第117話 - 余波(その4) - センナと司祭
エリュシオン教団の回廊は、不気味なほどに静まり返っていた。塔の住人の大半は、すでに外で起きた戦争の顛末を耳にしていた。ある者は事後の惨状を目撃し、またある者は断片的な噂だけを知っていた。
アシュフォード王国は二万の軍勢を率い、五千の聖騎士を引き連れて進軍してきた。しかし今や、その誰一人として残っていない。生き残ったのは、国王エモン、聖騎士団長ソフィア、そして司教エルリックのわずか三名のみ。
教団の内部では、まだ具体的に何が起きたのかを正確に把握している者はいなかった。だが、一つだけ確かな事実があった。主たるカイが帰還したということだ。そして、戦いから戻ったばかりのカイの機嫌をこれ以上損ねたいと思う愚者は、この塔のどこにも存在しなかった。特に、今日という日は。
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下層の回廊に、静かな足音が響き渡った。ゆっくりと、落ち着いた、規則正しい足音。両手を拘束された男が、青ざめた顔で息を切らせながら歩かされていた。カイの配下から命令を受けたと自白し、教会を戦争へと駆り立てる決定的な引き金となった、あの神官だった。
その背後を、セナが静かに従っていた。表情はどこまでも平穏そのもの。神官は恐る恐る後ろを振り返ったが、彼女のその視線がたまらなく恐怖だった。彼女の瞳には、怒りも、苛立ちも、目に見える憎しみすらも浮かんでいない。それがかえって、底知れぬ恐ろしさを際立たせていた。彼女の顔にはただ、遂行すべき『目的』だけが淡々と刻まれていた。
やがて回廊の先が開き、広大な大広間へと出た。中央にはカイが佇み、その傍らにはユイが寄り添っている。扉が開く音に、カイが静かに振り返った。
セナはその場に立ち止まり、恭しく一礼した。
「カイ様、連れてまいりました」
カイはセナに視線を向け、それから神官を見つめた。
「……こいつか」
セナがうなずく。「はい」
カイは数秒の間、神官を観察するように見つめ続けた。カイの配下に命じられて聖なる結晶を汚染したと主張し、教会を煽動した張本人。カイの目にあるのは怒りではなく、ただ底知れぬ疲労感だった。
カイが歩み寄ると、神官は本能的な恐怖から思わず後ずさりした。カイはそれに気づき、静かに告げた。
「怯える必要はない」
神官は何も答えられなかった。
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カイはセナを見やり、再び神官へと視線を戻した。未だに多くの謎が残されている。なぜこの男は教会の密談を盗み聞きしていたのか。誰が裏で糸を引いていたのか。なぜ結晶を汚染するよう命じられたのか。なぜカイの配下から命令を受けたと信じ込んでいたのか。そして何より――この男の言葉は真実なのか。
カイは推測で済ませるつもりはなかった。確かな答えを求めていた。
「セナ、こいつからすべてを吐き出させてくれ」
セナの唇に、どこか楽しげで、それでいてひどく冷徹な笑みが浮かんだ。
「お任せください、カイ様。喜んで」
神官の表情が恐怖に強張る。
カイはセナを見据えた。
「殺すなよ」
彼女は微笑みを崩さない。「もちろんでございます」
カイは背を向けた。尋問に関しては、セナに任せておけば間違いなかった。しかし、神官のほうは到底そんな安心感を持てる状態ではなかった。
セナが神官に向かって一歩、足を踏み出す。
「来なさい」
神官は恐怖のあまり動けない。
セナは平然と彼を見つめた。
「心配いりません。あなたはただ、私たちに答えを差し出せばいいのですから」
神官は彼女を凝視した。「……どうやって」
彼女の笑みがさらに深く裂けた。「すぐに分かりますわ」
彼女が神官の肩にそっと手を触れた瞬間、周囲の世界が掻き消えた。
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神官が目を覚ますと、そこは見覚えのない奇妙な部屋だった。薄暗く、窓もなく、出入り口となる扉すら見当たらない。壁の一面には不気味な魔法文字が刻まれており、部屋の中央に浮かぶ一基の結晶が、床に青白い光を投げかけていた。
神官は狼狽しながら辺りを見回した。「ここは……どこだ!?」
数メートル離れた場所に、セナが佇んでいた。
「エリュシオン教団の、隠された部屋の一つですわ」
神官の呼吸が次第に荒くなっていく。「私に、何をするつもりだ!?」
セナは小首を傾げた。
「大層なことをするわけではありません。私はただ、あなたの『記憶』が必要なだけです」
神官の身体が凍りつく。「き、記憶……?」
「ええ」
セナが静かに片手を掲げると、部屋の空気が一変した。神官は脳を直接圧迫されるような凄まじい重圧を感じ、頭を抱えてよろめきながら後退した。
