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人間臭いと蔑まれた不死身の娘は、百鬼夜行の主に愛される  作者: なつめ


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第24話 客間密室のトリック解説


 客間の前には、雨の音が薄く流れ込んでいた。


 庭から吹き込む湿った風が、廊下の端を撫でていく。障子の紙は雨気を吸って、わずかに波打っていた。客間の内側には血の匂いが残り、畳の青い匂いと香炉の沈んだ香りが混ざっている。表向きの客を迎えるために整えられた部屋は、今やその体裁ごと剥がされていた。


 鵺喰頼成の遺体は、白い布を掛けられたまま部屋の中央に横たわっている。


 胸には、猫の爪痕に似た五本傷があった。


 内側から施錠された客間。


 化け猫の先祖返りである夜岐。


 畳の下から見つかった、母のブレスレットの割れ玉。


 あまりにも分かりやすい絵だった。


 分かりやすいものは、たいてい誰かの都合で作られている。深雪乃は、もうそのことを学び始めていた。喜周の死では、赫臣の霊糸に似せた傷が残された。祢々の死では、水責めの幻術と清め塩で、罰のような形が作られた。そして今回は、猫の爪痕だ。


 疑いは夜岐へ向かっている。


 夜岐は客間の外で座らされていた。


 美しい顔は白く、唇には血の気がない。いつも甘えるように揺れていた声も、今はほとんど出ない。化け猫の先祖返りである彼女の爪は、蓮台によって確認された。親族たちの視線は、遠慮なく夜岐へ集まっている。先ほどまで彼女を次期当主候補として持ち上げていた者たちが、今は少しずつ距離を取っていた。


 人は、疑いの火が自分に移りそうになると、昨日までの味方を簡単に燃料にする。


 鵺喰家らしい、見事な薄情さだった。


 深雪乃は、赫臣の隣に立っていた。


 正確には、赫臣の腕の内側にいた。彼は肩を抱くほどではないが、いつでも引き寄せられる距離に深雪乃を置いている。頼成の遺体を見た時、深雪乃の手は震えなかった。それに気づいた赫臣は、それからずっと彼女の手を放さない。手の熱で現実へ繋ぎとめるように、指を包んでいる。


 深雪乃は、その手を振りほどかなかった。


 振りほどく理由は、もうあまり残っていない。


 けれど、自分の手が震えなかったことは、彼女自身の胸にも小さな棘のように残っている。怖いと思った。怖いと認めた。けれど、身体は冷静だった。母のブレスレットの割れ玉を見ても、涙は出なかった。胸だけが冷えた。


 赫臣はそれを怖がった。


 深雪乃が壊れる時、叫ぶのではなく、静かに自分を切り離すかもしれないことを。


 蓮台累は、客間の内側で錠前を調べていた。


 戸はすでに開いている。赫臣が霊糸で錠の一部を切ったためだ。だが、蓮台はそれを恨めしげに何度も見ていた。職務上の苛立ちと、赫臣への個人的な苛立ちが、実に無駄なく混ざっている。人間の感情配合としては見事だが、本人はまったく楽しそうではない。


