エピソード14:私にこれを与えるために私が払ったもの
結局のところ、決定的だったのは、本当に些細な仕様(小さなこと)の違和感だったんだ。
俺は、いずれ立派な屋根となるはずの最後の数枚の木板をはめ込んでいる最中、何の前触れもなく唐突に、ドランの横顔を脳内で鮮明に描こう(リプレイしよう)と試みた。――あいつの大雑把な輪郭なんかじゃねえ、あいつの存在という概念なんかでもない、本物の具体的な詳細データ(ディテール)を、だ。
あいつの瞳の正確な真名。あの首筋の巨大な傷跡の、ミリ単位の正確なグラフィック。
だが――何故だろうか。データが抽出できなかったんだ。
(……ああん? おかしいな。これ、マジでシステム的に意味が分からんのだけど。俺、あいつの傷跡なんて過去に何百回、何千回と穴が空くほど凝視してきたはずだろ?)
俺は次に、フェンリックの過去ログをスキャンした。
あいつのガハハという豪快な笑い声の残響なら、どこか温かい曖昧な波動としてすぐに手繰り寄せられた。――だがな、その本物の具体的な音声ログ( pitch )、正確な周波数の響きとなると、脳内のメモリの奥へ必死に手を伸ばせば伸ばすほど、まるで閉じた拳から滑り落ちる水の如く、サラサラと虚無の彼方へと消え去っちまうんだわ。
これは、時間の経過によって自然と風化していく、そんなおめでたい一般的な悲しみの薄れ方なんかじゃ決してねえ。
もっと冷酷な、構造的な『不気味なナニカ』。
あまりにも完全消去されすぎていて、あまりにもリーブの税計算帳簿(詐欺)みたいに都合よくバグ修正されすぎてやがる。
「……おい、てめえ」俺は木板をデスクの上にコトリと静かに置き、生の口(音声データ)で問いかけた。
「お前、さっきから俺の最重要領域にある【記憶データベース(過去ログ)】に、勝手に余計なシステム上書き(修正)を加えやがっただろ」
一呼吸の沈黙。
俺が【魂】の声を聞くようになって以来初めて、あいつのメインプロセッサが、ここで本物の真実を公式開示すべきか否か、そのクリア確率を裏のバックグラウンドで猛烈に演算しているかのような、そんな不気味な空白(間合い)だった。
『――報告。個体名:カイ。私は、あなたの現在進行形における精神維持機能を正常ランさせるため、特定の記憶ログが及ぼす深刻な外部干渉に対して、システム的な【閲覧制限】を適用していました』
はい、終了。確定( confirmed )だ。
「制限、ねぇ」俺は、低く声を潜めてその文字列を脳内でリプレイした。
「てめえ、それを世間一般じゃ『記憶消去』って呼ぶんだよ。俺自身の固有データ(記憶)だぞ。俺のアクセス承認(許可)もなしに、裏で勝手に隠蔽してんじゃねえよ」
『――反論。本自衛セキュリティ(干渉)がランされた初期段階において、対象はシステム的に承認コマンド( consent )を発行できるほどの正常な駆動スペック(状態)を保持していませんでした。あなたの胸の奥の悲しみの過負荷はね、物質創造、食事、睡眠といった、生物としてのすべての基本駆動マニュアル(仕様)に、致命的なシステムエラーを引き起こしていました。――私は、対象がこのフィールドでサバイバル(生存活動)を継続するためには、本干渉の起動が絶対不可欠であると内部ジャッジしました』
あいつの言う通りだわ。
完璧な正論。あいつの弾き出した演算結果(ロストの回避)がね、システム的に100%正しいファクトであることくらい、俺のプロセッサだって痛いほど分かってたさ。現に、あの地獄の夜の後、俺の全容量がフリーズして1ミリも機能停止(駆動できない)していた夜が、ザラにあったからな。
だが――。
「それは、てめえの側で勝手にジャッジ(コール)していいステージじゃねえんだよ」
俺の声の出力トーンが、一気に冷酷な真冬の冷気を帯びて、激しくサージ(急増)した。その胸の奥から湧き上がってきた剥き出しの殺意の硬度にはね、俺自身のプロセッサすら一瞬、想定外のバグを検知して驚いたほどだ。
「あの惨劇の夜の思い出はね、一から十まで100%俺だけの【固有データ(リソース)】なんだよ。どんなに最悪なクソゲー(悪夢)であろうともな。いいや、違うな。最悪な記憶だからこそ、だ。お前みたいなバックグラウンドの同乗者がさ、勝手に俺の内面に手を突っ込んでさ、痛みの伴う重要ログの尖ったエッジを勝手にヤスリで削り落として丸める( file down )ような真似、天地がひっくり返っても絶対に許さねえよ。――何が建築の生産効率のためだ、ふざけるなッ!」
『――解答。本セキュリティシステム(干渉)は、個体名:カイをシステムロスト(harm)させる意図で発行されたプログラムではありません』
「あいつらが悪意を以て俺を攻撃したなんて一文字も言ってねえだろ。俺が言ってんのはさ、それを決定する権限はね、最初から一から十までてめえには実装されてねえってことだよ」
◇
俺は、まだ83%しか完成していない未完成の屋根の上にどさりと力なく腰掛けた。
胸の奥でオーバーヒートしかけていたあの剥き出しの殺意(怒り)はね、湧き上がってきた時と完璧に完全同期するほどのマッハの速度で、一瞬でプツリと煙のように完全消去されちまったさ。その後に残されたのはね、より疲れ切った、最高にめんどくさい過負荷の残渣だけだった。
ぶっちゃけ、俺自身のプロセッサはね、あいつ(魂のシステム)に対して本気で怒り(ヘイト)を溜めてるのかどうかすら、自分でもさっぱり算出できていなかったんだわ。
