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人間臭いと蔑まれた不死身の娘は、百鬼夜行の主に愛される  作者: なつめ


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第42話 母の遺品が揃う


 母の遺品は、最初から深雪乃の手元にあったわけではなかった。


 黒檀銀細工の櫛は、夜岐の手で折られた。


 沈丁花文様の懐中鏡は、深雪乃が雨の帝都へ追い出された時、風呂敷の中へ忍ばせて持ち出した。


 髪飾りの欠片は、北蔵の血のそばに落ちていた。


 白藤色の着物の糸は、桜の根元と、夜岐襲撃の隠し廊下で見つかった。


 ブレスレットの割れ玉は、頼成が死んだ客間の畳下から出た。


 弓の欠片は、封印された母の遺品の箱の底に沈んでいた。


 一つ一つは、事件の証拠だった。


 死体のそばに置かれ、偽装に使われ、誰かを誘導する道標になり、深雪乃の心を抉るために配置されたものだった。


 だが、揃ってみると、それらは別の顔を持ち始めた。


 証拠ではなく、欠けた身体のように。


 声を失った母が、少しずつ自分を取り戻していくように。


 その日、蓮台の指示で、母の遺品と関連する痕跡はすべて離れの一室へ集められた。


 大きな白布が畳の上に敷かれている。


 その上に、砂笙が慎重に遺品を並べていった。


 折れた櫛の欠片。


 沈丁花文様の懐中鏡。


 銀細工の髪飾りの欠けた一部。


 白藤色の着物の糸。


 ブレスレットの割れ玉。


 古弓の欠片。


 破魔矢の軸片。


 弓懸の古い革片。


 母の文箱から出てきた、ほとんど読めなくなった短冊。


 どれも完全ではない。


 壊され、裂かれ、散らされ、隠されてきたものばかりだった。


 けれど、不完全なものが白布の上に置かれていくたび、部屋の空気が変わった。


 最初は、沈丁花の香りだった。


 かすかに。


 深雪乃の鼻先を撫でるように。


 それは母の鏡が熱を持つ時と同じ匂いだった。けれど、今までよりも濃い。夜の庭で花が開いたような、静かで、少し寂しい甘さだった。


 次に、白藤色の糸が揺れた。


 風はない。


 障子は閉じられている。


 それなのに、糸の先が水面に浮かんだもののように、ほんの少し震えた。


 深雪乃は、白布の前に正座していた。


 赫臣は彼女の隣にいる。今日は、まだ抱きしめていない。だが近い。肩のすぐ向こうに彼の熱がある。何かあれば即座に腕が伸びる距離だった。最近の赫臣は、もう距離感という概念を捨てたのかもしれない。捨てるにしても、もう少し届け出を出してほしい。


 蓮台は部屋の入口近くに立ち、腕を組んでいる。


 砂笙は白布の横で、遺品の位置を整えていた。


 白絹もいた。彼女は少し離れた場所に座り、琥珀色の瞳で白布の上を見つめている。今日の白絹は、いつも以上に口数が少ない。蘆野火家が過去の隠蔽に関わっていた可能性を知ってから、彼女の沈黙は以前と違う重さを持つようになった。


 夜岐は来ていない。


 まだ傷が深い。


 だが、彼女が証言した「蒼い目の白い女」は、この部屋にもいるような気がした。


 深雪乃は、膝の上で手を握った。


「これを、すべて並べる必要があるのですか」


 自分で言って、声が硬いことに気づいた。


 砂笙が、静かに答える。


「必要があるかは、まだ分かりません。ただ、事件現場から少しずつ戻ってきた母君の遺品は、互いに反応しております。別々に保管していた時より、近づけた時の方が遺響が強い」


 蓮台が言う。


「証拠としても確認する必要がある。各現場に置かれた痕跡が、本当に澄子の遺品と繋がるものかどうか」


 深雪乃は頷いた。


 理屈は分かる。


 だが、胸は納得しない。


 母の遺品を白布の上に並べられるのは、どこか母の骨を並べられているような気持ちになった。壊されたものを、これが頭、これが指、これが声だと説明されているような感覚。そんなことを考える自分が嫌だった。


