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転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】  作者: ルーク
システムの刷新(偽りの現実)

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第25話:セルウィンの決断

これもまた、教会の他の会議の記録と同様に、俺たちがずっと後になってからようやくパズルのように繋ぎ合わせた断片だ。――俺たちの領域に対する騎士たちの報告書を受け取った最高司祭セルウィンが、一体どのようにその冷徹な舵(フラグ)を切ったのかという、奴ら自身の内部記録(アカウント)である。


――まあ、それはともかく。


出発から三週間後、セラフィエルは自らその成果(データ)を報告していた。彼女の後ろには残りの三人が規律正しく直立不動の姿勢(アテンション)で控え、セルウィンは四人が収集してきた詳細なデータ(スペック)のすべてに、一切の口挟みなしで静かに耳を傾けていた。


「結界(バリア)、ね」


セラフィエルの報告が終わると、セルウィンが反芻するように呟いた。

「大規模術式。一度発動して放置された残滓ではなく、現在進行形で意図的に維持管理されている。そしてあなたたちは、それを破って突入(ブレイク)しないことを選択した」


「最高司祭、あなたの明確な厳命(ルール)に従ったまでです」


セラフィエルは言った。

「第一に『情報』の収集。我々にはその結界の目的も、構築した存在(マスター)の正体も分からなかった。同じ地域ですでに二つの小隊を失っている以上、盲目的に侵入することは、外部から安全に確保できる確定データ(リサーチ)と引き換えるには、あまりにも分の悪い等価交換(トレード)であると判断しました」


(……セラフィエルとしては実に見事な直感(ロジック)だ。だがな、だからってあのセルウィンがそこでおめおめと引き下がる(フラグを折る)タイプには見えないがね)


――まあ、それはともかく。


セルウィンは長い間沈黙し、数週間前にあの全滅した小隊の台帳を精査した時と同じ、極めて慎重で辛抱強い観察眼(スキャン)で報告書を捲っていた。


「正しい判断よ」


セルウィンはついに、その冷徹な解析(アセスメント)を下した。その言葉を聞いた瞬間、セラフィエルの肩の緊張がわずかに解けた。

「あなたの説明通りの洗練された結界が、あの特定の領域に存在し、それが二つの小隊の消失と特異点(アノマリー)の活性化に直結している。――これは、どれほど技術(スキル)を持っていようが、たった四人の騎士の独断で解決していい規模の事象ではないわ」


「では、我々に代わりに何をせよと?」


アルドリックが相変わらず不躾(ブラント)に問いかけた。単に報告書をファイルにしまって次の命令を待つだけという、そんな受動的な待機(パッシブモード)が彼の戦闘スペック(本能)に合わないのは明白だった。


「調査(リサーチ)よ」


セルウィンは冷酷に言い放った。

「行動(アクション)を起こす前のね。我が教会の地下書庫(アーカイブ)のすべてを徹底的に捜索しなさい。――この記述と一致する古代の結界に関する歴史的記録、あるいは信頼性の高い地図から突如として完全に消失した領域(エリア)の事例、かつて我が組織の学者たちが同様の事象に遭遇し、その術式の本質(ロジック)を完璧に解剖・特定することに成功した過去のインテリジェンスのすべてをね」


(……賢いな。本気で合理的(クレバー)だ。正直言って、今の俺がのんびり構えている以上に、あの女のアプローチは少々厄介なフラグとして警戒しておくべきかもしれないな)


――まあ、それはともかく。


「カシアン」


セルウィンは言葉を続ける。

「あなたはこの四人の中で、最も鋭い分析眼(アナリティクス)を持っているわ。あなたがこの調査プロジェクトを個人的に統率しなさい。書庫のあらゆるリソースを無制限に使用することを許可するわ」


「御意」


カシアンが応じる。そのいつもの計算されたトーンの底に、本物の知的好奇心(アナリティクス・フラグ)がカチリと灯るのが分かった。


「それで――特異点(アノマリー)とのクロスリファレンス(照合結果)は?」


セルウィンは、数週間前にその特定の任務を課されていた聖職者へと鋭い視線を向けた。


「現時点では……まだ不確定(インコンクルーシブ)です」


聖職者は冷や汗を流しながらあっさりと白旗を上げた。

「当該地域における特異点のアクティビティ急増のタイミングは、偵察兵たちの報告から逆算した『その領域が完全に測量不能(エラー)になった時期』と大まかには合致(リンク)します。しかし――時期的な一致を除けば、両者をダイレクトに結びつける確定的な証拠(データ)は存在しません」


(……時期の一致だけでも、奴らにとっては十分すぎるリード(手がかり)だろ。そういう微かな糸(ルーズ・リンク)ってやつは、十分な忍耐さえあれば、最終的には完璧に手繰り寄せられて一本の太い線(フラグ)になるものなんだからな)


――まあ、それはともかく。


セルウィンはその事実を長い間反芻し、完璧にコントロールされた無表情の裏で大局のチェス盤(ロジック)を弾いていた。


「調査を継続しなさい」


彼女はついに決断を下した。

「極秘(ステルス)でよ。我が教会の広範な階級組織(トップヒエラルキー)にこの情報が漏れることは許さないわ。我々が真に向き合っている敵の正体を完璧に把握するまではね。――不完全な情報に基づく軽率な先行投資(アクション)の結果、我々はすでに二つの小隊という多大な代償(コスト)を支払ったのよ。私は同じ失敗(バグ)を三度繰り返すつもりはないわ」