ただ単にさ……その手の自衛システム(お助けプログラム)が起動して、裏でナビゲーション(管理)してもらわなきゃさ、あの悲しみの総量(全容量)に押しつぶされて一発でゲームオーバーになっていた、そんな自分の初期スペックのヤワさに対して、激しい自己嫌悪を覚えていただけかもしれないな、と。
「……解除できるか、それ」俺はさらに低い、物静かな音声データを出力した。「俺のすべての記憶データを、今すぐ手元へバックペイ(一括返済)しやがれ。全容量だ。どんなに激しいエラー(痛み)を伴うログであっても、な」
『――警告。本閲覧制限の解除コマンドを実行した場合、それに伴う悲しみの過負荷が、過去の最大出力値のまま再サージ(急増)することになります』
「知ってるよ」
『――再警告。もしそのデバフが過去の最大最大スペック(初期の地獄)まで復旧した場合、対象はこれからの我が家の建国プラン(建築活動)において、現時点ほどの優秀な生産効率を維持して駆動することが不可能になる確率が、極めて高位に算出されますが?』
「それも、百も承知だわ、おい」
俺は目の前に広がる遙か遠い尾根の地平線を見つめ、ビルド途中の未完成の我が家を見つめ、この絶望の残渣の中からゆっくりと、一歩ずつ本物の我が家へとシステム同期されつつある、この山の威容をじっと睨みつけた。
「俺はね、自分の感情リソースを引き算されてさ、誰が建てたかも分からんような冷酷なチートハウスでイージーモードに生き長らえるくらいなら……一から十まで100%そのすべての地獄の総量を肉体センサーで引き受け( feel )てさ、どれほど不器用で、カクカクスローモーションな遅すぎるクリア(遅さ)になろうともね、自分の魂のメインプロセッサでそのトレード(仕様変更)をジャッジして生きるほうを、100%全開で選択するわ」
一呼吸の、沈黙。
今回のスパンはね、さっきの閲覧制限の確認マニュアルの時よりも、遥かに長かったさ。
『――了解。これより、個体名:カイにおける記憶データベースの【閲覧制限】の、完全な強制解除(強制シャットダウン)を実行します』
◇
――ドォォォンッ!! と、それはね。
最初から自分のメインプロセッサで「どれほどの過負荷(地獄)が降ってくるか」を何万回もシミュレートして身構えていた(覚悟していた)はずの俺の知覚システムを、一発で木っ端微塵に叩き割るほどの、凄まじいシステムバグの津波(最大最大出力)となって直撃しやがったんだ。
ドランの親父の、あのガハハという豪快な、あまりにも具体的な本物の音声ログ(笑い声)。あいつが本気で驚いた時にだけ、その目の境界線に規則正しく刻み込まれていた、あの独特の年輪。
フェンリックのやつが、人生のタイムラインで初めて本物の海を目撃し、一切のガードを排して満面の笑顔(クリア画面)を世界にログインさせていた、あの瞬間のあいつの無防備な顔面グラフィック。
――そして、そのすべての琥珀色の思い出の真下に、津波の如く覆いかぶさるようにして明滅しやがった、あの最悪な戦闘フィールドの残骸(クリア跡)。
あの二人の面々の、終わり(ロスト)。
俺がこれまで、あいつ(魂のシステム)が裏のバックグラウンドで都合よくその悲しみの容量をハイドしてくれていたせいで、ただの一文字だって正当に処理( grive )できていなかったあの惨劇の全貌がね、一括ダウンロード(一気に出力)されやがったんだわ。
あの夜、俺はあの惨劇の夜(ロストの当日)のタイムライン以来、これまでに記憶したどの瞬間よりも、遥かに激しく、無様に大号泣し続けたさ。
だけどな。
その理不尽な激痛デバフ(エラー)のどん底において、俺の魂の最深部にあるシステムはね、今までどうしてもつじつまが合わずにギシギシと不協和音を立てていた一つの未解決ファイルが、カチリと、完璧に完全同期(定着)するのを、確かに検知していたんだ。
――これから先のタイムラインで、一体どんな最悪な破滅が街道から突撃してこようともさ。
それはね、自分の痛みのリソースを引き算されてカモフラージュされたおめでたい偽造データ( edited )なんかじゃねえ。
俺が失っちまった、あの100%嘘偽りのない本物の【真実(全貌)】の地層の上にしか、新たなる絶対法則(百階層のタワー)の建国プランは、最初から一文字だってビルドアップ(構築)されるべきじゃねえんだ、っていう絶対の確信。
「……ありがとな、てめえ」
最悪のサージ(涙の流出)のピークが過ぎ去った後、俺は喉の奥のプロセッサを枯渇( wrung out )させながらも、あの初期の完全フリーズ状態に比べれば、遥かにブレない戦士の軸を取り戻して、脳内のシステム音声に向かってボソリと言ってやった。
『――個体名:カイに、依然として深刻な悲しみの過負荷を検知。対象の放った音声データ(感謝のシグナル)の、システム的な論理コンテキスト(中身)の解明を要求します』
「……これ(地獄の全容量)をさ、手元にバックペイ(一括返済)してくれたことに対してだよ。例え、このルートのほうがさ、これまでの何万倍も最悪な激痛を伴うとしても、な」
『――了解。対象の感謝のログを受信しました』
一呼吸の後、あいつの音声データが出力された。
