第24話:死者に対して我々が負うもの
俺はホライズンクレストの交易と情報ネットワークの統括権を、正式にエレインへと一任した。――それは俺がエースと共に自領の本格的な調査に出発する前の決定だったが、正直に言えば、彼女がすでに肩書きなしで裏から静かに回していた実務を、ただ公式化しただけに過ぎなかった。
「お前が適任だよ」
ロシャンのコーラの連絡先から届いた最新の物資搬入目録を鋭い眼光で精査するエレインを見つめながら、俺は言った。
「入ってくる物資、出ていく情報。それに、うちの同胞の誰がどの職務に向いているかという割り振りに関しても、お前の判断力を全面的に信用しているからな」
「ただ建設プロジェクトの要請を待つだけでなく、有意義な職務を求めていた男たちのエルフたちにも、すでに適切な役割を割り振る手配を進めています」
エレインは相変わらず、俺の3歩先を行くスペックを発揮していた。
「交渉術に秀でた者、偵察に適した者。個々の適性を需要に合わせて最適化します」
「まさにそういうところさ」
俺は苦笑した。
「俺が頼もうが頼むまいが、お前なら結局自力でそれを完成させていただろうからな」
その指摘に、エレインはどこか満足そうに小さく微笑んだ。俺は街の実務が本物のエキスパートの手に委ねられたという確固たる確信を胸に、彼女にその場を任せたのだった。
――まあ、それはともかく。
一方、エリスはエリスで、独自の防衛プロジェクトを立ち上げていた。エレインが統括する一般的な防衛部隊のカリキュラムではなく、明確に『エリス』を名指しして教えを乞うてきた三人の新兵たちの指導を引き受けていたのだ。
「エルヴァ、セリカ、そしてルークよ」
エリスが彼らを俺に紹介した。エリスの両目が光を失っているため、規律正しく直立不動の姿勢をとる三人の敬礼を物理的に視認することはできなかったが、その空気の緊張感だけで彼らの本気が伝わってきた。
「彼らは私に直接直訴してきたの。単なる型通りの訓練ではなく、本物の死線に対応できる実戦的な技術を学びたいって」
賢い選択だ。エリスは、ただの反復訓練だけでは決して到達できない領域の地獄を生き延びて、そのスペックを勝ち取ってきたのだから。
「この三人を作戦コード名『セブン(Seven)』『エイト(Eight)』『ナイン(Nine)』として、ホライズンクレストの最新鋭選抜部隊に指定するわ。エレインの初期防衛隊がすでに構築していたナンバリング・システムをそのまま継続する形ね」
ほう。知らない間にそんな洗練された部隊階級が稼働していたのか。どうやら俺が認識していた以上に、この街の防衛基盤(実務サイド)は自律的に回り始めているらしい。
「この女の指導下に入るなら、間違いなく強くなれるぞ」
俺は三人の新兵に向けて声をかけた。
「エリスはな、お前たちに対して厳しくする以上に、自分自身に対して誰よりも容赦がない。それだけで、彼女がこの任務をどれほど命懸け(シリアス)で捉えているかが分かるはずだ」
エリスはその評価に反論しなかった。それが、彼女が口に出して認めたがる以上に的確なプロファイル(本質)であることの証左だった。
――まあ、それはともかく。
エースと共に未開拓領域の測量へ出発する前に、俺は自分自身の中でずっと後回しにし続けていた『一つのケジメ』をつけることにした。
俺の手から消え去った**『秘術創造』**はもう使えない。だが、かつて母親が俺に葉っぱ一枚から徹底的に叩き込んでくれた、あの基礎的な反魔素制御の精密性ならまだ残っている。俺はその微かな技術を総動員して、ホライズンクレストの境界の端――この街ができる遥か昔、あの山の遺跡がただの廃墟として佇んでいた頃から見慣れた稜線を見下ろす高台に、一つの立派な墓碑を削り出した。
(二人のための場所だ。今度は本物の、帰るべき場所だ。誰もその真の意味を理解しなかった、ただの寂しい廃墟なんかじゃない)
俺は墓石の表面に、自らの手でゆっくりと、極めて慎重に二人の名前を刻み込んでいった。アーク・クリエイションで一瞬にして無機質に生成するのではなく、一文字一文字に血の通った意味を込めるように。
『アシュリー(Ashley)――真なるドラゴン、母』
『ダニエル(Daniel)――上位魔将、父』
『いかなる石碑の枠にも収まりきらぬ、無限の愛を込めて』
人が逝ってしまった後、その悲しみや記憶、そしてその先の魂がどこへ向かうのかなんて、俺には今でも分からない。だけど、二人には本物の『生きた証』を持っていて欲しかったんだ。誰もその価値を知らないただの廃墟ではなく、後に続く者たちがその前に立ち、二人が確かにここに存在していたのだと知ることができる、そんな本物の座標を。
どれほどの時間が流れただろうか。静かに佇む俺の元へ、エリスがそっと近づいてきた。俺の聖域を邪魔する風でもなく、ただ、その重荷を俺が一人の肩だけで背負い込まないように寄り添うかのように。
