第15話:彼女をここまで導いたもの
あいつはね、食事というものが「ただサバイバル(生存活動)のために胃袋へぶち込むリソース」なんかじゃなく、純粋に「心から楽しんでいいポジティブな要素」だったという事実を、一時的に完全失念(忘却)していたかのような、猛烈なマッハの速度で肉を平らげていやがったんだ。俺はね、あいつがその大半を胃袋のキャパシティにインポートし終え、咀嚼の巡航速度が落ち着くまで、あえて重要質問を連打するのは完全スルーしておいてやったさ。
「でさ」あいつがようやく音声ログ(会話機能)を受け付けるスペックまで復旧したのを見計らい、俺は口を開いた。
「……一体全体、何がどうなったらさ、こんなドメインの最下層(僻地)まで一人でログイン(彷徨う)する羽目になるんだよ、てめえ」
その瞬間、あいつの表情グラフィックがスッと切り替わった。飯のクオリティによって灯っていた微かな温かみのエフェクトが顔面から引き算され、代わりに、より重苦しい過負荷がそのプロセッサに上書きされやがったんだ。
暖炉のより明快な光のグリッドの下で、至近距離からスキャン(視認)してみて、俺はついにあいつの最新ステータス(現状)を完璧に看破した。――瞳のセンサーの真下に刻まれた、どす黒く引き算された不気味な隈。何日間もまともな睡眠モード(セーブ)も食事もインポートされずにフィールドを彷徨ってきた者特有の、あの絶対的なスペック不足(極限の疲労)。
「……私の家族がね、私を売ったんだよ」あいつは至ってフラットに言い放った。そのセリフはね、フォルダの中で何度も何度も脳内リプレイ(反芻)されすぎて、エッジの尖った部分が完全に摩耗( smooth )しちまったかのような、そんな冷酷なトーンだった。
「一ヶ月前(一ヶ月前)の話。残りの家族(身内)に飯を食わせるための、路銀が必要だったから、ってさ。私は……あの最悪なイベント(襲撃)が勃発する前まではさ、自分の新しい『主人』の邸宅へと、マニュアル通りに移送されている最中だったんだ」
うわぁ。マジかよ。
【奴隷交易】なんていう最悪なブラックシステムがさ、この新しい今世の世界に本物の現実として実装されてるなんて、今の今まで脳内データベースに登録されちゃいなかったわ。
ぶっちゃけ、自分が望もうが拒絶しようがね、このクソゲーは毎日毎日、新しい最悪な新設定を俺のプロセッサに強制インストールしにきやがるな、マジで。
「……私の名前はアリア( Aria )っていうの」あいつはさらに声を潜めて、まるで今となってはシステム上何の メリット(意味)も成さない、ただのゴミ箱直行の一行のノイズ(付け足し)であるかのようにボソリと呟いた。
「そこから先に、一体どんなバグ(事件)が起きたんだよ」俺は、自らの自衛セキュリティ(出力トーン)を可能な限り優しく、ミリ単位で pleasant な波長に制御して尋ねてやった。
◇
「二日前(二日前)のこと」アリアは言った。
「私を新しい主人の元へ移送していた馬車がさ、街道で突撃を喰らったの。――盗賊のザコどもよ。奴らはさ、私を護衛していた連中の息の根を、コンマ一秒の躊躇もなくマッハの速度で永久消去していったわ。まるで、私たちがただの『まだ呼吸音(息)を立ててるだけの物資』に過ぎないと言わんばかりのやり方でね」あいつはゴクリと、喉の奥のプロセッサで恐怖を飲み込んだ。
「私は走ったの。ハイド(隠密)するために、この未開の森林の奥へ。……奴らは、私の索敵レーダー(背後)を常時マークして、執拗に追尾(追跡)してきたわ」
そりゃあ、そうだろうな。お約束の最悪なクソイベント(展開)だわ。
「私はね、もうこの森の底でシステム終了するんだって本気でジャッジしてた」アリアは言葉を続けた。
「進路の先が、完全に逃げ場のないデッドエンド(行き止まり)だったから。奴らの手がさ、もう私の肉体のセンチ数(間合い)をゼロにする、まさにその刹那のタイムライン――突如として、木々の死角からバカでかい【超巨大蛇】が湧き出てきてさ。奴らの頭部を、一瞬にして、マッハの速度で一発でへし折って(クリアして)くれたのよ。全員、丸ごと同時にね。その化物がさ、敵の死体(肉)の処理(食事タスク)に脳のメモリを割いてる隙を突いて、私は逆方向の逃走ルート(ラン)を選択したわ」
超巨大蛇、ねぇ。
十中八。それ、俺のドメインにハイド(放し飼い)してる俺のペットの魔物の一匹だわ。あいつが最近、そんな臨時の間引きタスク(狩り)をコンプリートしてたなんて、俺の管理ログ(データベース)には一行も登録されてなかったんだけどな、マジで。
「その後……」アリアの声の出力系統が、さらにその上限を引き算(減衰)させてボソリと響いた。
「……私はただ、この森の同じグリッド(空間)を、無限にマッハの速度でループ(走り回る)させられ続けたのよ。どの方角を選択して前進を試みてもさ、気づけば必ず、あの盗賊どもが一発でシステム消去された、あの全く同じ惨劇の初期座標へと強制バックステップ(リセット)されちゃうんだ。俺、自分のメインプロセッサが完全にオーバーヒートして狂い散らかした(バグった)のかと思ったわ。そして最終的には……肉体のエネルギー(スタミナ)が完全に枯渇してゼロになって、その座標にぶっ倒れた(シャットダウンした)の」
