閃光のノイズ(光の筋)へと塗り替えられ、デミグラは二頭による重複したプレッシャーの前に、ただひたすらに後退を余儀なくされていく。
あいつは数マイル離れた更地へと着地し、じっと二頭のステータスを値踏みするように見つめた。
「はぁ……」
デミグラは低くため息を漏らし、ゆっくりと頭を下げた。
「……そろそろ、この小テスト(おままごと)は強制終了にさせてもらおうかな」
あいつの全身から這い出てくる魔力の波形のベクトルが、一瞬にして完全に別の怪物へと書き換えられた。さっきまでの冷静さの裏側から、底知れぬ禍々しい大罪の飢餓感が水面下から這い出てくる。
「……あんたたちも、そう思うだろ?」
常軌を逸した絶対出力の暗黒魔力が爆発的にフレアし、あいつの肉体構造そのものが完全変態(変身)を遂げた。――それは単なる絶対出力の底上げなんかではない。世界そのものを喰らい尽くさんとする圧倒的な『捕食本能』。周囲の大気が、まるで空間そのものが最初からあいつの所有物であるかのように、中心に向けて猛烈に引き寄せ( pull )られ始めた。
「……なるほど。それが、あんたの本当の絶対の格付け(本性)ってわけね」ヴァドスが冷淡に言い放つ。
デミグラの手の中に、禍々しい漆黒の魔霧を纏った一振りの魔剣が物質化した。その刃が放つプレッシャーは、周囲を侵食していくエラーの規模に比べれば、ただのおまけ(出来損ない)に過ぎない。
「……これ、かすり傷一つでも肉体に触れさせないほうが身のためだよ」デミグラが不敵に笑う。
「……触れさせる必要(理由)なんて、最初からどこにもないさ」エンゾの瞳が鋭く細まる。
「その通りだ」デミグラの笑みが、最高に下劣に歪んだ。「物理的な接触なんてシステム要件にはないのさ。ただの『接近』。それだけで十分なんだよ。この魔霧はね、あんたたちの魂と精神核心に、ダイレクトに強制デリートのデバフを上書きするからね」
あいつは何の猶予もなしに突撃を執行した。二頭は同時にそれを迎え撃ち、三本の魔剣が超連続で激突する凄まじい次元の削り合いが始まった――。
だが、デミグラの脳内システムにおいては、戦況の数値は明らかに致命的なエラーを弾き出していた。
(……クソ! なんで一本も、クリーンヒットの因果が着弾しないんだ!?)
ヴァドスの移動速度はあいつの予測値を遥かに上書きしており、何よりエンゾの持つ【真真竜】としての超感覚が、すべての攻撃の軌道を、発生するコンマ数秒前の段階において完璧に読み切って(知覚して)いたからだ。
「……これじゃあ、ただの千日手だな」
デミグラは忌々しげに吐き捨てた。
あいつは一度間合いを離すと、片手を空中に掲げた。次の瞬間、隔離空間の全域が、世界の終焉を思わせる絶対零度の冷気によって完全に凍結した。
あいつの背後の空間から、何やら超弩級の大質量(存在)がメキメキと物質化を始める。
ヴァドスの瞳の奥が、鋭く研ぎ澄まされた。「……へえ。面白いじゃない」
「純粋な力技(物理出力)で手揉みできないって言うならね」デミグラは、最高に満足そうに胸を張った。
「……魔物を根こそぎ強制解体するためだけに世界に構築された、最高の『対魔専用インフラ(バケモノ)』を呼び出してあげるよ」
その場所に完全リブート(顕現)を果たしたそのプレッシャーの格付けは、正真正銘の神話級――【ゼフィン(Zefinn)】。
世界に三頭しか実在しない【原初三霊】の一角にして、破壊そのものを司る絶対の精霊。
「精霊って存在はね、あんたたち悪魔にとって、システム上の天敵(最悪の相性)なんだよ」デミグラは最高に勝ち誇った顔をした。
「へえ、本当に?」
ヴァドスは、恐怖のアラートを鳴らすどころか、むしろ心底興味深そうにその破壊の精霊を観察してみせた。
