第115話 - その後(後編) - ソフィア対リン&ソラ
因果律の断頭台、歪む予知と未来の簒奪
【エリュシオン教団・第十七階層――『擬似広間』】
――戦火が爆発した。しかし、その戦場はアシュフォード王国が想定していたような凡百の『殺し合い』のルールなど、とっくに完全崩壊させていた。
人工の天空は何事もなかったかのようにクリアな色彩を保ちながらも、その直下の空間には見るも無惨な戦闘ログ(破壊痕)が刻み込まれている。
数万年の大樹がへし折られ、大地には無数の超重力クレーターが穿たれ、粉砕された巨石の破片が重力を失ったかのように宙を不気味に浮遊していた。
その破壊の中心点において、三つの絶対的な座標(人影)が未だ一歩も引かずに駆動し続けている。
聖騎士団長『ソフィア』、格闘士『リン』、そして大魔導士『ソラ』。
そこから数百メートル離れた無風の座標に、もう一つの影が静かに佇んでいた。エルヴァ(Elva)だ。
彼女は戦闘の黎明期から、ただの『一ミリも動かない絶対の観測者』としてその光景を見つめ続けていた。
介入するでもなく、加勢するでもない。ただ銀髪の腕を静かに組み、双眸の戦術センサーであらゆる挙動を徹底的にトレースしている。
敵の踏み込み、魔力の集束パターン、三次元空間における位置変化、そして、刹那の思考回路。
彼女がカイから下された絶対命令は、「ソフィアを無傷で連れ戻すこと」。ただそれだけだ。
だからこそ、彼女はただ、冷徹にそのデータの推移を精査し続けていたのだ。
◆◆◆
ソフィアは再び『預言の剣(Prophecy Blade)』を厳かに掲げた。
その磨き上げられた白銀の刀身が、世界の因果律を歪めるかのような不気味な七色の光を放ち始める。
リンの野生の感覚が、その致命的な初期設定の書き換えを即座に感知した。
「――来るわよ!」
ソラが冷徹な魔力ロジックを起動しながらうなずく。「分かってる!」
ソフィアの座標が、空間から完全に消滅した。
リンの動態視力には、彼女の残像すら映らない。だが――それ以上に最悪なのは、あの『預言の剣』がすでに、コンマ数秒先の『未来のタイムライン』へと直接突き刺さっていたことだ。
ソフィアは、リンが「今いる場所」を狙ってなどいない。リンが「次の瞬間に移動せざるを得ない座標(答え)」へ向けて、あらかじめ剣の破壊ベクトルを配置しているのだ。
あり得ない角度(死角)から、白銀の刃が虚空を割って顕現する。
リンは全身の筋肉細胞を強制駆動させ、物理法則を無視した角度で上半身を捻った。
――キィィィン!
刃の風圧が、彼女の首筋の産毛をかすめ飛ぶ。
リンは数メートル後方の地面へと着地したが、ソフィアはその硬直を許さない。
すかさずソラが片手を掲げ、迎撃の術式陣を展開した。
しかし、ソフィアの瞳はすでにその魔力の収束点(座標)を完全にハッキングしていた。
預言の剣が、さらに深い未来の因果の束へとダイブする。ソフィアの脳内インフラには、次の瞬間に発生しうる幾つもの可能性の残像が完璧にプロットされていた。
『魔導士が術式を起動する』『格闘士がその隙を埋めるために左から回り込む』『私はその両者の交差点へと、あらかじめ最適のカウンタースラッシュを叩き込む』――。
彼女は、ソラの魔法がこの世に『顕現』するよりも遥かに前のフェーズにおいて、すでに必殺の剣を振り下ろしていた。
ソラの目が、驚愕のシステムエラーによって大きく見開かれる。
「――嘘、もうここにいるの!?」
詠唱の完了を待たずして、ソフィアはソラの眼前のゼロ距離へと空間転移していた。
白銀の聖剣が滑らかに一閃する。その絶望の軌道の間に、リンが命懸けの超高速ステップで割り込んだ。
――ガキィィィン!!