「もし……調査の成果(リサーチ結果)がゼロだった場合は?」


セラフィエルが尋ねた。

「地下書庫に、何の回答(データ)も残されていなかった場合はどうされますか?」


「その時は、再び直接観測(ダイレクト・スカウト)に戻るだけよ」


セルウィンは冷酷に微笑んだ。

「今度はより慎重に、そしてこれ以上ないほど万全の準備(スペック)を整えてね。向こう側に潜む『何か』が、生存者を一人も残さずに我が精鋭を二度も完封( elimination)してみせたという事実はすでに証明されているわ。私は、自分が一体何に対して刃を突き立てようとしているのかを完璧に解剖するまでは、二度と我が同胞をあの領域へ送り出すつもりはないのよ」


彼女はその直後に四人を退室させ、再び部屋には彼女一人と、二度と呼び出しに応じることのない死者たちの台帳だけが取り残された。そして彼女の胸の中には、あの未知の領域(ホライズンクレスト)に潜む存在が、これまでに教会が示してきた程度の生温い警戒心(スペック)では到底太刀打ちできないという、確固たる『危機感』が確実に定着(ビルド)しつつあった。


あの女は忍耐強く、そして極めて合理的(メソッド)だ。

派手な演出(ジェスチャー)と共に突っ込んでくるような三流の敵とはわけが違う。――ただ静かに、慎重に、外側から着実に外堀を埋めるように圧力を積み重ねていく、まさにそういう質の強敵(ボスアクター)なのだ。


奴らの書庫に一体どんな古いロジック(機密データ)が眠っているのか、そしてあのカシアンの解析にどれほどの時間がかかるのか、今の俺にはまだ分からない。

だけど、あの女の本気の『眼(スキャン)』が、明確に俺のフロントドアへと向けられた。――その事実(フラグ)だけは、これからのサバイバルにおいて、決して一瞬たりとも忘れてはならない極めて重大なチェックポイントなのだ。




----------



その侵入者(ストレンジャー)は、教会の騎士どもがいつも見せるような警戒心の欠片もなく、ホライズンクレストの結界の境界線へと現れた。――隠密(ステルス)で通り抜けようとするわけでもなく、ただそこに立ち、自分が察知されるのを当然のように確信(期待)しているような、特有の辛抱強い静寂を纏って待機していたのだ。


『告。対象の個体識別を実行。オーラ波形から「竜種(ドラゴン)の因子」を感知。ただし、既知のデータであるヴァルレス、およびスコルンの魔素紋(シグネチャー)とは一致しません』


脳内で、**『脳内脳(アナリティクス)』**が告げてきた。

竜の因子。俺が本当に求めているあの二頭ではないにせよ、十二分に本気で警戒(テイクシリアス)すべき対象だ。


俺はエースを引き連れ、自ら境界線へと向かった。今回ばかりは、警戒心よりも純粋な好奇心が勝っていた。


――まあ、それはともかく。


奴は背が高く、黒髪で、一見しただけでは全身から竜の気配を微塵も感じさせないほど、実にお忍び(プレーン)な衣服を身に纏っていた。――ただ一つ、その両目を除いては。その瞳の奥には、かつて俺の母親が人間の姿(フォルム)を模していた頃の遠い記憶の中にあるのと全く同じ、特有の爬虫類めいた妖しい眼光(スペック)が宿っていたのだ。


「お前が、世間で特異点(アノマリー)と呼ばれているガキか」


奴は前置き(プリアンブル)もなしに、直球で切り出してきた。

「世界の他の雑務からとっくに耳を塞いでいるような竜たちの間にすら、お前の噂(フラグ)は届いているぞ」


「誰が尋ねているかによるな」


俺は慎重に、急ぐ様子もなく言葉を返した。


「イグニヴァル(Ignivar)」


奴は名乗った。

「かつてはとある名門の血統に属していたがね。真なるドラゴン( True Dragon)どもが、自分たちの定義する秩序(ルート)に適合しない者たちをどのように蹂躙するかをその目で見た日から、そんな血統(システム)はどうでもよくなったがな」


ほう。それは随分と具体的で重い怨恨(グリーフ)だな。じっくりと耳を傾ける価値のありそうな話だ。


「この目で直接確かめに来たのさ」


イグニヴァルは続けた。

「お前が本当にその噂に見合うだけの本物(スペック)なのか、それとも、ただの関わらない方がマシな危険物に過ぎないのかをな」


「それで? どうやって確かめるつもりだ?」

奴の唇に、静かで、急ぐ様子のない不敵な笑みが浮かんだ。派手な演出などどこにもない。

「決まっているだろ。一番手っ取り早いアプローチ(戦闘)さ」


――その瞬間、俺は最初の交戦(ファースト・エクスチェンジ)だけで、自分と奴との間にある圧倒的な実力差(ギャップ)を骨の髄まで理解させられた。


勝負にすらなっていなかった。

俺はこの事実を本音(オネスト)で書き残しておく。これを互角の熱戦だったなどと綺麗に美化して語るのは容易いが、現実は――そんな生温いものでは断じてなかった。イグニヴァルがその本質(オーラ)を解放した瞬間、そこに出現したのは、かつて対峙したリッジバックはおろか、俺がこの世界に転生して以来一度も遭遇したことのない、圧倒的に古く、圧倒的に深い破滅的なエネルギーの奔流だった。もし奴がその気になれば、ただの一動作(ワンアクション)で俺の存在をこの世から抹消( elimination)できていたに違いない。