なるほど。あの【絶対結界】か。
アリアのやつ、俺のアクセス承認(承認コマンド)も得ずに、この【水平線】の絶対セキュリティ障壁のテリトリー内へ無断ログイン(侵入)しちまったからさ。結界の【時間操作】術式システムが自動で作動して、奴の座標を「進入初期地点(盗賊が死んだグリッド)」へと永続的に完全自動で強制リセット(永続置換)し続けてた、ってだけの仕様だな。
あいつのプロセッサが狂った(バグった)わけじゃない。ただ、普通の人間どもの知性スペック(スケール)じゃ天地がひっくり返っても解読不可能な、あの理不尽な神チート術式のループシステムにカチリとハメ技(罠)を喰らってただけだわ。
俺はね、その結界の仕様(システム内部構造)についてさ、あえて今の段階であいつのプロセッサにダウンロード(解説)してやるような無粋な真似はしなかったけれどな。
「――で、そのリザルト(結果)として、俺がお前を検索して発掘したわけだ」俺は代わりに、そう言ってカモフラージュしてやった。
「うん」あいつは言った。「そのタイムラインの果てに、あんたが私を見つけてくれたんだよ」
◇
「そこでだ、てめえ」俺は一呼吸の平穏なセーブタイム(沈黙)を挟んだ後、本題の核心を問いかけた。「ここからのタイムライン、お前は一体どんなコマンド(生存戦略)を実行するつもりなんだ?」
あいつは長い間、完全なる沈寂を守ったまま、暖炉の琥珀色の小さな炎をじっと凝視し続けた。
「……私の中にね、これから先の生存戦略なんて、最初から一文字も実装されてねえよ」やがて、アリアの口から音声データが出力された。
「進むべき目的地も無ければ、我が家なんていうセーフティ領域も無い。たとえ私がね、あの故郷(村)へ逆探知(里帰り)することをシステムが許容したとしてもさ、俺のことを『おかえり(アクセス承認)』して迎えてくれる有象無象なんて、世界のどこの座標にも一匹たりとも残されてねえんだからな」
ああん? なるほど。
ぶっちゃけ、このアリアという少女のシステムエラー(境遇)、どこからどう見ても、この俺という一個の異常個体の過去ログと完璧に完全同期してやがるじゃねえか。
守るべき家族(身内)の、完全消去。
かつてそこにあったはずの、我が家の完全消滅。
これから先のフィールドにおいてね、残された残渣の中から、自分の足だけで新しい絶対法則(未来)を一歩一歩ビルドアップ(再構築)していくしかないという、その絶望的な初期スペック。
『――警告。個体名:カイ。思考の演算コンテキスト(認識)に重大なエラー(バグ)を検知。――この少女はね、構造的にてめえのシステム(境遇)とは1ミリも完全一致していません』
(おい、てめえ。誰もてめえの高度なアナライズ(ツッコミ)なんて今このタイムラインで要求してねえよ。すっこんでな、反意識)
『――了解。対象の却下コマンド(マーククリア)をシステム承認しました』
俺はあいつの姿を、もう一呼吸の間、じっと観察し続けた。――体躯は小さく、スペックは限界まで低下(疲弊)し、この広い世界のマップのどこを探したって、自らの肉体をデポジット(配置)していいセーフティ領域なんて一文字も残されていない、ただの一匹の迷子。
その現実をスキャンした瞬間、俺のメインプロセッサはね、ここ最近の過酷なタイムラインの中で、最もイージーで、最も何の障害もなくスムーズにカチリと通る、一つの絶対の【仕様変更(決断)】を完了させていたんだ。
「――だったらさ、お前、このまま俺の城に居座り(ログインし)続けりゃあいいじゃん」俺は言った。
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「今の私のステータス(状況)じゃさ……」アリアはゆっくりと言い放った。まるで、その破格のシステム提案を脳内のあらゆる角度からスキャンし、100%信用していいフラグか否かを見極めようとするかのように。
「……ぶっちゃけ、私に拒絶のコマンドを選ぶ権利なんて無いと思う。だけどさ――私、一体どうやってあんたにそのコスト(恩義)をバックペイ(返済)すればいいのよ? 命を救われて、特級の飯まで分けてもらったのに、私には何一つ手持ちの資産なんて無いんだよ」
「俺にバックペイしたいならさ」俺は言った。「至って単純明快な話だぞ」
その瞬間、あいつの瞳のセンサーの奥で、何らかの絶対の仕様変更(変化)が走るのを、俺は的確にスキャンしていた。――それはね、警戒と諦念が完璧に完全同期した、独特の演算の波動。世界の過酷な放浪ルートの途中でさ、「他に交渉のカード(担保)を何一つ持たないガキに対して、大人の男がそんなセリフを吐いた時、そのマニュアル(下心)の中身が一体何を意味しているのか」を、すでに骨の髄まで叩き込まれて学習させられてきた奴特有の、あの冷酷な目だ。
「……私の肉体で支払うわ」あいつは低く、静かな音声データを出力した。俺がその中身の仕様(意図)をクリア解説するよりもずっと前の段階から、最悪の確定リザルト(覚悟)を自らの中にセーブして身構えていたかのような、そんなトーンでな。
「――有り得ん、却下だ( Not happening )」