リンの両腕の手甲が剣撃を受け止めたが、その絶対的な運動エネルギー(質量)に圧し潰され、彼女の身体は弾丸のように後方へと吹き飛ばされた。
--
ソラは即座に戦術位置を変更した。吹き飛んできたリンの背中に、瞬時に小さな掌を叩きつける。
「――跳びなさい(シフト)!」
二人の足元の座標から、猛烈な蒼雷の推進力が爆発した。
二人の身体が一瞬にしてその場から消失する。
ソフィアの瞳が、その消失のロジックを冷徹に追尾した。
その刹那、彼女の握る預言の剣がミィィンと甲高く鳴動し、一瞬先の確定未来を彼女の網膜へとダイブさせた。
『――次の瞬間、頭上の上空の死角から、格闘士が位置エネルギーを乗せた全力の急降下パンチを放ってくる』。
ソフィアは上空を見上げることもなく、ただ未来の座標が指し示すポイントへ向けて、無造作に聖剣を垂直に突き上げた。
まさにその位置へ、天上からリンの鉄拳が激突する。
――ドゴォォォン!!
凄まじい衝撃波が広場を走り、ソフィアの足元の石床がクモの巣状に激しく爆裂した。
ソフィアはその衝撃を膝のダンパーで滑らかに吸収し、一歩も退かずに着地してみせる。
リンが着地と同時に次の一撃を放つが、ソフィアは未来の予知の通りにただ一ミリだけ足を引いて回避。
さらに続く連撃も、すべて剣の腹で完全に『既知のデータ』として弾き返していく。
予言の剣の絶対の先制権が駆動する。
――シャアァン!
ソフィアが放った鋭いカウンターの軌道に対し、リンは全身の毛を逆立ててバックステップを踏んだ。
彼女が次に動こうとしたその空間(未来の座標)へ、あらかじめ白銀の刃が正確に滑り込んできていたからだ。
リンは荒い息を吐きながら、ソフィアを睨み据えた。
「……なるほどね。私たちが『次にどこへ動くか』を完全にハッキングして、そこに剣を置いてるってわけだ」
ソフィアは何も答えない。ただ、呼吸一つ乱さずに再び白銀の剣先を相手の眉間へと向けた。
リンはその凶悪な強さに、不敵に唇を歪める。
「最高にめんどくさいわね、そのオモチャ」
ソラがその隣へと滑らかに着地し、同じように顔をしかめてみせた。「同感。最悪のバグ武器だよ」
--
ソフィアの座標が、再び空間から消失した。
リンは本能のままに超高速の adaptation(戦術適応)を起動し、フェイントを織り交ぜながらジグザグに進路を書き換える。
しかし、預言の剣は容赦なくその『書き換えられた先の未来』すらも一足飛びにハッキングしていた。
ソフィアは、リンが不規則なステップの果てに到達するであろう『未来の終着点』に、狂いなくその姿を現したのだ。
だが――その瞬間、リンの野生の五感が奇跡的なエラーを起こした。
攻撃が肉体に届く直前の刹那、彼女は未来の死線を肌で察知し、無理やり肉体の駆動ロジックを逆回転させて方向をマニュアル変更したのだ。
ソフィアの絶対の刃が、世界の因果律をすり抜けて空を切る。
「――そこよぉっ!」
死線をすり抜けたリンの死角からの鉄拳が、ソフィアの右肩の手甲へとクリーンヒットした。
――ドゴォォン!
衝撃の質量に押され、ソフィアの身体が初めて後方へと大きく弾き飛ばされる。
しかし、彼女は空中で美しく三回転の制動をかけ、両足のブーツで滑らかに石床へと着地してみせた。
そして。その白銀の髪を揺らしながら、彼女の唇から、初めて楽しげな『笑み』が零れ落ちたのだ。
「――素晴らしいわ」
リンは拳を構えたまま、その笑みを警戒するように目を細める。
ソフィアは剣の切っ先をわずかに下げ、その若き怪物たちを正当にプロファイリングした。
「……私の剣の因果(予知)を肌で感じ取った瞬間に、自らの肉体の挙動ロジックを無理やり書き換えてステップをズラしたのね。――戦闘中の『リアルタイム適応(進化)』、確かに見事だわ」
リンの瞳が、獣のように鋭く据わる。「悪いけど、私は一方的に殴られるサンドバッグになる趣味はないのよ」
ソラがジト目で彼女を振り返る。「……今の、格好いいセリフのつもり?」
「これ以外のロジックでどう説明しろって言うのよ!?」
ソラは深いため息をついた。「……もういい、黙って戦おう」
--
ソフィアの駆動パラメータが、再びバーストした。
預言の剣の表面が眩いレインボーの光(スキル発動)で明滅する。リンの目が驚愕に細められた。――回避不可能。
刀身はすでに、現世のタイムラインを置き去りにして『リンがどう動いても確実に刃と交差する未来の数式』を完成させていた。
ソフィアは、リンがどれほど適応しようとも、その進化の先にあるチェックメイトの座標を完全に掌握していたのだ。
――ズバァァン!!
