第128話 -時空戦争・第3部: 転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】
ついに、ユイの正体が明らかになりました。そして、物語のタイトルである 転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】 に隠された真実も、ついに明かされました。
しかし、ユイとカイ・ゼロには、まだ多くの謎が残されています。彼らにまつわるさらなる真実は、今後の章で明らかになっていく予定です。
そして、ついに長い間待ち望まれていた、ヒリンと呼ばれる存在との戦いが始まりました!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
それでは、また次の章でお会いしましょう!
塔の中は、かつてないほどの静寂に包まれていた。
平和な静けさではない。
悍ましい何かが起きた後に訪れる、誰もが言葉を失ってしまった時の、あの沈黙だ。
ユイが残していった場所で、カイは未だに意識を失ったまま横たわっている。
数メートル離れた場所に立つソフィアは、自分が目撃したすべての光景にいまだ激しく動揺していた。
その傍らにはクロエが控え、セナ、エルヴァ、ヴァドス、そしてネロが部屋のあちこちに散らばり、異様なほど静かに佇んでいる。
誰も、言葉を発しない。
その時、クロエが何かに気づき、眉をひそめた。
「待って」
彼女の目が鋭く細められる。
「カイ様の身体が――」
ソフィアが即座に視線を向けた。
「何ですって?」
クロエが一歩、足を進める。
何かがおかしい。
カイの肉体が、次第に透明に透き通り始めていた。
一瞬で消え去るのではない。徐々に、薄れていくのだ。
指先の輪郭が、微細な光の粒子となってハラハラと解けていく。
ソフィアの表情が一変した。
「嘘……」
彼女は突き動かされるように駆け出した。
「カイ!」
クロエもその後を追う。
「カイ様!」
セナの目が見開かれた。
「何が起きているのですか……!?」
カイの腕が透き通り、続いて肩、そして胸の一部までもが透明になっていく。
ソフィアはその場に凍りつき、息を呑んだ。
「消えて、いく……」
クロエがユイへと視線を飛ばした。
「ユイ!」
ユイは完全な静寂を保ったまま、カイの元へと歩み寄る。
クロエの声が、切迫した響きを帯びた。
「何とかして!」
ユイはカイの隣で足を止め、彼を見下ろした。それから、全員へと振り返る。
「慌てないで」
ソフィアは信じられないといった目で彼女を凝視した。
「慌てないでですって!? 彼の身体が消えかかっているのよ!」
「分かっているわ」
「だったら、止めて!」
ユイの表情は、どこまでも冷静だった。
「これは必要なことなの」
ソフィアの瞳が驚愕に揺れる。
「必要……?」
ユイが頷いた。
「カイの肉体と魂は、今、危険なほど不安定な状態にあるわ」
彼女は再びカイへと視線を落とす。
「ここ数時間の間に彼の内側に蓄積された力と、彼の激しい感情の起伏。その二つが重なったことで、彼の存在そのものが、現在の『器』では安全に維持できない領域にまで達してしまったのよ」
クロエの表情が険しくなる。
「つまり……肉体が、自らを拒絶していると?」
「それに近いわね」
ユイはカイの胸の上に、そっと手をかざした。
「彼は、別の場所で存在を安定させる必要があるの」
ソフィアがさらに一歩、歩み寄る。
「別の場所って……どこよ?」
ユイが彼女を見つめた。
「もし彼がこの状態のままここで目覚めれば、再び暴走することになるわ」
彼女の声が、一段と静かになる。
「そうなれば……今度は私であっても、その結果をすぐには食い止められないかもしれない」
誰も、動けない。
ユイは言葉を続けた。
「そして、救うべき宇宙すら、何も残らなくなる」
部屋の空気が、完全に凍りついた。
ソフィアの顔から血の気が引いていく。
「……じゃあ、彼はどこへ行くの?」
ユイは淡答した。
「想像の、遥か先へ」
ソフィアが瞬きをする。
「どこですって……?」
ユイは、微かな笑みを浮かべた。
「でも、心配しなくていいわ」
一呼吸置いて。
「どうせ、あなたたちには理解できない場所だから」
ソフィアが不満げに眉をひそめる。
「全然、安心できないわね」
「説明であなたを安心させようとしたわけじゃないわ」
ユイは再びカイへと視線を戻した。
「私はただ、事実を言っただけ」
カイの身体は、今も刻一刻と薄れ続けていた。
脚が消え、続いて胴体が消えていく。
数秒のうちに、上半身の一部だけが辛うじて残るのみとなった。
クロエが拳を固く握り締める。
「ユイ……」