 赫臣の手が、深雪乃の手に重なった。


「確認する」


 彼は低く言った。


 深雪乃は、ほんの少しだけ頷いた。


 赫臣の指が、深雪乃の冷えた指を包む。


 それだけで、少しだけ呼吸が戻った。


 砂笙が、最後に古弓の欠片を白布の中央へ置いた。


 その瞬間だった。


 懐中鏡の表面が、白く曇った。


 部屋の中の空気が、すうっと冷える。


 沈丁花の香りが濃くなった。


 髪飾りの銀細工がかすかに鳴り、ブレスレットの割れ玉が小さく震える。白藤色の糸が、見えない指で引かれたように白布の上で伸びた。折れた櫛の欠片の黒檀に、細い光が走る。


 深雪乃は、息を止めた。


 母の鏡に、光が映った。


 最初は、白い庭だった。


 白藤の花が垂れている。


 夜なのか昼なのか分からない光の中で、藤棚の下に一人の女が立っている。痩せてはいるが、病の遺響で見た時よりは若い。髪は黒く、長く、白藤色の着物を着ていた。


 宵待澄子。


 深雪乃の母。


 深雪乃は、胸が詰まった。


「母さま」


 声が勝手に漏れた。


 鏡の中の母は、こちらを見ていない。


 遺響だ。


 過去に残った記録。


 分かっている。


 それでも、呼ばずにはいられなかった。


 鏡の中で、澄子は何かを抱いていた。


 弓だった。


 古い弓。


 深雪乃の手元に残された古弓よりも、まだ形が整っている。澄子はその弓を胸に抱き、誰かを待っていた。白藤の花が風もないのに揺れ、庭の向こうから足音が近づく。


 骨ばった手が映った。


 指が長い。


 手首には黒い組紐。


 小さな銀の輪。


 深雪乃は、呼吸を忘れた。


 何度か鏡に映った、母の手を握っていた誰かの手。


 その手が、今ははっきり映っている。


 だが、顔はまだ見えない。


 白藤の花の影が、その人物の顔を隠している。白い髪のようなものが肩へ流れていた。蒼い光が、ほんの一瞬、花影の奥で瞬いた気がした。


 赫臣の手に力が入った。


 深雪乃は、それに気づいた。


「赫臣様」


 呼ぼうとしたが、声が出なかった。


 鏡の中で、母がその人物へ弓を差し出した。


 声が聞こえた。


 最初は水の底から響くように遠い。


 けれど、遺品が一つずつ淡く光るたび、声は少しずつ鮮明になっていった。


『この子は、鵺喰のものではありません』


 深雪乃の胸が強く鳴った。


 この子。


 母の手が、腹へ添えられる。


 澄子は深雪乃を宿している。


 まだ生まれていない深雪乃へ、手を添えている。


『器では、ありません』


 玄磊の言葉と重なる。


 あの子は鵺喰の器ではない。


 鍵。


 母は、同じことを言っていたのか。


 鏡の中の白い髪の人物が、母の手を取った。


 声は聞こえない。


 けれど、澄子の表情が苦しそうに揺れた。


『逃げれば、あの子が追われます』


 沈丁花の香りが、さらに濃くなる。


 深雪乃の目の奥が熱くなった。


 逃げる。


 母は、逃げることができたのか。


 誰かが連れ出そうとしていたのか。


 それでも、母は残ったのか。


 深雪乃を宿していたから。


 深雪乃を追わせないために。


 鏡の景色が揺れた。


 次に映ったのは、祈祷部屋だった。


 山本五郎左衛門の家紋が壁にある。


 煤けた注連縄。


 天井から垂れる鈴。


 床に敷かれた白布。


 その中央に、母が横たわっている。


 手首には細い紐が巻かれていた。


 拘束ではないようにも見える。だが、自由ではない。母の額には汗が浮かび、唇は色を失っている。腹には、淡い光の輪が重ねられていた。


 周囲に人影がある。


 鵺喰家の者。


 寺社方らしき僧。


 蘆野火の印を持つ女。


 枯野井家の文書役。


 そして、山本五郎左衛門の紋の下で祝詞のような言葉を唱える祈祷師。


 玄磊だ。


 若い。


 今よりずっと若い玄磊が、震える手で札を持っている。


 深雪乃は、唇を震わせた。


 母は、何をされているのか。


 問いたい。


