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転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】  作者: ルーク
システムの刷新(偽りの現実)

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23/89

第22話 : 奴らを殲滅せよ

宿屋のテーブルの上の料理は、とっくに冷めきっていた。


二時間だ。彼女は一時間と言った。なのに、もう二時間も経っている。


「彼女、普段なら遅れるような子じゃないわよね……」


ライラが静かに言った。俺の手がすでに震えを止めていることに気づいているのか、その眼差しには独特の慎重さが混ざっていた。


「ああ」


俺は同意した。


「そんな子じゃない」


『告。直ちに捜索を開始することを推奨します』


脳内で告げた**『脳内脳(アナリティクス)』**のトーンは、いつもの淡々としたシステム音声よりも明らかに鋭く、切迫感を孕んでいた。


(頼む。頼むから、ただ遅れているだけだと言ってくれ)


椅子が後ろに倒れる音すら待たず、俺はすでに立ち上がっていた。

「エース、ライラ。彼女を探すぞ。今すぐにだ」


――まあ、それはともかく。


エースがその微かな、しかし決定的な痕跡(スレッド)を捉えるまでに、1時間近くの時間を要した。街の主要な通りから外れ、これまで一度も足を踏み入れる理由のなかった区画へとその気配は続いていた。


(辿り着くまで、どうか生きていてくれ――)


『報告。『魂の回廊(ソウルリンク)』からの応答が確認できません』


脳内脳が注意深くその言葉を選んだ瞬間、俺の胸の奥底に冷たい塊がすとんと落ちた。


(どういう意味だ、それは)


俺はさらに歩調を速める。


『対象の魂の波動が極めて微弱です。現在彼女が囚われていると思われる場所の周囲に結界(バリア)が展開されており、接続をさらに阻害しています』

(微弱って……具体的にどういう状態だよ。はっきり言え)


沈黙。

それは、決して良い兆候ではない沈黙だった。


「エース」


俺は声を極限まで平坦に保ちながら尋ねた。

「彼女の気配が分かるか?」


『分かる』


エースの走るペースは一切乱れなかった。

『だが、かろうじて息をしているという状態だ』


――そこから先の出来事は、俺が普段他人に決して見せない、自分の中の『別の領域』の出来事だった。


頭の中のパニックも激昂も、全てが綺麗に削ぎ落とされた。ただひどく冷徹で、絶対的な静寂(サイレンス)だけがそこにあった。もう自分には必要のない感情を、その場にすべて置き去りにしてきたかのように。


『どうする、マスター』


エースが問いかけてくる。


「殲滅(アナイアレイ)しろ」

『数は』

「全員だ。この屋敷から一人として生きて出すな。もしここに住んでいる主人の家族を見つけたら、それは残しておけ。――そいつらは俺の獲物だ。それ以外は全員、跡形もなく消し去れ」

『御意(アンダースツール)』


エースの気配が一瞬で消え去った。


屋敷の周囲に張られていた結界――古く、手入れも行き届いていないそれは、俺がかつてホライズンクレストで構築した本物の大結界に比べれば児戯にも等しかった。俺が本気で圧力をかけた瞬間、それをまともに受けることなど想定すらしていなかったかのように、ガラス細工みたいにあっさりと粉砕(シャター)した。


『対象の座標(ロケーション)を捕捉しました。こちらです』


俺の手に、一切の儀式的な予備動作(セレモニー)なしに愛刀が出現した。俺の外套(ジャケット)の輪郭が、その境界線で微かに歪む。

俺がただ歩を進めるだけで、阻もうと立ち塞がった男たちは次の瞬間にはそこから消失していた。彼らを排除するために俺の手がどう動いたのか、誰一人として視認することすら叶わぬまま。


頭上のはるか遠くで、この屋敷の主人がパニックを起こして絶叫しているのが聞こえた。誰も答えることのできない問いを喚き散らしている。俺の後方の上層階では、エースによる『作業』の音が轟いていた。木材と石材が激しく崩落し、人間どもが「ただのデカい犬」と侮っていた存在の本当の恐ろしさを、あまりにも遅すぎる代償と共に学んでいる最中だった。