「……じゃあさ、ちょっと私の脳内データにないバグを解説してくれないかい? なんでその世界に三頭しかいない原初三霊のバケモノが、今現在、さも当然のように『魔王』の爵位(称号)をシステムに登録(就任)しちゃってるわけ?」
デミグラのすべての動きが、ピタリと、完全に停止した。
「……は? 待て。……それ、いつの間に起きたエラー(イベント)だよ?」
エンゾが、腹を抱えて豪快に嘲笑った。
「――ハハッ! あんた、世界から完全消滅されてた期間が長すぎて、とっくの昔に常識のアップデートが風化しちゃってんだよ!」
「……あんた、本当にその汚い口の減らないトカゲだな」
デミグラは顔を引きつらせ、実務の手際を戻すようにゼフィンを指差した。
「理由はどうあれ関係ないさ。いくぞ、ゼフィン! あんたの相手はそこの【ナンバーナイン】だ。根こそぎ血祭りにあげなさい!」
ヴァドスの顔から、すべての生温い笑みが完全に消滅した。
「――訂正(修正)しろ」
地を這うような、絶対零度の殺気だった。
「……今の俺は【魔神王】だ。名は――『ヴァドス』。二度と、そんな過去の出来損ないのコード(番号)で俺を格付け(レッテル貼り)するんじゃねえよ」
彼の全身から放たれた覚醒オーラが爆発的にフレアし、空間の強度を力任せにバキバキにきしませる。
「もし次その口を動かしたら、あんたの魂を今この瞬間に永久消滅させてやるからな」
直後、あいつはフッと兇悪に笑った。
「……まぁ、どのみちここで、あんたを根こそぎ肉片の一片すら残さず処刑(手揉み)する段取りだから、今更どうでもいい出来事だけどさ」
――その刹那、破壊の精霊ゼフィンが、何の予兆のアナウンスもなしに完全消失した。
音も、視認できる移動モーションもただの一片として存在しない。
次の瞬間、彼女の素手の一撃がヴァドスの放った迎撃の魔剣と真正面からクリーンヒットし、発生した不条理な因果の衝撃波が、隔離空間の防壁そのものを丸ごとバキバキに粉砕した。
二頭のバケモノは、そこから一歩も動かない。
そして次の瞬間――双方のデータが、同時に空間から完全に消滅した。
日常の戦闘知覚では到底追跡不可能な、正真正銘の神殺しの領域。交錯の火花が爆発するたびに、周囲の空間のあちこちに、修復不可能な次元の裂け目が次々と抉じ開けられていくのだった。
魔神デミグラは、その禍々しい視線の全容をエンゾへと向けた。
「ならば、イグニヴァール。あんたの相手は俺が引き受けてやるさ」
「今の俺は『エンゾ』だ」エンゾは冷淡に言い放った。「名前を上書き(修正)しろ」
「おいおい」デミグラは下劣に、最高に小馬鹿にしたように肩をすくめた。
「昔馴染みの往年のライバル(友人)に向かって、随分と冷たい挨拶じゃないか」
エンゾの全身から放たれた【真真竜】のオーラが猛烈に右肩上がりに膨れ上がり始める。
「……俺の知っている本物の魔王デミグラは、とっくの昔に完全消滅したよ。あんたはただ、あいつの絶対出力を借り物の器にインポートしただけの『操り人形』に過ぎない」彼の真真竜としての魔剣が物質化し、その瞳には絶対的な確信が灯る。
「それに、もしあんたが本物のデミグラであったなら――手加減(小テスト)気味に敵を侮るような、そんな致命的なエラーは絶対に犯さないはずだからな」
デミグラの笑みが、一瞬にして兇悪に研ぎ澄まされた。
「……へえ。気付いていたわけだ」
――次の瞬間、エンゾの姿が消失した。デミグラが放った迎撃の魔剣は、ただの残像のデータを二度切り裂いたに過ぎず、次の刹那には、エンゾの肉体があいつの真正面の『ゼロ距離』へとリブート(出現)していた。
「――【天嵐大破砕】」
振り下ろされた最大奥義の一閃が、デミグラの肉体を分子レベルで完全に強制解体。剥き出しになった魂のデータに対し、エンゾの刃は一瞬の猶予もなくその破壊の因果を叩き込み続けた。ほんの数瞬の間、あいつの魂そのものがバキバキに粉砕されていく。
