第30話:決断を下せ
事前の仕込み(準備スペック)は、これ以上ないほど完全な極致へと到達していた。イグニヴァルは俺を限界のそのまた限界の彼方まで、丸二回は叩き落として叩き上げてくれた。ヴァンスとエリアンは、この領地の境界線を完璧に走査し、どこで戦い、どこで戦うべきではないのかの戦術マップを完全にパースしていた。エレインの正規防衛隊は完璧に配置につき、エリスの三人の精鋭(セブン、エイト、ナイン)は限界突破の特訓を完了させていた。長老アエロンの評議会は、すでに最悪の全滅エンド(ロストシナリオ)すら想定した上で、静かに、しかし冷酷にその先の保険を完了させていた。
この先何が来ようが関係ない。俺は奴らを、ホライズンクレストに1歩たりとも近づけるつもりは毛頭なかった。――防衛門の前に、この街の境界線に、そして俺を信頼してここに平穏な日常をビルドしてきた同胞の頭上に、破滅の火の粉を降らせるわけにはいかないのだ。
「敵の到着をパッシブに待つ(防衛戦を敷く)つもりはない」
敵の大軍勢が僅か数日間の進軍距離まで迫っているという確定アラートが届いたその夜、俺は集まった幹部たちに冷酷に言い放った。
「――こちらから出撃する。奴らが街に近づいて本当の脅威になる前に、その戦力を別個に叩き潰して(アナイアレイして)やる」
誰一人として異論(反発)は唱えなかった。その時には誰もが、俺のこの戦術的裁定の本当の意味を完璧にプロファイリングしていたからな。
――まあ、それはともかく。
夜明けと共に、俺たちは二つのルートへと分かれて出撃した。――エリス、エレイン、イグニヴァル、そしてエルヴァ、セリカ、ルークの三人は、ドワーフの最高峰武装を施された混成防衛部隊を率いて、アシュフォード王国の正規軍の迎撃ルートへと向かった。
そして俺自身の足運び(ベクトル)は、それとは全く異なる真逆の方角――あの神聖教会の本隊(ホリー・ナイトの軍勢)の座標へとダイレクトに向いていた。
俺の本当の標的は、あの軍勢のどこかに潜んでいるはずだ。かつてドランとフェンリックを死に追いやった、あの最初の理不尽な命令を下した張本人がな。俺が今この戦場に求めているのは、中身の空っぽな勝利のリザルトなんかじゃない。奴らの書庫に眠る本当の真実だけだ。
エースは他のみんなの援護に回ることもなく、あえて俺の隣をキープして並走していた。――お互いに口に出して会話ログを交わす必要すらない、当然の暗黙の了解(システム適合)だった。
――まあ、それはともかく。
俺は、荒涼と引き裂かれた平原に整然と展開している教会の正規軍を捕捉した。――一般騎士が六十、聖騎士が三十、そしてその上級スペックである聖騎士長が十。彼らの旗印が翻るその陣形は、極めて洗練された冷徹な規律を維持していた。
俺は戦場を一望できる古びた崩壊柱の最上席(特等席)に腰を下ろし、傍らにエースを丸まらせたままで、奴らがこちらの座標を正しく逆探知してくるのをのんびりと待つことにした。
どうせ戦うなら、それまでは適度にリラックス(パッシブモード)していた方が合理的だからな。
奴らが俺の存在を走査するまでには、こちらの想定以上の時間を要した。そしてついに完璧な捕捉が成立した瞬間、奴らの鉄の陣形はピタリと完全にフリーズ(システムフリーズ)したのだ。
「……あれは、我々が捕獲・監禁を命じられていたあの特異点ではないか?」
一人の聖騎士長の声が、静まり返った平原の空気を震わせてクリアに出力された。
「何故だ? 何故奴がこんな場所で、まるでこちらを待ち構えている(エンカウントを待っている)かのように佇んでいるのだ?」
「手間の省ける、ただのイージーモード(自殺行為)だな」
二人目の聖騎士長が、早くも愛用の兵器に手を伸ばしながら、傲慢にその鼻で笑った。
「その答え(データ)は、実際に刃を合わせてみれば一瞬ではじき出せるわ」
前の二人よりもはるかに安定し、洗練された三つ目の音声が響き、軍勢の最前列から一人の女性アクターがすっと前へと足を踏み出した。
――まあ、それはともかく。
「私の名は、ソフィア・オーレライン(Sophia Aurelain)」
彼女は名乗った。
「聖騎士長部隊の総統括よ」
彼女は、極めてプロフェッショナルな冷徹な眼光で俺のスペックをじっと観察してきた。
「……お前が、世間で『カイ』と呼ばれているあの特異点かしら?」
「さあな」
俺は柱の上に腰掛けたまま、爪の先ほども揺らぐことなく応じた。
「そうかもしれないし、あるいは全く異なる別個体かもしれないな」
「もしお前がその個体であるならば」
彼女は俺の生返事(エラー応答)に対しても、何一つ歩調を乱すことなく辛抱強く言葉を続けた。
「――私たちは、お前を『平和的』にこちらへ同行させたいのよ」
「平和的、ねえ」
俺はその単語を反芻し、その欺瞞の響きを戦場にしばらく放置してやった。
「お前たちは大軍勢をここに引き連れてきた。この場所が実在すると知っていながら、何年もの間、一度として進軍のベクトルすら向けなかった辺境にな。なのに、俺がこの地にようやく本当の居場所をビルドして日常を営み始めた瞬間、アシュフォードという国家は突如としてここを強奪する必要性を思い出したわけだ。……それが、お前たちの定義する『平和』のスペックか?」
「これほどの大規模アプローチを敢行した唯一の理由はね、ソフィア」
彼女の声は、どこまでも揺らぎなく平坦だった。
「――我々は、お前がこの先一体どれほどの最悪なバグ(化物)へと進化を遂げるのか、その不確定な未来を心底『恐怖』しているからよ」
