エピソード4: 残されたもの
翌朝、何事もなかったかのように太陽が昇ってきた。
ぶっちゃけ、それがその日最初にして最大の【裏切り】のように感じられたさ。
どんよりとした灰色の空なら納得がいった。激しい雨なら理解できた。
だが、俺を待っていたのは、どこまでも澄み切った無慈悲なほどの快晴だった。
昨夜あれほど大慌てで逃げ出したはずの鳥たちは、すでに木々へと戻って朝のさえずりを始めている。まるで世界のほうはとっくにこの出来事を過去ログ(処理済)にして、俺が追いついてくるのを待っているかのように。
――だけどな。俺は当分の間、世界に追いつけそうにないわ。
俺はかつて我が家だった瓦礫の山――その残骸へと足を進めた。
理由は単純でね、ただ他に自分の足の持っていき場が分からなかったからだ。何もせずにその場に立ち尽くしているよりは、壊滅した残骸に向かって歩くほうが、ほんの少しだけマシだと思えたから、だ。
そこにはね、まともな形のものは何一つ残っていなかった。
屋根は完全に消失し、一枚の壁だけが「現実に繋ぎ止められているのが奇妙なほど」斜めに傾いたまま、かろうじて直立している。残りのすべては、俺一人では到底片付ける気すら起きないほど、粉々に散乱していた。
母さんの姿は見つからなかった。親父の姿も、だ。
俺はね、ほんの四秒間ほど、「それなら二人はまだ生きているかもしれない」という都合のいい期待を脳内で形成しようとした。だが、すぐに俺の中の冷酷なリアリストがそれを叩き潰した。
あんな化物(真竜)どもの総力戦だぞ?
そんな戦闘の跡地に、後から探して見つかるような遺留品なんてものが残るはずがなかったんだ。
よし。落ち着け。考えろ、俺。
今の自分に、一体何が実行可能だ?
俺はかつて玄関の段差だった瓦獄の上に腰掛け、己の保有するリソース(現状)をシミュレートすることにした。
ここで絶望してパニックを起こしたところでね、飯が湧いてくるわけじゃないし、一人きりで迎える二度目の夜を生き延びるスペック(防衛力)にはなり得ないからな。
俺が知っているのは、高度七フィートが限界の不器用な飛行スキル。
一応の剣の握り方(もっとも、俺の木刀は崩落した東の壁の下に埋もれてるが)。
そして、自分自身の【反魔力】の気配を検知し、すぐ隣の枝には触れずにたった一枚の葉っぱだけをピンポイントで焼き尽くす、あの精密な制御。
――はい、終了。
「八歳のガキが、両親をロストして一人きりで森を生き延びるためのライフハック」なんてデータは、俺の脳内データベースには一文字も登録されていなかった。
何一つ、役に立つスペックなんて無かったんだ。
だけどな。それが今の俺の持つすべて(初期装備)だ。なら、それを使って足掻くしかないだろ。
◇
水の確保は簡単だった。――家から少し歩いたところに、昔から小さな川が流れていた。
それはね、あの日と何一つ変わらない姿で、完璧にそこに存在していたんだ。そのあまりにもいつも通りのノーマルなせせらぎが、逆に残酷なほどに胸に刺さったが。
問題は、食料(飯)だった。
俺は今までの人生で、ただの一度だって「自分で自分に餌をやる」なんてイベントをこなしたことがなかった。いつもね、お腹が空いたなと気づく頃には、すでに暖炉の火が赤々と燃え、母さんの手料理が半分ほど出来上がっていたからだ。
最初の丸一日は、ひたすらにその自炊ミッション(生存活動)に失敗し続けたさ。――火を扱おうとすれば食材を真っ黒焦げにし、それでも胃袋のキャパシティが技術の低さに文句を言う余裕なんてなかったから、その黒焦げのナニカを無理やり口に放り込んだ。
(……いや、マジで屈辱的すぎるだろ。前世では立派な大人の男として一度死んだはずなのに、今度の人生ではたった一匹の魚(獲物)相手に完全敗北してやがるわ、俺)
