予感
琴音は理恵子と以前通り親しくしていた。
しかし、理恵子がいつになく元気がないことに気づいた。
「どうしたの? 理恵子」
その頃、理恵子は聴力を失い、その都度、紙に書いてやり取りをしていた。
琴音ちゃん、お父さんが具合が悪いの
それは心配ね
こんな時、お兄ちゃんがいてくれたらな
そうね。川崎先生にお手紙を書いてみたら、琴音も前に書いたことがあるのよ
でも、ギリシャにいるお兄ちゃんに、迷惑をかけたくないし
そうね
数日後、理恵子は声を出して泣いていた。
どうしたの? 理恵子
お父さんがもう長くないの。それにお母さんまで具合が悪くなって
やっぱり、お手紙を書いたほうがいいよ
うん
琴音とやり取りをした紙を見つめながら、理恵子は決心した。
そして、渡辺に手紙を送った。
お兄ちゃんへ
突然でごめんなさい。
実はお父さんはもう長くないの。
お母さんも具合が悪いの。
理恵子はどうしたらいいのかわからないの。
お兄ちゃん、しばらくそばにいてほしいの。
理恵子
手紙は渡辺の元へ届いた。
そして、ミレーゼに相談した。
「ミレーゼ、しばらく、日本で生活しないか」
渡辺はその頃、ミレーゼと同棲していた。
結婚も迫っていた。
ミレーゼは水江の存在が気になりながらも、共に日本へ帰ることにした。
「雄二、一緒に日本へ行くけど、わかっているわね」
「ああ、もちろんだよ」
そして、二人は日本で生活を送ることにした。
渡辺はミレーゼの会社で副社長として、仕事に追われる日々が続いた。
ミレーゼの強い訴えがあったこともあり、琴音と水江には会わないようにしていた。
琴音は複雑だった。
帰ってきても会えない理由は自然とわかったからだ。
理恵子は琴音の気持ちを理解していたので、心苦しかった。
「琴音ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんはもう……」
「うん、仕方がないじゃない……」
水江といえば、琴音から渡辺が帰国しているということを聞いて、複雑だった。
しかし、以前から忘れようとしていたこともあり、渡辺に気持ちを伝えることはなかった。
ある日のことだった。
水江の働く工場の工場長から仕事を依頼された。
工場長は、水江と渡辺の関係を知らなかった。
「水江さん、そういえば、渡辺さんとは親しくしていたね」
「はい……」
「彼の会社とはお付き合いがあることは知っていただろう。悪いが、この書類を届けてくれないか」
水江は動揺が隠せなかった。
「工場長、他の方にお願いできないですか?」
「どうしてだ? 何か理由でもあるのか?」
「いえ……」
水江は仕事を断ることができなかった。
そして、渡辺の会社へと出向いた。
渡辺は水江と顔を合わすことはなかった。
しかし、常に事務書類には目を通していたので、すぐに水江の存在に気づいた。
渡辺は、水江への想いがまだ完全には消えていなかった。
思わず、書類を受け取った社員に尋ねた。
「この書類を持ってきた方の名前は聞いていないか?」
「いえ、聞いておりませんが、若い女性でした」
渡辺は水江であると直感的にわかったが、ミレーゼには伝えなかった。
しかし、ミレーゼは社長代理という立場だったため、すぐに気づいた。
「雄二……」
「いや、違うよ」
「信じているわ」
時の悪戯の始まりだった。




