第51話:混沌の竜
フレデリカは極めて事務的に、淡々と報告書を読み進めていく。一案件ごとに、議場全体の視線がより一層重苦しく俺の身へと集中していくのが肌で感じられた。
「まず第一に」彼女は言った。「ミラス王国の壊滅、および一万五千名を超える兵士の死亡」
(一万五千……? マジか、本当にそんなデタラメな数だったのかよ!?)
ひまりが、視線というよりもはや物理的なプレッシャーを俺に向けてきた。
「……あんた、いい加減にしなさいよ」
「カイ、本当にこれ全部あんたがやったの?」クロエが小声で囁いてくる。
「あれはエンゾだよ」俺は極小の声で返した。「あそこの王様が俺を直接侮辱したからさ。ぶっちゃけ、俺はその本戦の現場(大惨事)には居合わせてすらいないんだけど……」
いや、本当に。俺としては完全にとばっちりなわけだが、世界の認識というのは恐ろしいものである。
「第二に」フレデリカは妨害など微塵も気に留めず淡々と続ける。「アシュフォード王国軍、約五千名の死亡。これも貴殿に関連するものと報告されています」
「五千人だっけ?」俺は純粋に当時の正確な数値を思い出そうと呟いた。
「カイ」ひまりの声が一段低くなる。
「……何だよ?」
「第三に」フレデリカが告げた。「魔王ベリアルの死亡」
その瞬間、室内の空気が一転し、先ほどとは比較にならないほどの絶対的な重圧が空間を満たした。この案件は『魔王』のシステムに直接触れるものだ。最高位魔王であるディーヴォと、俺の身内(?)であるニュクサーラの二頭が、完全に、かつ意図的に沈黙を守ったのを俺は見逃さなかった。
「第四に」フレデリカの朗読は止まらない。「『竜魔王』と定義される、固有の新種族特性の獲得」
議場にいる全員の目が、一斉に俺へと向けられた。
「そして最後に」彼女は言った。「テオレマ王国軍の壊滅、ならびに国王と王子の死亡」
「待ちまちなさい」エルフの女帝エラリアが鋭い声を上げた。「奴は本当に、これらすべてのデタラメを一人で引き起こしたというの?」
「報告書の数値に拠るならば」フレデリカが淡々と答える。「――はい、その通りです」
部屋にいるすべての最高権力者たちの関心が、完全に俺一人へと集中した。
「それは真実なのか?」エラリアが真っ直ぐに俺を射抜いた。
「ああ、そうだ」
俺はあっさりと肯定した。ここで否定しても格が下がるだけだし、事実だしな。
カズヒコ・オノが、わずかに身体を前方へと傾けた。「カイ、あんたの口から直接その言い分を聞きたい。実際に何が起きたのか、実務の流れを説明してくれ」
だから、俺はすべてを理路整然と説明してやった。
ミラスの王による執拗な挑発と、それに激怒したエンゾの反撃が俺たちの想定を越えて暴走したこと。
精神支配された貴族が宮廷全体を操って仕掛けてきた、アシュフォードの不条理な戦争。
俺の絶対的な力を奪おうと暗殺者を送り込み、テスト感覚で国を一つ滅ぼそうとしたベリアルの凶行。
そして、ネロが強制終了させる前に、戦うチャンスすら得られなかったテオレマの軍勢――まぁ、結果として最悪の永久昏睡に終わったことは認めるが、決して悪意からやったわけではないこと。
俺が説明を終える頃には、議場を満たす空気のベクトルが、目に見えて変化していた。
「なるほど」カズヒコ・オノが頷いた。「あんたがなぜその段取りを選んだのか、その理由はシステム的に理解できた」彼は一度言葉を切った。「……だが、もう一つ確認しておきたい案件がある。あんたの率いる『小林家』のメンバーに、通常の枠に収まらない異常個体が紛れ込んでいるというのは事実か?」
「ああ」俺は言った。「事実だ。あいつらは普通じゃない」
彼はディーヴォのほうを向いた。「あんたはすでに、カイを魔王の一人としてシステムに承認(受け入れ)しているんだな?」
「ああ、そうだ」ディーヴォが不敵に笑う。
カズヒコ・オノはニュクサーラへと視線を転じた。「あんたは?」
「ええ」彼女はごく快活に答えた。「あいつはもう、私たちの『家族(身内)』よ」
おい、いつの間に身内認定されたんだ。初耳なわけだが。
エラリアが、長い間じっと俺を観察していた。「……私の民の何人かを、貴方が救ってくれたという噂を耳にしたわ」
「ああ、彼らなら今は俺の絶対的保護下(領内)にいるよ」
彼女の美貌に、本物の温かな笑みが浮かんだ。「感謝するわ。――心から」
「……あんたが誰かを保護(お世話)するような殊勝なタチだとは、到底思えなかったんだけどね」聖騎士長クロナラが皮肉を交えて付け加える。
俺は、これ以上ないほど冷ややかな、完璧な死んだ魚の目で彼女を見返してやった。
「二つ、質問がある」カズヒコ・オノが声を響かせ、議場のフォーカスを引き戻した。「まず第一に――あんたはこの世界に対して、一体どんな企み(ビジョン)を持っている? どうやら俺たちは前世の同胞(同じ場所の出身)らしい。あんたが実際に何を達成しようとしているのか、その本質を知りたい」