「……何を見てそんなマヌケな解析(エラー判定)をはじき出したんだ?」
「お前はすでに、我が神聖教会の正規小隊を二つも完封(消滅)させているわ」
ソフィアは言い放った。
「お前という存在に、絶対的な隔離という防衛プロトコルを適用する理由としては、それだけで100%以上の確定ソース(証拠)だわ」
――まあ、それはともかく。
「確かに、その事実に間違いはないよ」
俺は言った。
「だけどな、あいつらがこの俺を本気でブチ切れさせるような致命的なバグ(所業)をやらかしたから、俺のスペックでそいつらを駆逐した(切り殺した)だけだ。どちらの戦闘も、俺の側から理不尽に引き金を引いたわけじゃない」
俺は彼女の精神波形を長い時間をかけてじっと走査した。
「……お前か? 六年前、あの空き地へ最初の小隊を送り込み、俺の家族を惨殺したあの忌々しいフラグを起動したマスターは、お前なのか?」
「いいえ」
彼女は一切のディレイ(躊躇)もなく即答した。
「――だからこそ、我々は二個小隊目を現地へ派遣したのよ。最初の命令ログが、我が教会の指揮系統のアーカイブ(内部データ)のどこを探しても完全に消失していた。何故最初の部隊が動いたのか、その真のロジック(真相)を解剖するためにね」
ほう。
これは極めて本物の誠実さ(オネスト)を宿したデータか、あるいは、何万回もリハーサルを重ねて磨き上げられた完璧な偽物のどちらかだな。
(……おい、アナリティクス、嘘検知(判定)は?)
『告。対象の音声ログおよび精神波形をスキャン。――虚偽の兆候(バグの波形)は一切検出されません。確定ソース(本物)であると判断します』
脳内脳の確定判定を脳内で受託し、俺はため息をつきながら、ついにその柱の上から静かに立ち上がった。
このエンカウントが、自分が事前に最も懸念していた通りの「ただのすれ違い(タイムリソースの無駄遣い)」であるという最悪のリザルトが確定しちまったからだ。
「だったら、俺たちがここで血を流して戦う理由なんてどこにもないな」
俺は刀の柄から手を離した。
「家に帰れ、ソフィア。お前の部下を全員引き連れて、アシュフォードの首都へ撤退するんだ」
「ふざけるな!」
第二師団の聖騎士長が、激昂した声を張り上げて一歩前へと進み出た。
「お前というアノマリーの身柄(成果)を確保しないまま、我々が手ぶらで帰還する選択肢など、最初から存在せんのだよ!」
――まあ、それはともかく。
「へえ」
俺の声のトーンは、極限までフラットに冷え切っていった。
「……そうかよ」
俺は再び、視線をソフィアの瞳へと向けた。――そこにあるのは怒りなんかじゃない。ただひどく静かで、完璧に定着した絶対的な『王道の覚悟』そのものだった。
「もし俺の生きる場所がこの世界の既存のシステム(地図)のどこにも用意されていないのだとしたら、俺自身の力で、完璧な新しい理想郷を創り出すだけだ」
俺は彼女の魂のコアに向けて、最後のアナウンスを叩きつけた。
「ソフィア――お前は俺の『味方』になるか? それとも、俺に駆逐される『敵』になるか? ――今この瞬間にお前のシステム(裁定)を確定させろ」
彼女は長い間、沈黙した。――目の前の戦術的な損得勘定(チェス盤)なんかよりも、はるかに深い魂のアーカイブの底で、その選択を必死に弾いているのが分かった。
「……すまないわ」
彼女はついに、その冷徹な大局判断を出力した。
「――お前のその天秤を、受託することはできない」
「そうか。……まあ、一応努力はしたんだけどな」
俺が呟いた瞬間、彼女の周囲の陣形は、爆発的な出力を漲らせて完全なる戦闘殺戮モード(フルバトルレディ)へと一斉にシフトした。
そして――俺の手の中には、一切の儀式的な予備動作なしに、本物の愛刀が冷酷に出現していた。――その刃の境界線からは、禍々しくも冷徹極まりない忌魔素の波動がジリジリと漏れ出している。
奴らの顔面が、その刃を目にした次の瞬間、どのような絶望の色( gray)へとリライトされたか、俺は一頭残らずその目に焼き付けてやった。
ほら来た。これでようやく理解できたろ、人間ども。
教会の公式報告書に記載されていたあの『化物』の測定結果が、何一つとして誇張などではなかったという、その本当の意味をな!
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別の場所、ほぼ同じ時刻。二千の兵士と六百の魔導師どもは、自分たちが待ち構えていた者たちをどれほど致命的に過小評価(見積もり違い)していたかを、今まさに骨の髄まで思い知らされている最中だった。――まあ、その大虐殺のログ(データ)については後でたっぷりと記述する。今はまず、この平原と、崩壊柱と、俺の刃が鞘を払われた後に起きたすべての事象についてだ。
後から聞いた話によると、イグニヴァルはアシュフォード王国軍の初期陣形(布陣)を一瞥した瞬間、この戦闘イベントそのものが自分の貴重なタイムリソースを割くに値しないと一瞬で裁定したらしい。
「つまらん(退屈だ)」
奴はただそう吐き捨て、エリスたちがそれをどう片付ける(デバッグする)かを高みの見物と決め込むため、近くの特等席へと引っ込んでしまったのだという。
いかあの化け物らしい、実にもっともな挙動だ。
――まあ、それはともかく。
教会の鉄の陣形が本格的な進軍プロセス(突撃)を開始したまさにその瞬間、**『脳内脳』**が不意に脳内でアラートを鳴らした。
『告。敵軍勢の構成データ内に、極めて重大な特異数値を感知しました』
(……特異って、どういう意味だ?)
