第39話:テレポート
エリスからの緊急念話が脳内リンクを叩き割ったのは、自分がどれほど致命的な大厄災に直面しているかを正しく理解する、ほんのコンマ数秒前のことだった。
『カイ――! エンゾが何かとんでもない代物を解き放とうとしてる! あれ、ただの軍勢だけを狙った火力じゃないわ! 今すぐあいつを止めるか、周囲の者を全員そこから退避させて――!』
……は? 待て、止めるってどうやって!? 一体何が起きてるんだ――!?
俺は同じ念話のパスを通じて死に物狂いでエンゾの意識へと手を伸ばした。だが、その回線の向こう側には何一つとして応答はなく、ただ絶対的で剥き出しの『単一の殺意(集中)』だけが鎮座していた――彼の全思考は、たった今自らが世界へ投下しようとしている超常の破滅だけに完璧に固定されており、俺という存在の呼びかけすら正しく割り込んで届かせるための隙間など、一ミリたりとも残されていなかったのだ。
言葉が届かない。あいつ、完全に自分の引き起こした世界の終焉の深淵へ呑まれちまってる。
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《緊急告知。個体名:エンゾが発動シーケンスに入った超新星魔法は、大国マイラスの全領域を完全に消去します。――当該領域内の全非戦闘員(民間人)を含む生存確率はゼロ。猶予時間、極めて限定的です》
脳内の『超越知性』が、俺の跳ね上がったパニックを完全な冷徹さで一刀両断して割り込んできた。
全領域の消去。軍勢だけじゃない、民間人まで巻き込まれる。あの戦争なんか一切望んでいなかったはずの、今この瞬間も何が起きているかスラ知らないはずの、無辜の一般市民たちが。
脳内でその先の論理をこねくり回している暇はなかった。ただ一つの厳然たる事実だけを胸に据える。
「……そこへ跳ばせ!」俺はすでに身体を動かしていた。「今すぐだ!」
《了解。超長距離の空間反転を実行します》
魔法の回路が瞬時に爆発した。世界が真横に向かって猛烈な地鳴りを立てて歪む。俺が未だに完全には馴染みきれていない、あの特有の全感覚がシェイクされる disorienting(空間酔い)の直後――気付けば俺は、そこに立っていた。
マイラスの帝都の正門前。目の前に広がる美しい街並みとそこに生きる人々は、自らの頭上からどれほど途方もない死神の鎌が振り下ろされようとしているのか、露知らずに平穏な日常を営んでいた。
時間が無い。説明する時間も、まっとうに警告を発して避難させる猶予も、万に一つも残されていない。だったら、やることは一つだ。
俺は自分の魂の器の底の底から、絞り出せる限りのすべての『虚無』の波動を解放した。かつて何度も発動してきた空間転移魔法。だが今回は、これまでの人生で一度として試みたことのない、物理的な次元のスケールが違いすぎる狂気的な超広範囲の上書き――一国の全人口を、ただ一呼吸の絶望的な瞬間のうちに丸ごと強制収容して移動させるという、神の領域の暴挙だ。
《超広域空間転移を発動します》脳内の超越知性が、俺のパニックを補完して余りある神速の演算精度で魔法の回路を完璧にホールドした。《システム限界値での構築を開始。空間の接続を維持してください》
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その瞬間、俺の魂の全パラメーターに凄まじい質量が『直撃』した――数千、数万という圧倒的な知的生命体の気配が、俺の未だテストしたことのない絶対の限界限界をこれでもかと引き裂きながら、転移の因果関係の中に組み込まれていく。破滅へとカウントダウンを開始していた大国の全生命が、突如として、同時に、自らが立っていた座標から強制的に引き剥がされていく感覚。
頼む。動け、動いてくれ。あとほんの少しだけ、全員をすくい取れるだけの鍵を開けろ――!
