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夕日に映る君—―初恋の音色  作者: 月原 悠
それぞれの道

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15/19

響き

遠いところで声が響くようであった。


「すごいじゃないか、ピアノが上手になったね」

「うん」

「そんなに上手になったら……」


その声は確かにどこかに響いた。


「百合子、どうしたの? ボーっとして?」

「うん」

「心配なことがあったら、琴音になんでも話してね」

「うん」


琴音はいつも、返事だけしかしない百合子のことが心配だった。


「百合子、いつも考えごとをしているみたいだけど……」


琴音が百合子の顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「ううん、百合子って不思議ね。いつも遠くを見ているみたい」

「うん……」


学校の校門で、ある年老いた男性が琴音に声をかけた。


「君が琴音さんかね?」

「はい、そうですけど、おじさんは誰?」

「ああ、百合子の父親だよ。いつも百合子と一緒に帰ってくれてありがとう」

「そうなの、百合子?」

「うん」


百合子の父親は琴音を自宅に招いた。


「わあ、百合子の家って大きい。まるで……」

「どうしたんだい? 琴音ちゃん」

「ううん、おじさん、何でもない……」

「そうか、そうか」


百合子の家に入るなり、琴音は驚いた。


「ピアノがあるわ。百合子が弾くの?」

「いわ、わしが弾くんだよ。百合子はいつも私が弾いている姿をじっと眺めていてね」

「そうなの? 百合子」

「うん……」


百合子の父親はピアノを弾き始めた。


「わあ、おじさん、ピアノが上手」

「そうかね。わしはピアノの仕事をしているんだよ」

「おじさんはピアノの先生?」

「いや、違うよ。まだ、琴音ちゃんにはわからないかもな」

「そうなの? それより、おじさん、ピアノ弾いてもいい?」

「ああ、いいよ。ゆっくりしていきなさい」


父親は自室へと戻っていった。

琴音は弾き始めた。

すると、父親が自室から驚いたように出てきて、琴音に話しかけた。


「その曲は……」

「おじちゃん、この曲はショパンの『別れの曲』よ」

「ああ、もちろん、知っているよ。琴音ちゃんは上手だね」

「そうよ。川崎先生という人から教えてもらったの」

「そうかい」


琴音が弾いている姿を、どこか不思議そうに百合子は眺めていた。

不思議な旋律が百合子に響いた。


一方で、水江は吾郎に誘われて、断れきれずに食事をともにしていた。


「水江さん、ここの定食は美味しいですね」

「そうですね……」



どこからか、吾郎に心に響くものがあった。



吾郎ちゃん、吾郎ちゃん。

お母さん、お母さん、どこ、どこなの……?

ここよ、吾郎ちゃん。



「どうしたのですか? 吾郎さん」

「いえ……」

「何か考え事をしているみたいでしたよ」

「すみません。ちょっと昔を思い出して……」

「私にできることがあれば、お伝えください」

「水江さん、心配かけてすみません。それより、海が好きなんでしたね? 水江さんは」

「え、どうして、それを……」

「あ、いえ……工場で聞きました」


水江は気になりながらも、自宅へと帰った。


「おかえり、お姉さん……」

「どうしたの? 何を思い詰めているの?」

「うん、琴音は川崎先生にお手紙を書きたいの」

「もう、忘れよう……」

「でも、書きたいの……」


琴音は必死で水江に訴えた。


「でも、住所がわからないでしょ。あ、そういえば実家に行けば……」


水江は以前に、渡辺の実家にお弁当を届けに行ったことを思い出した。

水江の未練も消え去ることはできず、渡辺の実家へと向かい、住所を聞き出した。

早速、琴音に伝えた。


「ここよ、ギリシャのここに住んでいるのよ。渡辺さんは」

「琴音は早速、手紙を書いてみる」

「そう……、琴音、やっぱり私は手紙は書かない。早く忘れないと、琴音も早く忘れなさい」

「いいの、私の心の中にはいつまでも川崎先生がいるのよ」


そして、琴音は渡辺へと手紙を書いた。



川崎先生へ


お元気ですか。

琴音は元気です。

先生のことはもうきらいになりました。

そう思うようにしました。

でも、やっぱり先生が好きです。

先生のことを想うだけで幸せです。

先生、ピアノが上手になったのよ。

また、ほめてほしいな。

日本に帰ったらまたおしえてほしいな。

先生、琴音はばかだから、国語がだめなのよ。

感じも辞典でしらべたのよ。

まちがっていたらごめんなさい。

それよりもお元気でいてください。


琴音



たどたどしい想いだった。

琴音の素直な気持ちだった。

その日は夕日を見つめて想いをはせていた。

川崎とのやり取りを思い出しながら。


「どうしたの? さっきから独り言を言って」

「ええ……聞いていたのですか」

「ああ、鳥のさえずりが聞こえてね。君も可愛いね」

「じゃあ、私が鳥なら肩の上にとまってもいいですか? そこからなら夕日がもっときれいに見えます」


初めて、出会った時の言葉がいつまでも響いていた。

先生の肩の上にとまりたいです……

先生……

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