『一般騎士、および複数の聖騎士の体内から、人間の生理機能とは全く同調しない異質な魔素紋を検出。――その本質は「魔族(悪魔因子)」であり、現在は極めて高度な隠蔽工作(術式マスク)によって人間の仮面を被せられていると推測されます』
(……は? ちょっと待て、何だって?)
「悪魔だと!?」
俺は思わず声に出して驚愕した。
「教会の中に悪魔がいるってのか? あいつら、悪魔を駆逐する側の急先鋒じゃなかったのかよ? そもそも、聖なる教会というシステムの中に、悪魔が物理的にアクセス(ログイン)することなんて可能なのか?」
これは完全に未確認の新規データ(フラグ)だ。ソフィアと会話ログを交わしている最中、どういうわけか終始肌を刺すような違和感を感知し続けていたが、その本当のロジックがようやく解剖されたわけだ。
「……数はどれくらいだ?」
『報告。総統括であるソフィア・オーレラインを除く、この場に展開している「全個体」です』
「お前、ふざけ――」
俺は辛うじて、その罵倒のテキストを喉元でデリートした。
「……それほどまでにか? 一般の雑魚騎士だけならまだしも、最高戦力のはずの聖騎士まで悪魔のパッチが当てられてるってのかよ。この異世界ってやつは、本当に次から次へと新しいバグ(想定外の絶望)を量産して俺を驚かせてくれるな」
「――で、スペック(強さ)は?」
『解。個体識別を実行。いずれも「下位悪魔」の階級。個々の単体スペックは極めて脆弱であり、特筆すべき脅威度(危険値)はありません』
フッ、上等だよ。だったら、今ここにあるこの殲滅イベントを、何一つ遠慮することなく全力で楽しむための最高の理由ができたわけだ。
――まあ、それはともかく。
奴らの誰一人として、俺の接近を視認することすらできなかった。
ここから先の数分間の出来事が、どのようなリザルトを叩き出したか、俺は1ミリの欺瞞もなく本音でここに書き残しておく。何故なら、それは戦闘なんていう生温い概念では断じてなかったからだ。――それはまるで、意思も敵意も持たない絶対的な大災害(気候現象)が、ただそこに顕現して通り過ぎていった、そんな一方的な蹂躙プロセスに過ぎなかった。奴らが現状を正しく認識し、防衛プロトコルを起動するよりもはるかに高速なステルス速度で、俺は陣形のすべてを斬り裂き、駆け抜けていた。何人かの個体がかろうじて物理的な抵抗を試みたが、俺の刃の前には、誰一人として『十秒』以上その命のスペックを維持できた奴はいなかった。
一般騎士六十。聖騎士三十。
そのすべてが、他人の仮面( borrowed faces)をハックして潜り込んでいた悪魔の残骸。わざわざ歩調を落としてやる価値のある奴なんて、ただの一匹も存在しなかった。
俺が十人の聖騎士長たちの本陣へと到達した時、奴らの大部分は、今まさに自分たちの周囲で起きている破滅の形状(大惨劇)を未だに頭のロジックで処理しきれていない有様だった。奴らは正面からの迎撃を身構え、つい一瞬前まで俺の座標が存在していた虚空に向けて、武器を構えて突っ立っていたのだから。
俺はもう、そこにはいない。奴らの『真後ろ(完全な死角)』に転移していた。
十人のコマンダーのうち、九人の首が物理的に地面へとドロップ(ロスト)するその瞬間まで、奴らはただの一人として、反転のモーション(挙動)すら完了させることはできなかった。
――まあ、それはともかく。
九つの死体の山を踏み越え、俺がようやく正面から対峙したソフィアの表情は、驚愕というフェーズをはるかに通り越し、ひどく冷徹で、極限まで研ぎ澄まされた絶対強者のそれへと完全にリライトされていた。
「……一瞬で、私のコマンダーを九人も殺害したわね」
彼女の声は静かだった。だが、完璧にコントロールされたプロとしての冷静さの底流からは、限界値まで充填された本物の激昂(怒りの波動)がジリジリと漏れ出していた。
「お前のコマンダーの皮(仮面)を被った、ただの九匹の悪魔だけどな」
俺は愛刀の血振りをしながら、冷酷に言い放った。
「その安い悲哀のシステムに没入する前に、そいつらの本当の正体をご自慢のアナリティクスでリチェックしてみることを推奨するよ」
だが、彼女は俺の言葉を信じなかった。――まだ、その時じゃない。すでに彼女の戦闘プロトコルを完全駆動させているあの凄まじい怒りのエネルギーが、彼女の肉体を不可避の突撃へと突き動かしていたからだ。解き放たれた刃。彼女の全身からは、一切の途切れのない完璧な『黄金の闘気』が爆発的にフラッシュしていた。
よし。なら、ここからはお遊びの時間は終わりだ。本物のフルスペックの死闘を始めてやろうじゃないか。
――まあ、それはともかく。
彼女が間合いを詰めてくる速度は、俺の事前の走査データ(スキャン予測)をはるかに超越していた。本音を言おう。――最初の交戦の瞬間、俺は文字通り心臓が凍りつくほどの驚愕を味わわされたのだ。
彼女の放った一閃の精密性は、単なる磨き上げられた戦闘技術という枠組みを完全に超えていた。それはまるで、これから起きる未来の事象をハーフ秒先まで完璧に先読み(予知)しているかのように、俺が次の一歩を踏み出すまさにそのピンポイントな座標に向けて、寸分の狂いもなく『最初からそこに刃を置いておく』ような、そんな異次元の先読みスペック(近未来予測)だったのだ。
(……何だ、この挙動は!?)