(……戦いにすらならない。お話にならないレベルのスペック差だぞ、これ)


だが、奇妙なことに、奴はその絶対的な優位(アドバンテージ)を使って俺を圧殺しようとはしなかった。――俺が完全に隙(オープン)を晒した瞬間であっても、奴はあえて決定打を打たず、こちらの実力を測定(テスト)するためだけの必要最小限の力(フォース)で刃を合わせてくる。決して俺の命を終わらせるための攻撃ではないのだ。


『解。対象は意図的に自らの出力(アウトプット)を制限しています。――その制限率は極めて高精度です』


脳内脳のフラットな音声が響く。

(分かってるさ。俺の被害妄想(バグ)じゃないと証明してくれて助かるよ)


――まあ、それはともかく。


そこから俺たちは、長い時間にわたって刃を交え続けた。――それは俺の猛攻が通用していたからではなく、奴があえてそのラリーを継続させてくれていたからに他ならない。それは戦闘(コンバット)というよりも、言葉ではなく『拳の形状(シェイプ)』を通じて叩き込まれる、極めて辛抱強い実践講義(レッスン)のようだった。


交戦の終盤、俺は奴のゆったりとした歩調の裏に、本物の決定的な隙(オープン)をようやく捕捉した。俺の精密制御がその隙間へと完璧に滑り込み――そして、奴はその一撃をあえてそのまま受け入れたのだ。前腕の樹皮のような皮膚に薄皮一枚の切り傷(カット)を刻みながらも、奴は顔色一つ変えず、ただ満足そうに小さく頷いてみせた。


「見事だ」


イグニヴァルは言った。

「今の隙に気づいたか。自身の成長プロセスのこの段階(初期ビルド)で、それに気づける者は滅多にいない」


なるほど。奴は特定の能力をスキャン(テスト)していたわけだ。単に俺が戦えるかどうかではなく、俺が『自らのスペックで本来気づくべき事象に正しく気づけているか』という、その認識精度をな。


俺は再び踏み込もうとしたが――今度は奴が完全にその幕を引いた。

急ぐ様子もないただの一閃。俺の愛刀は大きく弾き飛ばされ、自分がどう動かされたのかを頭のロジックが認識するよりも早く、俺の身体は無様に地面へと叩きつけられていた。


「今日のところはここまでにしておこう」


イグニヴァルは闘気を収め、俺を引き起こすために大きな手を差し伸べてきた。

「これほどのスペック差(ギャップ)を相手に、これだけ立ち回ってみせたんだ。その事実(プロセス)は、勝敗という結果(エンド)よりもはるかに価値がある」


――まあ、それはともかく。


「……随分と手加減してくれたな」


俺は奴の手を掴んで立ち上がり、激しく乱れた息を整えながら言った。


「当然だろ」


奴は一切の気取りも偽りもなく、あっさりと認めた。

「もし俺が本気(フルスペック)で戦っていたら、最初の1秒で肉塊に変わっていて、俺もお前の本当の可能性(アビリティ)について何一つ有意義なデータを得られなかったはずだ。――力による支配(ドミネーション)よりも、自制(レストレイント)の方がはるかに多くの真実を教えてくれるからな」


手厳しいが、完璧な正論だ。

突如として喧嘩を売りに現れた化け物にしては、こちらの想像以上に合理的で深みのある男(ボスアクター)のようだった。


「で?」


俺は言った。


「今の闘いはテストか? それとも、本気で俺を殺すかどうかの品定め(アセスメント)だったのか?」


「正直に言うなら、両方だな」


イグニヴァルは自身の腕の浅い切り傷を、他愛もないものとして眺めながら答えた。

「わざわざお前にアプローチを仕掛けるだけのリスクと価値があるかどうかを知る必要があったのさ。結論から言えば、合格(ポジティブデータ)だ。ヴァルレスやスコルンを相手にするには、今のスペックじゃ到底お話にならないがね――ここで嘘を吐いても始まらない――だが、時間を投資するだけの価値は十二分にある」


「奴らを知っているんだな」


俺の言葉は、疑問形(クエスチョン)の形を成していなかった。


「奴らが自分自身は決して従うことのない絶対秩序(システムルール)を、他の竜どもに強制する姿を長年見せつけられてきたからな」


奴の言葉の底には、静かにコントロールされた本物の怨恨が眠っていた。かつて出会ったケランのような瑞々しい青臭い怒りではない――はるかに静かで、はるかに根深い、数十年単位で熟成された執念の響きだ。


「俺はな、いつかあの狂った支配に完全なる終止符(エンド)を打てる本物の器を探し続けていたんだ。十分な時間と、正しい構築(ガイダンス)さえ与えられれば、お前がまさにその特異点(アノマリー)になるかもしれない」


――まあ、それはともかく。


「まだ奴らと戦う準備はできていない」


俺は本音(オネスト)を口にした。

「……程遠いレベルだ」


「ああ、その通りだ」


イグニヴァルもあっさりと同意した。

「だが、届く可能性はある。ただの独学の行き当たりばったり(イムプロヴァイズ)を繰り返すのをやめ、反魔素の『本当の極致(真なるマスタリー)』の全貌を示せる指導者の下で、本気の特訓(ビルドアップ)に身を投じる覚悟があるならばな」


俺は長い間、奴の姿をじっと観察(スキャン)した。――冷静で、辛抱強く、先ほどあれほど圧倒的な実力差を見せつけておきながら、その佇まいには嫌味な傲慢さも敵意も微塵も存在しなかった。