俺はマッハの速度で、脳内プロセッサが過負荷を起こすほどの拒絶コマンドを、必要以上の最大出力で叩きつけてやった。
「てめえの肉体なんて、この俺のシステムには最初から一文字の メリット(必要性)もねえよ。そういうのじゃねえから――いや、マジで。お前、せっかく【人間】のアカウントなんだからさ、俺の未解決タスク(調べ物)をいくつか手伝って(ヘルプして)くれりゃあ、それで完璧に完全清算なんだよ。俺が言いたかったマニュアルは、ただそれだけだわ」
あいつは、ぱちくりと瞳のセンサー(目)を瞬かせ、猛烈な勢いでその数値を再計算しやがった。「……え? あ、そうなの」
ああ、そうだよ。ナニソレ。
俺がこれまでにどんな化物に変貌させられていようともさ、てめえがこれまでの最悪な経験のせいで想定せざるを得なかった、そんなクソ野郎のカテゴリ(人種)とはね、最初から何から何まで100%別物であることだけは、公式のログ(保証)として登録しておいてやるわ。
「……今、『人間のアカウントなんだから』って言ったよね」アリアはさらに巡航速度を引き算(減速)させた低いトーンで、俺が目覚めて以来初めて、こちらの全貌を真っ正面からじっくりと凝視してきた。
「あんた……もしかして、人間じゃないの?」
はい、きた。
全く同じ重要質問。ただ、出力してくる生の口のグラフィックが違うだけの、いつものお約束のバグ(フラグ)。
俺の魂の深淵からね、とっくの昔に何百回もランされて手慣れた、あのカモフラージュ(煙幕)を張るための古い習性(本能)がじわじわとサージ(急増)してくるのを感じていたさ。
「その解答のフォルダをクリア開示するのはさ、タイムラインの時計が正しい座標を示したその刻限まで、ハイド(保留)にさせてもらうわ」俺は言ってやった。
「……分かったわ、ご主人様」
「お願いだから、その不気味なクラス称号(呼び方)で俺をマーク(インポート)しないでくれ」俺は肉体センサー(顔)を微かに歪ませて(ウインスして)言ってやった。
「俺にはね、公式の真名がちゃんと実装されてるんだ。――【カイ( Kai )】だ」
「分かったわ」あいつは言った。その顔面のグラフィックに、ようやく、本物の笑顔の初期型(始まり)のような温かいエフェクトがスッと明滅しやがった。
「よろしくね、カイ。……で、私は一体、どんなタスク(調べ物)を手伝えば(ヘルプすれば)いいの?」
◇
「ある重要機密に関する【情報】を検索したいんだ」俺は言った。
「お前のそのプロセッサで、その隠蔽ログを抽出できそうか?」
「どんな種類のデータ?」
「――【神殿(テンプル・教会)】について、だ」
あいつは、ひどく申し訳なさそうな、謝罪のグラフィック(表情)を浮かべて首を振った。
「……ごめん、無理だわ。私の中にね、あの宗教組織(教会)に関するデータなんて、最初から一文字の初期登録すらされてないからさ」
「あー、いいよ、気にするな」俺は本物の真実として、そのエラーをあっさりとシステム許容してやった。――まぁ、最初からクリア報酬(期待)の確率なんてミリ単位の数値しか弾き出してなかったからな、聞くだけ聞いてみる価値はあったってだけの話さ。
「だったらさ、案件その二をインポートするわ。お前、街のフィールドへ赴いて、本物のまともな『食材調味料(調味料)』をいくつかデポジット(購入)してきてくれないか? 俺さ、食材本来の保有する最大スペックの『わずか2%未満』のクオリティに引き算されたような、そんな黒焦げのクソ料理(飯)を毎日毎日攻略させられるの、魂のメインプロセッサが本気で限界を迎えそうなんだわ、マジで」
それを聞いた瞬間、あいつの口から、クスッと短く本物の笑声が漏れ聞こえた。――あいつがこの座標にログインして以来、初めて出力された、本物のポジティブな音声ログだ。俺の知覚センサーがね、それを的確にログに記録していたさ。
「あはは、そのタスク(料理のクリア)なら、私にも十分にお手伝いできるわ。……だけど、一体どうやって?」
俺はあいつに向かって、この俺のドメイン(絶対結界)の外縁部のすぐ目と鼻の先にある、とある集落の座標マニュアル(ルート)を提示してやった。そして、かつてドランの親父やフェンリックのやつと共にフィールドを攻略していたタイムラインから、俺のリュックのインベントリの中にずっとハイド(保管)され続けていた、手持ちの硬貨の全容量をアリアの元へと引き渡してやったんだ。――そこらの有象無象の衣服や食材を丸ごとデポジット(一括購入)したところでね、塵ほどの減算すら起きないほどの、大層なリソース(コイン数)だけどな。
アリアは至ってイージーに、そのミッション(承諾)をシステム登録しやがった。
「一応、最悪のバグに備えて(自衛のシステムとして)付け足しておくとさ」
あいつが旅支度を調え、その座標から前進を開始するまさにその刹那のタイムライン、俺は術式を追加してやった。
「もし余裕(メモリの余白)があったらさ、その街の有象無象(聞き込みしやすい奴)に向かって、あの【神殿・教会】について何らかの機密ログを保持してないか、軽く検索をかけてみてくれないか? まぁ、ヒットする確率なんてバグレベルの低数値だろうけどな。トライしてみるだけなら、俺たちのシステムには塵一つのペナルティ(実損)も発生しないからさ」