俺は次の一閃のパリング(防御)が僅かにディレイ(遅延)し、頭のロジックが彼女のブレイク能力をパースしきるよりも早く、俺の前腕の皮膚に薄皮一枚の切り傷が綺麗に刻まれていた。俺の完璧なはずの絶対防御網を、奴はあっさりとすり抜けて見せたのだ。
「……他のゴミクズどもとは、文字通り次元が違う(ハイスペックな)ようだな」
俺は一歩バックステップし、傷口から流れる血の波動を確認しながら、再び完璧な臨戦態勢へとビルドし直した。
「私は、あの悪魔ども(あいつら)とは違うのよ」
ソフィアは感情の失せた平坦な声で言い放ち、すでに次の不可避の追撃(連続モーション)を敢行すべく、猛烈な速度で間合いを殺しにかかってきた。
ああ。本当にその通りだ。お前は、あいつらとは全く違う。
この戦場に足を踏み入れた当初、俺は彼女のことを単なる『優秀な魔素の使用者』に過ぎないと、高を括ってプロファイリングしていた。人間の規格としては確かに強者だろうが、俺の持つこの最強の『忌魔素』をもってすれば、何の手出しもさせずに完封できるレベルの雑魚だと盲信していたのだ。
だが、この超至近距離のラリーの中で、彼女の放つ闘気の本質を初めて真正面からスキャンした瞬間――その前提条件が、どれほど致命的で取り返しのつかない最悪の見当違い(システムエラー)であったかを、俺は完璧に理解させられることになった。
濁りのない、完全なる無垢の黄金。一切の途切れのない、完璧に完成された球体(完全なる絶対術式)。
『警告。個体名:ソフィア・オーレラインの魔素領域の走査を完了。――対象は、魔素使用者が到達しうる絶対の極致、階級「完全覚醒」に到達していると推測されます』
脳内脳のフラットなシステム音声が、脳内で最悪の確定アラート(赤文字)を叩き出す。
クソッタレが。――どうやらこの戦い(エンカウント)、俺が事前に想定していたよりも、はるかに莫大な代償(命のコスト)を要求してくる最悪のハードモード(ボスバトル)になりそうじゃないか!
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彼女の刃が、立て続けにさらに二度、俺の肉体を捉えた。俺がどれほど注意深く彼女の挙動をスキャンし、先読みのロジックを展開していようが関係ない。まるで最初からそこに吸い込まれるように、極めてクリーンで精密な直撃が叩き込まれたのだ。
これは、鍛え上げられた自然の技術なんかじゃない。完全に別の異質なシステム(術式)だ。
「……一体どんな刃を使ってやがる」
俺はただの雑談(お喋り)ではなく、本物の解析データを引き出すために問いかけ、彼女の武器を真正面からスキャンするのに十分なディファンス・マージン(間合い)を確保するために大きくバックステップした。
『解。対象の保有兵器を識別。それは『予言の剣』と呼ばれる空間属性の特級武具です。――使用者の放つ一閃を「数瞬先の未来」へとダイレクトに突入させ、対象が現在いる座標ではなく、数瞬後に移動するであろう未来の座標へと強制着弾させるアビリティを持っています』
脳内で、**『脳内脳』**の機械音声が極めて冷徹なデータを上書きしてきた。
未来への先読み突撃。文字通りのチートスペック(クソ仕様)だが、同時に、むかつくほど合理的で美しいロジックだ。
「なるほど、そいつは……大したハイスペック(感心)だな」
俺は声に出した。頭のロジックが次のデバッグ(対抗策)を弾き出すための、ほんのコンマ数秒のタイムリソース(猶予)を強引に稼ぐためのセリフだ。
「だがな、こっちとしては――心底、そのバグ仕様にヒヤヒヤさせられてるんだよ」
ソフィアはその軽口に一切の応答も見せず、すでに間合いを殺しにかかっていた。今度はさらに高出力(高速)の突撃モーションだ。俺は辛うじて愛刀の防衛ライン(ガード)を跳ね上げたが、彼女の一閃はまたしてもその結界を完璧にバイパス(透過)し、俺の脇腹へとクリーンに直撃した。肉体の耐久値(HP)が削り取られるあの嫌な激痛が、脳内のアラートを赤く点滅させる。
(……チッ。ただ身構えている(パッシブな)だけじゃ、この圧倒的なシステムバグは突破できねえな。この致命的な実力差を今すぐデバッグしねえと、マジで全滅エンド(ロスト)を食らうぞ)
――まあ、それはともかく。
『提案。マスターの生存率を最適化するため、現在システムに適用されている「出力制限」の十パーセントの解除プロセスを起動することを推奨します。――これ以上の遅延は、生存マージン(猶予)の完全なロストを招くと推測されます』
脳内で、脳内脳のシステム音声が、そのフラットなトーンの底に極めて深刻なUrgency(切迫感)を宿して告げてきた。
リミッター。俺の肉体に、そんな制限パッチ(隠し仕様)が当てられていたのか。
(……そんなことはどうでもいい。今すぐやれ! ブレイク(解除)だ!)