「次からは切る前に俺を呼べ」


 蓮台が低く言った。


 赫臣は悪びれない。


「呼んだら頼成が生き返るのか」


「証拠の保存という概念を覚えろ」


「錠の掛かり方は見た。内側から落ちてた」


「お前の見た、は便利すぎる」


「節穴じゃねえ」


「節穴とは言ってない。気分で切るから困ると言ってる」


 砂笙が、横で静かに咳払いした。


「お二人とも、頼成殿の死因と密室についてのお話へ戻っていただけますか。死人の前で口論が習慣化しているのは、さすがに趣味が悪うございます」


 赫臣が砂笙を見る。


「俺だけが悪いみたいに言うな」


「半分以上は旦那様です」


「残りは?」


「蓮台殿です」


 蓮台が眉をひそめる。


「俺まで巻き込むな」


「事実ですので」


 深雪乃は、ほんのわずかに息を吐いた。


 その小さな変化に、赫臣がすぐ気づく。指先を軽く撫でられた。笑ったわけではない。けれど、少しだけ呼吸が戻った。


 蓮台は錠前の内側を紙片で指し示した。


「まず、密室は完全じゃない。鍵は内側から掛かっていたように見えたが、外から落とせる」


 兼近が、廊下側から顔を強張らせた。


「外から、どうやって」


「鍵穴だ」


 蓮台は錠の小さな穴を示した。


「この客間の錠は古い洋式だが、内側のつまみが単純な作りになっている。外側から細く硬いものを差し込み、角度を合わせれば、内側の掛け金を落とせる」


 砂笙が、白い紙に乗せた細いものを差し出した。


 骨針だった。


 長さは指より少し短い程度。白く磨かれ、先端は細く尖っている。縫い針より太いが、金属針ほど光らない。手に持てばほとんど重さを感じなさそうな、薄気味悪い道具だった。


「客間の敷居の隙間から見つかりました」


 砂笙が言う。


「見落とされるよう、畳の縁へ押し込まれておりました。骨で作られているため、金属のような音がしない。妖気も薄く、普通の者にはただの欠片に見えるでしょう」


 蓮台が続ける。


「犯人は頼成を殺した後、部屋の外へ出た。戸を閉め、鍵穴からこの骨針を差し込む。内側のつまみへ引っかけ、下へ落とす。これで外から見れば、内側から施錠された部屋になる」


 御厨が呟く。


「そんなことが、本当に」


「試せば分かる」


 蓮台は、別の同型の錠を用意させていた。使用人が震える手で古い戸板を持ってくる。蓮台はその錠へ骨針を差し込み、角度を探った。数度、細い音がした後、かちり、と内側の掛け金が落ちる。


 親族たちから低いどよめきが起きた。


 赫臣が鼻で笑う。


「随分あっさり落ちるな」


「古い錠だ。見た目だけ整えて、仕組みは単純なんだよ」


 蓮台は戸板を下がらせた。


「密室は、内側から閉めたように見せた偽装だ。北蔵の時もそうだった。あれは糸で掛け金を引き、今回は骨針で内鍵を落とした。方法は違うが、考え方は同じだ」


 深雪乃は客間の鍵穴を見た。


 小さな穴。


 そこから骨針を差し込み、内側の掛け金を落とす。


 外から閉じたものを、内側から閉じたように見せる。


 封印蔵と同じだ。


 犯人は、密室そのものを作ることに意味を置いているのではない。閉ざされた場所で死んでいた、という印象を作っている。鵺喰家の中の隠されたもの、閉じ込められたもの、見えないところで起きたこと。それらを死体でなぞっているように思えた。


