第122話:アシュフォード事件の余波
【ソフィアの執務室】
アシュフォードの朝は、不気味なほどに静かだった。
平穏ではない。『静か』なのだ。そこには明確な違いがあった。
平穏とは、人々が恐れるものを何も持たない状態を指す。
しかし、この沈黙は――人々がまだ、自分たちの身に何が起きたのかを理解しようともがいている証拠だった。
ラオディキア聖教会の内部は、損壊した建物の修復に追われる神官、騎士、伝令、そして作業員たちでごった返していた。
一部の壁には未だに無数の亀裂が走り、いくつかの窓は木板で塞がれたままだ。
真新しい石材の匂いと、焚かれた香の煙が空気中に漂っていた。
一つの通路の突き当たりに、大きな木製の扉がある。
その向こう側が、ソフィアの執務室だった。
デスクの前にはリンとソラが立ち、ソフィアはその反対側で書類の山に埋もれていた。
片手には3つの報告書を握り、肘の下には別の書類を敷き、その傍らには手 hea 付けずの冷めた紅茶が置かれている。
リンはデスクに目をやり、それからソフィアを見つめた。
「……あんた、大丈夫なの?」
ソフィアは視線を上げないまま答えた。
「……いいえ、全く」
ソラは笑いを堪えるように口元を覆い、リンは深くうなずいた。
「でしょうね」
ソフィアは、ようやく手にしていた報告書をデスクに置いた。
「予定よりも早く到着したのね」
ソラがへへっと微笑む。
「わたしの新しい転移魔法のおかげだよ!」
その瞬間、ソフィアの表情がサッと険しいものに変わった。
「……その件に関しては、二度と口にしないで」
ソラがパチクリと瞬きをした。
「なんで?」
ソフィアは彼女をジロリと睨みつけた。
「あんたたち、私が着替えている真っ最中の部屋に転移してきたのよ?」
ソラの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「だ、だから、わざとじゃないって謝ったじゃん!」
リンはフイッと視線を逸らした。
「わたしも一応、謝ったわよ」
ソフィアは深いため息をついた。
「分かっているわ……」
彼女は己の額を押さえた。
「だからこそ、すでに教会の技師たちには、プライベートルームの周囲の結界(防御障壁)を強化するように指示を出しておいたわ」
ソラはしょんぼりと頭を下げた。
「ごめんなさい……」
ソフィアの表情が、わずかに和らぐ。
「……次はちゃんと、目的地の座標を完璧にコントロールできるようになっておきなさい」
ソラは勢いよくうなずいた。
「うん、がんばる!」
リンは執務室の中を見回した。
「それで――」
彼女はデスクの上の書類の山を指差した。
「それ、全部あの戦争のせいなわけ?」
ソフィアがうなずく。
「大半はね」
彼女は一枚の書類を手に取った。
「これが死傷者報告」
別の書類。
「これが復興計画」
さらに別の一枚。
「これが政治的書簡」
そして最後の一枚。
「近隣諸国からの要請書よ」
リンは呆れたように絶句した。
「……もの凄い量ね」
ソフィアはそれらをバサッとデスクに戻した。
「これでも、まだ半分にも満たないわ」
ソラが同情を込めた目を向ける。
「それは……気が遠くなりそうだね」
「ええ、本当にね」
ソフィアは椅子の背もたれに体を預けた。
「ここ数日間、これ以外のことを考える時間が1秒すらなかったわ」
リンは腕を組んだ。
「で、なんでカイ様は私たちをここに送り込んできたわけ?」
ソフィアは二人を見つめた。
「私に、手伝いが必要だからよ」
リンが眉をひそめる。
「手伝いって、何を?」
「聖騎士団の再建よ」
ソフィアは立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。
彼女は眼下に広がる街並みを見下ろす。
アシュフォードはゆっくりと、しかし確実に立ち直りつつあった。
作業員が瓦礫を撤去し、商人が店を再開し、市民たちが家を建て直している。
王国は確かに生きているが――その負った傷は、あまりにも深すぎた。