必殺の白銀の一閃が炸裂する。リンは咄嗟に両腕の手甲を交差させてガードしたが、その規格外の質量に耐えきれず、防壁ごと遥か彼方へと吹き飛ばされた。
「――リンっ!」
ソラが即座に両手を天へと突き上げる。ソフィアの足元の周囲の座標に、同時に十数個の超高密度な『第十階層魔法』の術式陣が一瞬にして狂い咲いた。
ソフィアはその絶望的な魔力の集束点へと、ただ冷淡な視線を向けた。
そんなものは、すでに『見ていたデータ』だ。預言の剣のインフラは、ソラがこれから放つであろう全方位の広域殲滅魔法の全爆発座標を、すでに数秒前の段階で完璧にトレースし終えていた。
ソフィアの肉体が、滑らかに駆動する。
最初の超重力爆発が顕現した瞬間、彼女の身体はすでにその爆風の外周へとステップを踏んでいた。
第二の雷撃が大地を穿った瞬間、彼女はすでにその落雷の座標をすり抜けている。
第三の、第四の、空間を消滅させるほどの連続魔法がフィールドを狂い咲く中――白銀の聖騎士は、まるで最初からそこに攻撃など存在しないかのように、すべての死線を完璧にステップでハッキングし、すでに煙の彼方へと消失していた。
ソラは忌々しげにその貧相な眉をひそめた。「……チッ、すべての攻撃の軌道(答え)を先読みされてるね」
彼女はこのバグ武器の本質を完全に理解していた。ソフィアの持つ預言の剣は、ただ単に「敵の動きが見える」という生温いレベルの代物ではない。
『一瞬先の未来の可能性を完全に閲覧し、その未来の確定パラメータ(答え)に合わせて、自らの現在の肉体と剣を最も最適な位置へと自動駆動させる』という、因果律そのものをハッキングする最悪のチートスキルなのだ。
すべての標準的な攻撃は、放つ前からすでに『既知のデータ(過去ログ)』と化す。
どれほど完璧に構築したコンビネーション(戦術術式)であっても、顕現する前のフェーズでその脆弱性を完全に見破られてしまうのだ。
--
ソラは静かにその両手を下げ、魔力の集束を一時フリーズさせた。
煙の彼方から、ソフィアが優雅な足取りで近づいてくる。
「――ようやく、その知性で理解したようね、魔導士の少女」
ソラは彼女を真っ直ぐに見据えた。「ええ。あなたのその剣、最高に頭が痛くなるペイン(バグ)だわ」
ソフィアの唇が、誇らしげにわずかに吊り上がる。「当然よ。この剣はね、あなたたちなどよりも遥かに強大な、本物の『世界の化け物』たちを幾つもデリートしてきた歴史があるのだから」
リンが重低音のステップを響かせ、ソラの隣へと再び帰還した。「だったらさ……あのオモチャの処理能力が追いつかなくなるくらい、最悪の超難解エラーをあいつに叩き込んでやればいいだけでしょ?」
ソラがリンの横顔を見た。リンもまた、ソラの瞳を見返す。
そこには、言葉による余計なデータ通信(説明)などただの一ミリも必要なかった。
二人はこのエリュシオン教団の最深部で、幾百、幾千という地獄の戦闘タスクを共にしてきた唯一無二のパートナーだ。
互いの肉体が次にどのロジックで駆動するかなど、脳内インフラのレベルで完璧に同期していた。
「――いくわよぉっ!」
リンが再び暴風のような推進力で前線へと突撃する。ソフィアは即座にユニークスキル『七彩』の最大出力を完全起動した。
リンが肉体を一歩動かしたその刹那、ソフィアの精神と肉体はほぼ同時にカウンターの軌道を描く。
リンの強烈なストレート。ソフィアが防ぐ。リンの超高速の回し蹴り。ソフィアが一ミリで回避。リンが空中で挙動をマニュアル変更する。――しかし、ソフィアはすでにその変更先の座標(未来)に剣を配置している。預言の剣の表面が眩く明滅し、リンは舌を打って再び後方へと大きく飛び退いた。
そこへ、ソラが片手を掲げて新たな魔法陣を展開する。