「この世界やどこの誰に対しても、悪意ある企みなんて一ミリも持ってないよ」俺は言った。「俺はただ、静かに平和な日常を生きたいだけだ」彼は一度間を置いた。「――だけど、その日常を手に入れる前に、まずはきっちりと片付けなきゃならない『実務(用事)』が残っててね」
「いいだろう」カズヒコ・オノが頷く。「その解答なら、俺としてはセーフだ。では、第二の質問」彼は言葉を止めた。「……あんたが今、あの『混沌竜』を世界に完全復活させようとしているというのは、本当か?」
「――本当だ」
静寂。俺はその絶対的な沈黙を、そのまま空間に放置した。
「私の得たデータが正確であるならば」カズヒコ・オノが静かに言った。「……あんたのお袋さんは、あの混沌竜だったわけだ」
「ああ」
「端的に言って、あり得ないな」
「そうだ」
その瞬間、部屋にいるすべてのバケモノたちが、俺の描いている本当の復讐の図式(計画)の全容を、完璧に理解した。
「そのような不条理、世界の常識が許容するはずがなかろう」真竜 ヴォラスが低く呟いた。
「同感だ。世界を揺るがすバグでしかない」スコルンがそこに言葉を重ねる。
俺は、その二頭のクソトカゲどもを、これ以上ないほどフラットな、冷徹極まる視線でじっと見つめ返した。
「そもそも、そんなデタラメが技術的に可能なの?」エラリアが首を傾げる。
「二つに引き裂かれた核心を、一体どうやって一つの器に完全融合(復活)させるって言うのよ」クロナラが言葉を続ける。「だけど、私もカズヒコの懸念に同意するわ。この案件は、お世辞にも面白いとは言えない不穏なバグね」
「次から次へと、厄介な大波ばかりを吐き出しおって……」アエオスがブツブツと毒づく。
ナオ・シミズは、ただ沈黙を守っていた。イオンも、動かない。ニュクサーラとディーヴォの二頭もまた、その瞳に読めない光を宿したまま、静かに戦況を見つめ続けていた。
フレデリカは極めて事務的に、淡々と報告書を読み進めていく。一案件ごとに、議場全体の視線がより一層重苦しく俺の身へと集中していくのが肌で感じられた。
「まず第一に」彼女は言った。「ミラス王国の壊滅、および一万五千名を超える兵士の死亡」
(一万五千……? マジか、本当にそんなデタラメな数だったのかよ!?)
ひまりが、視線というよりもはや物理的なプレッシャーを俺に向けてきた。
「……あんた、いい加減にしなさいよ」
「カイ、本当にこれ全部あんたがやったの?」クロエが小声で囁いてくる。
「あれはエンゾだよ」俺は極小の声で返した。「あそこの王様が俺を直接侮辱したからさ。ぶっちゃけ、俺はその本戦の現場(大惨事)には居合わせてすらいないんだけど……」
いや、本当に。俺としては完全にとばっちりなわけだが、世界の認識というのは恐ろしいものである。
「第二に」フレデリカは妨害など微塵も気に留めず淡々と続ける。「アシュフォード王国軍、約五千名の死亡。これも貴殿に関連するものと報告されています」
「五千人だっけ?」俺は純粋に当時の正確な数値を思い出そうと呟いた。
「カイ」ひまりの声が一段低くなる。
「……何だよ?」
「第三に」フレデリカが告げた。「魔王ベリアルの死亡」
その瞬間、室内の空気が一転し、先ほどとは比較にならないほどの絶対的な重圧が空間を満たした。この案件は『魔王』のシステムに直接触れるものだ。最高位魔王であるディーヴォと、俺の身内(?)であるニュクサーラの二頭が、完全に、かつ意図的に沈黙を守ったのを俺は見逃さなかった。
「第四に」フレデリカの朗読は止まらない。「『竜魔王』と定義される、固有の新種族特性の獲得」
議場にいる全員の目が、一斉に俺へと向けられた。
「そして最後に」彼女は言った。「テオレマ王国軍の壊滅、ならびに国王と王子の死亡」
「待ちまちなさい」エルフの女帝エラリアが鋭い声を上げた。「奴は本当に、これらすべてのデタラメを一人で引き起こしたというの?」
「報告書の数値に拠るならば」フレデリカが淡々と答える。「――はい、その通りです」
部屋にいるすべての最高権力者たちの関心が、完全に俺一人へと集中した。
「それは真実なのか?」エラリアが真っ直ぐに俺を射抜いた。
「ああ、そうだ」
俺はあっさりと肯定した。ここで否定しても格が下がるだけだし、事実だしな。
カズヒコ・オノが、わずかに身体を前方へと傾けた。「カイ、あんたの口から直接その言い分を聞きたい。実際に何が起きたのか、実務の流れを説明してくれ」
だから、俺はすべてを理路整然と説明してやった。
ミラスの王による執拗な挑発と、それに激怒したエンゾの反撃が俺たちの想定を越えて暴走したこと。
精神支配された貴族が宮廷全体を操って仕掛けてきた、アシュフォードの不条理な戦争。
俺の絶対的な力を奪おうと暗殺者を送り込み、テスト感覚で国を一つ滅ぼそうとしたベリアルの凶行。
そして、ネロが強制終了させる前に、戦うチャンスすら得られなかったテオレマの軍勢――まぁ、結果として最悪の永久昏睡に終わったことは認めるが、決して悪意からやったわけではないこと。
俺が説明を終える頃には、議場を満たす空気のベクトルが、目に見えて変化していた。