だが、その消滅の間際、あいつの顔に最後の一振りの歪んだ笑みが浮かんだ。
「……おもしろいじゃないか」
あいつはそう呟くや否や、完全に世界から消滅し、その主を失った隔離空間が、メキメキと音を立てて全体的な崩壊を開始した。
ヴァドスは魔剣を収め、空間からデミグラの魔力波形が完全に消失したのを確認した。
「……なるほどね。ただの偽物の残骸(人形)だったわけ。これでこの実務(戦闘)はクローズね」
彼がごく軽い手つきでパチンと指を鳴らすと、漆黒の【無】の鎖が空間を埋め尽くし、直立していた破壊の精霊ゼフィンの四肢を瞬時にガッチリと縫い留めた(完全封印)。彼女がどれほど暴れようとも、大罪特性の檻は、抵抗の数値に応じてその締め付けを右肩上がりに強めていく。
「あんたを完全消滅させるのはやめにしたよ」ヴァドスは悠然と彼女に近づいた。
「……なぜだ」ゼフィンが警戒の目を向ける。
「あんたのそのデタラメな出力、我が主の手下(部下)に再配置してやるほうが、遥かに合理的なインフラになるからね」
彼は手をかざし、彼女の魂に刻まれていたデミグラとの『絶対契約』の術式を力任せにぶん殴って一瞬で木っ端微塵に粉砕。あいつに縛り付けられていた侵食の隷属データを根こそぎ消滅させた。彼女は正当に生存し、傷一つないセーフな状態で、長い年月の呪縛から完全に解放されたのだ。
「細かい主従契約(上書き)の実務は、後でカイ様に一任するさ」
ヴァドスがそう告げた瞬間、漆黒の暗黒空間は完全にフェードアウトし、元の現実世界へとリブートした。
隔離空間が完全に消滅し、外の世界へと戻ったヴァドスとエンゾの前に直立していたのは、ニュクサーラだった。彼女は当然のような顔で、完全昏睡(気絶)したナオ・シミズの肉体を片方の肩に無造作に担ぎ上げて(テイクアウトして)おり、その隣にはアイヴィーが静かに佇んでいた。
ヴァドスは周囲を見渡した。「……カイ様はどこだ?」
ニュクサーラは、呆れたように首を振るだけだった。「……まだ、あのクソトカゲどもと絶賛実務(殺し合い)の真っ最中よ」
一方、その頃――東方戦線。
ひまりが地下施設の絶対防衛に向けて戦線を離脱した後、クロエは、自分が一体どんな『世界の特異点(化け物)』を相手にしているのか一ミリも理解していない八十万のシミズ帝国軍を前に、ただ一人で直立していた。
彼女は、押し寄せる何万という兵士どもの大質量を、何の偏見もなしに冷ややかに見下ろし、自らの究極能力を最大解放した。
――【血鮮月】。
その瞬間、戦場に転がっていた戦死者たちの物言わぬ残骸から、おびただしい数の鮮血が噴出し、天空へと猛烈に逆流し始めた。その血のデータは、彼女の頭上において次々と兇悪な魔導兵器群――剣、槍、矢、大鎌、漆黒の鎖へと完全インフラ化(錬成)されていく。戦場の犠牲者の数に応じて、そのストックは右肩上がりに無限増殖していくのだ。
一人の兵士が、絶望に顔を引きつらせて天を見上げた。「……なんだ、あのデタラメな数の兵器は……!?」
クロエの瞳から、ボタボタと鮮血が滴り落ちる。
「――私の、おもちゃ(武器)よ」
彼女は、一歩も動かない。
ただ指先をごく軽く一閃させた。それだけで、天空を埋め尽くしていた血の魔導兵器群が一斉に、超高速の奔流となって四方へと射出された。一瞬にして数百人の兵士が一掃され、彼らが流した新たな血のデータが、さらに彼女の武器のインフラストックを右肩上がりに爆発増殖させていく。――死ねば死ぬほど敵の戦闘能力が強大化していくという、逃れようのない最悪のシステム・ループ。シミズの東方軍がその絶望的なバグの構造を理解した時には、すべてが手遅れだった。
そこへ、【東方の聖二十二輝光】の精鋭三頭が力づくで介入。神聖なる魔力の鎖を彼女の肉体にガッチリと巻き付け、その動きを完全封印した。「今だ!」という絶対コマンドと共に、三頭の最大出力が一点収束。