「私たちは、ほぼ全てを失ったわ」
ソフィアの声は、ひどく静かだった。
「軍勢。聖騎士団。いくつかの重要な役職の者たち。家族。そして、友人……」
彼女は二人を振り返った。
「そして何より、民が怯えているのよ」
ソフィアはデスクへと戻った。
「カイ様は、私たちが何が起きたのかを調査している間、あなたたち二人に私のサポートをしてほしいと考えているの」
ソラが力強くうなずいた。
「うん、全力を尽くすよ!」
リンは小さいため息をついた。
「……まあ、わたしもやるだけはやってあげるわ」
ソフィアの唇に、微かな笑みが浮かんだ。
「ええ、それで十分よ」
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【アシュフォードが語る物語】
ソラはデスクの上にいくつかの手紙があることに気づいた。
「ねえ、これってなぁに?」
「他国からの報告書よ」
リンが一歩近寄る。
「もう来てるの?」
ソラがうなずく。
「今や大陸全体がアシュフォードの話題で持ちきりよ」
彼女は一通目の手紙を開いた。
「ティアムーンからは、今朝外交メッセージが届いたわ」
「何て書いてあるの?」
ソフィアはそれに目を通していく。
「彼らは今回の和平合意を認め、アシュフォードとの友好関係を維持する意向を示しているわ」
リンがうなずいた。
「まあ、妥当な判断ね」
ソフィアはもう一通の手紙を手に取った。
「テオレマは、もう少し慎重派ね」
ソラが首を傾げる。
「『太陽の涙』の件があるから?」
「それもあるわね」
ソフィアは再び窓の方へと視線を向けた。
「彼らはあそこで何が起きたのかを目撃している。あの厄災を止めた者たちが『エリュシオン教団』の人間であることを知っているのよ」
リンが腕を組む。
「そして今、その同じ組織がアシュフォードを破ったことも知ったわけね」
ソフィアがうなずく。
「ええ。だから彼らは戦々恐々としているのよ」
さらに別の書類。
「マイラスは、また異なるアプローチを取ってきたわね」
リンが覗き込む。
「何て言ってるの?」
「近隣の諸国に対して『エリュシオン教団を絶対に刺激するな』と警告しているわ」
ソラがパチクリと瞬きをした。
「それって、すっごく賢い選択だね」
ソフィアは彼女に視線を向けた。
「ええ、まともな神経をしていれば、誰もがそう考えるでしょうね」
リンはニヤリとした。
「ようやく、まともな意見の奴が現れたわね」
ソフィアが言葉を続ける。
「『アステリア』は、比較的落ち着いているわ」
「ヴァドスがいるから?」
ソフィアがうなずく。
「ええ。アルドレン王はどうやら、エリュシオン教団を敵に回すよりも、友好関係を維持する方が国益になると判断したみたいね」
リンは少しの間、思考を巡らせた。
「ヴァドスがまだあそこに残っているのも、それが理由でしょうね」
ソフィアが小さく首を縦に振る。それから別の報告書を手に取った。
「『東方帝国』は、これまでのところ沈黙を保っているわ」
リンの表情がわずかに強張る。
「……清水ナオ、ね」
「ええ」
「あいつ、何を企んでるの?」
ソフィアは首を振った。
「分からないわ」
彼女は報告書を脇に置いた。
「けれど、あそこが情報収集の動きを活発化させているのは確かよ」
リンは不満そうに眉をひそめた。
「つまり、全員がこっちを監視しているわけね」
ソフィアが彼女を見つめる。
「その通りよ」
世界はアシュフォードを注視していた。そしてそれ以上に――『エリュシオン教団』の動向を監視していたのだ。
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【民への説明】
ソラがソフィアへと視線を向けた。
「エーモン王様は、みんなに何て説明したの?」
ソフィアは一瞬言葉を詰まらせ、それから答えた。
「真実を伝えたわ」
リンが片方の眉を上げる。
「全部?」
「いいえ」
ソフィアは首を振った。
「必要十分な範囲で、よ」
彼女は公式に発表された内容を説明した。