「なるほど」カズヒコ・オノが頷いた。「あんたがなぜその段取りを選んだのか、その理由はシステム的に理解できた」彼は一度言葉を切った。「……だが、もう一つ確認しておきたい案件がある。あんたの率いる『小林家』のメンバーに、通常の枠に収まらない異常個体が紛れ込んでいるというのは事実か?」
「ああ」俺は言った。「事実だ。あいつらは普通じゃない」
彼はディーヴォのほうを向いた。「あんたはすでに、カイを魔王の一人としてシステムに承認(受け入れ)しているんだな?」
「ああ、そうだ」ディーヴォが不敵に笑う。
カズヒコ・オノはニュクサーラへと視線を転じた。「あんたは?」
「ええ」彼女はごく快活に答えた。「あいつはもう、私たちの『家族(身内)』よ」
おい、いつの間に身内認定されたんだ。初耳なわけだが。
エラリアが、長い間じっと俺を観察していた。「……私の民の何人かを、貴方が救ってくれたという噂を耳にしたわ」
「ああ、彼らなら今は俺の絶対的保護下(領内)にいるよ」
彼女の美貌に、本物の温かな笑みが浮かんだ。「感謝するわ。――心から」
「……あんたが誰かを保護(お世話)するような殊勝なタチだとは、到底思えなかったんだけどね」聖騎士長クロナラが皮肉を交えて付け加える。
俺は、これ以上ないほど冷ややかな、完璧な死んだ魚の目で彼女を見返してやった。
「二つ、質問がある」カズヒコ・オノが声を響かせ、議場のフォーカスを引き戻した。「まず第一に――あんたはこの世界に対して、一体どんな企み(ビジョン)を持っている? どうやら俺たちは前世の同胞(同じ場所の出身)らしい。あんたが実際に何を達成しようとしているのか、その本質を知りたい」
「この世界やどこの誰に対しても、悪意ある企みなんて一ミリも持ってないよ」俺は言った。「俺はただ、静かに平和な日常を生きたいだけだ」彼は一度間を置いた。「――だけど、その日常を手に入れる前に、まずはきっちりと片付けなきゃならない『実務(用事)』が残っててね」
「いいだろう」カズヒコ・オノが頷く。「その解答なら、俺としてはセーフだ。では、第二の質問」彼は言葉を止めた。「……あんたが今、あの『混沌竜』を世界に完全復活させようとしているというのは、本当か?」
「――本当だ」
静寂。俺はその絶対的な沈黙を、そのまま空間に放置した。
「私の得たデータが正確であるならば」カズヒコ・オノが静かに言った。「……あんたのお袋さんは、あの混沌竜だったわけだ」
「ああ」
「端的に言って、あり得ないな」
「そうだ」
その瞬間、部屋にいるすべてのバケモノたちが、俺の描いている本当の復讐の図式(計画)の全容を、完璧に理解した。
「そのような不条理、世界の常識が許容するはずがなかろう」真竜 ヴォラスが低く呟いた。
「同感だ。世界を揺るがすバグでしかない」スコルンがそこに言葉を重ねる。
俺は、その二頭のクソトカゲどもを、これ以上ないほどフラットな、冷徹極まる視線でじっと見つめ返した。
「そもそも、そんなデタラメが技術的に可能なの?」エラリアが首を傾げる。
「二つに引き裂かれた核心を、一体どうやって一つの器に完全融合(復活)させるって言うのよ」クロナラが言葉を続ける。「だけど、私もカズヒコの懸念に同意するわ。この案件は、お世辞にも面白いとは言えない不穏なバグね」
「次から次へと、厄介な大波ばかりを吐き出しおって……」アエオスがブツブツと毒づく。
ナオ・シミズは、ただ沈黙を守っていた。イオンも、動かない。ニュクサーラとディーヴォの二頭もまた、その瞳に読めない光を宿したまま、静かに戦況を見つめ続けていた。
「俺たちが反対する理由は至極単純だ」
エラリアがため息混じりに肩をすくめる。
「あの『混沌竜』は、この世界にただ破壊だけをもたらした大厄災なのだからね」
「その破壊とやらが起きたのは――」
それまでずっと黙っていたイオンが、眠そうな目を気だるげに開きながら、ようやく言葉を発した。
「……彼女の核心が単に過負荷を引き起こしたからに過ぎない」
その言葉に、議場にいた全員の視線が一斉にその小さな真竜へと集中する。
「しかもだ。どこぞの傲慢な不届き者どもが、水面下で余計な干渉を仕掛けたのが原因なわけだがね」
イオンの視線が、ゆっくりと、意図的に、ヴォラスとスコルンの二頭へと向けられた。
その瞬間、俺の胸の奥底が、一瞬にして絶対零度の怒りへと凍りついた。
「カイ」ひまりが即座に、鋭い声で俺を制してくる。「落ち着きなさい」
俺は、答えない。
「……ここじゃダメよ」彼女の目がそう訴えかけていた。
「あー、それ本当の話よ。いや、マジで」
ニュクサーラが、まるで明日の天気でも語るような軽さでそこに言葉を添えた。
「ベリアルの前の先代魔王と私が、あの子のコアが完全自爆するのを間一髪でストップさせたんだよね」
議場にいる面々は、ここでようやく完璧に理解した。この案件の裏には、自分たちの脳内データにない、遥かに根深い因縁が隠されているということに、だ。
「事情はどうあれ」
カズヒコ・オノが冷徹に告げた。
「悪いがカイ、あんたのその企み(ビジョン)、俺の権限で全面却下(不可)とさせてもらう」