「綺麗ね……」
彼女はそっと手を伸ばし、慎重な手つきで石の輪郭を探り当てると、そこに刻まれた文字の溝を優しくなぞった。失明して以来、彼女が世界を読み解くために磨き上げてきた、あの独特の手つき(触診)だった。
「ずいぶんと時間がかかっちまったよ」
俺は苦笑交じりに認めた。
「何度も最初からやり直したんだ。完璧な形にしたくてな」
「二人は分かってくれているわよ」
エリスは確信を込めて言った。
「今の二人が世界をどう見ているのか、あるいは何も見ていないのかは分からないけれど……これほど深い愛情が注がれた墓標を見れば、二人の元には完璧に伝わっているはずよ」
エリスが再び自身の訓練場へと戻っていった後も、俺はしばらくその場に残り続け、ホライズンクレストの屋根の連なりを見下ろしていた。その視線の先にあるのは、昨夜アエロンの口から慎重に語られ、ついに我が耳で捉えた二つの忌々しい名前だ。
(ヴァルレス。スコルン。……お前たちにもついに名前がついた。俺の両親が、今ここで本物の墓石を手に入れたのと同じようにな)
まだ足りない。今の俺のスペックじゃ、お前たちの前に立つ資格すらないことは、この場所に立てば嫌というほど痛感させられる。だが、この手で刻んだ石碑の重みも、仲間を守るために積み重ねる平穏な年月も、すべては奴らを屠るための『逆転への仕込み(カウントダウン)』なのだ。たとえそのプロセスが、血を吐くような特訓に見えようが、あるいは完成した墓標の前で静かに佇む悲哀に見えようが関係ない。
(待っていろ。まだその時じゃない。だが、そう遠くないうちに、すべてにカタをつけてやる)
俺は静かに振り返り、少し離れた場所で敬意を払って辛抱強く待機していたエースの元へと歩き出した。そして、俺たちのまだ見ぬ領地の、その大いなる『未踏区域(未開拓エリア)』の奥底へと足を踏み入れたのだった。
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俺とエースは夜明けと共に出発し、この領域が初めて俺のものになったあの日以来、二人ともまともに踏み込んだことのない未知の深部へと向かった。――俺が実際に所有している全領域の、ほんの僅かな『一部』の上にちっぽけな生活を築くことに忙殺されている間、ただそこに何気なく存在し続けていた広大な未開拓テリトリーだ。
二年間、ここで狩りをし、家を建て、特訓を重ねてきたというのに、俺はこの場所のほんの断片しか理解していなかったわけか。そろそろ、その現状を正しく改める(アップデートする)べき潮時だろう。
『同意する』
脳内のリンクを通じて、エースの念話が響く。彼は調査に値するあらゆる事象に向けるのと同じ、鋭く辛抱強い好奇心を滾らせながら俺の先頭を駆けていた。
『とはいえ、実際に何が見つかるのか、少々期待に胸が躍るな。お前の領地というやつは、最初に見せている姿以上のものを内部に隠匿しておく悪癖があるからな』
手厳しいが、その通りだ。
(精霊獣、か……。いや待て、この時間軸の出来事においては、俺たちはまだ他の『始原の精霊』を発見しちゃいないな。今のところは、お前という予想外のサプライズに満ちた相棒が一体いるだけだ)
『それを俺への最高の賛辞(褒め言葉)として受け取っておこう』
――まあ、それはともかく。
奥へ進むにつれて、周囲の地形は目に見えて変貌していった。――鬱蒼とした森林が岩だらけの荒地へと変わり、そこからさらに奇妙な光景へと繋がっていく。普通の森ではあり得ない不自然な角度でねじ曲がって生い茂る古代の巨木たち。その黒くごつごつとした樹皮は、ただでさえ規格外なこの領地の基準に照らし合わせても、途方もない年月を経ていることを雄弁に物語っていた。
俺は、これまでのハンター生活で一度も目撃したことのない未知の生物(魔物)たちと次々に遭遇した。――残存魔素で微かにうなる奇岩の周囲で休眠している、あまりにも目が多すぎる大蛇のような個体。かつて故郷の近くで狩りをしていた頃にカタログ化したどの生物とも異なる、全身を硬質のキチン質で覆われた俊敏な小型の捕食獣の群れ。そしてはるか遠方には、俺たち二人がまともに正体を識別できる距離まで近づくのを本能的に躊躇うほどの、巨大で鈍重に動く『何か』の影があった。
(……おいおい、俺の想定をはるかに超えてるぞ。自分がこの場所に生息する生態系をある程度把握しているつもりだったのは、ただの自惚れだったわけか)
『告。マスターがこれまでに探索を完了した領域は、当領地の総面積の「約二パーセント」に過ぎません』
正午を過ぎた頃、**『脳内脳』**が自発的に脳内で告げてきた。
『現在未踏となっている残りの領域から推測するに、今後、極めて重大な発見に遭遇する確率は極めて高いと判断します』
二パーセント。
ここに丸二年もの間住み続けておいて、たったの二パーセントだと?
