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転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】  作者: ルーク
壊れた世界(偽りの現実)

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第37話:その道が最後に示したもの

アイヴィーが俺を見つけたのは、あの墓標の前だった。予定を調整して都合の良い時間を待つ余裕などない、一刻を争う報告がある時に、彼女が真っ先に目指す場所として定着した場所だ。


「……掴みました」

彼女は静かに言った。その声は、これから差し出す報せが到底穏やかな内容ではないと理解している時の、特有の注意深さに満ちていた。

「すべての足跡(トレイル)です。推測ではなく、完全な確定事項として」


ついに来たか。


「話してくれ」俺は促す。


「暗殺者たち、細工された積荷、そのすべての断片が同一の巧妙に張り巡らされた中介者(ダミー)の鎖へと繋がっていました」彼女は淡々と告げた。「そしてそのすべての資金源であり、直接の指揮を執っていたのは、やはりマイラス王国の軍部強硬派です。今回は容疑ではなく、確証を得ました」


マイラス王国。あぁ、そうか。それについては俺もすでに半分は予想していた通りだ。


「ですが、それだけではありません」

アイヴィーが言葉を続け、その声音の輪郭が急激に鋭さを増した。

「その強硬派の面々自体が、何者かによって踊らされていたのです。彼らの脳内に最初の『甘言(引き金)』を埋め込み、初期の暗殺活動に資金を提供し、マイラスの本国上層部には『軍部がそのように兵器化されている事実』を一切悟らせないよう、徹底的に足がつかない隠蔽工作を施していた黒幕がいます」


「誰だ」

俺はフラットに訊ねた。すでに肋骨の奥底、心臓の真下が冷たく凝固していくのを感じていた。


「魔王ベリアルです」アイヴィーは、その名を厳かに紡いだ。


---


俺は長い間、一言も発しなかった。

その名が、かつて『虚無の円卓(ホロウ・テーブル)』での会議について聞いていたすべての情報――ニクサラの絶対的な警告、俺に対する所有権の主張、そしてその場にいた全ての魔王たちが表向きは同意したはずの『不干渉の不可侵条約』――の隣へと、すとんと収まる。


あいつは確かに聞いていたはずだ。他の魔王たちと全く同じ場所で、あの警告を。

そして、ただ純粋に「自分には適用されないルールだ」と鼻で笑ってチェス盤を動かしたわけだ。


「……間違いないんだな?」俺は静かに念を押す。


「間違いありません」アイヴィーが確信を持って頷いた。

「資金の流動経路、タイミング、手法――そのすべてが、彼の過去の隠密作戦における固有の手癖(行動パターン)と完全に一致しています。確たる情報源(エビデンス)なしに、このような大事を貴方様に報告いたしません」


その瞬間、胸の奥底が完全に凪いだ――想定していたような、激しく燃え盛る怒りの炎ではない。それはより静かで、より冷徹で、絶対的な『終わり(結論)』を告げる重さだった。


これまでに、どれほどの命がこの盤面で消費されてきた? ドラン。フェンリック。あの嘘の上に築き上げられたアッシュフォードとの虚しい戦争。そして今度は、直接の警告を受けながらも、己の底無しの飢餓(強欲)を満たすためだけに同じように踊らされ、兵器化されようとしているマイラスの人間たち。


俺はゆっくりと、確固たる動作で立ち上がった。自分自身の表情が、目に見えてどう変貌したかを、視覚ではなく肌の感覚で正しく理解していた。


「マスター・カイ……?」

アイヴィーが慎重に声をかけてくる。俺の内面で起きた決定的な『シフト』を、その鋭い知性で正確に察知した視線だった。


「怒ってはいないさ」

俺は答えた。自分でも驚くほどフラットで静かな声だったが、それはどんな激昂の叫びよりも遥かに『最終的』な響きを孕んでいた。


「……彼らを、憎んではおられないのですね」

アイヴィーはその静寂の裏にある本質を正しく読み解き、ゆったりと呟いた。


「あぁ」俺は言った。「マイラスの連中も、ベリアルも、どっちも憎んでなんかいないさ。『憎む』ということは、相手をまだ何らかの感情を抱くに値する生命だと認めている証拠だからな」


---


俺はホライゾンクレストの街並みを見渡した。

この町、この家族。誰かの身勝手で気が長い強欲(ロングゲーム)によって、「個人の利益のために排除すべき単なる障害物」だと品定めされたこの場所は、本来なら誰もが喪失とセカンドチャンスの末に手に入れた、かけがえのない宝物だ。


