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夕日に映る君—―初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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17/20

幕開け

水江は次第に自分自身が情けなく思えてきた。

彼女は渡辺への想いがわきでてきた。



渡辺さん、ごめんなさい。

私は一時的にとはいえ、渡辺さんに対して不信感を持ってしまいました。

私に優しくしてくれたのは、私に気をつかってくれたからですね……

渡辺さんは優しすぎます。

でも、私はこれから、前向きに生きていきたいと思います。

渡辺さんもギリシャで頑張ってくださいね。



そんな頃だった。


「水江さん、今度映画を見に行きませんか?」

「そうですね……」

「僕は今まで、その日のためにお給料をためていました。水江さんは映画をご覧になられたことはありますか?」

「いえ……」

「ぜひ、今度行きましょう」

「はい……」


水江は渡辺のことを早く忘れたかった。

優しい吾郎を想う努力をしようと思った。


吾郎は自宅へと帰った。


「お母さん、ただいま」

「吾郎ちゃん、お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?」

「お母さん、ご飯が食べたい!」

「いいわよ。吾郎ちゃん。そういえば、工場ではいじめられていない?」

「うん」

「よかったわ、吾郎ちゃんがいじめられたら、お母さんに言うのよ。お母さんが言ってあげるから」

「うん」

「ご飯を食べ終わったら、明日のお仕事も早いから、お母さんと一緒に寝ましょう」

「うん。お母さん! 一人じゃ怖いから」


一方で、手紙をもらった琴音は、いてもたってもいられなかった。

琴音は想う。


川崎先生……

本当は、私のことが好きだったのね。

でも、婚約者がいるじゃないですか……

いいの、私は川崎先生のことを想うだけでも幸せなの。

もう一度でいいから、先生とピアノを弾きたいな。

先生、今ね、シューベルトという人の『アヴェマリア』という曲を練習しているのよ。

とても優しい曲よ。


百合子と一緒に帰っている時だった。


「琴音ちゃん」

「どうしたの? 百合子」

「なんだか、嬉しそうね」

「うん、そうなのよ!」

「琴音ちゃん、今日も家に遊びに来て」

「いいわよ」


琴音は百合子の家へと向かった。


「おかえり、礼子」

「ん? 礼子さん?」

「ああ、間違えた……百合子……」

「礼子さんって誰?」

「ああ、百合子のお姉さんだよ……今、入院していてね……」

「そうなの?」

「うん」

「そうだよ。琴音ちゃん……」


不穏な風と柔らかい風、どことなく影のある風が吹いていた。


渡辺は、繊細なピアノのタッチができずに苦しんでいた。


「どうしたの? 雄二」

「ああ、ミレーゼ、なぜだろう……? 最近、やわらかく弾けないんだ」

「おかしいわね。以前の雄二なら、普通に弾けていたじゃない」

「そうなんだよ……」

「きっとスランプよ」

「そうだといいんだけど……」


その翌日だった。


「雄二、そういえば、ギリシャ国際コンクールの日程が決まったよ。来年の春だ」

「そうですか……でも僕は……」

「ああ、きっと壁に当たっているんだよ」

「そうだといいのですが……」


渡辺には異変の風が吹いていた。


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