最初の一夜は、辛うじて直立していたあの斜めの壁に身体を丸めて寄り添いながら眠った。
その瓦礫の木切れがね、かつて我が家の一部だったというただそれだけの理由で。
俺の魂のプロセッサが、自分の人生の残渣を少しでも感じられる場所を本能的に求めていたからだ。例えそれが、ただの引き裂かれた木屑に過ぎないとしても。
泣こうと脳内で決断した記憶は無い。
ただ、気づけば涙が溢れて止まらなかった。自分でも驚くほど長い時間、静かに、ただひたすらに涙を流し続け――そして、フッと止まった。
それはね、悲しみが癒えたから(クリアしたから)じゃないぞ。
ただ単に、これ以上涙を流し続けるための水分が、俺の小さな肉体の底から綺麗さっぱり枯渇したからだ。
◇
三日が経過する頃には、俺のシステム(心境)に確かな変化が訪れていた。
もちろん悲しみが消え去ったわけじゃない。――そんなものね、その後も、それから何年もの長い時間が経っても、完全にリセット(消去)されることなんて無かったからだ。
だが、その絶望の底に、より冷酷で、より実用的な【反逆の炎】がじわじわと定着し始めていた。
(いいか、よく聞けよ。誰も、お前のこの現状をシステムから修正(お助け)しにきてなんてくれないぞ。誰も、お前のこの歪な【混ざり合ったオーラ(紫色)】のバグについて解説してくれないし、何故そのせいで両親がロストしなければならなかったのか、その理由も教えてくれない。――真実を解き明かせるスペックを持つ存在(化物)に、自分自身を鍛え上げるしかないんだ、マジで)
四日目の朝、俺は一人きりで訓練を再開した。
俺のフォームの乱れを的確に修正してくれる親父もいなければ、無茶をして肉体に過負荷をかけた時に心配してくれる母さんもそこにはいない。
その動きはね、最高に不器用で、カクカクスローモーションの拙いものだった。何度も何度も限界を超えて踏み込み(オーバードライブ)、その反動でアスファルト(土)の上へ無様に真後ろからひっくり返った。制御を失ったオーラが、肉体の Strain ( strained )によってバチバチッと激しく明滅しては、フッと煙のように消失していった。
だけどな。
俺はそれを、毎日、毎日、執拗に繰り返し続けた。
何故なら、それ以外の選択肢――ただその場に座り込んで、自分に何か新しいイベント(破滅)が降ってくるのを、ただ受動的に待ち続けるなんて無様な生き方は、俺のプライド(本能)が天地がひっくり返っても拒絶したからだ。
この特訓が、一体どれほどのスパン(歳月)を要するのか、俺にはさっぱり分からない。
あの夜目撃した、あの理不尽な化物(真竜)どもの前に立ち塞がれるほどの絶対的な最大スペックに、自分が本当にたどり着けるかどうかの確証(クリア確率)なんて、今の俺には一ミリも算出できない。
――だけどな。何もしないままでいたって、クリア報酬(答え)なんて絶対に手に入らないことくらい、百も承知だ。
俺は瓦礫の中から発掘できた、母さんのお気に入りだった大切な遺留品の数々――半分ほど熱で溶け落ちた髪飾り、彼女がいつも身にまとっていた鮮やかな青い衣服の切れ端――それらを、辛うじて立っていたあの壁の直下に静かに埋め込んだ。
彼らがこの世界(現実)に確かに存在していたという、その絶対の証明すら残さずにここを去るなんて行為、俺のシステム(倫理)が許さなかったからだ。
親父の形見の類は、何一つとして見つけられなかった。
(まぁ、あの親父の戦闘だ。すべてを彼方まで吹き飛ばしちまったんだろうな)
俺は脳内でそう都合よくシミュレートし、そして、本気でその仮説を信じ込むことにした。
それから――俺は、パッと適当な方角を示し(ジャッジし)、歩き出した。
あの、家も両親もロストした山の上にただ居座り続けるなんて行為、生存戦略として完全に破綻しているからな。
世界のどこかに、必ず俺の【正体】を知っている奴がいるはずだ。