「俺に稽古をつけてくれる(師匠になってくれる)ってわけか」


俺は言った。

「個人的にな」


「そうだ」


奴は頷いた。

「一種の先行投資(インベストメント)だ。お前という存在へのな。そしてお前が本当の対話(フラグ)をこなせるレベルに仕上がったその時、ヴァルレスとスコルンに訪れるであろう最悪の結末(エンディング)への投資だ」


「歓迎するよ、ホライズンクレストへ」


俺はついに、そう告げた。その瞬間、たった一回の戦闘(エンカウント)から生まれるにはあまりにも巨大すぎる本物の『因縁(フラグ)』が、俺たちの間に強固に定着(ビルド)したのを感じた。


「まずはその腕の傷を治療しよう。それから――お前には、たっぷり俺に仕込んでもらわなきゃならないレッスンがあるからな」


イグニヴァルは小さく、満足そうに微笑んだ。

「期待しているぞ」




--------------





これは俺たちの街が急速に拡大していく中で、ホライズンクレストの防衛網の境界線(フロンティア)で起きた出来事だ。――俺がイグニヴァルの下で反魔素の地獄の特訓(ビルドアップ)に明け暮れている裏で、かつて名付けを施し、防衛部隊の重要な一角を担う存在へと進化を遂げた者たちが、一体どのようにして新たな『家族(小林ファミリー)』を迎え入れていたのか。その詳細な記録(アカウント)である。


――まあ、それはともかく。


セナ(Senna)がそのドワーフたちの集団を最初に発見したのは、境界線の森林地帯だった。――小規模で、完全に疲弊しきった彼らは、自分たちが同じ場所を何度も何度もぐるぐると歩き回っている(バグに陥っている)という事実にすら気づいていない様子だった。木々の風景が一向に変化しない理由について、疑問を抱くことすら放棄してしまった者たち特有の、あの虚ろで執拗な歩調(ガラスの永続性)がそこにあった。


(……またこのループ結界に引っかかった奴らか。かつてのエリスと同じだな。許可証(アクセス権)なしにこの領域を彷徨う部外者が辿る、決まりきったルートだ)


セナは自分の両手を相手に見える位置に掲げ、慎重に近づいていった。――かつてカイからその『名』を授かり、それと同時に、未だに自分には不釣り合いだと感じている明確な『使命(ロール)』を与えられて以来、彼女が恐怖に怯える見知らぬ他者と接する時に必ず用いるようになった、いつもの丁寧なアプローチだった。


「あなたたち、同じ場所をぐるぐると回っているわよ」


セナは優しく声をかけた。

「おそらく、結構な時間ね。この土地はね、マスターの許可なしには誰も通り抜けられないシステムになっているの。――でも、私ならその許可を与えることができるわ。もし、私の説明を聞くだけの最低限の信頼(トラスト)をくれるならね」


ドワーフたちは、見ず知らずの他人がわざわざ気にかける以上の『多くの喪失』をすでに経験してきた者特有の、極めて深い警戒心(アラート)を漲らせて彼女を凝視した。


――まあ、それはともかく。


彼らのリーダーらしき人物――服のあちこちに煤の汚れが擦り込まれたままの、他の同胞と同様に見事な灰色の髭を蓄えた、体躯の逞しいベテラン女性**ボルガ(Borga)**が、ついに一歩前へと進み出た。


「今の私たちには、警戒してまで守る価値のあるものなんて何一つ残っちゃいないさ」


ボルガは平坦な声で言い放った。

「故郷(ホーム)ならとっくに消滅した。今更誰が俺たちから何を奪えるっていうんだい」


「……何があったの?」


セナが尋ねると、ボルガの表情が一気に暗転した。

「マイラス王国(Kingdom of Myrath)ってやつがさ、俺たちの住む洞窟の真上にある土地を、自分たちの『爆破魔法の実験場(テストグラウンド)』に指定しやがったのさ。俺たちの許可なんて求めちゃいない。いや、そもそも会話の余地すら最初からなかったね。――ただ毎日毎日、丸一年の間、俺たちの家を少しずつ、爆風の振動で叩き壊し続けたんだ」


(……そいつは、純粋に最悪(凶悪)だな。役所の事務手続き的な、あまりにもありふれた理不尽(バグ)だ。悪意による嫌がらせですらないんだろうな。ただ単に、自分たちの実験場の地下に誰が住んでいるのかなんて、わざわざ確認(スキャン)する手間すら惜しむほどの無関心さが生んだ悲劇だ)


「やめてくれと何度も伝えたさ」


ボルガは言葉を続ける。

「その気になれば、力ずくでその主張を通せるだけの本物の火力(スペック)だって、俺たちにはあった。ドワーフって種族はな、おとぎ話がどう語ろうが、そう簡単にへこたれるタフさを持ってるからね。だけど……たかが土地のために同胞の命を失う価値があるとはどうしても思えなかったんだ。いつかあの王国の軍隊( army)が飽きて立ち去ってくれるんじゃないかって、そんな甘い希望に賭けてしまったのさ」


彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。


「――結果は、最悪のハズレ(大失敗)さ。三週間前、ついに洞窟の天井が限界を迎えて崩落した。時間内に持ち出せなかった俺たちのすべてが、あの大地の下に生き埋めになったよ」


彼らは平和的な解決(ピース)を選択した。にもかかわらず、その結果としてすべてを奪われるという最悪の等価交換(コスト)を支払わされたわけだ。そんな不条理、断じて認められるわけがない。


