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転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】  作者: ルーク
システムの刷新(偽りの現実)

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21/87

第20話:4、今

俺たちの小さな非公式パーティの噂は、ロシャンのギルド界隈に予想以上の速さで広まっていった。

――いや、有名になったというのとは少し違う。

『隠蔽魔気(ステルスオーラ)』を持つ少年、底知れない実力を秘めた大人しい少女、どう考えても知性が高すぎる狼(エース)、そして新入りの鋭い眼光を持つエルフの弓兵。そんな妙な組み合わせの四人組が、いつもトラブルを起こさず綺麗に依頼(クエスト)を片付ける。常連たちの間で、そんな認識が広まりつつあったのだ。


「あんたたち、随分と噂になっているわよ」


最新の達成契約書を処理しながら、マルタがどこか感心した様子で言った。


「今の四人の実力からすると、『鉄級(アイアン)』の枠は少々狭すぎるんじゃないかしら?」

「俺たちは狭い方がいいんですよ。その方が色々と融通が利きますから」

「はいはい」


マルタは明らかに納得していない様子で、いつものように鼻で笑った。

「融通ねぇ。まあ、そういうことにしておくわ」


彼女が懐疑的になるのも無理はない。正直言って、このギルドに足を踏み入れた初日から、俺たちが実力を低く見積もって(逆サバを読んで)いたのは事実なのだから。


――まあ、それはともかく。


正式に仲間となったライラは、あの広場での一件で想像していた以上に、恐るべき戦力(アセット)であることが判明した。

彼女の弓の腕前は本物であり、さらに、俺やエリスがこれまで見たこともないエルフ固有の魔力運用技術を持っていたのだ。


「エルフの魔法は、純粋な出力よりも『精密制御(コントロール)』を重視するのです」


ある日の訓練中、ライラは俺なら見るまで信じなかったであろう、信じられないほどの隙間へと矢を通してみせた。


「人間はまず威力を求め、制御を二の次にしがちです。私たちはその優先順位が逆なのです」

「なるほど、腑に落ちたわ」


エリスが純粋な憧れの目を向けながら言った。

「自分の闘気(オーラ)を破城槌みたいに振り回す前に、そのレッスンを受けておきたかったものだわ」

「上達していますよ。制御は理解から生まれます。あなたに必要なのは、もう少しだけの『経験』です」


ライラはすでに、エリスといい感じの師弟関係(ラポール)を築きつつあった。

いい傾向だ。ただグループに馴染むだけでなく、彼女の存在そのものがパーティ全体を研ぎ澄ませてくれている。これほど早く戦力化してくれるとは、嬉しい誤算だった。


『個体名:ライラが仲間となって以降、戦闘効率が著しく向上しています』


ある日の夜、不意に『脳内脳(アナリティクス)』が告げてきた。


『これは純粋な技術によるもの、そして過去の喪失を経て、再び「守るべき者」を得たことによるモチベーションの向上に起因すると推測されます』


お前口から出た言葉にしては、随分と殊勝(ジェネラス)な分析じゃないか。


『私(当システム)はニュアンスの解釈も可能です。マスターがこれまで、それを必要とする質問をしてこなかっただけです』


へーえ、悪かったな。じゃあこれからは、もっと高度(ニュアンス)な質問をしてやるよ。それで満足か?


『肯定します。そうしていただけると助かります』


おいおい、お前のボキャブラリーに「助かります」なんて言葉があったとはな。


『私(当システム)は多くの可能性(マルチチュード)を内包していますので』


その言葉を聞いた瞬間、俺は持っていた水袋を落としそうになった。

今……冗談を言ったのか?