誰も俺に教えてくれなかった、この世界の理を叩き込んでくれる、そんな本物の師匠が。
俺はただ、今の自分を突き動かしているこの胸の狂暴なまでのエネルギー(衝動)が尽き果てる前に、何としてもそいつを検索して、見つけ出してみせる。
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まる六日間の強行軍の末、俺の身体は、意地を張り続けていた脳内プロセッサよりも先に「限界」という名のシャットダウンを宣告した。
倒れた瞬間の記憶は無い。
ただ、鬱蒼とした木々の境界線がぐにゃりと真横に傾いたこと。そして次に目を開けた時、そこが冷たい土の上(地面)ではないどこか別世界だったことだけは覚えている。――パチパチと静かに燃える小さな焚き火。木屑の煙と古い革の匂いが染み付いた、分厚い羊毛の毛布。
そして俺の向かい側には、まるで他に急ぐイベントなんて何も無いと言わんばかりののんきさで、ひたすら刃物を研いでいる一人の男が座っていた。
よし。生きてるな、俺。
ぶっちゃけ、この絶望的な状況下においてはね、最高にありがたい想定外のバグ(サプライズ)だったさ。
見た目的には人間、あるいは一見しただけでは人間と区別がつかない種族の男だった。
その肌はね、生涯の大半を屋内ではなく過酷な未開のフィールドで過ごしてきた者特有の、深く刻まれた年輪を蓄えている。顎から鎖骨にかけて、一本の大きな傷跡が走っていた。古く、白化し、とっくの昔に本人にとっては意味をなさなくなった(完治した)類の勲章だ。
「……起きたか」男は研ぎ石( whetstone )から目を上げずに口を開いた。「上出来だ。三マイルも死体を担いで無駄骨を折る羽目になったかと、本気で疑い始めていたところだからな」
「……ここは、どこだ?」
「お前がぶっ倒れていた場所から、ちょうど三マイルほど離れた地点だ。――それ以上の正確なマップ座標なんて、今のてめえに必要か?」
いや、マジで完璧な正論だな。
俺はガバッと身体を起こそうとして、即座に激しい激痛に襲われて後悔した。――全身の筋肉がね、「お前、ここ数日間ただの意地(気力)だけで肉体をオーバードライブさせてただろ」と明確に警報アラートを鳴らしているのだ。
男は何も言わずに、水皮袋を俺の元へと放り投げてきた。そして、俺が呼吸を整えて再び喋れるスペック(状態)になるまで、静かに待ってくれたんだ。
「俺の名前はドランだ」男は言った。「お前は?」
「……カイだ」
「ただの、カイか?」
「ああ。ただの、カイだ」
あいつは、その素性の隠蔽を至ってあっさりと、深く追及することなく受け入れた。
そのムーブにはね、俺としても内心、言葉にできないほどに深く感謝していたさ。
だって、この手の世界(異世界)において、相手がまだ開示する準備ができていない機密ログ(過去)を、力ずくでこじ開けようとしない人間ってのはね、それだけで最高に稀少な特級レア枠(善人)だからな。
◇
だがな。あいつが、俺の肉体に秘められた【正体】に気づくまでに、丸一日すら必要なかった。
ある時、俺がいつもの癖で、無意識のうちに【反魔力】の糸を体外へとスッと引き出していた時のことだ。
六日間もまともに飯を食わずに一本道を直進し続けた後でも、この異能がシステム的にちゃんと機能するかどうか、テスト(検証)していたんだ。
中心核は、鮮やかな真紅。
そして外縁部に向かって、不気味に淀みながら混ざり合う、あの紫色のグラデーション。
かつて国境沿いの街で、一人の商人が恐怖に顔を引きつらせてプツリと視線を逸らし、実の母さんの顔に、俺には決して見せてはならないはずの『緊迫』を走らせた、あの歪な不協和音。
だが、ドランは視線を逸らさなかった。
あいつはただ、肉体の軸を完全に静止させたんだ。まるで熟練の戦士が、目の前の戦況を一から猛烈な勢いで再計算しているかのように。