 だが、声が出ない。


 遺響は進む。


 祈祷師の声が聞こえる。


『胎内封じ、第一段』


『宵待の弓、封ず』


『鏡、封ず』


『清めの血、封ず』


『山本五郎左衛門の印を一時借り受け、器を定める』


 母が、苦しそうに顔を歪めた。


 深雪乃の胸に、鋭い痛みが走る。


 赫臣が、深雪乃の肩を包む。


「深雪」


 声が聞こえる。


 だが遠い。


 鏡の中の母が、目を開けた。


 涙が、こめかみを伝って白布へ落ちる。


『器ではない』


 母が、かすれた声で言った。


『この子は、器ではありません』


 誰かが答える。


『会の承認は下りている』


『篝火への報せは禁じられている』


『白き客人との誓いが破れる前に、封じを』


 白き客人。


 誓い。


 篝火への報せを禁ず。


 今までの断片が、母の苦しみの場面へ重なっていく。


 深雪乃は、意味が分からなかった。


 分かりたくなかった。


 母はただの妾ではなかった。


 そういう可能性は、もう見えていた。


 だが、実際に見るのは違った。


 母が会の承認のもとで、祈祷部屋の白布に寝かされ、胎内の深雪乃ごと何かを封じられている。母の意志は聞かれず、記録にも残されず、周囲は淡々と術を進めている。


 それは、母の人生を奪う行為だった。


 深雪乃の出生を、誰かの術式に組み込む行為だった。


 鏡がさらに曇る。


 今度は、母の文箱が映った。


 母が一人で手紙を書いている。


 腹は大きい。


 手は震えている。


 筆先が紙の上で止まり、沈丁花の香りが部屋に満ちる。


『深雪』


 母の声が、今度ははっきり聞こえた。


『あなたが、もし私の声を聞く日が来たなら』


 深雪乃は、息を止めた。


『どうか、自分を道具だと思わないで』


 涙が、深雪乃の目から落ちた。


 声もなく。


 ぽろりと、畳へ。


『あなたは、誰かの器ではない。鵺喰のものでも、会のものでも、私の罪の続きを背負うための子でもない』


 母の筆が止まる。


 手紙に涙が落ちる。


『けれど、私はあなたを守りきれないかもしれない』


 深雪乃の喉が詰まった。


 守りきれない。


 母は、知っていた。


 自分が死ぬかもしれないことも。


 深雪乃が鵺喰家で苦しむかもしれないことも。


 知っていて、どうにもできなかったのか。


『ごめんね、深雪』


 母の声が震えた。


『私は、あなたを産むことしか選べなかった』


 深雪乃の視界が歪む。


 意味が分からない。


 何があったのか。


 なぜ母が謝るのか。


 誰が母をそんなところへ追いやったのか。


 なぜ自分は死なないのか。


 なぜ母の遺品が、事件現場から戻ってくるのか。


 なぜ壊されたはずのものが揃い、こうして母の声を再生するのか。


 分からない。


 分からないことだらけなのに、悲しみだけは分かる。


 胸が痛い。


 喉が苦しい。


 涙が止まらない。


 鏡の中の母が、最後にこちらを見た。


 正確には、未来の深雪乃を見るはずはない。


 遺響だ。


 過去の記録だ。


 それでも、その目は確かに深雪乃を見たように思えた。


『深雪』


 母が呼ぶ。


『弓を、忘れないで』


 折れた古弓の欠片が、白布の上で淡く光る。


『鏡を、恐れないで』


 懐中鏡の曇りが晴れかける。


『あなたを愛する者の手を、信じるかどうかは、あなたが決めて』


 赫臣の手が、深雪乃の肩で止まった。


 深雪乃は、泣きながら彼を見ることもできなかった。


 母の声は、まだ続く。


『ただ、同じ沈黙を選ばないで』


 白絹が息を呑む気配がした。


 同じ沈黙。


 親世代の影。


 先祖返り会の隠蔽。


 母の意志を記録から消した者たち。


 その沈黙を、母は知っていた。


 そして、深雪乃へ言った。


 同じ沈黙を選ばないで、と。


 鏡の中の景色が、白く崩れた。


 沈丁花の香りが一瞬だけ強くなり、それから薄れていく。


 櫛の欠片の光が消える。