俺はゆっくりと、あいつを冷ややかに見つめ返した。
「あんたの言い分は分かったよ」
俺は言い、その瞳から一切の生温い感情を完全にデリートした。
「……いや、ぶっちゃけ一ミリも分かっちゃいないな。どうでもいい出来事だ」
「俺の両親は惨殺された」俺は淡々と言った。
「世界の常識はそれを『忌むべき不条理』と呼んだよ。竜と悪魔が交わり、子供を産み落としたのだから、と。……だけどな、そんなのはただの表向きのカモフラージュ(建前)に過ぎない。真実は、あいつらが俺のお袋の宿す絶対的な力を根こそぎ略奪したかっただけだ。親父に関しては――未だに生存データがあるかも怪しいが、まぁ、いずれきっちりと洗い出してやるさ」
「親父たちが死んだ時、俺はまだほんの子供だった」俺の声が一段と低くなる。
「そして長い年月の末に、俺はついにお袋をこの世界に呼び戻す、完璧な段取り(方法)を見つけたんだ」
俺はカズヒコ・オノを真っ直ぐに射抜いた。
「……それを今、あんたが俺に向かって『許さない』なんて、そうのたまわったわけだ」
俺の全身から放たれた【無】のオーラが、何の急ぎもせず、しかし絶対的な質量となって議場全体を蹂躙し始めた。
「第一に」俺はあいつを睨みつける。
「……一体どこのどいつが、あんたにそんなことを決定する絶対権限を与えたんだ?」
沈黙。
俺はそのまま、ヴォラスとスコルンの方を向いた。
「イオンが言ったよ。誰かがお袋のコアに余計な干渉をして過負荷を起こさせた、と。――そしてあいつの視線は、完璧にあんたたち二頭にロックオンされていた」
「あんたたちに、これだけは正確に言語化(理解)させておく」
俺は二頭のクソトカゲどもを見据える。
「……何が起きようとも、俺が、あんたたちを根こそぎ血祭りにあげる。この部屋にいるどこの誰であれ、俺がお袋を呼び戻す段取りをストップさせることなんて絶対にできやしない。もしその前に立ち塞がるって言うなら、どこの国家であれ、神であれ――全員まとめて俺の『敵』と見なすまでだ」
カズヒコ・オノは、その絶対的なプレッシャーを前に長い間沈黙していたが、やがて不敵に口元を吊り上げた。
「……へえ。言うじゃない。だったら、それをここで証明(実務)してみせなよ。俺と正面から殺し合う(手合わせする)んだ。あんたが勝てば、その後は好きにすればいい」
彼は一度言葉を切り、今度はより冷徹なトーンで付け加えた。
「――だが、もしあんたが負ければ、その核心は俺がこの手で永久消滅させる」
「そこまでにしときなよ、カズヒコ」
最高位魔王ディーヴォが即座に言葉を挟み、狂ったような笑みを浮かべた。
「俺がここに直立してること、つい失念しちゃったわけじゃないよね?」
「あの子が僕の姪を呼び戻したいって言うなら、僕としては何一つ文句はないけどね」
イオンがだらしなく肩をすくめる。
「あんたたちが何をして遊ぼうが知ったこっちゃないけどさ」
ニュクサーラが満面の笑みを浮かべた。
「私の大切なおもちゃ(カイ)を壊すのだけは絶対に許さないわよ? もしそんなエラーを起こしたら、今度はこの私が直々にあんたの手揉み(お相手)をしてあげるから」
「私は構わないわよ」
ナオ・シミズが、この会談で初めて、極めて静かな声を響かせた。
「私はただ、特等席で極上の余興をエンジョイしに来ただけだからね」
「……ナオ、あんたまでそっちに付くのか?」カズヒコが眉をひそめる。
「誰かをバックアップ(支持)するつもりなんてないわよ」彼女は不敵に微笑んだ。
「……チッ、いいだろう」カズヒコは忌々しげに吐き捨てた。「だが、万が一にもシステム上の暴走が起きた時は、俺が責任を持ってそのコアを根こそぎ消し去るからな」
フレデリカがこの confidential (極秘)会談の正式な終了を告げると、出席者たちは次々と議場を後にし始めた。
俺が退出する間際、エルフの女帝エラリアが静かに近づいてきた。
「貴方に対する興味が、日を追うごとに右肩上がりで膨れ上がっていくわ、カイ。――もっと、貴方のことを知りたくなってしまったわね」
続いて、ニュクサーラが当然のような顔で俺の横に並ぶ。
「よぉ、カイ」
「よぉ、じゃないわ」俺はジト目を向けた。「あんた、万が一の事態に備えてホライズンクレストの居残り(お留守番)をしてる段取りじゃなかったのかよ?」
「あ」彼女はパチクリと目を叩いた。「……そういえば、私もこのお茶会(評議会)に正式招待されてるの、完全に脳内データから抜け落ちてたわ。ごめんごめん」
いや、本当に。この悪魔、相変わらずフリーダムすぎて頭痛が痛い。
「カイ、さっきのは完全にリミッターが外れかけてたわね」
エントランスへと歩きながら、クロエが心配そうに呟いた。
「同感よ」ひまりがそこに言葉を重ねる。「生きた心地がしなかったわ」
俺は、二人の言葉に答えることはしなかった。
俺たちはそのまま『霧のゲート』を跨いで帰還の路に就いたわけだが――その境界の向こう側で、一体いかなる最悪の大波が俺たちを待ち構えているのか、この時の俺はまだ微塵も知る由がなかったのだ。