俺の頭上、遥か高空から凄まじい速度で肉薄してくる、あの巨大で恐ろしい超新星の残滓。光と熱、そして空そのものが激痛に叫び声をあげているかのような高重力圧の壁が、ついにマイラスの帝都の外壁へと接触した。
その破滅の衝撃波がすべてを消し炭にする、まさにコンマ数桁手前の瞬間――空間転移のシーケンスが完了し、マイラスの全住民の姿は、次の瞬間にはその都市から文字通り『完全消去』されていた。そのわずか数瞬後、後に残された帝都は世界から跡形もなく消滅した。
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魔法の回路が跳ね返りの負荷と共に解放された瞬間、俺は激しい過呼吸のまま地面へと膝をついた。気付けば俺は、自分がたった今すくい上げた無数の生命と共に、ホライゾンクレストの広大な境界線の端へと強制送還されていた。背後では、あの超新星の爆音の最後の余韻が、静かに虚無の彼方へと融けていくところだった。
やった。俺は、本当にやり遂げたんだ。首の皮一枚繋がったような綱渡りだったが、全員を引っ張り出してみせたぞ。
俺の周囲では、何が起きたのか全く理解できていない数千、数万のマイラスの民たちが、人生で一度も見舞われたことのない未知の荒野の前に立ち尽くしていた。深刻な大混乱と恐怖。ある者はその場にへたり込んで号泣し、ある者はつい一瞬前まで自分が営んでいたはずの日常の有様との埋めがたいギャップの前に、ただ白むくの眼で虚空を見つめている。
……いや、多すぎるだろ。
これは流石に、笑えないほどの大移民だ。これだけの大量の人間が、突如として、同時に、自分たちが選んだわけでもない見知らぬ新天地へ放り出されたんだ。彼らの衣食住を完璧に保証し、この一瞬の間に自分たちの世界に一体何が起きたのかを正しく説明する仕事の質量を思えば、気が遠くなりそうだった。
『我が地平線の頂は、二つの王国を丸ごと飲み込めるほど広大だ』
いつだったか、俺が脳内でそんな大口を叩いていた記憶が、激しく乱れる呼吸の最奥でふと蘇ってきた。……どうやら、その大言壮語が単なるハッタリじゃないことを、本気で世界に証明(ステータス提示)してやる時が来たらしい。
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真っ先に俺の元へと駆け込んできたのは、エレインだった。彼女はたった今自らの目の前で発生した超常の奇跡(大移民)の全容を、彼女が万事において発揮するあの冷徹なまでの敏腕ビジネスライクな手際で瞬時に査定していた。
「カイ様」彼女は慎重に、しかし力強い声で尋ねた。「一体、何が起きたのですか。この途方もない人だかりは……何なのですか」
「……後で、すべての点と点を繋げて正しく説明するよ」俺は満身創痍の身体を引きずりながらも、確固たる声音で返した。
「まずは――彼らのための『家』だ。そして『食料』。自分の人生のすべてをわずか一瞬の午後のうちに失っちまった哀れな連中に対して、俺たちが差し出せる限りの最高の人道的支援を組織するぞ」
彼女は深く頷いた。すでにその頭脳は実務的なタスク処理へとシフトしており、ホライゾンクレストの防衛隊や物資管理班を瞬時に再編成し始めていた。これまでの数々の難局を何度も乗り越えてきた、我が家が誇る最高の『絶対の右腕』の頼もしさそのものだった。
よし。よし、分かった。一つずつ片付けていこう。残りの難解な geopolitical(政治的)な課題は、全員の安全と満腹が完全に確保された後に、ゆっくりとチェス盤の上で清算すればいいさ。
俺は眼前に広がる怯えた無数の見知らぬ異邦人たちの群れを見渡した――自分たちの王がその最後の息の下で呪い倒したはずの男の領域に、突如として全運命を依存することになった哀れな民たち。そして、彼らを両腕で抱え込むことになった俺の家族たち(コバヤシの譜系)の前に、これから一体どれほどイカれた質量の『国政の実務』が降り注ぐことになるのか、その静かで確実な未来を確信していた。
これから先、どんな大仕事が舞い込もうとも――俺たちは必ず、全員で、対等に乗り越えてみせる。いつだって、そうしてきたようにさ。