◇
「……ねえ、カイ」アリアは問いかけてきた。
「あの教会ってさ……過去のタイムラインで、あんたに対して何か重大なバグ(酷いこと)をやらかしたの?」
その言葉が、俺の脳内プロセッサの最深部をクリーンヒットした瞬間。
俺自身の顔面グラフィック(表情)はね、自分でも100%想定外の領域へと、完全に、冷酷に『完全虚無』しちまってたんだわ。――肉体センサー(顔)の表面から、温かみのエフェクトが一瞬にして綺麗さっぱりマイナス(完全消去)され、わずか一呼吸前まで室内に満ちていたあののんきな pleasant な空気の総量がね、マッハの速度で霧散しやがったんだ。
そして、そのガキの皮の真下から、普段なら天地がひっくり返っても外の世界の有象無象には絶対に見せることのない、果てしない歴史の奈落から引きずり回してきたような、あの冷酷で、おぞましい【原初の悪魔(化物)】の殺意の残響が、一気に全画面で明滅しやがったんだ。
「――さあな、かもね」俺は言った。
「あるいは、完璧に完全なる、ただの思い違い(エラー)かもしれないな」
俺たちを取り巻くこの我が家の空間はね、一瞬にして、皮膚が破裂するほどの絶対的な【超高圧の静寂】へと完全ロックインされた。――それはさ、世界の歯車が一瞬にしてフリーズし、物質の表面のすぐ真下の領域で、理不尽な【大災害】のエナジーが今まさに起爆せん(大爆発せん)とドロドロに強張っている時の、あの独特の静寂だ。
俺自身ね、そんな最悪なコマンド(威圧圧力)を発行した記憶なんて一文字も残ってないんだけどな。だがな、対面していたアリアのやつはさ、その顔面グラフィックを、一瞬にして死人( pale )の如く真っ白に引き算(減衰)させやがったんだ。
あいつね、自分の知性スペック(スケール)じゃ天地がひっくり返っても解読不可能な、あまりにも底の知れない本物のバケモノ(化物)のテリトリー(深淵)へ、自分が今まさに土足で足を踏み入れちまってたのだと、全霊で再ジャッジ(戦慄)して凍りついていやがったんだわ。
コンマ数秒の後、俺はそのプロセッサのバグ(威圧のサージ)を的確にキャッチし、自らの精密制御を以て、一瞬で奈落の底へとスッと引き戻して(ハイドして)やったさ。
肉体センサーの表面に、いつもの琥珀色ののんきな温かみのグラフィックがマッハの速度で再同期され、奴の口元に張り付いたあの pleasant な愛想笑いが、まるで最初から一秒たりとも世界(画面)から消え去ってなんていなかったかのように、完璧に復旧完了したんだわ。
「――手伝って(ヘルプして)くれる? お願い( please )」
俺は再び、至ってミリ単位で gentle (優しげ)な波長に声をチューニングして、あいつに向かっておねだり(プロンプト)を発行してやった。まるで、わずか一呼吸前のあの最悪な地獄のタイムラインなんて、この世界には最初からただの一文字もログインしていなかったかのように、なぁ。
あいつは、喉の奥のプロセッサで、激しく恐怖をゴクリと飲み込んだ。
「……っ、う、うん。分かったわ、クリア(引き受ける)よ」
(……あー、すまんね、アリア。俺さ、未だに自分の魂の最深部にあるあの理不尽な反魔力(化物スペック)の出力系統がさ、時折こちらの精密制御を置き去りにして勝手に駆動(暴発)しちゃう時があるんだわ、マジで。今、脳内データベースの修正パッチ(特訓メニュー)を毎日毎日ランさせてる最中だからさ、勘弁しな)
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あいつが街のフィールドへ出発する直前のこと、俺は広場の境界線であいつの足を一度引き止めた。脳内プロセッサの片隅で、妙なバグ(疑問)が一呼吸遅れてサージしやがったからだ。
「……あのさ」俺は言った。「お前の真名(名前)、もう一回教えてくれない? すまん、なんかフォルダのログから完全に度忘れしちまってさ」
あいつはしばらくの間、静まり返った。その顔面のグラフィックに、何とも言えない複雑な演算(表情)が走りやがった。
「……私を奴隷としてシステムから切り捨てた(捨て去った)あの親どもがさ、勝手に初期登録していったあの名前でさ、これから先、有象無象の連中から呼ばれるのだけは絶対に嫌なんだよね」あいつはゆっくりと言い放った。そのセリフの持つ重量を考慮すればね、驚くほどブレのない、安定したトーン(仕様)だったさ。
なるほど。一理ある。 More than fair (ぐうの音も出ねえわ)。
「ねえ。代わりに、あんたの側から新しい名前(真名)を私にインポートしてくれない?」あいつは問いかけてきた。
俺はぱちくりと瞳のセンサーを瞬かせた。「新しい名前、だと? てめえ、今マジな本心のコマンド(本気)でそれを口にしてんのか?」
「うん、100%リアルに大真面目よ」
うわ。あいつ、デッド真面目(大真面目)だわ。
≪報告。この世界のシステムマニュアルにおいて、特定の個体に対して【名前】を付与する行為は、至って一般的な通常仕様に分類されます≫
【反意識】が、脳内で unprompted (勝手に)システム解説を流し込んできやがった。
