表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間臭いと蔑まれた不死身の娘は、百鬼夜行の主に愛される  作者: なつめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/63

第37話 赫臣の疑い


 篝火赫臣は、疑うという行為が嫌いだった。


 正確には、自分が惚れた女を疑う自分が嫌いだった。


 疑うこと自体は必要だ。百鬼夜行の頭として、篝火家の当主として、先祖返り会の第一位に立つ者として、疑わずに生きてこられるほど赫臣の世界は甘くない。人は笑顔で裏切る。妖は泣きながら喰らう。華族は品よく嘘をつき、退魔師は正義の名で封じる。鵺喰家など、その見本市のような家だった。


 だから、証拠を疑う。


 証言を疑う。


 人の表情を疑う。


 都合よく並びすぎたものを疑う。


 それは生きる技術だった。


 だが、深雪乃へ向ける疑いだけは、喉の奥へ刃を突っ込まれるような味がした。


 赫臣は、夜の離れで一人、紙片を見ていた。


 深雪乃は隣室で眠っている。眠っていると言っても、浅い眠りだ。彼女はこのところ、まともに深く眠れていない。眠ったと思えば、母の鏡を抱く手に力が入る。眉が寄る。唇が何かを言いかける。名前のない不安が、眠りの中まで追ってくるのだろう。