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空間転移の直後からの数時間は、まさに怒涛の実務と、限界を超えた過酷な必要性に満ちた混沌の渦だった。
エレインは突如として押し寄せた途方もない数の避難民に向けてホライゾンクレストの全備蓄物資を的確に分配し、ヴァンスとドワーフの建築職人団はこれほどの大移民を収容するための超突貫工事の建築計画を猛烈な勢いで査定し、アイヴィーはその大混乱の闇の中に冷徹な手際で最低限の治安と秩序を構築していった。
数千、数万という人間。それが、突如として、同時にだ。
誰もが極限の恐怖と困惑に晒されており、つい数時間前まで「敵国の絶対の特異点」として恐れるよう徹底的に叩き込まれてきた異邦の聖域に対して、今や自らの全生存の命綱を依存させざるを得ない有様だった。
俺はエレインが陣頭指揮を執る仮設シェルターの設営現場へと赴いた。彼女の的確な行政能力の元で、ホライゾンクレストの初期建設の時と同じ完璧な手際により、仮設テントや一時的な収容構造物が次々と大地に形を成しつつあった。
「まっとうな住処が必要だ」俺は彼女に告げた。「可能な限り大量に、可能な限りの神速でだ。エルフの『創造魔法』の回路を、限界まで引き延ばして総動員してくれ」
「すでに発動シーケンス(実行)に入っています」エレインは応じた。
「ですが、正直に申し上げて――これは私がこれまでの人生で管理してきたどんな規模をも遥かに超越しています。この絶対の兵数は、我が国の通常の受け入れキャパシティをあまりにもつり越えていますよ」
あぁ、分かってる。嫌というほど正しく理解してるさ。だけど、だからといって俺たちがここで『最善を尽くす』足を止めていい理由にはならないんだ。
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その日の夜遅く、俺はホライゾンクレストの防衛線の端に一人で佇むエンゾの姿を見つけた。彼は、仮設の温もりを差し出された数千の怯える見知らぬ異邦人たちが生み出す、不穏な静寂の波紋を静かに見つめていた。
「……あれは、俺のためにやってくれたんだろ」
俺は彼の隣に腰を下ろし、静かに呟いた。
「ああ、その通りだ」エンゾは平然と肯定した。その事実の承認に、一片の躊躇いも恥じる気配もなかった。
「……ありがとうな」俺は素直な本音を返した。「俺を護るために戦ってくれたこと。あいつが吐き散らしたクソみたいな侮蔑の言葉を、ただの一言も無回答にせず引導を渡してくれたこと。感謝してるよ」
本心からの言葉だった。紛れもない事実だ。俺のこれまでの生涯において、俺という存在を護るためにこれほど途もない次元の力を振るって死線へ飛び込んでくれた奴なんて、ドランやフェンリックの時でさえ、これほどの絶対の出力では存在しなかったからだ。
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「だけどな」俺はトーンを落とし、より静かに言葉を続けた。
「……そのプライドを証明するために、一国の全領域を綺麗に消去する必要まではなかったはずだ。あの国には、俺のことを侮辱した覚えなんてこれっぽっちもない人間が数千、数万と生きていた。王が仕掛けた身勝手な戦争のドクトリンに、何一つ関与していない無辜の民たちがな」
エンゾは長い間、完全な沈黙を守っていた。彼のいつも整った端正な顔立ちの奥に、かつてないほどの深刻な『葛藤』の色が過る。
「……あの出力のスケールは、私の完全な制御不能だった」
長い沈黙の果てに、彼はようやくそう認めた。
「私はただ、あの魔法師団を完膚なきまでに終わらせる(清算する)つもりだったのだよ。しかし、あの一撃の因果関係がいったん形を成して爆発した瞬間――それは、私の完全な想定を超えて肥大化してしまったのだ」
なるほどな。少なくとも、それが奴の本心からの嘘偽りのない回答であることだけは伝わってきた。起きてしまった凄惨な事実が消えるわけじゃないが、あいつがそれを「最初からすべて意図的な大虐殺だった」と取り澄ましてハッタリをかまさない誠実さだけは、正当に評価したかった。
「お前に正しく理解しておいてほしいことがあるんだ」俺は慎重に言葉を選びながら告げた。