『エースより、そのフレーズが持つ重要性のレクチャーを受けました。状況的に適切であると判断した次第です』


……お前ら二人、組んだら絶対にろくでもない厄介コンビ(メナス)になるだろ。


『否定できません。確実に(アンドゥーテッドリー)』


――そんな風に呆れつつも、その日の夜。

ロシャンの街壁を少し外れた場所での依頼を終え、野営の火を囲む四人の間には、実に心地よいリズムが流れていた。

エリスとライラはオーラ制御の意見を交わし、エースは片耳をこちらの会話に向けたまま微睡んでいる。それを見つめる俺の胸には、もう二度と信じることはないだろうと思っていた、確かな『充足感』が広がっていた。


「少し、聞いてもいいですか?」


不意に、ライラが俺に視線を向けた。

「以前、あなたは『苦労した人間を集めている』と言っていましたね。あれは冗談ですか? それとも、ご自身の行動パターンなのですか?」


……まあ、両方だろうな。


「両方、かな」


俺は苦笑交じりに認めた。

「今のメンバーの前に一緒に旅をしていたドランとフェンリックという二人も、まあ、似たような出会いだったんだ。行くあてがなくて、世界から理不尽な扱いを受けていたけれど、もっと報われていいはずの人たちだった」

「そのお二人は……今、どこに?」


ライラが静かに、俺の過去形に込められた重みを察したように尋ねてきた。

やれやれ。またこれだ。聞き手が変わっても、傷口は同じ。


「死んだよ」


俺は淡々と言った。

「『教会(聖教会)』に殺された。今でも、俺という存在の正体を追い回し……おそらく、今はエリスのことも狙っている、あの組織にね」


ライラは長い間沈黙し、その表情には厳かな影が落ちていた。


「……お気の毒に」


彼女の言葉は、よくある社交辞令の同情(お悔やみ)などではなかった。会ったこともない見ず知らずの他人のために、心からその死を悼んでいる――そんな、ひどく純粋な響きが、俺の胸に妙に温かく染み渡っていった。


「ありがとう」


俺は言った。


「彼らもきっと、あんたのことを気に入ったと思うよ。ドランならあんたの現実的なところを評価しただろうし、フェンリックなら……そうだな、最初の1時間で容赦なくからかい倒していただろうね」


その言葉に、ライラは不意を突かれたように小さく笑った。


「最高の褒め言葉ですね。あなたがその『からかい』をどれほど愛おしそうに語るかを見れば分かります」

「ああ、そうさ」


俺は頷いた。


「今思い返しても、本当にそう思うよ」


このやり取りを静かに聞いていたエリスが、そっと俺の腕に手を置いてきた。――かつてロシャンで、初めて竜(ドラゴン)の話題が出たときと同じ、俺を落ち着かせるための仕草だ。

本当に、彼女はこういうところが上手い。重圧(プレッシャー)が限界を迎えそうな瞬間を正確に見計らって、すっと手を差し伸べてくれるのだ。


「でも、今は私たちがいるわ」


エリスが静かに、全員に向けて語りかける。


「この先何が起きようと、『教会(聖教会)』が次に誰を狙おうと関係ない。私たちはもう、かつてのように一人で立ち向かうわけじゃないんだから」

「四人、ですね」


ライラがどこか嬉しそうに水袋を掲げ、先ほどまでの重苦しい空気を吹き飛ばすように乾杯の真似事をした。


「世界がどれほど過酷だろうと、この四人が揃っているなら決して侮れない戦力(アドバンテージ)ですよ」

「ああ、四人だ」


俺も同意した。これほど本気で言葉を口にしたのは、本当に久しぶりのことだった。


(――ドラン。フェンリック。人が逝ってしまった後、その悲しみや記憶がどこへ向かうのかなんて俺には分からない。だけど、もし届いているなら……今の俺たちの形を見て、お前たちも喜んでくれていると信じたい。きっと、二人とも合格点をくれるはずだ)


それから俺たちは、本来ならとっくに眠っているべき時間まで火を囲み続けた。

お互いの過去を少しずつ切り売りしながら、夜は更けていく。かつて俺が経験した『擬似家族(ファウンド・ファミリー)』がそうであったように――ゆっくりと、慎重に、誠実な夜を重ねることで、俺たちは本当の仲間になっていくのだ。



