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夕日に映る君――初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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28/39

渡辺は演奏会の直前に百合子の父のピアノの調整に立ち会っていた。

琴音は渡辺の姿を見ることができると思い、気持ちが高ぶっていた。

ピアノの調律をしている百合子の父親にお願いした。


「おじちゃん、先生が演奏する前に会わせてちょうだい。お願い」

「駄目だよ。邪魔したら。渡辺さんも気が散るよ」

「でも、どうしても会いたいの」

「じゃあ、少しだけだよ」

「うん」


琴音はリハーサルの合間をぬって、渡辺と会うことになった。

身体を小さくして、おそるおそる部屋へ入った。


「先生、どうしてもって思って」

「琴音ちゃんじゃないか、どうして?」

「ピアノの調律さんの娘さんと私はお友達で、それでここに通されたのよ」

「そうだったんだね、水江さんは……?」

「お姉さんは行かないって……理由は言えないの……」

「そうなんだね……」


渡辺は水江と決別のつもりだったが気持ちが揺れた。

もしかしたら、水江も来るかもしれないと思っていたからだ。


水江さん……


演奏会が始まった。

会場は満席だった。

琴音と百合子と父親は広い会場の中央に座って聴くことになった。


渡辺は動揺を隠せなかった。

さらに、以前からの聴力の低下をいつもより強く感じた。

そのため、演奏に集中できず乱れ始めた。


落ち着け、落ち着くんだ……


渡辺は心の中で叫んだ。

しかし、それがさらに演奏に迷いを生じた。


どうした、しっかりしろ

今日はどうした……

どうして、いつもより聴こえない。

駄目だ……こんな演奏では……

理恵子、きっと理恵子もこんな辛い思いをしていたんだろうな……

落ち着け。

水江さん、どうして……


渡辺は混乱していた。


演奏会の第一部が終わると、耳のいい聴衆は会場を後にした。


「渡辺か、期待外れだったな」

「そうだな」

「帰るぞ」


一方で、琴音は気持ちが高ぶって、呆然としている渡辺の舞台近くまで向かった。

座席を後にする聴衆とすれ違った。

舞台の下までたどり着くと、祈るような声で渡辺に告げた。


「先生、頑張ってください」

「琴音ちゃん……」


琴音は用意していた花束を渡した。


しかし、渡辺は動揺したまま、第二部が始まった。


どうすればいいんだ……

落ち着け……

このままじゃ、駄目じゃないか……


混乱は収まるどころか増していった。


演奏が止まろうとしていた。

聴衆は小さくざわついた。

琴音は渡辺の表情を見ていてもたってもいられなかった。


「先生、頑張って……」


琴音の声が小さく響いた。

渡辺は目を閉じて演奏に集中しようとした。

すると、どことなく懐かしい声が聞こえた。


「お兄ちゃん、頑張って」


一人の少女が座席から立ち上がり、渡辺に声をかけた。

その姿に気づき、渡辺は目を疑った。


「どうして、理恵子……」


演奏が止まり、渡辺はピアノ椅子から立ち上がった。

そして会場は騒然となった。


「お兄ちゃん……」

「お兄ちゃん……」

「どうして、理恵子、ここに……?」


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