この場所は本当に、人間の王国が丸ごと二つは余裕で収まるスケールだったわけだ。それが単なる比喩表現ではないという事実を、俺はまたしても忘れかけていた。
――まあ、それはともかく。
午後になっても俺たちは前進を続けたが、地形はさらにその異質さを増し、周囲の空気そのものが正体不明の微かな魔力チャージ(電位)を帯び始めた。明確な発生源などどこにも見当たらないというのに、俺の腕の産毛がジリジリと逆立つ。
(エース、お前もこれを感じてるか?)
『ああ、感じている』
エースの念話が返る。彼の両耳が警戒でわずかに平坦に伏せられていた。
『この先だ。明確な「敵意」というわけではない。だが、ただ純粋に……「何かが致命的に狂っている(バグがある)」。これ以上の適切な言葉が見つからん』
『警告。これ以上の前進プロセスの継続を停止することを推奨します』
脳内で響いた脳内脳のトーン――極めて慎重で、意図的な響き――を聞いた瞬間、俺はただ迷うだけでなく、文字通りその場に足をピタリと止めていた。
「なぜだ?」
俺は声に出して問いかけた。
『反復します。マスターが探索した領域は、このドメインの約二パーセントに過ぎません』
脳内脳は淡々と告げる。
『十分な事前準備(スペック補強)を行うことなくこれ以上奥部へ侵入することは、マスターの生命維持において深刻なリスクを伴うと推測されます』
(……お前からそんなダイレクトな警告を聞くなんて、滅多にないことだな)
奴の言葉に宿る独特の重み(グラヴィティ)を感じ取り、俺の胃の奥底に冷たい塊がすとんと落ちた。
「何がいるんだ?」
俺は喉を鳴らした。
「この先に、一体何が存在している?」
『解。私の問いに直接答える代わりに、マスター自身の「絶対結界」の境界を精密に走査してください』
脳内脳は言った。
『そこに、マスター自身が構築したものではない「別の何か」が幾重にも積層されていることに気づくはずです』
――その指示に従い、俺は慎重に意識を外へと拡張した。
暗闇の中で見慣れた壁の手触りを指先でなぞるように、俺は自分自身の絶対結界の構造を丁寧に辿っていった。――そして、確かにそれを捉えた。俺の結界の術式の中に、明らかに別の何かが織り込まれている。それははるかに古く、魔力の質感が全く異なり、俺の闘気とは一切同調しない未知の共鳴で妖しくうなっていたのだ。
(……本当だ。何かがここにある。俺がこの場所に結界を張って上書きするよりもはるかに前から、最初からここに存在していた『別の結界』だ)
「これは、何なんだ?」
俺は静かに尋ねた。
『当システムによる解析の結果を報告します』
脳内脳の声が響く。
『それは「空間属性」の魔法を用いて構築された上位結界です。――現在の私(当システム)の解析スペックでは、その術式を完全に解剖・パースすることは不可能です。その基本機能は「防御的」な性質を持っていると推測されますが……ただし、それは外部の脅威から内部を守るためのものではありません。むしろ――内部の「何か」を、ここから絶対に外へ出さないために構成された「封印」であると推測されます』
自分の領地の奥底に、何かが閉じ込められている。
それも、空間属性の結界を用いなければ封印できないほど、圧倒的に古く、あるいは圧倒的に危険な『何か』が。
「何をもたもたしてるんだ」
俺はすでに身体を反転させ、エースの肩に手を置いてその歩調を制しながら言った。
「あの中身が何なのかを突き止めるために、無駄死にするつもりなんて毛頭ないぞ。……戻るぞ、エース」
今日じゃない。未準備のまま、この広大な土地のわずか二パーセントしか理解していない状態で突っ込むなど、ただの自殺志願者のすることだ。あの奥底に封印されている何者かがどれほどの存在であれ――これまで長い年月を待ってきたのだ。俺が正面からまともに相手できるようになるその日まで、大人しくそこで待っていてもらおうじゃないか。
エースも異論は唱えなかった。一切の躊躇なく俺の隣へと並び、俺たちは今来た道をそのままの速度で撤退していった。あの奇妙で妖しくうなっていた魔力チャージ(電位)は、後方へと遠ざかるにつれて徐々に霧散していき、やがて周囲はいつもの見慣れた、ありふれた普通の森林へと戻っていった。あの古代の空間結界は、それが何年もの間守り続けてきたであろう絶対の秘密を、今なお完璧に隠匿したまま元の静寂へと沈んでいく。
残り九十八パーセントの未踏区域。
そしてどうやら、これからはその開拓を進めるにあたって、命を守るための極めて合理的な『警戒理由』が最低でも一つは増えてしまったわけだ。
これもまた、記憶のブラックボックスへファイリング完了だ。やることリスト(To-Doリスト)に書き足しておくとしよう。