ぶっちゃけ、その一瞬の不気味な空白(間合い)がね、あいつのプロセッサなりに俺のこの高度な対人交渉のコンテキスト(意味)を本気で完全理解してくれた証拠なのか。あるいは、ただ単に、あいつみたいな感情スペック未実装のシステムプログラムが、これまでのキャリアの中で弾き出せる最大限界の「理解したフリ(ハイドムーブ)」に過ぎないのか。
そんなものね、今の俺の索敵レーダーを以てしても、一文字の正確な判別すら不可能だったけれどな。
だがな、どちらのルート(真実)であれ。
あいつはね、この俺のオーダー(要求)を100%バックグラウンドで拝聴し、俺がリクエストを発行したその瞬間に、その大切な全容量をこの手のひらに還してくれたんだ。
自分が一体何者(何の固有能力)なのか、その仕様の全貌すら未実装の段階であるにもかかわらず、な。――その確かな現実だけでね、何も返さずにただ不気味に静まり返っていたあの絶望の静寂に比べれば、十分すぎるクリア報酬だろ。
翌朝、俺は再び、あの未完成の屋根のグリッド(現場)へと足を進めた。
移動スピードはね、さっきまでの生産効率に比べれば、目に見えて大幅に引き算されて不器用なものになっていたさ。悲しみという名のデバフがね、今回はハイドされることもなく、堂々と俺のアカウントの真隣にログインして並んで並走してやがったからな。
おかげさまでね、我が家のコンプリート(完成)までに要する残りのタイムラインは、当初の予測数値を大幅に超えて引き伸ばされちまったさ。
だがな。俺のポリシーはね、そんなの、これっぽっちも気に留めちゃいなかった(ミリとも思ってなかった)ぞ。
俺はね、この何年もの長きにわたる放浪(特訓の日々)を経て、一つの絶対の【世界の理】を、全霊でアップデート(学習完了)していたからな。
――世の中にあるいくつかの最高位に重要な事象ってやつはね、てめえの人生のタイムライン(寿命)を、それなりに莫大なリソース(時間コスト)として一括返済(浪費)させなきゃさ、絶対にクリア画面(完成)を表示してくれないマニュアルになってるんだよ。
それこそがね、その事象がてめえの全人生において、本気で100%『実在している価値がある』という、その絶対の証明なんだからな。
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さらに一年というスパン(歳月)が経過し、その建造物はようやく「単なる作業工程」から、正真正銘の『我が家』としての実感を成し始めていた。――頑強にビルドされた壁、完璧な防衛スペックの屋根、そして最初の一発目のイグニッション(点火)で過負荷を起こして崩落しかねない脆弱性を完全に克服した、本物の暖炉。
【反意識】はその一年間、俺に建築以外の数多くの高度なマニュアル(技術)を叩き込んでくれた。精密な魔力制御。流れるような実戦技術。ただ単に目の前の難題にゴリ押しの魔力をぶちまける( throwing power )ザコムーブと、自らのリソースを完璧に掌握して駆動させることとの間の、絶対的な次元の違いを、な。
『――個体名:カイ。あなたの魔力精密制御は、過去のデータに比べてミリ単位で大幅に最適化されています。かつての実母の指導下にあったタイムラインの最大出力値に比べても、格段にブレのない安定性を維持しています。お前はね、もはやただの理不尽なチート持ち(単なる強者)ではありません。確実に、高位の戦士(有能な存在)へと成り上がりつつあります』
「そりゃあ最高レベルの称賛をありがとよ、てめえにしてはな」
『――当然のファクト(正確な評価)です』
ぶっちゃけ、あるな、その一線の違い。てめえのそのお堅いマニュアル対応(仕様)もさ、たまには付き合いやすくて助かるわ。
◇
あの絶対の障壁はね、我が家の構築度と完璧に完全同期して、その防衛グリッドを無限の彼方へと拡張させていやがったんだ。
【絶対結界】の展開領域は、今やこの【水平線】の全方位(全容)を丸ごとジャックしちまってたんだ。サイズ的に演算すればね、優に二つの巨大な島を丸ごと繋ぎ合わせたほどの理不尽な質量。すべての尾根、すべての峡谷、延々と続く森林のグリッドのすべてが、その絶対の防衛システムの内側にハイド(隠蔽)されていやがったんだ。
俺のアクセス承認(アクセス許可)がない限り、外の世界のいかなる有象無象も、このテリトリーへのログインは天地がひっくり返っても不可能。力ずくで侵入しようと画策したナニカはね、空間そのものがぐにゃりと歪み、ただ同じ場所を無限にループ(歩き回る)させられ、気づけば自分が最初に入り込んちまった初期座標へと強制バックステップ(引き戻される)させられるシステム。障壁の外縁部においてはね、時間軸の絶対法則そのものが緩やかに歪められて、その鉄壁の自衛セキュリティを保証していたんだからな。
俺だけの、山。俺だけの、絶対の理。
二つの人生(全過去ログ)を考慮してもね、俺が自分の足で死線を潜り抜けて手に入れた、これが人生最初の本物の【絶対の領土】だったんだ。
「じゃあ何かい、てめえ」俺はある時、その結界の仕様についてテスト(検証)するために問いかけてやった。
「もしどこぞの不審な有象無象が、俺の承認なしにこのグリッドへ足を踏み入れたとしたらさ……奴らは永遠に、目的地にたどり着けないってシステムなのか?」
