苦悩
水江と山村、渡辺とミレーゼは同じ会議に出席することになっていた。
水江の工場と山村の会社はミレーゼの会社の下請けだった。
先に着いたのは、渡辺とミレーゼだった。
会場で、二人は会議の打ち合わせをしていた。
会議の主催はミレーゼの会社だった。
会場には誰もいなかった。
ミレーゼは中央の席へと座っていた。
「これでいいわね。雄二、そろそろ、みんな集まるわよ」
渡辺は会議の資料をテーブルに配布していた。
次第に参加者が集まり、そこに、山村と水江は現れた。
水江は目を疑った。
まさか、渡辺が同じ会議に参加しているとは思っていなかったからだ。
渡辺も同様だった。
水江と渡辺は動揺していた。
その姿をミレーゼは目にして、すかさず、水江に声をかけた。
「水江さん」
「どうして、私を?」
「いいわ、今日は大事な会議だから。雄二、資料を配り終わったら席について」
水江はミレーゼとは初対面だったが、状況を理解できた。
しかし、ミレーゼを見ることができなかった。
ミレーゼは水江をじっと見つめていた。
渡辺はいてもたってもいられず、会場を後にした。
「ミレーゼ、参加者を案内してくるよ」
「わかったわ」
ミレーゼは水江に静かに言った。
「わかっているでしょ。こういうことよ」
水江は何も言い返すことができずに会場を後にした。
一緒にいた山村は水江の後を追った。
山村は廊下で怯えて震えている水江に優しく声をかけた。
「大丈夫ですよ。僕がいます。仕事ですから、ここは我慢しましょう」
山村の説得を受けて水江はテーブルに着いた。
渡辺も帰ってきて、参加者が揃った段階で、会議は始まった。
資料を見ながら、渡辺は仕事の企画について説明していた。
ミレーゼは資料を見ることはなく、ただ水江を見ていた。
水江は怖くて資料を眺めているばかりだった。
会議が終わり、ミレーゼは参加者全員に声をかけた。
「本日はお集まりありがとうございました。この企画はお互いにとって有益なものです。今後もよろしくお願いします」
そう言うと、ミレーゼは正面を見たまま、中央を歩いていった。
渡辺は苦渋の表情をしながらミレーゼの後を追った。
水江は想像もしていなかっただけに、呆然としていた。
山村が優しく声をかけた。
「水江さん、今は我慢の時です。いつか心から笑える時が必ず来ますよ」
そういいながら、水江の肩に手を置いた。
水江を落ち着かせると駅へと向かった。
水江は思わず、声を出して泣き始めた。
山村は優しく水江に声をかけることしかできなかった。
そして、列車で工場へ帰った。
その後、渡辺とミレーゼは二人きりになった。
「ミレーゼ、これでいいんだろう」
「雄二、ごめんね。仕方なかったのよ。わかって……」
渡辺は何も言えなかった。
ミレーゼがその場から去ると、渡辺は壁に手をついた。
拳を握りしめたまま、しばらく動くことができなかった。
そして、渡辺は自分に言い聞かせた。
これでいいんだ
これでいいんだ
そう言い聞かせても、水江の姿は消えなかった。
水江さん……
水江さん……
その頃、水江もまた、列車の中で涙をこらえていた。
山村は何もできなかった。
ただ、そばにいることしかできなかった。
水江と渡辺は、同じ痛みを抱えたまま、それぞれ別の場所へ帰っていった。