「待て、待ってくれ!」
セナは容赦しなかった。
「あなたはカイ様の配下から命令を受けた、と主張していましたわね」
神官は必死に首を縦に振った。「そうだ、間違いない!」
「ならば、その時に何が起きたのか、正確に私に見せなさい」
「だから、もうすべて話したはずだ!」
「分かっていますわ」
セナの瞳が、氷のように冷たく据わる。
「ですが、それが『真実のすべて』だとは、私には到底思えないのです」
神官は狂ったように首を横に振った。
「私は覚えていることをすべて教会に伝えた! 本当なんだ!」
セナは彼を冷徹に見つめた。
「その通りですわ。あなたの『覚えていること』のすべて、ね」
神官は眉をひそめた。彼女の言葉の真意が理解できなかった。
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セナは静かに間合いを詰め、神官の額に二本の指をそっと添えた。
「記憶の抽出には絶対の規則がありますの。私はあなたの精神を力ずくで操り、私の望む答えを捏造させることはできません。ただ、現実に存在する記憶の軌跡を辿り、植え付けられた偽りの記憶を剥ぎ取り、破壊されていない断片を回収することしかできない。もし記憶が完全に消去されていれば復元は不可能ですわ。ですが……もしそれが『改ざん』されているだけなのだとしたら、偽りの表層を剥ぎ取ることで、その奥に残された本物を精査することができるのですよ」
神官は目を見開いた。「何を、言っているんだ……?」
セナの声が、低い囁きとなって彼の脳裏に直接響く。
「あなたの覚えているその記憶が、現実に起きたこととは全く異なる『偽物』だとしたら、と言っているのですわ」
彼が言い返すよりも早く、凄まじい激痛がその肉体を襲った。脳内に無数の光景が濁流のように流れ込んでくる。教会、回廊、結晶、誰かの声、そして命令。それらが現れては一瞬で掻き消え、また新たな断片が浮かび上がる。神官は絶叫した。
セナは微動だにせず、ただ冷徹にその精神の深淵をハッキングしていた。やはり、彼の記憶は改ざんされていた。消去されたのではなく、上書きされているのだ。元々あった現実の記憶の上に、彼自身が「実際に起きたこと」だと完全に信じ込むような、精巧な偽りのタイムラインが植え付けられていた。
セナはその偽りの記憶の層を、容赦なく力ずくで引き剥がしにかかった。神官の悲鳴が部屋に木霊する。「やめろ! 頼むからやめてくれ!」
彼女は手を止めない。存在しない記憶を探しているのではない。彼の本来の記憶を覆い隠している邪魔なノイズを取り除き、ねじ曲げられた因果の繋がりを分断し、人工的に埋め込まれた命令コードを特定しているのだ。
神官の身体が激しく痙攣を始めた。鼻から血が滴り落ち、口元からも鮮血が溢れ出す。セナはそれを冷ややかに見つめた。
「かなり深く、精神をいじくり回されていますわね」
神官はまともに息をすることすらできなかった。
「私は……何が、起きて……」
「あなたが理解する必要はありませんわ。ただ、その奥に残された本物を思い出しなさい」
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神官が再び絶叫し、部屋全体が激しく鳴動した。彼の脳内で、植え付けられた偽りの記憶が粉々に砕け散っていく。仮面をつけた不気味な人物の残像が掻き消え、それに付随していた偽の光景がことごとく消滅した。
そして――さらに深い深淵から、本物の『現実』が浮上してきた。
一つの回廊。神官はそこを歩いていた。手には小さな物体――汚染された結晶を携えている。彼は足を止めた。そこには、誰かが待っていた。記憶はひどく霞んでおり、その人物の顔を視認することはできない。
セナは目を細めた。「続けなさい」
記憶のタイムラインが動く。その人物が何かを語りかけているが、声がこもっていて聞き取れない。セナがさらに精神への圧力を強める。神官が悲鳴を上げると同時に、霞んでいた記憶の解像度が跳ね上がった。ついに、その声が鮮明に響き渡る。
『――お前が、選ばれたのだ』
神官の目が驚愕に見開かれる。「嫌だ、そんな――」
セナは容赦なく記憶を抽出し続けた。相手の姿は依然として不鮮明な影のままで、大まかな輪郭しか掴めない。神官はその者の前に跪いていた。そこで明確な指示を与えられている。聖なる部屋に侵入し、汚染された結晶を配置し、もし見つかった場合はあらかじめ用意された物語を繰り返せ、と。――「カイの配下に命じられた」と、そう主張するように仕込まれていたのだ。
神官の呼吸が狂ったように乱れる。
「違う……私は……」
彼は、自らの本当の過去を思い出し始めていた。
「私は、そんなこと――」
セナの表情はどこまでも冷徹だった。「あなたがやったのですわ」
「違う!」
神官は必死に首を振った。