じゃあ何かい、てめえ。俺はこれから、世界中の有象無象に対してお菓子を配り歩くようなのんきなタイパ(手軽さ)で、真名をバンバンばら撒け(ネーミングしろ)ってシステムなのか、おい。
≪解答。ジャッジは個体名:カイに一任(お前の自由)されています≫
てめえ、マジでこちらの交渉のヘルプ(お助け)になってないの、自分で分かっててその音声ログ吐き出してる?
それに対する、音声応答は皆無。完全なゼロ。
いつものあいつのお約束の習性だわ。自分のプロセッサで「これ以上、このザコな愚痴に割くべき演算メモリは無い」とジャッジした時にだけランされる、あの独特の静寂。
「よし、分かったよ」俺は生の口(音声データ)で出力し、アリアの姿に向き直った。「じゃあさ……俺はお前のこと、これから一体なんて真名でマークすればいいんだよ」
俺は、その場に必要な秒数を遥かに上限オーバーして、脳内データベース(思考)をフル回転させて思案した。――発音の波長、シラブルの組み合わせ、あいつのスペックに完璧に完全同期し、かつ、これからの長いタイムラインにおいて、あいつが二度と重苦しいデバフ(十字架)として背負い続けなくて済むような、そんな最高の文字列。
「――よし、決まりだ」俺はついに、新規ファイル(名前)を確定させた。「【エリス( Eris )】だ」
「エリス……」あいつはその真名の形状を自らの生の口で復唱し、肉体センサーでその馴染み方をテスト(検証)しやがった。「いいじゃん、最高。……で、それ一体何の司り(意味)があるの?」
「ここから遥か遠く離れた、別の世界の古い神話(過去ログ)のデータによるとさ……その『エリス』って文字列はね、システム上じゃ【闘争( strife )】だとか【紛争( conflict )】って意味に強制変換(翻訳)されるんだわ。お前がさ、これまでの過酷な死にゲー(地獄)をすべて生き延びて、今この座標に五体満足で直立不動(生存)できてるその不屈のスペック(境遇)にはね、これ以上ない完璧なお似合いの仕様(真名)だろ?」
「エリス」あいつはもう一度、その文字列を出力(発音)しやがった。今回の音声データの波動はね、さっきまでの冷酷なトーンに比べて、目に見えて大幅に温かいエフェクト(グラフィック)を帯びていやがった。
人生のタイムラインにおいてね、おそらく初めて、他人の都合のいい偽造データ( edited )なんかじゃねえ、正真正銘の「自分だけの固有アイテム(我が名)」をこの両手のひらにガッチリと掴み取ってインポート(クリア)できたのだと、その瞳のセンサーが全霊でジャッジしているかのような、そんな満面の笑顔。
「いいじゃん、最高。……で、その『ギリシャ( Greek )』って、どこの国の名前よ?」
「あー、そこは完全スルー(気にするな)でいいわ」俺は両手をパタパタと挙げて、その質問の術式をカモフラージュした。
「話せば長くなる、特大ボリュームの機密ログだからさ。また別のタイムライン(夜)にでも、気が向いたらな」
◇
その瞬間のタイムラインにおいてはね、俺の索敵知覚レーダーは、何の異常値も検知しちゃいなかったんだ。――ただの一人の少女が、新しい真名(初期アカウント)の使い心地を確かめるために、手のひらの上の小さな宝石でも弄ぶかのようにのんきに笑みを浮かべている、ただそれだけのありふれた仕様(日常)。
だが――ほんの一呼吸、わずかコンマ数秒(一刹那)の後の出来事だった。
俺の肉体センサー(直感)が、それを全霊で感知しやがったんだ。
――どォォォンッ!! と、それはね。
これまでの人生のデータベースのどこを探しても一度として視認したことのない、完全未知の【魔力大爆発】。
アリア――いいや、エリスの肉体の中心核から、世界のグリッドの彼方へと向かって、圧倒的な波動が放射状に大爆発しやがったんだ。
わずか一呼吸前まで、こちらの測定器には「魔力保有量:ゼロ(無能のザコ)」とマッピングされていたはずのその座標からさ、隠しきれない本物の【オーラ(存在感)】が、マッハの速度で全画面に明滅し始めやがったんだわ。
エンカウントしていたエリス自身もね、自らの肉体システムに勃発しちまったそのバグ(異変)を全霊で感知しやがったさ。
その瞳のセンサーを限界まで見開き、自らの両手のひらを正面のグリッドへとガバッと掲げて、「おい待てよ、自分の手のグラフィック、何一つ変化してねえはずなのに、中身のスペックが完全に別物に上書き(アップデート)されてるんだけどッ!?」ってな表情で、ガタガタと肉体の軸を震わせやがったんだ。
「なっ……何、これ……!? 私の身体に、今一体どんな最悪なシステムバグ(イベント)がランされてるのよ……ッ!?」
≪――驚愕。本バグ事象(異変)は……世界の全データベース(魔導書)を検索しても、類似ログが塵一つとしてヒットしない、完全なる【前代未聞】のバグです≫
あの【反意識】のシステム音声が、脳内で駆動しやがった。
そして、あいつがこの世界で音声ログを出力し始めて以来初めて、その感情の出力を100%完全消去したはずの平坦なプロセッサ(トーン)の真下にね――人間のそれと完璧に完全同期するレベルの、本物の『驚愕』の残響が、激しく明滅しているのを俺は確かに通信知覚していたんだ。
前代未聞、だと……?