 髪飾りが静まる。


 白藤色の糸は動かなくなる。


 ブレスレットの割れ玉も、古弓の欠片も、またただの壊れた遺品に戻っていく。


 部屋に、重い沈黙が落ちた。


 誰もすぐに話さなかった。


 蓮台ですら、言葉を出さなかった。


 砂笙は記録を取る筆を止めている。


 白絹は顔を伏せ、膝の上の手を強く握っていた。蘆野火家が情報調整を担当した。その事実が、今見た遺響の中で、さらに重くなったのだろう。


 深雪乃だけが、泣いていた。


 静かに、しかし止まらずに。


 涙が頬を伝い、膝の上へ落ちる。


 意味が分からない。


 母はただの妾ではなかった。


 それは分かった。


 けれど、分かったのは苦しみの輪郭だけだ。


 母が何を背負わされ、何を封じられ、深雪乃が何の鍵なのかはまだ分からない。分からないまま、母の「ごめんね」だけが胸に残った。


 深雪乃は、小さく息を吸おうとして、うまくできなかった。


「……どうして」


 声が掠れる。


「どうして、母さまが謝るのですか」


 誰も答えられない。


 深雪乃は、白布の上の櫛の欠片を見た。


「母さまは、何をしたのですか。何をされたのですか。私は、何なのですか」


 涙が止まらない。


 自分で拭うこともできない。


 手が動かない。


 震えているのか、震えていないのかも分からない。


「意味が、分かりません」


 その言葉は、子どものようだった。


 深雪乃自身もそう思った。


 これまで、彼女はできるだけ静かに耐えてきた。蔵に閉じ込められても、食事を抜かれても、母の櫛を折られても、相続の席で障子の外に立たされても、泣き叫ぶことはしなかった。


 けれど今は、無理だった。


 母の声が、優しすぎた。


 母の謝罪が、痛すぎた。


 自分が愛されていたことが、悲しすぎた。


 赫臣が、深雪乃を抱き寄せた。


 強くない。


 けれど、迷いはない。


 彼は深雪乃を胸の中へ入れ、背の傷を避けて肩を包み、涙で濡れた頬へ手を添えた。


「深雪」


 声が低い。


 優しい。


 だが、赫臣自身も震えていた。


「分からないのです」


 深雪乃は、彼の胸元に縋るように言った。


「母さまが、私を愛してくださっていたことは分かりました。けれど、それなら、どうして私は鵺喰家に残ったのですか。どうして母さまは、私を守りきれないとおっしゃったのですか。どうして、私は死なないのですか。どうして」


 言葉が崩れる。


 涙で喉が塞がる。


 赫臣は答えなかった。


 答えられなかったのだろう。


 代わりに、彼は深雪乃の額へ口づけた。


 短く。


 それから、涙に濡れた頬へ。


 片方ずつ。


 深雪乃の瞼へ。


 こめかみへ。


 髪へ。


 何度も。


 言葉の代わりに、触れてくる。


 深雪乃は、泣きながら眉を寄せた。


「説明になっていません」


 赫臣の唇が止まる。


 深雪乃は、彼の着物を握りしめた。


「何も、説明になっていません」


「知ってる」


 赫臣の声が、掠れていた。


「でも、今はこれしかできねえ」


「不器用です」


「ああ」


「いつも口づけで」


「塞ぐなって言われた」


「はい」


「今は、塞ぐんじゃねえ」


 赫臣は、深雪乃の涙を親指で拭った。


 その手も少し震えている。


「落ちるな。深雪。どこにも落ちるな。俺は、言葉で今すぐ全部説明できねえ。けど、お前が一人でそこへ沈むのは嫌だ」


 深雪乃の喉が詰まる。


「母さまが」


「ああ」


「私を、愛してくださっていました」


「ああ」


「それが、苦しいのです」


 言った瞬間、また涙が溢れた。


 愛されていた。


 それは救いのはずだった。


 けれど、深雪乃には痛かった。


 もし母が自分を嫌っていたなら、産まなければよかったと思っていたなら、深雪乃は怒れたかもしれない。けれど、母は愛していた。謝っていた。守れないことを悔いていた。弓を忘れないで、鏡を恐れないで、同じ沈黙を選ばないでと言った。