一方、その頃――。
陽の光がただの一筋すら届かぬ、完全なる暗闇の空間。
そこには、ナオ・シミズと、その傍らに直立するジローの二人の姿があった。
「すべては、完璧に俺の計算通りに動きましたよ」ジローが不敵に笑う。
「見事な立ち回り(エスコート)ね」ナオがそれを肯定した。
彼女はしばらくの間、深い思索の沈黙を挟み――。
「さあ」
ナオ・シミズは、その美貌に冷徹な笑みを浮かべた。
「……ここから先、あんたは一体どんな面白い実務を見せてくれるのかしら?」
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『霧のゲート』が開き、俺はその境界を跨いだ。
いつものホライズンクレストの日常の雑音――活気ある住人たちの話し声や、盛大に交わされる交易のやり取り、そして夕食のクオリティに対するエースのお決まりの不満文句――が聞こえてくるはずだった。
……だが、俺はピタリと足を止めた。
声を荒らげることも、激昂することもなかった。まだ、そこまでの処理が追いつかなかったのだ。俺はただ、目の前の光景を凝視めていた。
隣に直立するひまりの顔から、一瞬にしてすべての表情が消え失せた。クロエは全身を完全に硬直させて凍りついている。ニュクサーラは表面上こそいつもの絶対的な冷静さを保っていたが、その瞳の奥は、これまでの生涯で一度だって見たことのない不気味な暗黒へと沈んでいた。
言葉が出ない。いや、本当に出なかったのだ。
――ホライズンクレストが、消滅ていた。
視界に入るすべての建造物が、無残に木っ端微塵へと破壊し尽くされていた。あちこちで住宅がいまだに激しく炎上しており、立ち上る濃煙が容赦なく視界を遮って目を刺す。並んでいた大店舗は、ほんの数日前まで誰かの大切な生活インフラ(生業)であったはずの、ただの瓦礫の山へと collapsed (崩壊)していた。
歩道のいたるところに、住人たちの肉体が物言わぬ残骸として散乱している。そこには、日常の気配などただの一片も残されてはいなかった――物資の価格を叫ぶ商人の声も、子供たちの無邪気な笑い声も、互いの名を呼び合う生存者の気配すらも。
あるのはただ、燃え盛る火炎のみ。
俺は自らの意志で決定することすら忘れたまま、本能のままにその破壊された路地裏へと足を進めていた。自分が一体『何を見せられているのか』、脳内データの全容が未だに正常な数値を弾き出してくれないのだ。
(嘘だろ……。こんなの現実じゃない。現実の日常であってたまるかよ……!)
ひまりとクロエの二人が、生存者を求めて狂ったように本城(屋敷)の方へと猛ダッシュで奔りだした。俺はその後にゆっくりと、肉体の感覚が完全に消失(麻痺)したまま続いた。周囲を取り囲むこの世の終わりのような惨劇のスケールを、未だにまともに処理することができない。
二人が最初に見つけたのは、エレーンだった。
クロエがその場にバタバタと膝をつき、彼女の手を握りしめる。「……エレーン! エレーン、嘘でしょ……!」
彼女がどれほど魔力を流そうとも、システムからの応答はただの一言も返ってこない。
エレーンは、すでに永久消滅していた。
次いで、エルフの長老。その妻。そして、あの健気に実務を回していた彼らの娘。ホライズンクレストが誇る大切な民のすべてが、国中を丸ごと貪り喰ったあの不気味な沈黙の中で、一人残らず冷酷に血祭り(惨殺)にあげられていたのだ。
ひまりは狂乱状態に陥りながら、瓦礫の山をあちこちひっくり返してアイヴィーの名前を叫び続けた。
だが、代わりに彼女が発見したのは――エリスだった。
破壊された防壁の直下に、無残にピン留めされた肉体。その胸のド真ん中には、一振りの凶悪な刃が深々と突き立てられていた。
その瞬間、俺の視界もまた、完璧に彼女の姿を捉えていた。
――俺の内側で、何かが音を立てて『バキッ』と完全に決壊した。
その時の感覚を正確に言語化(説明)するのは、極めて難しい。なぜなら、それは怒りなんていう生温い大波ではなかったからだ――少なくとも、最初は。それはどこまでも静かで、かつ完璧なまでの絶対零度の虚無。俺の精神の深層にある鏡――これまでの過酷な年月の中で必死に構築し、維持し続けてきた『小林ハルトとしての最後の理性』が、ついに修復不可能なエラーの亀裂を走らせたのだ。
一つの亀裂。次いで、もう一つ。
そして次の瞬間、その防壁のすべてが木っ端微塵(粉々)に爆散した。
それと同時に、俺の全身から放たれていたオーラの格付け(ステータス)が、完全に別次元の怪物へと書き換えられた――見慣れた赤紫の魔力光が、触れるものすべてを強制解体する不気味な『漆黒と鮮血の紅(黒深真魔)』へと変色していく。それと同調するように、俺の白と赤のメッシュの髪の毛が、一房、また一房と、光を一切反射しない底知れぬ絶対的な【漆黒】へと上書きされていった。
ニュクサーラはその絶望的な覚醒のプロセスを、自らの冷静さを保ったまま、じっと見つめていた。
(……私の大切なおもちゃ(カイ)を、どこのどいつがこんな風に傷つけやがったわけ?)
