第9話:ここでは誰の金も通用しない
それは、たいていこういうことが始まるときと同じように、小さなことから始まった。
もし私が別の場所に気を取られていたら、きっと完全に見逃していた程度の、小さな出来事だった。
私たちは雑貨店にいた。旅に必要な物資を買うためだ。
朝食を終えたあたりで、ドランが「そろそろ気分転換も必要だろう」と判断したらしい。
そのとき、私は背後にいた店主の声の調子が変わったことに気づいた。
大きくなったわけじゃない。
ただ、冷たくなった。
一見すると礼儀正しいように聞こえるが、実際にはまったく礼儀正しくない。
そういう種類の声だった。
「ここじゃ、お前たちのような連中には売らない。ほかへ行け」
私はそこで、きちんと振り返った。
店主が話しかけていた相手には、狼のような耳が頭にぴったりと伏せられていた。
そして、尻尾をじっと動かさずにしていた。
まるで、動揺しているときには尻尾を動かさないよう、自分自身に習慣づけているかのように。
そういうことができるのは、そうしなければならない状況を何度も経験してきた人間だけだ。
年齢は十七か十八歳くらいだろうか。
旅で疲れた様子をしていて、片手には小さな財布を差し出していた。
まるで、すでに二度も拒絶された申し出を、それでも諦めずに差し出しているようだった。
「同じ金だ」
獣人の少年が言った。
声は静かで、疲れていた。
今日、ここが最初の店ではないのだと分かるような疲れ方だった。
「同じように使える」
「ここじゃ使えない」
ああ。
なるほど。
出たな。
私は、別に怒りを感じたわけじゃなかった。
そこははっきりさせておきたい。
この話を、正義の怒りに突き動かされた英雄的な行動として語ることもできるだろう。
でも、実際はそうじゃなかった。
もっと平坦で、単純な確信に近かった。
一週間ほど前、あの店の前で空気を光らせたときに感じたものと同じだ。
私が見ている限り、そんなことは起こさせない。
ただ、それだけだった。
「実は」
私は獣人の少年の隣まで歩み寄りながら言った。
「彼の金は、俺が保証するよ」
店主の視線が私へ向いた。
子供。
簡単に無視できる相手。
そう判断したのだろう。
それから、数歩後ろに立っていたドランへ視線を移した。
ドランは腕を組んでいて、その表情には、これから何が起こるのかすでに分かっているような雰囲気があった。
そして、まだ介入するつもりはないらしい。
「お前にも関係ないことだ、小僧」
「そこなんだよな」
私は相変わらず穏やかな口調で答えた。
笑顔も、いつも通りのちょうどいい程度のものだった。
「俺にそう言う人たちには、ある共通点があるんだ」
私は自分の硬貨を何枚かカウンターの上に置いた。
獣人の少年が買おうとしていた品物の値段より、わざと多めに。
「彼は自分の品物の代金を払う。俺は、あんたが彼の朝を無駄にした分の迷惑料を払う」
私は少しだけ間を置いた。
ゆっくりと。
焦ることなく。
「今日は、全員が何かを持って帰れるわけだ」
それから、私は笑顔のまま続けた。
「それとも――」
もう一度、少しだけ間を置く。
「俺の時間をこれ以上無駄にし続けたら、何が起こるのか確かめてみるか?」
店主は硬貨を見た。
それから私を見る。
そして今度は、私の目の端に浮かんでいた淡い紫色の光を、より長く見つめた。
私はそれを隠していなかった。
もう、私に対して最初から不愉快な態度を取る人間の前で、わざわざ隠す意味をあまり感じなくなっていたからだ。
彼が何を見たのかは分からない。
けれど、それで話は決まったらしい。
「……好きなものを持っていけ」
店主はそう呟き、私の硬貨をそれ以上何も言わずに自分のほうへ掃き寄せた。
そして、それから私たちが店を出るまでの間、彼は店の奥で何か非常に重要な仕事を見つけたらしかった。
獣人の少年が口を開いたのは、私たちが店の外へ出てからだった。
「そこまでしてくれる必要はなかった」
「そうだな」
私は頷いた。
「でも、俺がそうしたかったんだ。そこは別の話だろ」
彼はしばらく私を見つめた。
その目には、私に対して人々が時間とともに見せるようになってきた、あの再評価するような視線が浮かんでいた。
「俺はフェンリクだ」
やがて、彼はそう名乗った。
何かを決めたような口調だった。
「それから……ありがとう。こういうことって、あまりないんだ」
「こういうこと?」
「誰かが間に入ってくれることだよ」
「俺はカイ」
私は名乗った。
「まあ、そうだろうな。ほとんどの人は面倒ごとに関わりたくないだろ」
「お前は、あまり面倒を気にしてなさそうだったけどな」
「俺の中には、いろんなものが詰まってるんだよ」
私はそう答えた。
ドランが聞いたときよりも、さらに意味が分からないだろうなと思った。
それでも、自分ではなぜか妙に満足していた。
これから何が起こるのか。
それは、明日の俺が考えればいい。
今夜の俺はただ――
彼の後ろに、まだ開いたままの扉があることを嬉しく思っている。