「おい」
俺は声に出した。
「――リミッター解除、十パーセントだ!」
解除プロセスが完了したその瞬間、俺たちの周囲にあるすべての戦場の色彩が一変した。――目に見えるすべての風景の境界線が、俺自身のまとうあの最強の『忌魔素』と同じ、禍々しくも美しい赤紫色の波形へと綺麗に融解していく。俺自身の内側から放たれた爆発的な質量の衝撃波が、大気を激しく震わせて戦場全体へとロール(伝播)していった。
ソフィアも、その異次元のスペック変動を完璧に感知(逆探知)していた。彼女の美しい顔の輪狂に、明確な驚愕のアラートが刻まれるのを、俺の眼光は逃さなかった。――だが驚くべきことに、その絶望的な圧力を前にして、彼女の精神波形には「恐怖」のバグがただの1ミリも検出されなかったのだ。
敬意を表するよ。その折れない魂のコア(スペック)に対して、心からのな。
俺の手の中で、愛刀が未知の高周波を帯びて微かにうなり始めた。刃の境界線には、一瞬前まで存在しなかった全く新しい『概念の絶対切削』がカチリと定着していた。
――まあ、それはともかく。
彼女が再び動いた。その一閃の速度たるや、戦場に降り注ぐ光の描写(描画レート)すらも半拍遅れてラグ(遅延)を起こしているかのような、無音の、そして絶対的な死のモーションだった。常人の五感では到底追跡不可能な、文字通りの不可避の一撃。
だが――俺はそれを、完璧に防ぎ止めて(パリングして)みせた。
火花が散る。極めてクリーンで、頑強な、スチール meeting スチールの金属音。刃のバイパス(透過)もなければ、肉体へのダメージもゼロ。奴が放った未来の軌道を、俺の研ぎ澄まされた因縁の刃が、まさに相応しい座標で完璧に迎撃したのだ。
(……捉えたぞ。これで、お換いのスペック(天秤)は互角だ!)
そこから始まった死闘は、かつてホライズンクレストの境界線でイグニヴァルに本気のテストを課されて以来、間違いなく最も過酷で、最も長い時間を要求してくるものとなった。――彼女の放つ『予言の剣』の不可避の軌道に対し、俺の持つ高周波の反魔素の刃が幾度となく激突し、火花を散らす。彼女の一撃の裏には、神聖魔術と精霊魔術が極めて複雑な術式で積層されており、俺はただ力任せに殴るのではなく、そのロジックを本気で解剖しながら立ち回ることを強いられたのだ。
彼女は、自らの持つ全スペック(アビリティ)をこの一戦に注ぎ込んでいた。持てるすべての戦闘技術、あのチート剣が提示するすべての特殊術式。――だがな、それでもなお、今の俺をノックアウト(完封)するには、あと一歩、決定的なスペックが足りていなかった。
――まあ、それはともかく。
この死闘の最終的な決着を分けたのは、純粋な戦闘技術の優劣ではなかった。俺はその真実を、1ミリの欺瞞もなく本音でここに書き残しておく。何故なら、これほど見事な戦い(スペック)を示した彼女の魂のコアに対して、安易なアトリッション(消耗戦)による敗北という結末は、あまりにも不釣り合いだったからだ。
勝敗を分けたのは、純粋な『エネルギー総量(耐久値マージン)』の差だった。――彼女がどれほど最高峰の統治スペック(魔力コントロール)を以て限界まで燃費を引き延ばそうと、有機生命体である以上、いつかは必ず底を突く。対する俺の底なしの暗黒は、彼女の限界をはるかに超えてなお、一切枯渇する気配を見せなかった、ただそれだけのことさ。
限界を迎えた彼女の手から、ついに予言の剣が力なく滑り落ち、壊れた地面の上へと甲高い音を立てて転がった。彼女はその場に片膝をつき、激しく肩で息をしながら、もはや虚飾の仮面を被る余裕すら残されていないほど、全身のスペックを完全に使い果たして(枯渇して)いた。
俺は自らの愛刀の切っ先を静かに下げた。これ以上の無駄な先行投資(追撃行動)は必要ないと脳内のロジックが裁定したからだ。この戦闘イベントは、ここで完全終了だ。
「……お前、本当に強かったぞ」
俺は心からの確定評価を告げた。
「これほどのスペックの持ち主を、ここでただの死体に変えちまうのは、世界のシステムにとっても多大な損失だからな。――また会おう、ソフィア。次はもっとマシな未来(良い関係のフラグ)の席で、な」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳の奥あるプロファイルが、目に見えてシフトしていくのが分かった。――驚愕か、あるいは、まだ信頼には遠いものの、明確に敵意( hostile)の波形が消滅しつつある、あの独特のフラグ構築の始まりのグラフィック。
だが次の瞬間――突如として戦場に響き渡った異質な音声が、その美しく定着しかけていた平穏のフラグを、一瞬にして完璧に粉砕・粉砕しやがったのだ。
「――次など、二度と訪れんよ」
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俺がその声を頭のロジックでパースしきるよりも早く、一本の黒紫色の魔力熱線が平原を真っ二つに引き裂き、片膝をついていたソフィアの身体を正確に貫通した。
彼女の傷口から、次の瞬間には凄まじい量の鮮血が噴き出した。俺が声をかけた奴の方へと反転のモーションを完了させるよりも早く、彼女の身体は無様に前方へと崩れ落ちていく。
(嘘だろ……。嫌だ、お前まで、こんなところで……。こんな最悪なフラグ(結界崩壊)の焼き増しなんて、絶対に認めねえぞ!)