……本当に、俺のリストの余白ってやつは、どれだけ消化しても一向に短くなる気配を見せないな。
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これもまた、俺自身がその目で目撃したものではない。
後に俺たちがようやく繋ぎ合わせた断片――あの教会の最高戦力(化け物ども)が、我が領地の境界線で一体何を発見し、あるいは何を発見できなかったのかという、奴ら自身の行動記録だ。
――まあ、それはともかく。
セラフィエルは、四人の先頭に立って徒歩でその地域へと侵入していた。――かつて二つの小隊を破滅へと導いた主要な街道をあえて完全に回避するルート。派手な英雄譚を目指す無謀な衝動とは無縁の、数十年に及ぶ「静かで確実な隠密任務」のキャリアだけが成せる、極めて慎重なアプローチ(アサルト)だった。
「報告書にあった『測量不可能な地形』とは、恐らくこの区画のことですね」
カシアンが、現地に近づくにつれて急速に使い物にならなくなっていった手元の観測メモ(データ)を精査しながら言った。
「昨夜から、私のコンパス(方位磁針)が完全にエラーを起こして異常な挙動を示しています」
「異常、とは具体的にどういう状態だ?」
アルドリックが相変わらず不躾に尋ねる。
「針が高速回転したり、一時間のうちに全く異なる三つの方向を自信満々に指し示したりしています。これを異常と言わずして何と言いましょう」
(……なるほど。もし奴らがこれ以上近づいていたら、我が防衛部隊の哨戒網に確実に引っかかっていたな。奴らが気づいているかどうかにかかわらず、そこはすでに『ホライズンクレスト』の絶対防衛圏の真上なのだから)
――まあ、それはともかく。
四人の中で最も寡黙なヴァレリウスが、最初に『それ』を捕捉した。――空気の境界。並の訓練しか受けていない普通の兵士であれば、ただの蜃気楼(熱歪み)か、あるいは疲労による幻覚としてあっさりと見過ごしてしまうほど、極めて微かな世界の歪みだ。
「そこだ」
およそ一時間の行軍の中で、彼が初めて口にした完全な一文だった。
「……自然のモノじゃない」
残りの三人が彼の視線を追った瞬間、セラフィエルの表情から先ほどまでの計算された慎重さが消え去り、はるかに対象への警戒度を引き上げた鋭いものへと変貌した。
「結界ね」
彼女は言った。
「意図的に構築されたものよ。これほど左右の地平の彼方まで展開されているとなれば、規格外の大規模術式だわ」
「突入しますか?」
アルドリックが、すでにいつでも獲物を引き抜ける臨戦態勢へと身体の軸をシフトさせながら尋ねた。
セラフィエルはその問いに対して即座には答えず、数十年にわたりこの手の危険度評価を正確に下し続けて生き残ってきた独特の辛抱強さ(ペイシェンス)をもって、その結界の境界線をじっと見つめていた。
「いいえ」
彼女はついに、冷徹な判断を下した。
「これを誰が構築したのか、何の目的で展開されているのか、そしてこの向こう側に何が待ち受けているのか、我々には一切の情報がないわ。この同じ地域ですでに丸二個小隊を失っているというのに、ここで何も知らずに盲目的に突入するのは、許容できるリスクの限界を超えたただの蛮勇よ」
――まあ、それはともかく。
「最高司祭セルウィンの厳命は、第一に『情報』の収集でしたからね」
カシアンが静かに同意の言葉を添えた。
「この巨大結界の存在そのものが、極めて一級品のインテリジェンス(成果)です。わざわざ術式を破って侵入( engage)せずとも、その存在を報告するだけで任務は十分に達成されます」
「その通りよ」
セラフィエルは頷いた。
「私たちはただ観察し、記録し、持ち帰った成果を最高司祭に提示すればいいの。その先の次のアプローチ(フラグ)を決めるのは、セルウィン自身のコンテキスト(大局判断)よ。バックアップもないこんな辺境で、たった四人の騎士の独断で、取り返しのつかない不可逆な選択を犯す必要はないわ」
未だに結界の微かな光の脈動を、静かに、注意深く観察し続けていたヴァレリウスが、再びボソリと口を開いた。
「これを構築した存在は、自分のやっていることを完璧に理解している。……粗悪な工作( crude work)じゃない。極めて意図的、かつ洗練された上位術式だ。そして、一度発動して放置された残滓ではなく、現在進行形で確実に『維持・管理』されている」
(……へえ、流石は最高戦力。お前、なかなか良い鑑定眼を持ってるじゃないか)