マイラスの連中については、いずれ許せるかもしれない。アッシュフォードがそうであったように、奴らもただ踊らされていただけの被害者だ。だが――ベリアル、お前は違う。


「ベリアルは、決定的な致命傷(ミス)を犯したな」俺は静かに、引導を渡すように告げた。「あいつは、最初から自分自身でここに来るべきだったんだ」


アイヴィーは何も答えず、ただじっと見つめていた。万事において彼女が発揮する、あの精密な評価を下すかのような視線だった。


「それなのにあいつは」俺は言葉を続ける。「暗闇から短刀を突き刺し、食事に毒を盛り、自らの手を汚さないために一国の焦燥感の裏に隠れてコソコソと糸を引いた。そんなものは『戦略(ストラテジー)』じゃない。ただの『臆病(チキン)』を、忍耐という都合のいい言葉で着飾っているだけだ」


これから先、一体何が起きるにせよ――この戦いがどんな結末を迎えるにせよ――これ以上、この陰謀を足がつかない不都合な有耶無耶として隠蔽させておくつもりは毛頭ない。帳簿を正しく清算(チェックメイト)してやる時だ。


「全員を集めてくれ」俺はついに命じた。「……ここから先、俺たちが一体どう動くべきか、本気の『軍議』を始めるぞ」




-------




緊急の軍議は一時間もしないうちに招集された。いつもの円卓、いつもの顔ぶれ。しかし、アイヴィーが掴んできたすべての足跡(トレイル)を俺が盤面に並べ立てた瞬間、その広間の空気は目に見えて重く、張り詰めたものへと変質した。


「ベリアル、か」


エンゾがその名を繰り返した。彼のいつも整った端正な顔立ちに、ドス黒い不穏な影が過る。

「……それで色々と合点がいった。奴は『魔王(デーモンロード)』という枠組みの中でも、昔から最も野心に満ちた男として有名だったからな」


「あいつのことを知ってるのか?」俺は訊ねた。


「直接の面識はない」エンゾは首を振った。「だが、その悪名は嫌というほど耳にしている。かつてエルフだった頃、奴の精神を粉々に叩き潰した絶望の果てに、あのような異形へと変貌を遂げたのだという。……言うなれば、強欲という概念がそのまま形を成したような存在だ。奴は自分がすでに手にしているものに対して、満足という感覚を抱いたことが一度としてない」


かつてエルフだった男。――エレインの同胞たちから彼らの種族の気高さについて色々と学んできた俺にとって、それはなんとも言えず座りの悪い、鳥肌の立つようなドス黒いディテールだった。


---


「ニクサラに伝えるべきよ」

エリスがいつもの直球極まる現実論を口にした。

「あの女は『虚無の円卓(ホロウ・テーブル)』の会議で、明確にカイに対する独占権を主張したんでしょう? ベリアルがその警告を意図的に無視して水面下で動いていたのなら、自らの絶対的な権威(プライド)がコケにされていた事実を、彼女自身が正しく把握しておく権利があるわ」


「あぁ、同感だ」俺は頷く。「ただ、彼女がそれを知った時にどんな『リアクション』を起こすかについては、細心の注意を払って管理(コントロール)する必要があるけどな」


だが、その心配をする時間すら、俺たちにはほとんど残されていなかった。

俺が独自のチャンネルを通じて報せを送ってから一時間もしないうちに、ニクサラは姿を現した――いつものように霧の門(フォグ・ゲート)による演出もなければ、お仕着せの儀式もない。突如としてそこに『存在』していた。しかし、今回ばかりは、彼女がいつも身に纏っていたあの朗らかな温かみは影も形もなく消え失せ、代わりに世界の終焉を思わせるほど冷徹な波動が部屋を満たしていた。


「……すべて話しなさい」


一切の言葉のプレアンブル(前置き)はなかった。


俺はアイヴィーから報告を受けた通りの事実を、そのまま盤面に並べ立てた――暗殺者たちの襲撃、細工された交易物資、そしてマイラス王国の強硬派を兵器として操っていたすべての資金源の糸口が、他ならぬベリアル自身の『固有の手癖』へと直撃しているという確証を。


ニクサラは、完全な、そして底知れぬ静寂の中でそのすべてを聞き届けていた。俺が話を終える頃には、彼女の周囲の空気(空間)そのものが物理的な質量を持って歪み始めており、それは『古竜公(エルダー・ドラゴン)』へと進化を遂げたエンゾでさえ、俺の隣で目に見えて身体を硬直させるほどの圧倒的な威圧(覇気)だった。


「奴は、私の警告を聞いていたわ」

彼女は静かに言った。その一言ひとことが、すでに確定した絶対の死刑判決を下すかのような重さを持って広間に響く。

「あの円卓に座り……他の面々と同様に、私の宣言に同意してみせた。それなのに、裏でこのような真似をしでかしたというわけね」


――これこそが、かつてイグニヴァール(エンゾ)が俺に警告していた『原初の悪魔の真の怒り』というやつか。今の彼女の姿を見れば、かつての彼が「自分のような存在が十頭束になって逆立ちしても、あの手合には逆立ちしても勝てない」と断言していた理由が、嫌というほど正しく理解できた。


