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夕日に映る君――初恋の音色  作者: 月原 悠
交錯する想い

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熱情

水江は渡辺を完全に忘れることができなかった。

しかし、自分に優しくしてくれる山村のことも気になっていた。


水江と山村はともに食事をすることが多くなっていた。


「水江さん、今日よろしければ食事に行きませんか?」

「はい」


山村と最初に出会った時のように雨の日だった。

山村が傘を差した時だった。


「友子さん、いえ、水江さん……」

「え、友子さん?」


山村は顔色を変えた。


「いえ、水江さん」

「どうしたのですか?」

「実は水江さんは、私の元の恋人に瓜二つなのです。つい間違えてしまいました。申し訳ありません」

「そうだったのですね」


山村は過去を思い出した。


「友子さん、やはり嫁がれるのですか?」

「はい、山村さん、本当は行きたくありません。だって……」

「もう、それ以上は言わないでください」

「はい……」


山村の元恋人は事情によって、別な男性に嫁いでいくことになった。


「山村さん、私のことを愛していないのですか?」

「それは……」

「もういいです……」


友子は走って去っていった。

山村にとって苦い思い出だった。


山村が言葉を失った様子を見て、水江は尋ねた。


「何かあったのですか?」

「ええ、私は以前愛している女性を失いました。彼女は事情があって嫁いでいったのです」

「そうだったのですね」

「私は後悔しました。あの時に手放さなければよかったと」


山村は水江の方をしっかりと見つめた。


「水江さん、水江さんは渡辺さんを愛しています。やはり、本当に愛している人の元へ行くべきです」

「そんな……山村さんの気持ちは何だったのですか……」

「私はあなたに昔の恋人を映し出していました。やはり、私は自分に嘘をつけません。水江さんも自分に正直になるべきです」

「私は言えません」

「いえ、伝えるべきです。断られたっていいじゃないですか。そうでないと必ず後悔しますよ」


水江は何も言えなかった。

水江はどうすればいいかわからなかった。

苦しんだ。

追い込まれた水江は逃げる道を選んだ。

渡辺から遠く離れたくなった。

そして、しばらくして、水江は決心した。


「お父さん、実は東京へ働きに行こうかと思います」

「どうしてかね?」

「自立したいのです」

「お姉さん、駄目よ。さみしくなるでしょ」

「そうだよ。水江」

「いえ、行かせてください」


水江の決心は固かった。

それほどまでに、渡辺のことを忘れたかった。

両親も心配ではあったが、水江の気持ちを尊重した。


水江は山村と工場に別れを告げた。


山村は最後の説得をした。


「水江さん、駄目です。逃げたら駄目です」

「ごめんなさい。私は……明日にはこの町をたちます」

「そうですか……仕方ありません……」


山村は他人事とは思えず、その日のうちに、渡辺の会社を訪れた。

渡辺と親交があったので、会うことはできた。

そして、水江の想いを伝えた。


渡辺は苦しんだ。

ミレーゼに水江を忘れることを約束し、渡辺は誠実だったからこそ苦しんだ。

それを見かねた、山村は渡辺に提案した。


「明日、水江さんは出発します。せめて、駅から見送ってあげてください」

「それはできません」

「そうですか……残念です」


翌日を迎えた。


水江は琴音ら家族と山村が見送る中で、駅から東京へと出発した。

渡辺は来なかった。

そして、列車は出発した。

琴音ら家族は帰っていた。


その時だった。


「山村さん……」

「渡辺さんじゃないですか」

「せめて……でも、一足遅かったですね」


渡辺は何も言えなかった。

しかし、想いがこみあげてきた。

せめて別れを告げたい、そういう思いを抑えることができなかった。

そして、急行列車で水江の後を追った。


水江の脳裏には、渡辺との出会いから海辺での別れまでが、走馬灯のように駆け巡った。


私は本当に逃げていいのかな……?


山村に言われた言葉が、頭をよぎった。


でも、これでいいのよ……



渡辺は急行列車に乗り込んだ。


水江さん、やっぱり僕は水江さんのことが忘れられない。

未練がましいかもしれない、でも、せめて見送りだけでもさせてくれ。

今度こそ、自分の想いに別れを告げる。


東京駅にて渡辺は必死に水江を探していた。


水江さん、どこだ

どこだ

せめて、一目でも……


渡辺は駅を出て玄関口で立ちすくんでいた。

水江の乗った普通列車が、渡辺より遅れて東京駅に着いた。


これは、私の新しい世界への旅立ち。

そう言い聞かせていた。

ホームを出て玄関口を通り過ぎた。


玄関口にいる渡辺の後ろ姿に気づいた。

次第に渡辺の姿が大きく映っていった。


渡辺さん……

どうして、ここに……

やはり、私は渡辺さんのことを……

どうして……

忘れるはずだったじゃない……


水江は気持ちを抑えることができなかった。

忘れるはずだった。

それなのに、水江は渡辺の元へ走った。

駅の玄関口では雨が降りしきっていた。

激しく降りしきっていた。


「渡辺さん……」


水江は傘を捨てて、渡辺の背中に抱きついた。

渡辺の背中に頬を当てて泣きついた。

声を上げて泣いた。


渡辺は動けなかった。

雨が涙に混じった。


「水江さん……」


渡辺はぽつりと言った。

水江は想いがはじけた。


「渡辺さん、愛しています」

「愛しています」

「愛しています……」


泣きながら何度も叫んだ。


渡辺は動けなかった。

渡辺の頬にも涙がつたった。


雨が激しく降りしきっていた。


最終章へ続きます。


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