ソフィアの瞳がその術式をハッキングし、『次の瞬間にその魔法が炸裂するであろう前方右側の座標』へと、あらかじめ身体を滑り込ませた。
――しかし。その次の瞬間、世界の因果律が不気味にフリーズ(エラー)した。
ソフィアの動きが、ピタリと静止する。その美麗な眉が、不快そうに険しく細められた。
展開されていたはずのソラの魔法陣が、炸裂する直前のフェーズで唐突に完全消滅したのだ。
ソラは最初から、魔法を放ってなどいなかった。――詠唱の完全な途中破棄。
ソフィアが驚愕の瞳をそちらへ向けた瞬間。
ソラの唇が、最高に意地の悪い、そして勝利を確信した凶悪な笑みへと跳ね上がった。
「――ハッカー(予知能力者)をハッキングするなんて、最高にイージー(簡単)なタスクだね。……引っかかった」
--
ソラはその刹那の硬直を見逃さず、今度こそ本物の第十階層魔法の超巨大術式を完全起動した。
しかもその展開座標は、ソフィアの死角――他ならぬ、彼女の『真後ろの空間』のインフラだ。
ソフィアの戦術センサー(瞳)が激しくアラートを鳴らす。しかし、もう書き換え(ステップ)は間に合わない。術式が、一足飛びに最大出力で大爆発を執行した。
――ズドォォォォォン!!!
広場全体を消滅させるかのような凶悪な紅蓮の爆炎が、ソフィアの華奢な肉体を完全に呑み込んだ。
リンがその光景を直視し、ソラが白い歯を見せてニヤリと笑う。
「――あいつ、最初の『偽物の未来』を、自分のバグ武器で完璧な確定未来(答え)だと誤認して、自らその罠の座標へとステップを踏み込んじゃったんだよ」
リンは相棒の悪魔的な内政ロジックに感嘆の声を上げた。
「なるほどね……! あいつに『絶対に起きない嘘の未来』を予知させて、そっちに意識をハッキングさせてる間に、本物のクソ重い一撃を叩き込んだってわけか!」
「そういうこと(チェックメイト)」
フィールドの全座標を、黒い遮光煙が激しく満たしていく。
しかし――その爆煙の深淵から、コツン、コツンと、冷徹なヒールの足音が再び響き渡った。
煙を割って姿を現した白銀の聖騎士。
その美麗な教会の制服(法衣)は数箇所が激しく引き裂かれ、その白く滑らかな頬の座標には、一本の赤い線(切り傷)が刻み込まれていた。
ソフィアは指先でその頬の鮮血を無造作に拭い去り、その血のデータを静かに見つめた後、ソラへと冷徹な視線を向けた。
「……素晴らしいわ、魔導士。まさか私の『予知のロジック』そのものを逆手に取り、偽の因果データをシステムに流し込んでカウンターハック(幻惑)してくるなんてね」
ソラは不敵に笑ってみせる。「どういたしまして。褒めても何も出ないよ」
しかし、ソフィアの表情から、一切の感情のパラメータが完全に消去され、ただの冷徹な『戦闘マシン』のプロファイリングへと完全移行した。
「――だけど。そんな底の浅いプログラム(小細工)が、この私に『二度』も通用すると思わないことね」
ソラの顔から、すべての笑みが一瞬にして消失した。
--
ソフィアが『預言の剣』を限界まで正位置へと構え直した。
刀身から放たれる七色の波動が、空間のインフラそのものを物理的に激しく歪め始める。
ユニークスキル『七彩』、全出力完全解放。
ソフィアの主観世界が、何万倍もの速度へと加速度的にバースト(加速)していく。
それは物理的な速度の向上ではない。彼女の知覚と因果の処理能力が、世界の駆動速度を遥かに置き去りにしたのだ。
周囲の瓦礫の落下速度が、まるで完全フリーズしたかのように遅くなっていく。すべての可能性のルートが、数手先まで完璧な明瞭度(高解像度データ)を以て、彼女の網膜へと次々とマッピング(描画)されていく。
リンが地を蹴って突撃する。――ソフィアには、その数秒先の未来の座標が見えている。