「殺すわ」

ニクサラは極めてシンプルに、絶対の事実としてそう告げた。すでにその場から向き直り、自らの言葉を実行するためにそれ以上の如何なるプロセスも必要としていないかのようだった。


---


「お待ちください」

アイヴィーが一歩前に出て、その静止の声を掛けた。現在のニクサラが放つ、世界を消し炭にしかねない覇気に正面から晒されながらも、自らの意志を明確に示すその手際は、まさに魔王級の覚悟の体現だった。

「……それは不可能です。直接の手出しは許されません」


ニクサラがゆっくりと振り返る。そのいつもの平穏な瞳の奥に、極めて危険なドス黒い光がチラついているのが見えた。「……理由を言いなさい」


「魔王同士による直接の武力衝突は、原則として固く禁じられています」

アイヴィーは、空間を押し潰さんばかりのプレッシャーに抗いながら、毅然とした口調で告げた。

「最強の魔王であるヴェリス様による『明確な裁定(サンクション)』がない限り、それは六人の魔王すべてを平等に縛る絶対の鉄則のはず。……それは貴方様自身が、最も正しく理解されているはずです」


なるほど。『虚無の円卓』で定められた古き盟約か。ヴェリスの許可なしに、魔王同士が私闘を演じることは許されない。


ニクサラの美しい顎のラインが、ギリと音を立てて引き締まった。その制限という名の『世界のルール』の現実が、彼女の内なる怒りが今すぐ実行したがっている破滅の衝動と、激しくせめぎ合っているのが目に見えて伝わってくる。


「ならば、ヴェリスの元へ行くわ」彼女はついに吐き捨てた。「奴から直接、裁定(許可)をもぎ取ってくる。今回の件は、まさにそのルールの例外として処理されるべき明白な『条約違反』だもの」


---


「ちょっと待て」

彼女が本当に空間を裂いて跳ぶ前に、俺は声を張り上げて制した。「……そこは、俺に直接処理(ハンドリング)させろ」


ニクサラが、信じられないといった表情で俺の方へと向き直った。「貴方がベリアルと直接戦うと言うの? あいつは『魔王(デーモンロード)』よ、カイ。貴方がどれほどの速度で成長を遂げようと、エンゾからどれほど上質な技術を教わろうと、今の貴方では到底あのレベルの戦い(次元)には届いていないわ」


「あぁ、おそらくそうなんだろうな」俺は素直に認めた。

「だけど俺は、お前たちを縛っているその『ルール』の枠組みの外側にいる。俺は魔王じゃないからな。あいつと直接チェス盤の上で激突することに関して、システム的な制限(ペナルティ)を受ける筋合いは一切無いんだよ」


それは厳然たる真実であり、この世界において、俺がどの既定のカテゴリ(階級)にも綺麗に収まらないバグ(エラー)であるという事実が、初めて明確な『利点(アドバンテージ)』として機能した瞬間だった。


「もし、貴方が負けたら?」

ニクサラの声のトーンが落ち、その冷徹な響きの奥底に、どこか俺を庇おうとするかのような本心の危惧が混じる。

「もし奴が、これまで執念深く仕掛けてきたプラン――貴方を消耗させ、孤立させ、その本質をすべて『吸収(アブソーブ)』するというシナリオを完遂してしまったら、どうするつもり?」


「それは、俺が自らの意志で天秤にかけ、引き受けると決めた『リスク』だ」俺は言った。

「お前が自らのルールを破って、あの少年の問題とは全く無関係な『魔王同士の全面戦争』を引き起こすのを指をくわえて見ているよりは、遥かにマシだからな」


---


彼女は長い間、俺の瞳の奥をじっと見つめていた。その表情の裏には、様々な感情が複雑にもつれ合っていた――焦燥、本心からの心配、そしてその最奥に、どこか『敬意』に似た光が宿るのを俺は見逃さなかった。


「……本当に、往生際が悪い(頑固な)子ね」彼女はついに溜息を漏らした。


「よく言われるよ」俺は不敵に笑ってみせる。


「いいわ」

彼女はそう応じたが、その言葉は極めて不承不承であり、明らかな座りの悪さを孕んでいた。

「私は奴に直接手を出さない。だけど、貴方が奴の領地(テリトリー)へたった一人で無防備に歩み進むのを、黙って見届けるつもりもないわ。私も同行する。特等席でチェス盤の行方を監視させてもらうわよ。そして、本当に『決定的な致命傷(詰み)』の局面になった時だけ、私が直接介入(ルールを上書き)させてもらうわ」


