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夕日に映る君――初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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25/34

小石

水江は相変わらず、吾郎から執拗に誘いを受けていた。

その度に断っていたが、常に不安がつきまとっていた。


ある日のことだった。

工場で、同僚たちが仕事を早く終えて、水江は吾郎と二人きりになった。

水江は、どうしても明日までに終わらせないといけない事務作業があった。

恐くてたまらなかった。


吾郎は水江に近づいてきた。

そして、真剣な顔になり水江に自分の気持ちを伝えた。


「水江さん、僕はあなたが好きです。どうか口づけをしてください」

「いやです。やめてください」

「そうですか……」


吾郎はそれ以上のことをすることはなかった。


吾郎の自宅でのこと。


「吾郎ちゃん、水江さんとはどうなの? 口づけくらいはしたの?」

「それがね、お母さん、断られたんだ」

「まあ、可哀想な吾郎ちゃん、泣かなくていいんだから。お母さんがなんとかしてあげる」

「うん。お母さん」

「よし、よし」


翌日になって。

工場での出来事だった。


「初めまして、吾郎の母のタミといいます。いつも吾郎がお世話になっています」


工場長は丁重に挨拶をした。


「今日はどうされましたか?」

「いえ、ここでお勤めされている水江さんが、どうしてもって」


水江はその時は銀行に仕事で出向いていた。


「これを、水江さんが作ってくれたのです」

「おや、どういうことですか?」

「ええ、おはぎです。水江さんが私の家で作ってくれたので、おすそわけにと」

「そうでしたか」

「そうなんですよ。水江さんと吾郎は最近親しくて、あらためて、ご挨拶に来ました」


このような嫌がらせが続いた。

工場内では二人の噂でもちきりだった。


「水江さんもみずくさいよ。吾郎君と仲がいいなんて」

「違います。そういう関係ではありません」

「まあ、まあ、そんなに恥ずかしがらなくても、結婚式の時は私が仲人になるよ」

「違います。信じてください」


また、水江が家を空けていた時のことだった。

吾郎の母が、吾郎を連れて水江の家へと挨拶に来た。


「初めまして、上山タミといいます。実は私の息子の吾郎がお世話になっています」


吾郎の母親はあたかも、水江と吾郎が恋仲であるということを水江の両親に告げた

しばらくして、水江が帰ってきた。

水江の父親は水江に言った。


「おい、水江、なんでも上山さんという方と親しいじゃないか、早く言ってもらわないと困るよ」

「お父さん、違うの」


水江は今までのことをうまく言えなかった。


「なんだ、そろそろ、水江もいい年なんだし、真面目そうで好青年じゃないか、それに由緒ある家柄だ。そろそろ、結婚を考えなさい」


水江の両親もかねてより、いい縁談がないかと思っていただけに、水江の訴えを聞いてくれなかった。


「お父さん、違うの、実は……」

「何、最初はそんなもんだ。夫婦というのは次第に心を許していくもんなんだ。水江もそろそろ考えなさい」


水江は限界だった。

工場で誰もいないときに言った。


「もうやめてください。吾郎さん」

「そんな、僕と水江さんの仲じゃないですか。お食事にも行ったじゃないですか」

「いやです。今後このようなことはしないでください」


琴音だけは水江のことを理解していた。


「お姉さん、何かいい方法はないかしら」

「そうなのよ。吾郎さんよりも、吾郎さんのお母さんが怖いのよ」


琴音は思いついた。


「お姉さん、私に考えがある」


翌日


「吾郎さん、お話があります」

「水江さん、やっとわかってくれたんですね」

「近くの野原でお話しましょう」

「もちろんです」


野原にて


「吾郎さん、はっきり言います。吾郎さんは嫌いです」

「そんな……」

「もう、私に近づかないでください」

「どうして、僕がいやなのですか」

「お母さんに頼るような情けない男性は嫌いです」

「水江さん。そんなことを言わずに、僕と口づけをしてください」


吾郎は水江に頬を近づけた。


「やめてください」


野原に乾いた音が響いた。

吾郎の頬を叩いた。


「水江さん、水江さん」


それでも、吾郎は身体を水江に寄せようとした。

その時だった。


「お姉さん、今よ。えい、えい、えい」


琴音が木の後ろから飛び出してきて、小石を吾郎の方へ投げた。


「吾郎さん、嫌、嫌、いやよ。大っ嫌い」


乾いた音がさらに響いた。


「わかったよ。許して」

「あっちに行って」


吾郎はその場から離れた。


「お姉さんも小石を投げちゃえ」

「うん、えい、えい、えい」


「吾郎のあかんべえ」


琴音は吾郎に「あかんべえ」をした。

水江は口を押えて小さく笑った。

琴音も舌を出して、小さく笑った。


「お姉さん、今からははっきりと強く断るのよ」

「そうね、そうするわ」


その後は水江は、はっきりとした態度を取るようになった。

吾郎も母親も次第に諦めていった。

水江も成長していった。


小石は吾郎には届かなかった。

しかし、吾郎の心へと届いた。


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