 本当なら、今すぐそばへ行き、抱きしめて、髪を撫でて、眠るまで声をかけたい。


 だが、今はその前に見なければならないものがある。


 祈祷部屋から回収された記録。


 夜岐襲撃現場の見取り図。


 蓮台の聞き取り書き。


 砂笙がまとめた霊的痕跡の覚え書き。


 白絹が残した、深雪乃の中にある力についての短い所見。


 それらを並べると、証拠は嫌なほど深雪乃の周囲へ寄っていた。


 赫臣は、紙片の端を指で押さえた。


 最初は喜周だった。


 北蔵。


 封印蔵。


 赫臣の霊糸に似せた無数の切創。


 母の髪飾りの欠片。


 赫臣へ疑いを向けるような偽装でありながら、同時に深雪乃の母の遺品を死体のそばへ置いた。封印蔵には母の遺品があり、遺言書と北蔵開封が事件の発端だった。


 次は祢々。


 井戸端。


 水責めの幻。


 口元と袖だけ濡れた遺体。


 袖には母の鏡を清める塩が混ざっていた。


 祢々は、深雪乃への使用人側の加害を管理していた。母の遺品を扱い、隠し、蔵や文箱の管理にも関わっていた女だ。


 頼成。


 客間密室。


 化け猫の爪痕に見せた五本傷。


 夜岐へ疑いを向ける偽装。


 畳の下から出た、母のブレスレットの割れ玉。


 頼成は北蔵や古い目録に詳しそうだった。遺品に関わる何かを知っていた可能性がある。


 兼継。


 桜の根元。


 矢で射抜かれたような傷。


 だが矢はない。


 破魔術を模した霊具。


 桜に結ばれた母の着物の糸。


 白い髪。


 兼継は、母の白藤色の着物を裂かせた男だった。


 玄磊。


 祈祷部屋。


 山本五郎左衛門の家紋。


 反転された護符。


 破れて散らばった記録。


 宵待澄子、胎内、器、鍵、白き客人。


 深雪を返すな。


 鵺喰に返すな。


 鬼に渡すな。


 そして夜岐。


 死ななかった姉。


 隠し廊下。


 古い猫道。


 母の遺品を思わせる痕跡。


 沈丁花の香り。


 白藤色の糸。


 鈴の音。


 蒼い目の白い女。


 まだ返さない。


 すべてを並べると、中心に深雪乃がいる。


 母の娘。


 不死身の身体。


 母の遺品に反応する女。


 鏡に遺響を映す女。


 櫛から声を聞く女。


 井戸端の石から紙を破る音を聞いた女。


 死体のそばで、冷えた顔をしても手が震えない女。


 白絹に、通常の霊力とも妖気とも違うものを感じ取られた女。


 玄磊に、器ではなく鍵と言われた女。


 赫臣は、紙を睨んだ。


 馬鹿げている。


 深雪乃が殺しているはずがない。


 そう思う。


 心の底から。


 彼女が母の遺品を使って、鵺喰家の者を一人ずつ殺しているなど、あり得ない。深雪乃は自分の痛みを雑に扱うほど鈍くなっている時がある。冷静すぎて、こちらの心臓が冷えることもある。だが、人を弄んで殺す女ではない。


 夜岐を憎んでいながら、死ななくてよかったと思う女だ。


 自分を虐げた使用人たちに対しても、勝ち誇った笑みを浮かべない女だ。


 喜周の死にも、祢々の死にも、頼成の死にも、兼継の死にも、玄磊の死にも、深雪乃は勝者の顔などしなかった。


 だから、あり得ない。


 深雪乃が関わっているはずがない。


 だが。


 赫臣の頭の端が、勝手に動く。


 では、なぜ。


 なぜ、母の遺品は深雪乃の周りで目覚める。


 なぜ、深雪乃は遺響を聞く。


 なぜ、死体のそばに置かれる遺品は、いつも深雪乃の記憶を抉るものばかりなのか。


 なぜ、玄磊は死の直前に深雪乃を鍵と呼んだ。


 なぜ、白い女は夜岐を殺さず、深雪乃の心を揺らすような証言を残した。


 なぜ、白き客人の記録に、篝火への報せを禁ずとある。


 なぜ、白い髪と蒼い目が、深雪乃の出生の周囲に現れる。


 なぜ、深雪乃の身体は死を押し戻されるように生きている。


 なぜ。


 なぜ。


 なぜ。


 疑いではない。


 そう言い張りたかった。


 だが、問いは疑いの形をしている。


 赫臣は、紙片を握り潰しそうになり、寸前で指を止めた。


 証拠だ。


 壊せば砂笙に怒られる。蓮台にはもっと冷たい目で見られる。深雪乃には、隠し事の次は証拠破壊ですか、と刺されるだろう。


 想像しただけで、胸が苦くなった。


 深雪乃は、刺す。


 静かに、鋭く。


 疑っている顔で愛を囁くのは、器用ですね。


 隠し事をしている時のあなたは、口づけが多い。


 そうやって口で塞げば済むと思わないでください。


 どれも、赫臣の胸に残っている。


 どれも、その通りだった。


 赫臣は、深雪乃を愛している。


 それは疑いようがない。


 初めて雨の帝都で見た時、血に濡れて倒れながらも風呂敷を離さなかった姿に惚れた。抱き上げた時、小さくて軽くて、けれど目だけは折れていなかった。鵺喰家へ戻り、母の遺品に触れ、死体を見て、幻術に壊れ、背の傷を見せ、夜の部屋で震え、昼の部屋で文句を言い、写真館で形に残ることに戸惑った。