それは、数分前までの彼女が放っていたあの圧倒的な殺意の深さを思えば、驚くほどの『妥協案(コンセッション)』だった。


よし。条件は整った。

魔王ベリアル、お前が仕掛けた気が長い強欲の清算(チェックメイト)の時間だ。我が『コバヤシ家』の総力を結集した魔王討伐の反撃(カウンター)が、今ここから本気で幕を開けるってわけだ。


次に一歩前に踏み出したのは、エンゾだった。その佇まいには、確固たる揺るぎない覚悟が据わっていた。

「ならば、私の格をお前の身代わりに、あるいは最低でもお前の隣に立たせてくれ。かつての放浪時代、私は『魔王級(デーモンロード・クラス)』に匹敵する超常の脅威と何度も刃を交えてきた。私の戦闘経験(キャリア)は、必ずやお前の力になれるはずだ」


「いや」俺は静かに、しかし断固とした口調で首を振った。「お前には、この場所に残ってもらう必要がある」


「カイ――」


「マイラス王国がまだ健在だからな」俺は言った。

「踊らされていたとはいえ、あの国の軍部強硬派が今なお実在する本物の脅威であることに変わりはない。しかも奴らの得意分野は、ピンポイントでの『爆雷魔法(エクスプロージョン)』だ。ホライゾンクレストの現在の結界防衛網(システム)は、その手の超高火力広範囲の破壊工作を完全にシャットアウトするようには構築されていない。もしベリアルが本気で複合的な同時多発作戦(マルチフロント)を企てていて、俺の意識を本国から逸らした隙にマイラスにここを奇襲させるつもりなら、その特定の脅威を完璧に叩き潰せるだけの『絶対の守護神』がここに必要なんだ」


エンゾはその言葉を噛み締め、明らかに胸中で葛藤していた。だが、最終的にはその冷徹な論理(ロジック)の正当性を認め、苦渋をにじませながらも深く頷いた。


「了解した。この地平線の頂(ホライゾンクレスト)は、私が死守しよう。マイラスの方向から何が飛んでこようとも、この私の絶対防衛線を突破させることは万に一つもあり得ん」


---


「アイヴィー」俺は次に彼女へと向き直る。「エース。お前たちは俺に付いてきてくれ」


「御意に」アイヴィーは即座に応じた。一片の躊躇いもなかった。


『上出来だ』エースが念話のリンクを通じて付け加えてきた。『どっちにしろ、留守番を命じられても密航して付いていくつもりでしたからね』


「エリス」

俺は最後に、この場で最も重い言葉を交わさなければならない相手へと視線を向けた。

「お前もここに残ってくれ。理由はエンゾと同じだ。もし二つの戦線が同時に爆発した場合、ホライゾンクレストの『最高戦力』をそれぞれの防衛線へと正しく分散配置(スプリット)させておく必要があるんだよ」


彼女は異議を唱えなかった。だが、その妥協が彼女のプライドにとってどれほど身を切るような代償であったかは、その張り詰めた横顔を見れば痛いほど伝わってきた。


「……生きて還ってきなさい」

エリスは簡潔に告げた。それは、今や遥か前世の記憶のようにすら感じられる、あの最初の夜の戦場で彼女が俺に投げかけてくれた言葉の、完璧な反響(リフレイン)だった。


「あぁ、そのつもりだ」俺は本心からの確信を込めて返した。


よし。条件は整った。

魔王ベリアル、お前は自らチェス盤の前に立つリスクを拒み、人間の焦燥感の裏に隠れるというヘタレな選択肢を選んだ。ならば、その身勝手な選択がどれほど高くつくか、お前のその身に直接『清算(チェックメイト)』の痛みを刻み込んでやるってわけだ。




-----------



軍勢の本体が視界に現れるよりも遥かに早く、報せは俺たちの元へと到達した――我が領地『地平線の頂(ホライゾンクレスト)』の南側アプローチを完璧に警戒・追跡していたエレインの隠密斥候団(スカウト)が、俺たちが最も恐れていた、そしてこの最悪のタイミングだけは避けたかった『最悪の動乱』の始まりを完全に確定させたのだ。


「マイラスが、本格的な進軍を開始したわ」


彼女は会議の円卓の上に、独自の軍事ルートで描き上げた精緻な敵陣マップを広げて淡々と告げた。

「今回は行きずりの小規模な略奪部隊じゃない。完璧に統制された正規の本国主力軍よ。我が方のカウントでは、その総兵力およそ『一万五千』――遠距離からの超高火力面制圧を担当する爆雷魔法師団が一万、近接戦闘でのバックアップおよび殿(しんがり)を固める重装歩兵師団が五千よ」


一万五千、だって?