 愛されていたからこそ、母が奪われたことが痛い。


 愛されていたからこそ、守られなかった時間が痛い。


 深雪乃は、赫臣の胸に縋った。


 自分から。


 彼の着物を掴み、顔を押しつけた。


 涙で布が濡れる。


 赫臣の腕が、深くなる。


「縋っていい」


 赫臣が言った。


「今は、俺に縋れ」


「命令口調です」


 泣きながら、深雪乃はそれでも言った。


 赫臣が一瞬だけ息を止める。


 それから、低く言い直した。


「お願いだ。今は俺に縋ってくれ」


 その言葉で、深雪乃はさらに泣いた。


「……はい」


 赫臣は、今度は唇へ口づけた。


 涙の味がした。


 深雪乃の口元が震える。


 赫臣は乱暴にはしない。けれど、浅くもない。壊れそうなものを確かめるように、深く、長く、何度も唇を重ねる。呼吸を奪いきらないように離し、また触れる。苦しさを溶かすように、涙を受け止めるように。


 深雪乃は、拒まなかった。


 説明になっていない。


 真相でもない。


 答えでもない。


 それでも、その口づけに縋った。


 赫臣の襟を掴む手に力を込める。離れたくなかった。今、母の遺響の中へ意識が沈んでしまえば、自分がどこにいるのか分からなくなる気がした。赫臣の熱だけが、深雪乃を今この部屋へ繋いでいた。


 唇が離れる。


 深雪乃は、息を乱しながら言った。


「説明に、なっていません」


「知ってる」


「でも」


 言葉が続かない。


 赫臣は、深雪乃の髪を撫でた。


「でも?」


 深雪乃は、また彼の胸元へ顔を寄せた。


「離さないでください」


 赫臣の腕が、震えた。


 それから、しっかり深雪乃を抱いた。


「離さねえ」


「命令口調ではありませんね」


「誓いだ」


 深雪乃は、目を閉じた。


 その誓いが、親世代の誰かの誓いと同じものなのか、違うものなのか、まだ分からない。


 けれど、今はその声に縋った。


 白布の上で、母の遺品は静かに並んでいる。


 壊された櫛。


 鏡。


 髪飾り。


 着物の糸。


 ブレスレット。


 弓の欠片。


 すべてが揃い、母の遺響は完全に再生され始めた。


 それは答えではなかった。


 むしろ、問いを増やした。


 母は何者だったのか。


 白き客人とは誰なのか。


 深雪乃は何の鍵なのか。


 なぜ母は、深雪乃に弓を忘れるなと言ったのか。


 だが、一つだけ分かったことがある。


 母は、深雪乃を愛していた。


 その事実が、深雪乃を救うより先に、深く泣かせた。


 赫臣は、言葉では足りないと分かっている顔で、何度も深雪乃に口づけた。


 額に。


 頬に。


 涙に。


 唇に。


 深雪乃はそのたびに「説明になっていません」と小さく言い、それでも彼の襟を離さなかった。


 部屋の隅で、蓮台は静かに目を伏せた。


 砂笙は筆を置いた。


 白絹は、白布の上の遺品を見つめたまま、ひどく苦い顔をしていた。


 誰も、二人を止めなかった。


 母の遺品が揃った部屋で、深雪乃は泣き続けた。


 その涙が、ようやく母を失った娘の涙なのか、愛されていたことを知った娘の涙なのか、自分でも分からなかった。


 ただ、赫臣の腕の中でだけは、泣いてもよい気がした。


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