「コントロールはできているわ」
ユイの瞳が、ふっと和らいだ。
その時、彼女はもう一つの存在に目を留めた。
――ソラ。
彼女の遺体はまだ近くに横たわっており、その傷跡はカイが彼女を見つけた時のままだった。
ユイが彼女の元へと歩み寄る。
ソフィアがその動きを視線で追った。
「……何をするつもり?」
ユイはすぐには答えなかった。
彼女が片手を差し伸べると、ソラの身体を優しいオーラが包み込んだ。
破壊的な力でも、凶暴な光でもない。
ただ、穏やかに彼女を包み込む光。
ソラの肉体が、ゆっくりと、無数の光の粒子へと解けていった。
ソフィアの表情が変わる。
「待って……」
ユイが彼女を振り返った。
「彼女が生き返るわけではないわ」
ソフィアは視線を落とした。
「……分かっているわ」
ユイのオーラは、なおもソラを包み込み続ける。
「私はただ、残されたものを保存しているだけよ」
ソラの身体を構成していた最後の粒子が、光の中へと消えていく。
ユイがそっと手を閉じると、その光も完全に消失した。
クロエは、その光景を黙って見つめていた。
ユイが全員へと向き直る。
「少しの間、席を外すわ」
彼女は部屋を見渡した。
「私が戻るまで、この塔を頼んだわよ」
セナが即座に一礼した。
「御意に」
エルヴァが頷き、ヴァドスは腕を組んだ。
「俺たちに任せておけ」
ネロは何も言わなかったが、その表情は異様なほどに真剣だった。
ソフィアは、先ほどまでカイの身体があった、今は何もなくなった空間を見つめた。
「……それで、カイは?」
ユイが微笑む。
「あの子なら大丈夫よ」
一呼吸置いて。
「ただ、自分の存在を安定させられる場所が、今の彼には必要なだけだから」
直後、ユイの姿がその場から完全に消え去った。
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転生の向こう側 【The Other Side of Reincarnation / Beyond Reincarnation】
転移の感覚はなかった。
光も、闇も、移動にともなう肉体的な衝撃すらも存在しない。
一瞬前まで、ユイは塔の中にいた。
だが次の瞬間には、現実の枠組みを遥かに超えた『どこか』に立っていた。
最初にそこにあったのは、圧倒的な静寂。
次いで、光。
ユイが目を開けた。
目の前には、果てしない情景が広がっていた。
見渡す限りの花畑が広がり、その先には遥かなる山々が連なっている。
山の向こうには、星のように葉を煌めかせる木々に満ちた森。
さらに遠くでは、始まりも終わりも見えない空に向かって、巨大な滝が『逆流』するように激しく流れ上っていた。
海があり、島があり、庭園があり、不可能な建築様式で築かれた都市があった。
静かな谷、黄金の平原、水晶のように澄んだ湖、そして遠い空に浮かぶ浮遊大陸。
そのすべてが、息を呑むほどに美しかった。
だが、人工的な気配は一切ない。
誰かに作られたという作為を感じさせない。それはただ、最初からそこに『完成』して存在していた。
その領域を、無数の魂が自由に往き来している。
花畑を歩く者。巨木の下に腰掛ける者。ただ目的もなく彷徨う者。
そこには鎖も、監獄も、審判も、何かに従わなければならない義務も存在しない。
彼らはただ、そこに存在していた。
ユイはその間を、静かに歩いていく。
ここは『天国』ではない。天国などというものは、後から人間が作り出した無数の概念の一つに過ぎない。
この場所は、そうした概念の遥か手前に存在している。
存在と非存在の狭間。
魂が単一の世界に縛られることなく留まり、そして新たなる『輪廻転生』が始まる場所。
――輪生の向こう側。
そして、その中心に立つユイこそが、この領域の真の支配者だった。
彼女は、遥か彼方の地平線へと視線を向けた。
「カイ」
彼女の声が、領域全体へと響き渡る。
世界が、その声に応答した。
一つの小さな光の点が現れた。次いで、もう一つ。
瞬く間に、数千、数万の光が集まっていく。
光はうねり、やがて一つの形を成した。
魂だ。カイの魂が、ユイのすぐ目の前に現れた。
数秒の間、その魂は静かに宙に浮いていた。
だが、すぐに変化が始まる。
魂の周囲に微細な粒子が形成され、強大なエネルギーが集束していく。
骨格が現れ、筋肉が乗り、皮膚が覆い、髪が伸び、衣服が編まれていく。
何もない虚空から、すべてが再構築されていく。
召喚されたのではない。蘇生されたのでもない。
それは、純粋なる『創造』だった。
カイの目が、突如としてカッと見開かれた。
彼は激しく息を吸い込んだ。
「がはっ……!?」
周囲を見回す。その困惑は、即座に警戒へと変わった。
「……ここは、どこだ?」