……おいおい、暗闇からコソコソと這い寄ってくる暗殺者どもとは、物理的な次元のスケールが違いすぎるぞ。


「マイラス王国は、遠距離からの魔法砲撃戦において『絶対無敗』の歴史を誇っているからな」

エンゾがその名を口にし、かつて『古竜公(エルダー・ドラゴン)』へと至る前の放浪時代から培ってきた、極めて冷徹な戦術眼を瞳に宿らせて言った。

「奴らの扱う『第八階梯・爆雷魔法(マギ・エクスプロージョン)』の威力と面制圧能力は、この大陸のどの国家をも凌駕している。他の一切の兵科において凡庸な軍勢でありながら、あの国が未だに世界最強の五大強国の一角にふんぞり返っている理由は、ひとえにその圧倒的な一撃必殺の超高火力にあるのだ」


「……弱点は?」俺は訊ねる。


「『防御』だ」彼は極めてシンプルに断言した。「奴らは歴史上、防御などという概念を必要としたことがないのだよ。なぜなら、奴らの射程圏内に踏み込んで、その防御の手際をまともにテストできるほどの生存者が、これまで一人も存在しなかったからだ」


――山をも容易く消し炭にする超長距離の大量破壊兵器を引っ提げた、一万五千の殺戮集団。そんなイカれた代物を、ホライゾンクレストの本国国境線(ボーダー)に一歩でも近づかせるわけにはいかない。


「もし、奴らが我が領地の射程圏内に到達してしまったら」

俺は脳内で防衛シミュレーションを限界まで走らせながら、慎重に言葉を紡いだ。

「俺たちが間合いを詰めるよりも早く、遥か彼方からの超遠隔砲撃だけでこの町全体が文字通り消滅させられる。絶対に、そんな可能性が発生する手前の領域で奴らを完全にストップさせなきゃならない」


「同感だ」エンゾが深く頷く。「私を行かせてくれ。エリス、そして俺たちが育て上げた『精鋭三人衆(エリート・トリオ)』とその配下たちを。一般の民間人が絶対に巻き込まれない広大なオープンフィールド(平原)にて、奴らの進軍を正面から迎撃・インターセプトする」


作戦としては完璧だ。冷徹な論理の正当性は分かっている。だけど……自分が心から大切に思っている仲間たちを、一万五千の化け物地みた火力の中へと送り出すのは、どうしたって胸の奥が張り裂けそうなほど引き裂かれる思いだった。


---


「……お前たちには、必要な『鍵(ギフト)』をすべて預けてあるはずだ」

俺は彼ら一人ひとりの顔を見渡しながら、その内に眠る超常のステータスに意識を向けた。

「お前たちは全員、俺の『名付け』を通じて例外なく『虚無(ヌル)』の波動をその魂に宿らせている。そのギフトがそれぞれに何をもたらしたのか、その全貌をここで完全に解き放ってくれ。これしきの化け物共を相手に、力を温存して生き残れるほど甘い戦場じゃないからな」


エリスは腕を組んだまま、まるで目の前の敵陣マップの肉眼では見えない歪みすら完璧に看破するかのような、凄絶な集中力で盤面を注視していた。

「……実はね、一つ思いついた戦術(プラン)があるの。奴らの基本ドクトリンが『遠距離からの爆雷魔法のクリーンヒット』だけに依存しているというのなら――そもそも、そのすべての魔法が『何一つ着弾しなかったら』、一体どうなると思う?」


「詳しく聞かせてくれ」俺は純粋な好奇心をそそられて先を促した。


「私の『虚無』は、接触したあらゆる他者の魔素を根本から拒絶し、否定する」彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「これまでは自分の刃にその波動を纏わせる(エンチャント)だけの技術だったけれど、ここ数週間、それをより意図的で巨大な『指向性の防衛壁』へと成形する訓練を重ねてきたのよ。飛来するすべての魔法砲撃が、私たちの頭上に到達するよりも遥かに手前の空間で、その因果関係ごと虚無へと融けて消え去るような……そんな絶対の『概念結界(ヌル・シールド)』をね」


はえー……。なるほどな。それは天才的というか、恐ろしいほどの正論だ。


---


「だけど、本当にそれほどの超巨大なスケール(範囲)の結界を維持できるのか?」

俺の言葉には、本心からの危惧と心配のトゲが混じっていた。

「一万の魔法師団が一斉に撃ち込んでくる一斉掃射だぞ。お前がこれまで模擬戦で経験してきたどんな負荷とも、その次元の質量が違いすぎる」


「そんなの、実際にやってみなくちゃ分からないわよ」

エリスは自らの内に脈打つ不確実性を真っ向から受け入れながらも、その声音には一切の揺らぎがない、確固たる覚悟が据わっていた。

「だけど私は、どこかの安全な温室で小出しのテストを繰り返して時を待つより、本物の脅威の前に自らの限界を突きつけて答え合わせをしたいの。そのために、私はあんたの手で『最強』の部屋の鍵を開けてもらったんだから」