ソラが術式を展開しようとする。――ソフィアには、その魔力の全爆発パラメータ(答え)が見えている。
リンが肉体の方向をマニュアル変更する。――ソフィアには、その変更先の進路すらも、最初から確定した過去ログ(データ)として見えている。
そこからの戦闘は、もはや『戦い』などという生温いものではなかった。
ソフィアという絶対の処理装置による、圧倒的な因果律の簒奪だ。
予言の剣は、もはや敵の攻撃を「待つ」という無駄なプロセスを必要としない。
彼女はただ、二人の怪物が『次の瞬間に最も無防備な脆弱性を晒すであろう未来の空白の座標』に向けて、あらかじめ冷酷に白銀の刃を滑り込ませておけば、それだけで済む話だったからだ。
リンが肉薄しようとする。しかし、彼女が足を踏み込むよりも前のタイムラインにおいて、すでにソフィアの刃がその喉元へと配置されている。
リンが驚愕して跳び上がる。しかし、その跳躍先の頭上の空間には、すでに冷徹なスラッシュが待機している。
リンが空中で無理やり身体を捻るが、その捻った先の脇腹の座標へと、無造作な三度目の打撃が完璧なタイミングで叩き込まれた。
辛うじて致命傷だけを回避し、リンは血を吐きながら床を激しく転がっていく。
ソラが即座に介入(魔法支援)を試みた。
しかし、彼女が術式の最初のコード(呪文)を脳内で処理し終えるよりも遥かに前のフェーズにおいて――ソフィアの身体は、すでにソラの眼前のゼロ距離へと完全エンカウント(肉薄)していた。
白銀の預言の剣の切っ先が、ソラの白い首筋の皮膚から、僅か数ミリの手前の座標でピタリと完全停止する。
ソラの身体が、恐怖のシステムエラーによって完全に硬直した。
ソフィアは、その刃をそれ以上突き刺そうとはしなかった。
ただ、その氷のように冷たい瞳で少女を見下ろし、冷徹にその実力を評価したのだ。
「――二人とも、本当に見事な強さ(パラメータ)だわ。……だけど」
彼女は剣を構えたまま、ソラの知性の最深部へと、最高位の戦士としての冷酷な『ファクト(事実)』を突きつけた。
「……あなたのその魔法の駆動ロジック(構築)は、未だにあまりにも『標準的な魔導士』の枠組みに依存しすぎているわ」
ソラが息を呑み、そのジト目を激しく見開く。「……標準的、だと?」
ソフィアは静かに一歩ステップを引き、剣の間合いを外してみせた。
「――あなたのその強大な大魔法はね。どれほど構築速度が速かろうとも、発動までに必ず『術式の展開(準備フェーズ)』という、明確なタイムラグ(脆弱性)を世界のインフラへと発生させているのよ。私のこの剣の前において、そんな分かりやすい起動シグナル(予兆)は――ただの、格好の『おやつ(ハッキング対象)』に過ぎないわ」
ソラは首筋に冷たい汗を流しながら、ソフィアのその白銀の姿をじっと見つめ返した。
そして。次の瞬間、彼女の唇が、再び不気味で凶悪な『笑み』へと、歪に跳ね上がったのだ。
「……へえ。標準的、ね。……よく分かったよ、団長さん」
彼女の瞳の奥で、エリュシオン教団の最深部に眠る『漆黒の魔力インフラ』が、ミィィンと不気味な重低音を立てて完全覚醒を執行した。
「――じゃあ、ここからは『非標準』のシステムで駆動させてもらおうかな」
--
ソフィアの直感センサーが、最大のアラートを検知して激しく収縮した。
ソラが、ただ無造作にその小さな右手を掲げた。
そこには、呪文の詠唱などただの一微塵も存在しない。
魔力の集束フェーズ(準備)もなければ、世界のインフラへと術式を描き出す予兆(起動シグナル)すらも、初期設定の段階から完全にスキップ(スクラップ)されていた。
ただ――彼女が手を掲げた、その全く同じ瞬間のタイムライン(同時座標)において。
――ズガァァァァァン!!!