奴のプロファイルは完全に正しかった。この報告書を後に読むことになる教会の学者どもは、少なくとも、この領域の奥深くに「自分たちが一体何を保護しているのかを完璧に把握している未知の強者」が存在しているという事実を、嫌というほど思い知らされることになるのだ。
――まあ、それはともかく。
彼らはその日の大半を費やして、その結界の境界線から安全かつ敬意を払った距離を保ったまま、可能な限りの観測データ(スペック)を台帳へと記録していった。――結界のおおよその総面積の推測、観測機器や方位に与える微かな狂い(エラー)、そして、実際に結界線を跨がずとも、ただその近くに留まり続けるだけで生物の精神にじわじわと侵入してくる、あの特有の「生理的な悪寒」の正体について。
「私たちの管轄を超えているわね」
周囲の光が急速に失われ、夜の帳が下り始める頃、セラフィエルがついに撤退のサインを出した。
「一度帰還しましょう。これが一体何を意味するのか、そして我々の失踪した小隊や、最高司祭が追跡しているあの広範な特異点の変動とどう繋がっているのかは、セルウィンと教会の学者たち(専門家)に解析させるのが合理的よ」
「合理的、か。随分とあっさりした結末だな」
アルドリックは少々物足りなそうな(戦闘フラグが折れてつまらなそうな)声を漏らしたが、それでも大人しく他の三人の歩調に合わせて身体を反転させた。
「合理的であることこそが、私たちがこうして生き延びている理由よ」
セラフィエルは冷淡に言い放った。
「我が組織の、私たち以上に万全の準備を整えていたはずの精鋭どもをこれほど綺麗に飲み込んできた不気味な土地よ。私はまだ、あいつらのように物言わぬ死体の名前に成り下がるつもりはないわ」
――まあ、それはともかく。
四人の聖騎士は、今来た道をそのままの速度で静かに撤退していった。――自分たちがその境界線を踏みかけたその広大な領地が、まさかこの俺の縄張り(ドメイン)であるとは夢にも思わないまま。ただ、自分たちの同胞が消滅したその未知の座標に、極めて巨大で、意図的に隠蔽された『何か』が確実に実在しているという、本物の確定情報だけをその胸に抱えて。
奴らはまだ、何も知らない。
それが何であるのかも、誰が建てたのかも、その絶対結界の内部でどれほど恐るべき『家族(小林ファミリー)』の軍勢が育ちつつあるのかも、何一つとして。だが、奴らはその存在が『本物』であることだけは完全に理解した。そしてそれは、これからの戦いにおいて決して小さくない前進だった。
あの最高司祭セルウィンが、手に入れたデータを使って次にどんなチェスの駒を動かしてくるのか――それは俺がこれから、他のすべての懸念事項と同様に最優先で注視し続けなければならない厄介な糸だ。
遥か北方のいずこかで眠る二頭の真なるドラゴン、ヴァルレスとスコルン。
俺のフロントドア(玄関口)に対して、本物の好奇心を滾らせ始めたラオディキア神聖教会。
そして――俺自身の魂の防衛本能すらも、強くなりすぎるまでは近づくなと警告を発した、我が領地の最奥に空間封印された『未知の最悪』。
(……やれやれ。一つずつ片付けるしかないな。いつも通り、これまで通りのやり方でさ。どれが一番最初に俺の目の前に転がり込んでこようが関係ない。その瞬間に、俺のスペックが完璧に仕上がっていれば、それでいいだけの話なのだからな)
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あの屋敷の一件から最初の数週間、俺は自分が無意識のうちに、エリスが不慣れな地形を移動するたびにすぐ近くをうろついている(過保護に付き添っている)ことに気づき、何度も苦笑する羽目になった。――彼女を誘導しようと半分手が浮き上がり、俺の助けなど借りずにとっくに回避し終えている障害物について警告しようと、言葉が喉元まで出かかるのだ。
彼女も、やがてそのことに気づいた。――まあ、彼女は大概のフラグ(異変)に気づく質なのだが。
「カイ、それ、もうやめていいわよ」
ある日の午後、すでに百回は往復したはずの訓練場の近くで、俺が彼女の肘に手を伸ばしかけた瞬間、エリスが言った。
「その、過保護にうろちょろする(ホバリングする)の」
「……癖になってるんだよ」
俺は白旗を上げた。
「どうしても、お前を『助けが必要な存在』として見てしまう名残が残っているらしい」
「少し前の私なら、確かにそうだったわ」
彼女は自虐的になるでもなく、本音で言葉を返した。
「でも、今はもう違う。エレインがその方法を教えてくれたから」
なるほど、例の固有技術か。
俺は彼女の身を案じるばかりで、その技術が実際にどう運用されているのか、まともに観察することをずっと失念していたわけだ。
――まあ、それはともかく。