「私は、そんなことしたくなかったんだ!」
「分かっていますわ」
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セナは彼の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの記憶は改ざんされていましたが、根底にある現実の配列は残されていました。私はただ、偽りの奥に生き残っていたものを取り出したに過ぎません。存在しない詳細を捏造することはできませんし、不鮮明な断片を無理やり書き換えることも不可能ですわ」
彼女はさらに記憶の奥底へとダイブした。また新たな断片が浮上してくる。神官はその正体不明の影に向かって問いかけていた。
「……お前は、誰だ?」
影は答えなかった。代わりに、一つの不気味な紋章が虚空に浮かび上がった。――『欠けた三日月』。
セナの目が鋭く細められた。直後、記憶のデータは激しく明滅し、そのまま完全に消失した。「もう一度よ」
神官が悲鳴を上げる。セナは消えかかった断片を無理やり引き戻し、再びその網膜へと焼き付けた。あの『欠けた三日月』の紋章が、再び不気味に浮かび上がる。そして、冷徹な声が響いた。
『――お前は、この会話のすべてを忘れる。何もかもをだ』
神官の目が極限まで見開かれた。「あ、あああ――っ!」
彼の肉体が激しくのけ反り、痙攣する。
セナは静かに指を離した。偽りの記憶は、極めて意図的に植え付けられたものだった。絶対的な命令コードが、彼の精神のインフラに直接書き込まれていたのだ。神官は「カイの配下に命じられた」と心の底から信じ込んでいた。彼は嘘をついていたのではない。――ただ、何者かによって完璧に、踊らされていただけだったのだ。
セナはようやくすべてを理解した。何者かがこの男を利用したのだ。男が捕まることすらあらかじめ予測し、尋問された際に差し出すべき偽りの記憶まで完璧に用意していた。
彼女の表情が微かに変化した。それは驚きではなく、確信だった。
「面白いわね」
神官はガタガタと激しく息を切らせながら、その場に膝を突いた。セナは彼を冷徹に見下ろす。
「あなたはただの『道具』に仕立て上げられていたのよ」
神官は辛うじて声を絞り出した。
「私は……思い出せない……」
「当然ですわ。偽りの記憶は、真実を完全に塗りつぶすように設計されていたのですから。今残っているのは、改ざんのシステムが破壊し尽くせなかった残骸だけよ」
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セナが虚空に手を伸ばすと、一基の小さな結晶が具現化した。彼女はその中へ、復元した記憶のデータを転送し始める。結晶が淡く発光し、その内部でいくつもの光景が形を成していった。隠された部屋、正体不明の影、与えられた指示、そして――『欠けた三日月』の紋章。回収できたすべてのデータがそこに集束していく。
神官が再び絶叫した。抽出のプロセスは止まらない。彼の精神は激しく拒絶反応を起こし、その肉体はすでに限界を迎えていた。セナもそれに気づいたが、ただの一ミリも気に留めなかった。もしこの男が死んだとしても、情報は手に入る。彼女にとっては、それだけがすべての絶対条件だった。
神官の視界が次第に遠のいていく。彼はセナを見つめた。
「頼む……」
セナは手を止めない。
「やめてくれ……」
彼女は完全に無視した。
「頼む……っ!」
結晶は着々と記憶のデータで満たされていく。神官の心音が次第に弱まり、セナはようやくその指を離した。脳を圧迫していた重圧が霧散する。神官はそのまま床へと崩れ落ち、部屋に静寂が戻った。
セナは手の中の結晶を静かに検分した。復元された記憶は無事に保存されていたが、これが不完全な抽出であることは彼女自身が一番よく分かっていた。失われた顔、聞き取れなかった言葉、そして完全に破壊された断片は、どれほど彼女が望もうとも復元することは不可能なのだ。
彼女は足元の神官を見下ろした。辛うじて意識を保っているものの、その身体は激しく震え、精神は限界を超えて摩耗している。セナの心に罪悪感や同情など微塵もなかった。彼は必要な情報をもたらすソースに過ぎない。何より、我が主たるカイを本気で怒らせたのだ。それだけで、彼がどのような目に遭おうともお釣りがくる理由としては十分だった。
セナは扉の方へと向き直った。部屋を出る直前、彼女は冷ややかに振り返る。
「感謝することね」
神官がゆっくりと目を開ける。
セナは言葉を紡いだ。
「カイ様が、あなたを殺すなと命じてくださったのよ」
彼女の唇に、残酷な笑みが浮かぶ。
「もしその御言葉がなければ――あなた、今頃もう息をしていないわよ」
神官が恐怖に目を見開く中、セナは扉を開けて回廊へと足を踏み出し、背後で静かにそれを閉じた。