 その全部に、惚れている。


 可愛い。


 大好きだ。


 愛してる。


 お前しかいない。


 言葉は、いくらでも出る。


 だが、その言葉の奥に、今は苦いものが混じっている。


 守りたい。


 離したくない。


 疑いたくない。


 疑いそうになる自分を殺したい。


 真実が深雪乃を自分から奪うかもしれない。


 深雪乃の中にあるものが、自分を壊すかもしれない。


 白絹の言葉が、まだ耳に残る。


 あなたが守っているものは、あなたを壊すかもしれない。


 壊されるなら構わない、などと言う気はなかった。


 そんな綺麗な諦めを、赫臣は持っていない。


 壊れたくない。


 深雪乃も壊したくない。


 だが、離す気もない。


 欲深い。


 身勝手だ。


 分かっている。


 分かっていても、手放せるわけがない。


 赫臣は紙片を机に戻し、立ち上がった。


 隣室へ向かう。


 障子の前で、少しだけ足を止めた。


 深雪乃は眠っているだろうか。


 そう思ったが、すぐに違うと分かった。


 障子越しに、浅い呼吸が聞こえる。眠りの呼吸ではない。起きている。何かを考えている時の静けさだ。


 赫臣は、障子を開けた。


 深雪乃は布団の上に座っていた。


 母の鏡を膝に置き、黒髪を肩へ流している。行灯の薄い光の中で、その白い肌は少し青く見えた。赤みを帯びた瞳が、赫臣を見上げる。


「眠れなかったのか」


「眠っているように見えますか」


「見えねえ」


「では、聞かないでください」


 いつもの返しだった。


 だが声は少し疲れている。


 赫臣は近づいた。


 深雪乃の隣へ座る。


 距離を詰める。


 深雪乃はそれを見て、少しだけ目を細めた。


「近いです」


「知ってる」


「知っているなら」


「近くにいたい」


 深雪乃は黙った。


 赫臣は、その沈黙を都合よく受け取らないようにした。今の自分は、都合よく受け取りたがっている。深雪乃が嫌がらないならいい、拒まないならいい、襟を掴むならいい。そうやって、また口づけで何かを塞ごうとする。


 分かっている。


 分かっていても、赫臣は深雪乃の頬へ手を伸ばした。


「触るぞ」


 深雪乃の目が、わずかに揺れる。


 それから、小さく言う。


「どうぞ」


 許可が出た瞬間、胸の奥で何かがほどけた。


 赫臣は、深雪乃の頬に触れた。


 冷たい。


 その冷たさが怖かった。


 彼女の身体は生きている。死を押し戻されるように生きている。だが、指先や頬が冷えるたび、赫臣は不安になる。深雪乃がどこか知らない場所へ引かれているような気がする。


「冷たい」


「冬ではありません」


「お前が冷たい」


「いつもよりは温かいと思います」


「俺が見る」


「診断のように言わないでください」


 赫臣は、返事の代わりに額へ口づけた。


 短く。


 深雪乃の睫毛が揺れる。


「赫臣様」


「何だ」


「今のは、何の口づけですか」


 胸が痛んだ。


 見抜かれている。


 深雪乃は、もう赫臣の口づけを分類し始めている。愛情の口づけ、不安を塞ぐ口づけ、隠し事の口づけ、確認の口づけ。こちらが隠そうとしても、彼女は気づく。


 赫臣は答えなかった。


 その代わり、頬へ口づけた。


「可愛い」


 深雪乃の眉が少し寄る。


「答えになっていません」


「可愛い」


 もう一度言う。


 唇の端へ触れる。


 深雪乃は、逃げなかった。


「大好きだ」


 赫臣は囁く。


 ちゅ、と短い音がした。


 深雪乃の呼吸が少し乱れる。


「愛してる」


 今度は、もう少し長く。


 唇を重ねる。


 深雪乃の手が、布団の上で小さく動いた。赫臣の袖を掴むか迷った手。赫臣はそれを見逃さない。見逃せるはずがない。その手を取り、指を絡める。


「お前しかいない」


 言葉が、唇のすぐそばで落ちる。


 深雪乃は目を閉じかけ、また開いた。


「……多いです」


「何が」


「言葉も、口づけも」


「足りねえ」


「あなた基準では、何も足りません」


「深雪だからな」


「便利に使わないでください」


 赫臣は、また口づけた。


 今度は、少し深い。


 深雪乃の言葉が途切れる。


 行灯の火が、畳の上で小さく揺れる。外の廊下は静かで、夜の鵺喰家は息を殺している。屋敷中が怪異の腹の中のようだった。だが、この部屋の中だけは、赫臣の腕と、深雪乃の呼吸と、唇の熱があった。