ソフィアの肉体の真下の空間から、あり得ない規模の第十階層破壊魔法が、タイムラグゼロの完全な『即時執行(無詠唱・無予兆発動)』を以て、爆発的に顕現したのだ。
ソフィアの美麗な双眸が、驚愕によって極限まで見開かれる。
彼女はユニークスキルをオーバードライブさせ、因果律のタイムラインを引きちぎるかのような超高速ステップでその座標から離脱したが――。
その絶対の爆風は、彼女が先ほどまで立っていた白銀の残像を、大地の石床ごと、跡形もなく一瞬にして完全消滅せしめていたのだった――。
未来の残像、ゼロ・遅延の暴虐と無限に割れる因果
【エリュシオン教団・第十七階層――『擬似広間』】
――ソラがさらに無造作に右手を振るった。
その刹那、一瞬のタイムラグもなく。
――ズガァァァン!!
ソフィアは『七彩』の駆動パラメータを限界まで回してその座標から離脱。
しかし、着地したその足元へ、さらにタイムラグゼロの爆炎が連続して襲いかかる。
――ズドォォォン!! ズバァァァン!!
ソフィアの美麗な表情が、初めて激しい驚愕に歪んだ。
彼女の戦術ロジック(経験則)では、第十階層に達するほどの大魔法を駆動させるには、脳内での緻密な『詠唱コードの処理(準備)』が絶対条件であるはずだった。
しかし、今のソラにはそれがない。思考の発生と同時に、魔法陣という出力インターフェースが世界のインフラへと直接バースト(顕現)している。
それは予兆をハッキングして先回りする『預言の剣』の処理メモリを、力ずくでクラッシュ(オーバーフロー)させる異常な駆動速度だった。
ソラの魔法のシステム(初期設定)が、戦闘の最中に完全に書き換えられたのだ。
リンはその無詠唱・即時執行の暴挙を直視し、凶悪に口元を裂いた。
「――最高じゃない、ソラ!」
ソラは相棒を見ることすらなく、ただその冷徹な双眸でソフィアの未来の座標をロックオンする。
「――いくよ、リン。……今」
「了解ッ!!」
リンの姿が、再び空間から爆発的に消失した。
--
ソフィアの『預言の剣(Prophecy Blade)』が最大出力で鳴動した。
引きちぎられた未来の因果の束が、彼女の網膜へとダイブする。
『――次の瞬間、格闘士が右側の死角から超高速の回し蹴りを放ってくる。同時に、魔導士が真後ろの座標に広域爆破の術式を即時展開する』。
ソフィアはその確定過去ログ(予知データ)を最適にハッキングし、両者の交差点を潰すための迎撃ステップを踏み出そうとした。
――しかし。その瞬間に、因果律の数式が激しくバグ(反転)した。
ソラの放った魔法が、ソフィアがステップを踏み出すよりも『前』のタイムラインにおいて、すでにその座標へと直接バースト(顕現)したのだ。
ソフィアの目が激しく見開かれる。魔法が待ってくれない。
ハッキングするための『詠唱フェーズ(脆弱性)』が最初から消去されているため、ソラが「殺す」と思考したその全く同じ瞬間に、破壊の数式(爆炎)が現世へと顕現しているのだ。
――ズドォォォォォン!!!
ソフィアはユニークスキル『七彩』の防壁パラメータを最大展開し、辛うじてその超重力爆発を正面から受け止めた。
だが、その爆煙を引き裂いて、獣の如きリンの影がゼロ距離へとエンカウント(肉薄)してくる。
ソフィアは反射的に白銀の聖剣を跳ね上げ、その鉄拳をガード。
――ガキィィィン!!
間髪入れず、ソラの次なる即時魔法がソフィアの頭上の空間に狂い咲いた。
――ドゴォォォン!
ソフィアはたまらず下方へと跳躍。しかし、その着地予測座標には、すでにリンの肉体が先回りして回し蹴りのベクトルを完成させている。
ソフィアは空中で無理やり剣の腹を盾にしてそれをブロック。
その直後、彼女の真下の石床のインフラから、ソラの無予兆の爆炎が再びバーストした。
――ズバァァァン!!