それまでに俺が通り過ぎ、死体の山と化した通路の先で、ついに私兵の隊長らしき男が俺の前に立ち塞がった。


「おいおい、随分と派手にやってくれたな……」


男の声には、畏怖と、そして今まさに芽生えつつある恐怖が混ざり合っていた。

「あんたが、あの化け物犬の飼い主ってわけか?」


俺は答えなかった。ただゆっくりと、急ぐ様子もなく歩みを止めない。


「そこまでだ、ガキ。それ以上近づく――」


奴がその言葉を最後まで紡ぐことはなかった。


地下へと続く扉は、目で探すよりも先に、周囲の空気の圧力(プレッシャー)の歪みによって見つけ出した。その障害物は一瞬でこの世から消滅し、俺は部屋の内部へと踏み込んだ。


「エリス……!」


鎖。彼女の衣服を引き裂き、赤黒く染め上げている血の跡。そして、彼女の目が――。


(嘘だろ……)


俺は一瞬で部屋を横切り、その場に膝をついた。両手はすでに、彼女を縛り付ける鎖へと伸びていた。


「カイ……」


弱々しい、しかし信じられないことに、こんな有様になってもなお、彼女の唇に小さな微笑みが浮かんだ。

「本当に……来てくれたんだね……」


「当たり前だろ、来るに決まってる」


俺の声は完全に震え、崩壊していた。

「しっかりしろ。頼むから、あと少しだけ持ちこたえてくれ……!」



-----------



鎖が床に落ちた瞬間、俺は即座に**『中級治癒(ミッド・ヒーリング)』**を発動した。――だが、何も起きない。もう一度、さらに魔力を込めて試す。それでも駄目だ。何の応答もない。これまでに数え切れないほど俺自身の命を救ってきたそのスキルが、まるで彼女に施された呪縛がその干渉限界をはるかに超えているかのように、完全に沈黙を保っていた。


(頼む。動いてくれ、動いてくれよ……! 今だけは、彼女だけは駄目だ――!)


「いいのよ……」


エリスは弱々しく、光を失った両目で虚しく俺の顔を探しながら言った。

「怖がらないで、カイ。……死にたくない、って言ったら嘘になる。だけど、仕方がないわ。これが私の、最初から決まっていた運命(ルート)だったのよ」


彼女の手が、何かを求めるように力なく宙を彷徨う。俺はその手を掴み、優しく自分の顔へと導いた。


「死ぬな……」


俺の目から涙が溢れ出し、すでに彼女の血で真っ赤に染まった両手の上へとぽたぽたと落ちていった。

「頼むから。絶対に方法を見つける。俺を置いていかないでくれ……!」


彼女はゴホリと咳き込み、その口の端から鮮血を溢れさせた。にもかかわらず、その声にはどういうわけか、まだ温もりが残っていた。


「置いていったり、しないわ」


彼女は言った。

「私、あなたにとって何の役にも立てなかった。だけど、心配しないで。――今日からは、あなたのことを元気づけるために、私、全力で頑張るから」


一瞬の間を置き、俺の手を握る彼女の力がわずかに強まる。


「それから、あなたに伝えておきたいことがあるの、カイ」

「何だ?」


俺は必死に問いかけた。これが彼女と交わす最後の、一分一秒になるかもしれないという恐怖にしがみつきながら。


「今まで、本当にありがと――」


彼女の言葉は、そこで途切れた。

握られていた彼女の手から完全に力が抜け、呼吸は浅くなり、そして――次の耐え難い一秒の間、完全に停止した。


俺の中で、何かが音を立てて完全に崩壊していくのを感じた。


――その瞬間、俺の身体から制御を失った闘気(オーラ)が爆発的に膨れ上がり始めた。何年も前、あの空き地で感じたのと全く同じ圧力。行き場を失った総体的な、世界を終わらせかねないほどの『絶望(悲哀)』が、噴出する穴を探して狂い狂っていた。


(またか。また俺は、大切な仲間を失うのか――!)


『告。個体名:エリスの魂を、完全なる初期状態へと復元(レストア)することを希望しますか?』


その問いかけが、脳内の狂乱を綺麗に、意図的に断ち切った。俺の闘気がピタリと静止する。


(……そんなことが、できるのか?)