――まあ、それはともかく。


「……私の知っている場所へ案内するわ」


ボルガの話を聞き終えたセナは、真っ直ぐに彼女を見つめて言った。

「人間の王国でもなければ、あなたの価値を『どれだけ利用価値(スペック)があるか』で測るような強欲な領主もいない場所。――もし、見ず知らずの私の言葉を信じてくれるなら、そこは本物の故郷(ホーム)になるはずよ」


「それで? その新しい故郷とやらの『対価(コスト)』はいくらだい?」


ボルガは極めて慎重に、運命を奪われたすべての流民が最終的に必ず突きつけられるあの残酷な現実(フラグ)を覚悟するように尋ねた。


「あなたが自発的に、自由に差し出してくれるもの以外には何も」


セナは微笑んだ。

「それだけよ。あなたが次の決断を下す前に、そのことだけは私が命に代えても保証(プロミス)するわ」


ボルガは長い間、彼女の眼差しを精査(スキャン)した。――天秤にかけ、測り、かつて既存の組織(システム)を信用した結果として凄まじい裏切りを経験した者特有の、あの特有の疲弊の先にある決断。


「……いいだろう」


ボルガはついに、その肩の強張りをわずかに緩めた。

「あんたの言うその故郷ってやつを、見せてもらおうじゃないか。どうせ、すでに失ったもの以上の代償(コスト)を払わされることなんてあり得ないんだからね」


――まあ、それはともかく。


さらに南方の境界線では、人間の流民たちが、セナに向けて全く同じ性質を持つ別の理不尽(バグ)を語っていた。――隣接する強欲な領主によって、単に「自分の領地と境界が接しているから」という一方的なジャイアニズム(独断)により、村ごと完全に強奪されたという、あの決まりきった形の略奪劇だ。


「合法的な手続きを装うことすら、あいつらはしなかったよ……」


一人の父親が、自身の肩で幼い子供を眠らせたまま、完全に疲れ果てた声でセナに語った。

「ただ私兵を送り込んできて、立ち退くか、あるいは奴らが提示する奴隷同然の条件で小作人(テナント)になるかの二択を迫ってきたんだ。……だから、私たちは逃げ出した」


同じ形の残虐性、ただそのフレーズ(風味)が異なるだけ。権力というやつは、そこに最初から誰が住んでいたのかなどお構いなしに、すべてが自分に属していると一方的に裁定(システム上書き)してくるのだ。


セナはドワーフたちを導いたのと同じアプローチで、彼らをホライズンクレストの内部へと案内した。――辛抱強く、誠実に、優しい言葉で包み隠した新たな支配者(マスター)を演じるのではなく、ただ本物の『機会(チャンス)』を与えるために。


彼らは恐怖に怯えていた。その約束の果てに、一体どんな傲慢な『支配者(ルーラー)』が待ち受けているのかと。何人かの親たちは、その短い過酷な人生の中で「支配者」という単語が自分たちにどれほどの地獄をもたらしてきたのかを完璧に理解している子供たちに向けて、声を潜めて必死に気休めの慰め(リソース)を囁き合っていた。


奴らは身構えているのだ。自分たちから利用価値のあるすべてを搾り取り、その残飯を「慈悲」と呼ぶような、そんな新たな領主の登場を。


(……やれやれ。あいつら、これから我が小林ファミリーのマスターと対面して、一体どんな『想定外の衝撃(サプライズ)』を食らうことになるのか、今から実に楽しみだな)




--------------




ドワーフたちの本隊が最初に到着した。セナは、かつて自分が名前も持たずにこの森を彷徨う部外者だった頃の経験を活かし、実に見事な手慣れた案内(エスコート)で彼らを絶対結界の内部へと導いてみせた。


(……思い出すな、あいつが最初に見つかった日のことを。状況こそ違えど、あの時のセナの顔に張り付いていた恐怖の波形(フラグ)は、今目の前にいるドワーフたちが浮かべているものと完全に一致している)


ボルガ率いる同胞たちが訓練場のすぐ先にある開拓広場へと足を踏み入れたのは、タイミング的に最悪――あるいは見方によっては、これ以上ないほど最高――の瞬間だった。


俺は地面に大の字になって倒れていた。そのすぐ傍らには、何事もなかったかのように平然とした佇まいのイグニヴァルが立っている。いつも通り、急ぐ様子もない恐るべき効率性(スペック)で午前の特訓セッションを終わらせた直後の光景だ。


「……もう一回だ」


泥にまみれたまま、俺は悔しがるのを通り越して半ば諦め混じりに呟いた。


「いいだろう」


イグニヴァルはあっさりと同意し、俺を引き起こすために手を差し伸べてきた。


――まあ、それはともかく。


広場の端で足を止めたドワーフたちは、完全に硬直したままその光景を凝視していた。

彼らの視点からその状況がどう映ったか、俺は本音(オネスト)でここに書き残しておく。――この領域の絶対的支配者であるはずの少年が、地面の泥まみれで完全にノックアウトされており、それを直前まで圧倒的な実力差を見せつけていた格上の男によって無様に引き起こされているのだ。