その日の深夜、エリスが三人の新兵(新米門下生)に猛特訓を課している姿を離れた場所から見つめていると、エレインが隣に現れ、その仕組みを丁寧に解説してくれた。
「反魔素制御というものは、何も戦闘時にのみ有用なものではありません」
エレインは静かに言った。
「限界まで研ぎ澄まされた反魔素は、使用者の五感を通常の生物の領域を超えて拡張させることができるのです。――いわば一種の『魔素共鳴』。光の反射で世界を見るのではなく、対象のオーラがまとう固有の波長を通じて、周囲の地形情報を完璧にマッピングする術ですよ」
「お前がそれを教えたのか」
「彼女が望んだのです」
エレインはシンプルに言った。
「今の私たちの治癒スペック(絶対復元)をもってしても両目の視力は元に戻らないと理解した瞬間、彼女が求めたのは安い同情ではなく、具体的な解決策でした。ですから、私の知るすべてを授けたのです。……誇張抜きで、彼女の習得速度は異常でした。数世代前、私が初めてその技術を学んだ頃の自分自身を含め、これまで指導してきたどの生徒よりもはるかに早くそれをマスターして見せましたよ」
(……そりゃそうだろ。何しろ『驚異の成長速度』ってやつが、今や彼女の代名詞みたいなものなんだからな)
――まあ、それはともかく。
俺はエリスがエルヴァ、セリカ、ルークの三人を出迎えて指導する姿を、ただの心配性( sidelines)の視点ではなく、初めて本物の鑑定眼をもって注視した。――そしてそこに展開された光景は、俺の胸の中にくすぶっていた最後の不安を完璧に消し去ってくれたのだ。
彼女は完全なる確信(自信)に満ちた足取りで訓練場を動き回り、ルークがその挙動を完了させるよりも早く、その立ち姿のブレを軽いタップで正確に修正してみせた。さらに、セリカが大きく踏み込みすぎた突撃の軌道を、自身の歩調を一切乱すことなく流れるように回避して見せる。
「エルヴァ、攻撃の踏み込み(フォロー・スルー)の瞬間に闘気が無駄漏れ(リーク)しているわよ」
エリスは対象を直視することすらなく言った。
「昨日と全く同じミス(バグ)。叩き込む『前』に引き締めるの。叩き込んだ『後』じゃないわ」
「……何で毎回バレちゃうんですか?」
エルヴァが、半分は悔しがり、もう半分は心底感心したような声を上げる。
「私はあなたたちを『目』で見ていないもの」
エリスは平然と言い放った。
「代わりに、あなたたちの闘気の形状を観察しているのよ。漏れ出た無駄なエネルギーには、その感覚を一度掴んでしまえば、特有の『手触り(テクスチャー)』があるの。あなたのオーラは、インパクトの直前に毎回異常なスパイク(跳ね上がり)を起こしているわ。タイミングを修正すれば、その無駄漏れ(リーク)は綺麗に収まるはずよ」
(……なるほどな。障害をカバーして無理に戦っているんじゃない。奴は最初から、常人の視力では決して捉えきれない異次元の感覚で世界を構築しているわけか)
――まあ、それはともかく。
その日の夜、新兵たちが解散した後、俺とエリスは訓練場の端に腰を下ろしていた。
「俺はな、ずっと悔やんでいたんだ」
俺はぽつりと本音を漏らした。
「俺のスペックが足りなかったせいで、お前にそんな代償を支払わせちまったんじゃないかって。本来なら、俺が防ぐべきだった事態なのにってな」
「あなたが支払わせたものなんて、何一つないわ」
エリスは毅然とした口調で、俺の言葉を遮った。
「それをやったのは『教会(聖教会)』よ。あなたじゃない」
「頭のロジック(論理)では分かってるさ。だけど、だからって罪悪感ってやつが都合よく消えてくれるわけじゃないからな」
すると彼女は、暗闇が周囲を包み込み始めているというのに完璧に正確な軌道で手を伸ばし、俺の手をぎゅっと握りしめてきた。いつもの、あの確固たる自信に満ちた手つきだった。
「私はね、十分に『見えて』いるのよ」
彼女は静かに言った。
「以前とは違う形だけどね。それが劣っている(マイナススペック)とは全く思わない――ただ、世界の見え方が『シフト』しただけ。だから、私がとっくに折り合い(ピース)をつけて前に進んでいる事象に対して、あなたがいつまでも悲哀を引きずり回す必要なんてないのよ」
一本取られたな。いや、完璧な正論だ。どうやら俺は、彼女がとっくに必要としなくなっていたはずの罪悪感を、自分の都合でいつまでも背負い込み続けていただけだったらしい。
「分かったよ」
俺はそう言い、胸の奥底でずっと張り詰めていた見えない結界が、ようやく綺麗に霧散していくのを感じた。
「その過保護な悪癖、これから修正していくよ」
「よろしい」
