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夕日に映る君――初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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29/39

優しい夜

渡辺は理恵子の名を呟くも、その後は声にならなかった。

そこには、亡くなったはずの理恵子が立っていた。


渡辺の混乱は収まらず、演奏会はさらに騒然となり主催者の取り計らいで中断された。

琴音は状況がわからず、立ち上がった百合子に声をかけた。


「百合子、どうしたの? どうして、先生のことを……?」


百合子は涙を浮かべ、声が震えていた。


「お兄ちゃん……」


百合子の父親は、その空気の変化に気づいた。

今までの出来事が走馬灯のようによみがえった。


まさか……百合子……

記憶が戻ったのか……

そうだったのか……


状況を理解できた百合子の父親は、事情を話し出した。


「渡辺さん、あなたは百合子のお兄さんだったのですね。実は私は馬車でこの子を跳ねてしまいました」

「あの時の……?」

「そうです。あの後、すぐさま病院へこの子を運びました。幸い、体には軽い傷だけだったのですが、記憶を失ったようで……それで、私がその後、一緒に過ごしていました」

「でも、理恵子は病院で亡くなったと聞きましたが……」

「それは礼子……私の娘……娘は病院で自ら命を絶ったのです」


百合子の育ての父親は、唇を震わせながら、さらに答えた。


「それは、きっと病院の方が礼子と取り違えて話したのでしょう」


渡辺はそれでも理解できず混乱していた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんよね」

「そうだよ……理恵子、生きていたのか……」


事情を知らない琴音は唖然としていた。

渡辺は理恵子をそっとやさしく抱きしめた。


百合子を育てた父親は悟ったように渡辺に伝えた。

その声はどこか寂しさをただよわせているようだった。


「渡辺さん、百合子、いえ、理恵子さんは耳が不自由です。これからはあなたが支えてあげてください。わたしの役割は終わりました……」


渡辺は少しずつ事実を受け入れることができ、理恵子の育ての父親に伝えた。


「今まで、ありがとうございます」


その言葉が余韻を残したまま消えていった。


演奏会はそのまま幕を閉じた。

それでも、その音色はどこまでも優しかった。


第3部へ続く



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