-------



俺たちをようやく『鉄級(アイアン)』の枠から押し出すことになった依頼(クエスト)は、ほとんど偶然の産物だった。

――いや、正確に言うなら、ギルドの誰もが触れたがらなかった『銀級(シルバー)』の契約書(コントラクト)だ。何週間も引き取り手のないまま放置されていたそれを、マルタが半分は好奇心、もう半分は純粋にその一件を片付けたいという切実な思いから、俺たちに直接持ちかけてきたのだ。


「東の農場を越えた先にある、変異した狼(マセキオオカミ)の巣よ」


マルタはカウンター越しに契約書を滑らせてきた。


「ただの狼じゃない、変異種(コラプテッド)よ。何者かによって魔素の波長(マナシグネチャー)を狂わされ、極めて凶暴かつ不安定になっているわ。すでに調査に向かった熟練の『鉄級(アイアン)』パーティが二組、返り討ちに遭っている。本来なら、あんたたちのランクに回すような依頼じゃないんだけど――」

「だけど、俺たちの本当の実力(スペック)を知っているから、でしょう?」

「まあ、そういうことよ」


マルタはあっさりと認めた。


「とはいえ、手続き上は完全にランク不足。特例の免除申請(ウェイバー)なしには公式に受託させるわけにはいかないわ。でも、もしあんたたちが『非公式』に様子を見に行って、たまたま成功しちゃったりしたら……ギルドとしても、その後の昇格手続きに関しては随分と『寛大』になれると思うのよね」


実にもっともらしい言い分だ。と同時に、ギルドの上層部というやつが自分たちの都合の良いようにこれほどあっさりと規則を曲げるというのは、少々不気味でもある。


「分かりました。見てきますよ」


――まあ、それはともかく。


実際に発見したその巣は、依頼書に書かれていた以上に最悪な状態だった。

十数頭の狼たちが、醜く不安定な脈動を打つ変異魔素(コラプテッド・マナ)をその身体から目に見えるほど放出している。その全身から放たれる凶暴性は、およそ自然界の生き物とはかけ離れたものだった。


(……誰かが意図的にやったな、これ。ここまで均一な変異が自然発生するわけがない)


『告。マスターの推測を肯定します』


俺が問いかけるより先に、**『脳内脳(アナリティクス)』**が自発的に告げてきた。


『対象の変異パターンは、人工的に引き起こされた魔素不安定化のプロセスと一致。高確率で、実験の失敗もしくは意図的な悪意による運用の結果と推測されます。周辺にこれを引き起こした「首謀者(黒幕)」が潜伏している可能性を考慮し、警戒を推奨します』


ナイスだ。俺が何も知らずに突っ込む前に警告してくれたことに感謝するよ。


「みんな、この事態を引き起こした『誰か』がいるかもしれない。周囲の警戒を怠るな。狼だけが敵じゃないぞ」


俺は仲間にそう告げた。


戦闘そのものは、この四人のメンバーになってから初めて本格的な総力戦となった。

ライラが遠距離からその精密な射撃で群れの端を確実に削り、エリスは初期の頃のような闘気(オーラ)の無駄漏れを完全に克服し、極めて洗練された制御の下で中央を死守する。エースにいたっては、いつもの皮肉めいた雑談を封印して集中モードに入り、恐るべき効率で変異種を蹂躙していた。


俺はというと、基本的には後方に控え、三人が対処できる分は任せていた。――だが、他の個体の優に倍はある巨大な変異種のボス(アルファ)が本隊を突破し、エリスへと牙を剥いた瞬間、俺は動いた。


(させるかよ)


一瞬で間合いを詰め、獲物の突撃に対して刃を合わせる。かつての荒々しい戦闘のような派手さは一切ない。完璧にコントロールされた、その状況に必要な最小限の力だけを込めた一撃――無駄は一切ない、綺麗な決着だった。