あいつがさ、自分の口からそんなお堅い絶対のNGワード(前代未聞)を、何の前振りもなしに出力(公式発表)してくるなんて、システム上よっぽどのバグ(大災害)だぞこれ。
(おい、てめえ。前代未聞って、一体どういう戦術演算(意味)だよ、説明しやがれ)
俺は生の口を動かすことなく、脳内回線で猛烈にプロンプト(開示要求)を連打した。
目の前ではね、エリスの肉体から放たれ始めた、あの新規の、未だ出力が細く引き絞られた微弱なオーラの潮流がさ――最初はお約束の金色の通常魔力の輝きを明滅させていたというのに。――次の瞬間にはね、この世界のいかなる魔導マニュアル(世界の理)を以てしても、天地がひっくり返ったって100%有り得んレベルの、全く別の異質な【真名(仕様変更)】へと、ドロドロと変質し始めやがったんだわ。
≪――解答。世界のいかなる歴史のタイムライン(過去ログ)をクロスチェックしてもさ、ただの一文字の『名前』を付与されたという、ただそれだけの初期コマンド(フラグ)をトリガーにして、一個の普通の脆弱な人間の個体がさ、世界の理を置き去りにした高位の【反魔力】へと完全覚醒を完了させた、なんていうバグ履歴は、地球がひっくり返ったって一文字も実在してねえんだよッ! こんな異常システム(エラー)、この世界の全歴史のハードディスクのどこを探したって、一度として発生した形跡(クリア履歴)はねえわ! ――今、この瞬間を迎えるまでは、なぁッ!!≫
俺はね、真っ直ぐにエリスの姿を凝視した。
これまで潜り抜けてきたすべての死にゲー(過酷な境遇)の重負荷デバフを考慮すればね、驚くほどまともなスペックでその場にしっかりと直立不動(自立)し、肉体の外縁部にさ、本来なら現存する五大魔王の最上級ステージに達していなきゃ天地がひっくり返ったって実装(実在)されるはずのない、あの禍々しい【反魔力オーラ】のグラフィックを、バチバチと激しくサージ(明滅)させ始めていやがる、一人の少女の姿を。
奴はさ、わずか一分前(一分前)の段階じゃ、ただの無能のザコ(普通の人間)だったんだ。
そこに、この俺という一個の異常個体がさ、あいつの人生フォルダの中にただの一個の「人間としての最低限の尊厳(我が名)」をバックペイ(一括返済)してやりたいっていう、ただそれだけの嘘偽りのない100%大真面目な本心だけで、真名をシステム付与してやった。それ以上の余計なハメ技を仕込もうなんて、俺のプロセッサだって最初からハナから一文字だって画策(ミリとも思って)してなかったんだわ。
(……おいおい。マジかよ。冗談だろ、てめえ)
俺は知らなかった。俺のポリシー(本能)に誓って、名前一個をインポート(ネーミング)しただけで、世界の内部構造がこれほどまでに理不尽に書き換えられちまう(エラーを起こす)なんてこと、最初から一文字の仕様だって知る由もなかったんだわ。
どうやら俺はね、自らのプロセッサがそれを本意としようが拒絶しようがさ。
この今度の世界(異世界)を統べるすべての歯車、すべての絶対法則のあり方そのものを、ただの思いつきの一手だけで、根底から劇的に【上書き更新(システム破壊)】しちまったようだったな、マジで――。
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俺はエリスが街のフィールドから帰還するよりも前のタイムラインにおいて、すでに【魔導創造】のスキルを駆動させ、我が家の大規模な拡張工事を完了させていた。――新規の追加フロア(余分な部屋)、まともな容量の格納インベントリ(収納スペース)。これだけの居住空間オブジェクトがあればさ、二人の個体が同じテリトリー内で移動するたびに、お互いのセンチ数(間合い)を誤って足をもつれ合わせる(躓く)ようなシステムエラー(バグ)は、天地がひっくり返っても起きねえからな。
だが、還ってきたあいつの手元に収められていたリソース(物資)の総量はね、俺が当初想定していた数値を大幅に下回る、最高に拍子抜けするほどに引き算(減衰)されたものだった。
衣服、ただそれだけ。
「……一体何があったんだ、てめえ」
俺は、本来なら数個のバッグ(袋)を担いで帰還するはずのあいつが、たった一つの寂しいバッグを地面にコトリと置くのをウォッチしながら尋ねた。
「……なんかさ、教会の騎士どもにさ、手持ちのコイン(全財産)のいくらかを力ずくでちょろまかされ(奪われ)ちゃってさ」エリスは、こちらの瞳のセンサー(目)と視線同期させるのを気まずそうに避けながら、ボソリと言い放った。まるで、そのリソース損失のヘイトが、自分に向かって大爆発(激怒)してくるんじゃないかと本気でジャッジして身構えているかのように。