「外の世界の連中は、今この瞬間も俺たちの動向を注視し、俺たちが『恐怖すべき化け物』なのか『信頼に足る友好国』なのかを必死に品定めしている。今日起きた事象は――どれほど正当な防衛であったにせよ――俺たちを信頼しようとしてくれていた連中にとって、その決断を恐ろしく困難なものに変えちまったんだよ」
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「連中は、今日以前からお前のことを『魔王』と呼んで忌み嫌っていた」
エンゾは静かに言った。その声には、冷徹な現実論が宿る。
「今回の事象は、元々その恐怖にまみれた前提を抱いていた連中にとって、自らの猜疑心が絶対に正しかったと証明されただけに過ぎん」
「そうかもしれないな」俺は言った。「だけど、だからといって俺自身が、連中の恐れる通りの本物の化け物に成り下がるつもりは毛頭ない。俺がこのホライゾンクレストを築いたのは、どこにも行く当てのない弱い仲間たちのセカンドチャンス(絶対の聖域)を護るためだ。誰かに代理の戦争を仕掛けられて侮辱されたからって、その腹いせに一国を地図から消去できる力を見せつけるためじゃない」
彼はゆっくりと頷いた。その表情の裏底には、本物の重厚な思考の質量がどっしりと鎮座していた。
「了解した。……これだけは言わせてくれ、私はお前を護るために牙を剥いたことを微塵も後悔していない。だが――その波及した出力のスケールについては、私の不徳だ。その区別だけは、私にとっても譲れない絶対の事実なのだよ」
なるほど。これほど非人間的な超常の神威を振るってみせた古竜公から引き出せる回答としては、これ以上ないほどに『人間的』で、泥臭い本音だった。これならまあ、折り合いはつけられそうだ。
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それからの数日間、俺は避難民たちのキャンプ(移住特区)の中をまっとうに歩き回り、自ら語るよりも遥かに多くの時間を『他者の声を聞くこと』に費やしていた。俺が突如としてその全運命を背負い込むことになった、彼らの『生の本質』を正しく把握するために――農民、商人、職人、そして自らの住んでいた美しい世界がなぜ一瞬の午後に消滅してしまったのか、その論理すら理解できない幼い子供たち。
これは、単なる一過性の災害管理の仕事なんかじゃない。ここにいるのは、人間だ。自分の落ち度なんて万に一つもないのに、ある日突然人生のすべてを消去され、今や一時的なシェルターと困惑に満ちた説明以外の『本物の救い』を必要としている、生身の生命なんだ。
俺は何度も、何度も、前世の自らの両親の姿を脳裏に思い浮かべていた――アシュリーの尊い自己犠牲。ダニエルの静かで揺るぎない覚悟。彼ら自身、決して自らの望んだ形ではなかったはずの、過酷な喪失と過酷な選択肢の連続の末に、必死に築き上げてくれたあの家庭の温もりを。
『父さん、母さん。もし二人が今の俺のチェス盤の前に立たされたら、一体どんな答えを導き出す?』
――その問いの答えは、俺自身が今まさにぐるぐると巡らせている、あの泥臭い正論へとそっくりそのまま着地する気がしていた。
『彼らを、正しく、完璧に世話しなさい。ただこの難局を生き延びる(サバイブ)だけじゃダメだ。いつか彼らが自らの意志で差し出してくれる本物の「信頼」を、俺たち自身の誠実さによって、今ここから正しく稼ぎ出す(ビルド)んだ』
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その日の夕方、キャンプの全域が不穏ながらも微かな一時的平穏の元で最初の夜を迎えようとしていた頃、アーロンが俺の元へと歩み寄ってきた。
「……随分と、深い思案の最中のようだね」
彼はいつもの年老いた長老特有の、果てしない忍耐強さを湛えた瞳で俺の隣に腰を下ろした。
「あぁ、どうやってこの盤面を本当に清算すればいいのか、さっぱり分からなくてさ」俺は素直な白旗を上げた。
「家を建てる、飯を食わせる――そんなものはただの一時しのぎ(テンポラリー)だ。この人たちは自らの『国家』そのものを丸ごと失っちまったんだよ。ただの仮設テントを一張り手渡して、「これでお互いの貸し借りは帳消し(クリア)だ」なんて言えるわけがないだろ」