 深雪乃の胸が冷える。


 赫臣が、すぐに手を握り直した。


 蓮台は次に、頼成の胸の傷を見た。


「五本傷についてだが、夜岐の爪ではない」


 夜岐が、はっと顔を上げた。


「本当ですか」


 蓮台は冷淡に返す。


「まだ完全に疑いが晴れたわけじゃない。だが、この傷そのものは、お前の爪とは合わない」


 夜岐の顔がまた強張る。


 白絹が、静かに口を開いた。


「傷の幅が揃いすぎていますわね」


 蓮台が頷く。


「ああ。猫の爪痕に見せかけているが、実際は刃だ。五本の刃が並んだ退魔具で、一度に引き裂いたものだろう」


 砂笙が布に包まれた板を取り出した。


 そこには、赤茶色の薄い痕が五本並んでいる。


「畳の下から、刃の先についたと思われる退魔耀の微かな擦過痕も見つかっております。刃は細く、やや湾曲している。猫の爪に似せて作られた五本刃の退魔具でしょう」


 赫臣の目が細くなる。


「趣味の悪い道具だな」


 白絹が、夜岐を見る。


「化け猫の先祖返りへ疑いを向けるには、分かりやすい道具ですわ」


 夜岐は唇を噛んだ。


 深雪乃は、その表情を見た。


 怖がっている。


 悔しがっている。


 そして、どこかで怒っている。


 夜岐は深雪乃を虐げてきた。母の櫛を折った。使用人に押さえさせ、笑った。妹想いの姉を演じながら、深雪乃の居場所を一つずつ奪った。許せるわけではない。


 だが、今回の事件については別だ。


 夜岐が犯人だと決めるには、形が整いすぎている。


 整いすぎているものほど、誰かが置いた可能性が高い。


 深雪乃は静かに言った。


「姉上の爪とは、違うのですね」


 夜岐がこちらを見た。


 その目に、驚きがあった。


 深雪乃が自分を庇うとは思っていなかったのだろう。実際、庇ったつもりはない。ただ、事実を口にしただけだ。


 蓮台が答える。


「今のところはな。夜岐の爪で頼成の胸を裂いた場合、傷の間隔はもう少し不揃いになる。力の入り方も違う。この傷は、五本の刃が固定された道具でまとめて引いたものだ」


 砂笙が白い紙片を取り出す。


「さらに、傷の周辺には猫の毛が付着しておりました」


 夜岐の顔が青くなる。


「毛……?」


「ですが、毛そのものには生きた妖気の流れがございません。切り取られ、別の妖気を薄く混ぜられています」


 白絹が続けた。


「猫の毛と妖気を混ぜ、化け猫の先祖返りの気配に見せかけたのですわ。爪痕、毛、妖気。三つ揃えば、誰もが夜岐さんを思う」


 赫臣が低く言う。


「単純だな」


 砂笙は頷いた。


「単純ですが、効果はあります。喜周殿の事件では旦那様の霊糸を、祢々様の事件では深雪乃様への加害と母君の遺品管理を、そして今回は夜岐様の化け猫の血を利用した。犯人は、標的そのものだけでなく、周囲の関係と噂を利用しています」


 蓮台が、頼成の遺体の左手を見た。


「頼成は死ぬ直前、畳の下に手を伸ばしていた。そこから、深雪乃の母親のブレスレットの割れ玉が出てきた」


 空気がまた重くなる。


 深雪乃は、白い紙の上に置かれた割れ玉を見た。


 薄い白藤色。


 半分欠けた玉。


 母の手首で鳴っていた記憶。


 客間の血の匂いの中に置かれるには、あまりにも優しい色だった。


「頼成は、この玉の存在を知っていたのかもしれない」


 蓮台が言った。


「あるいは、犯人に見せられた。玉を拾おうとしたところを殺されたか、殺されたあとに手の先へ置かれたか。そこはまだ分からない。だが、玉が偶然ここにあるとは考えにくい」


 御厨が不安げに言った。


「頼成殿も、澄子様の遺品に関わっていたと?」


 砂笙が答える。


「可能性はございます。喜周殿、祢々様、頼成殿。三人とも、斎臣様の死後、遺言書や北蔵、遺品目録に関心を持っていた者です」


 深雪乃は、それを聞きながら母の遺品を思った。


 髪飾り。


 清め塩。


 ブレスレット。


 母のものが、死体のそばへ置かれていく。


 犯人は母の遺品を穢しているのか。


 それとも、母の遺品に残る何かを使って、鵺喰家の罪を暴いているのか。


 深雪乃には分からない。


 だが、一つだけ分かることがあった。


 犯人は深雪乃に見せている。


 死体を。


 遺品を。


 親族たちの罪を。


 深雪乃の母が、この家で何をされたのかを。


 直接語らず、血と遺品で見せている。


 胸の奥が、また冷えた。


 赫臣の腕が、深雪乃の肩へ回った。


 軽くではない。


 はっきりと。


 深雪乃は顔を上げた。


「赫臣様」


「冷えてる」


「そうですか」


「そうですか、じゃねえ」


 彼の声は低い。


 怒っているのではなく、心配している。いや、赫臣の場合、心配と怒りの境目がしばしば大火事になるので厄介だ。だが、今の腕は深雪乃を責めるものではない。


 夜岐が、震える声で言った。


「では、私は……私は犯人ではないと」


 蓮台は即答しなかった。


「この傷を直接つけたのがお前の爪ではない可能性は高い。だが、お前が道具を使っていない証明にはならない。客間へ頼成を呼び出せたかどうか、事件時刻にどこにいたか、確認する」