彼女の脳内データに刻まれたその一事実だけで、この原初の悪魔が自らのリミッターを解除し、生涯で滅多に表に出すことのない絶対的な暴虐の業火を解き放つには、十分すぎるほどの理由だった。
ひまりが最初に崩れ落ち、大粒の涙を流して激しく慟哭した。クロエもまた、その絶望の段取りに引きずられるようにして涙を流す。
だが、俺はただ、そこに直立していた。
「……ヌル(虚無無意識)」
俺は静かに、脳内に語りかけた。
沈黙。
「なぁ……俺は今、最悪の悪夢でも見させられてるんだろ?」
応答はない。
「……お願いだから、これはただのバグ(夢)だってアラートを吐いてくれよ」
いまだに、システムアナウンスは聞こえない。
「夢だ。これは絶対に夢だ」
俺の声が、初めてみっともなくガタガタと激しく震え始めた。
「俺はまだ眠ってるんだ。ただの睡眠の実務の最中なんだよ。今すぐ目を覚まさなきゃ、目を覚ますだけでいいんだ……!」
その瞬間、消失(麻痺)しかけていた脳細胞の奥底から、あの極秘の『地下特設インフラ施設』の記憶が弾かれたように蘇り、絶望の暗闇を鋭く切り裂いた。――あの場所だけは、外の世界のいかなるバケモノであっても逆立ちしたって侵入不可能な絶対領域。国自体の基礎インフラに創生エネルギーの絶対防壁が幾重にも織り込まれており、小林家の直系パスを持つ者以外には、触れることすら叶わない。
俺は奔った。全員がその背後に続いた。
地下への重厚な防壁を、力任せにぶん殴るようにして抉じ開けた。
――生存者だ。
ほんの一握りではあったが、そこに身を寄せ合い、怯えながらも正当に息を繋ぎ止めている住人たちの姿が、確かにそこにあった。
霧のゲートを跨いで以来、俺の胸の中に、初めて『安堵』に似た微かな数値が弾き出された。
……だが、そんな甘い安堵は、一秒と持たずに完全に消滅した。
そこには、アイヴィーの姿がなかった。
そして――エンゾのデータも、どこにも存在していなかった。
生き残ったスタッフの中から、一人の若い男が一歩前へと進み出た。――全身をガタガタと激しく震わせながらも、何とか理性のインフラを維持している様子だった。ニュクサーラが、あいつに向かって「何が起きたのか、実務の流れをすべて白状しなさい」と冷徹に問い詰める。
彼の名は、ソウエイ(Soway)。
彼は自らの精神が完全に決壊して崩壊するのを防ぐため、まるで事前に用意された報告書をただ機械的に朗読するかのように、極めて淡々と、慎重に事実のログを口にし始めた。
「エンゾ様とエリス様が、ミラス王国での任務を終えてこちらへ帰還されました。アイヴィー様、エリス様、エレーン様の三人は、カイ様たちのお帰りを待つため、厨房で夕食の段取り(準備)を進めておいででした。……すべては、いつも通りの、何の変哲もない平穏な日常だったのです。――次の瞬間、そのすべてが木っ端微塵になるまでは。
突如として、街の中央広場の座標において、常軌を逸した超弩級の『魔力爆発』が発生しました。防衛結界タワーのアラートが鳴る暇すらなく、ホライズンクレストは一瞬にして跡形もなく消滅(壊滅)したのです。そして瓦礫の山となった戦場(更地)のあちこちに、空間転移魔法の術式を展開させながら、おびただしい数の『敵国の兵士ども』が、システム的な包囲網を敷いて次々と姿を現しました――」
「……どこのどいつだ?」
俺は低く、地を這うような声で呟いた。
「『シミズ帝国』の軍勢です」
ソウエイは言った。
「奴らの装甲に刻まれていた紋章を、私は今でもはっきりと記憶しています」
ソウエイの報告ログ(言葉)を紐解くならば、襲撃が始まった直後、アイヴィー、エリス、エンゾの三人は猛然と反撃に打って出たらしい。――そして一時は、本当にこちらが優勢を掴み、敵の包囲網を力技で捩じ伏せる(勝利する)かに見えた。
だがその瞬間、街の全域の座標を覆い尽くすほどの、超巨大な『弱体化結界(アンチ・魔物障壁)』が強制発動したのだ。それは特に悪魔や竜族のステータスを著しく弱体化させる特効デバフ。俺の宿す【無】の魔力による自動巻き戻し(バックアップ)の恩恵が水面下で機能し、あいつらへの影響をほんのわずかに相殺(軽減)したものの、限界数値を上回る結界の出力の前には、防壁として完全に機能しきれなかった。
そして、戦場のど真ん中に『あの存在』が姿を現した。
住人たちの誰もがその戦闘モーションに反応すらできない超高速で、あいつは一瞬にしてアイヴィーとエンゾの二頭を拘束し、そのまま空間の彼方へと拉致していったという。