 それでも、苦い。


 赫臣自身が分かっていた。


 今、自分は愛しているから口づけている。


 同時に、疑いを潰したくて口づけている。


 深雪乃が自分の腕の中にいることを確かめたくて、何度も何度も触れている。


 深雪乃が、ゆっくり唇を離した。


 赫臣の胸元に手を置く。


 押し返すほど強くはない。


 だが、止める手だった。


 赫臣は止まった。


 深雪乃は、彼を見上げる。


 赤みを帯びた瞳が、行灯の光を受けて静かに揺れていた。


「赫臣様」


「何だ」


「あなたの愛は、時々とても苦い」


 赫臣の喉が詰まった。


 その言葉は、刃ではなかった。


 少なくとも、前のように刺すためだけの言葉ではない。


 だが、胸の奥を深く切った。


 愛が苦い。


 その通りだった。


 赫臣は、深雪乃を甘やかしたい。笑わせたい。抱きしめたい。写真を残したい。可愛いと言いたい。大好きだと、愛してると、お前しかいないと何度でも言いたい。


 だが、その愛の中に疑いへの嫌悪が混じる。


 恐怖が混じる。


 隠し事が混じる。


 深雪乃を離したくないという、身勝手な所有欲が混じる。


 甘いだけではない。


 苦い。


 深雪乃は、それを感じ取っている。


 赫臣は、深く息を吐いた。


「悪い」


「謝罪を求めたわけではありません」


「じゃあ、何を」


「分かってほしいのです」


 深雪乃は、静かに言った。


「あなたの口づけが嫌なわけではありません」


 赫臣の心臓が、一度強く鳴った。


 深雪乃は続ける。


「言葉も、嬉しくないわけではありません。可愛いも、大好きも、愛しているも、お前しかいないも。言われすぎると困りますが」


「困るのか」


「困ります」


「嫌じゃねえんだな」


「そこで調子に乗らないでください」


 赫臣は黙った。


 深雪乃は、その沈黙を確認してから続ける。


「ただ、その中に何かが混じっている時があります。疑いを消したい時。隠し事を隠したい時。不安を私に悟られたくない時。そういう時のあなたの愛は、苦い」


 赫臣は、目を伏せた。


 逃げたい。


 そんな自分を自覚して、さらに嫌になる。


 だが、逃げれば深雪乃はもっと傷つく。


 赫臣は、低く言った。


「疑ってるわけじゃねえ」


 言った瞬間、自分の言葉が足りないと分かった。


 深雪乃は目を細める。


「では、何ですか」


 赫臣は答えを探した。


 深雪乃を疑っていない。


 いや、疑いたくない。


 違う。


 もっと正確に言え。


 赫臣は、自分の中の苦さを無理やり言葉にした。


「お前が殺したとは思ってねえ」


 深雪乃は黙っている。


「お前が誰かを操ってるとも思ってねえ。お前が母親の遺品を使って、鵺喰の連中を殺してるとも思ってねえ。そこは、疑ってねえ」


「そこは」


「……証拠が、お前へ寄ってる」


 赫臣は、ようやく言った。


「母親の遺品、白い影、白き客人、記憶の空白、事件現場でのお前の反応。不死の身体。全部が、お前の周りへ寄ってる。俺はそれを見て、なぜだって思う。どうしてお前の近くばかりに置かれる。どうしてお前の心を抉る形で起きる。どうしてお前が鍵と呼ばれる。どうして」