アシュフォードは意図的に操作された偽情報によって動かされていたこと。エリュシオン教団から戦端を開いたわけではないこと。王国の指導層は誤った情報に基づいて決断を下してしまったこと。そして、事件の首謀者に関する調査は今も継続中であること。
アシュフォードは独立を維持し、不侵略条約が締結された。さらに、エリュシオン教団が復興の支援を行うことも。
ソラがうなずく。
「それが一番、波風の立たない説明だね」
ソフィアも同意するようにうなずいた。
「民には、理解できる分かりやすい物語が必要なのよ」
リンは山積みの報告書に目をやった。
「で、実際にはみんな何を信じ込んでるわけ?」
ソフィアは自嘲気味に微笑んだ。
「それはまた、別の話ね」
彼女は書類の底から、何紙かの新聞を取り出した。
リンがそのうちの一紙を手に取る。
そこには『アシュフォード軍、壊滅』という大見出し。
別の新聞には『謎に包まれたエリュシオン教団』。
そしてもう一紙には――『魔王カイの慈悲』。
リンは目を丸くした。
「あいつ、魔王なんて呼ばれてるの!?」
ソフィアがうなずく。
「いくつかの新聞はそう書き立てているわね」
「なんでよ?」
「誰も彼の正体を知らないからよ」
リンは眉をひそめた。
「あいつ、あんな風に勿体ぶってミステリアスにしてるから余計にややこしくなるのよ」
ソフィアは彼女を見た。
「じゃあ何かしら? 彼は自分の能力のすべてを大陸中に公表すべきだとでも?」
リンは言葉に詰まり。
「……いいえ、それは困るわね」
「なら、それが答えよ」
ソラが別の新聞を拾い上げた。
「こっちの新聞にはね、『エリュシオン教団は帝国を築こうとしている』って書いてあるよ」
ソフィアはため息をついた。
「ただの噂話よ」
リンは新聞をバサッと机に戻した。
「みんな、本当に何も知らないのね」
ソフィアは彼女を見つめた。
「人間というものは、自分が『何も知らない』という事実を認めたがらない生き物なのよ」
リンがうなずく。
「だから勝手に答えをでっち上げる、か」
「その通りよ」
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【三人】
その日の午後遅く、ソフィアはリンとソラを連れて教会内を案内した。
建物はリンの想像よりも遥かに広大だった。損壊しているとはいえ、未だに圧倒的な威容を誇っている。
通路では神官たちが物資を運び、仮設の練兵場では騎士たちが汗を流し、作業員たちが砕けた石材を修復していた。
静かな中庭の一角では、数人の子どもたちが集まって座り込んでいる。
リンはその様子をじっと見つめた。
「あの子たちも、大切な人を失ったのね」
ソフィアが静かにうなずく。
「全員がね」
三人はさらに歩みを進めた。
ソラは、近くで何人かの若い聖騎士たちが訓練に励んでいることに気づいた。
だが、その動きはバラバラだった。構えを維持することすらおぼつかない者もいれば、明らかに疲弊しきっている者もいる。
ソフィアが足を止めた。
「これが、今の私たちの残骸よ」
リンが彼らを見つめた。
「これを全部、あんたが建て直すつもり?」
「ええ」
「どのくらいかかるのよ?」
ソフィアは微かに微笑んだ。
「年単位ね」
リンが目を丸くした。
「年単位!?」
「おそらくね」
ソフィアは若い騎士たちに視線を戻した。
「けれど、時間が問題なのではないわ」
彼女はリンとソラを振り返る。
「問題なのは――『才能』よ」
ソラは即座にその意味を理解した。
「もっと強い新兵が必要ってことだね」
ソフィアがうなずく。
「まさにその通りよ」
彼女は腕を組んだ。
「『ティアムーン』の学園は、極めて優秀な生徒たちを輩出しているわ」
リンがパチクリと瞬きをした。
「……それって、わたしたちのこと?」
ソフィアがうなずく。
「他も含めてね。あなたたち二人は、そのほんの一例に過ぎないわ」
ソラが引きつった笑みを浮かべ、リンはポリポリと自分の頬を掻いた。
「わたし達がそんなに特別だとは思えないけど」