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セナは一人、塔の回廊を歩いていた。復元された記憶を宿す結晶が彼女の傍らに静かに浮遊している。その表情は、いつものどこまでも平穏なものへと戻っていた。ここまでのプロセスは不快極まるものだった。もっとも、不快だったのは彼女ではなく神官のほうだが、セナにとっては知ったことではなかった。彼女の関心は、ただ主であるカイにしか向いていない。
何者かが教会を操り、神官を利用し、極めて意図的にカイを戦争へと引きずり込んだ。そして今、セナはその黒幕に繋がる最初の一歩――確かな手がかりを掴み取ったのだ。
彼女はカイが待つ大広間へと到達した。巨大な扉が開き、カイが顔を上げる。セナが静かに部屋へと入ってきた。
「カイ様」
カイが彼女を振り返る。
「何か分かったか?」
セナが微笑んだ。「ええ、大いなる収穫が」
カイの表情が一気に真剣なものへと変わる。「聞かせてくれ」
セナは結晶を厳かに掲げた。
「男の脳内から、本来の記憶を復元いたしました」
ユイが即座にそちらへ視線を向け、カイもその結晶を凝視した。
「……なら、あいつは嘘をついていなかったのか?」
「ええ」
セナは首を振った。
「彼は本当に、私どもの誰かから命令を受けたと心の底から信じ込んでいましたわ」
カイが眉をひそめる。「だが、実際は違うんだな?」
セナの目が冷たく据わる。
「彼の記憶は、何者かによって改ざんされていました」
カイが絶句した。ユイが一歩、間合いを詰める。「改ざん、ですって?」
セナがうなずく。
「彼が教会に差し出した記憶は、本物ではありませんでしたわ。現実に起きた出来事の上に、精巧に作られた偽りのタイムラインが植え付けられていたのです」
カイは結晶を見つめた。
「誰かが、あいつの記憶そのものを書き換えたってことか」
「はい。私はその改ざんをすり抜けて生き残っていた断片だけを回収いたしました。いくつかの詳細は完全に破壊されており、鮮明に認識することはできませんでしたが」
カイの表情が険しく沈む。
「現実に何が起きたのか、俺たちにも見えるか?」
セナは結晶を差し出した。
「回収できるものは、すべてこの中に」
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ユイが手を伸ばそうとした。しかし、その指が結晶に触れる寸前、カイがそれを静かに制した。
「待て」
ユイが彼を見る。
カイはセナへと視線を向けた。「あいつは、生きているな?」
セナがうなずく。「はい、生きておりますわ」
「よかった」
カイの目は依然として結晶に固定されていた。
「なら、後からさらに問い詰めるためのソースは残されているわけだ」
セナが嬉しそうに微笑む。「もちろんでございます」
カイは深く息を吐き出した。
「ありがとう、セナ。助かった」
その御言葉が掛けられた瞬間、セナの冷徹だった表情が、嘘のように形をなくして柔らかく蕩けた。
「勿体なきお言葉ですわ、カイ様」
カイは再び結晶へと視線を落とした。何者かが教会のインフラを揺るがすほどの異常な手段を用いて、裏で糸を引いていたのだ。一人の人間の記憶を改ざんし、偽りの物語を植え付け、教会をカイへと衝突させて、一つの軍勢が全滅するほどの戦争を引き起こした。カイの目が鋭く細められる。
「ユイ」
「なあに、あなた?」
「解析を頼む」
ユイが結晶へと手を伸ばした。「了解したわ」
彼女がそれを手に取った瞬間、結晶が眩い光を放ち始めた。その内部で無数の映像データが駆動を始める。ユイの瞳の奥で、何千もの情報ストリームが高速で処理されていく。隠された部屋、神官、正体不明の影、あの『欠けた三日月』の紋章、そして与えられていた指示。抽出を生き延びたすべてのデータが、彼女の知性へと直接同期されていく。
カイは沈黙を保ち、セナはその隣に静かに佇んでいた。あの影が何者なのか、どの魔王がこの不条理の裏に潜んでいるのかは、まだ誰にも分からない。しかし、教会がカイを糾弾し始めて以来、彼らは初めて『本物の真実』を手に入れたのだ。一つの記憶。一つの確かな手がかり。そしてその記憶の深淵には、この一連の惨劇をデザインしたすべての始まりの人物へと繋がる、最初の糸口が確実に眠っていた。
ユイの表情が、次第に深刻なものへと変わっていく。
「……これは」
カイが彼女を見つめた。「どうした?」
ユイは結晶のデータを精査し続けた。「何かあるわ、これ」
カイの目が鋭くなる。「何が見える?」
ユイはすぐには答えず、ただひたすらに解析のクロックスピードを上げていく。セナは彼女の様子を静かに見守り、カイはただその言葉を待った。三人の間で、結晶は変わらぬ不気味な光を放ち続けている。
絶対の追究が、ついに本格的な駆動を始めたのだ。