地面に叩きつけられる直前、俺は彼女の身体を必死に抱きとめた。両手は一瞬にして彼女の血で真っ赤に染まり、胸の奥底からは、あの数年前の屋敷の地下室以来一度も感じることのなかった、あの無力で、見慣れた絶望の恐怖が爆発的に這い上がってきた。
今の俺には、治癒の固有スキル(ミッド・ヒーリング)は残されていない。エリスの魂を完全復元するための等価交換として、すべてを綺麗に生贄に捧げて失っちまったからだ。今の俺の初期スペックには、彼女の命をその場で繋ぎ止めるための直接的なリソースなんて、ただの1ミリも残されちゃいないのだ。
――まあ、それはともかく。
少し離れた虚空に、不気味にうねる霧の門が出現した。そこから二つの影が、世界のシステムに致命的な亀裂を入れた直後だというのに、まるで自宅のドアでもくぐるかのような、急ぐ様子もない完璧な落ち着き(スペック)を纏って足を踏み出してきた。
一人目の顔をスキャンした瞬間、俺の頭のロジックは激しい処理エラー(パニック)を起こした。
レヴェンス・キャスモア卿。アシュフォード王宮の謁見の間で、あの欺瞞に満ちたプロパガンダを喚き散らしていた弱小貴族の男。何故、あんな宮廷のクズがこんな最前線の座標に立っている?
そして、二人目。
男の僅かに後ろに控えていたのは、一見するとただの幼い少女だった。だが、彼女の瞳の奥に宿る、あらゆる事象に対して完全に無関心で冷徹な、あの独特の知的好奇心の手触り(テクスチャー)は、どんな凶悪な魔物の咆哮よりも、はるかに俺のサバイバル本能を凍りつかせるに十分なアラート数値を叩き出していた。
『警告。個体名:キャスモアの肉体構造をスキャン。――人間のホストを器として完全乗っ取り(ハック)している、階級「上位魔将」を検出。さらに――その後方に位置する少女の個体識別を実行。……測定不能。世界の根源より存在する究極の生命体、階級『原初の悪魔』の波動を感知。個体コード名:【No.5】』
原初の悪魔。
アークデモンという上位個体の後ろに、世界の王とも呼ぶべき原初のスペックが、まるでただの付き人のようにカジュアルに直立している。――その階級制度は完全に逆転している。悪魔の絶対秩序として、そんな歪な構築が成立するはずがない。
「……何で、原初の化け物がアークデモンの後ろでパッシブに突っ立ってるんだよ」
俺はソフィアの傷口を必死に圧迫し、血を止めるための無駄な足掻きを続けながら、声を押し殺して独りごちた。
「何であいつが、ただの付き人(お供)みたいな顔をしてそこにいるんだ?」
『脳内脳』からの直接の回答は出力されなかった。そのシステム沈黙そのものが、これ以上ない最高レベルの危険信号(赤文字アラート)として機能していた。
――まあ、それはともかく。
「……そいつが、例の特異点なの?」
少女は、極めて軽薄で、退屈そうな声を発した。
「はっ、その通りにございます、我が君」
キャスモアの皮を被ったアークデモンが、恭しく首を垂れる。
「ふーん」
彼女は呟いた。その瞬間、彼女の纏うカジュアルな無関心が、一瞬にして完璧に研ぎ澄まされた冷酷な『排除命令』へと切り替わった。
「じゃあ、あんた。大人しく私についてきてもらうわよ」
「……御免被るね」
俺はソフィアの致命的なダメージをデバッグする方法を必死にシミュレートしながら、平坦なトーンで言い放った。
「その前に――お前ら、一体何者だ? 俺というアクターに対して、何のフラグ(用事)があってここにエンカウントしてきたんだ?」
彼女はその問いに対し、急ぐ様子もない純粋な知的好奇心を以て、隣のクズ悪魔へと視線を向けた。
「私の記憶が正しければ……確かあんた、前にお前の直属の聖騎士の小隊をここに派遣して、全員完封(全滅)させられたって言ってたわよね。……間違いなかったかしら?」
「はい、我が君。その通りでございます」
キャスモアが応じる。
「それで、あいつらからの返信ログ(ステータス信号)が完全に途絶えたから、あんたが自分で現地へ逆探知しに来たら……全員死体に変わっていた。しかも、そこには事前の計画に存在しない、二つの余計な魂の残骸(ドランとフェンリックの命)が転がっていた、と」
「……はっ、まさにその通りにございます」
キャスモアは傲慢に頷いた。
「じゃあ、やっぱりそこのガキが、お前の猟犬どもを全滅させた張本人ってわけね」
少女はシンプルに、どこか楽しげなリザルトをはじき出した。
「面白いわ。……だけど、私のスキャンデータ(見た目)では、随分と脆弱な雑魚(スペック不足)に見えるけれど?」
――まあ、それはともかく。
その瞬間、俺の胸の奥底にあるシステム(精神)が、ひどく冷徹に、完璧に静止した。
世界のすべての描写、戦場の風の音、ソフィアの流血のログすらもが、一瞬にして俺の意識のアーカイブから削ぎ落とされ――ただ、今自らの耳が捉えたその最悪な因縁のフレーズ(確定事実)の形状だけが、脳内に巨大な赤文字で定着した。
「……待て」
俺の声は、完全に感情の起伏を排した絶対の空虚へと反転していた。
「今、お前……『ドランとフェンリックを死に追いやった、あの最初の聖騎士の小隊を送り込んだのは自分だ』って、そう出力したか?」
「お前の言っている人間の個体名など知らんがね」
キャスモアは、爪の先ほども悪びれる様子もなく、平然と言い放った。
「だが、あの空き地のゴミクズどもを屠るために、我が直属の正規小隊を動かしたのは、間違いなくこの俺――」
奴は、その一文を最後まで出力し終えることはできなかった。