「誰だ?」俺は重ねて訊ねる。
「……分かりません」ソウエイは無念そうに首を振った。
そこへ、さらに空間転移の術式から敵国の増援兵士どもがひっきりなしに湧き出し続けた。エリスは生き残ったスタッフたちをこの場に留めておくのは不可能(全滅)だと瞬時に判断。自らが殿となって戦線を死守する間に、エレーンに対し、彼らをあの地下特設施設へと避難させる実務を最優先で命令した。
エレーンは、みんなを地下へ送り届けた後、再びエリスを救出すべく地上の戦場へと舞い戻り――。
そして二度と、戻ってくることはなかった。
俺は、そのすべての絶望的なログを、完全なる沈黙(無言)のまま聞き届けていた。
やがて。
俺の深紅の瞳から、ボタボタと何かが床へと滴り落ち始めた。
――涙ではない。
正真正銘の、鮮血だった。
俺の肉体は、自らの脳内データで決定する手順すら完全にすっ飛ばし、本能のままに【無】の魔力を一気に【五十パーセント】まで強制解放していた。あまりにもデタラメすぎる絶対出力の反動(負荷)に耐えかねて、俺自身の肉体組織(細胞)が、その瞬間から内側に向けてメキメキと崩壊を起こし始める。
「カイ!」ニュクサーラが鋭い声を上げ、俺の肩を掴んだ。「止めなさい!」
俺は、答えない。答えるための理性のインフラ(脳細胞)は、限界を超えた激しい怒りの業火によって、とっくの昔にすべて灰にされて消滅していた。
ニュクサーラは、自らの強大すぎる魔力のプレッシャーに耐えかねて自壊していく俺の肉体を見つめ、完璧に理解した。――今ここで自分が力技で介入しなければ、この未熟な魔王は、敵の首を獲る前に自らの力で自らを完全に消滅(爆散)させてしまう、と。
ドゴォン!
彼女は一瞬にして俺の懐に潜り込み、俺の意識を強制遮断(気絶)させた。
あいつは、俺のやろうとしている復讐の段取り(計画)に反対したから止めたわけじゃない。ただ、自らの大切なおもちゃ(カイ)が、仕掛けた実務(復讐)を最後まで完璧にやり遂げる前に、こんな理不尽なエラーで自壊するのだけは絶対に許せなかった。ただ、それだけだ。
気づけば、俺はどこまでも静かで、穏やかな空間をふわふわと漂っていた。
そして視界の先に、あいつらの姿が映し出された。
ドラン。フェンリック。エリス。エレーン。
エルフの長老夫婦に、あの健気な彼らの娘。――俺がこれまでの過酷な日々の中で出会い、共に国を創り上げてきた、ホライズンクレストの愛おしい仲間たちのすべてがそこにいた。
俺は心からホッとして、いつもの日常の笑みを浮かべた。
「なんだよ、お前ら。俺を驚かせるため(ドッキリ)にしては、随分と悪趣味な段取りじゃないか」
彼は一度言葉を切り、苦笑を浮かべる。
「……よし、もう冗談は終わりだ。みんなで我が家に帰ろうぜ」
エリスが俺を見つめ、いつも通りの、どこまでも優しい笑みを返してくれた。
「……ごめんね、カイ。私たちはもう、貴方と一緒に我が家へ帰ることはできないのよ」
「だけど、これだけは忘れないで」
エレーンがそこに言葉を添える。
「……私たちはね、いつだって、どこにいたって、貴方のすぐ隣(システム内)にいるわ」
あいつらの身体が、光の粒子となってゆっくりとフェードアウト(消滅)し始める。
俺は必死に手を伸ばした。「待て……待ってくれよ!」
狂ったようにその背中を追いかけて奔った。だが、距離の数値は右肩上がりに遠ざかっていく。足元の地面が音を立ててバキバキに砕け散り、俺は虚空へと真っ逆さまに墜落していった。それでも手を伸ばし、必死に、無様に叫び続ける。
――その刹那、墜ちていく俺の身体を、二つの温かい人影がしっかりと受け止めた。
胸が締め付けられるほどに懐かしい、あの絶対的な安心感の気配。
……お袋。……親父。
そして、俺は現実の世界へと強制リブート(覚醒)した。
ベッドから飛び起き、今すぐ外へ出ようとした俺の身体を、ひまりが全力で押し留めた。
「……行っちゃダメよ、ハルト。外を見ちゃダメ!」
だが、俺はそれを無理やり振り切って、外へと足を進めた。
地上の広場には、住人たちの物言わぬ残骸が、極めて整然とした段取りで幾重もの列になって並べられていた。そのすべてが、一分の曇りもない真っ白なシーツによって静かに覆い隠されている。
俺は、一目で分かった。
最前列にある、エリスのデータ。その隣にある、エレーンのデータ。
シーツで顔が隠されていようとも、俺の感覚は、それが誰であるのかを瞬時に、かつ完璧に識別していた。