「随分と、戦い方が慎重になったのね」


戦闘後、息を整えながらエリスが俺を見て言った。俺がエースが肉の品質を吟味するときのような手慣れた手つきで、効率的に血振りをしていたからだろう。


「そうありたいと思ってるだけさ」


俺は言った。


「守るべき仲間が増えれば増えるほど、危険だからってすぐに『力(奥の手)』を解放するわけにはいかなくなるからな」


口にしてから、自分で思った以上に本音が出てしまったことに気づいた。


その『首謀者』の成れの果ては、狼の巣からそう遠くない場所で見つかった。――孤独な魔導師の死体だ。とっくの昔に事切れており、どうやら彼が弄っていた実験は、実験体である狼たちに影響を及ぼす前に、彼自身に対して致命的な大失敗(カタストロフ)を引き起こしたらしかった。


「因果応報、と言えば聞こえはいいですが……ひどい有様ですね」


ライラが冷徹な観察眼で現場を検分しながら言った。


「彼が狼たちに施そうとした何かが、より最悪な形で自分自身に返ってきたというわけですか」

「だからって、あの狼たちにしたことが許されるわけじゃないわ」


危険な目に遭わされた直後だというのに、エリスは倒れた狼たちに純粋な同情の視線を向けながら、静かに呟いた。


「あの子たちは、自分から望んでこんな風になったわけじゃないもの」


彼女の言う通りだ。あいつらは何も選んじゃいない。それは、何らかの形で理不尽な運命を背負わされた俺たちだって同じことなのだから。


「この事実もすべてギルドに報告しよう」


俺は言った。


「少なくとも、無理やり狂わされた狼たちのせいだけで片付けられないようにね」


――まあ、それはともかく。


この依頼の成果により、俺たちは本物のランクアップを勝ち取ることになった。マルタが俺たちの詳細な報告書(レポート)を確認したことで、特例の免除申請(ウェイバー)も含め、正式に『鉄級(アイアン)』から『銀級(シルバー)』への昇格が決まったのだ。


「言ったでしょう? 『鉄級(アイアン)』の枠は狭すぎるって」


書類手続きを処理しながら、マルタが心底満足そうに言った。


「『銀級(シルバー)』の響きの方が、あんたたち四人にはるかにお似合いよ」

「ありがたく受け取っておきます。ただ、のんびり行かせてくださいよ。相変わらず、目立つつもりはありませんから」

「あんたはいつもそう言うわね」


マルタは呆れたように笑う。


「そう言いながら、結局いつもとんでもない実績を残していくじゃない。少しはその戦略(ポリティクス)を見直したらどう?」


手厳しい指摘だ。正直言って、『うっかり目立ってしまうのを防ぐ』なんて高度な戦略、俺には実行の仕方が分からないのだが。


その日の夜、宿に戻った後、ライラが昼間の変異種(コラプテッド)の巣での一件以来、ずっと胸に引っかかっていたらしい疑問を口にした。


「あの魔導師のことですが……狼を実験台にし、その魔素を不安定かつ凶暴なものに変異させていた件。あれが『教会(聖教会)』の動向と繋がっている可能性は、お二人とも考えませんか? つまり、例の『特異点(アノマリー)狩り』です」


ほう。その視点はなかったな。


「可能性はあるかもね」


俺は慎重に言葉を選びながら言った。


「ただ、単純にどこかの嫌な奴が、自分勝手な理由で嫌な実験をしていただけって可能性もある。世の中のすべての危険がひとつの組織に繋がっていると考えるのは魅力的だけど、現実はそう単純じゃないこともあるからな」

「それはそうですね」


ライラはあっさりと引き下がった。


「ですが、念頭に置いておく価値はあります。もし『教会(聖教会)』が通常の範疇に収まらない存在に興味を持っているのだとしたら……ただ狩るだけでなく、研究対象としての『特異点(アノマリー)』を増やすために、実験体に人工的な不安定化を引き起こすというアプローチは、彼らにとって十分にあり得る手段(メソッド)だと思うのです」