ボルガの表情は、凄まじい速度で何段階もの困惑のプロセス(処理エラー)を駆け抜けていった。


「……あれが、本当にこの土地の支配者(ルーラー)なのかい?」


ボルガは信じられないといった様子でセナに耳打ちした。


「あちらがカイ様です」


セナは、彼らが今まさに目撃したばかりの無様な惨状など最初から視界に入っていないかのような、完璧な真顔(ポーカーフェイス)で確定判定をくだした。


「……負けてるじゃないか」


ボルガが平坦な声で指摘する。


「イグニヴァル様相手には、いつもあんな感じですよ」


セナは淡々と言い放った。

「ですが、あなたが今頭の中で勝手に推測(バグ判定)しているような意味とは、全く異なりますからご安心を」


的確な評価だ。もし俺が彼らの立場(初対面)でこの光景を見せつけられたら、間違いなく同じように混乱していただろうからな。


――まあ、それはともかく。


俺は衣服についた泥を叩き落とし、この有様の中でもかろうじて『領主としての威厳』に似た何かを必死に演出しながら、彼らの前へと歩み寄った。


「見苦しいところを見せてすまないね」


俺はボルガと、後ろに控えるドワーフの群衆に向けて声をかけた。

「いつもなら、新しい仲間をあんな無様な姿で出迎えるような悪趣味な歓迎(ウェルカム)はしないんだが。――こちらのイグニヴァルは、俺よりはるかに強く、そしてその事実を俺の身体に叩き込んで証明することに関して、恐ろしく忍耐強い男でね」


「あんたは……」


ボルガが口を開き、そして何かを言いかけてピタリと止まった。自分たちがここへ足を踏み入れる前に身構えていた『強欲な領主』という既存の前提(プロファイル)を、脳内で必死に修正・再構築しているのが丸分かりだった。


「――俺たちに何も要求しないつもりかい? 強制労働だの、絶対の忠誠だの、あるいはこの土地に見合うだけの莫大な代償(コスト)をふっかけてくるんじゃないのか?」


ほら来た。流民となったすべての者が、見知らぬ他者の縄張りに踏み込む際に必ず抱く、あの決まりきった形の生存の恐怖(ギルト)だ。


「ここに残るのなら歓迎するよ」


俺はシンプルに答えた。


「お前たちが自発的に、自由に提供してくれるアビリティがあるなら、俺は喜んでそれをコミュニティの資産として受け取る。それ以上の無理難題を要求するつもりは毛頭ないさ」


ボルガは長い間、俺の眼差しをじっと精査した。――先ほどセナに向けて放ったのと同じ、対象の本質を測るためのあの独特の重みのあるスキャンだ。そしてついに、彼女の全身からあの刺々しい警戒心が、本物のピース(安堵)となって綺麗に霧散していった。


「ドワーフって種族はな、職人の技術(クラフト)に関しては一家言あるんだ」


ボルガは、俺が提示した条件の本当の輪郭(形)をテストするように言葉を紡いだ。

「鍛造、採掘、それに人間が建てるような粗悪な工作(crude work)とはワケが違う、頑強無比な建築作業(ビルド)。もしそれがあんたの役に立つと言うなら――」


「役に立つどころじゃない、最高のスペック(人材)だ」


俺は本音(オネスト)で答えた。

「実は少し前にな、俺たちが持っていた建築用の固有スキルが完全に行方不明(ロスト)になっちまってね。それ以来、エルフたちの流派の技術だけに頼り切っている有様だったんだ」


その瞬間、セナが彼らを発見して以来初めて、ボルガの年季の入った渋い顔に本物の『希望(フラグ)』がカチリと灯るのを、俺は見逃さなかった。


――まあ、それはともかく。


それから間もなくして、セナの完璧に計算し尽くされた時間配分(タイムマネジメント)により、人間の流民たちの本隊も広場へと到着した。そして彼らもまた、ドワーフたちとほぼ同等に困惑に満ちた不可解な光景を目撃することになった。――イグニヴァルと俺が、お互いにほぼ同じような場所に青あざ(特訓の勲章)を作った状態で、俺の足運(フットワーク)の悪癖について大真面目に技術論を交わしているという、あの独特の奇妙な空気感だ。


彼らのリアクションもまた、先ほどのドワーフどもの挙動をそのままミラーリング(複製)したかのように完璧に一致していた。

呆然とした不信感、そこから徐々に芽生えつつある慎重な希望、そして、自分たちから持てるすべてを搾り取ろうとする新たな独裁者の登場を身構えていた者たちが、ただ差し出されたものだけを慈しむ本物の強者(アクター)に出会ったことで、その強張った魂の結界をゆっくりと、しかし確実に解除していく、あの特有の解放のプロセスだった。


「俺たちには、大したアビリティ(差し出せる価値)はありませんよ……」


先ほどセナに窮状を語っていた父親が、まだ自身の肩のところで眠り続けている幼い子供を気遣いながら、声を潜めて静かに告白した。

「大半がただの小作農(ファーマー)です。ありふれた、他愛のない職能しか持っていません」


「農家(ファーマー)こそ、まさに今のこの領地(ドメイン)が最も必要としているスペックだよ」


俺は彼に向けて微笑んだ。

「お前たちが想像している以上にね。何しろこの場所は、現在進行形でただの広大な森林と、俺がまだまともにカタログ化すら終えていない魔物の生態系(モンスターズ・プレイグラウンド)が大半を占めている有様だからな」


その言葉を聞いた瞬間、彼の口から不意を突かれたような小さな笑い声が漏れた。――彼らがここへ到着して以来、初めて耳にする、心からの安堵の響き(フラグ解除音)だった。


――まあ、それはともかく。


新しく到着した流民たちが、防衛部隊の案内で一時的な宿泊エリア(仮設ロッジ)へと誘導されていく一連の流れを、イグニヴァルは特訓の時と同じ辛抱強い観察眼(スキャン)で静かに見守っていた。そして全員が去った後、ぽつりと口を開いた。