彼女が口にしたその短い一言には、どんな長い説明台詞よりもはるかに重い本物の温もりが宿っていた。
――それから俺たちはしばらくの間、眼下でホライズンクレストの街並みが夜のルーティンへと移行していく様子を静かに見つめていた。――ランタンの火が一つ、また一つと灯り、厨房の近くからは今夜のディナーのクオリティに対するエースの恐るべき辛口料理批評(念話)が微かに漂ってくる。遠くからは、本日の交易実務の締めくくり(タスク完了)を告げるエレインの凛とした声が響いていた。
彼女には、俺の付き添い(ホバリング)なんて必要ないのだ。最初から、そんなものは必要としていなかった。
彼女が本当に必要としていたのは――あの空き地で彼女を見つけ出し、新しい『名』を授け、あとは彼女自身が本来到達すべき本当の姿(進化スペック)へと羽ばたくために、適切な距離を保って背中を押してくれる、そんな相棒の存在だったのだ。
(……なら、これからの俺のロール(役割)も決まりだな。今、この瞬間からだ)
「エースの今夜のご飯に対する論評、どんどんマニアック(特定的)になってきているわね」
遠くから響く念話の波動に耳を傾けながら、エリスがクスリと笑った。
「あいつ、本気でフードクリエイター(美食家)としてのブランド(レーティング)を確立しようとしてるからな。俺はもう、説得するのを諦めたよ」
「賢い選択(合理的)ね」
彼女は微笑んだ。
「この世界には、わざわざ挑む価値のない戦い(バグ)ってものが確実に存在するから」
ああ、本当にその通りだ。
俺も長い時間をかけて、ようやく理解しつつある。――自分が本当に全力を挙げて『殲滅』すべき本当の戦いというやつが、一体どれであるのかをな。
あの屋敷の一件から最初の数週間、俺は自分が無意識のうちに、エリスが不慣れな地形を移動するたびにすぐ近くをうろついている(過保護に付き添っている)ことに気づき、何度も苦笑する羽目になった。――彼女を誘導しようと半分手が浮き上がり、俺の助けなど借りずにとっくに回避し終えている障害物について警告しようと、言葉が喉元まで出かかるのだ。
彼女も、やがてそのことに気づいた。――まあ、彼女は大概のフラグ(異変)に気づく質なのだが。
「カイ、それ、もうやめていいわよ」
ある日の午後、すでに百回は往復したはずの訓練場の近くで、俺が彼女の肘に手を伸ばしかけた瞬間、エリスが言った。
「その、過保護にうろちょろする(ホバリングする)の」
「……癖になってるんだよ」
俺は白旗を上げた。
「どうしても、お前を『助けが必要な存在』として見てしまう名残が残っているらしい」
「少し前の私なら、確かにそうだったわ」
彼女は自虐的になるでもなく、本音で言葉を返した。
「でも、今はもう違う。エレインがその方法を教えてくれたから」
なるほど、例の固有技術か。
俺は彼女の身を案じるばかりで、その技術が実際にどう運用されているのか、まともに観察することをずっと失念していたわけだ。
――まあ、それはともかく。
その日の深夜、エリスが三人の新兵(新米門下生)に猛特訓を課している姿を離れた場所から見つめていると、エレインが隣に現れ、その仕組みを丁寧に解説してくれた。
「反魔素制御というものは、何も戦闘時にのみ有用なものではありません」
エレインは静かに言った。
「限界まで研ぎ澄まされた反魔素は、使用者の五感を通常の生物の領域を超えて拡張させることができるのです。――いわば一種の『魔素共鳴』。光の反射で世界を見るのではなく、対象のオーラがまとう固有の波長を通じて、周囲の地形情報を完璧にマッピングする術ですよ」
「お前がそれを教えたのか」
「彼女が望んだのです」
エレインはシンプルに言った。
「今の私たちの治癒スペック(絶対復元)をもってしても両目の視力は元に戻らないと理解した瞬間、彼女が求めたのは安い同情ではなく、具体的な解決策でした。ですから、私の知るすべてを授けたのです。……誇張抜きで、彼女の習得速度は異常でした。数世代前、私が初めてその技術を学んだ頃の自分自身を含め、これまで指導してきたどの生徒よりもはるかに早くそれをマスターして見せましたよ」
(……そりゃそうだろ。何しろ『驚異の成長速度』ってやつが、今や彼女の代名詞みたいなものなんだからな)
――まあ、それはともかく。
俺はエリスがエルヴァ、セリカ、ルークの三人を出迎えて指導する姿を、ただの心配性( sidelines)の視点ではなく、初めて本物の鑑定眼をもって注視した。――そしてそこに展開された光景は、俺の胸の中にくすぶっていた最後の不安を完璧に消し去ってくれたのだ。