「ああ、その通りだ。そんな安っぽい帳簿の清算などあり得んよ」
アーロンは深く同意した。
「だがな、カイ。お前は今ここで正しく決断することができるはずだ。一時しのぎのその先にある領域において、自分たちがこの民に対して一体どれほど決定的な『本物の価値』を提供できるのか、という生存戦略をな。その決断の重みは、お前が今思っている以上に、この世界のチェス盤を大きく動かすことになるぞ」
一時しのぎの先にある、本物の価値。――一体何を差し出せば、これほど途方もない大移民の全運命に対して、十分な『答え(ステータス)』になり得るというんだ。
俺はそのあまりにも巨大な疑問符の前に、長い間ただ座り込んでいた。
しかし、その難解極まるパズルの答えは、俺の精神の最奥から、まったく予期せぬ形で、静かに、そして確固たる『形』を成して浮かび上がりつつあった。
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翌朝、俺は再び幹部陣の全員を招集した。ここ数日間の大混乱による重圧が、単なる反射的なリアクションではなく、ようやく『まっとうな国政の思考』として俺の脳内で組み立てられるまでに落ち着いてきたからだ。
「みんなの率直な意見を聞かせてほしい」
この奇妙な転生ライフが始まって以来、あらゆる重大な決断を下してきたあの円卓の周囲に全員が腰を下ろしたところで、俺は切り出した。
「目の前の緊急事態をどう管理するか、って話だけじゃない。これから先、俺たちがこの移民の民に対して、一体どれだけの『義務』を果たすべきかについてだ」
「私たちが彼らに果たすべき義務など、本来なら存在しないはずですが」
エレインの直属の補佐官の一人が、その進言が場に不快な波紋を広げないか慎重に品定めしながら口を開いた。
「奴らの王は我が国に対して明確な宣戦布告(戦争)を仕掛けてきたのです。マイラス王国の消滅は、どれほど不幸な結果であろうとも、奴らの最高権力層が自らの意志で選択した暴挙の因果応報に過ぎません」
論理的にはその通りだ。不都合なことなど何一つない、厳然たる事実。だけど……それがこの盤面の『すべての真実』だとは、俺にはどうしても思えなかった。
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「あの王がその選択をしたんだ」俺は静かに、しかし断固としたトーンで遮った。
「農民じゃない。商人でもない。今この瞬間も、自分たちとは何の関係もない戦争のせいで人生のすべてをひっくり返され、仮設シェルターの中で身を寄せ合って眠っている子供たちでもない。一人の傲慢な男の身勝手な決断の責任を、何万もの一般の民たちに押し付けて清算させるなんて、俺には到底フェアだとは思えないんだよ」
静かに議論を聞いていたアイヴィーが、次に口を開いた。「……ならば貴方様は、その先にある領域において、具体的にどのような生存戦略を提案されるのですか、マスター・カイ」
良い質問だ。一体、俺は何を提案しようとしているんだ。
俺は長い間、そのあまりにも巨大な問いの前にただ沈黙していた。昨晩から脳内でぐるぐると回り続けていた、ある一つの突飛なパズルのピースが、ついに言葉として外へ吐き出せるだけの確固たる『形』へと定着していく。
「……あいつらの王国を、もう一度丸ごと建て直したい」
広間が、完全に静まり返った。
「建て直す、ですか」
アーロンが言葉を繰り返した。その一言が孕む、物理的な次元のスケール(総建築コスト)の凄まじさを、自らの気の遠くなるような長寿の知恵の元に慎重に天秤にかけながら。
「あぁ、完璧に(まっとうに)な」俺は肯定した。
「我が国の物資に依存する永続的な難民として、いつまでもこの仮設テントに囲い込んでおくつもりはない。本当の家だ。ホライゾンクレストの絶対の庇護下(連盟)に置かれた、奴ら自身の新しい故郷を再建する。二度と、あのベリアルのような小賢しい魔王の強欲に踊らされて、俺たちに対する侵略の兵器として消費されないようにするための、絶対の防衛線だ」
……。待て、俺、今何て言った?
本気でそんなイカれた大言壮語を、この満座の幹部たちの前で口にしちまったのか?
