第10話:もう一つの皿
フェンリクのほうから俺たちを探しに来ることはなかった。
数時間後、俺たちのほうが、ほとんど偶然みたいな形で彼を見つけた。
宿屋の外に一人で座っていた。背中を壁に預け、通りを眺めている。その様子は、完全には信用できない部屋の中を見張る人間みたいだった。
「まだここにいたんだな」
俺は誘われてもいないのに、彼の向かい側に腰を下ろした。まあ、これは今まで何度もドランに同じことをされた分の、ちょっとした仕返しということでいいだろう。
「他に行くところが思いつかなかったからな」
フェンリクは淡々と言った。そこに重さはなかった。ただの事実を口にしただけのようだった。
「朝になったら、どこかへ行こうと思ってた。あの店でのことも……あれ以上、長居するのは悪い気がしてな」
「長居なんてしてないだろ。そもそも、泊まってたわけでもないんだから」
その言葉に、彼の口元がほんのわずかに動いた。
何かを面白がったような表情だった。
けれど、それは現れるのとほとんど同時に消えてしまった。
まるで、そういう感情を表に出すことに慣れていないみたいに。
それから間もなく、ドランも俺たちのところへやって来た。
彼はいつものように、何をするにも無駄がない。そんな動きで階段に腰を下ろした。
しばらく、誰も何も言わなかった。
気まずい沈黙ではなかった。
ただ、まだ互いのことを知らない三人が、その「知らない」という距離感がどんな形をしているのか、少しずつ探っているような時間だった。
「どこかに仲間はいるのか?」
やがてドランが尋ねた。
声に悪意はない。
ただ率直だった。
大抵のことに対してそうであるように、ドランらしい聞き方だった。
「家族とか。ちゃんと戻ろうとしてる場所はあるのか?」
「いない」
フェンリクは迷わなかった。
その一言が、言葉そのものよりも多くを物語っていた。
「もう、いない。……しばらく前からな」
「何があった?」
俺はそう聞いてから、彼が答えるより先に言葉を続けた。
「……いや、言いたくないなら言わなくていい。別に悲しい話を聞きたいわけじゃないから。ただ――一人で抱え込む必要はない。もし、お前がそれを望むならな」
フェンリクは長い間、黙っていた。
耳が一度、二度と動く。
午後の大半を一緒に過ごしただけの、二人の見知らぬ人間に、どこまで真実を話しても安全なのか。
その境界線を測っているようだった。
「村の連中は、獣人族の血が他の連中と混じるのを嫌がった」
やがて、フェンリクは口を開いた。
「それも、隠そうともしなかった。俺が一人で十分に遠くまで歩ける年齢になったところで、村を出た。それからずっと歩いてる」
短く、乾いた息を吐く。
「まあ……短く言えば、そんなところだ」
「それで十分だ」
俺は言った。
「長い話まで誰かに聞かせる義理はない。俺たちにも、今夜にもな」
ドランは壁に背を預け、腕を組んだ。
そして、あの開けた場所で俺を見たときと同じような、慎重な目でフェンリクを見つめていた。
「戦えるか?」
ぶっきらぼうで、実用的な質問だった。
ドランにとっては、それが誰かを知るための方法なのだろう。
「ここまで生き延びてこられる程度にはな」
フェンリクは答えた。
「自分では、大したものだとは思ってない」
「誰も、お前に大したものになれとは言ってない」
ドランは淡々と言った。
「役に立てればいい。それと、自分に何ができないのかを正直に言えることだ」
「……それもそうだな」
俺は二人の様子を見ていた。
互いに相手を測っている。
敵意があるわけじゃない。
ただ、慎重なのだ。
信頼というものには代償がある。
そして、それは誰かがただで差し出してくれるものじゃない。
二人とも、それを嫌というほど思い知らされてきた人間特有の警戒だった。
その様子を見ていると、二日前にようやく自分自身に決めたルールを思い出す。
少しだけ、居心地が悪くなる。
どうやら、その教訓を学んだのは俺だけじゃないらしい。
よかった。
慎重になっているのが俺だけじゃないなら――この慎重さも、少しは受け入れやすくなる。
「それで」
沈黙が長く続き、そろそろ誰かが何か役に立つことを言わなければならなくなった頃、俺は口を開いた。
「俺とドランは、明日の朝にここを出る」
目的地は特に決まっていない。
俺が知る限り、ただここじゃないどこかへ向かうだけだ。
「お前も来たければ、来ていい」
俺は続けた。
「店のことで何か借りがあるからってわけじゃない。ただ――一人で階段に座って、次にどこへ歩いていくか考えるよりはマシだろ。もう一度、同じことを一人でやるくらいならな」
フェンリクは長い間、俺を見つめていた。
それからドランを見る。
ドランは何も言わなかった。
ただ、小さく、どうでもいいというような肩をすくめただけだった。
……まあ、ドランにしてみれば、それはほとんど石に刻まれた正式な招待状みたいなものだ。
「……後悔しないぞ」
フェンリクはゆっくりと言った。
「それは脅しじゃない。約束だ。俺は……失望させられるのが嫌いなんだ」
「そうか」
俺は言った。
「俺もだ」
その言葉に、フェンリクは今度こそ、ほんの少し笑った。
さっきまで浮かべていた、礼儀だけの笑顔じゃない。
本当の笑顔だった。
「わかった」
彼は言った。
「……わかった。俺も行く」
ドランは、誰に頼まれるでもなく余分な毛布を一枚持ってきた。
そして、それをフェンリクの膝の上へ放り投げる。
何をするにも無駄がない、いつもの動きだった。
まるで、俺たち二人がまだその事実を受け入れ終わってすらいないうちから、もう話は決まったのだと言わんばかりに。
俺は少し離れて座り、二人を眺めていた。
二人の間には、どこか自然で、それでいて警戒の残る静かな空気が流れていた。
まだ友達じゃない。
少なくとも、本当の意味では。
ただ――互いに、知っていくことを選んだ二人だった。
二人になった。
俺が持っていた家族とは違う。
それでも。
どうやら、何かが始まりつつあるらしい。
同じような何かが。