ユイは微笑み、彼に向かって歩み寄った。
「ようこそ、『輪生の向こう側』へ」
カイがゆっくりと立ち上がる。
「……何だって?」
ユイは彼の目の前で足を止めた。
「それと、そろそろ――」
彼女の笑みが、一層優しくなる。
「私の本当の正体について、あなたに教える時が来たみたいね」
彼女は果てしない領域を見渡した。
「そして、この場所がどういう仕組みになっているのかも」
カイは彼女をじっと見つめた。
彼女の表情の何かが、これまでとは決定的に違っていた。
単なる愛情や信頼ではない。もっと深い、何か。
気が遠くなるほど古代から続く、圧倒的な何か。
カイは眉をひそめた。
「……俺に、何を隠している?」
ユイは悪戯っぽく微笑んだ。
「たくさん」
カイは深くため息をついた。
「それがお前の癖になりつつあるな」
彼女はクスクスと小気味よく笑った。
「否定はしないわ」
--
ソラ
その時、カイの脳裏に電撃のようにある記憶が蘇った。
「ソラ……!」
ユイの表情が、ふっと柔らかくなる。
「ええ」
「あいつは、どこにいる?」
ユイが周囲の領域へと視線を巡らせた。
「見つけられるわよ」
カイの目が見開かれる。
「見つけられるのか……!?」
「私はここの支配者だからね」
彼女が片手を掲げた。
それだけで、領域全体が波打つように反応する。
地平線の彼方から、数千、数万、数億の光が一斉に湧き上がった。
魂だ。無数の、数え切れないほどの魂。
ユイはその中を一つずつ、恐るべき速度で検索していき――そして、ある一つの光で手を止めた。
小さな、儚い光がそこに浮かび上がる。
カイは息を呑んだ。
「……あれだ」
ユイが頷く。
「ソラよ」
カイが一歩、前に踏み出した。
彼女の魂は、遠くで静かに浮遊している。
確かに、そこにいた。
だが――生きているわけではない。
カイはユイを振り返った。
「あいつを、連れ戻してくれ」
ユイは沈黙を守った。
カイの表情が、必死さに強張っていく。
「頼む」
ユイは、静かに首を振った。
「……いいえ」
カイは彼女を凝視した。
「なぜだ!?」
「彼女は、死んだからよ」
その回答は、どこまでも優しく、しかし残酷なほどに断固としていた。
カイはがっくりと頭を垂れた。
両拳が白くなるほどに握り締められる。一瞬、息をすることすら忘れたかのように彼の身体が硬直した。
やがて、彼はもう一度、ソラの魂へと視線を戻した。
「……分かった」
ユイは彼の様子をじっと観察していた。
カイは、さらに強く拳を握りしめる。
「俺は、何事もなかったかのようにあいつを生き返らせたいわけじゃない」
ユイは何も言わず、彼の言葉を待った。
「あいつに起きたことは、二度と繰り返させない」
カイの瞳に、凄まじいまでの覚悟が宿る。
「あいつのために、新しい『器』を作る」
ユイが小首を傾げた。
「器……?」
「もっと強い器だ」
カイはソラの光を見つめ続けた。
「あいつを殺したあの力に、真っ向から耐え切れるほどの強靭な器を」
彼の声が、微かに震える。彼は絞り出すように言葉を続けた。
「もしあいつがいつか戻ってくるなら――もう二度と、あんな死に方はさせない」
ユイは、微かに笑みを浮かべた。
「それは、あなたにしかできないことね」
カイが彼女を見た。
「だが、今すぐには無理だ」
「ええ、そうね」
カイが頷く。
「なら……準備を始める」
--
ユイの真実
カイは再び、ユイへと向き直った。
「それで、今度こそこの場所について説明してもらうぞ」
ユイは頷き、彼の隣に並んで歩き出した。
「この領域はね、あなたが知っているあらゆる世界よりも、遥かに長い時間を経て存在しているのよ」
「どれくらい長いんだ?」
「時間という概念が生まれるよりも、ずっと前」
カイは片方の眉を上げた。
「それは何の答えにもなっていない気がするが」
「だって、表現できるほどの巨大な数字が、この世に存在しないんだもの」
カイは少し考え、納得したように息を吐いた。
「……違いない」
ユイは果てしない情景を見渡した。
「ここは『輪生の向こう側』。存在における通常の階級の外側に位置する場所よ」
カイは黙って耳を傾ける。
「魂はここへ集い、ここから新たなる輪廻が始まる。存在を再構築することもできれば――もちろん、あなた自身を再構築することだってできるの」
カイはユイを真っ直ぐに見つめた。
「だからか。だからカイ・ゼロは、俺を永久に消滅させることができないんだな」
ユイは満足そうに頷いた。
「その通りよ」
彼女はカイへと向き直る。
「カイ・ゼロがあなたを宇宙から消し去る時、あいつはあなたの肉体、魂、記憶、歴史、さらにはその現実世界における『存在の事実』そのものまで破壊することができるわ」