――これこそが、彼女の彼女たる所以(アイデンティティ)か。相変わらず男前すぎて惚れ惚れするレベルだが、だからといって、彼女をその死線へと送り出す俺の胃の痛みが和らぐわけじゃなかった。


俺は極めて不承不承ながらも、本心からの信頼を込めてその作戦を承認した。

それからの丸一日、ホライゾンクレストの内部では凄まじい熱量での迎撃準備が淡々と、しかし完璧な手際で進行していった――エルヴァ、セリカ、ルークの精鋭三人衆がそれぞれの部隊を極限まで叱咤激励し、エンゾはかつて俺に「美しい負け方」を教えてくれていた時と同じあの無限の忍耐強さで完璧な布陣の戦術ロジックを叩き込み、エリスは自らの『概念結界』のイメージを極限まで研ぎ澄ましていた。


---


だが、彼らが本当に出陣してしまう前に、俺にはどうしても一つだけ、個別に清算しておかなければならない重要な『縛り』が残されていた。俺はエンゾを誰もいない部屋へと連れ出し、二人きりで対峙した。


「もし、戦況のチェス盤にわずかでも隙(チャンス)が生まれたら」

俺は言葉を選びながら、慎重に彼に告げた。

「事態が決定的な殺し合いへと暴発してしまう前に……奴らの総大将と、もし国王本人が本陣に出張ってきているならその男と、直接の『外交(対話)』を試みてほしいんだ。奴らがどこの誰とも知らない魔王の強欲に踊らされ、自国とは何の関係もない虚しい戦争の兵器として消費されようとしている現実を、正しく突きつけてやってくれ」


エンゾはその言葉を聞き、いつもの絶対的な自信に満ちた佇まいの裏で、深い思索を巡らせるように目を細めた。

「……お前は本気で、そんな青臭い対話(ロジック)が奴らに通用すると信じているのか? 王という生き物はな、自らの『大国のプライド』が盤面に載ってしまった後には、往々にして如何なる正論にも耳を貸さなくなるものだぞ」


「あぁ、通用しない可能性の方が高いんだろうな」俺は素直な本音を認めた。

「だけど俺は、最初から暴力というイージーモードの選択肢に飛びついて、後になって『もし別の道があったんじゃないか』って一生ヤキモキして眠れない夜を過ごすよりは、まず限界まで外交(対話)を尽くして、それが完膚なきまでに決裂した後に拳を振るいたいんだよ。その方が、どれほど泥臭くて面倒くさくても……俺がこの世界で本当に『なりたい自分(王)』の在り方に、一番近い気がするんだ」


「承知した」


エンゾはそう言った。その極めてシンプルな一言の裏には、打算のない、本心からの深い『敬意』のような響きが混じっていた。

「お前のその青臭い信念(ロジック)のためだ、全力を尽くして対話を試みてみよう。それがどれほど無意味な結末に終わる可能性が高かろうともな」


---


出陣を翌朝に控えたその日の夜、俺はまともに眠りにつくことができずにいた。かつてドランやフェンリックを失ったあの最初の夜以来、大掛かりな戦火に直面するたびに必ず胸の奥底へとどっしりと居座る、あの酷く馴染み深い『重圧(プレッシャー)』が心臓の真下を締め付けていたからだ。


一万五千の軍勢。

これまでの生涯において、遠距離砲撃戦でただの一度も敗北を喫したことのない最強の王。

そして、未だかつて誰も試したことのない途方もない超巨大スケール(範囲)を相手に、自らの新しい『概念結界(ヌル・シールド)』をぶっつけ本番でテストしようとしているエリス。


頼む。頼むから、俺たちが頭の中で描き上げたシミュレーション通りに、これ以上誰も欠けることなく、綺麗に片付いてくれ。


《告知。不確実な未来に対する焦燥感(不安)は、現在の精神状況(ステータス)において極めて論理的かつ正常な生存本能の範疇であると判断します》


脳内の『超越知性(トランセンデント・インテリジェンス)』が、相変わらず無駄を削ぎ落とした短いトーンで割り込んできた。しかし、その冷徹な宣告の裏には、単なるデータの提示を超えた、どこか俺の精神の波立ちを静かに宥めようとするかのような、不器用な『配慮』の気配が混じっていた。