「……私のこれまでのキャリア(経験)の中でも、一度として目撃したことのない【真名】だな」やがて、ドランは静かに、慎重に口を開いた。敵対心は無い。――ただ、最大級の警戒だ。
「ああ、そうらしいね」俺は言った。「俺だって、こんなの他に使ってる奴見たことねえよ。少なくとも、自分以外にはな」
「それが、何を司る(意味する)力なのか分かっているのか?」
「いや、さっぱり」その点に関してはね、嘘偽りなく完璧に事実だった。「ただ、この色がシステム的に相当ヤバいバグ(フラグ)らしくてさ。どこぞの化物(真竜)が二匹、俺のこの色のせいで両親をロストさせる(殺す)に十分な理由だとジャッジしたことくらいしか、俺には分からんわ」
ぶっちゃけ、そこまで深く機密データ(身の上話)を開示するつもりは端からなかったんだ。
だが何故だろうか、その言葉はね、低く、静かに、勝手に口から滑り出てしまった。そして一度システムから出力された以上、今更それを取り消そう(カモフラージュしよう)なんて、これっぽっちも思いやしなかった。
ドランはしばらくの間、完全に沈黙を守った。
彼は研ぎ石をテーブルの上にコトリと置いた。
「お前、いくつだ?」
「八歳だ」
「そのガキのスペックで、丸六日間も一人きりで未開のフィールドを彷徨っていた、と」
「その前のタイムラインも含めれば、もっと長いわ」
あいつは、フッと鼻から短く息を吐き出した。――それは笑声でもなければ、ため息でもない。
「……やれやれ(神々よ)。分かったよ」彼は再び研ぎ石を引っ掴んだ。まるで、脳内プロセッサでのジャッジがすでに完了し、今更それを公式発表(宣言)する必要すら無いとばかりに。
「てめえが一体どこのどいつであれ、今のそのボロボロのスペックじゃ、ここから先さらに六日間も一人で進むなんて行為、クリア確率ゼロ(絶対不可能)だわ。だから、もう一人で行かせる真似はせん」
「別に、俺はお前に escort (連れてってくれ)なんて一言もおねだりしてないぞ」
「ああ、そうだな」あいつは不敵に笑って同意した。「お前は言ってない(オーダーしてない)な」
◇
俺がもっと激しく反論して突っぱねた、と言えれば格好がついたんだろうがな。
ぶっちゃけ、当時の俺にはそんな無駄なリソース(気力)は残ってなかったんだ。
俺の魂の深淵にある、まだただの八歳のガキのシステムがね、肉体の疲労(スタミナ切れ)とはまったく別の次元で、一人きりの孤独に対して、完全に限界を迎えちまってたんだよ。
「ここから二日ほど進んだ街道沿いに、一つの集落がある」
ドランは夕食の席で、俺にルートを提示してくれた。ありがたいことに、今回は俺が黒焦げにしたナニカではなく、まともなクオリティの飯(料理)だった。
「大層な規模じゃねえ、小さな寂れた街だ。世界を統べるような大物どもが通りかかるような場所じゃない。ってことは、裏を返せば、てめえの命を狙ってるような物騒な奴ら(真竜の追手)の索敵レーダー(マーク)にも、引っかからない安全圏ってことさ。そこで一度、肉体を休めな。自分がこれから先、世界をどう攻略したいのか、じっくり考えりゃいい」
「……で、お前は? お前はこのイベント(お助け)で、一体何のクリア報酬を求めてるんだ?」
あいつは、その質問を少し咀嚼するように、予想以上に長い時間をかけて思案した。
「――さあな、まだ決めてねえわ」やがて、ドランは不敵ににやりと笑ってみせた。「てめえのその不気味な紫色のオーラ(フラグ)が、この俺を巻き込んで破滅させるかどうか、それを見極めて(ジャッジして)から、もう一度俺に尋ねるこった」
なるほど。ぶっちゃけ、最高に誠実な解答だな。
俺としてはね、そういう嘘偽りのないマニュアルのほうが、圧倒的に付き合いやすくて助かるわ。