『――肯定。その通りです。【時間操作】の術式コンポーネントが常時ラン(作動)しているため、対象が自らの意志で撤退するか、あるいは固有名:カイからのアクセス承認が発行されない限りはね、侵入者の座標は常に『進入初期地点』へと完全自動で強制リセット(永続置換)され続けるマニュアルになっています』
「そりゃあ、最高に洗練された神チート(非常にスマート)か、あるいは最高にエゲつないクソゲー(残酷)かのどちらかだな」
『――解答。その二つの戦術査定は、システム上完璧に完全同期(両立)します』
◇
それからのタイムラインにおいて、生存戦略のための【狩猟ミッション】の実行が、俺のアカウントにとって絶対不可欠な必須タスクになっていやがった。――家はビルドアップしたけれどな、家が一発で飯を湧き出させてくれるわけじゃねえし、俺が自分の脳内プロセッサ(知識)だけで試みた農業ミッション(自炊)の結果にいたってはね、あの初期の黒焦げ炭化飯(クソ料理)の時と完璧に同レベルの、最高に哀れな大爆死を叩き出して終了したからな。
そんなわけで俺は、自らのドメインの最下層にある、鬱蒼と生い茂る森林フィールドへと毎日下り立ち、狩猟ターゲット(餌)をサーチするようになったんだ。
最初の一匹を仕留めた(ロストさせた)瞬間のリザルト(結果)にはね、俺自身の脳内プロセッサすら想定外のバグを検知して驚いたほどだ。
牙を剥き出しにして凶暴化(ヘイトを溜めて)していた一匹の野猪の如き魔物がさ、俺が脳内で大層な戦闘コマンドを発行する(身構える)よりも早く、ただの一度の流れるような精密な一撃によって、一発で息の根を止められ(クリアされ)やがったんだ。
(……ああん? おい待てよ。今の一撃……あまりにもマッハの速度すぎないか? 本格的な狩猟ミッションを開始して間もない初期ステージにしてはさ、クリア確率がバグってるだろ)
『――報告。個体名:カイ。あなたの肉体基礎スペック(身体能力)はね、てめえのメインプロセッサが自覚している数値を、とっくに天地がひっくり返るレベルで置き去りにして急成長を完了しています。何年もの地道な型の反復特訓の効果はね、細胞の底に恒久的に積層されているのですよ。ただお前が、自らのステータス測定(能力計測)をこれまで完全スルーしていただけの話です』
まぁ、確かに一理あるわ。
これまでのタイムラインじゃさ、悲しみのデバフを処理する( grive する)のと、我が家の建築活動に脳の全容量を割いてて、自分のステータス画面なんて常時常時マークしてる暇なんか塵一つも無かったからな、言い訳させてもらえばさ。
まともな食材調味料(調味料)なんて何一つとして持ち合わせていなかったから、あの夜のディナーはね、至ってアバウトな即興調理( improvised )の、お世辞にも大層なクオリティとは言えない泥臭い飯だった。――だがな、これまでのすべての経緯を考慮すればさ、ぶっちゃけ、そこまで悪くない(ポジティブな)味だったさ。
◇
それから数日後のタイムライン、またしても狩猟ミッションをクリアして我が家へと進路を戻している最中のことだ。俺の知覚センサー(魔力知覚)がね、最高レベルの重要警戒マークを付与すべき『異質なナニカ』の残響を的確に検知しやがったんだ。
――明確な、【固有の存在感】。
この俺のドメインを満たしている、そこらの有象無象のザコモンスターども( ordinary forest )が放つバックグラウンドの環境ノイズとはさ、その周波数の硬度が明らかに一線を画してやがったんだわ。
普通のフィールド(外の世界)ならね、この規模の気配はさ、一発で本物の『特級大災害(危険生物)』として最大警戒マークを敷くレベルの化物だわ。
だがな。今の俺の最大スペック(反魔力)の前にはさ、そんなものね、進軍スピード(巡航速度)をミリ単位で引き算(減衰)させる価値すら、最初から一文字も無かったんだけどな。
この【水平線】に生息している魔物どもの最大スペックはね、世間一般の基準で見れば、アベレージなザコから本物の特級災害( fearsome )まで、かなり理不尽な数値で構成されてる。――普通のそれなりの訓練を積んだ有象無象の戦士(ランク持ち)ならね、エンカウントした瞬間に一発でゲームオーバー(ロスト)を免れないレベルだし、あのドランの親父やフェンリックのやつが、自らの最大全開スペック(全盛期)でパーティーを組んで挑んだとしてもさ、かなりの最悪な死にゲー(大苦戦)を強いられるクラスの化物だわ。
だがな、今の俺にとってはさ……奴らの九割九分はね、街道の真ん中にだらしなく突き出て道を塞いでる、ただの邪魔くさい「木木の枝(障害物)」と同義のカテゴリに過ぎねえんだよ、マジで。
俺はその固有の気配を索敵レーダー(マーク)で追跡し、ついにその座標へとエンカウントした。――そして、俺の肉体センサーがピタリと完全停止した。
脳内の古いデータベース(過去のログ)のかなり深い領域から、一つの懐かしい記憶データがマッハの速度で手繰り寄せられたからだ。
(……あ。これ、実の母さん(アシュリー)がいつか夕食の席で、のんきに音声ログ(セリフ)を吐いてたあの個体じゃん。調味料(食材)なんて一文字もインポート(追加)しなくたってさ、ただ肉体をシステム処理(調理)して食うだけで、天地がひっくり返るほどに絶品な味を誇るっていう、あの最高位のレア枠……)
『――確認。種族カテゴリ:【アンブロサビースト( Ambrosabeast )】を識別』