 言葉が途切れる。


 深雪乃は、じっと聞いていた。


 赫臣は、自分の声が荒れているのを感じた。


「その『なぜ』が、お前には疑いに見える」


「見えます」


「そうだな」


「見えない方がおかしいと思います」


「ああ」


「でも」


 深雪乃は、少しだけ目を伏せた。


「今は、言ってくれましたね」


 赫臣は彼女を見る。


「何を」


「疑っているのではなく、なぜと考えていることを」


 深雪乃の声は静かだった。


「それなら、刺す場所が変わります」


「刺すのは確定か」


「必要なら」


 赫臣は、苦く笑った。


 少しだけ、胸の苦さが別の形に変わる。


 深雪乃は怒っている。


 傷ついている。


 怖がっている。


 それでも聞いている。


 赫臣の言葉を待っている。


 そのことが、どうしようもなく愛しかった。


「可愛い」


 思わず言った。


 深雪乃の眉が寄る。


「今の流れで?」


「可愛い」


「言い直しても同じです」


「大好きだ」


「増やさないでください」


「愛してる」


「さらに増やさないでください」


「お前しかいない」


 深雪乃は、困ったように息を吐いた。


 だが、今度はその言葉に苦さだけを聞いてはいない顔だった。


 赫臣は、慎重に彼女を抱き寄せた。


「確認する」


 先に言った。


 深雪乃の目が少し揺れる。


 それから、彼女は小さく頷いた。


「痛くしないでください」


「しねえ」


 赫臣は、深雪乃を抱きしめた。


 強くではなく、深く。


 背の傷を避け、肩を包み、彼女の頭を自分の胸へ寄せる。深雪乃の手が、ゆっくり赫臣の襟を掴んだ。離れないために。以前、彼女がそう言ったことを赫臣は覚えている。


 襟を掴む指先が、少し冷たい。


 赫臣はその手を包みたかった。


 だが今は、抱く方を優先した。


「深雪」


「はい」


「俺は、お前を疑いたくねえ」


「はい」


「でも、なぜとは考える」


「はい」


「それを隠したら、またお前を傷つける」


「そうですね」


「だから、言う」


「お願いします」


「でも、苦くなる」


 深雪乃は、赫臣の胸元で少しだけ息を吐いた。


「苦いなら、苦いと言います」


「刺すのか」


「必要なら」


「手厳しいな」


「あなたが隠すからです」


「悪い」


「謝罪は聞きました」


 深雪乃の声は少し柔らかかった。


 赫臣は、彼女の髪へ口づけた。


 短く。


 隠すためではなく、確認のためでもなく、ただ触れたいと思ったから。


 深雪乃が、すぐに言う。


「今のは?」


 赫臣は答えた。


「好きだから」


 深雪乃は、しばらく黙った。


 それから、赫臣の襟を掴む指に少しだけ力を込めた。


「それなら、まだ苦くありません」


 胸が、熱くなる。


 赫臣は、もう一度髪に口づけた。


「可愛い」


「それは少し苦くなりそうです」


「何でだ」


「調子に乗りそうだからです」


「もう乗ってる」


「降りてください」


「無理だ」


 深雪乃は、呆れたように小さく息を吐いた。


 だが、襟を離さなかった。


 赫臣は、その小さな事実を胸の奥で何度も確かめた。


 証拠は深雪乃へ近づいている。


 白い影も、母の遺品も、被害者たちの共通点も、祈祷部屋の記録も、不死の謎も、すべて彼女の周りへ集まっている。


 赫臣は、これからも「なぜ」と考えるだろう。


 考えなければならない。


 だが、それを疑いの顔で愛の言葉に隠すことだけは、もうしたくなかった。


 深雪乃の愛は、甘いだけでは受け取れない。


 苦ければ、苦いと言う女だ。


 赫臣は、その鋭さごと、どうしようもなく愛していた。


「大好きだ」


 低く言う。


 深雪乃が、胸元で返す。


「聞こえています」


「愛してる」


「それも、聞こえています」


「お前しかいない」


「……それも」


 声が少しだけ小さくなる。


 赫臣は、深雪乃の頭に頬を寄せた。


「苦いか」


 聞くと、深雪乃は少し考えた。


「少し」


 正直だった。


 赫臣の胸が痛む。


 だが、深雪乃は続けた。


「でも、今夜は飲み込めます」


 その言葉が、赫臣にはどうしようもなく深く刺さった。


 甘く、苦く。


 彼は深雪乃を抱きしめたまま、夜の中で目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