ソフィアは彼女をじっと見つめた。
「あなたたちは二人とも、まだ15歳よ」
一拍置き、事実を告げる。
「そして――高位吸血鬼を撃破したわ」
ソラの笑みがスッと消える。
ソフィアは言葉を続けた。
「おまけに、この私をも破った」
リンはバツが悪そうに顔を背けた。
「あれは……チームワークの勝利よ」
「ええ、そうね」
ソフィアはうなずいた。
「そして、それこそが重要なのよ」
彼女は訓練場へと視線を向けた。
「ティアムーンの学園は、ベテランの騎士たちすら凌駕するほどの戦闘能力を持った生徒を何人も育て上げているわ」
ソラが嬉しそうに微笑む。
「そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいね」
リンもうなずく。
「まあね」
ソフィアの表情に、少しだけ悪戯っぽい色が混じった。
「あまり調子に乗らないことね」
リンは即座に心外そうな顔をした。
「乗ってないわよっ!」
ソラがハハハと笑い声を上げた。
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【ソフィアが使わなかった力】
やがて、三人は静かな訓練用の中庭へと到着した。
リンは周囲を見回す。
「ここが、あんたの訓練場所?」
ソフィアがうなずく。
リンの脳裏に、あの激戦の記憶が蘇った。
あの凄まじいプレッシャー、宿命の剣、そして常軌を逸した攻撃の数々。
彼女はソフィアを見つめた。
「あんた、本当に強かったわよね」
ソフィアは不敵に笑った。
「知っているわ」
リンはジト目を向けた。
「少しは謙遜するふりとかできないわけ?」
「いいえ」
ソラがクスクスと笑う。
ソフィアは中庭の中央へと歩み出た。
「もし――私が本気の戦闘形態であなたたち二人と戦っていたら」
彼女は言葉を止め、冷徹な視線を投げかけた。
「あなたたちは二人とも、二分と持たなかったわよ」
リンは目を丸くした。ソラも驚愕の表情を浮かべる。
「……本気で?」
ソフィアがうなずいた。
「本気よ」
リンは不満そうに眉をひそめた。
「じゃあ、なんで使わなかったのよ?」
ソフィアは彼女を見つめた。
「あなたたち二人を過小評価していたからよ」
彼女は自らの剣の柄に片手を置いた。
「あなたたちが戦いに適応する前に、片が付くと思っていたの。……代わりに、私はあなたたちに『時間』を与えてしまったわ」
ソラがゆっくりとうなずく。
ソフィアは言葉を続けた。
「それが私のミスよ」
彼女は二人を交互に見つめた。
「そして、それは極めて良い教訓を私に与えてくれたわ」
リンは次の言葉を待った。
ソフィアの目が、スッと鋭さを増す。
「――相手が適応し始める前に、戦いを終わらせること」
ソラが微笑んだ。
「それは確かに、すっごく良い教訓だね」
「ええ、そうよ」
ソフィアは彼女を見た。
「力だけでは、常に十分とは言えないわ」
彼女は剣の柄をトントンと叩いた。
「一度相手に自分のリズムや能力、弱点を理解されてしまえば、最初に持っていたアドバンテージなんて簡単に掻き消えてしまうのよ」
リンがうなずいた。
「それがあんたの身に起きたことね」
ソフィアが不敵に笑う。
「その通りよ」
リンは彼女を睨み据えた。
「じゃあ、もし次戦う時は――」
ソフィアが片方の眉を上げた。
「次なんて、もう与えないわよ」
リンがニヤリとする。
「上等じゃない」
ソラが二人の間に割って入った。
「お願いだから、ここでまたケンカを始めないでよぉ……」
二人は同時にソラを見た。
「「わかったわよ(わかったわ)」」
ソラは深いため息をもらした。
「……ありがと」
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【新しい任務】
夜になる頃には、ソフィアはようやくオフィスを出られる程度には書類仕事を片付けていた。
三人は、街並みを見下ろす小さな部屋に集まって座っていた。
ソラは紅茶を啜り、リンはどこからか調達してきた小さなお菓子をモグモグと食べている。