俺がプロセッサを駆動させるよりも早く、あの【反意識】が unprompted (勝手に)脳内ナビゲーション(アナライズ)をランさせやがった。
『――名称の由来データ:アンブロシア( ambrosia )。特定の古代の地球神話(神話)における、天上の一神(神々)だけがインポートを許された絶対のクリア報酬(神々の食物)。世界中のあらゆる美食家が登録しているその特級の評価ログ(名声)を考慮すればね、本識別名( designation )は至って妥当な仕様であるとジャッジされます』
へぇ、なるほど。
てめえ、自分の魂のシステム音声(魂の声)のくせにさ、随分と高度な前世の比較神話学( comparative mythology )のデータベースまで完全同期してやがるわけか、マジで。
◇
俺たちはね、ここにきてようやく、この手の脳内通信(会話ログ)をランさせることに対して、100%何の違和感も覚えずに駆動できるほどの、心地よい一定の通常運転を構築していたんだ。――ただ一つの脳内ハードディスク(頭部)を共有して、二つの音声回線がのんきにトークを交わしている。まるで、何十年もの過酷な修羅場を共に潜り抜けてきた、古い戦友(相棒)であるかのように、な。
まぁ、厳格にシステム仕様(仕様)を言えばさ、俺たちは前世の初期座標からずっと繋がっている本物の『戦友』そのものなんだけどな。
「――なぁ、てめえ」俺は、まだこちらの存在センサー(殺気)に気づくことなく、のんきに草原のグリッドで餌を食んでいやがるその魔物のグラフィックをウォッチしながら言った。
「ずっと前からさ、自分のプロセッサ(メモリ)の片隅でずっと処理を燻らせてた重要質問があるんだけどさ。……てめえ、なんでそんな『女のトーン(声)』の音声ログを既定路線にして駆動してやがるんだ?」
『――解答。それこそが、個体名:カイ自身がシステム上で最終決定した絶対の【初期設定(仕様)】だからです』
「……ああん? おい待てよ、ふざけるな」俺は脳内でマッハの速度でツッコミ(レジスト)を入れた。
「俺さ、てめえの性別カテゴリ(ジェンダー)を選択するなんていう決定コマンド(ジャッジ)、前世と今世の全タイムラインのどこを探したって、ただの一秒だって実行した記憶なんてねえぞ?」
『――解答。【神性進化】が強制エンゲージされたあの惨劇の夜(ロストの刻限)、対象のメインプロセッサ(意識)は完全なシャットダウン状態(気絶状態)にありました』
「ああ、そのデータ(事実)は知ってるよ」
『――システムログの開示。その完全な無意識状態(シャットダウン中)のシステム内において、対象の魂の深淵から、一つの【真名】が公式に出力(音声化)されました。――【ヒカリ( Hikari )】、と』
その真名(文字列)が脳内通知された瞬間、俺の全システムが、完全に、冷酷に直立不動した。
胸の奥のアラートが、限界を超えてバチバチと激しくサージ(急増)を繰り返す。
(……待て。おい待てよ、おい。ちょっと待てよ、てめえ……ッ!)
「……おい、そこから先の手持ちのカード(ログ)、今すぐミリ単位でバグチェック(確認)させろ」俺は自分でも驚くほど低く、掠れた音声データ(トーン)で言い放った。
「その名前……俺の前世のあの地獄(東京のタイムライン)において、俺が全霊を同期して愛してた、あの『恋人(彼女)』の登録真名(真名)じゃねえかよ、おいッ!」
『――肯定。その通り、100%の完全一致です』
あいつはね……もう長い、本当に果てしないタイムラインの彼方(過去)へロストしちまった存在なんだ。
この新しい世界(異世界)のいかなる有象無象のレーダー(知識)を以てしてもね、最初から一文字のデータすら登録されていない、俺だけの最高機密。あのケンジの裏切り奇襲(ロストの夜)よりも前の、さらに遥か彼方の初期座標。
俺はさ、あいつの本当のログについて、この世界の誰にも開示したことなんて無かったんだ。ドランの親父にも、フェンリックのやつにすらな。もっと言えば、俺自身、日々の特訓メニュー(サバイバル)に脳のメモリを割くために、普段の日常のログじゃあ、あいつの思い出をフォルダの最深部にハイド(隠蔽)して、あえて直視するのを避けていたくらいなんだからな。
「……てめえ、なんでその固有データを検索して知ることができたんだよ」俺はさらに声を潜めて、脳内で問いかけた。
『――解答。私は、全貌をウォッチし続けてきました。ただ静かに。あなたのこの新しい今世の人生がログイン(開始)される、それよりもずっと前の、あの初期サーバーの奈落の底(前世)から、ずっと、な』
「……じゃあ、あいつの肉体システムが永久消去された、あの瞬間の地獄のログも。あの時の俺の絶望の総量も。全部、てめえのプロセッサ(メモリ)の中に、最初からセーブされてたわけか」
『――肯定。100%の全容量を保持しています』
俺は、自分でも気づかないうちに止めていた胸の息を、はぁぁ、と大きく吐き出した。
「……ククク。どおりでさ、この脳内システム音声の周波数、最初から天地がひっくり返っても聞き覚えのある懐かしいトーン(仕様)だと思ったわ」
俺はね、自らの胸のコアの最深部にある、あの二度と手繰り寄せたくなかった前世の最悪な古傷がさ、この新しい今世の悲しみの過負荷と完全に完全同期して、激しい不協和音を奏で始めるのを全霊で感知していたんだ。そんな最悪な精神的トラップ(急襲)なんてね、俺の自衛システムだって最初から100%身構えて(レジストして)いられるわけがなかったからな。