「一応、仕様として伝えておくとさ」俺は言った。「俺だって、この力が何を意味するのかさっぱり分からんのよ。だけどな……これは間違いなく、俺だけの固有能力だ。これから先、これを理由に俺の息の根を止めに来る化物どもがどれほど現れようとも、俺には、自分の存在について『ごめんなさい(謝罪)』するつもりなんて最初から一ミリも無いからな、マジで」
その言葉を聞いた瞬間、あいつの表情が微かにピクリと動いた。――それは、単純な評価でもなければ、既存のいかなる感情カテゴリにも合致しないものだった。
ただの戦士が、目の前の変数の数値を再び再計算し、最初とはほんの少しだけ異なる、高位の結論にたどり着いた時の、そんな不敵な眼光。
「……さっさと寝な、カイ」ドランは言った。「二日間の移動ルートってのはな、結構な長丁場だ。二度とお前を空腹のまま、死にかけ(スペック不足)の状態で歩かせるつもりはねえからな」
あの夜の睡眠はね、あの絶望の山を降りてからの六日間のどれよりも、遥かに深く、心地よいものだった。
別に、世界のバグ(問題)が何一つクリアされたわけじゃない。
ただ、あの惨劇の夜以来初めて、俺が目を閉じている間、己の代わりに世界を監視してくれる『もう一対の眼』が、すぐ隣に存在してくれていた。ただそれだけの理由だったんだ。
たった一人の、人間。
大層な軍勢なんかじゃない。かつて失った、あの温かい家族の代替品になんてなるはずもない。
――だけどな。
俺の、世界の理を覆す復讐の歩みとしてはね、これ以上ない最高の『始まり(スタート)』だったんだ。
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ドランとの二日間の行軍(移動)はね、ぶっちゃけあの惨劇の夜以来、最もイージーで快適な二日間だったさ。
何故なら、あいつは俺が喋りたくない機密ログ(過去)について一切尋ねてこなかったし、俺もそのお返しとして、「何故こんな何もない世界の果て(未開の地)を一人で旅している男が、すべての安全な休息ポイントや清らかな水源の座標を完璧に把握しているのか」なんて野暮な詮索を一切しなかったからだ。
誰にだって、消去したい過去の一つや二つはある。
俺の過去はね、ただ常人より少しばかり、えげつない『爪跡』が深く刻まれているという、ただそれだけのことなんだ。
やがて、目的の集落が視認できる距離に近づいてきた。――壁は原型を留めないほどツギハギに補修され、十数本の煙突からのんきな煙がゆったりと立ち上っている。その光景を眺めているうちに、俺は自分自身に対する一つの絶対の【仕様変更】を脳内で確定させていた。
悲しみは消えない。よし、上等だ。そんなものね、感情のバックシート(後部座席)にでも放り込んで座らせておけばいい。
俺はさ、これから先この世界で過ごす何十年というスパンを、まるで一瞬一瞬が葬式の弔辞であるかのように、四の五のメソメソと落ちぶれて過ごすつもりは毛頭ない。
俺の両親はね、そんな意気地なしの泣き虫を育てたつもりは無いからな。
あいつらが育てたのは――肉体が限界を迎えて動けなくなるまでひたすら特訓し、それでもガバッと跳ね起きてさらに特訓を重ねる、そんなタフなガキだ。
よし、決まりだ。新ルールを適用する。
俺は、この新しい人生を心から楽しんでやる。利用可能なすべての瞬間を、全力で謳歌してやるんだ。
そして、もし外の世界の何かがそれをテスト(値踏み)しに来ようというのなら――まぁ、その時のために、俺の残りの最大スペック(反魔力)が存在しているわけだからな。
「……てめえ、ニヤついてやがるな」城門を潜り抜ける際、ドランが俺の横顔をチラリと盗み見てきた。「そんなキャラ(器)には見えなかったんだがな」
「俺の中にはね、無数の多面的なシステム(マルチ)が内包されてるんだよ」