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《告知。貴方は今、一国の『全領域の完全再建』を正式に提案しました》
脳内の超越知性が、相変わらず無駄を削ぎ落とした短いトーンで割り込んできた。それが果たして政治的にどれほど賢明な発言であったかについては、何一つシステム的なデータ補佐を入れてくれない冷たさだった。
分かってるよ。その場にいたのは俺だ。ただ……その言葉が自分の唇から零れ落ちた瞬間に、俺自身が本気でそれを『やり遂げる覚悟』を完了させていたという事実に、脳内適応が追いついていないだけだ。
「……自分で言っておいて何だけど、正気じゃないな」
半分は自分自身に向けて呟いたつもりだったが、広間の全員にはバッチリ筒抜けだった。
「……それは、本心からの御意志なのですか、カイ様?」
エレインが慎重に、しかしその実務的な瞳の奥に純粋な好奇心を宿らせて訊ねてきた。
本気か? ――あぁ、自分の突発的な暴言にただリアクションするのを受け流して、本気でこのチェス盤の上で思考を走らせてみよう。
俺は今度こそ大真面目にそのアイデアをひっくり返し、それが瞬時にもたらすであろうあらゆる現実的な障害を天秤にかけ始めた――必要な物資の質量、魔力の総量、そして今の自分たちが持ち合わせている絶対のステータスで、そんな超常の神業が本当に可能なのかという適応度を。
「本当に実現できるかどうかは、正直言って今の俺にもさっぱり分からん」俺は素直な白旗を上げた。
「それだけの資源があるのか、必要な創造魔法の回路が足りるのか、それとも単なる俺のキャパシティ不足で終わるのか、その確証は万に一つも無い。だけど……挑む価値のある、一番正しい正論だと思うんだ。この人たちは、どこの誰とも知らない魔王の陰謀に王を踊らされ、始まるべきじゃなかった戦争のせいで全てを失った。俺はあいつらに、施しに依存し続ける哀れな未来ではなく、本物の『自分の足で立つ未来』を差し出したいんだよ」
それまで大半の議論を沈黙の中で聞いていたエンゾが、ついに口を開いた。彼のいつも取り澄ました冷静な佇まいの奥に、厳かな、そして本心からの重厚な覚悟が据わっていた。
「……今回の異変を引き起こした引き金は、私の不徳だ。もし私の持ち合わせている格(古竜公の力)の中に、その再建(清算)を可能にするためのピースがあるというのなら――」
「何が実際に可能かは、これから全員で答え合わせをしていけばいいさ」
俺は彼の言葉を遮るように、しかし優しく諭すように告げた。「一緒にだ。これまでこの家族(コバヤシの系譜)が築き上げてきたすべての奇跡と同じようにな」
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どんな大仕事になろうとも。
どれほど途方もない資源や、労力や、時間をこの盤面に支払うことになろうとも。たとえ具体的な解決策が未だ完全には見えていなくても、これが俺たちの進むべき『一番格好いい未来』であることだけは確信できた。
俺は円卓の周囲に集まった仲間たちの姿を一人ずつ見渡した――実務的で、有能で、これから始まる未知の建国(大復興)に対して、すでに自らの魂のパラメーターを滾らせ始めている最高の身内たち。彼らの姿を見ていると、自分がたった今コミットしてしまった途方もない大言壮語の重みの前に、不思議とストンと胸の奥が座っていくのを感じていた。
よし。それじゃあ、拝ませてもらおうか。
ただのガキ集団だった俺たちが、世界を上書きする本物の『神業(建国)』を一体どうやって形にしていくのか。どうやらそんなイカれた難題のクリアすら、我が『コバヤシ家』の王としての、当然の業務内容( job description )に含まれているらしいからな。
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アイヴィーは静かに、何の一連の儀式的な見送りもなくホライゾンクレストを後にした。それは彼女が自らの名付け(進化)を受け入れて以来、万事において発揮するようになったあの冷徹なまでの秘匿性と実務的な手際そのものだった――大袈裟な布告も、ファンファーレもない。幹部会の会議が終結したその瞬間に、ただ一つの決断が下され、実行に移されただけのことだった。
『何者かがマイラス王国を裏で兵器化していた。私はその首謀者を突き止め、完璧に処理する。拷問などという、嘘の上塗りにしかならない不確実な手段に無駄な時間を割くつもりはない』
彼女はすでに半分手繰り寄せていたあの『裏報酬の鎖』を再び追跡し始めた。今度は最初の隠密調査よりも遥かに深い『忍耐』をもって――すべてのダミーの中介者、精緻に資金洗浄されたすべての取引、黒幕が自らの手を清廉に見せるために幾重にも張り巡らせていたすべての隠蔽工作を、一本ずつ執拗に手繰っていく。