「――くっ……っ!?」
凄まじい運動エネルギーに圧し潰され、白銀の聖騎士の身体が上方へと高く打ち上げられる。
リンがその跳躍の軌道を完全にトレースし、空中での熾烈な超高速の打撃ラリー(コンビネーション)が開始された。
リンの暴風の如き物理肉体が、ソフィアに絶対の『身体的反応(肉体の処理)』を強制し。
ソラのゼロ・遅延の即時魔法が、彼女に絶対の『魔力的反応(因果の処理)』を強制する。
そこにはもはや、戦術のシーケンス(順序)など存在しない。起動の予兆すらも、エリュシオンの二人の怪物によって完全にスクラップにされていた。
預言の剣は、未だにソフィアの網膜へと未来の残像を送り続けている。
しかし――その送り込まれる確定未来のデータそのものが、コンマ数秒のタイムラインの中で、何度も、何度も、何度も、異常な速度で書き換え(アップデート)られ続けていくのだ。
--
ソラは、思考と魔法発動の間に存在していた『世界のタイムラグ』を完全にハッキングして消去した。
それはすなわち、ソフィアが「予知を見てから肉体を動かす」ための猶予メモリが、物理的に極限まで削り取られたことを意味している。
未来のデータ(答え)は見えている。しかし、『未来が見えること』と、『その無限に分岐する最悪の可能性に対して、現在の肉体の処理速度が完全に追いつくこと』は――論理的整合性の観点から見れば、決して同義ではなかったのだ。
ソフィアが激しく石床へと着地する。しかし、その瞬間にはすでにリンの追撃の拳が鼻先へと肉薄していた。
――カァァァン!
ソフィアは辛うじて聖剣でそれを受け止めるが、その真横の空間から、ソラの即時術式が再びバースト。
――ドゴォォォン!
ソフィアは上半身を不気味な角度で捻ってそれを回避。爆風が彼女の白銀の髪を激しく焼き焦がす。
そこへリンの次なる裏拳。ソフィアがブロック。直後にソラの雷撃。リンの連撃。ソラの爆破。
フィールド全体が、何十、何百という超重力のバースト(鳴動)によって激しくきしみ、崩壊していく。
エルヴァは、その破壊の嵐の圏外から一歩も動かず、ただ冷徹にそのデータの推移を見つめ続けていた。
彼女の鋭い戦術センサーが、僅かに細められる。
「……アップデート(成長)しているわね。特に、あの魔導士の少女」
ソラの操る魔術は、もはや標準的な『詠唱魔術』の概念を遥かに置き去りにし、世界システムそのものを直接書き換える『純粋な破壊ロジック』へと完全進化を遂げていた。
創造と発動の間に、脆弱性(隙)がただの一ミクロンも存在しない。そして格闘士は、その相棒の進化に、何の説明もなくその肉体(戦術)をリアルタイムで同期(同期)させてみせた。
二人はもはや、ただ「仲良く肩を並べて戦っている才能ある子供たち」などではなかった。
互いが互いの脆弱性を完璧に埋め合い、互いの打撃を最大のインフラとして活用し合う、世界で最も凶悪な『最小にして最強の戦闘ユニット(機構)』へと、この死闘の中で完全昇華していたのだ。
--
ソフィアの知性の最深部が、その最悪のファクト(事実)をようやく完全に精査し終えた。
この二人の怪物は、ただ教会の歴史アーカイブにあるような『暴力のパラメータが高いだけの怪物』などではない。
戦いながら、学んでいるのだ。
自らの脆弱性をリアルタイムで修正し、因果の数式を書き換え、戦闘の最中に絶え間なくシステムアップデート(進化)を繰り返している。
ソフィアはリンの強烈なアッパーカットを聖剣の腹でブロックした。
しかし、その瞬間に彼女の脇腹の座標から、ソラの即時魔法がバーストする。
――ズドォォォン!