俺はそう言ってやった。あいつには一文字も意味が通じなかったようだが、ぶっちゃけ俺自身の気分は最高にポジティブになったからそれでいい。
◇
宿屋は狭く、宿の主人も泥だらけの怪しい二人組(俺たち)を大して気にも留めない大雑把な奴だった。
そして出された夕食はね、ここ一週間以上の間で初めて、俺が自炊ミッションで半分黒焦げに破壊しなかった本物のクオリティの料理(飯)だった。
(あー、美味い。ぶっちゃけ、このシチュー、もう一杯おかわりを要求するのって、生物としての極めて真っ当なライフハック(選択)だよな……)
そんな風に自分を説得している、まさにその瞬間だった。
ガシャアアンッ! と音を立てて宿の正面ドアが乱暴に開け放たれ、窓の鎧戸がけたたましくガタガタと鳴り響いた。
入ってきたのは、三人の男。
見た目的には、いかにもこの界隈の地元のゴロツキといった風体だ。――軍の兵士でもなければ、組織化されたまともな連中でもない。世界中のどこの集落にも必ず一定数湧いて出てくる、ただ声のデカいだけのチンピラ(ザコ)の類。
先頭の男は、すでに腰に下げた棍棒の柄にこれ見よがしに手を添えていた。その瞳はね、ドランの顔面を確認するよりも早く、奴の腰にぶら下がっている革の財布へと一直線に向かっていた。
「……よう、旅人さんよ」男は、過去に何百人ものカモ(旅人)を力ずくで恐喝する直前に全く同じセリフを吐いてきたであろう、お約束のトーンで話しかけてきた。
「通行税の時間だ。大人しくここに全財産をデポジット(支払い)するか。それとも外に連れ出されて、別の痛い方法で支払うか……選ばせてやるぜ?」
ドランの手が、自らの刃へと向かってスッと動いた。極めて静かに、微塵の焦りもない所作。
それはね、過去に何度もこの手のダンス(戦闘)を経験し、その結果(クリア確率)を最初から百も承知している熟練の戦士だけが放つ、絶対の余裕だった。
だが、親父が立ち上がる(戦闘モードに入る)よりも早く、俺はその前腕にそっと手を置いて静止させた。
「――いいよ、ドラン。ここは俺にやらせてくれ」
ドランは、俺が本気で頭のイカれたバグ(提案)を口にしたかのような目で凝視してきた。まぁ、システム的には至って真っ当なリアクションだけどな。
何しろ今の俺の外見スペックは、ただの八歳のガキ。対する恐喝中のゴロツキは、俺よりも優に一フィート半以上は体躯のデカい大人なのだから。
「おい、ガキ」先頭のチンピラが、どこか哀れむように、どちらかと言えば楽しそうに鼻で笑った。「てめえの入るステージじゃねえんだよ、すっこんでな」
「――いいや、ぶっちゃけ」俺はなおも不敵ににやりと笑みを浮かべたまま、完全にリラックスして言い放った。「俺のステージ(関係大あり)なんだわ。いいか? お前らはね、今まさに致命的な『配置ミス(エラー)』をやらかしたんだよ。この店に入ってきて、俺の相棒の姿をスキャンし、たった数枚のコインのために脅迫していい相手だと都合よくジャッジ(勘違い)しちまったんだからな」
ドランはね、何の メリット(理由)も無いくせに、死にかけの俺を丸二日間も担いで移動してくれたんだ。
俺がこの夜を生き延びられるスペックがあるかどうかも分からない内から、貴重な飯をタダで食わせてくれた。
俺の倫理システム(ポリシー)においてね、その行為は、それだけで一個国家を丸ごと動かしてでも絶対に『防衛』するに値する、絶対の恩義なんだよ。
「まぁ、いいさ」俺は言葉を続けた。「人間、誰しもバグ(間違い)はやらかすもんだからな。だけどさ、俺のこれからのディナー(快適な時間)を邪魔されたくないからさ。お前ら三人が今すぐ回れ右して、そのドアから静かに退出し、この宿屋の記憶を綺麗さっぱり脳内消去してくれると、俺としても最高にハッピーなんだけどな?」
先頭のゴロツキは大爆笑した。――文字通り、極上のエンタメ(お笑い草)を見つけたと言わんばかりの爆笑。