信じられない思いで問い返す。


『肯定します』

「ならやれ! 何を犠牲にしても構わん、今すぐだ!」


『解。魂の完全復元を実行するには、相応のエネルギーおよび概念的価値(コンセプチュアル・バリュー)の等価交換が必要です』


脳内脳のトーンは、これまで一度も聞いたことがないほど、極めて慎重で、かつ厳か(グレイヴ)なものだった。


『プロセスを完了させるための基盤として、マスターが保有する三つのスキルを「生贄(サクリファイス)」として捧げる必要があります。――対象スキル:『中級治癒(ミッド・ヒーリング)』『秘術創造(アーク・クリエイション)』『鏡皮(ミラースキン)』』


三つのスキル。俺がこれまでの人生で勝ち取り、何年にも及ぶ過酷な生存(サバイブ)の礎として磨き上げてきた、俺のすべて。


俺は足元に横たわるエリスを見つめた。家族を失い、自由を奪われ、子供時代を踏みにじられ、そして今、その命と魂までも奪われようとしている少女。

――そんなもの、最初から選択の余地(チョイス)すら存在しなかった。


「持っていけ」


俺は言った。


「三つとも全部だ。今すぐにやれ」


『確認。本当に実行しますか?』

「ああ、やれ!」


――それは、何も感じないような喪失ではなかった。

まず最初に**『鏡皮(ミラースキン)』**が剥ぎ取られ、世界から自らの存在を隠匿できるという絶対的な確信が消滅した。続いて**『秘術創造(アーク・クリエイション)』**が引き剥がされる。それは、何年にもわたる学習の記憶が、巨大な図書館が一瞬にして灰燼に帰すかのように消えていく感覚だった。そして最後に**『中級治癒(ミッド・ヒーリング)』**が消える。これまで本能的に頼り切っていた繋がりが、完全に消失した。


『告。スキル生贄(サクリファイス)プロセス、完了』


**『脳内脳(アナリティクス)』**の機械音声が響く。


『『鏡皮』を「純粋存在(アイデンティティ)」の概念へ変換。

 『秘術創造』を「因果再編(リコンストラクション)」の概念へ変換。

 『中級治癒』を「絶対復元(レストレーション)」の概念へ変換。

 これより、対象の根源魂(オリジナル・ソウル)の再構築を開始します』


エリスの身体を包み込んだ光は、魔素(マナ)でも、反魔素(アンチ・マナ)でもなかった。それはもっと別の、淡く、静かで、生と死の境界線上にのみ存在する未知のエネルギーだった。光はゆっくりと彼女の体内へと浸透し、魂のひび割れ(フラクチャー)を、刻まれた傷跡(スカー)を、一つ一つ修復していく。


『復元率(レストレーション):十二パーセント』


(頼む……!)


『復元率:三十七パーセント』


俺は彼女の手を握り締め、彼女が目を覚ますという未来以外のすべてを思考から締め出した。


『復元率:六十四パーセント……八十九パーセント……。

 ――百パーセント。修復完了しました』


光が霧散した。数秒の間、何の音もしない静寂が流れる。

そして――エリスが息を吸い込んだ。か細い、しかし確かな、本物の呼吸。


「おかえり、エリス……」


俺の声は、今度こそ完全に涙でかすれていた。


彼女はゆっくりと身じろぎした。破壊された両目は未だに光を失ったままで、盲目の状態に変わりはなかったが、その呼吸は安定し、震える手で確認したその脈拍(パルス)は――力強く、確かに現実の脈を打っていた。


「カイ……?」


彼女は弱々しく、困惑したように呟いた。

「どうして……泣いているの?」


彼女はゆっくりと、慎重に手を伸ばし、今の彼女からは想像もつかないほど安定した手つきで俺の顔に触れ、その涙を優しく拭い取ってくれた。


「大丈夫よ……」


自分自身がボロボロになり、盲目にされ、かろうじて生きているという有様だというのに、彼女は今なお俺を慰めようとしていた。

「私はここにいるわ。もう、どこにも行かないから」


俺は自分の外套(ジャケット)を脱いで彼女の身体を包み込み、壊れ物を扱うように慎重にその細い身体を腕の中に抱き上げた。


「……エースのところへ行こう」


俺は静かに言った。

「それから、家に帰るんだ」


――まあ、それはともかく。


俺たちが屋敷の上層階へと戻ると、そこには、エリスの元・主人であるあの男を冷徹に見下ろすエースの姿があった。恐怖で完全に縮み上がっている男の喉元に、エースはその巨大な顎を数インチの距離まで突きつけていた。