カイの表情が、一気にシリアスなものへと変わる。
「だが、この場所だけは消せない」
「ええ」
「そして、俺の存在の根源がここに保存されているからこそ――」
「あなたは何度でも再構築される」
カイは眼前に広がる果てしない情景を見つめた。
「つまり、あいつが俺を消し去るたびに――」
「『輪生の向こう側』があなたを覚えているのよ」
ユイは優しく微笑んだ。
「そして最終的に、あなたは必ずここへ戻ってくる」
カイはゆっくりと、深く息を吐き出した。
「……色々と辻褄が合ったな」
「そうでしょうね」
カイはさらに視線を鋭くした。
「だが、もう一つある」
ユイは、彼が何を言いたいのかをすでに察していた。
「私が何者なのか、それが知りたいのね」
「その通りだ」
ユイが歩みを止めた。
それだけで、領域全体の静寂が一段と深まったかのように感じられる。
カイがじっと見つめる中、ユイは小さく微笑んだ。
「私の本当の正体はね、本来ならあなたにこんなに早く明かすはずのものではなかったのよ」
カイは片方の眉を上げた。
「じゃあ、なぜ今話す?」
「あなたが、ようやくその真実を受け入れるに値する存在になったからよ」
彼女は地平線の彼方へと視線を向けた。
「私は、単にこの領域の支配者というわけではないわ」
カイは黙って次の言葉を待った。
ユイは静かに告げた。
「私が、ここを創ったのよ」
カイは思わず瞬きをした。
「……なるほど」
一呼吸置いて。
「それは大したもんだ」
ユイの笑みが深まる。
「でも、話はそれだけで終わらないわ」
彼女がそっと片手を掲げた。
その掌の上に、突如として一つの銀河が出現する。次いで、もう一つ。瞬く間に、一つの完全な宇宙が形成され、さらには無数の宇宙が溢れ出していった。
「私が、神々を創った」
さらに光が増殖していく。
「私が、時間軸を創った」
現実を構成する無数の『歴史の糸』が空間を満たしていく。
「私が、宇宙を創った」
世界が幾重にも乗算されていく。
「私が、多元宇宙を創った」
その構造は、もはや凡人の脳では理解できない領域へと拡大していく。
「そして、そのさらに先にあるもの――」
映像は、どこまでも膨張を続ける。
「外世界。外次元宇宙。全多元宇宙」
カイはただ、その光景を圧倒されながら凝視していた。
ユイが静かに手を下ろすと、その壮大な光の渦は一瞬で消え去った。
「そのすべてよ」
カイは言葉を失った。
ユイは彼を真っ直ぐに見つめる。
「私は、そのすべての世界の前に存在していた『始まりの根源』なのよ」
カイは、ようやくそれだけの言葉を絞り出した。
「じゃあ……」
彼は周囲を見回し、再び彼女へと視線を戻す。
「お前は、一体何なんだ?」
ユイは微笑んだ。
「私の名前は、ユイよ」
カイは眉をひそめた。
「そういう意味で聞いたんじゃない」
「分かっているわ」
彼女が一歩、カイへと歩み寄る。
「私の真なる称号は――」
領域そのものが、彼女の言葉に平伏するように震えた。
「――『全きを超越せし者』」
カイの表情が完全に抜け落ちた。
彼は彼女の顔を見つめ、それから領域全体を見回し、最後にもう一度彼女へと視線を戻した。
「つまり……お前がすべてを創ったと言いたいのか?」
「ええ」
「すべてを?」
「そうよ」
「神々も?」
「ええ」
「時間軸も?」
「そうよ」
「宇宙も?」
「ええ」
「多元宇宙も?」
「そうよ」
カイは両手で顔を覆った。
「……一分くれ」
ユイは楽しそうに笑った。
「ええ、いいわよ」
--
カイ・ゼロへの疑問
やがて、カイは顔から手を下ろした。
「なら、一つ、あまりにも当然の疑問があるんだが」
ユイは彼の言葉を待った。
「なぜお前の力で、カイ・ゼロを直接消滅させないんだ?」
ユイの顔から笑みが消え去った。
周囲の空気が、一瞬にして張り詰めたものへと変貌する。
「それはね、カイ・ゼロが私自身の『創造物』と完全に融合してしまったからよ」
カイは不審げに眉をひそめた。
「それだけじゃ、説明になっていないな」
ユイは無限に広がる情景へと視線を向けた。
「カイ・ゼロはもう、存在の枠組みから切り離された個別の存在ではないの。あいつは無数の時間軸を渡り歩き、神々を殺し、その本質を貪り喰らってきた。そして最終的に、存在そのものと自らを融合させたのよ」
カイは黙ってその説明を聞き入る。
「そして、『存在』とは私自身のことよ」
ユイは自分の胸にそっと手を当てた。
「あいつを消滅させるということは、あいつが一部となっている存在そのものを消滅させるということ。あいつを消すことは、私自身を消すことと同義なのよ」
カイの目が見開かれた。
「……もし、お前が消えたらどうなる?」