……正直言って、それはかなり不気味な仮説だった。これも他の重要事項と同様、記憶の引き出しにしまっておくとするか。


「いい着眼点だ」


俺は彼女に言った。


「これからの行動指針として、その可能性も頭に入れておこう」


『解。個体名:ライラの推論には相応の合理性があると判断します』


脳内で、**『脳内脳(アナリティクス)』**が静かに補足を加えてきた。


『今後、人工的に変異させられた生物(クリーチャー)と遭遇した場合は、証明されるまで「教会関連」の可能性を考慮し、警戒レベルを引き上げることを推奨します』


了解だ。先回りのアシスト、助かるよ。


『どういたしまして。最近の私は、マスターからの要請を待つことなく、自発的に支援(アシスト)を提供する傾向が強まっているようです。この変遷(シフト)の要因については、現時点で特定に至っておりません』


お前がこの環境に馴染んできた(居心地が良くなってきた)ってことじゃないか? 俺たちが最近そうなってきたみたいにさ。


『……おそらくは』


その一瞬の『間(ポーズ)』の後に返ってきた言葉は、いつもの機械的な手続き(プロセス)ではなく、初めて明確な『意志』を孕んでいるように感じられた。


(おいおい、そんな風に喋られちゃ、お前が俺たちのことを本当に気に入ってくれているんじゃないかって思っちまうだろ)


『その観察結果は、決して不正確ではありません』


――とんでもないデレ発言(爆弾発言)を残しやがった。

会話が他の話題へと移り変わった後も、俺はその静かで衝撃的な告白について、しばらく考え込んでいた。最近の俺にとって大切だと思える物事を、ひとつひとつ慈しむように。

……もしかしたら、今回こそは、俺が必死に築き上げているこの温かい居場所(楽園)が、最期まで守り通せるんじゃないか。そんな、ささやかで、だけど確かな希望を胸に抱きながら。




--------------




それからの俺たちは、まさしく『黄金期』と呼ぶにふさわしい平穏な日々に没入していった。――何週間もの時間が心地よく溶け合っていく、そんな最高の時間だ。『銀級(シルバー)』の依頼(クエスト)は実入りが良く、資金繰りという慢性的な背景の悩みは綺麗さっぱり解消された。夜になれば、パーティの面々が本当に打ち解けたときにしか生まれない、心地よい他愛のない会話が重なり合う。


若い頃には誰も教えてくれないが、物語において本当に重要なのは、実はこういうパートなのだ。何てことのない、ありふれた日常。何者からも、大切なものを奪われる脅威のない時間。


今の俺には、その価値が痛いほどよく分かる。それを失うまでそのありがたみに気づけないと、どれほど高くつくか――俺は身をもって、痛恨の極み(ハードウェイ)として学んできたのだから。


エリスの闘気制御(オーラ・コントロール)は完全に安定し、強い負荷(ストレス)がかかっても一切の無駄漏れを起こさなくなっていた。――彼女はこの記念すべき到達点(マイルストーン)を、密かに自分自身を祝うことで刻んでいた。夜中に一時間おきに目を覚まし、かつての不安定な状態に逆戻りしていないかを確認することなく、ようやく朝まで熟睡できるようになったのだ。


「何だか、いつもうしろから不意打ちを食らうんじゃないかって身構えちゃうのよね」


ある日の夜、エリスが俺にぽつりと言った。視線の先では、ライラとエースが「狼とエルフ、どちらの夜視能力が優れているか」という、どんどんエスカレートしていく高度な激論を交わしている。


「ここしばらく、ずっと調子が良かったでしょう? そういう時って、大抵次に何か悪いことが起きる前触れな気がしちゃうの」


その感覚なら、俺だって嫌になるほどよく知っている。


「ああ」


俺は気休めではなく、本音(オネスト)で答えた。


「俺もそう思う日があるよ。だけどさ、だからって今ある平穏を楽しむのをやめる理由にはならないだろ。そうじゃないと、最悪な時期に二回負けることになる。一回目はそれが実際に起きた時。二回目は、起きる前の毎日を怯えて過ごし、今ある幸せを台無しにされた時だ」