そのセリフが奴の口から完全に離れるよりも早く――俺の因縁の刃は、すでに奴の喉元へと不可避の軌道(ノーエラーの刀速)で直撃していたからだ。
だが――その刃が奴の首を撥ねることはなかった。
割り込んできたあの少女の手が、俺の一撃を完璧に静止させたのだ。力ずくでねじ伏せるような派手な衝撃すら一切なく、ただ宙から舞い落ちる木の葉を指先でそっと摘み取るかのような、圧倒的な上位次元の制動スペック。
「見事だわ」
彼女は心からの歓喜をその顔に浮かべ、微笑んだ。
だが、この時の彼女はまだ何一つ気づいていなかったのだ。――今その刃を握りしめて直立しているアクターが、もはや完全なる無制御の暗黒(復讐の化け物)へとシフトし、俺自身の頭のロジック(理性)すらも完全に手放した『別の最悪のスペック』に成り果てているという、その致命的なバグデータ(確実な死)に。
――まあ、それはともかく。
俺の意志とは全く無関係のところで、システム(肉体)から出力100%の忌魔素が爆発的に解放された。周囲の空間のすべてを文字通り一瞬で斬り裂くような、あの絶望的な絶望の波動。――だがな、その破滅的な質量をもってしても、彼女の絶対結界の表面には、ただの1ミリの傷跡すら残すことはできなかった。
そこからの数秒間の戦闘ログ(モーション)について、俺の頭のアーカイブには完璧にクリアな記憶は残されていない。
ただ、狂ったように鮮明に焼き付いている事象が一つだけある。――俺の両手が、キャスモアの頭部を完璧にガシリと鷲掴みにし、イグニヴァルとの地獄の特訓でビルドアップしてきたあらゆる限界数値をはるかに超越した超高速のステルス速度で、奴の身体を壊れた地面の上で引きずり回していた、あの挙動。そして、周囲の岩盤(システム構造)が粉々に粉砕・粉砕するほどの圧倒的な暴力の質量を以て、奴の肉体を jagged な巨岩へと真っ向から叩きつけて(叩き込んで)やった、その事象だけだ。
だが、奴は立ち上がってきた。
巨岩の残骸から這い出てきたアークデモンの全身からは、この平原というバトルエリアのキャパシティ(許容量)では到底ホールドしきれないほどの、禍々しい悪魔のオーラが爆発的にフラッシュ(顕現)していた。奴の持つ魔族固有の『超高速再生』が、俺の叩き込んだ最大ダメージを一瞬にして綺麗にパッチ修正( knittingクローズ)していく。
「お前……自分が一体どこのどいつを相手にしているか、その本当の意味が分かっているのか……!」
奴のその安いプライド(傲慢極まりない台詞)のシステムログが、戦場に最後まで出力されることはなかった。
何故なら、その傲慢さがこの俺という『最悪のバグ』の前で1ミリでも機能(意味を成す)するのだと証明するためのチャンス(猶予)なんて――今の俺の戦闘プロトコルは、ただの一瞬たりとも、奴に与えるつもりは毛頭なかったからだ!
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奴のその安いプライド(傲慢な台詞)が口から完全に吐き出されるよりも早く、俺はすでに奴の真ん前(ゼロ距離)に転移していた。
どの固有技術を選択するか、自分の頭のロジックで裁定した記憶はない。ただ、脳内のアーカイブの最深部から一つの名言が浮かび上がり、それがすでに完全駆動状態で術式を上書きしていることだけを本能的にスキャンしていた。――固有概念**『絶対吸収』**。次の瞬間、キャスモアの肉体も、奴が誇っていた超高速再生の細胞も、それを内側から完全ハックしていた上位魔将のエネルギーのすべてが、俺の放つ忌魔素の渦に向けて、ただの収束データ(リソース)として内側へと強制吸引され始めていた。
肉体だけじゃない。その根源魂もだ。この手の化け物どもが何度でも現世にシステム復活してくるためのあの忌々しいパス(アクセス権)ごと、今この場で丸ごと喰らい尽くして(奪い取って)やらなきゃ、この因縁は本当の意味で完全終了を迎えやしないからな。
奴は必死に抵抗を試みた。俺の魂のネットワークの遙か彼方から、吸収プロセスを拒絶しようと暴れ狂う悪魔の最大出力が微かに逆探知できた。――だがな、そんな無駄な抵抗、俺の底なしの暗黒の前には何の意味もなさなかった。奴がこれまでに築き上げてきたすべてのスペック(存在価値)ごと、ただの一口で綺麗さっぱり飲み込んで(消滅させて)やった。
キャスモア卿――あるいは、彼の皮を被って傲慢にのさばっていたあの哀れなアークデモン――という存在は、二度とこの世界のシステム上に自己再生(パッチ修正)して顕現することの不可能な、完全なる『データ抹消( ceased)』という名の絶対的デバッグを食らい、この世から跡形もなく消え去ったのだった。
――まあ、それはともかく。
その直後、限界突破の代償(莫大なコスト)が、文字通り一瞬にして俺の肉体を襲った。
まず最初に両脚の耐久値が限界を迎えてへたり込み、視界のすべてが横方向へと激しく傾いた。俺自身の魔力リソースが、自分でも存在を知らなかった未知のシステムバグ(穴)から、一滴残らず外部へとドレイン(枯渇)していく感覚。世界のすべてが完全なる暗黒へと沈むその最後の1ミリの猶予の中で、俺の脳内にかろうじて届いたのは、どこか遠く、そして珍しく本物の温もり(優しさ)を孕んだ**『脳内脳』**の警告音声だった。
『告。マスターに対し、事前にこのリスクに関する警告を出力していたはずです。――それゆえの「出力制限」であったのですがね。お前はそれを完全に無視して踏み抜いた(オーバークックした)わけですか』