ユイは地平線を見つめたまま答えた。
「すべてが『無』に帰すわ。破壊でも、死でもない。創造が始まる前の、何もない状態へと戻るのよ」
カイは、その危険性の本質を完璧に理解した。
「つまり、お前があいつを消し去れば、お前自身が消滅する。そして、お前が創り出したすべての世界が消えてなくなる、と」
「ええ、その通りよ」
カイは深く息を吐き出した。
「だから、お前には手が出せないわけか」
「正解よ」
--
法則
ユイの表情が、再び柔らかさを取り戻す。
「それにね、カイ・ゼロは今もなお成長を続けていたわ」
カイが顔を上げた。
「あいつは……お前の元へと辿り着くつもりだったんだな」
「いつかはね」
「そして、お前をも喰らうつもりだった」
「ええ」
カイの目が、鋭く細められる。
「もしあいつがお前を喰らったら、どうなる?」
「あいつ自身が完全なる存在そのものとなり、もはや対抗できる者はこの世に何一つ残らなくなるわね」
ユイの声は静かだった。
「あいつはすでに世界の大部分と融合していた。残されているのは、まだ奪われていない最後のパーツ――私だけだったのよ」
カイは、世界が直面している絶望的な危機の大きさを痛感した。
「だから、俺を選んだのか」
「私は、一つの可能性を選んだのよ」
「なぜ、俺だったんだ?」
ユイは優しく微笑んだ。
「あいつを終わらせるに足る強さを手に入れられると、私が心から『信じた』のは、あなただけだったからよ」
カイは彼女をじっと見つめ返した。
「……信じた?」
「私は、すべての未来を見通せるわけではないのよ」
その回答に、カイは不意を突かれた。ユイは言葉を続ける。
「私は存在を創り出したわ。だけど、その内部で行われるすべての『選択』までを支配しているわけじゃないの」
彼女はカイを真っ直ぐに見つめた。
「あなたに、確実に成功するという保証を与えることはできなかった」
カイはゆっくりと頷いた。
「……つまり、賭けに出たわけか」
「ええ」
「俺という存在に」
「あなたにね」
彼女の笑みが、微かに翳りを帯びる。
「そして、あなたのために私自身のルールを破ることは、決してタダではなかったわ。それは、私のすべてを代償としたのよ」
カイは眉をひそめた。
「代償って……一体何を失ったんだ?」
「説明するわ」
--
彼女に力が残されていない理由
カイは突如として、ある重大な矛盾を思い出した。
「待てよ」
ユイが彼を見る。
「お前が本当に、あらゆるすべての枠組みを超越した存在だと言うなら――」
「ん?」
「なぜ俺に、お前の力を直接分けてくれないんだ?」
ユイはくすりと微笑んだ。
「できないのよ」
カイは瞬きをした。
「なぜだ?」
「だって、今の私は――」
彼女は人差し指を一本、小さく立てた。
「本来持っていた力の、ちょうど『ゼロパーセント』しか所有していないんだもの」
カイは絶句した。
「……ゼロ?」
「ゼロよ」
「一パーセントすら残っていないのか?」
「一パーセントすらね」
カイの顔に、純粋な困惑が広がる。
「だが、お前はすべてを創り出した張本人なんだろう?」
「ええ」
「それなのに、本来の力がゼロパーセント?」
「そうよ」
「どうやってそんなことになるんだ?」
ユイは小さくため息をついた。
「私が創り出した、ある『絶対スキル(アブソリュート・スキル)』のせいよ。その名は――【虚無改変】」
カイが眉をひそめる。
「ノン・フィクション……?」
「『無』という概念そのものを事実として定着させ、それを永久に『無』のまま維持する権能よ」
彼女の声は穏やかだったが、その底には計り知れないほど重い響きがあった。
「私の本来の力は、その権能の内部へと完全に縛り付けられていたの」
カイは彼女を凝視した。
「……悍ましい話だな」
「ええ、悍ましいわね」
ユイは微かに微笑んだ。
「詳しい仕組みはまた別の機会に話すわ。今はただ、そのために支払った代償の大きさだけを知っておいて」
カイは黙って先を促した。
「あなたを救うために、私はその【虚無改変】から自分自身を力ずくで引き剥がしたの」
彼女は自分の胸元に手を当てた。
「あの権能に縛られた存在は、本来ならそこから離れることなんてできない。無理やり自由の身になるために……私は自分の全権能、全エネルギーをそこに置いてくるしかなかったのよ」
カイの目が見開かれた。
「俺のために……お前の力をすべて捨てたというのか?」
「私は、なさねばならないことをなしただけよ」
カイは視線を逸らし、奥歯を噛み締めた。
「それは答えになってないぞ、ユイ。それは答えじゃなくて……『告白』だ」
ユイは愛おしそうにクスクスと笑った。
「そうかもしれないわね」
「それが代償だとして……他には何かあったのか?」