あぁ。分かってるよ。だけど、そう言われたからってこの待つ時間のジリジリとした苦痛が和らぐわけじゃないんだ。


---


俺はその不穏な静寂(しじま)の中に一人で座り込み、ホライゾンクレストの屋根瓦の向こう側へとゆっくりと昇っていく月を、長い間ただ見つめていた。やがて、胸の奥で渦巻く焦燥感(不安)に対して、肉体の限界がもたらす圧倒的な疲弊がようやく勝利を収め、俺は引きずられるようにして微かな眠りの中へと落ちていった。


明日、俺が心から大切に思っている仲間たちの全員が、俺という存在のために、一万五千の殺戮集団の待つ死線へと歩みを進める。


俺はあいつらに、十分な『備え』を与えてやれただろうか。

俺が何よりも、胸が引き裂かれるほどに祈っているのは、明日の戦いがあの最悪の夜のような、取り返しのつかない致命的な『代償』を俺たちから奪っていかないこと、ただそれだけだった。





--------------





朝の訪れは、俺の予想よりも遥かに静かなものだった。

『地平線の頂(ホライゾンクレスト)』の全住民が国境の正門近くへと自然に集まり、出陣する仲間たちの姿を見送っていた。形式的なお仕着せの出陣式などではない。ただ純粋に、お互いを本心から大切に思い合うようになった人々が、この重大な歴史の転換点(イベント)が始まる前にその場に居合わせたいと願った結果の光景だった。


「……絶対に、無理はするなよ」

俺は最後にエリスの手を握り締め、念を押した。いつもの慣れ親しんだ、お互いの手のひらの温度を確かめ合う仕草だった。


「状況が許す限りは、最大限にそうするわ」

彼女はそう応じた。それは俺が本当に欲しかった気休めの言葉ではなかったけれど、どこまでも剥き出しで誠実な彼女らしい回答だった。今の俺は、安易な慰めよりも彼女のその『誠実さ』こそを最も価値あるステータスとして信頼している。


ま、妥当なところだな。これから彼女が歩み進む死線の凄まじさを思えば、それ以上の無理難題を要求するわけにはいかない。


---


エルヴァ、セリカ、ルークの精鋭三人衆が部隊の端に並んで立ち、その背後には彼らの直属たる配下たち――エレインの防衛隊から選りすぐられ、三人衆の過酷なまでの要求水準(ハードル)の元で徹底的に叩き込まれた十数名の精鋭戦闘員たち――が、静かで研ぎ澄まされた戦闘態勢(レディ・ステート)で行列を成していた。


「この規模での本格的な実戦は、僕たちにとっても初めての『本当の試練』だね」

ルークのいつもの絶対的な自信の裏に、かすかな緊張のトゲが混じる。


「そのために、私たちは死ぬ気で訓練(ワークアウト)を積み重ねてきたのよ」

セリカが彼の横顔を力強く諭した。彼女の肩には、前回の死闘で刻まれた微かな傷跡が未だに残っていたが、その佇まいにブレは一切なかった。「自分たちが積み上げてきた『時間』を完全に信頼しなさい」


「彼女の言う通りだ」エルヴァが言葉を重ねる。「一万五千という数字は確かに巨大だが、それが『絶対に勝てない数字』であることを意味するわけじゃない。兵力の数字それ自体が、戦術の本質を完璧に理解している強者に対して勝利をもたらした前例など、歴史上ただの一度も存在しないのだからな」


いいぞ。巨大な敵に対する論理的な敬意(リアリズム)を持ちつつも、決して己の牙を曇らせないその確信。それこそが、俺があいつらにこの戦場へ携えていってほしかった最高のバランスだった。


---


すでにその身体の半分を本来の『古竜公(エルダー・ドラゴン)』の超常の形態へと部分変異(シフト)させていたエンゾが、いつもの極めて冷徹な戦術眼で集結した精鋭たちを見渡した。


「敵軍と接触するまでは、全員が単一の戦術ユニット(ワンチーム)として連動する」

彼の重厚な声音は、広場に集まったすべての戦闘員の脳裏へと容易く染み渡っていった。

「敵の最初の一撃(オープニング・ストライク)が飛来した瞬間、エリスの概念結界が我が方の絶対防衛線となる。私はその直後、カイの明確な『要請(リクエスト)』に従い、事態が致命的な殺し合いへと暴発する前に敵総大将との直接の『外交(対話)』を試みる。――それ以降の展開については、敵の実際のリアクションに応じて、臨機応変に盤面を上書き(アダプト)していくぞ」