「お前は、随分と奇妙なモノを構築(ビルド)しているな」


奴はしみじみと観察(アセスメント)を下す。

「通常の支配者(ルーラー)というやつは、民から搾取(エキストラクト)するものだ。だがお前は……ただ一方的に『機会(チャンス)』を提供し、その対価として何を返すかは、すべて民自身の裁定(システム判断)に委ねている」


「その方が、結果的に上手く回る(合理的)からさ」


俺は言った。


「力ずくで無理やり搾り取ろう(抽出する)とするよりも、人間ってやつは自発的に、自由な意志で差し出す時の方が、はるかにはじき出すパフォーマンス(リソース)が大きいものだからな」


「有意義な教訓(レッスン)だな」


イグニヴァルの声の底に、どこか思索にふけるような深い響きが混ざり合う。

「――仮に『真なるドラゴン(True Dragon)』どもが、自分たちの絶対的な確信(システムルール)以外の事象を学習できる知性を持ち合わせているのだとしたら、奴らこそが最も学ぶべき本物のロジックだ」


奴と出会って以来、これが間違いなく最も『本物の温もり』に近い性質を帯びた、奴自身の本音の吐露(デレ発言)だった。


――まあ、それはともかく。


「教訓(レッスン)といえばさ」


俺は未だに鈍くうずく自分の肩の関節のスペック(耐久値)を確認しながら、恐る恐る尋ねた。

「……今日の特訓は、今のセッションで終了か? それとも、ついに俺に対する『慈悲(憐れみ)』という感情が、お前のシステムに実装されたりしたか?」


「もう一回(アナザーラウンド)だ」


イグニヴァルは一切の感情を排した冷徹な判定を下した。

「憐れみ(ピティ)というデータからは、サバイバルに役立つ有意義な技術(スキル)など何一つとして生まれないからな」


(……チッ。そりゃそうだよな。期待した俺がバカだったよ)


俺は再び奴の背中を追って、泥まみれの訓練場へと足を進めた。すでに次の確実なノックアウト(大ダメージ)を覚悟しながら。

だが、俺たちの背後では――この**『ホライズンクレスト』**という名の理想郷が、新たに加わった二つの種族の魂をその防衛網の内側へと静かに、かつ確実に吸収・融合(インテグレート)しつつあった。外の世界(既存のシステム)がどれほど理不尽な破滅(バグ)を量産し続けようとも関係ない。失われた命の残骸を幾重にも積み重ね、そのたびに何度でも立ち上がって構築される、ここが俺たちの本当の『楽園(ホーム)』なのだから。




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これもまた、俺たちがずっと後になってからようやくパズルのように繋ぎ合わせた断片――あの教会の頭脳であるカシアンが、地下書庫の奥底で一体どんな『禁忌のロジック(対抗策)』を発見し、最高司祭セルウィンがどのように次のチェスの駒(フラグ)を動かしたのかという、奴ら自身の内部記録(アカウント)である。


――まあ、それはともかく。


カシアンは丸二ヶ月もの間、ラオディキアの最深部にある地下書庫(アーカイブ)に文字通り埋没していた。――そこは組織の記録の中でも滅多にアクセスされない特殊な区画であり、案内を任された司書(アーキビスト)の女性は、彼のお目当てのデータを正しく検索するために、まずは自分自身で古い分類システム(カタログ)を再学習し直さなければならなかったと、少々気まずそうに白旗を上げて告白したほどだ。


「ここにあるものの大部分は、現在の暦システム(現行カレンダー)が導入されるよりもはるかに古い時代のものです」


彼女は、今にも崩れそうなほど脆く、慎重に書き写された古い写本(スクリプト)の棚を指し示しながら説明した。

「場合によっては『記録の記録』――つまり、原本が朽ち果ててから数世紀後に、当時の書記(スクライヴ)たちが独自の解釈を交えて書き写した、今となっては真偽の検証すら不可能なコピー品(複製データ)も含まれています」


(……チッ、上等だよ。不完全な情報源(データ)だろうが、ソースはソースだ。今現在の俺たちが敵の全貌を何一つ掴めていない現状(スペック)を考えれば、何も情報がないよりははるかにマシだからな)


――まあ、それはともかく。


カシアンは、約四百年前の古い写本の中に、ついに最初の一級品の実用的な記述(レファレンス)を発見した。――遥か西方にかつて存在した『封印された木霊の森(シールド・グローブ)』に関する記録だ。記述によれば、その封印は教会の偵察兵たちを丸一世代にわたって完全に翻弄し(バグに陥れ)続けた末に、最終的に『意図的な手段』によって力ずくで突破(ブレイク)されたのだという。


封印された森。翻弄された偵察兵。――もしこの過去の事例が、現在の俺たちの状況と完璧な平行関係(パラレル)を成しているのだとしたら、奴らにとってはこれ以上ないほど最高のリード(手がかり)だ。