「予期せぬ副産物、とでも言うべきかしらね」
ユイはカイを見つめた。
「私がそこから脱出した時、【虚無改変】の一部があなたへと転移したの。それが、あなたが今【虚無魔力】を宿している理由よ」
カイは己の両手を見つめた。
「虚無魔力……」
「そうよ」
「あれは、お前から来たものだったのか」
「正確には、私が身を引き裂いて脱出した『あの権能』から引きずり出されたものね」
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「まだ詳しい説明は求めないでね。あなたが退屈してしまうくらい、気の遠くなるような長い話になるから」
カイは大きく息を吐き出した。
「なるほどな。つまり、お前は自分のすべてを投げ打ってしまったから、俺の代わりに戦うことはできないわけか」
「その通りよ」
ユイが一歩、彼へと歩み寄る。
「そして、あなたが次に何を尋ねたいかも分かっているわ。だったら、なぜさっき私があんな芸芸を披露できたのか、でしょう?」
カイの目が鋭くなった。
「ああ、まさにその質問に戻るところだった。一パーセントも力が残っていないお前が、どうやってこの俺を完璧に気絶させたんだ?」
ユイはにっこりと微笑んだ。
「あれは、私の本来の存在から生み出された力ではないからよ」
「じゃあ、一体何の力だ?」
「あなたが、私に『名前』をくれた時に得た力よ」
カイの思考が完全にフリーズした。
「……は?」
「私には、それまで名前なんて存在しなかったわ」
彼女は胸に手を当てる。
「あなたが、私に名前をくれたのよ」
カイは彼女の顔を呆然と見つめた。
「ユイ……」
彼女が頷く。
「その名前が、私たちの間に絶対的な『繋がり(パス)』を構築したの」
カイは、その事実をゆっくりと脳内で咀嚼していった。
「名前をつけられたことで、力を得ただと……?」
「少し違うわね」
ユイは微笑む。
「あなたはね、この現実世界において一度だって『名前』を持ったことのなかった上位存在に、確固たる『形』を与えてしまったのよ」
カイの目が限界まで見開かれた。彼はゆっくりと自分の額を押さえる。
「待て……」
あまりにも恐ろしい事実が、彼の脳裏をよぎった。
「俺はもしかして……文字通り、存在のすべてを創り出した張本人に向かって、勝手に名前をつけちまったのか……?」
ユイは満面の笑みを浮かべた。
カイは目に見えて恐怖し、地面を見つめた。
「おいおい、嘘だろ……」
彼は両手で顔を覆った。
「俺は一体、なんてことをしちまったんだ……?」
ユイは声を上げて楽しそうに笑った。
「素晴らしいことをしてくれたのよ」
カイは彼女を睨みつけた。
「お前、完全に楽しんでるだろ」
「ええ、とってもね」
--
ユイにできること
ようやく、カイは平静を取り戻した。
「……いいさ。じゃあ、お前が直接戦えないとして」
「サポートなら、いくらでもできるわよ」
「どうやって?」
「解析。防御。安定化。空間跳送(転移)。再構築。情報の開示。経路の生成。そして、あなたがこの領域との繋がりを維持するための楔になること」
ユイは微笑んだ。
「あなたが自分自身の力でカイ・ゼロを終わらせられるほど強くなるまで、私はあなたが必要とするすべてのサポートを提供するわ」
カイは納得したように頷いた。
「それは合理的だな」
だが、すぐにまた不審げに眉をひそめる。
「だけどお前、さっき『他の存在とは戦えない』って言わなかったか?」
「ええ、言ったわね」
「なぜだ?」
ユイは小首を傾げて微笑んだ。
「私がうっかり、この時間軸そのものを綺麗さっぱり消滅させちゃってもいいのかしら?」
カイは即座に激しく首を振った。
「いや、結構だ。遠慮しておく」
ユイは満足そうに笑った。
「だったら、私ができる範囲のことに任せておきなさい」
カイは深くため息をついた。
「……分かったよ」
彼は彼女の姿をじっと見つめる。
「つまり、要約するとだな――」
「ん?」
「お前は、理不尽なほどにめちゃくちゃ強い」
「ええ」
「だけど、その本来の力は、実際には一ミリも使えない」
「正解よ」
「そして、俺はカイ・ゼロと戦えるくらいに強くならなきゃいけない、と」
「ええ、そういうことね」
カイは視線を逸らした。
「……不便極まりないな」
ユイはにっこりと微笑む。
「私にそんな名前をつけたのは、あなたでしょ?」
カイはうめき声を上げた。
「頼むから、もうそれを思いださせるのはやめてくれ」
「嫌よ。絶対に忘れてあげないわ」
--
ハルトの真実
やがて、カイの表情が再びシリアスなものへと戻った。
「……もう一つ、聞きたいことがある」
ユイは言葉を待った。
「俺の『死』についてだ」