「エース、そこまでだ」

『マスター、こいつには一思いに死なせる以上の苦痛を与える資格がある』


エースは不満げに、念話で未練を口にした。


「ああ、もっと悲惨な結末が待っているさ。ただ、お前の手で手を汚す必要はないってだけだ」


男のすぐ近くには、彼の妻と二人の子供が、恐怖に顔を歪めて身を寄せ合っていた。俺はエリスを一度優しく壁際に座らせると、彼らに向けて冷たい視線を投げかけた。


「おい」


俺は男の妻に向けて問いかけた。


「あんたの夫が、普段ここで一体どんな『ビジネス(稼ぎ口)』を営んでいたか……まさか、何も知らないとは言わせないぞ?」


「あの人は商人です」


妻は全身を激しく震わせながら絞り出すように言った。

「ずっと、ただの商人だったはずです!」


「へえ」


俺は感情の失せた平坦な声で言い、視線をその夫へと向けた。

「そうかよ」


男は答えなかった。すでに俺の手に握られた刃を目にしていたからだ。


「つまり、家族にまで嘘を吐いていたわけだ」


俺は吐き捨てるように言った。

「あんたが本当はここで何を営んでいるのか、こいつらは何も知らなかったというわけだな」


「お願いです」


妻が懇願する。

「一体、何の話をしているのですか?」


「言葉で説明するより、直接見せた方が早いな」


俺はそう言い、彼女を先ほどエリスが見つかったあの地下室へと連れて行った。


部屋の凄惨な光景を目にした瞬間、妻はその場に崩れ落ちた。

「あの人が……私の主人が、あんなに優しい人だったはずの主人が、こんなことを……」


「人間の本性なんてものは、外からは見えないものさ」


俺は冷徹に言い放った。

「自分自身の手で、その分厚い仮面(マスク)を剥ぎ取る羽目になるまではね」


――まあ、それはともかく。


「あんた、商売の切り盛りはできるか?」


俺は床にへたり込む妻に尋ねた。


「はい……」


彼女の声は弱々しかったが、確かな響き(サーティ)があった。

「できます」


「上出来だ。これでもう、この夫の席は必要なくなるからな」


俺は夫の方へと歩を進めた。俺の外套(ジャケット)に包まれ、かろうじて意識を保っているエリスが、俺を止めようと声を上げるよりも早く。


「俺の所有物(大切な仲間)に二度と指一本でも触れる奴がいるなら」


俺は男を見下ろした。

「……死すら生温い特権だと知るがいい」


男には、命乞いをする時間さえ与えられなかった。次の瞬間には、奴の存在そのものがこの世から完全に消滅(ロスト)していた。


「エリス」


俺は彼女の方を振り返り、静かに尋ねた。

「あいつを許すつもりだったか?」


「分からないわ……」


彼女は小さく首を振った。

「だけど、きっと許せなかったと思う」


「なら良かった。どっちにしろ、今夜のどの未来の選択肢(バージョン)を選ぼうが、あいつを生かして帰すつもりなんて毛頭なかったからな」


――まあ、それはともかく。


俺は妻の目線に合わせて腰を落とし、残された声のトーンをわずかに和らげた。


「あんたの夫が営んでいた『表の合法的なビジネス』は、そのままあんたが引き継ぐといい」


俺は彼女に告げた。


「その代わり、今後は俺の領地(ドメイン)に必要な物資を優先的に融通してもらう。――だがな、もしあんたが夫と同じ『裏の道』に足を踏み入れるような真似をしたら……」


俺の唇に浮かんだ笑みは、自分でも自覚できるほど、心底不気味で残虐なものだったに違いない。


「……その時は、あんたの命も迷わず刈り取る。理解できたか?」


「分かっています!」


妻は必死の形相で激しく頷いた。

「夫の二の舞を演じるつもりはありません!」


「あともう一つ、もし可能ならだ。このアシュフォード王国内における『教会(聖教会)』に関するあらゆる情報(インテリジェンス)があれば、提供してもらえると助かる」