彼女はその言葉を吟味するように沈黙し、わずかにその肩の力を抜いた。


「時々、むかつくほど賢い(ワイズ)セリフを吐くわね。たまに料理で火事を起こしかける男のくせに」

「私(当システム)は多くの可能性(マルチチュード)を内包していますので」


俺がそれこそ千回目になるであろうセリフを口にすると、エリスはわざとらしく大袈裟にため息をついた。かつての身内ネタ(ジョーク)は、今や俺たちの間で決まって笑えるお約束として機能していた。


――まあ、それはともかく。


ライラに関して言えば、彼女はまるで自分の中の静かな片隅で、未だに故郷の喪失を処理し続けているかのような猛烈な集中力でギルドの仕事に打ち込んでいた。


「そんなに自分を追い詰める必要はないぞ」


三日連続で三つ目の依頼に立候補した彼女に対し、俺は一度そう声をかけたことがあった。


「分かっています」


ライラは言った。


「ですが、ただじっと座って、あの森のことや両親のことを考えるよりは、忙しくしている方がはるかにマシなのです。それは、あなたがご自身の過去の喪失を乗り越えてきた方法と、何か違いがありますか?」


……いや。全くその通りだ。相変わらず、ぐうの音も出ないほど精密な指摘(ロジック)である。


「いや、ないね」


俺は白旗を上げた。


「自分のこれまでの実績(トラックレコード)を考えると、お前に偉そうに『健全な悲しみの癒やし方』なんてレクチャーできる立場じゃなかったよ」

「覚えておきます」


ライラは皮肉っぽく微笑んだ。


「その同じくらい怪しい実績をお持ちの先輩からのアドバイスとして、一応参考(アドバイザリー)にしておきますね」


一方、エースはというと、特にライラとの間で急速に深い絆を育みつつあった。彼女が学者肌の丁寧な態度で、エースの真の姿である『精霊獣(エーテリオン)』としての本質に向き合うことが、彼のプライドを大いに満足させているようだった。単なるお世辞や甘やかしとは違う、本物の敬意というやつだ。


(随分と早く彼女に懐いた(お気に入りになった)な、お前)


『彼女は我が本質について知的な質問をしてくれる。私を単なる「大きな犬」として扱わないのだ』


エースの念話が脳内に響く。


『大半の人間がクリアできない低いハードルだが、彼女は造作もなく飛び越えてみせる』


(まあな。普通の状況なら、大抵の奴はお前をデカい犬だと思うだろうしな)


『凡百の人間には想像力が欠如しているのだ。だがライラにはそれがある』


(お前にしちゃ、随分な大絶賛(ハイスペック評価)じゃないか)


『私は相応の価値を示した者にしか、この賞賛は送らん』


実にエースらしい言い分だ。


そんな何てことのない平穏な夜のことだった。珍しく料理がまともな出来栄えに仕上がり、四人で食卓を囲んでいた時のこと、エリスがしばらく胸に温めていたらしい話題を切り出してきた。


「ねえ、少し考えていたんだけど」


彼女は慎重に言葉を選びながら言った。


「私たちが本当に目指している場所について、よ。単にギルドの依頼をこなすだけじゃなく、いつかセルウィンに辿り着くだけでもない……もっと、こう、永続的(パーマネント)な何か。場所とか、組織とか。あなたがかつてドランやフェンリックと築いていたような関係の、もっと大きな規模のやつよ」