カイの顔から笑みが完全に消え去る。
「お前はさっき、俺が『カイ』になる前の姿を見ていたと言ったな」
「ええ、言ったわね」
「俺が本当は、どうやって死んだのかを知りたい」
ユイが静かに頷いた。
「見せてあげるわ」
直後、周囲の光景が激変した。
どこまでも美しかった世界の情景が消え去り、代わりに日本の、とあるアパートの一室が浮かび上がる。
カイはユイの隣に立っていた。
見覚えがあった。彼の古い家。かつての人生。
――遥人。
前世の自分自身が、その部屋の中を歩いていた。
カイは黙ってそれを見つめていた。
そこへ、楓が現れる。彼女は遥人と短く言葉を交わした。
何一つ、おかしな点はない。秘密の関係も、裏切りも、隠された不倫関係もそこにはなかった。
二人は、ろくに会話すら交わしていなかった。
カイは眉をひそめた。
「健二の奴……一体、何を考えていたんだ?」
ユイは答えず、ただ光景を切り替えた。
今度は健二が現れる。その表情は怒りに歪んでいた。
彼は、事実とは全く異なる妄想を、完全に事実だと思い込んでいた。
カイはそれを見つめ続けた。
健二は、楓が遥人と浮気をしていると頑なに信じ込んでいた。その理由は、あまりにも理不尽で荒唐無稽なものだった。
遥人には金がある。遥人は滅多に家の外に出ない。遥人は楓とほとんど口をきかない。
だが、健二の中で、その事実のすべてが歪んだ意味を持っていた。遥人が自分の恋人と裏でこっそり会っている証拠だと、彼は思い込んでいたのだ。
健二が遥人に掴みかかる。言い争いが激化していく。
遥人は必死に説明しようとしたが、健二は一切耳を貸さなかった。
そして次の瞬間、健二がナイフを抜いた。
カイの身体が凍りつく。
「やめろ……!」
冷たい刃が、遥人の心臓へと真っ直ぐに突き刺さった。
カイは、崩れ落ちていく前世の自分の姿を見つめていた。
光景から、すべての音が消え去る。
彼の目が、驚愕に大きく見開かれた。
「あれが……」
声が、弱々しく掠れる。
「あれが、俺の本当の死に方だったのか?」
ユイが頷いた。
「ええ、そうよ」
カイは微動だにできなかった。
健二の佇まい、突き出されたナイフ、倒れ込んでいく遥人、そして溢れ出る血。
その光景が何度も脳裏にリフレッシュされ、胸が締め付けられる。
事故ではない。車でもない。橋でも、雨でもない。
健二の手によって、彼は殺されたのだ。
カイの両手が、微かに震え始める。
「楓が浮気をしてるなんていう、ただの勘違いのために……あいつは俺を殺したのか?」
「そうよ」
カイは目を閉じた。だが、その光景は網膜の裏に焼き付いて離れなかった。
「……意味が分からねえ」
「ええ」
「あいつは状況の本質なんて何も分かっちゃいなかった」
「そうね」
「それに、遥人は楓とほとんど喋ってすらいなかったんだぞ」
「ええ」
カイの口から、乾いた、感情の籠もっていない笑いが漏れた。
「人間ってのは……本当に、複雑な生き物だな」
ユイは彼の隣に寄り添い続けた。
カイが目を開ける。
「……じゃあ、どうして俺は『違う死に方』の記憶を持っていたんだ?」
ユイが答えた。
「あれは、記憶の監獄の仕業よ」
再び光景が変わる。
カイは、もう一つの自分の死の瞬間を見つめていた。
激しい雨。道路。楓。突っ込んでくる健二の車。
その横を歩いている、かつての自分。
そして、激しい衝撃と共に車が彼を撥ね飛ばした。
記憶の監獄で経験した、自らの死。
カイはそれを無言で見つめ続けた。
二つの死。二つの異なる現実。
一つは捏造。一つは真実。
カイはユイを見た。
「つまり、あの自動車事故は――」
「あなたが記憶の監獄の内部で経験させられた死よ」
「じゃあ、あの刺殺が?」
「あなたの、本物の死よ」
消えゆく光景を、カイはじっと見つめていた。
するとそこへ、さらに別の映像が浮かび上がる。
健二だ。ハンドルを握り、車を走らせている。
戻りつつある記憶。遥人。ナイフ。迫り来る真実。
健二の手がハンドルをガチガチと締め付ける。その呼吸が激しく乱れていく。
そして――迫り来るトラック。
凄まじい衝突。
カイは、その車両が大破する瞬間を見つめていた。
すべてを、理解した。
「……そうか。だから健二は、あんな死に方をしたんだな」
ユイが頷く。
「彼は、思い出してしまったのよ」
カイは視線を落とした。
「自分が……俺を殺したんだという事実を」
「ええ」
「それで、動揺して制御を失った」
「そうよ」
カイは沈黙した。
そこに、復讐を果たしたような満足感はなかった。激しい怒りも湧いてこなかった。
ただ、奇妙なほどにぽっかりとした、空虚な感覚だけが残された。
前世の人生は、ただの勘違いによって幕を閉じた。