――【崩壊消失】:レベル十。
すべてを消滅させる神聖エネルギーの超巨大な球体が、彼女の肉体を丸ごと呑み込んで大爆発した。
軌道上に実在したすべてが、分子レベルで完全に更地へと変貌(消滅)する。
長い静寂。
「……仕留めたわね。魔王と言えど、我が神罰の前には完全消滅よ」聖騎士の一頭が勝ち誇ったように告げた。
――だが次の瞬間、不気味な紅の魔力光が空間を支配した。
そこには、傷一つないセーフな状態で、何事もなかったかのように直立しているクロエの姿があった。
「……今の、ちょっと鬱陶しかったわね」
彼女は、至極平然と言い放った。
だが直後、彼女のステータスに致命的なバグが強制発動した。――大罪特性【死神の機関】の暴走。彼女の背後に、深紅の鮮血で構築された巨大な時計の文字盤が物質化。秒針と分針が、世界の常識を無視して狂ったように逆回転(加速)を開始し、次の瞬間、彼女の肉体はシステム的な予定日の死のイベントを受理し、その場にバタバタと崩れ落ちて死亡(完全消滅)した。
――だが数分後、固有能力【絶対転生】が無条件で強制起動。
彼女は何のエラーもなく、再び元の健康な状態で完全リブート(蘇生)を果たした。
「……馬鹿な、あれは超回復なんかじゃない……!?」一頭の聖騎士が、恐怖に顔をカチカチに硬直させて叫んだ。
それは当然の出来事(答え)だった。彼女にとって『死』というイベントは、もはや恐怖のデバフなんかじゃない。――自らの戦闘能力を右肩上がりに強化してリセットするための、ただの便利な『実務インフラ(道具)』に過ぎないのだから。
しかし、彼女の感覚は、自らの内に暴れる飢餓の数値が危険領域まで過熱しているのを敏感にマークしていた。――お袋さん(エレーン)を失って以来、まともな食事の段取りをスキップし続けていた。何より、自分の魂を唯一完璧に安定化させてくれる、あのカイの鮮血の補給が、とっくの昔に限界数値を下回っていたのだ。
(……あまり時間がないわね。残されたリソースが尽きる前に、今すぐこの実務を終わらせるわよ)
彼女の瞳から、一切の生温い感情が完全に消滅した。
「いいわ」彼女は言った。「――一瞬で、すべてを強制終了してあげる」
東方戦線の天空全体のすべてが、一瞬にして鮮血の紅へと塗り替えられ、数万、数十万という血の魔導魔矢が、幾何学のフォーメーションを成して物質化。彼女は、掲げていたその手を、冷徹に振り下ろした。
「――堕ち(デリート)なさい」
天空が、その絶対コマンドにシステム応答を返した。
すべてを更地にする血の雨が、シミズ帝国の全陣形めがけて無条件で降り注ぎ、たったの一撃の暴風の前に、数万の兵士どもが一瞬にして息の根を止められた。それはもう戦争なんかじゃない。ただの、システムの『一斉消去』の実務だった。
――まさにその刹那、戦場全体の全域の空間を完全にハメ殺すほどの、常軌を逸したデタラメな絶対質量が、この座標へと完全リブート(降臨)した。
クロエがハッと天を見上げると、そこには空間転移で現れたひまりの姿があり――そしてそのすぐ隣には、クロエの感覚が一瞬にしてその正体をロックオンした、あの圧倒的な存在が直立していた。
――あの、【混沌竜】その人。
ひまりが地上を見下ろし、声をかけた。「……クロエ、無事?」
アシュリー(混沌竜)は、眼下に広がるシミズ帝国の残党軍の陣形を、ごく軽い、好奇心に満ちた面白いジト目で見つめていた。「……ねえ、ひまり。私の可愛い愛息が、私のためにこれほど至高のオーダーメイドで創ってくれたこの新しい生体インフラ(肉体)の最大出力、ちょっとここで小テスト(実験)してみたいんだけどいいかしら?」彼女の美しい頬が、どこか誇らしげにポッと赤らむ。