ほう。俺がまだ誰にも明確な名前を告げていないというのに、彼女はすでに『理想郷(ファミリー)構想』のコンセプトに自力で辿り着いていたわけか。


「どうしてそんな風に思ったんだ?」


俺が尋ねると、彼女はシンプルに答えた。


「この四人を見ているからよ」


エリスは微笑んだ。


「ただ一人で生き延びる(サバイブする)んじゃなくて、何かの『一部(ピース)』になることで、どれほど物事が好転するかを実感したから。だから、こういう繋がりを意図的に、もっと大きな規模で作り出すことはできないのかなって思ったの。私たち四人だけじゃなくてね」


その瞬間、俺の中でひとつの形がカチリと音を立てて組み上がった。――ずっと昔に芽生えた、まだ朧げだった古いアイデア。それが、他人が独立して同じ結論に至ったという事実によって、一気に現実的な重みを持って肉付けされたのだ。


「ああ」


俺は静かに応じた。


「俺も時々、そのことを考えるよ。本当の家族(ファミリー)。他に行くあてがないような奴らを寄せ集めて作るんだ。ちゃんとした名前をつけて、本当に帰るべき場所(ホーム)を創るのさ」

「名前をつける、ですか」


ライラがその特定のワードを拾い上げ、反芻するように呟いた。


「あなたがエリスに名を与えたように? それとも、エースにそうしたようにですか?」


おっと、これは注意が必要(ケアフル)だな。これまでのところ、エリスやエースと直接交わした以外では、誰ともしたことのない深い領域の会話だ。


「まあ、そんな感じかな」


俺は言った。


「それが毎回どういう意味を持つのか、俺自身まだ完全には理解していないんだけどね。ただ、どういうわけかそれが重要な意味を持つらしいってことだけは、今もその全貌(シェイプ)を学んでいる最中なんだ」

「もしあなたが本当にそれを形にする(ビルドする)つもりなら」


ライラが俺を見つめた。


「私も一枚噛ませてください。私の価値がどれほどのものかは分かりませんが」

「私もよ」


エリスがシンプルに、そして即座に続いた。


『私は既にその一員だがな』


脳内のリンクを通じて、エースの念話が割り込んできた。


『お前は機能的にとっくに成立している事象を、ただ公式化(フォーマライズ)するのが遅いだけだ』


痛いところを突いてくる。どうやら俺が声に出してそう呼び始める前から、家族の形はとっくに形成されつつあったらしい。


――まあ、それはともかく。


俺は食卓を囲む三人を見回した。奴隷同然の拷問まがいの環境を生き延び、今や本物の強者へと成長した少女。種族の限界を超えて進化(エボリューション)を遂げ、出会ったどの人間よりも鋭い知性を手に入れた狼。強欲な領主によってすべてを奪われながらも、なお新たな人間を信頼することを選んだエルフ。彼らの姿を見つめていると、かつての悲哀(グリーフ)とは全く無縁の何かが、俺の胸の奥底へと綺麗に収まっていくのを感じた。


(……これだ。これこそが、何年も前に一人で山の上に立ち、自分がこの世界で一体何になるべきなのかを模索していた頃から、俺が本当に欲していたものなんだ)


単なる生存(サバイブ)じゃない。背景で静かに機会を伺っている復讐劇でもない。これだ。一緒に過ごせる何てことのない日常を、その一日一日を迎えるたびに、自らの意志でここに留まることを選択してくれる仲間たち。


この先何が起きようと――『教会(聖教会)』が来ようが、セルウィンが立ちはだかろうが、あるいは世界が他にどんな無理難題を吹っかけてこようが関係ない。あの始まりの空き地(クリアリング)以来、初めて確信できた。この四人が揃っているなら、それがいつ訪れようとも、俺たちは正面からそれを打破できるほど十分に強いのだと。


……その確信が、どれほど早く、そしてどれほど残酷な形で試されることになるのか、この時の俺はまだ知る由もなかった。少なくともその日の夜は、俺たちの誰もそんな未来を知らなかったのだ。そして俺はその後、あの何てことのない、だけどかけがえのない平穏な日々の中で、その『無知』であった時間こそを何よりも愛おしく、宝物のように想い返すことになるのだった。


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