「承知いたしました、我が主(マイ・ロード)」


彼女はそう頭を下げた。


「……おいおい、いつから俺があんたの主人になったんだよ?」


俺は眉をひそめた。

「頼むから、その呼び方はやめてくれ」


「では、何とお呼びすれば……?」

「カイだ。ただのカイでいい」

「分かりました、カイ様(ロード・カイ)」

「……おい」


俺が呆れて呟くと、隣にいたエースが「実に見ものだな」と言わんばかりの、あまりにも楽しげな態度でこちらを鼻で笑った。


「その代わり、あんたたち親子の安全は私たちが保証するわ」


壁際から、エリスが静かだが確固たる意志を込めて付け加えた。

「何かトラブルが起きたら、ロシャンのギルドを通じて私たちに連絡して」


――さて、帰ろう。俺たちの家へ。

この三人と一匹で、この先にどんな未来(フラグ)が待ち受けていようと、そこからまた一つずつ解決していけばいいのだから。




----------------



エリスが十分に休息を取り、前夜の凄まじい消耗からくる最悪の疲労感がようやく和らいだ頃のことだ。

俺は宿屋の小さな中庭の近くで、一人でたたずむライラを見つけた。彼女はその手の中で、彼らの部族の伝統的な数珠(祈りの珠)を愛おしそうに弄んでいた。


「何か考え事か?」


俺は彼女の隣に腰を下ろしながら声をかけた。


「故郷(ホーム)のことを」


ライラはあっさりと認めた。

「あるいは、その残骸についてです。最近、自分たちの古い森へ戻る方法を探すこと自体が、そもそも間違った問いなのではないかと思い始めていまして」


ほう。彼女が探し求めていたものよりも、実はもっと単純な答えがあるかもしれないな。


「もし、戻る必要がないとしたら?」


俺はゆっくりと言葉を紡いだ。

「もし、新しい場所があるとしたらどうする。本当に安全な、別の場所が」


ライラは俺の顔を注意深く覗き込んできた。

「……何を提案されているのですか?」


「俺の領地(ドメイン)があるんだ」


俺は言った。


「名は**『水平線(ホライゾン・ライン)』**。隠蔽され、完璧に保護された空間だ。俺一人じゃとても使い切れないほどの広さがある。もしお前たちが望むなら、お前も、お前の同胞たちも歓迎するよ。一時的な避難所(シェルター)じゃない。本物の故郷としてな」


彼女は長い間、沈黙を保った。

「……他の者たちと話し合う必要がありますね。他人の軽率な決定によって一度故郷を失った者たちにとって、これは私一人の独断で決めていい事象ではありませんから」


「必要なだけ時間をかけるといい」


俺は頷いた。

「あの場所は、どこへも逃げやしないからな」


――まあ、それはともかく。


それから彼女が答えを出すまでに、数日間の時間を要した。離散した同胞たちや、どうやら彼女の元の集落の生き残りの情報を持つさらに西方の連絡先との間で、激しくメッセージが行き来していたようだ。

そして、ようやく戻ってきた彼女の返答を聞いた時、その佇まいには以前にはなかった確固たる決意(フラグ)が宿っていた。


「みんな、同意してくれました」


ライラは言った。

「全員です。正直に言って、私の予想以上の数になりました」


「施し(チャリティ)のつもりはないさ」


俺は言った。

「ただ、家族が家族の面倒を見る。それだけのことだ」


その言葉に、ライラは小さく、しかし心からの笑みを浮かべた。

「エリスがなぜ、あなたに全幅の信頼(熱い視線)を向けているのか、少しだけ理解できた気がします」


(……よし、今の含みのある言い方は聞こえなかったことにしよう)


――まあ、それはともかく。


同胞たちの本隊を引き連れての旅は、二週間の大半を費やす大移動となった。雲一つない快晴の午後、俺たちはついに『水平線(ホライゾン・ライン)』の境界へと到着した。その境界線は、空気の境界(ゆらぎ)として微かに光を反射していた。