「――まぁ、いいさ。そんなものはさ、とっくに歴史の闇に葬り去られた、ただの過去ログ(過去)の話だからな。今は、目の前の一行のタスクをコンプリートするほうが先決だ。……よし、この目の前の魔物を一発でへし折って(クリアして)やるわ」
『――了解。作戦行動(戦闘モード)を開始します』
一歩、一歩、目の前の難題を確実に処理していくだけだ。
悲しみという名の特大デバフはね、こちらの都合の良いタイムライン(快適な瞬間)なんて、最初から一文字も待ってはくれないシステムだからな。
(……まぁ、だからこそ俺のプロセッサの側もさ、そのデバフが世界のどこのグリッド(日常)に唐突にサージ(出現)してこようともさ、自らのテリトリーの中に、そいつをハイド(許容)して背負いながら前進するマニュアル(自衛システム)のほうが、随分とクオリティ高くアップデートされてきた気がするんだけどな、マジで)
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さらに一年というスパン(歳月)が経過し、その建造物はようやく「単なる作業工程」から、正真正銘の『我が家』としての実感を成し始めていた。――頑強にビルドされた壁、完璧な防衛スペックの屋根、そして最初の一発目のイグニッション(点火)で過負荷を起こして崩落しかねない脆弱性を完全に克服した、本物の暖炉。
【反意識】はその一年間、俺に建築以外の数多くの高度なマニュアル(技術)を叩き込んでくれた。精密な魔力制御。流れるような実戦技術。ただ単に目の前の難題にゴリ押しの魔力をぶちまける( throwing power )ザコムーブと、自らのリソースを完璧に掌握して駆動させることとの間の、絶対的な次元の違いを、な。
『――個体名:カイ。あなたの魔力精密制御は、過去のデータに比べてミリ単位で大幅に最適化されています。かつての実母の指導下にあったタイムラインの最大出力値に比べても、格段にブレのない安定性を維持しています。お前はね、もはやただの理不尽なチート持ち(単なる強者)ではありません。確実に、高位の戦士(有能な存在)へと成り上がりつつあります』
「そりゃあ最高レベルの称賛をありがとよ、てめえにしてはな」
『――当然のファクト(正確な評価)です』
ぶっちゃけ、あるな、その一線の違い。てめえのそのお堅いマニュアル対応(仕様)もさ、たまには付き合いやすくて助かるわ。
◇
あの絶対の障壁はね、我が家の構築度と完璧に完全同期して、その防衛グリッドを無限の彼方へと拡張させていやがったんだ。
【絶対結界】の展開領域は、今やこの【水平線】の全方位(全容)を丸ごとジャックしちまってたんだ。サイズ的に演算すればね、優に二つの巨大な島を丸ごと繋ぎ合わせたほどの理不尽な質量。すべての尾根、すべての峡谷、延々と続く森林のグリッドのすべてが、その絶対の防衛システムの内側にハイド(隠蔽)されていやがったんだ。
俺のアクセス承認(アクセス許可)がない限り、外の世界のいかなる有象無象も、このテリトリーへのログインは天地がひっくり返っても不可能。力ずくで侵入しようと画策したナニカはね、空間そのものがぐにゃりと歪み、ただ同じ場所を無限にループ(歩き回る)させられ、気づけば自分が最初に入り込んちまった初期座標へと強制バックステップ(引き戻される)させられるシステム。障壁の外縁部においてはね、時間軸の絶対法則そのものが緩やかに歪められて、その鉄壁の自衛セキュリティを保証していたんだからな。
俺だけの、山。俺だけの、絶対の理。
二つの人生(全過去ログ)を考慮してもね、俺が自分の足で死線を潜り抜けて手に入れた、これが人生最初の本物の【絶対の領土】だったんだ。
「じゃあ何かい、てめえ」俺はある時、その結界の仕様についてテスト(検証)するために問いかけてやった。
「もしどこぞの不審な有象無象が、俺の承認なしにこのグリッドへ足を踏み入れたとしたらさ……奴らは永遠に、目的地にたどり着けないってシステムなのか?」
『――肯定。その通りです。【時間操作】の術式コンポーネントが常時ラン(作動)しているため、対象が自らの意志で撤退するか、あるいは固有名:カイからのアクセス承認が発行されない限りはね、侵入者の座標は常に『進入初期地点』へと完全自動で強制リセット(永続置換)され続けるマニュアルになっています』
「そりゃあ、最高に洗練された神チート(非常にスマート)か、あるいは最高にエゲつないクソゲー(残酷)かのどちらかだな」
『――解答。その二つの戦術査定は、システム上完璧に完全同期(両立)します』
◇
それからのタイムラインにおいて、生存戦略のための【狩猟ミッション】の実行が、俺のアカウントにとって絶対不可欠な必須タスクになっていやがった。――家はビルドアップしたけれどな、家が一発で飯を湧き出させてくれるわけじゃねえし、俺が自分の脳内プロセッサ(知識)だけで試みた農業ミッション(自炊)の結果にいたってはね、あの初期の黒焦げ炭化飯(クソ料理)の時と完璧に同レベルの、最高に哀れな大爆死を叩き出して終了したからな。
そんなわけで俺は、自らのドメインの最下層にある、鬱蒼と生い茂る森林フィールドへと毎日下り立ち、狩猟ターゲット(餌)をサーチするようになったんだ。