彼女は完全なる確信(自信)に満ちた足取りで訓練場を動き回り、ルークがその挙動を完了させるよりも早く、その立ち姿のブレを軽いタップで正確に修正してみせた。さらに、セリカが大きく踏み込みすぎた突撃の軌道を、自身の歩調を一切乱すことなく流れるように回避して見せる。
「エルヴァ、攻撃の踏み込み(フォロー・スルー)の瞬間に闘気が無駄漏れ(リーク)しているわよ」
エリスは対象を直視することすらなく言った。
「昨日と全く同じミス(バグ)。叩き込む『前』に引き締めるの。叩き込んだ『後』じゃないわ」
「……何で毎回バレちゃうんですか?」
エルヴァが、半分は悔しがり、もう半分は心底感心したような声を上げる。
「私はあなたたちを『目』で見ていないもの」
エリスは平然と言い放った。
「代わりに、あなたたちの闘気の形状を観察しているのよ。漏れ出た無駄なエネルギーには、その感覚を一度掴んでしまえば、特有の『手触り(テクスチャー)』があるの。あなたのオーラは、インパクトの直前に毎回異常なスパイク(跳ね上がり)を起こしているわ。タイミングを修正すれば、その無駄漏れ(リーク)は綺麗に収まるはずよ」
(……なるほどな。障害をカバーして無理に戦っているんじゃない。奴は最初から、常人の視力では決して捉えきれない異次元の感覚で世界を構築しているわけか)
――まあ、それはともかく。
その日の夜、新兵たちが解散した後、俺とエリスは訓練場の端に腰を下ろしていた。
「俺はな、ずっと悔やんでいたんだ」
俺はぽつりと本音を漏らした。
「俺のスペックが足りなかったせいで、お前にそんな代償を支払わせちまったんじゃないかって。本来なら、俺が防ぐべきだった事態なのにってな」
「あなたが支払わせたものなんて、何一つないわ」
エリスは毅然とした口調で、俺の言葉を遮った。
「それをやったのは『教会(聖教会)』よ。あなたじゃない」
「頭のロジック(論理)では分かってるさ。だけど、だからって罪悪感ってやつが都合よく消えてくれるわけじゃないからな」
すると彼女は、暗闇が周囲を包み込み始めているというのに完璧に正確な軌道で手を伸ばし、俺の手をぎゅっと握りしめてきた。いつもの、あの確固たる自信に満ちた手つきだった。
「私はね、十分に『見えて』いるのよ」
彼女は静かに言った。
「以前とは違う形だけどね。それが劣っている(マイナススペック)とは全く思わない――ただ、世界の見え方が『シフト』しただけ。だから、私がとっくに折り合い(ピース)をつけて前に進んでいる事象に対して、あなたがいつまでも悲哀を引きずり回す必要なんてないのよ」
一本取られたな。いや、完璧な正論だ。どうやら俺は、彼女がとっくに必要としなくなっていたはずの罪悪感を、自分の都合でいつまでも背負い込み続けていただけだったらしい。
「分かったよ」
俺はそう言い、胸の奥底でずっと張り詰めていた見えない結界が、ようやく綺麗に霧散していくのを感じた。
「その過保護な悪癖、これから修正していくよ」
「よろしい」
彼女が口にしたその短い一言には、どんな長い説明台詞よりもはるかに重い本物の温もりが宿っていた。
――それから俺たちはしばらくの間、眼下でホライズンクレストの街並みが夜のルーティンへと移行していく様子を静かに見つめていた。――ランタンの火が一つ、また一つと灯り、厨房の近くからは今夜のディナーのクオリティに対するエースの恐るべき辛口料理批評(念話)が微かに漂ってくる。遠くからは、本日の交易実務の締めくくり(タスク完了)を告げるエレインの凛とした声が響いていた。
彼女には、俺の付き添い(ホバリング)なんて必要ないのだ。最初から、そんなものは必要としていなかった。
彼女が本当に必要としていたのは――あの空き地で彼女を見つけ出し、新しい『名』を授け、あとは彼女自身が本来到達すべき本当の姿(進化スペック)へと羽ばたくために、適切な距離を保って背中を押してくれる、そんな相棒の存在だったのだ。
(……なら、これからの俺のロール(役割)も決まりだな。今、この瞬間からだ)
「エースの今夜のご飯に対する論評、どんどんマニアック(特定的)になってきているわね」
遠くから響く念話の波動に耳を傾けながら、エリスがクスリと笑った。
「あいつ、本気でフードクリエイター(美食家)としてのブランド(レーティング)を確立しようとしてるからな。俺はもう、説得するのを諦めたよ」
「賢い選択(合理的)ね」
彼女は微笑んだ。
「この世界には、わざわざ挑む価値のない戦い(バグ)ってものが確実に存在するから」
ああ、本当にその通りだ。
俺も長い時間をかけて、ようやく理解しつつある。――自分が本当に全力を挙げて『殲滅』すべき本当の戦いというやつが、一体どれであるのかをな。