ソフィアは彼女をジロリと睨んだ。
「……それ、一体どこで手に入れたの?」
リンはゴクリと飲み込んだ。
「厨房」
「あんた、教会の厨房に勝手に足を踏み入れたの?」
「食べ物があったから」
ソフィアはそっと目を閉じた。
「……なるほどね」
ソラが楽しそうに笑う。
「リンは学園にいた頃からずっとこれだよ」
リンがソラを指差した。
「腹が減っては戦はできぬ、よ」
ソフィアは呆れたように首を振った。
そして、この日初めて、彼女は声を上げて笑った。
作り笑いでも、社交辞令でもない。心からの、純粋な笑い声だった。
三人はしばらくの間、心地よい沈黙に身を委ねていた。
やがて、ソフィアがテーブルの上に一枚の書類を置いた。
「――それから、もう一つあるわ」
リンがそれに目をやった。
「何よ?」
「調査任務よ」
ソラが身を乗り出す。
「教会に関すること?」
「ええ」
ソフィアは報告書を開いた。
「数日前から、ある教会の出先機関との連絡が途絶えているの」
リンの目の色が変わった。
「どれくらい?」
「三日間よ」
「伝言は?」
ソフィアがうなずく。
「最後の通信では、『古い礼拝堂の地下で何かを発見した』と言い残していたわ」
ソラが眉をひそめる。
「何か、って?」
「それしか書かれていなかったのよ」
リンは報告書を覗き込んだ。
「場所はどこ?」
ソフィアは地図上の一点を指差した。
「ここから数日の距離よ」
ソラが不敵に微笑む。
「つまり、私達の出番だね」
ソフィアがうなずいた。
「三日後にね」
リンが驚いたように顔を上げた。
「三日後!?」
ソフィアは報告書をパタンと閉じた。
「ええ、そうよ」
「なんで待つのよ?」
「あなたたちは到着したばかりでしょう?」
ソフィアは椅子の背もたれに体を預けた。
「まずは落ち着く時間が必要よ」
彼女は二人の少女を見つめた。
「アシュフォードの街に馴染み、体を休め、必要な装備を買い整え、街の構造を把握しなさい」
一拍置き、彼女は付け加えた。
「古い礼拝堂の調査は、それからよ」
リンが納得したようにうなずく。
「まあ、一理あるわね」
ソラが嬉しそうに笑う。
「三日後、だね」
ソフィアがうなずいた。
「ええ、三日後よ」
彼女は暗くなりゆく街並みへと視線を向け、立ち上がった。
「それまでは――間違っても誰かの寝室に転移したりしないようにね」
ソラの顔が一瞬で真っ赤に沸騰した。
リンは大爆笑を始める。
「ちょっとぉ!」
ソフィアは満足そうに微笑んだ。
「おやすみなさい」
ソラは両手で顔を覆った。
「……このネタ、一生擦られるやつだよね?」
リンはまだ笑い続けている。
「ええ、間違いなくね!」
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三人は揃って部屋を後にした。
しかし――教会の屋根を音もなく移動する『影』に、誰も気づく者はいなかった。
あの大破した古い礼拝堂の調査が、最初から普通の任務などではないということを、彼女たちはまだ知らない。
あのメッセージは、意図的に配置されたものだった。連絡を絶った出先機関も、すべては計算通り。
その場所は、極めて慎重に選定されていたのだ。
そして――礼拝堂の地下に眠る『発見』は、ある特定の一人が来るのを静かに待っていた。
……リンを。
罠を仕掛けた者たちの目的は、彼女を殺すことではない。
彼らが望んでいるのは、それよりも遥かに凶悪で危険な代物だった。
彼らは彼女を『潜伏者』へと変えようとしていたのだ。
己の力では到底潜入不可能な場所へと届く、強力な人間の精神の奥底に埋め込まれる――隠された『兵器』に。
リンは知る由もない。あの礼拝堂に足を踏み入れた瞬間、容赦のない罠が自分の周囲で閉じ始めるということを。
しかし、今はただ、夕暮れの空の下でソラやソフィアの隣を歩いていた。
残された時間は、あと三日。
古い礼拝堂の地下で何が牙を剥こうとしているのか、まだ誰も知る由はなかった。