彼は棍棒を腰から引き抜き、俺に向かって傲慢に一歩を踏み出してきた。
俺は、椅子からミリとも動かなかった。
俺は、自らの【反魔力】の気配を、スッと体外へと引き出した。
ほんの一筋。極限まで出力を絞り込んだ、極小のレーザー。
母さんが三年もの歳月を費やして、俺の脳内プロセッサに叩き込んできた、あのたった一枚の葉っぱだけを正確に焼き尽くす、極限の精密制御。
――ただな。今回俺が点火したのは、ただの葉っぱじゃなかった。
奴が握りしめている棍棒の先端と、俺の頭部との間に広がる、たった数センチの『大気のグリッド』。
奴の手の甲が、その理不尽な超高熱を間近で察知し、皮膚のセンサーが熱のあまり悲鳴を上げる。
――木製の棍棒から、不気味な黒煙が燻り(くすぶり)始める、コンマ数秒前の出来事だった。
男の歩みが、ピタリと完全停止した。
「今のな」俺はなおもにっかりと笑みを浮かべたまま、一言前と完璧に寸分違わないのんきなトーンで言い放った。
「――ただの【警告】だよ。俺、基本的に二度と同じ説明を繰り返さないタイプだからさ。だから、これから自分が実行しようとしてる次の一歩について、脳内プロセッサでよぉく慎重に再計算した方が身のためだぞ?」
誰も動かなかった。
宿屋の室内は、一瞬にして静まり返った。
それはね、室内のすべての有象無象のレーダーが、「この空間で本当に逆らってはならない怪物は誰か」を一発で再ジャッジ(再計測)した時にだけ訪れる、あの独特の静寂だった。
先頭のゴロツキの瞳が、微かに黒煙を上げている自らの棍棒へと落とされ、それから、ゆっくりと俺の姿へと戻ってきた。
その眼光はね、もはやただのガキを見る目なんかじゃなかった。そのガキの皮を被った内側にある、絶対的なナニカ(化物)のスペックを本気で凝視している、そんな戦慄の目だ。
「……あ、あ、ああ」男の声は、目に見えてその出力(軸)が激しくブレていた。「分かった、いや、悪かったな……。俺たちのミスだ。ここは、これでクリア(お開き)にしよう」
チンピラどもはね、入ってきた時とは比較にならないほどのマッハの速度で、一目散に宿屋から逃げ出していったさ。
バタンとドアが閉まった後も、店内の有象無象は丸十秒間、文字通り一言の音声ログ(静寂)すら発することができなかった。
ドランは、自分でも気づかないうちに止めていた息を、はぁぁ、と大きく吐き出した。
「……てめえ、わざわざ俺が出張る(クリアする)までもなかっただろ」
「まぁね」俺はスプーンを再び引っ掴み、何一つ異変など起きなかったかのように平然とシチューの攻略(食事)を再開した。
何故なら、俺のシステム的にはね、今起きたイベントなんて大したことじゃないからだ。
「だけどお前、何の理由も無いくせに俺に飯を食わせてくれただろ? 俺さ、自分に対して『誠実』に向き合ってくれた連中に対しては、中途半端な手加減(妥協)は一切しないシステムだからさ」
あいつは、長い間俺の姿をじっと凝視し続けた。
――再計算、だ。あの最初の夜と完全に同じムーブ。
だけどな、今回のあいつのプロセッサが弾き出した結論はね、間違いなく以前とは異なる、さらなる高位のステージ(評価)にたどり着いていたさ。
「……おいおい(神々よ)」やがてドランは、自分自身に言い聞かせるようにボソリと呟いた。
「俺は一体、あの森の底から、どんなとんでもない『劇物(バ物)』を拾い上げちまったんだ……?」
俺はただにっかりと不敵に笑い、宿の主人へ二杯目のおかわりをオーダーした。
(俺が大切に思う仲間たちが、二度と恐怖に顔を引きつらせて絶望しなくていいような、絶対的な最強スペックに成り上がる。それが、俺の【最終目的】のすべてだ。それ以外の有象無象なんてものはね、ただの細かい仕様に過ぎないんだからな)