 夜岐の表情が硬くなる。


「私は、自室に」


「証人は」


 夜岐は口を閉じた。


 白絹が淡く言う。


「疑いを完全に晴らすには、足りませんわね」


 夜岐は白絹を睨んだ。


「あなたには関係ありません」


「先祖返り会の家が三人死に、玉藻前の系譜の許嫁まで巻き込まれております。残念ながら、関係ができてしまいましたわ」


 赫臣が冷たく言った。


「許嫁じゃねえ」


 白絹は一瞬だけ赫臣を見た。


「その訂正、今必要ですの?」


「必要だ」


 深雪乃は、思わず赫臣を見た。


 こんな場で何を言うのか。


 しかし赫臣は真顔だった。事件現場でも、親族の前でも、夜岐が疑われている状況でも、そこだけは訂正するらしい。彼の頑固さは、岩より扱いづらい。岩は少なくとも喋らない。


 白絹はため息をついた。


「はいはい。形式上、家同士が勝手に置いた札、でしたわね」


「そうだ」


「よく覚えておきます」


「燃やしてもいい」


「話を増やさないでくださいませ」


 蓮台が眉間を押さえた。


「お前ら、事件現場で婚約破棄の相談をするな」


「相談じゃねえ。事実確認だ」


「うるさい」


 深雪乃は、少しだけ肩の力が抜けた。


 赫臣は、それにもすぐ気づいた。


「笑ったか」


「笑っておりません」


「少し息が戻った」


「観察が細かすぎます」


「深雪だからな」


「便利な理由ですね」


「万能だ」


 深雪乃は、軽く睨んだ。


 赫臣は少し笑い、それから急に真顔になる。


「深雪」


「はい」


「お前は俺の女だ」


 場の空気が、変な方向に止まった。


 深雪乃は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 客間には死体がある。


 密室の仕掛けの説明が終わったばかりである。


 夜岐にはまだ疑いが残り、母のブレスレットの割れ玉が証拠として置かれている。親族も使用人も、蓮台も砂笙も白絹もいる。


 その場で、赫臣は深雪乃を抱きしめながら、そう言った。


 深雪乃はゆっくり瞬きをした。


「それは推理ではなく願望です」


 赫臣の口元が上がる。


「事実だ」


「事件と関係がありません」


「ある」


「どこに」


「お前が冷えてる時、俺が抱く理由になる」


「私物化の宣言を捜査に混ぜないでください」


「捜査じゃなくて俺の宣言だ」


「なお悪いです」


 砂笙が、遠くを見た。


「旦那様。現場で私情を大きな声にするのは控えていただきたいと、何度申し上げれば」


「何度言われても無理だ」


「存じておりますが、仕事なので申し上げております」


 蓮台が深く息を吐いた。


「もういい。続けるぞ」


 白絹は琥珀色の瞳を細め、深雪乃を見る。


「深雪乃さんも大変ですわね」


「はい」


 深雪乃は反射的に答えてしまった。


 赫臣が少し不満そうにこちらを見る。


「否定しろ」


「事実です」


「俺はお前を大事にしてる」


「大事と大変は両立します」


 白絹が小さく笑った。


 夜岐は、そのやり取りを見て顔を歪めた。嫉妬か、怒りか、恐怖か。混ざっていて分からない。深雪乃はその顔を見たが、心はやはり大きく揺れなかった。


 そのことに、また赫臣が気づく。


 彼の腕が、ほんの少し強くなる。


「深雪」


「はい」


「あとで泣け」


「命令口調は嫌いです」


「じゃあお願いだ。あとで泣け。怒ってもいい。怖がってもいい。何も出ねえなら、俺が抱いてる」


 深雪乃は言葉を失った。


 何も出ない。


 それが一番、今の自分に近かった。


 怖いはずなのに、怒りたいはずなのに、母の遺品がまた死体のそばに置かれたのに、今は何も出ない。事実だけが頭に入る。骨針。内鍵。五本刃。猫の毛。混ぜられた妖気。夜岐への疑い。ブレスレットの割れ玉。