「――あ……っ!」
衝撃の質量に押され、ソフィアの白銀の肉体が激しく後方へとスライドさせられる。
その頭上の死角に、リンが位置エネルギーを乗せた最大出力の拳を構えて顕現した。
ソフィアは瞬時に顔を上げた。預言の剣が、さらに深い因果の深淵へとダイブする。
彼女の脳内インフラには、リンが振り下ろしてくる拳の軌道が見えた。ソラが次に放つであろう即時魔法のバースト座標も見えた。生き残るためのすべての生存ルートが、完璧にプロットされたはずだった。
――しかし。その次の刹那、リンは空中でその拳の軌道をマニュアル変更した。
それに合わせるように、ソラもまた放つ予定だった魔法の属性を一瞬で書き換えた。
ソフィアの網膜に映っていた美しい未来の数式が、一瞬にして、無限の不確定な可能性の束へと激しく破裂していく。
ソフィアの目が、驚愕によって極限まで見開かれた。
「――こちらの『ハッキング(先読み)』の速度を……奴らの『意思決定(書き換え)』のクロックスピードが、完全に上回っているというの……っ!?」
彼女は奥歯を噛み締め、渾身の力で『預言の剣』を垂直に跳ね上げた。
天上から振り下ろされるリンの鉄拳が、白銀の刀身と正面から激突する。
――ガキィィィィィン!!!
凄まじい火花が世界の因果を散らす。ソフィアは辛うじてその一撃をブロックした。
――だが。そのリンの背中の死角(座標)から、ソラの小さな姿が音もなくスライドして顕現した。
その掌の先には、すでに最大出力の第十階層破壊術式が、展開と同時にバースト(完全即時執行)のフェーズに入っていた。
――ズドォォォォォォォン!!!!
ソフィアの華奢な肉体が、今度こそ完全に、全方位からの狂暴な紅蓮の爆炎によって真横へと吹き飛ばされた。
彼女の身体はフィールドの石床を何十メートルも激しく転がり、ブーツの底から不気味な火花を散らしながら、地を削り取って辛うじて踏みとどまる。
彼女はゆっくりと頭を上げた。白銀の髪は乱れ、頬の傷からは再び鮮血のデータが静かに流れ落ちている。
その前方には、リンとソラが肩を並べて立ち塞がっていた。
二人の顔からは、もはや初期の楽しげな笑みなどただの一ミリも消え失せていた。
その瞳にあるのは、ただ目の前の宿敵を完全に捩じ伏せるという、絶対の『戦士の意思』だけだった。
--
ソフィアは静かに二人を見つめ返した。
そして――彼女の唇が、ゆっくりと、不敵な『笑み』へと跳ね上がったのだ。
それは相手を蔑むような傲慢な笑みでも、教会の絶対権力を笠に着た虚勢の笑みでもない。
目の前の二人の怪物を、一人の戦士として正当に承認した、本物の敬意の笑みだった。
「――認めざるを得ないわね。あなたたちはただの『魔王の駒』などではない。本物の、世界最高峰の戦士だわ」
リンがその両拳の手甲をミィンと不気味に鳴らし、さらに深く身構える。
ソラがその右手を厳かに掲げ、周囲のインフラへと無数の即時術式をハイド状態で待機させる。
ソフィアは『預言の剣』を限界まで正位置へと構え直した。
彼女の全身から放たれる白銀のオーラ(覇気)が、フィールド全体の重力パラメータを物理的に書き換えるかのように、激しく、激しく噴き上がり始める。
「――ならば、私もこれ以上の手加減は、あなたたちに対して失礼というものね。……ここからは、ただの一人の『子供』としても扱わないわ」
空間全体が、水を打ったような絶対の静寂へと叩き落とされた。
遠方の座標から、エルヴァはただその光景を静観し続けている。
彼女は一歩も動かない。加勢する気など、ただの一ミクロンもありはしなかった。
何故なら、この地獄の死闘のデータ(価値)は、他ならぬあの二人の少女たちが、自らの力で勝ち取るべき absolute(絶対のタスク)なのだから。
ソフィアの手甲が、預言の剣の柄へと強く、強く締め付けられた。
リンがその獣の如き前傾姿勢をさらに低く沈め。
ソラの周囲の三次元座標には、一瞬の遅延すらも許容しない、無数の『即時発動術式』が狂暴に明滅し始める。
――次の一手が、この世界の因果律のチェス盤(死闘)の、すべての決着を執行する。
そして、ラオディキア聖騎士団長『ソフィア』は、自らの人生のタイムラインにおいて初めて、心の底から理解していた。
いま自分が対峙しているのは――ただの一微塵の油断すらも絶対に許されない、自らの首を容易く刈り取りうる『本物の天災(宿敵)』であるということを。