【神殿・教会】。
その真名(単語)が脳内プロセッサにインポートされた瞬間、俺の顔面グラフィック(表情)はね、一瞬にして、極限まで意図的に冷酷な『完全虚無』へと切り替わっちまってたんだわ。
「教会、ねぇ……。てめえ、今そう言ったな」
俺の口元に、じはじわと、不敵で愉しげな笑み(グラフィック)が浮かび上がる。
「――へぇ、最高に面白いじゃない」俺はその不穏な文字列を一呼吸の間、その空間のメモリにハイド(保留)させてから、言葉の術式を継続した。「でさ……そのお堅い教会の騎士どもが、お前の手元から路銀を引き算しやがった、と。100%の確定データ(間違いなし)だな?」
「うん、その通りよ」
「……あいつらの兵力スペック(詳細)を開示しやがれ」
「見た目的にはね、ただの通常のレギュラー騎士(ザコ騎士)のカテゴリだったわ」アリア――いいや、エリスは言った。
「最高の最大スペックを保有してるあの【聖騎士】なんかじゃねえよ。あいつら本物の化物どもはさ、私の知る限りのマニュアルじゃ、国家滅亡クラスの『特大緊急事態』のタイムラインでも勃発しない限りはね、絶対に外のフィールドにはログイン(姿を現容)してこないシステムだからさ。――ぶっちゃけ、途中で一人の『女の有象無象(通りすがりの女)』が間合いをカットインしてきてさ、あいつらのカツアゲ(略奪)を力ずくで強制終了してくれなきゃさ、俺、今頃100%全財産をロストして、完全な初期装備(手ぶら)の状態でここに還ってくる羽目になってたわよ、マジで」
一人の、女、ねぇ。ああん?
「もしかしたらさ……あの寂れた集落の宿屋に居合わせた、あの例の女(謎の女)の可能性フラグがあるな」
俺は、その不確定要素(仮説)を、特に強い確信もないまま脳内のブラックボックスの最深部へとボソリとファイリング(隠蔽)した。
「……てめえ、あの教会の聖騎士どもはね、特大緊急事態のフラグが立っちまわなきゃ、絶対にアクティブ化(出現)しないシステムになってるって言ったな。奴らがサーバーから呼び出される初期設定条件(条件)は、マジでその一点のみ(オンリー)なのか?」
「私の保持してる情報マニュアル(知識)の範囲内じゃさ、うん、100%それだけだわ」
奴の音声ログ(アンサー)を確認した瞬間、俺の顔面のグラフィックはね、再びいつもの琥珀色ののんきな温かみ( pleasant )の通常運転へとリセット完了した。さっきまで肉体の表面のすぐ真下の領域で、ミリ単位で鋭く研ぎ澄まされかけていたあの剥き出しの殺意の残響がね、スッと煙のように完全消去されたんだ。
(……あの教会がさ、過去のタイムラインにおいて、あいつ(カイ)に対して一体どんな致命的なバグ(酷いこと)をやらかしたのか……。あいつ、今そのことについて脳内プロセッサをフル回転させてアナライズ(推測)してる最中なんだろうな)
エリスの側の知覚レーダーがね、こちらの顔面のグラフィック(モードシフト)をじっとウォッチしながら、そんな文字列(思考)をバックグラウンドで走らせているのが丸見えだったけれどな。だが、あいつは野暮な過剰詮索を仕掛けてこなかったさ。
「――とっとと、肉体システム(からだ)の洗浄ミッション(お風呂)をクリアしにいけよ」俺は代わりに、そう言ってあいつの背中を押してやった。
「その新しくデポジット(購入)した衣服を装備しな。お前は今日、そのクリア報酬(休息)を受け取るだけのタスク(長旅)を、十分にこなしてきたんだからな」
「……ねえ、カイ。あんたはこれから、どこのフィールドへ移動する気よ?」俺が正面城門の方へと肉体の軸を向けた瞬間、エリスが不思議そうに問いかけてきた。
「ちょっとさ……索敵レーダー(境界線の状況)のバグチェック(確認)に行ってくるわ」
◇
当時の俺はね、自らの【反魔力オーラ(存在感)】を完璧に100%体内へと隠蔽する精密制御を完全に習得していたんだ。――まぁ、これから俺が実行しようとしていた、ある高度な戦術テスト(検証)の負荷を考慮すればさ、それは最高にありがたい初期セーフティ(恩恵)だったんだけどな。
(東の聖教会( Eastern Holy Church )ねぇ……。てめえ、あの女の口から吐き出されたその真名(所属カテゴリ)、100%の確定データ(間違いなし)だとジャッジしていいんだな?)