「もし、その外交が決裂した場合は……?」

精鋭三人衆の配下の一人が、静かに問いかけた。


「その時は、一瞬で、かつ完膚なきまでにこの戦いに『終わり(清算)』を告げるだけだ」

エンゾは引導を渡すような絶対の響きで言い放った。

「回避できるのであれば、敵味方双方に無駄な苦痛(コスト)を強いるつもりはない。だが――我々が敗北することは万に一つもあり得ん。我がコバヤシの譜系が心血を注いで築き上げてきたこの聖域に対して、これほど直接的な脅威を突きつけてきた連中を、生かして帰すわけにはいかないからな」


それもまた、完璧な回答だった。許される限りは慈悲(外交)を、それが通用しないと判明した瞬間には絶対の断罪(力)を。


---


俺は軍勢が出発する直前、エースを少し離れた場所へと連れ出し、他の全員と同じように二人きりの静かな時間を設けた。


『あいつらのことを、正しく見守ってやってくれ。全員だ。そしてお前自身も、絶対に無傷で還ってこいよ』


『完全に了解いたしましたよ』

エースは、この重苦しい黎明の空気の中でも、いつもと変わらない温かい念話のリンクを返してきた。

『お前は心配性が過ぎるのですよ、カイ。あれほど完璧に彼らを鍛え上げておいて、今更何をヤキモキしているのですか』


『俺がこれほど心配しているのはな、お前たち一人ひとりのことを、文字通り胸が張り裂けそうなほど家族として愛しているからに決まってるだろ』


『……。それは一本取られましたね』

エースはあっさりと降伏を認めた。その思念には、どこか彼らしい優しさが混じっていた。


---


部隊が本当に跳ぶ直前、魔王ニクサラが突如として姿を現した。いつもの悪ふざけめいた微笑はなく、その知性的な瞳には、純粋で厳かな好奇心だけが宿っていた。


「お前は付いていかないのか?」俺は少し意外に思って訊ねた。


「今回のチェス盤は、私が横槍を入れるべき舞台(テリトリー)ではないわ」

彼女は極めてシンプルに断言した。

「進化したエンゾが、自らの新しい格(世界の天井)を本物の戦場でどう証明してみせるのか――それは私のような者が無粋に介入するべきごっこ遊びではなく、遠くから正しく『観測』するに値する絶対の歴史だからね」


いつもは頼んでもいないのにあらゆるイベントへピンポイントで突撃してくる無法者のくせに、こういう時だけは妙に弁えた『格の高さ』を見せてくるから困る。


「精々、楽しんできなさい」

ニクサラは集結した軍勢に向けて、いつものからかいを削ぎ落とした、本心からの温かいエールを投げかけた。「もっとも、貴方たちの構成要素(ステータス)を見れば、そもそも『幸運』などという不確実なディテールを必要とする者は一人もいないでしょうけれどね」


---


《告知。超長距離の空間転移魔法(ゲート・ワープ)の発動シーケンスを完全承認しました。座標固定、開始します》


脳内の超越知性による超常の演算精度が魔法の回路を完璧にガイドし、次の瞬間――ホライゾンクレストの正門前に集結していた我が精鋭の総力は、光の粒子となって音もなく消失した。彼らはすでに、マイラス王国の本国軍勢が砂塵を巻き上げて進軍しているであろう、遥か彼方のオープンフィールドへとその間合いを直撃させているはずだ。


俺は約束通り、この場所に一人で居残った。

わずか数秒前まで仲間たちが立っていた、主を失った無人の空間を見つめながら、自分が引き金(トリガー)を引いて動かしてしまったこの巨大な戦争の質量が、どっしりと胸の奥底へ沈殿していくのを感じていた。


一万五千の殺戮軍勢。

そこへ向かって、俺のために、俺がそう頼んだからという理由だけで歩みを進めていった俺の家族たち。


《データ分析。現在のRetinue(幹部陣)の戦闘パラメーターは極めて良好です》

脳内の超越知性が、短く、しかし自らのシステム限界の枠内で精一杯俺の心を支えようとするかのように、静かに告げた。

《貴方がこれまでの数ヶ月間で積み上げてきたすべての『備え』は、万に一つも無駄にはなっていません。確信を持って待機してください》


あぁ。お前の言う通りだといい。本当に、心底そのデータが正しいことを祈っているよ。


俺はホライゾンクレストの静かな朝の街並みへと振り返った。町の住民たちは、自分たちの未来のすべてが、今まさに目肉では見えない遥か彼方の戦場で天秤にかけられていることなど露知らず、いつも通りの穏やかな日常のルーティンを回し始めている。

俺は覚悟を決め、これまでの人生で間違いなく『最も気の長い、最も過酷な待機時間』となるであろうそのチェス盤の前に、静かに腰を下ろした。


還ってこい。全員だ。頼むから、ただ無事に還ってきてくれ。



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