 深雪乃は、赫臣の着物を少しだけ掴んだ。


 それを見て、赫臣の目が和らぐ。


「それでいい」


「何も言っておりません」


「掴んだ」


「足元が不安定で」


「畳だ」


「心元が」


「不安定?」


 深雪乃は黙った。


 赫臣は何も言わず、彼女を抱き寄せた。


 蓮台は、頼成の遺体から離れ、部屋全体を見渡した。


「まとめる。頼成は内側から施錠された客間で死んでいたように見えたが、実際には外から骨針で内鍵を落とした偽装だ。胸の五本傷は夜岐の爪ではなく、五本刃の退魔具で作られた。猫の毛と妖気を混ぜ、化け猫の先祖返りである夜岐の仕業に見せかけている」


 親族たちは黙って聞いている。


「ただし、夜岐が事件にまったく関わっていないとまでは言えない。誰かが夜岐を嵌めようとしている可能性が高いが、夜岐自身の行動も調べる。頼成が畳の下の割れ玉を知っていた可能性もある。母親の遺品、遺言書、北蔵の目録、この三つはさらに調べる必要がある」


 砂笙が続ける。


「喜周殿、祢々様、頼成殿。三人の死には、いずれも母君の遺品が絡んでおります。髪飾り、鏡を清める塩、ブレスレットの割れ玉。犯人は母君の遺品を使い、疑いを別の者へ向けている」


 深雪乃は、目を伏せた。


 母の遺品を使い、疑いを別の者へ向ける。


 それは、単なる殺人ではない。


 母の過去を、深雪乃の前へ置く儀式のようだった。


 酷く歪んだ儀式。


 赫臣が、耳元で低く言った。


「深雪」


「……はい」


「一人で考えるな」


「考えなければ、何も分かりません」


「一人で、だ」


 深雪乃は、少しだけ彼を見上げた。


 赫臣の蒼い瞳が近い。


 怒りも、不安も、愛情も、全部隠さずそこにある。


「俺もいる。蓮台も砂笙もいる。腹立つが白絹も使える。お前が全部背負う必要はねえ」


「使える、は蘆野火様に失礼です」


「俺に幻術を向けた女だぞ」


「私に向けたのです」


「なお悪い」


 白絹が聞こえていたらしく、廊下の向こうで小さく笑った。


「聞こえておりますわよ、赫臣様」


「聞かせてる」


「相変わらず品がありませんこと」


「深雪にはあるから足りてる」


 深雪乃は、思わず額を押さえたくなった。


「私を巻き込まないでください」


「巻き込む」


「なぜ」


「お前は俺の女だ」


「それも願望です」


「事実にする」


「現場です」


「現場でも言う」


「本当に、救いようがありません」


「深雪が救ってくれ」


「責任を押しつけないでください」


 赫臣は少しだけ笑い、深雪乃の髪に口づけた。


 深雪乃は、周囲の視線を感じて頬を熱くした。


 それでも、彼の胸元を押し返さなかった。


 客間の血の匂いは、まだ消えない。


 畳の下から出た白藤色の割れ玉は、白い紙の上で静かに光っている。頼成の死体は布に覆われ、夜岐は疑いの中で震えている。猫の爪痕は偽装だった。密室も偽装だった。けれど、母の遺品がそこにあったことだけは、偽装ではない。


 母のものが、また死のそばへ置かれた。


 深雪乃の胸の冷えは、まだ解けない。


 だが、赫臣の腕は熱かった。


 その熱だけが、深雪乃が自分を切り離しすぎないための、かろうじての手がかりだった。


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