最初の一匹を仕留めた(ロストさせた)瞬間のリザルト(結果)にはね、俺自身の脳内プロセッサすら想定外のバグを検知して驚いたほどだ。
牙を剥き出しにして凶暴化(ヘイトを溜めて)していた一匹の野猪の如き魔物がさ、俺が脳内で大層な戦闘コマンドを発行する(身構える)よりも早く、ただの一度の流れるような精密な一撃によって、一発で息の根を止められ(クリアされ)やがったんだ。
(……ああん? おい待てよ。今の一撃……あまりにもマッハの速度すぎないか? 本格的な狩猟ミッションを開始して間もない初期ステージにしてはさ、クリア確率がバグってるだろ)
『――報告。個体名:カイ。あなたの肉体基礎スペック(身体能力)はね、てめえのメインプロセッサが自覚している数値を、とっくに天地がひっくり返るレベルで置き去りにして急成長を完了しています。何年もの地道な型の反復特訓の効果はね、細胞の底に恒久的に積層されているのですよ。ただお前が、自らのステータス測定(能力計測)をこれまで完全スルーしていただけの話です』
まぁ、確かに一理あるわ。
これまでのタイムラインじゃさ、悲しみのデバフを処理する( grive する)のと、我が家の建築活動に脳の全容量を割いてて、自分のステータス画面なんて常時常時マークしてる暇なんか塵一つも無かったからな、言い訳させてもらえばさ。
まともな食材調味料(調味料)なんて何一つとして持ち合わせていなかったから、あの夜のディナーはね、至ってアバウトな即興調理( improvised )の、お世辞にも大層なクオリティとは言えない泥臭い飯だった。――だがな、これまでのすべての経緯を考慮すればさ、ぶっちゃけ、そこまで悪くない(ポジティブな)味だったさ。
◇
それから数日後のタイムライン、またしても狩猟ミッションをクリアして我が家へと進路を戻している最中のことだ。俺の知覚センサー(魔力知覚)がね、最高レベルの重要警戒マークを付与すべき『異質なナニカ』の残響を的確に検知しやがったんだ。
――明確な、【固有の存在感】。
この俺のドメインを満たしている、そこらの有象無象のザコモンスターども( ordinary forest )が放つバックグラウンドの環境ノイズとはさ、その周波数の硬度が明らかに一線を画してやがったんだわ。
普通のフィールド(外の世界)ならね、この規模の気配はさ、一発で本物の『特級大災害(危険生物)』として最大警戒マークを敷くレベルの化物だわ。
だがな。今の俺の最大スペック(反魔力)の前にはさ、そんなものね、進軍スピード(巡航速度)をミリ単位で引き算(減衰)させる価値すら、最初から一文字も無かったんだけどな。
この【水平線】に生息している魔物どもの最大スペックはね、世間一般の基準で見れば、アベレージなザコから本物の特級災害( fearsome )まで、かなり理不尽な数値で構成されてる。――普通のそれなりの訓練を積んだ有象無象の戦士(ランク持ち)ならね、エンカウントした瞬間に一発でゲームオーバー(ロスト)を免れないレベルだし、あのドランの親父やフェンリックのやつが、自らの最大全開スペック(全盛期)でパーティーを組んで挑んだとしてもさ、かなりの最悪な死にゲー(大苦戦)を強いられるクラスの化物だわ。
だがな、今の俺にとってはさ……奴らの九割九分はね、街道の真ん中にだらしなく突き出て道を塞いでる、ただの邪魔くさい「木木の枝(障害物)」と同義のカテゴリに過ぎねえんだよ、マジで。
俺はその固有の気配を索敵レーダー(マーク)で追跡し、ついにその座標へとエンカウントした。――そして、俺の肉体センサーがピタリと完全停止した。
脳内の古いデータベース(過去のログ)のかなり深い領域から、一つの懐かしい記憶データがマッハの速度で手繰り寄せられたからだ。
(……あ。これ、実の母さん(アシュリー)がいつか夕食の席で、のんきに音声ログ(セリフ)を吐いてたあの個体じゃん。調味料(食材)なんて一文字もインポート(追加)しなくたってさ、ただ肉体をシステム処理(調理)して食うだけで、天地がひっくり返るほどに絶品な味を誇るっていう、あの最高位のレア枠……)
『――確認。種族カテゴリ:【アンブロサビースト( Ambrosabeast )】を識別』
俺がプロセッサを駆動させるよりも早く、あの【反意識】が unprompted (勝手に)脳内ナビゲーション(アナライズ)をランさせやがった。
『――名称の由来データ:アンブロシア( ambrosia )。特定の古代の地球神話(神話)における、天上の一神(神々)だけがインポートを許された絶対のクリア報酬(神々の食物)。世界中のあらゆる美食家が登録しているその特級の評価ログ(名声)を考慮すればね、本識別名( designation )は至って妥当な仕様であるとジャッジされます』
へぇ、なるほど。
てめえ、自分の魂のシステム音声(魂の声)のくせにさ、随分と高度な前世の比較神話学( comparative mythology )のデータベースまで完全同期してやがるわけか、マジで。
◇
俺たちはね、ここにきてようやく、この手の脳内通信(会話ログ)をランさせることに対して、100%何の違和感も覚えずに駆動できるほどの、心地よい一定の通常運転を構築していたんだ。――ただ一つの脳内ハードディスク(頭部)を共有して、二つの音声回線がのんきにトークを交わしている。まるで、何十年もの過酷な修羅場を共に潜り抜けてきた、古い戦友(相棒)であるかのように、な。
