白い花
琴音は苦しんでいた。
渡辺に会いたくても会えないからだ。
川崎先生、会いたいです……
日本に帰ってきているのでしょ。
ひと目見るだけならいいでしょ……
でも、ミレーゼさんがいたら辛い。
どうしようかしら……
しかし、会いたいという気持ちを抑えることができなかった。
その気持ちは日に日に増してきた。
ある日、理恵子に相談した。
理恵子、渡辺さんに会いたいけど、何とかならないかしら?
先生が働いている会社を教えてちょうだい。
少しだけ遠くから見るだけでいいのよ。
理恵子もそのことを聞いて悩んだ。
琴音ちゃん、会わないって約束してくれる?
うん。
そして、会わないという約束で琴音に会社の場所を教えた。
会社の場所を教えてもらったが、やはり、ためらいがあった。
先生、やっぱり駄目よね……
でも、少しならいいわよね……
やっぱり、駄目よ。
ううん、少しよ……
悩んだあげく、会社に向かった。
会社の玄関へたどり着くと、あたりを見渡した。
渡辺の姿を見ることができなかった。
琴音の小さな胸が揺れ動いた。
どうしよう。
そうだ、門にかくれて、先生が帰る姿を少しだけ……
それならいいわよね
会社の入り口付近にいた社員が、琴音の姿に気づき声をかけた。
「君、どうしたのかね」
琴音はどうすればいいのかわからなかった。
「ここは会社の敷地内だよ」
「この会社に渡辺さんという方がいらっしゃいますか?」
琴音は恐る恐る尋ねた。
「ああ、副社長のことかな? いるけど、どうしたのかな?」
「いえ、なんでもありません……」
琴音は会社から逃げるように帰ろうとした。
帰る途中の野原にきれいな白い花が咲いていた。
それが、琴音の心にとまった。
そうだ、せめて、この花だけでも先生に渡せないかな……
琴音はそっと白い花を摘み、会社へと向かった。
玄関までたどり着いた。
社員が庭掃除をしていた。
「君はさっきの?」
「ごめんなさい、この花を渡辺さんに渡してもらえませんか」
「どうしてだね?」
「お願いします……」
「わかったけど、君の名前は?」
「いえ……」
「おい、君……」
琴音は走りながら想った。
これでいいの、これでいいの……
走りながら雫が落ちていた。
会社では、受け取った社員が渡辺の部屋を訪れた。
渡辺は出張中だった。
社員は花を渡辺の部屋の花瓶に挿した。
渡辺は出張から帰ったものの、花に気づくことはなかった。
白い花が、そっと渡辺を見つめていた。