前世の殺人犯は、真実を思い出したことによって自滅した。
そして、そのどちらの過去も、もう二度と変えることはできない。
カイは、ようやくユイへと視線を戻した。
「……これで、すべてか」
「私の知っていることは、これがすべてよ」
カイは頷いた。
彼は一度、遥か彼方に浮かぶソラの魂へと視線を向け、それから再びユイを見た。
その表情には、まだ消えない痛みが刻まれている。
だが――その奥には、明確な『理解』が宿っていた。
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ユイは、彼の隣を並んで歩いた。
「あなたは、多くのものを失ってきたわね」
カイが頷く。
「だけど、それと同じように、新しく手に入れたものもあるわ」
カイは彼女を見た。
「お前も、その一つだな」
ユイが嬉しそうに微笑む。
カイは小さく笑った。
「……未だに信じられねえよ。俺がお前に名前をつけちまったなんてな」
「つけたわよ、はっきりとね」
「存在のすべてを創り出した張本人に、だぞ」
「ええ」
「ユイ」
「なにかしら、愛しい人?」
カイは呆れたように首を振った。
「……いや、なんでもない」
ユイは満面の笑みを浮かべ、さらに彼へと身体を寄せた。
「私は、ずっとあなたの隣にいるわ」
カイは彼女を見つめた。
「もし俺が、失敗したとしてもか?」
「ええ、たとえそうなったとしても」
「もし俺が、すべてに敗北したとしても?」
「私はいつだって、あなたの味方よ。あなたの隣に居続けるわ」
カイは果てしない領域を見渡し、ソラの魂を見つめ、最後にユイの瞳へと視線を戻した。
「なら……俺は強くなる。それ以外の選択肢はない」
ユイが微笑む。
「何のために?」
カイの表情が、硬鋼のように引き締まった。
「俺が弱すぎたせいで、俺の大切な人間が死ぬなんていう結末は――もう二度と、誰にも迎えさせないためだ」
ユイの瞳が、優しく潤む。
「じゃあ、カイ・ゼロは?」
カイは、遥か遠い地平線の彼方へと視線を向けた。
「あいつのことも、俺がまとめて片付けてやるさ」
ユイは愛おしそうに微笑んだ。
「流石は、私のカイね」
カイは深くため息をついた。
「おい、まるで俺がお前の私有物みたいな言い方をするな」
ユイはクスクスと静かに笑った。
「あなた、私に名前をくれたじゃない」
「だからって、お前が俺の所有権を握っていい理由にはならねえだろ」
「分かっているわよ」
彼女はさらに距離を縮め、彼の耳元で囁いた。
「私はただ……あなたのことを愛しているだけ」
カイは動きを止めた。
彼女の顔を見る。ユイは、どこまでも純粋に微笑んでいた。
「世界の何よりも、誰よりもね」
カイは言葉を失った。
流石の彼も、今度ばかりは気の利いたジョークの一つも思い浮かばなかった。
彼は気まずそうに視線を逸らす。
「……お前、本気で言ってるんだな」
「ええ、もちろんよ」
「……なぜだ?」
ユイの笑みが、この上なく慈愛に満ちたものへと変わる。
「だって、あなたが初めてだったからよ。私が『何者であるか』を知らないまま、私を真っ直ぐに見つめてくれたのは」
カイは静かに耳を傾けた。
「あなたは私を崇拝しなかった。私を恐怖しなかった。私が何を与えてくれるのかなんて、一度だって求めなかった。あなたはただ、私に名前をくれたのよ」
彼女は愛おしそうに自分の胸へと手を当てる。
「その瞬間、初めて……私は存在の彼方に佇むだけの『概念』から、一人の『誰か』になることができたの」
カイは沈黙を守っていた。
やがて、その口元に微かな、優しい笑みが浮かぶ。
「……ユイ」
「なぁに?」
「ありがとう」
彼女の表情が、これ以上ないほどに柔らかく解けていった。
「どういたしまして、私の愛しい人」
二人は『輪生の向こう側』の果てしない空の下、寄り添うように立っていた。
遥か彼方では、ソラの魂が今も穏やかに眠り続けている。
カイは彼女を連れ戻さなかった。今はまだ、その時ではない。
代わりに、彼は一つの誓いを立てた。
もしもいつか、彼女のために新しい『器』を創るのなら――それは、絶対に壊れないほど強固なものでなければならない。
あらゆる理不尽を生き延び、彼女自身を守り抜けるほどの強さを。
あの礼拝堂で起きた悲劇を、二度と繰り返さないための絶対的な器を。
そして、この領域の遥か先では。
無数の魂が、今もなお終わりなき輪廻転生の旅を続けている。
そのすべてを、全創造の彼方に佇む『始まりの根源』が見守っていた。
――ユイ。『全きを超越せし者』。
そして彼女の隣には、カイが立っている。
彼女が自らのすべてを賭して救うと決めた、世界でたった一つの可能性が、そこにはあった。
つづく