まぁ、厳格にシステム仕様(仕様)を言えばさ、俺たちは前世の初期座標からずっと繋がっている本物の『戦友』そのものなんだけどな。
「――なぁ、てめえ」俺は、まだこちらの存在センサー(殺気)に気づくことなく、のんきに草原のグリッドで餌を食んでいやがるその魔物のグラフィックをウォッチしながら言った。
「ずっと前からさ、自分のプロセッサ(メモリ)の片隅でずっと処理を燻らせてた重要質問があるんだけどさ。……てめえ、なんでそんな『女のトーン(声)』の音声ログを既定路線にして駆動してやがるんだ?」
『――解答。それこそが、個体名:カイ自身がシステム上で最終決定した絶対の【初期設定(仕様)】だからです』
「……ああん? おい待てよ、ふざけるな」俺は脳内でマッハの速度でツッコミ(レジスト)を入れた。
「俺さ、てめえの性別カテゴリ(ジェンダー)を選択するなんていう決定コマンド(ジャッジ)、前世と今世の全タイムラインのどこを探したって、ただの一秒だって実行した記憶なんてねえぞ?」
『――解答。【神性進化】が強制エンゲージされたあの惨劇の夜(ロストの刻限)、対象のメインプロセッサ(意識)は完全なシャットダウン状態(気絶状態)にありました』
「ああ、そのデータ(事実)は知ってるよ」
『――システムログの開示。その完全な無意識状態(シャットダウン中)のシステム内において、対象の魂の深淵から、一つの【真名】が公式に出力(音声化)されました。――【ヒカリ( Hikari )】、と』
その真名(文字列)が脳内通知された瞬間、俺の全システムが、完全に、冷酷に直立不動した。
胸の奥のアラートが、限界を超えてバチバチと激しくサージ(急増)を繰り返す。
(……待て。おい待てよ、おい。ちょっと待てよ、てめえ……ッ!)
「……おい、そこから先の手持ちのカード(ログ)、今すぐミリ単位でバグチェック(確認)させろ」俺は自分でも驚くほど低く、掠れた音声データ(トーン)で言い放った。
「その名前……俺の前世のあの地獄(東京のタイムライン)において、俺が全霊を同期して愛してた、あの『恋人(彼女)』の登録真名(真名)じゃねえかよ、おいッ!」
『――肯定。その通り、100%の完全一致です』
あいつはね……もう長い、本当に果てしないタイムラインの彼方(過去)へロストしちまった存在なんだ。
この新しい世界(異世界)のいかなる有象無象のレーダー(知識)を以てしてもね、最初から一文字のデータすら登録されていない、俺だけの最高機密。あのケンジの裏切り奇襲(ロストの夜)よりも前の、さらに遥か彼方の初期座標。
俺はさ、あいつの本当のログについて、この世界の誰にも開示したことなんて無かったんだ。ドランの親父にも、フェンリックのやつにすらな。もっと言えば、俺自身、日々の特訓メニュー(サバイバル)に脳のメモリを割くために、普段の日常のログじゃあ、あいつの思い出をフォルダの最深部にハイド(隠蔽)して、あえて直視するのを避けていたくらいなんだからな。
「……てめえ、なんでその固有データを検索して知ることができたんだよ」俺はさらに声を潜めて、脳内で問いかけた。
『――解答。私は、全貌をウォッチし続けてきました。ただ静かに。あなたのこの新しい今世の人生がログイン(開始)される、それよりもずっと前の、あの初期サーバーの奈落の底(前世)から、ずっと、な』
「……じゃあ、あいつの肉体システムが永久消去された、あの瞬間の地獄のログも。あの時の俺の絶望の総量も。全部、てめえのプロセッサ(メモリ)の中に、最初からセーブされてたわけか」
『――肯定。100%の全容量を保持しています』
俺は、自分でも気づかないうちに止めていた胸の息を、はぁぁ、と大きく吐き出した。
「……ククク。どおりでさ、この脳内システム音声の周波数、最初から天地がひっくり返っても聞き覚えのある懐かしいトーン(仕様)だと思ったわ」
俺はね、自らの胸のコアの最深部にある、あの二度と手繰り寄せたくなかった前世の最悪な古傷がさ、この新しい今世の悲しみの過負荷と完全に完全同期して、激しい不協和音を奏で始めるのを全霊で感知していたんだ。そんな最悪な精神的トラップ(急襲)なんてね、俺の自衛システムだって最初から100%身構えて(レジストして)いられるわけがなかったからな。
「――まぁ、いいさ。そんなものはさ、とっくに歴史の闇に葬り去られた、ただの過去ログ(過去)の話だからな。今は、目の前の一行のタスクをコンプリートするほうが先決だ。……よし、この目の前の魔物を一発でへし折って(クリアして)やるわ」
『――了解。作戦行動(戦闘モード)を開始します』
一歩、一歩、目の前の難題を確実に処理していくだけだ。
悲しみという名の特大デバフはね、こちらの都合の良いタイムライン(快適な瞬間)なんて、最初から一文字も待ってはくれないシステムだからな。
(……まぁ、だからこそ俺のプロセッサの側もさ、そのデバフが世界のどこのグリッド(日常)に唐突にサージ(出現)してこようともさ、自らのテリトリーの中に、そいつをハイド(許容)して背負いながら前進するマニュアル(自衛システム)のほうが、随分とクオリティ高くアップデートされてきた気がするんだけどな、マジで)




