嵐
水江は、吾郎の家を訪れた翌日に、自分の気持ちを伝えた。
「吾郎さん、もう、お食事にいったりはやめましょう」
「どうしてですか? 水江さん」
「だって……」
「水江さん、渡辺さんのことは忘れてください。僕こそが水江さんを愛しているのです」
「どうして、渡辺さんとのことを……」
「ええ、僕は色々と知っていますよ。水江さんには可愛い妹さんがいましたね」
「やめて……やめてください。それだけは……」
「何もしませんよ。安心してください」
吾郎は執念深かった。
琴音が学校からの帰宅時のこと。
突然、中年の女性が琴音の元にやってきて話しかけた。
「あら、琴音さんかしら」
「どうして、私のことを知っているの? おばちゃん」
「水江さんから、聞いたの。川崎さんと琴音さんは仲がいいのでしょ」
「そうなのよ。実は……でも、どうしておばちゃんは川崎先生のことを知っているの?」
「息子から聞いたのよ、水江さんにもよろしく伝えてね」
「はい!」
「おばちゃんは今から用事があるから、今度、川崎さんのことを話しましょう」
「はい!ぜひ!ぜひ!」
琴音は心を躍らせながら自宅へと帰り着いた。
水江が仕事から帰ってくるなり、まくしたてるように言った。
「お姉さん!、お姉さん!」
「どうしたの? 琴音」
「琴音とお姉さんのことを知っているおばちゃんがいたの。そしてね!そしてね!川崎先生のことも知っていたの」
「え……本当」
「うん!今度また話そうって」
「駄目よ、駄目」
「どうして? 優しいおばちゃんだったのよ」
水江は何も言えなかった。
恐怖に襲われた。
翌日、工場でそのことを吾郎に伝えた。
「吾郎さん、妹だけはそっとしていて」
「え、何のことですか? 僕は何もしていないですよ」
「お願いします」
「水江さん、また、食事に行きましょう」
「いやです」
「そういえば、琴音さんは可愛らしいって、母から聞きましたよ」
水江はあまりにも怖くて、何も吾郎に言い返すことはできなかった。
どうすればいいかわからなかった。
悩んだあげく、工場長に相談した。
「まさか、あのおとなしくて優しい吾郎君が、水江さんの考えすぎだよ」
「本当です。本当です」
「まあ、一応、彼から事情は聞いてみるよ。水江さんは心配性だから」
工場長は信じようとはしなかった。
ある日のことだった。
水江が勤務が終わり帰宅しようとすると、吾郎が工場の門に立っていた。
「水江さん、待っていましたよ。今日こそは食事をご一緒しましょう」
「いえ、今日は都合が悪いです……」
「それじゃ、明日はどうですか?」
「明日も……」
「じゃあ、明後日は?」
「もう、私につきまとわないでください」
「そうですか……それは仕方ないですね」
水江は急に琴音のことが心配になった。
「琴音だけには手をださないでください」
「え、何も言っていないじゃないですか。もう一度言います。今日、僕と食事を一緒にしてください」
「食事だけですよ……」
水江は恐怖のあまり、吾郎と食事をともにすることになった。
食堂へ着くと、水江は言葉を失った。
そこには吾郎の母親がテーブルに座っていて、水江を見ていた。どことなく薄笑いを浮かべながら。
「あら、吾郎ちゃん、遅かったのね」
「水江さんがね。なかなかうんと言ってくれなくて」
「そうよね、どうしても結婚の約束はできないわよね」
「帰ります」
「あら、せっかくのお見合いなのに、吾郎ちゃんが可哀想でしょ」
「いやです」
水江はその場を逃げるようにして帰った。
その翌日だった。
「お姉さん、お姉さん!」
「どうしたの? まさか……」
「この間のおばちゃんから聞いたのだけど、お姉さん、吾郎さんという人と婚約したの?」
「してないわよ」
「そうなの、変ね、優しいおばちゃんだったのに、それにね、琴音が可愛いって」
水江はその夜は眠れなかった。
外はまるで嵐のように雨風が吹き荒れていた。