(……ああ。だろうな。そうなると思ってたよ。だけどな、アナリティクス……そのコストを支払うだけの価値は、このエンカウントには十分すぎるほどあったさ)
それが、俺のロジックがその日のタイムラインで正常に出力できた、最後の意識のある思考ログだった。次の瞬間には、慈悲深い完全なる闇が、俺の意識のすべてを綺麗にハックして塗り潰していった。
――まあ、それはともかく。
そこから先に起きた出来事を、俺はこの目で直接スキャンしたわけではない。俺がこの真実のログを知っているのは、後に彼女がその件を言葉にできるほどスペックが回復した際、彼女自身の口から何段階にも分けて俺に語ってくれたからだ。
あの少女――原初の悪魔【No.5】――は、その一連の凄惨な大虐殺のすべてを、最初から最後まであのカジュアルな無関心の眼光を崩さぬまま、静かに見物していたという。そしてキャスモアという存在がこの世から完全に消滅(デバッグ完了)したその瞬間、彼女は心からの歓喜をその顔に浮かべ、パチパチと小さな拍手を送ったのだ。
「わあ」
彼女は誰に聞かせるでもなく、心底楽しげに呟いたという。
「――今の、めちゃくちゃ凄かったわ(最高のアミューズメントね)!」
彼女は俺がノックアウト(昏睡)して倒れている座標へと歩み寄り、長い時間をかけて俺のスペックをじっと観察(検分)していた。そして――ソフィアの頭のロジックではどれほどシミュレートしても1ミリも理由がパースできない、あの悪魔の絶対秩序を完全に無視した奇妙な挙動に出たのだ。彼女はその場にそっと跪くと、あろうことか、俺の身体に向けて最高峰の『完全治癒』の術式を施したのだ。
不完全なパッチ(応急処置)なんかじゃない。何の手出しもさせない圧倒的なスペックで、俺の肉体の耐久値を一瞬にして最大値(100%)までリカバリーしてみせたのだ。そればかりか、その直後には、瀕死の重傷(致命的なバグ)を負って横たわっていたはずのソフィアの傷口までもが、まるでついで(エラー修正)のように綺麗に塞がっていったという。見ず知らずの二人のアクターを完全復活させるために支払ったその莫大なリソース(代償)が、彼女にとってはただの「コストゼロの他愛のないお遊び」に過ぎないのだと言わんばかりに。
彼女はさらに、先ほど俺が斬り裂いたあの悪魔騎士どもの死体の山からも『何か(残存データ)』を回収していた。――奴らの魂の残骸のすべてを、自らの内側へと急ぐ様子もなく流れるように吸収していく。最初から自分自身のタスクではないはずの戦場のクリーンアップを、実に手慣れた手つきで片付けていくプロセスだ。
「あんた、これから最高のおもちゃ(遊び相手)になってくれそうね」
彼女は、意識を失って転がっている俺の肉体に向けて、心底楽しげな、温かい笑み(フラグ)を投げかけた。
次の瞬間には、彼女の姿はそこから完全に消失していた。不気味な霧の門が彼女の後ろで一切の予備動作なしにピタリと閉じ、後に残されたのは――死体の山が転がる凄惨な戦場のど真ん中で、何故自分が完全治癒されて生き延びているのか、その本当のロジックを1ミリも処理できずに呆然と立ち尽くす、ただ一人の聖騎士長の姿だけだった。
――まあ、それはともかく。
どれほどの時間が流れただろうか。俺はゆっくりと、システム起動(覚醒プロセス)を開始した。頭上を流れる雲のグラフィックは見慣れないものであり、それが、今の俺のロジックが自らの意志で選んだセーフエリア(安全圏)ではない未知の座標であることを証明していた。全身の筋肉と関節には、かつて自分がまだ何一つ理解していなかった限界数値(隠し仕様)を初めて力ずくで踏み抜いたあの日と同じ、あの独特の鈍痛(スペック疲弊)の残滓がじわりと居座っていた。
視線を少し動かすと、すぐ近くにソフィアが横たわっていた。意識こそ失っている(パッシブモード)ものの、その呼吸は完全に安定しており、彼女の命を刈り取るはずだったあの致命的なバグ(傷口)は、爪の先ほども残されることなく完璧に初期状態されていた。
(……あいつ、俺たちを助けたのか。原初の化け物が俺たちを完全治癒して、そのまま、ただの挨拶(フラグ立て)だけで立ち去りやがったってわけか)
俺のこれからの人生、一体全体どうなっちまってんだよ、おい。
俺はゆっくりと自らのスペック(身体の自由)を取り戻し、今度こそ完璧に正確な鑑定眼を以て彼女の脈拍をスキャンした。――力強く、極めて安定した本物の現実の脈を打っている。それを確認した瞬間、俺の頭のロジック(思考回路)が次の明確な意思決定(フラグ確定)を下すまでに、丸1秒の猶予すら必要としなかった。
(……こいつを、こんな死体の山(戦場)にたった一人で放置して帰るわけにはいかないだろ)
彼女が目を覚ました後、この俺というアクターに対してどんな最悪な裁定(敵か、味方か、あるいはその中間のバグか)を下してこようが知ったことか。だがな、たった数時間前まで命懸けの死闘を演じていたこの女が、自らの命を二度も完封( elimination)しかけた凄惨な戦場のど真ん中で、ただ一人で寂しく目を覚ます(エラーを起こす)ようなそんな慘めな結末だけは、この俺のプライドが絶対に認めない。
俺は未だに耐久値の安定していない両脚のフットワークを必死に締め直し、壊れ物を扱うように慎重にその細い身体を腕の中に抱き上げた。
数時間前まで、文字通りの『殲滅対象』として命を奪い合っていた教会の最高戦力(聖騎士長)をその腕に抱え、お互いにこんな形で共に辿り着くなんて夢にも思っていなかった、あの遥か彼方の俺たちの本当の『楽園』に向けて――俺はゆっくりと、ただ黙って、確実な一歩を踏み出すのだった。




