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夕日に映る君――初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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20/26

押し寄せる波

水江は戸惑いながらも、吾郎の家にお邪魔した。


「あら、吾郎ちゃん、可愛らしいお方ね」

「そうでしょ。お母さん、僕のお嫁さんにぴったりでしょ」

「え……いえ、吾郎さん。そんな……」

「ああ、水江さん、冗談ですよ」


吾郎の母親はお茶とお菓子を台所から持ってきた。


「本当、可愛らしい方ね。お菓子でも食べてね」

「はい……」

「水江さん……今度は湯呑にはひびは入っていないから大丈夫ですよ」

「え、吾郎さん……」

「そうよ。水江さん。吾郎ちゃんが言うとおりよ」

「帰らせていただきます……」


水江は吾郎の家から帰ろうとした。


「待ってください、水江さん」

「そうよ、水江さん、指を消毒しないと」

「いえ、大丈夫です……」


「待て、水江」

「そうよ、桑山水江さん、吾郎ちゃんが優しくしているんだから」


「ごめんなさい、帰ります」

「あ、水江さん、ごめんなさい。つい……呼び捨てで」

「吾郎さん、もう……」


水江は逃げ去るように走り去った。

空には月も星すらもなかった。


ギリシャにて


「雄二、そろそろ、結婚式のドレスを選びに行かない?」

「ミレーゼ……」

「もう、忘れて、水江さんのことは。私がどれだけ尽くしているのか、わからないの」

「ミレーゼ、わかっているよ。ただ、結婚はもう少し待ってくれないか」

「いいわ、私は雄二のことを愛しているから、いつまでも待つわ。無理に結婚しようと思わないわ」

「すまない……」


渡辺はマエストロのレッスンを受けていた。


「雄二、このフレーズを弾きなさい」

「はい」

「どうして、雄二はピアニシモ(ささやくように)で弾けないんだ」

「マエストロ……実は」

「やはりな。君は聴力が落ちているのか……」

「マエストロ、僕の音楽人生は終わりました……コンクールは無理です」

「確かに厳しいかもしれないな……でも、疲れているだけかもしれないぞ。しばらく休んだらどうだ?」


渡辺は自らのわずかながらだが、聴力の低下には気づいていた。

彼の異変にミレーゼも気づいていた。


「雄二、マエストロに言われたんじゃない?」

「何を? 何をだ」

「雄二、落ち着いて、私も気づいていたのよ。雄二の聴力が少しだけど落ちているのは」

「そうなんだよ……」

「でも、私の知り合いに名医がいるの。紹介するから行ってみて」

「もう、いいよ……ピアニシモすら感じ取れないなんて終わりだよ……」

「そんなことないわ、雄二……もともとの感性で弾けるはずよ。それに疲れているのよ」

「ばちがあたったんだよ。理恵子、そうだよな……理恵子……」

「理恵子って確か雄二の妹よね?」

「ああ、そうだよ」

「雄二、もう忘れるのよ。あのことは」

「忘れられないよ」

「雄二……」


早速、渡辺はミレーゼから紹介された耳鼻科で受診した。


「先生、どうですか?」

「ああ、日常生活には問題ないが、ピアニストとしては厳しいかもしれないな。様子を見るしかない」

「そうですか……」

「回復次第では、コンクールにも出場できるはずだよ」


渡辺は遠い記憶が蘇った。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、どうして……」

「理恵子……」


一方で、琴音は学校でいじめられていた。

男子生徒から人気があったため、女学生たちからの嫉妬からくるものだった。


「琴音、あなた、少し男子からもてるからって、いい気にならないでよ」

「そうよ、そうよ。もう学校には来ないで」

「ちょっとピアノが弾けるからって自慢しないで」


琴音は百合子を除いて孤立してしまった。

辛い日々が続いた。


琴音は空を見上げた。


先生、辛いの。

学校では虐められて……

先生はギリシャで頑張っていますよね。

こんな私じゃ先生に怒られてしまいますね……

でも、辛いの……

先生……


空が雲に覆われた。

雨が降り出した。

涙が雨に滲んだ。


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