俺は、その白い布へとゆっくりと手を伸ばした。
だが、俺がそのシーツを引き剥がすよりも早く、クロエが横から俺の手首をガッチリと掴んで制した。その潤んだ瞳が、静かに首を振っている。
俺は、彼女を振り払うこと(抵抗)をしなかった。ただ、静かに伸ばした腕を下げ、そのまま一言も発することなく屋敷の中へと歩み戻った。その佇まいは、霧のゲートを跨いで以来、俺が吐き出してきたどんな絶望のアラートよりも、遥かに重苦しく、底知れぬ絶対零度の沈黙を湛えていた。
屋敷の中央の間では、ニュクサーラが俺の帰りを直立して待っていた。その手には、一振りの『記憶結晶』が握られている。
「カイ」
彼女は、ただ一言だけ、静かにその名を呼んで結晶を差し出してきた。
俺はそれを受け取り、即座に術式を起動。
脳内スクリーンに、あの一週間の最悪の大惨事の全容が、初めて完全な映像として再生された。――突如として炸裂した常軌を逸した超弩級の魔力爆破。空間転移魔法の魔法陣から津波のように湧き出す敵国の兵士ども。アイヴィーとエンゾの二頭が、持てるすべての最大出力を解放して決死の反撃に出る光景。そして、あいつらを取り囲むようにして急速に縮小し、その自由を奪っていく弱体化結界の収束プロセス。
そして次の瞬間、あの真竜スコルンが空間を割って出現し、一瞬にして二頭の身柄を強制拿捕(拘束)していった。
俺は、その映像ログを、完全なる死の静寂の中でただ凝視し続けていた。
「……評議会の最中、あのスコルンの野郎がどこへ雲隠れしたのか不審に思っていたけれどね」
ニュクサーラが、低く冷淡な声を響かせた。
「……なるほど、水面下でこんな悪趣味な実務(お仕事)をせっせとこなしていたわけね」
録画データは、さらにその先の最悪な実務を映し出し続ける。
襲撃を終えた敵国の兵士どもは、瓦礫の山となった戦場を物色し、俺がこれまでの退屈しのぎで精錬し、創り上げてきた至高の魔導兵器や限定資材の数々――『竜鋼』や『虚無石』の工業ストックを、残さず根こそぎ略奪(回収)し始めていた。
『ハハッ! この新人の魔王め、俺たちが正式な交易を申し込んで頭を下げてくるとでも本気で思い込んでいたのか?』
一人の兵士が、瓦礫を蹴り飛ばしながら下劣に嘲笑う。
『我らが至高の女神は、最初から自らの所有物である富をわざわざ他人に乞うたりはしないさ』
もう一人の将校が、誇らしげに胸を張った。
『彼女が望むなら、ただシステム通りに【力づくで奪い取る(テイクアウト)】。それだけだ』
一瞬の間。
『……間もなく、この西の領域のすべてが、我がシミズ帝国の絶対的支配下に下ることになる』
そして、映像の末尾に、このような侮蔑の言葉が刻まれていた。
『――生まれたての一介の新米魔王風情が、これほどデタラメな次元の大量破壊兵器を独占する絶対権限など、最初から世界に実在するはずがなかろう(論外だ)』、と。
そこで通信ログが途切れ、完全な闇へと戻った。
俺は、ここでようやく、目の前で起きた理不尽なイベントの本当の図式(全容)を完璧に言語化した。
これは、ただの嫌がらせ(テロ)なんかじゃない。
正真正銘の、絶対的な『侵略』。
そして、俺がこれまでの年月をかけて、この世界で必死に積み上げてきた日常と日常インフラのすべてを、根こそぎ奪い取ろうとした『泥棒(略奪)』の凶行だ。
そして、あのナオ・シミズの帝国が、そのすべての段取りの裏で完璧に糸を引いていたのだ。
部屋全体の空気が、完全に凍結して静まり返った。
俺は、ゆっくりと、その場に立ち上がった。
俺の全身から、再び【無】の魔力が静かに外の世界へと這い出し始める――。
だが、そこにはもう、さっきのようなみっともない絶叫のアラート(叫び)は微塵も混ざってはいなかった。狂気的な暴走の数値も、完全にゼロへとリセットされていた。
あるのはただ、完全に制御され、極限まで一本の針へと研ぎ澄まされた、絶対零度の『純粋なる憎悪』のみ。
「……『シミズ帝国』へ行く」
俺は淡々と言った。
ニュクサーラが、その漆黒の瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。
「俺のこの手で、ヴォラスとスコルンのクソトカゲどもを、一匹残らず血祭りにあげる」
俺の瞳から、すべての生温い感情が完全に消滅した。
「――ナオ・シミズ」
俺は低く、決定的な声で、その名前を空間に刻みつけた。
「……あんた、喧嘩を売る相手を、致命的に間違えたぞ」