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その足跡が最終的に彼女を導いたのは、かつてのマイラス王国の国境付近にひっそりと佇む、とある小規模な邸宅だった――あえて目立たない控えめな構造にしているあたり、周囲の猜疑の眼を避けるための意図的な設計であることは疑う余地もなかった。
邸宅の内部に潜んでいた悪魔が彼女の超常の接近(気配)を察知した時には、すべてが手遅れになっていた。アイヴィーは瞬時に理解した――相手は強い。紛れもない本物の強者だ。かつて、カイによる名付けを経て自らの魂の系譜(格)が完全に書き換えられる前の自分であったなら、互角の死闘を演じることになっていたであろうパワーバランス。
『一年前の私なら、貴方は本物の脅威になり得たでしょうね。だけど今の私にとっては――あえて戦闘を引き延ばす価値すら見出せないわ』
悪魔は自分が直面している絶望の質量を理解した瞬間、即座に空間を裂いて逃亡を試みた。だが、アイヴィーがそれを許すはずがなかった。
「交渉の時間はありません」
彼女は極めて淡々と、一切の害意(感情)を削ぎ落とした冷徹な声音で告げた。
「私が必要としているのは『情報』です。貴方がどうせ吐き散らすであろう嘘のログを尋問するほど私も暇ではありませんから、貴方の脳内から直接それを『獲得』させてもらいます」
悪魔は狂気的な抵抗を試みた。自らの持てるすべての覇気(魔力)を解き放ち、かつてなら同格同士の凄絶な死闘になっていたはずの、死に物狂いの迎撃態勢。
――だが、それは勝負にすらなっていなかった。二人の間に穿たれた格の断絶は、あまりにも完全で、あまりにも巨大すぎた。奴がどれほど誇り高き実力を誇っていようとも、現在の彼女が到達した世界の天井(魔王級)の前には、何一つとして意味を成さなかったのだ。
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彼女は無駄に残酷な時間を引き延ばすことなく、瞬時に戦闘を『終わらせ(清算し)』、残された奴の精神領域(脳内)へと冷徹に手を伸ばした――尋問という不確実な対話ではない。情報回路からの直接の『抽出』。一切のディレイも不確定要素もなく、彼女は求めていた最大のパズルのピースを完璧にすくい取った。
――ビンゴだ。魔王ベリアル。あいつのドス黒い手癖が、すべての証拠の底から完璧に確定した。
抽出されたすべてのログが、アイヴィーの思考回路の中で冷徹かつ整然としたデータとして組み上がっていく――ベリアル自身から直接下されていた隠密命令。マイラスの強硬派を兵器として操るためにピンポイントで投下されていた膨大な資金。そして、あの国王ラスボーンに施されていたのは、単なる甘言による誘導などという生ぬるいものではなかった。
『精神支配』。
言葉による外交なんかじゃない。王のすべての決断の因果関係を、文字通りベリアルが『直接上書き』していたのだ。
彼女はその場で処理すべき残務をすべて迅速かつ完璧に清算した。必要最低限以上の暴力は一切振るわない、隙のない手際だった。
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事後、アイヴィーは静まり返った無人の邸宅の中にしばらく佇み、たった今手に入れた情報の恐るべき質量を脳内でじっくりと噛み締めていた。
『カイ様にお伝えしなければ。そのすべてを。……彼が最も耳にしたくないであろう、あの最悪のディテールも含めて』
彼女は自らの佇まいを完璧に整え、直ちにホライゾンクレストへの帰路についた。その胸に携えた情報の質量は、どんな物理的な物資の重量よりも遥かに重く、彼女の魂にのしかかっていた。
ベリアルは、単にマイラスを踊らせて小規模な暗殺戦争を仕掛けてきたのではない。
あいつは、**エンゾが最終的にあの超新星魔法を解き放って一国を丸ごと消去する(世界の天井を露呈させる)という最悪のリアクションを起こすように、最初から完璧に計算してこの破滅のチェス盤を構築していたのだ。**
これは行きずりの気まぐれな残虐行為なんかじゃない。最初の一手が放たれたその瞬間から、すべては冷徹にデザインされていたのだ。
カイ様は知るべきだ。自分たちがどれほど執拗に、かつ完璧に、あの壊れた魔王のチェス盤の上で踊らされていたのかを。
彼女は一時間もしないうちに空間転移でホライゾンクレストへと帰還した。足跡はすべて手繰られ、真実は完璧に抽出された。これから差し出すその最悪の報せは、この終わりのない戦争のパワーバランスを、根本から決定的に変えてしまうことになる。