俺は我が家を前進する直前、脳内のハードディスクへと、その重要機密を問いかけた。
≪肯定。対象の記憶ログ(アリアの発言)をクロスチェックした結果、その宗教組織(教会)の識別名である確率が【99.8%】の超高位の数値で算出されます≫
俺はその不快な演算結果(現実)を脳内で何度も何度もリプレイしながら、未開の街道を歩み続けた。
≪提案。個体名:カイ。これより該当の集落の境界線へと足を踏み入れる(ログインする)にあたり、固有スキル――【擬態皮膚】のラン(駆動)を推奨します≫
あの【反意識】のシステム音声が、脳内で通信しやがった。
(ああん? 何だよ、その擬態皮膚って? 一体どんな属性のチート能力だ)
≪解答。本スキルは、高位の【隠密・偽装コマンド】に分類されます。本システムをランさせることで、世界のいかなる有象無象の肉体グラフィック(外見)、あるいは今その場で適当に捏造(新規クリエイト)した架空のアカウント情報を、自らの肉体に完璧に完全同期して上書き更新することが可能です。――本プロトコルが常時ラン(アクティブ化)している間はね、あなたの保有している本物の【固有真名(個体名:カイのスペック)】は、外の世界のいかなる有象無象の索敵知覚レーダー(ウォッチ)に対しても、システム上完璧に『実在しない無』として処理されます。リセット( deactive )のコマンドを発行するまではね、塵一つのログすら引っかかりません。――なお、本コマンドの発行に要求されるインターバルのコストは【一日一回】の制限仕様となっています≫
(……てめえ。そんな最高峰のハイド能力(神チート)を保有してるならさ。俺がエリスのやつを、たった一人きりで、初期装備のままあの不気味な街へ無断ログイン(完全無防備で歩かせる)させる、そのタイムラインよりもずっと前の段階でさ……何故一文字のアラート(通知)すら流さなかったんだよ、おい)
それに対する、音声応答は皆無。完全なゼロ。
いつものあいつのお約束の習性だわ。自分のプロセッサで「これ以上、このザコな愚痴に割くべき演算メモリは無い」とジャッジした時にだけ自動で作動する、あの独特の静寂。
「――まぁ、終わっちまったタイムライン(過去のログ)を今更四の五の言っても メリット(意味)はねえか」
俺はそうボソリと呟き、脳内でその固有スキルの発動コマンド(イグニッション)をランさせた。
◇
俺がその街のフィールドへログインした際のグラフィックはさ――【リーブ( Roge )】という名の、どこにでもいる、ありふれた、何から何まで至って平均的な有象無象の姿だった。世界のいかなる索敵センサーを持った奴が相手であってもね、二度見する価値すら一文字も登録されていない、そんな完璧なモブフェイスだ。
俺はそのモブ姿のカモフラージュを維持したまま、丸一時間(一時間)という多大なスパンを費やして、街の全グリッドを網羅巡回し、あの教会のザコ騎士どもの気配をトラッキングし続けたんだ。だがな……何一つとして索敵に引っかからなかった(ヒットしなかった)んだわ。
そして最終的にはさ、あまりの虚無期間(退屈さ)に脳のメモリを割くのが馬鹿馬鹿しくなって、その間引きタスク(追跡)を完全スルー(断念)してやったさ。これ以上、このザコどものために移動コスト(スタミナ)を浪費し続ける メリット(価値)なんて、最初から端から無いからな。
俺はね、本来ならエリスのやつが手元にデポジットしてくるはずだった、あの本物の特級の『食材調味料』の数々を、自らのインベントリへとカチリと一括購入して詰め込んだ。
過去一年半(一年半)もの長い長〜いスパンにわたってさ、食材本来の保有する最大スペックの数パーセント未満に引き算されたような、あのクソ料理(飯)を攻略させられ続けてきたんだ。ついに、この両手のひらに本物の調味料がインポートされたわけだからな。これで俺の自炊クオリティの最新アップデートは約束されたわけだわ。
その買い出しミッションを完了し、我が家へと進路を戻している、まさにその街道( walk home )の途中の出来事だった。――未開の森林フィールドの境界線をマッハの速度で通過(前進)していたその瞬間。
俺の索敵知覚レーダーがね、わざわざ迂回ルート( detour )を選択してでも、その座標へとエンカウントしに行くに十分すぎる価値のある、とんでもない重要機密フラグ(異変)を、的確にキャッチしやがったんだ――。




