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夕日に映る君—―初恋の音色  作者: 月原 悠
波音が君を呼ぶ

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8/23

消えることない想い

水江と琴音は複雑な心境で家路へと向かっていた。


「お姉さん、もしかして、私たちは同じ人に恋をしていたの?」

「そうね……でも、どうして名前が違うのかしら?」

「わからないわ、でも、お姉さん、ごめんね。川崎先生とは両想いだったと思う」

「どうして? 琴音そんなことを言えるの」

「だって、私のことを可愛いって言ってくれたのよ。それに花占いでも両想いだったの」

「それは違うわよ。琴音がきっと妹みたいに可愛かったのよ」

「違うわ、どうして、お姉さんはそんなひどいことを言うの」

「それは……」

「どうして? 言えないの」

「それは言えないの……私の心の中の秘密なの」

「お姉さんの考えすぎよ」

「そうね……でも、私たちは喧嘩しないで、きれいな思い出にしよう」

「うん」

「琴音もまだ16歳で可愛いから、きっとまた誰かを好きになれるわよ」

「そうかな……?」

「でも、忘れられるかな……? 琴音……」

「そうね……お姉さん」


琴音の音楽の授業にて


「琴音さん、どうして泣いているの?」

「先生、琴音さんが教室を出て行きました」

「ちょっと、待っていて。どうしたの、琴音さん?」

「いえ、ごめんなさい。先生」

「授業に戻りましょう」

「はい」


琴音は悲しみをこらえて、教室へ戻った。


「今まではオルガンでしたけど、今日からはピアノで練習しましょう」

「先生、ピアノを弾いてみてもいいですか?」

「弾けるの?琴音さん」

「はい、少しだけ……」

「まあ、切ない曲ね。それは、確かショパンの曲じゃなかったかしら?」

「そうです、別れの曲です。最初のメロディのところだけしか弾けませんが、毎日弾いています」

「それだけ弾けたらすごいですよ」

「そうですか……」

「どうして、さっきから泣いているの?」

「いえ、いろいろ思い出して……」


琴音は自宅に帰り想いにふけった。


先生、どうしていますか?

どこに行かれたのですか?

お元気ですか?

琴音はさびしいです……

先生に会いたいです……

先生、ピアノが上手になったのよ。

いろんな曲が弾けるようになりました。

もしかしたら、先生にまた褒められるかな?

そう思って、いっぱい、いっぱい練習しました。

もう、褒めてはくださらないのですか?

先生に会いたいです……

今日も、先生と出会った、夕日がきれいな野原を通って帰ります。

野原で先生が可愛いねって言ってくれたことは忘れません。

先生も元気でいてくださいね。


渡辺は過去のことを思い出していた。


「雄二はクラシックピアノが好きで、ピアニストになりたいと言っていただろう」

「そうだよ」

「ギリシャにも留学できたからね。不思議だとは思わなかったか?」

「もちろん、思ったよ。貧しい生活の中で見知らぬ人が援助してくれていたんだよね」

「そうだよ」

「結局、僕には才能がなくて、ピアニストにはなれなかった。それに、仕送りをしていた人がわからなかったんだよね」

「それがな、長崎ダイヤモンド貿易会社の社長の一人娘だということがわかってな。お前を以前から知っているみたいで、惚れていたみたいなんだ」

「もしかして、ミレーゼのこと?」

「そうだよ。社長の一人娘のミレーゼさんだよ」

「ミレーゼは僕のピアノの先生でもあったよ」


父の言葉が、雄二に重くのしかかった。


「お前と結婚を考えているみたいでな」

「そんな、どうして、一方的に」

「考えてみろ、雄二。今までどれほどお世話になったことか。父さんたちが生活できたのはミレーゼさんのおかげなんだ」

「でも、それで僕を縛るのはおかしいだろう」


雄二には、妹の理恵子という忘れられない理由があった。


「あの頃を忘れたのか、理恵子のことでも……」

「ああ、そうだったね……理恵子のこともあったね……」

「実はな、長崎ダイヤモンド貿易会社の副社長である、渡辺氏の養子にならないかという話があるんだ。ミレーゼさんと結婚して後にお前が副社長になることを考えると、会社としては体裁がいいみたいなんだ」


雄二は必死だった。


「いや、僕は父さんの子でありたい。そこまでして幸せになろうとは思わない」

「だから、今までの恩があるだろう。それに今からも私たち家族を援助してくれるそうなんだ」

「でも、僕には……」

「誰か好きな人でもいるのか? 雄二」

「いや……」

「それなら、私たち家族のために……」

「わかったよ……」

「父さんも悲しいよ。雄二が川崎から渡辺の姓になるのは残念だが……」


沈みゆく夕日とともに、時は沈んでいった。

渡辺、すなわち川崎はミレーゼという女性と二人でいた。

彼女は必死だった。


「雄二、もう水江さんのことは忘れて」

「どうして、知っているんだ……?」

「調べれば、すぐわかるわよ。でも、私は水江さん以上に雄二のことを深く愛しているわ」


ミレーゼの声は、震えていた。

それは責める声ではなく、すがる声に近かった。


「私は愛しているの、雄二を。雄二が私のことを愛していなくても……そう想ってもらえるように努力するわ」


ミレーゼは、雄二の手にそっと触れた。


「ピアノだって、雄二は才能がないわけじゃない。私が教えるし、巨匠と呼ばれる人も紹介する。雄二はピアニストになれる。必ずよ。だから、私と結婚して」

「わかった、そうしよう……」


僕は彼女の申し出を断ることができなかった。

ただ、水江さんのことが忘れられないんだ……


水江は、渡辺のことを想った。


渡辺さん、元気にされていますか。

私は忘れることができません。

浜辺で優しく、抱き寄せられた時の温かさが忘れられません……

どうしたらいいのですか……

もう、会えないのですか……

もう一度会いたいです


仕事も相変わらず失敗ばかりです。

なぜだかわかりますか?

渡辺さん……

会いたいからです。


真実が深い海の中から顔を出した。


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