――まあ、それはともかく。


「それで――最終的に、その封印はどのようにして破られたの?」


カシアンがその報告書を正式に提出すると、最高司祭セルウィンが鋭く問いかけた。


「古文書の記述は、その具体的な術式(メソッド)に関してはイライラするほど曖昧(ぼやけて)います」


カシアンは事実を淡々と報告した。

「ですが、その結界の『本質(ロジック)』に関しては明確な指定がありました。――空間属性(ディメンショナル)に起因する結界であり、その記述されている基本機能は、我が聖騎士たちが特異点(アノマリー)の領域の境界で観測したあの絶対結界のスペックと完全に一致します。記録によれば、最終的な突破には**『共鳴崩壊(レゾナント・ディスラプション)』**と呼ばれる特殊な概念運用が必要だったとのことです。――結界の防御力を外側から力ずくでねじ伏せる( bruteフォース)のではなく、結界自身が持つ魔力固有の『周波数(ディフェンス・リズム)』にこちらの術式を完璧に同調させ、内部からその安定性を破綻させるフィードバック(致命的なバグ)を引き起こす術式です」


共鳴崩壊(レゾナント・ディスラプション)。

もしその記述が正確であり、それが俺の**『絶対結界(アブソリュート・サンクチュアリ)』**に対しても全く同じように適用(システム上書き)できてしまうのだとしたら――それは、我が楽園の本当の脆弱性(リアル・バグ)に他ならない。決して簡単に突けるような甘い穴ではない。だが、確実に実在するアキレス腱だ。


セルウィンはその四百年前のヴィンテージ物の記録を慎重に吟味し、検証不可能な古い情報に基づいて行動を起こすことの、本当のリスク(コスト)を冷徹に天秤にかけた。


「現在、我が組織の中に、これほどの術式を実行(ビルド)できるスペックの持ち主はいるかしら?」

「現時点の教会の正規メンバーの中には、存在しません」


カシアンはあっさりと認めた。

「記述されているテクニックは、特に『空間魔法(ディメンショナル・マジック)』の分野において極めて突出した専門的技能(マスタリー)を要求されます。――歴史的に見ても、我が組織がこれまで深く投資してこなかった特殊な流派(カテゴリー)です。これを成すには、どうしても『外部の専門家(アウトサイド・アクター)』のスペックを借りる必要があります」


――まあ、それはともかく。


「外部の専門家、ね」


セルウィンはその単語を反芻し、その完璧にコントロールされた無表情の裏に、極めて老獪な計算(ポリティクス)の影を滑り込ませた。

「事態がこれほど繊細な領域(機密)に突入しているというのに、教会の階級組織(システム)の外部から人間を招き入れるというのは、それ自体が新たな致命的リスク(バグ)を孕むわね」


「……実は、とある学者がおります」


カシアンは慎重に、言葉を選びながら新たな確定データ(ソース)を提示した。

「独立系(フリー)の学者です。世間の噂では極めて偏屈な隠者(世捨て人)と評されていますが、現在この世界に生きる数少ない『空間理論(ディメンショナル・ロジック)』の本物の最高峰エキスパートであることは間違いありません。――名は、**オフィーリア・ヴァンス(Ophelia Vance)**。アシュフォード王国の東方辺境にある、私設の魔導塔(プライベート・タワー)を拠点に活動しているのが最後の確認データです」


オフィーリア・ヴァンス。

また一つ、新たなプロパティ(本名)が割れたわけか。俺たちを包囲しようとする敵のパズルピースが、遅く、しかし確実に組み合わさっていく。


「彼女に接触(アプローチ)しなさい」


セルウィンは冷酷に命令を下した。

「極秘(ステルス)でよ。我が組織が、まだ正体すら完全には解剖できていない未知の強者を相手にその術式を敢行(コミット)する前に、その『共鳴崩壊』とやらを実行するために一体どれほどの具体的なリソース(代償)が必要になるのかを、完璧に算出(スキャン)しておきたいわ」


「もし……彼女が協力を拒んだ(フラグが折れた)場合は?」

「その時は、また別のルート(選択肢)を探すだけよ」


セルウィンは不敵に微笑んだ。

「――ですが、その生涯のすべてを『空間理論』という偏執的な研究に捧げてきたような本物の学者が、これほどの超大規模で現在進行形で完璧に機能している生きた絶対結界という極上のサンプルを目の前に突きつけられて、教会の手伝いをするリスクごときを恐れてその知的好奇心(アナリティクス)を放棄するとは、私には到底思えないわね」


――まあ、それはともかく。


カシアンはその特定の通信手続き(フラグ立て)を開始するために退室し、部屋には再びセルウィンが一人、その四百年前の古文書の記述を何度も、何度も精査しながら佇んでいた。そこに書かれていること、そして『あえて書かれていないこと』のすべてを読み解くために。


一人の学者。そして、まだその発動要件(スペック)の全貌こそ不明なものの、ついに名前(プロパティ)が割れた対抗技術。

ゆっくりと、しかし確実に、あのラオディキア神聖教会という組織は、どれほど完璧に構築された絶対防御(最強スペック)であろうとも最終的には確実に粉砕・解体してみせる、あの恐るべき『合理的かつ組織的なアプローチ(メソッド)』を完成させつつあった。


この特定のフラグ(見えない糸)が、最終的に俺たちのフロントドアへとダイレクトに繋がって破滅のチャイムを鳴らすまでに、一体どれほどの距離と時間が残されているのか、今の俺にはまだ分からない。

だけど、それは確実に動き出している。あのセルウィンという女特有の、極めて忍耐強く、極めて確実な歩調でな。


(……フッ、上等だよ。何が来るにせよ、奴らの動きがこれほど慎重でスローペース(合理的)だというなら、こちらが迎撃のスペックを極限まで鍛え上げるための猶予(タイムリソース)はまだ残されているってことだからな。与えられた時間の1分1秒に至るまで、そのすべてを奴らを完封するための『仕込み(ビルドアップ)』として完璧に使い切ってやろうじゃないか)



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