「行き止まり、ですね」


地形を観察しながら、ライラが冷静に指摘した。


「心配ない」


俺は不敵に笑ってみせた。

「この結界(バリア)は俺自身が構築したものだ。俺が許可(アクセス権)を与えた者だけが自由に中に入れる。それ以外の部外者は、どれだけ進んでも同じ場所をぐるぐると回り続け、最終的には出発地点へと押し戻される仕組み(システム)さ」


「では、それを無視して力ずくで突破(力押し)してきた場合は?」

「その時は、そいつらの命はないものと思え」


俺は淡々と言った。

「仮に内部へ侵入できたとしても、一分と持たないだろうな。この領域全体が、普通の森というよりは『魔物の生態系(モンスターズ・プレイグラウンド)』に近い性質を持っているからな」


エースを愛おしそうに抱き抱えながら隣を歩いていたエリスが、どこか決まり悪そうに小さく笑った。

「実は……私がまさにそれだったのよね。もしカイが見つけてくれなかったら、私はこの結界の周りをのたれ死ぬまで彷徨い続けるところだったわ」


――まあ、それはともかく。


俺たちの家が見えてくる頃には、俺の頭の中は早くも現実的な計算(算盤)を弾き始めていた。――ライラが連れてきたこの大所帯の数に対し、現在ある家はぴったり三人分と狼一匹のスペックで建てられたものだ。


(……これ、全員分は絶対に入り切らないな。いや、全然足りない。しかも、今の俺にはそれを増築する術がないわけだ。何しろ、あの代償(コスト)を払っちまったからな……)


俺はライラを少し脇へ連れ出し、現状の深刻な問題――スキル生贄によって**『秘術創造(アーク・クリエイション)』**を喪失した事実をありのままに説明した。


「なるほど、だからエリスはあんなに『良い方向』へと変貌(進化)を遂げていたのですね」


ライラの中で何かがカチリと腑に落ちたようだ。しかし、彼女はすぐに現実的な表情に戻って言った。

「建築に関しては心配いりません。私の同胞たちも『創造魔法(クリエイト・マジック)』の使い手ですから。流派(伝統)こそ違えど、根本的な構築理論(プリンシプル)は同じです」


あ、そうか。エルフなんだからその手のエキスパートがいて当然だったな。盲点だった。


「現在の家を一度解体し、適切に再構築(リビルド)する必要がありますね」


ライラは流れるように建設計画のプレゼンを続ける。

「そして、敷地を大幅に拡張しなければなりません」


「……ちなみに、何軒ほどの家が必要になりそうだ?」

「最低でも、三十軒です」


俺は思わず彼女を二度見した。

「三十!? おいおい、そんなに大所帯だったのか?」

「いえ」


ライラは平然と言い放った。

「現時点では、そこまでいません。……残りの者たちは、まだこちらに向かっている最中ですので」


(……待て)


「残り、ってどういうことだ?」


「私たちの森にいた、エルフの全人口(すべての生き残り)ですよ」


ライラはさも当然のように言った。

「当てもなく彷徨う生活の終止符となる『本物の故郷(楽園)』が提供されると知って、噂が予想以上の速さで拡散(ディフューズ)したのです。私の試算では、三十軒でも全く足りなくなるでしょうね。幸い、この領地内には手つかずの広大な森林が存在し、何より精神エネルギー(霊素)が極めて豊かです。これからは本格的に彼らを移住(リロケート)させたいと考えています」


俺は口を開き、そして言葉が出ずに静かに閉じた。


「……分かった」


俺はついに観念した。

「俺としては全く問題ないよ。この領地(ドメイン)は、下手をすれば人間の王国が丸ごと二つは余裕で収まるくらいのスケールがあるからな」


『解。マスターは、まだ自身が到達していない自領の未踏区域(未開拓エリア)について、本格的な調査(スカウティング)の手配を進めるべきです』


脳内で、**『脳内脳(アナリティクス)』**が静かに、しかし的確な補足を加えてきた。


『これほどの規模の「開拓集落( settlement)」が形成されるとなれば、自らのテリトリーに関する完璧な地形情報(データ)を把握しておくことは極めて合理的かつ推奨されるべき措置です』


耳が痛いほどの正論だ。よし、やることリスト(To-Doリスト)に書き足しておくとしよう。

どうやら俺のリストの余白は、昨日この時間にあった分量よりも、文字通り桁違いに膨れ上がってしまったらしい。


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