ひまりは、本気で呆れたような顔で彼女を見やった。
「……あんた、本当にハルトが創ってくれたその身体、心の底からお気に入り(ドヤ顔)なわけね」
「当然でしょう?」アシュリーは最高に満足そうに胸を張った。
彼女が、ごく軽い手つきで、人差し指を一本だけツンと前に突き出した。その指先のスロットに、まるで何の大害もないおもちゃのような、極小の魔力光球が物質化する。
そして、彼女はそれを、ただパチンと発射(解放)した。――戦場全体を真っ直ぐに横切る、ただの一筋の極細のレーザー光線。
次の瞬間。
シミズ帝国の東方軍――その数万、数十万の大質量が、文字通り世界の常識から完全に『存在しなかったこと(消滅)』へと書き換えられた。敗北したんじゃない、更地(消滅)にされたのだ。そのデタラメすぎる余波の爆風は、遥か後方で待機していた西の連合軍の防衛圏の端にまで到達し、インフラを激しくきしませる。
近くの座標に直立していたクロエの身体も、そのあまりにも不条理すぎる爆風の質量に耐えかねて、戦場の遥か彼方へと豪快に吹き飛ばされた(投げ飛ばされた)。
バキバキになりながらも、固有能力【絶対転生】のシステムが作動してノーダメージで完全リブート。彼女は即座に天空へと舞い戻るなり、怒髪天を衝く勢いでその母親へと詰め寄った。
「――ちょっとあんた! 本気で私までまとめて永久消滅させるつもりだったわけ!?」
「でも、生きてるじゃない」ひまりが至極平然と言い放つ。
「ギリギリ(セーフ)よ!」
アシュリーは、その噛み付いてくる少女の姿を純粋な好奇心の目でじっと観察した。「……ねえ、ひまり。その子は、一体どこのデータ(身内)かしら?」
「ハルトの、最も近くにある大切なインフラ(親友)よ」ひまりが解説を差し込む。
その事実のログを耳にした瞬間、クロエの肉体がカチカチに硬直(氷結)した。
「……え?」彼女はパチクリと目を叩き、目の前の至高の美女を凝視した。
「……待って。あんたが、本当に……カイ様の、本当のお袋さん……?」
ひまりが深く頷く。
クロエは即座に姿勢を正し、これまでにないほど完璧な格式張った所作で、恭しく深々と一礼してみせた。
「――し、失礼いたしました! 私の名前はクロエと申します! 貴方様のご子息様から、直々にその大切なお名前を授かり、システムに登録(上書き)していただいた身でございます!」
「あら、そうなのね。よろしくね、クロエ」
アシュリーは、自らの格付け(プレッシャー)の前に慌ててお世話モード(ドヤ顔)に切り替わった少女の様子を眺め、最高に楽しそうにクスクスと笑った。
そこへ、西の連合軍の伝書使の男が、息を完全に切らせて狂乱状態のままこの中央の間へと乱入してきた。
「報、報告いたします! あの【混沌竜】が完全覚醒を果たし――我が東方戦線を包囲していたシミズ帝国の軍勢を、たったの一撃の前に、根こそぎ完全消滅させましたァァァッ!」
その絶望的な一報は、瞬く間に諸国のネットワークを経由して大陸全土へと波及。生き残っていた敵国の兵士どもの戦意は、今目撃したあまりにも規格外な天災の前に、一瞬にして完全に粉砕(崩壊)して消滅した。
アシュリーの表情から、先ほどまでの家庭的なだらしなさが完全にデリートされ、その美しい瞳が、はるか彼方の地平線の座標へと冷徹にロックオンされた。
「――ひまり」
「何かしら?」
「こっちの戦場の実務(後片付け)の段取り、そのクロエと一緒に引き受けてもらえるかしら?」
ひまりは、その言葉の裏にある彼女の本当の目的(チェス盤)を一瞬で理解し、深く頷いた。
「……分かったわ。――ハルトのところへ行くのね」
「私の、世界で一番可愛い愛息のお世話に行かなきゃね」
アシュリーは、その口元に最高の、お袋としての温かい笑みを浮かべると、次の瞬間には、その座標から影も形も完全に消失していた。




